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雨蛙の変態化?

秋の空を見上げれば青く澄みきっている。しかし日本の秋の空は無い。一昨日、駅まで買い物がてら、歩いて往復した。日本の秋の空は見上げれば、電線にびっしりと「秋アカネ」がとまっている筈だ。夕方になれば、太陽の陽を背にして一斉に並んで電線に止まっている。虫を見つけやすいように陽を背にしている。突然飛び立ち、すぐに同じ場所に戻る。トンボの虫の捕獲風景である。この信濃川の東側にはもういない。広い草原を見渡しても、3匹ほどのトンボに会えただけである。沢山の種類のトンボがまつわり付くのが日本の秋の環境であった。眉立てトンボなど全く居なくなってしまった。午後になって、庭の草花を見た。すっかり見かけなくなった雨蛙を探した。去年庭の草『竜のひげ』を抜き取ってしまった。日本カナヘビが消えては困ると心配しながら。しかし心配が的中して、今年は日本カナヘビが消えてしまった。草を取り、自然の姿を人間の見た目で変えると、生物の生命を失い、地球の生物の多様性の喪失が人間の生命をも失うことに繋がりはしないかと恐ろしくなる。上の雨蛙はこれが雨蛙とは見えないような姿である。雨蛙は生存環境で、保護色の業に長けている。しかし、上の写真はそんな事とは違う蛙の姿だ。特に、③、④と⑥等は雨蛙とは言えない。しかし、こんな姿のカエルしか居なくなった。どうしてこの蛙が生まれて来たかの問いには「雨蛙の変態化」と解釈せざるを得ない。雨蛙と幼生生殖日本雨蛙の関連記事である。

我々は何を目指して来たか

日々生存が脅かされる酷暑の中で、過酷な競争社会を強いられている。哲学者チャップリンの未来予想図の中を漂う人達がいる。科学者は、科学の視点で未来予想図を描き出す。経済学者は経済の先行きを的確に予想して、安心できる金融社会の構築をする筈だ。政治に携わる人々は、世界が一部の独裁者に支配されることのないよう、安心して平穏に皆が生活できる社会体制を構築することを使命としている。そんな夢を描いて生活したいのは、望むべくもない事なのだろうか。

何を目指したか酷暑の中で、筆をとって思いを表現してみた。日本と言う国家の中で、世界の許された社会制度の中で国家同士の競争を通して主張し合いながら、世界とともに進んで来た。そこに求めて来たものは何だったのだろうかと不図気になった。これから、我々は何を目指して進もうとしているのだろうかと心配になった。日本はとても小さな領土の国家社会である。それが、第二次大戦後の敗戦の廃墟の中から、経済成長の急激な復興を通して、世界第二の経済大国と言う利益の中で過ごして来た。競争は善なり、と言うが如くに競争の激化を通して何よりも『経済成長』優先の路線を選んで来た。何故、日本が世界の経済大国と言う状況を生みだしたのだろうか。それが良かったのだろうかとても気掛かりである。今振り返ってみた時、未来予想図は誰がどの様に示せるのだろうかととても心配である。

昨年の「東日本大震災」が様々な面で、日本の、世界の本当の姿を曝け出したように思える。生活の規模が拡大したが故に、津波の自然の脅威の下で、瓦礫の山に放り込まれ、生命に易しい自然との共生の意味を失って生きている事を突きつけられているように思える。未来にどんな希望を託せば良いか迷いの中に居るようだ。

真理・真実は余り望まれないようだ。何よりも競争が支配するようだ。今の酷暑は、人間が望んだ経済成長と言うエネルギー大量

消費世界の産物である。そのまま進みたいのだろうか?専門家の方々にお願い、どうか真理と安心の未来予想図を示して下さい。

大切な命、雑草と森林を守りましょう。 この地球星の生命の不思議は尽きない。その全ての基は『水』である。地球の誕生からに思いを馳せれば、最大の謎は「誰が水を創ったか、地上にもたらしたか」であろう。 天然の精水

未来に希望を! この地上で、欲望という魔物に支配されているのは人間だけか。万物の霊長と自己評価する人間の知能を信じられるだろうか。気掛かりが有る。歴史を学んでいるだろうか。古代都市が滅びた原因を、あの巨大な建造物の遺跡に現代の都市の姿を重ね合わせてみたくなる。コンクリートで固め、アスファルトを引き締め、冷房で環境を過熱化し、海水温の過熱を進める事に疑問を持っても、止める意識は働き得ない強い欲望に支配されて進んでゆく。真実は嫌われる。経済成長の名の基に押し流されてゆく。ここに人の『智慧』とやらが見えるだろうか。   『緑とコンクリートの平面比率を 30:70  』の都市義務化基本法に夢を見る。

天然の精水

夏の朝日にきらめく露。丁度山の端に太陽が顔を出す。清々しいひと時である。道の端に草むらがある。朝日に露が煌めくひと時でもある。夜の暗がりと昼の活動を分ける太陽の役割でもあろう。その草にほとばしる露にみとれる。漢字「精」の意味は、「万物生育の気」と漢和辞書にある。水は地球星の生命の象徴でもある。化学で言う分子で、最も単純な構造である。この地球を支える水は誰が何時生み出したのだろうか?酸素と水素の原子から化学工場で作る訳ではない。疑問を描けば、酸素と水素を誰がどの様に作り出したかも分からない。基本は太陽エネルギーが降り注いで生命の基を作りだしたのだろう位の見当しか持てない。だから『水』一つに絞っても、それは不思議の塊に思える。地球上で生きる生命の輝きは『水』が基である。精は生殖のもと、心身の力等ともある。『水は植物が生み出し、動物は水を生み出さない』春の田んぼのあぜ道を見ると悲しくなる。大量の除草剤で「草」と言う生命の基が殺される姿。『朝露』は生み出された水の水源である。森が水源と言うが、雨を森林が蓄えて、大河の流れを作ると言う。それでは雨は誰が造るのだろうか?大都会のコンクリートの中で文明を論じても、昔の草鞋を履いて朝出立する旅人のこころは見えない。草鞋が朝露でびしょびしょになる生命の感覚は疾うに見えなくなってしまった。お百姓さんは、百の生命を育てる哲人と思う。除草剤が現代文明を象徴しているように思える。

スギナ 草の葉に夜間の空気の水分が降りて、露になると思っているようだ。そんなのは嘘だ。春は「つくし」が生え、その後に形を変えてスギナになって生えて来る。スギナが生んだ『水』である。

つゆ草 露草は可憐な青い花を付ける。スギナと同じく朝の露を産む。

葉草 草の名前が分からない。萱、ススキ、イネなどの葉が細長い植物が多くある。花の無いものが多いから、図鑑でも調べにくい。短い葉の草を葉草とよんでいたから、葉草と言えないかもしれない。

露に蝸牛

今朝、日の出に朝の散策で、露を写真に撮った。草が水を生む。などと言う事は「何学問」に当たるか?

太陽と地球のリズム 人の生体リズムも日光が刻むようである。夜の暗い闇が生命の修復と繕いを演出する。現代人は、電灯の光で昼と夜の区別が無い生活リズムで暮らす。植物さえ人の手でそのリズムを変えられる。せめて野草だけは酸素や水を作りだす事で、地球環境とその生命のリズムを刻み続けて欲しい。朝露は、太陽の光で空気の中に溶け込み、空気の振動の風で土に吸収される。太陽の威力が『竜巻』をも引き起こす。夜には竜巻は起きない(?)。太陽が地球の生命と活動のすべてを支配している事を『朝露』に見た。