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励磁電流とは?

励磁電流否定の記事 変圧器の技術と物理 を投稿して。

(2019/04/16)追記。何処でも磁気や磁束は励磁電流で論じられる。元々電線の中に電子など流れていないにも拘らず、磁束まで電流との関係で定義される。ファラディーの法則の式を見れば、磁束と電圧の関係しかない。電流に因って磁束が発生するという意味など、その式には無いのだ。自然科学が科学技術理論で固められ、物理学としての自然哲学が欠落している処に理論の矛盾が放置されて来たと考える。変圧器を例に、巻線の1ターンコイル電圧 eu [v] = v/n [v] (nは巻数)を基準にして考えることを提案した。磁束や励磁電流という技術概念についても、長い技術的評価手法となっている伝統的な磁化特性を取り上げ、その意味の電圧時間積分との関係での解釈を図に示す。コイルの電圧という意味はコイル巻線導体近傍の空間に分布したエネルギー量の技術評価概念なのである。複雑な概念量を統一して捉えることが自然科学論としての未来の姿でなければならない。それを可能にするのは『エネルギー』しかない。励磁電流という曖昧な技術量を見極めて、磁束とは何かを考えて欲しい。なお、磁化特性は鉄心材料によって、図の①や②のように異なる。変圧器などでは特性が良く①に近く、インダクタンスはL[H]無限大とも見られよう。インダクタンスはその電気器具のエネルギー貯蔵機能を評価する空間特性の評価概念である。

気掛かりで、励磁電流とは?とITで検索してみた。1970,000件も記事が有り、様々な解説記事が検索される。変圧器をはじめ発電機あるいは電動機などすべての磁束の発生原理として、アンペアの法則の磁界発生原理で解説されている。変圧器の技術と物理で、せめて磁束発生原因の励磁電流という間違いはやめるべきだと指摘した。50年も前(正確には生命の危機を脱した、昭和46年秋に研究補助を頂いて、ロイヤーインバータでの単相誘導電動機の周波数制御運転をして、産業教育振興中央会の「産業教育に関する特別研究成果 別冊」に載せて頂いた頃)に筆者は既に励磁電流を否定していた。変圧器突入電流という電源投入時の現象も投入位相で電圧零時であれば、設計磁束の2倍程の ∫vdt [Wb=(HJ)^1/2^] の磁束量になるからと『電圧時間積分』で解釈すべきである。

変圧器の技術と物理

はじめに
ファラディーの法則が変圧器と言う電気設備の動作原理としての基礎となっている。それは技術理論であると同時に物理学理論でもある。電圧、電流および磁束という概念によって目に見えない電気現象を解釈し理解できれば、それで変圧器に関しては立派に電気技術者となる。決して磁束がどのような矛盾を抱えているかなどを問うことがなくても。200年以上に亘る歴史を踏まえて、ファラディーの法則が変圧器の自然現象の全てを捉えた真理と思われてきた。正弦波交流電圧実効値V[v]と変圧器鉄心最大磁束値Φm[Wb]の間には V=4.44fnΦm (ただし、fは周波数、nはコイル巻数) なる関係が厳密に成り立ち、それだけを理解していれば十分である。ならば磁束という概念は磁界の世界を支配する自然の実在量であると考えても当然かもしれない。しかしながら、磁束はあくまでも変圧器の動作を解釈するために導入した技術的評価概念量でしかないのである。自然の世界に磁束は電荷と同じく存在しないのだ。ここでは鉄心中に何が起きているかを、世界に実在する『エネルギー』一つの物理量からの解釈を示す冒険の旅に出かけよう。それは常識外れの異次元の世界かもしれない。

変圧器の技術理論
磁束量が基礎となる。鉄心に巻いた二つのコイルで変圧器の基本構造が出来上がる。鉄心中に磁束φが発生し、その時の巻数nのコイルには電圧 v = n dφ/dt が誘導される。だから磁束φが変圧器動作原理の基本概念になっている。磁束φがあるから変圧器の動作理論が成り立つ。その図表現や構造も分かり易い。巻数n1と n2で巻数比a=n1/n2を使えば、1次、2次の電圧、電流の関係が簡単に決まる。①の回路図のように表現出来る。②に構造を示す。鉄心に2次コイルを巻き、その外側に1次コイルが巻かれる。電源側の1次コイルが2次コイルを巻き込む構造に構成される。鉄心中には電源電圧の時間積分値で磁束が発生し、印加電圧波形とその時間に因って磁束値が決まる。磁束が励磁電流で発生するという解釈は、変圧器の動作の基本原理を複雑化し、分かり難くする無駄な解釈である。ものの考え方を統合する習慣の機会さえ失う。ファラディーの法則は v=n dφ/dt [v]である。φ=(1/n)∫vdtと書き換えられるから、電圧の時間積分以外磁束を表現できない筈だ。励磁電流など意味が無いのだ。もし磁束を励磁電流で評価しようとすれば、同じ変圧器で、電源電圧波形を変えたとしたら、どのようにその磁束に対応する電流を表せるというのか。電圧がどのような波形であろうと、その磁束波形は電圧値と波形から決まっているのである。全く励磁電流など考える必要が無いのだ。鉄心の性能が良ければ励磁電流など流れなくて良いのだ。だから教科書の励磁電流に因って磁束が生じるという解釈が採られているとすれば、その教科書はファラディーの法則の式の意味を捉え切れていないからだと考えざるを得ない。おそらく教科書検定基準がそのような励磁電流を要求しているのだろう。教科書検定基準がそのように書くように強制していることなのかも知れない。変圧器動作原理は磁束によってその技術理論は構築されている。しかし、その磁束は現実にはこの世界に存在するものではないのだ。そのことは電気技術論でなく、変圧器の物理理論として解釈を構築しなければならない事になる。それが次の問題になる。

変圧器の物理現象
空間エネルギーの挙動をどう認識するかが変圧器の物理現象の要である。磁束の空間像を描けますか。電荷の空間像を描けますか。物理量は空間に実在している筈である。その科学的論理に矛盾がなければ、本当に納得して捉えているならば、素直にその姿を描ける筈である。数式でない日常用語で語れなければならない筈だ。変圧器は鉄心にコイルを巻き付けて、全く繋がっていない二つのコイルの間で『エネルギー』が伝送できる機能の電気設備である。空間に存在する『エネルギー』を先ず認識して頂くことがここから述べる旅の理屈に必要である。コンデンサに蓄えられたエネルギーの姿を。コイルの中のエネルギーの姿を。常識外れの夢の世界に、本当の意味を探す旅であるから。しかし不思議なことに、div B = 0 であることを知っていながら、即ち磁束密度ベクトルB=φ/ [Wb] の発散が0であるということを。その意味は日常用語で表現すれば、磁束を→での表現は使えないという意味なのだ。磁束の発生源が無いという意味を表現しているのだから磁束が増加する→(矢印)は使えない理屈の筈だ。これは磁場空間に対する現在の物理学理論の解釈である。何故その意味を統合して捉えないのかが不思議なのだ。この磁束概念の不明確な曖昧さがそのまま放置されていては、理科教育特に物理学の論理的な考え方を育てるという意味が観えないのだ。自然の真理と科学技術の関係を明らかにするのが理学の目的と理解する。理学では、『エネルギー』を根本に据えた議論が重要な点になる筈だ。図2として空心コイルと鉄心を示した。変圧器は二つのコイルであるが、一つのコイルと鉄心の関係を論議すればそれで変圧器の物理的な(現在の教科書の物理学的という事ではなく、本当の自然の)現象の意味は分かる筈である。空心コイルはインダクタンス値もそれほど大きくない。そのコイルの中にカットコアの鉄心を組み込むと、とたんに変圧器の機能要素となる。インダクタンス値がほぼ無限大になる。いわゆる技術的な意味での磁束飽和という状態(電源短絡状態)にならなければ、殆ど電流は流れない筈だ。それは変圧器の2次巻線側に負荷が無い無負荷状態での電源側の電圧、電流の関係の話である。いわゆる磁束飽和にならない範囲での正常動作時の、その時に鉄心がどんな物理的機能を発揮するのかがここでの論題になる。電源からコイルに掛るのは電圧である。その電圧の意味は前の記事電気物理(コイルの電圧)で述べた。その電気物理という言葉は現在の物理学教科書の技術論的な意味とは違う。ここで論じる内容は教科書の内容より深く踏み込んだものであることを理解して頂きたい。磁束概念に代わる新たな解釈を求めた論議である。その上で進める。コイルにエネルギーが入射し、端子間にエネルギーギャップがある限りは正常なコイル機能を発揮すると。空心では無理であったのが、鉄心が挿入された時そのエネルギー入射が時間的に長く継続できるということである。コイル間に分布する空間エネルギーが何らかの形で鉄心の中に入り続けると考えざるを得ない。図3.コイルのエネルギーでは、電線が巻かれた部分のある状態を表した。一つのコイルとも見做せる。電気回路は金属導体、空気あるいは誘電体および磁性体など空間を規定する材料によって、その構造が制限された空間規定の形態によって構成されたものである。そこに電圧というエネルギー空間規定源である電源が支配するエネルギー場を作る訳だ。電源の負側がエネルギー供給源となって、電線路全体のエネルギー分布を光速度の速さで規定し、支配する。電線をコイル状に巻けば、その電線のコイル空間にも電圧に支配されるエネルギーや負荷に流れるエネルギー流などの影響が表れる。交流電源の半周期ごとに変わるエネルギー分布となる。インダクタンスというコイル空間もその電源の電圧というエネルギー分布の支配に従う。図2のコイルに鉄心が挿入された回路空間も同じくそのエネルギー分布に対するエネルギーの受け入れ対応が継続する限り、電源電圧をコイル端子で保持できるのである。それは鉄心がそのコイル空間にあることによってエネルギーを吸収する機能が高まったからである。(∫vdt)^2^ [HJ] のように電圧時間積分の2乗のエネルギー量が関係しているのだ。変圧器巻線のインダクタンスは殆ど無限大とも見られる。そのインダクタンスでエネルギー量に関係する電圧時間積分の2乗を除すれば、変圧器の電圧保持エネルギー量が得られ、それはとても小さな値で賄えるのだと理解できよう。そのエネルギー量に関わる量を変圧器技術概念では磁束として捉えている訳である。

図4.鉄心と軸性エネルギー流  図にはコイルの切断面の図とその平面図を描いた。鉄心を取り巻くコイル導体の間の空間はエネルギー流に満たされている。そのエネルギーが鉄心の中に流れ込むと考えざるを得ない。ここからの鉄心内のエネルギー貯蔵機能についての解釈は科学論と言える検証できる世界の話からかけ離れた別世界の話になる。鉄心の中のエネルギーの流れる様子など観測出来る訳が無い。導線の銅Cuと鉄心の鉄Feの同じ金属でありながらのその特性の差が何故生まれるかの物理的原理も分からない。しかし、マグネットに観られる力の意味を心のエネルギー感覚(磁気の軸性エネルギー流感覚)に照らし合わせたとき、そこにはエネルギーの回転流即ち軸性エネルギー流しか共感出来ないので、その軸性エネルギー流を鉄心のエネルギー貯蔵機能の原因として考えた。全く証明も出来ないお話で、科学論とは成らないかもしれない?それは原子の共有結合論否定の話と同じことであるが。この軸性エネルギー流は鉄心内の磁極即ちNとSという意味も消えてしまうことになりそうだ。その意味は隣同士の磁区間でのエネルギー流は流れが逆転するかと想像されるから。それはマグネットを近付けると、そのギャップ空間の砂鉄模様がマグネット周辺部に移動して、マグネット中心部は磁気空間という状況が無くなることを確認しているからである。同一マグネットを多数接合したとき接合部の砂鉄模様がどのようになるかの実験をしてみたい。科研の申請をするまでもなく出来る基礎研究だ。教室で授業をするには、本当に多くの分からない原理がある筈だが、教科書通りにその教育手法を伝達するだけでは、子供達も楽しくないだろう。

1ターンコイル電圧eu[v]  ファラディーの法則も物理現象として見れば、それは遠隔作用の法則である。変圧器巻線コイルに誘起する電圧の原因の磁束は鉄心中にあるから、鉄心から離れたコイルに作用するという遠隔作用である。アンペアの法則も電線電流と空間磁気の関係だから遠隔作用の法則である。変圧器の1次と2次巻線の間で伝送される電気エネルギーも磁束による解釈であれば、遠隔作用の法則である。しかし、空間にエネルギーが実在するとの概念を基本に据えれば、変圧器のエネルギー伝送も近接作用で捉えられる。コイル巻線の周りには同じようなエネルギー分布空間が存在し、そのコイル1ターン当たりのエネルギー分布量が1ターンコイル電圧eu[v]になるとする。巻線の1次、2次に関係なく、1ターンコイル電圧が同じであれば、その電線路の算術和として各巻線の端子には巻数に応じた電圧が現れる。n1×eu=v1 n2×eu=v2として。これは空間エネルギー分布による近接作用の考え方である。以前実験した変圧器の奇想天外診断の話の続きとしての結論でもある。

(遠隔作用と近接作用について) 物理法則では力が遠隔作用力である場合が多い。代表例が万有引力の法則である。それは質量の間に直接接触する物がなく離れた質点間に生じるという力である。それに対して近接作用力とは、具体的な例を挙げれば、水の流れで二つの流れが合流する時その流れの接触する水同士が力を及ぼし合い、どのような流れになるかを考えればそれが一つの例となろう。エネルギー流を考えれば、それは近接作用になる。風も空気の近接作用となろう。太陽系も全体はエネルギーの回転流として統一されて考えられるべきとは思うが。そのような解釈は質量に関わらない空間エネルギーの実在性を余り認識していない物理学理論には無いかもしれない。

むすび
空間エネルギーは実在しているが、その物理量を測定できない。そこに物理学理論の実験的検証を前提とした理論構築に限界があるのではないかと思う。電気技術理論の中の矛盾をどのように読み解くかに掛り、それは哲学ともなろう。ここで特に指摘したかった点は、変圧器の磁束が少なくとも励磁電流で発生するという考え方だけはやめて欲しい点である。この点は昔のことであるが、長岡工業高等専門学校で助教授の申請に研究・教育業績として3点の論点を書いた。その一つが、ロイヤーインバータによる研究成果としての点で、変圧器磁束が励磁電流で発生するという解釈は間違っていると指摘した。それは教科書検定基準を否定したことになったのかもしれない。

誘導エネルギーに観る技術と物理

はじめに
電気回路現象を理解するにはその回路内でのエネルギーの振る舞いを感覚的に捉えることが大切である。この記事もロイヤーのインバターの記事の準備として書いている。誘導電動機の運転などでは、その誘導性のエネルギー処理の問題を理解して置かなければならない。インバーターは直流電源を交流電圧波形に変換する技術であり、変圧器と誘導負荷のエネルギーの物理的意味を、電気技術概念の更に深い処の意味で捉えて置きたいと思った。基本的な方形波電圧波形と純誘導負荷のエネルギーの特質を捉えて置く必要があるからである。

単相インバーターと基本動作
最も簡単な基本回路を取り上げ、その負荷が純誘導負荷、リアクトルだけの場合についてまとめておく。物理量のエネルギーをどのように認識しているかが理科教育特に物理学において極めて重要に思える。誘導エネルギーと言う用語は一般的ではないが、コイルに蓄えられるエネルギーの技術的表現である。空心コイルでなく、鉄心に巻いたコイルのエネルギー量が大きく、その電気回路動作に強い影響を及ぼす。鉄心も含めて、コイルの中の空間に蓄えられる貯蔵エネルギーをここでは誘導エネルギーと言う。正弦波交流電圧より直流電圧の一定値を切り替えた方形波電圧波形の方が、そのエネルギーの意味を感覚的に捉え易いだろうと思う。技術的な電流や電圧の意味とエネルギーの関係について、方形波交流電圧源によって考える中身が明確になるだろう。筆者自身の経験で、初めて電気の回路動作を知ったのが方形波電圧源に関わったからである。正弦波電圧では意識しないものが観えて来るからである。

方形波電圧と誘導負荷電流 上の図のように、トランジスタとダイオードを逆向きに繋いだ一対で一つのスイッチを構成する。それを4個使って、負荷Lを電源につなげばトランジスタのオン、オフで方形波電圧が得られる。この方形波電圧で初めて、コイルの電流はどのようになるかを知ることが出来る。コイルの電圧voはLと電流ioの時間微分の積で得られることは知っていても、電流ioが電圧の時間積分となることは意識していない。コイルの電圧時間積分は磁束になる。磁束[Wb]をL[H]で割れば電流[A]になる。このような計算は科学技術理論であり、物理理論(現在の物理学は科学技術理論である)ではない。

科学技術理論と物理論あるいは自然論 科学技術論は電圧、電流などの計測量に基づいて理論を組立てたものである。当然現代物理学理論もその同じ概念に基づいて組み立てられているから自然論とは異なる。自然は人間が創り上げた自然観察手法ほど複雑な原則には無い。磁束も電荷も無い。原子構造もすべての素粒子と考えるものもたった一つの『エネルギー』の世界像である。磁束、インダクタンスおよび電流の単位間で、磁束[Wb]=インダクタンス[H]×電流[A] が何故成り立つのか?自然感覚としてその意味を捉え切れるか。せめて、磁束[(HJ)^1/2^]=インダクタンス[H]×電流[(J/H)^1/2^] なら、次元解析も容易であろう。如何に世界は『エネルギー』が根源を成しているか。エネルギーを論じない物理学は自然を論じているとは言えない。まだ、科学技術論からの要請で取り入れられた空間概念の空間容量ファラッド[F]と誘導容量ヘンリー[H]の時空論の曖昧性は残されたままのように思う。それは哲学的な思考によって解決されるべきものと思う。電流も電圧もそれらがエネルギーと関係付けて捉えられるには、それぞれ2乗によって初めて観えて来る筈だ。もう一つ触れておこう。トランジスタのnpn積層構造でも、ダイオードで表記すれば、ベース端子に対してエミッタもコレクタもダイオードの背向した構造体の筈である。コレクタ側からベースへ電流が流れないダイオードの構造の筈である。何故か不思議にもダイオードの逆向きの電流を制御していることになる。これも実際の製造現場では、単純なnpn積層構造ではない事が分かっているのだろう。考えても単純な頭では理解できない。これも何とも言えない不思議な科学技術論である。トランジスタにはエミッタに電流の方向が示されているが、量子力学論では電流ではなく、逆向きの電子の流れで論じられる。何故電子がコレクタ側に流れるかの明快な解釈は見えない。何しろダイオードの逆向きであるから。それも質量でもなく電荷でもないエネルギーの流れとして捉えなければ真の物理学にはならない筈だ。この辺に対する過去の悩み論を記した記事謎(p n結合は何故エネルギーギャップ空間か)がある。標題に技術と物理としたので少し脇道に逸れてみた。

誘導エネルギーの回生 誘導負荷エネルギーはその処理を的確にしないと、スイッチング素子が破損する。貯蔵されたエネルギーは回路から突然切り離そうとすれば、無限大のエネルギー放射源となり、回路内で炸裂する。だからと言ってそのエネルギー量が多いとは限らない。量は少なくても、そのエネルギーの流れを瞬時に止めることはできない。無理に止めようとすれば火花を放ってエネルギーを放射する。そのエネルギー感覚が電気回路解釈における筆者の感覚の基になっている。コンデンサのエネルギーにはそのような凶暴性を持った回路への危険はない。コンデンサの貯蔵エネルギーは簡単に回路から切り離せる。半導体回路のその誘導エネルギー処理の優れた機能に感心させられた。

リアクトルエネルギーの貯蔵と回生 ここでも技術論である。本来の電圧は電位が高い方がエネルギーの分布が少ないのである。負側がエネルギー源である。然し技術論では如何にも電圧の高い電位がエネルギー供給側のように解釈される。だから電流が流れて、負荷にエネルギーを供給すると理解する。本当は逆なのであるが、如何に科学技術論で頭が飼いならされたかは、電流と電圧の意識が手っ取り早い理解に結びつくかを思い知らされる。実に電圧、電流の技術概念が使いなれると便利であることか。しかしその物理的根本原理を明らかにしようとすれば、並大抵のことで解き明かせるものではない。だから電流が電線導体の中を電子が逆向きに流れる現象だなどと、実しやかなウソで誤魔化す事になる。質量の無い電子は定義されていない。電線の中を質量を移動させるにはどのような力が必要かは知っている筈だ。運動力学論で質量は電界では動かない。だから電荷と電界の関係で力を想定する。一般導線の中に電界をどのように想定できるか厳密に論理を展開出来るか考えてみれば分かろうと思う。無理なのである。それでも巷の電気解説論では堂々と電子が電線内を移動すると解説されている。しかし、だからと言って電流、電圧と言う概念を不要と言って切り捨てる訳にはいかないのだ。これ程実用的な便利な技術概念も無いから。その物理的実像を明確に捉えることは本当の自然の深い真髄を理解する上で大切な事でもある。それはトランジスタの内部あるいは近傍空間をどのようにエネルギーが流れるかを極めることに繋がる話である。技術論と自然の眞髄はどこかで明確に論理的に繋がる筈であるから。エネルギーの回生については何も述べずに来てしまった。一定周期でのスイッチングで、定常状態になった場合の負荷電流ioは三角形状に変化する。その各状態でコイル内にエネルギーが貯蔵される区間と放射(それが電源にエネルギーを回生)する区間とに分かれる。エネルギーの流れと電流値とは同じくはないが、コイルのエネルギーを電流で捉えるのが分かり易いという実に慣れという常識習慣の恐ろしさも感じながらの論理に従って理解する。本当のことは、エネルギーは電流の2乗で捉えられる筈だ。

半導体スイッチ回路をダイオードとスイッチSで書き換えてみた。二つのスイッチSを同時にx 側かy 側に投入すれば、電圧は方形波となる。スイッチの切り替えごとに打点のダイオードが電流の帰還回路を形成し、エネルギーの電源回生動作となる。なおコイルのエネルギーは電流の2乗だから放物線状に変化する。

むすび 電圧、電流と言う技術概念が如何に便利であるかは慣れるに従って益々離れがたい価値を意識する。しかし、自然にはそんな概念は無く人が創りだした技術概念でしかないのだ。実に不思議なことである。こんな事を書くことが社会的な混乱を来たす元になるようで実に気が重い事でもある。社会的組織の中では許されない論議になるかも知れないことから、孤独の世界を歩くことに成ったとも考えられる。過去の電気技術の仲間や工業高校時代の仲間とも全くの繋がりのない世界での思考の論考である。5,6年前に住所録も消えて無くなっていた。日本物理学会での発表も所属欄が書けない無様で今は止めた。学術に関する処に参画するには所属欄の記載がなければ、参画資格が無いようだ。時どき昔のことの闇の声が聞こえる。竹下内閣の『約束』が有ると。地方創生資金配分の関係かとも思うが、何の『約束』かは知らない。

今回の記事で、単相インバーター回路を取上げたが、電流が電気エネルギーの流れを示していると電気技術者ならそう理解する。しかし直流電源のエネルギー放射・伝送は実は負側のマイナス側から送られるのだ。だからトランジスタのスイッチングによるエネルギー伝送機能も負荷に印加する電圧のマイナス側がエネルギー高密度空間の基になっているのだ。大学の電気工学・電子工学の教育上の『参照基準』はその辺に照準を合わせるべきと所属の無い身ながら恥ずかしさを忍んで提言する。残念ながら教科書が間違いあるいは矛盾に気付かない内容を広めているのだ。理論がもっと実学・技術の学びの上に基づくべきだ。何々の法則が矛盾に耐えない筈だ。

政府機関なのかどうかは知らないが、裏で何か決めているようで、実に気味の悪い精神的ストレスの毎日である。正に人権侵害の連続だ。人の繋がりのない断絶した過去の上の浦島退屈論ではあるが。

 

電気物理(電圧時間積分とエネルギー)

はじめに
物理学の中で電気現象を取り扱う科目は電気磁気学になろう。その電気磁気学の中味を確認すると、電気工学の内容と殆ど変りはない。電圧と電流がその電気回路現象の解釈の基本概念となっている。微視的な現象を論じる量子力学などは原子・分子構造やバンド理論の抽象的な理論が主体となって、少し電気磁気学と言う分野からはかけ離れてもいる。しかし、電界・磁界と言う電磁場とその中の電子の振る舞いと言う意味で見れば、電気科学技術の基本理論がそのまま基礎概念として電気物理の基本になっているように思える。専門用語には、簡単に理解できないものが多くある。π電子等と言われると、電子の『電荷』の実像さえ理解できない処に、πとは何じゃ?と狐に抓まれた気分になる。磁界と言えば『磁束』で解釈される。磁場空間に磁束が通っていると言う科学の常識概念も、教育の場ではアンペアの法則に因る電流概念との関係で理論構築されている。電流原器の定義からもアンペアの法則が電気現象の物理的真理であるかの如く威厳をもって説かれる。一方ファラディーの法則も電磁誘導現象の解釈の基本を成している。電圧と磁束と時間の関係で電気現象の理解に欠かせない法則となっている。一般に電線路周辺空間にも磁場があり、その空間にも磁束が関係していると看做すであろう。磁束はアンペアの法則の電流によって発生すると解釈すべきか、あるいはファラディーの法則に因る『電圧時間積分』で発生すると解釈するべきなのか悩ましい意味を含んでいる。『磁束』と言う空間に実在するとは理解仕兼ねる概念が、科学技術の解釈に有用なものとして長く理科教育によって基礎共通科学常識となっている。『電荷』と同じく『磁束』と言う物理概念が如何なる空間的実在性を持っているかを明確に示す事が電気物理の命題であると考える。具体像として認識できない抽象性ではこれからの科学の社会的理解が得られないと危惧せざるを得ない。電気物理はそれらの基礎概念を明確にする事から取り組まなければならない筈だ。今回は拙い電気回路現象の知り得る範囲から、電圧時間積分と言う電気工学の考え方で、『磁束』と言う意味を取上げて電気コイル周りのエネルギーを考えてみたい。電気技術ではリアクトルと言い、理論ではコイルと言う電気エネルギーの空間貯蔵回路要素の話になる。電圧時間積分と言う技術用語を初めて知ったのが、ロイヤーインバーターの不思議な電気回路現象であった。それ以降磁束はアンペアと言う電流では捉えるべきでないと確信してしまった。もう50年も前のことである。現在はその延長として『電流は流れず』と言うところに居る。とても金属導体中を流れる『負の電荷』の逆流等と言う物理概念が電流だなどと言ってすまし込んでいる訳にはいかないのだ。この記事を書く意味は、理学と言う理論に偏り過ぎた意味を科学技術と言う現実的な応用の中に隠れた真実を見直す事によって理解して欲しいとの願いからであった。教育の中に間違った真理らしき内容が多く含まれている現実を修正しなければならないと思った。ロイヤーインバーターで洗濯機用の単相誘導電動機を運転した頃の『電圧時間積分』の意味を磁束との関係で取上げようと準備しながら、その前にコイルの基本的意味を別に解説したいと考えてのことである。理学と技術の意味を考える例題として有用と思ったから。

コイルと電圧時間積分

 電気回路にコイルが含まれると、そのコイルはエネルギーを貯蔵する働きでその機能を特徴付けて解釈される。このような電気現象のエネルギーに因る捉え方が電気物理として特に考慮して欲しい点だ。コイルの中の空間にエネルギーが実在すると言う感覚的認識が必要なのだ。二分の一にインダクタンスと電流の2乗の積の式で覚える数学的な電気知識でなく、コイルの電気導体で囲まれた空間内にある『エネルギー』の空間物理量を認識して欲しい。コイルに掛る電圧とは何か?その電圧がエネルギーとどのような関係にあるかをこの記事を書きながら、考えてみたい。ただ電圧と電流で回路を解析するだけでは、それは電気技術論でしかなく、電気物理と言う自然現象の奥深さを知る自然観には程遠いと言う意味を理解して欲しい。電圧も電流も電気技術解釈用の技術概念でしかないと言うことを。然し、その電圧、電流と言う科学技術概念が如何に実用性で優れたものであるかを知る為にも、電気回路現象の真の姿を理解して初めて可能になることを知らなければならない。電線路で囲まれた空間に磁界とか、電界とか理論付をする意味を考えれば、その空間に何かがあるからそのように捉えるのだと言う意味位は察知出来よう。電線路導体で囲まれた空間に『エネルギー』が存在し、また流れているからなのである。その『エネルギー』は光速度と言う途轍もない速度で空間のエネルギー分布の欠損が生じれば補う。実験的にそのエネルギーの流れを計測など出来る筈もない。その『エネルギー』を科学技術概念の電圧と電流と言う計測量で捉えて、実用的理論に構築した意味が如何に偉大であるかを知らなければならない。しかし電線の金属導体内を電子や電荷が流れている訳ではない事は自然現象の真理として理解することと科学技術概念の意味とは異なることも知らなければならない。電圧時間積分についてコイルの端子電圧vとした時、積分 ∫vdt [Wb] は磁束の意味になる。ファラディーの法則の積分形である。このコイルに印加される電圧の時間の長さが何故磁束になるのか。コイルに掛る電圧とはどんな物理的意味を持っているのか。それらの疑問を解くには、すべてエネルギーとの関係で明らかにしなければならない問題だ。しかし、磁束もその次元は[(HJ)^1/2^](単位換算表を下に示す。)、電圧の次元も[(J/F)^1/2^]とエネルギーの単位ジュール[J]とは異なる。電気技術単位もエネルギーのある観方の解釈概念で有れば、最終的にはエネルギーとの関係を明らかにして、理解する必要があろう。その事をコイルのエネルギー貯蔵機能と言う点に的を絞って考えたい。ここで、別に電気物理(コイルの電圧)として先に纏めて置くことにした。追記。前に記した記事:LとCと空間エネルギー (2017/08/02) も参考になろう。

考察回路2例 電源は直流電圧とする。抵抗とインダクタンスの並列回路、回路(1)と直列回路、回路(2)の二つの回路例を取上げて、そのコイルLの動作機能を考えてみよう。電源電圧を直流としたのは交流電圧よりも電圧値が一定であることから、電気現象の意味を理解し易いだろうとの事で選んだ。コイルに直流電圧を掛けることは一般的には考えられない事例であろう。回路例(1)ではもろにコイルに直流電圧を掛けることになるから結果的には危険な電源短絡事故となる。一応保護ヒューズを電源に入れて配慮した。

空間の電気量 物理学では時空論と言う言葉が使われる。物理現象は空間の中に展開される電磁現象とも言えよう。光は空間世界の王者でもある。それは空間に描く時間とエネルギーの営みでもある。そんな意味で、光が描く空間長と時間の関係は『エネルギー』と言う実在物理量に因って理解できる筈だ。1990年(平成2年)の秋頃に、完成した自然単位系がある。措置と言う強制牢獄への穴に落ちる少し前のこと。自然現象を理解するに科学技術概念だけではなかなか複雑過ぎて難しい。空間とエネルギーだけで電気用語の意味をまとめた表を載せる。すべての電気量がエネルギーのジュール[J]との関係で算定できる。電気量の次元を換算するに使うに便利である。余り物理学では、空間の意味にファラッド[F]やヘンリー[H]を意識していないようであるが、時間の次元も[s=(HF)^1/2^]で関係付られる。光の速度を決めるのもこの空間の物理的関係に因る。この空間の誘電率、透磁率の物理的意味合いを明確にする課題がまだ残されている。それはどうしても哲学の領域にもなるかと思う。科学と哲学の課題でもある。空間で『エネルギー』がどのように共振現象で伝播するかの解答が。何方かの挑戦を期待したい。

回路(1)の電気現象 スイッチによって二つの場合を考える。

(a) S1:on 、S2:off の抵抗負荷。電源スイッチ S をオンする。回路解釈は直ちに一定電流i=E/R[A]になると理解する。技術論としてはそれで十分である。然し物理現象としては、負荷抵抗に供給されるエネルギーは電線内を通って供給される訳ではなく、電線路で囲まれた空間を通して供給されることを知らなければならない。厳密には突然スイッチの周りのエネルギーギャップの空間が閉じられるのだから、複雑な空間の動揺を伴った後オームの法則通りの平常状態に落ち着くのだ。電気技術で負荷電力P=E^2^/R [W]と計算される。ワット[W]=[J/s]である。電圧の単位は[V]で抵抗の単位は[Ω]である。[V]と[Ω]で、どのように単位換算されて電力が[J/s=W]となるのか。その物理的意味をどのように解釈するのか。このことに関連して、やはり別に電気抵抗体の物理として考えをまとめた。

(b)S1:off 、S2:onでSオンする。実際はスイッチSオンすると同時に、電源短絡事故となろう。コイルのインダクタンスがL[H]であれば、電流はi= E/L∫dt [A]で直線的に増加する筈だが、そこには空間的な別の意味が関わっている筈だ。コイル空間が真空であったとすれば、エネルギーの空間貯蔵に空気中と異なる意味が含まれるかも知れないと言う疑問はある。コイル内の空間にエネルギーが貯蔵されると言う意味は、その空間のエネルギー貯蔵限界があると言う点を知らなければならない。ただ空気中の磁束量の限界と言う空間破壊の解釈は聞かない。電界の空間破壊は高電界30kV/cmと良く聞くが。それも磁場と電場と言う違いはあるが、空間のエネルギー貯蔵限界に因る物理現象の意味である。コイル電流i[A]に因って、コイル内に磁束[Wb]が生じると言うのがアンペアの法則に基づく解釈である。次元を考えれば、電流[A=C/s]からどのような物理現象として、磁束[Wb]が発生すると言うのだろうか。電荷には磁束を発生する物理量的な次元の意味が在るのかを問わなければならない。電気技術論として1800年頃に発見された知見が現在の物理学概念として本当に有用なのか。電荷と磁束の間の空間に起きる次元変換の物理的見解が必要と思う。そこには『電荷』の物理的空間像が示されなければ、答は得られないと思う。なお、電圧時間積分は電流i=(∫Edt)/L の中に含まれている。磁束φ=Li と同じ式ではある。

回路(2)の電気現象 R-Lの直列回路で、やはりLの機能を考えてみよう。既に、電気物理(コイルの電圧)としてまとめたので大よその意味は分かろう。コイルのスイッチS’:off で電圧を掛ければ、指数関数的に電流i がE/Rの値まで増加し、コイル電圧はエネルギー貯蔵した状態で零となる。

『問』 その状態でスイッチ S’ をオンとしてコイル端子を閉じるとする。その後の電流はオンしたスイッチ部を通るか、コイルL内を通るか。

『答』 尋ねたいのは、コイル端子を閉じたときコイルの貯蔵エネルギーは電流 i に因るのか、それとは別にコイル内の空間に貯蔵されたものと考えるのか、どちらで理解するかを答えて欲しいのだ。電流 i が電源に繋がった導線部 S’ を流れずに、わざわざコイル内を流れるとは考え難かろう。然しコイル内にはエネルギーが貯蔵されていると解釈しなければならない。そのコイルのエネルギーは電流に因るのか、コイル内の空間に貯蔵されたものと考えるのかを問うのである。ただ時間と共にそのコイルエネルギーも空間に放射あるいは抵抗で熱化されて無くなる。

回路の電流 回路(1)と回路(2)の電流値の様子を考えてみよう。

電流値 電圧が 100V 、抵抗値10Ω、 インダクタンス10[mH]として図に示した。回路(1)の(b)の場合で、コイルに電圧を印加した時、電源投入後何[ms]で電源短絡となるかは分からない。? 記号で示した。その状態をコイル内の磁束が飽和した為と技術的には考える。物理的には、コイル内の貯蔵エネルギーの受け入れが出来ない限度を超えたからである。また、回路(2)では、スイッチS’ を投入した瞬時にコイル端子は回路から切り離された状態になり、抵抗のみの回路となる。その時コイルのエネルギーはそのまま分離されてコイル内に留まり、時間と共に消えることになる。

むすび 記事の内容を見ると、電気物理と言いながら数式が全く無いことに気付いた。電気現象はその技術概念電圧と電流が解析の要となっている。然し、その電圧とは?電流とは?と殆ど疑問に思われてはいないようであった。30年前に『電荷』概念の空間像を描けないと疑問に思って、何か世間の囃したての中に揉まれながら、人生意気に感じて頑張っている内に、とうとう浦島退屈論の仕儀となってしまった。やっと御蔭さまで、電圧と電流の物理的空間像が描ける境地に辿り着いたようだ。電圧の2乗が次元[J/F]、 電流の2乗が次元[J/H]でその空間の空間エネルギーを捉えたものであると。電気回路の空間構造のコンデンサ機能の[F] とコイル機能の[H]とでその空間のエネルギー貯蔵量を捉えることが出来ると安堵の境地。やっと技術概念の物理的意味が理解できた。電圧-その意味と正体ー (2016/05/15)ではまだ疑問との格闘にあったようだ。然しその記事の文末に導体近傍のエネルギー分布を確信した記事が記してある。その実験的検証が在ったことで、ここまで来れたと感謝する。

電気抵抗体の物理

はじめに
改めて電気抵抗の何を書くのかと思われそうだ。しかも物理とはどんな意味が抵抗にあるのかと。前にコイルの電圧の事を記した。電気回路要素にはコンデンサとインダクタンスと抵抗しかない。しかし、抵抗だけMKSA単位系の中で特別の単位[Ω]が使われる。この単位の意味がどんな物理的特性を表現したものと理解しているのだろうか。自然単位系として、JHFM単位系を提唱した。エネルギージュール[J]を基本としてヘンリー[H]、ファラッド[F]の空間構造単位と長さ[M]だけで全ての物理量を捉える考え方である。その中では抵抗[Ω]は[(H/F)^1/2^]と言う次元となる。何故、抵抗がインダクタンスとコンデンサの単位と関係があるのか。ここにこそ抵抗体の物理的意味合いが隠されているのだ。物理と言う一般的な意味は、科学的に物の理屈を明らかにすると言うように捉えられていよう。ならば、科学論として実験的に検証可能でなければとそれは物理の中には入れてもらえないようにも思う。そうなれば、空間に実在するエネルギーなどを論じることは出来なくなる。正しく、物理学で捉え切れていない空間のエネルギーが本当に科学論の根幹に据えなければならない基本概念の筈である。空間のエネルギーを計ることは可能かどうかとても難しい問題と思う。ここで、電気回路の中でオームの法則として一番基になる抵抗の意味を空間の構造体として捉える考え方を述べたい。

電線路の特性
電線路は電気エネルギーを供給する設備である。最低二本の電線を張れば可能である。その細い2本の電線を張ったその空間には電気特性としてのコンデンサの意味とインダクタンスの意味が含まれている。幾ら細くても2本の導線の間にはコンデンサの機能がある。電流が流れれば(流れないと言いながら済みません)、1ターンのコイルを成すとも見られるから、その空間はインダクタンスの機能を持ってもいる。

電線路エネルギーと特性インピーダンス

電線路に電圧を掛ければ、無負荷でも線路空間にはエネルギーが蓄えられる。それは線路のコンデンサとしての機能で解釈され、その充電エネルギーと看做して良い。図の①のように線路の静電容量をC[F]として理解できる。

次に負荷がかかれば、②にように線路に電流が流れると、電線路はインダクタンスの機能を発揮する。負荷に伝送するエネルギーに因って、電線路に生じるエネルギーである。図では伝送エネルギーと表現したが、★印を付けて少し意味合いが違い、線路内に加わった貯蔵エネルギーと考えた方が良かろうという意味で捉えた。エネルギー伝送量の変化が生じると、その変化を抑制する電気的慣性の意味と捉えた方が良い。

この電線路の静電容量Cとか誘導インダクタンスLとかの捉え方は、送電線路の送電特性を解釈する基本的考え方になっている技術概念である。一般には単位長さ1キロメートル当たりの定数[mH/km] 、[μF/km]として線路特性を評価する。その線路の特性インピーダンスZ= √(L/C)^1/2^ [Ω]を使う。それは身近な2本線の電線路でも同じ事であり、図のようになる。

抵抗の空間特性 抵抗はエネルギーを消費する機能要素と普通は捉えるだろう。しかし抵抗でエネルギーが消失する訳では決してない。ただエネルギーの変換が成されるだけである。電気エネルギーを熱や光エネルギーに変換するのが抵抗体である。抵抗体でもエネルギー保存則は成り立っているのだ。だから抵抗とはエネルギーの変換機能であり、抵抗体の分子・原子構造体が成す空間格子構造の物理的意味を持っている要素であると解釈すべきであろう。電線路の意味に似ているのである。L とCの空間構造の成す構造体と言う捉え方が物理的解釈である。 この捉え方をする訳の説明になるかと思う設問を提起したい。

『問』 エジソンが発明した白熱電球がある。その電球もヒラメントは抵抗体である。抵抗は温度が上がると抵抗値が大きくなる。その訳を説明してください。

『答』 (ヒント)教科書では電子が抵抗の中を通過する(電流が流れる)ことになっている。電子が通るとどうして抵抗体が熱くなるのかの物理的解釈を示して欲しい。それが出来ない時本当の訳を考えると思う。数式では解答できない問題だと思う。物理学とは本来日常の言葉で理解することが基本だと思う。教科書の解釈の論理性を問う事でもある。(関連記事) 『オームの法則』-物理学解剖論ー (2013/04/16) 白熱電球のエネルギー変換原理は? (2018/02/12)。答えとしては、電荷とか電流と言う物理的描像が空間的に不明確な概念での解釈では無理であろうと思う。エネルギーの変換現象であるから、抵抗構造体の中にエネルギーの高密度集積がなければ、抵抗体からのエネルギー放射として温度計測の測定体にエネルギーの入射は起きないだろう。温度上昇はその物体にエネルギーが貯蔵されたから起きる現象である。物体の何処にエネルギーが貯蔵されるかと言えば、その分子結合の格子空間内に蓄えられるとしか考えられない。思い出した不思議がある。周期律表と抵抗率 (2016/06/16) の意味である。何故隣同士の原子でこれ程抵抗率が違うのか。原子構造が周回電子で解釈される意味で、どのようにその差が起きるかの疑問を説明できるだろうか。電子周回論には原子構造解釈に有益な論理性が観えないと思わざるを得ない。抵抗体のL、Cの空間構造に因るエネルギー変換特性の捉え方に関係付けても、電荷に因る電子周回論に納得出来ない思いだ。これは一般的科学研究の論文発表における査読検証の世界で通用する科学論にはならないだろう。然し、科学理論の根底にある矛盾として、『電荷』否定の一つの実験結果『静電界は磁界を伴う』がすべて意味を包含していると考える。その意味を踏まえれば、日常用語で語る考えも十分科学論として意味があると思う。空間エネルギーの測定が出来なくても、クーロンの法則で『電荷』量の測定が出来ない意味と同じ事と思う。より基礎概念が基本量に統一されて解釈できることが、市民の科学論の理解に資する筈であろう。

抵抗体とLC構造 

抵抗に電圧vが掛って、電流iが流れたとする。その抵抗体は確かに電気エネルギーを消費する。然し消費したからと言って、そのエネルギーが抵抗体の中で行方不明になる訳ではない。電気コンロで有れば、そのヒーターがエネルギーを蓄積して、温度上昇をする。温度上昇は抵抗体の中にエネルギーが蓄積されて、その抵抗体に入射するエネルギー量と放射するエネルギー量が平衡した状態で定常状態の抵抗機能の電気現象になる。抵抗体の物性により、比熱とか様々な科学評価認識量でその抵抗機能が異なる。然し基本的には、抵抗はその内部機能がLとCによって構成された構造体と解釈できる。図に示したように、電圧v は抵抗体周辺の空間エネルギーの分布の様相にその物理的本質を持ち、その空間積分を表したものと解釈する。陰極線が電圧の負側から流れるのは古く放電管の実験で示されている。その陰極線と言うのがエネルギー流なのである。だから抵抗体の電圧負側から抵抗体の表面に均等にエネルギーが入射すると考えれば、図のような分布になるだろうとの予想を表現した。熱と光のエネルギーが放射され、エネルギーの入射、放射が平衡する。木炭などは結晶体とは言わないだろうが、電気的にはその構造の空間にエネルギーが貯蔵され赤く加熱される。電気抵抗は結晶格子構造を成し、その構成要素がそれぞれ単位要素としてLC構造体を成していると考えた。

むすび

電気回路要素の抵抗は電気を学ぶ最初に学習し、 誰もが基本として理解している筈である。然しその物理的意味を突き詰めると、LC構造体として理解することに辿り着いた。単位[Ω]が持つ意味は結局[(H/F)^1/2^]と言う空間構造の電気特性を持った科学技術概念であった。今振り返って、科学技術と理論物理学の間の関係が、その基礎の中味を掘り下げて観て、そこに関わる人の意識の問題に深く関わっていると思う。そこに市民に開かれた科学論の未来が託されていると思う。今とても感謝することがある。このブログに因って、書きながら自分の科学感覚を整理し、『エネルギー』に統一した認識に到達できたことである。過去の電気回路とスイッチの機能 (2016/06/01) から周期律表と抵抗率(2016/06/09) 電気抵抗のエネルギー論 (2016/06/15) などと書きながら、やっとここに辿りつけたと思う。浦島退屈論のようで情けない思いもあるが?

 

電気物理(コイルの電圧)

はじめに
考えるということはどう言うことかと思った。分からないこと、疑問に思うことは突然頭の中に浮かび上がる。しかも、その内容は至極当たり前で、、今まで特別気にも留めないものである。しかし、不図気付くと何故か答に窮してしまう。それが標題の『コイルの電圧』の意味である。電気物理(電圧時間積分とエネルギー)を書きながら、コイルの電圧の意味だけ確認して置かなければと気付いたのでここに纏めたい。

統合するということ
電線路は空間を通してエネルギーを供給する設備であると前から述べ理解していた。電流と言う負の電荷の電子など電線を流れていないと理解していた。そこにコイルの機能を物理的にどう理解すべきかと考えたときに、磁束を電圧時間積分として納得していたにも拘らず、磁束飽和とコイルエネルギー貯蔵の関係を統合して理解していない事に気付いた。解った心算でいただけで、本当は分かっていなかったのだと。ここで、この難問にどう始末を付けるかと気分が暗闇に落ち込む。様々な電気現象の中からパズルの組み立てのような、何か忘れている駒札が無いかと探る。考えることは忘れものを拾って結びつける作業のようだ。その仕方は決して理屈で考えるというものと違い、自分の感覚に馴染むものを探し出すような精神的作務のようである。何か特別にどう研究するという事ではない。ただ「ボー」と思い悩むだけのようだ。今回の経験はそんな感じの答えへの道であった。

納得したこと コイルの電圧とはどんな意味を持っているのだろうか?と一瞬思い直した。『電圧時間積分』と言う意味を大切なことと理解していながら、電圧が線路の空間エネルギー分布の解釈技術概念であるという事との繋がりで意識していなかった。磁束が物理的実体でないことを唱えながら、磁束飽和現象と言う意味とエネルギー貯蔵の意味との統合に失調していたことに気付いた。

電圧とエネルギーギャップ コイルの回路解釈は電流iと電圧でvで解釈する。コイルのインダクタンスL[H]とすれば、コイルの貯蔵エネルギーはW=(1/2)Li^2^[J]と流れるコイル電流の瞬時値[A]の2乗で評価する。この数式による解釈が電気磁気学、物理学の世界の常識である。この式で理解するということは、そのエネルギーはどこにどのように分布していると考えるのだろうか。一方コイルはその特徴を磁束で解釈する。磁束とエネルギーの関係をどのように理解しているのだろうか。磁束が直接エネルギーと同じとは理解していない筈だ。結論は上の図のように、電圧の極性の負側の導線近傍にエネルギーの高密度分布が存在し、そこからコイル導線近傍にエネルギーが入って行く。コイルの導線同士の間の空間にエネルギーが分布し、そのコイル全体にエネルギー分布が行き渡った時、コイル内のエネルギー分布が平衡し、エネルギーの貯蔵余裕が無くなった時コイル端子間のエネルギーギャップが零となる。その状態がコイル端子電圧零の状態である。電圧から見れば、コイルにはエネルギーが貯蔵されているにも拘らず、コイル端子がスイッチで短絡された状態になる。これがコイルの端子電圧の物理的意味である。電気回路におけるスイッチの物理的意味が、そのスイッチの端子間のエネルギーギャップの有る、無しの意味と同じようなことである。実際はこのようなエネルギーギャップの意味をスイッチ端子間の『電荷』分布で解釈している訳である。その『電荷』は自然界に実在するものではないのだ。

電磁気学の要-Axial energy flow-

1.はじめに
電気磁気学は自然科学の基礎知識として、その習得が科学技術・理科教育で求められる。力学と相まって物理的学習内容の基本となっている。その教育に基づく共通理解が社会的科学認識の基となるから極めて重要な分野である。社会的な科学常識は、お互いに科学論を展開するに、その共通理解の重要な基になる。『電荷』や『磁束』はその電気磁気学の要の基礎概念として、誰もが共通に理解していると思っているだろう。しかし、その中で『電荷』はじめ『磁束』さえもその実像は突き詰めると極めて曖昧な概念であると考えなければならなくなった。だからそのような基礎概念に論拠を置いた科学論は本質的に矛盾を含むものに見えて来る。現在の理科教育の教科書の内容では真の自然現象理解に極めて不十分な内容であることを認識しなければならない事態になったと考える。その意味を「磁気とは何か」と言う視点で考察し、その曖昧な意味を掘り下げて、電気磁気学理論の持つ不完全さを解説したい。軸性エネルギー流-Axial energy flow-を理解することが電気磁気学の眞髄に到達する要点であることを示したい。この事の持つ意味は、今までの科学常識に因って成り立ってきた専門家の意識改革を迫る極めて重大な社会的問題でもある。

2.原子構造と周回電子像の持つ意味
原子核の外殻を周回する電子に原子の周期特性で捉える役割を担わせた原子像があらゆる科学論の基盤として社会の科学常識となっている。この根源的科学常識を疑い、批判することに成らざるを得ない『電荷』概念否定の道を通って来た。その道の長い思索を通して辿りついた到達点は、あらゆる自然現象が『エネルギー』の空間に展開する姿として認識する事であったと理解した。その意味で、改めて現在の原子構造論の電子周回論はその中味を深く突き詰めなければならないと成った。

(2-1)原子像への疑念 『電荷』否定の論理の行き着く先に待っていたのが原子像への疑念であった。その疑念の具体的な点を挙げれば、次のようなことになろう。図1.で示した原子像は曖昧なまま、どのような規則で表現すれば論理的かさえ理解できないままの一つの参考にとの表現図で示した。

  • 何故電子が周回運動しなければならないか。
  • その電子の周回運動の軌道(立体角4π球面か平面か)と回転速度の方向性を何が決めるか。
  • 電子は粒子とか波動とか極めて曖昧な空間認識像で捉えられ、論理的明確さが観えないのはなぜか。
  • 実在するという電子像の、その質量と電荷の空間像が何故示されないのか。
  • 原子という空間構造体をまとめる『構成力』は何か。

原子と言う極めて極微な空間構造体が世界の構成元素として実在していることは、そのこと自体が不思議で有っても、疑いはない。その中味を解剖して明らかに示す事はおそらく無理な話であろう。だから曖昧さは残って当然と考える。1911年以降にようやく原子の構造の論議が始まったのだろう。J.J.Thomson の陰極線発見(1898)が電子として認知されたことが原子の周回電子像の基になったのであろう。その後の量子理論が決定的に電子に電磁気現象すべての舞台で、主役の役割を担わせたこととなったと思う。単純な電気回路のオームの法則さえ導体電線の中を電子が流れる解釈が決定的な電気回路常識となって、現在の科学論の基礎となっている。量子力学での電子には必ず質量が付きまとった素粒子となっている。運動エネルギーでの解釈に質量が必要だから。然し量子力学で伝導帯を自由電子として電気エネルギーの伝送の役割を担っても、電気回路になれば電子が金属導体中を流れるが、電荷だけしか必要としないから質量の意味はどこかに消え失せてしまう。電子とは質量と電荷の混合粒子と思うが、電気回路では電子流はアンペアと言う電荷の時間微分しか意味を成さない事になっている。電気回路では電気エネルギーの伝送速度は光速度に近い筈だが、電子では決してその光速度でエネルギーを伝送する役割の責任は果たせない筈だ。それでも質問が有っても難しい量子力学を勉強してから考えなさいと説明逃れがIT等の質問に多く見られる。電気回路の現象が光速度でのエネルギー伝送として説明できない事は、電磁気現象を本当に理解していることにはならないのだ。そんな単純な日常生活に関係した電気回路の意味から考えても、原子構造論の周回電子論はとても信用出来ないのだ。

(2-2)共有結合に論理性はない 高等学校の1、2年生の時に化学を習った。原子結合で共有結合と言う負の電子同士が誠に魔法のような理屈で互いに結合の担い手となることを教えられた。クーロンの法則の同じ電荷間に働く排力が、何故共有結合ではその訳が説明されずに、無視されるのかと言う疑問が消えない。何故負電荷同士の電子が結合の役割を果たし得るのか。まさか電子質量間に働く万有引力でもあるまい。基本的には電気磁気現象が原子構造体を構成する理論であると考えれば、原子間の結合を担う『力』とは何かと言う疑問になる。また、その基となる原子その物を構成する力は何かとなる。核の結合そのものも『力』が必要な筈だ。陽子と中性子の結合論には中間子論があるが、その意味を理解するだけの能力はないし、電磁気現象としての解釈では理解困難な様に思う。原子間、分子間あるいは原子等の構造体を構成するにはどんな『力』が必要なのか。

  力としてpdfで挿入した。初めて試してみたので見難いかもしれない。中に(3)式として『質量力』などと言う力を入れた。何も特別な意味ではなく、万有引力と言う意味を質量間に働く力と言う意味で表現しただけでしかない。丁度二つの電荷が空間に有れば、電場が生じ電界ベクトルと電荷間に働く力と言う空間像と同じ意味で捉えだけである。たとえば地球と言う質量が有れば、その周りには重力場と言うベクトル空間が有ると看做すだけである。ただそれは、自然現象として空間を解釈する万有引力と言う理論が『眞』であるかどうかは別問題であろう。 電荷間の力の解釈と同じ意味で(3)式は万有引力の一つのベクトル表現法でしかない。(2)式の磁荷mは物理学理論でも実在しないと成っている。(1)式の『電荷』q[C]も否定すれば、一体どんな力を世界の結合の力として捉えれば良いかとなる。もちろん(3)式の質量力などは論外であろう。 そこに「磁気とは何か」と言う事を尋ねなければならない問題が浮上する。

3.磁気とは何か それは「磁気の本質」を問うことになる。電気磁気現象の要が『磁気とは何か』に明確な認識を持つことである。2つほど問題を提起したい。

  • コンパスは何故磁界の方向を指すのか。
  • マグネットを向かい合わせると、そのギャップlの長さに因って何故磁気力が変わるのか。その物理的原因は何か。

電気磁気学では、磁束量φ[Wb]が磁界解釈の基礎概念となっている。ファラディーの法則として、電気理論の根幹を成す重要な概念でもある。アンペアーの法則として、電線導体電流との関係でも重要な磁束で、欠かせない基礎概念であるとの意識にある。インターネット検索でも専門的な解説がある。電子スピンなどと関連付けて解説される。然しその解説に因っても少しも理解できないのは筆者だけだろうか。マグネットから空間に磁束Φが放射(?)されている図で表現される。磁荷は存在しないが磁束が存在するとは、その磁束は何が創りだすのかとなる。変圧器のファラディーの法則から、そろそろ磁束が励磁電流によって発生するなどと言う間違った解釈はやめても良い筈だ。磁束はファラディーの法則の式の積分形で『電圧時間積分』で決まることを知らなければならない。然しだからと言って、それで磁束が自然界に実在する物理量だと決めつける訳にはいかない。磁束も電流と同じく、科学技術概念としての人が創りだした便利な解釈用の概念でしかないのだから。それでは本当は磁束とは何をそのように概念化して利用しているのかと言うことになる。そこが重要な点であり電気磁気学の要となるのだ。答えは空間のエネルギー流でしかない。それは軸性エネルギー流-Axial energy flow-である。巷の解説では、電子スピンと言うが電子がマグネットの表面でスピンをしてその電子から空間に磁束が伸びていると言う意味であろうか。その磁束とは空間にどのような実体を成すものと認識しているのか。コンパスが磁界の方向を向くと言う現象も、やはり力が働いたから向きが決まる訳である。この軸性エネルギー流と言う概念は物理学理論ではなかなか受け入れ難いものであろう。それはもともと物理学には空間にエネルギーが実在すると言う認識が無いように見受けられるから。物理学理論では質量が無いとエネルギーが論じられないように思う。電気コイルの磁気エネルギーと言う時、そのエネルギーは空間の何処に存在していると解釈するのだろうか。コンデンサのエネルギーと言う時、そのエネルギーはどこにどのようなものとして存在していると解釈するのだろうか。電荷はエネルギーには成れない筈だ。磁束もエネルギーではない筈だ。マグネット間のギャップ l が小さくなれば、磁石の引き合う力は強くなる。何故強くなるのかの意味を説明しなければならない筈だ。磁束が太くでもなると言うのだろうか。それでも説明には成っていない。物理学理論でも、電気技術論でもマグネットの表面の磁束密度は一様と仮定すると言う条件を設定するのが一般的である。そこが間違いである。マグネットギャップを変化させると、ギャップ内の磁気模様が全く変わってしまうのである。ギャップを狭めて行くと磁場の強い処はマグネット周辺に移動し、中心部分には磁場は無くなるのだ。磁場一様等と言う条件は成り立たない事を知らなければならない。磁場とは磁束などと言う線束が有る場ではないのだ。ハッキリ言えば磁束など無いのだ。ただエネルギーがマグネット軸に対して回転して流れている現象なのだ。それを軸性エネルギー流と名付けた。要するに空間に質量など無関係に、『エネルギー』が実在している認識がなければならないのだ。光の空間エネルギー分布流と同じ意味である。光のエネルギーを振動数で解釈している限りは、電気磁気学の眞髄には到達できない。

4.磁界の空間像 磁界とは『軸性エネルギー流』である。図に表せば次のようになる。図のマグネット棒と磁界の関係。それはマグネット近傍空間には左ねじの尖端をN極として、ネジを回して進む時の回転方向にエネルギーが流れていることを示す。この回転エネルギーが地球の表面にも流れている訳で、地磁気が具体例としての考える論題としてよかろう。地球の磁気は北極がマグネットのS極で、南極がマグネットのN極である。地球表面を自転の向きに即ち東西南北の東向きにエネルギーが流れていることを知らなければならない。地球の自転が何によって起きているかは、そのエネルギー流が何故在るかを理解することが出来れば分かった事になるのだろう。その自転の物理的意味について解釈を下す事は科学論か哲学か悩ましいこと言えよう。兎に角、このマグネット近傍空間のエネルギー回転流が磁場と言う概念が持つ空間の意味である。光が空間を光速度で伝播する空間エネルギー密度分布波と捉えることと繋がる意味でもある。この質量に関係ないエネルギーの実在性を空間に認識することが電気磁気学の要となるのである。

5.ギャップに因る磁気力の変化およびコンパスの指示の訳  (3.磁気とは何かの答)マグネットの引き合う力は不思議だ。検索すれば、その力の原理を知りたいと質問がある。然し、その解答は的確な説明とは言い難い、何か誤魔化しで逃げているようにしか思えない。残念であるが、本当は分かりませんとでも答えて欲しいのだ。解答者も教科書の解説を習得したからと言って電気磁気現象の眞髄を分かっているとは言えないのだから。決して磁束(自然世界に実在する物理量ではない)と言う科学技術概念では、マグネット間の空間にある『エネルギー』の姿は理解できないのだから、ギャップの長さで磁気力が変化する意味は分からないだろう。教科書に無い意味磁界・磁気概念の本質の記事の意味を知らなければならない。次にコンパスが磁界の方向を指す訳は何か?それも同じような原理の力の問題である。磁束がコンパスの中を通って空間の磁場の磁界と繋がるから、その方向を向く。と解釈して良いのだが、磁束が実際に実在する物理量でないと言うことを認識すれば、その解釈ではやはり正しいとは言えないだろう。試験問題でコンパスがどの方向を向くかという問題なら、磁束の考え方で正しい答えは得られる。知識としてはそれだ宜しいのだ。自然現象を理解するという意味には、この例のように答えられればそれでよいという考え方と、もっと自然世界の本質・真髄を知るべきだという考え方と多様な意見がある筈だ。それは一人ひとりの生き方の問題となるのだろう。磁気が軸性エネルギー流の目に見えない現象だと言うことを知ることに因って初めて、広い電気磁気現象の意味が矛盾なく理解でき、心から安心した納得に至れるのだと思う。それが安堵と言うものかも知れない。地磁気とコンパス(2012/09/13) が一つの解答となろう。

6. 磁気原子像と原子結合 『電荷』否定に因る原子像はどんな姿か。今年は原子周期表の記念の年らしい。8の周期性で特性が決まる原子を周期律表でまとめられた意味は驚嘆に値する知見と言えよう。その周期性から原子構造が周回電子像で解釈される結果に現在の原子構造が共通理解の基を成して来たと思う。周期性は他の原子との結合特性から認識出来るものでもあろう。原子が結合するのは原子の表面が互いに他の原子との安定した接合面を持つ事が出来るからであろう。もし周回電子が原子結合の任務を担うとすれば、その電子は立体角4πの原子表面をどのような道筋で回転運動をしながら、となりの原子と安定した接触面を保てると考えるのだろうか。その空間運動状況を原子結合に結びつけるには、原子核が周回電子の運動を可能にする何次元ものスピン運動をするか、魔術師か忍者の雲隠れ抽象空間を想定できるようでなければ、電子の運動と結合面の空間像を頭に描くことは無理じゃなかろうか。こんな論議は決して科学論の場では誰もが取り上げたくない事だろう。それは教科書の指導内容と異なる反社会的のことで、教育体制に混乱を生むから。科学論は現在の教科書の指導内容の枠からはみ出さないようにしなければならないとの意識が無意識的に思考の根幹を支えているのだろう。まさかこんな基礎の科学概念が否定される筈はないと誰もが教科書の指導内容や科学常識を信じているから。

(6-1)ダイヤモンド結合 炭素は結合手が4で、宝石のダイヤモンド共有結合や有機分子のベンゼン核など結合の代表的な論題となる元素であろう。炭素同士の強固な結合が抽象的な原子表面上の軌道周回運動電子によって生まれると言う曖昧な論理を何故信じなければならないのか。また炭素原子表面は空間的に4面体(直方体)か球面を4等分した接合面と看做すべきだろう。従って、有名なベンゼン核の亀の甲羅の平面的な六角形の構造が何故出来るかにも論理性が観えない。原子結合面は空間的な立体面から出来ている筈だから、結合手が2本と1本でのベンゼン核表記法は有り得ない。まずい記事ながら、参考に炭素結合の秘め事を挙げて置く。

(6-2)マグネット原子構造 軸性エネルギー流と言う空間のエネルギー像は『電荷』に代わる電磁結合の統一的理論構築の未来像になると考える。結合エネルギー:不思議の砦 (2018/12/02) で示したマグネット結合の図を再掲したい。マグネット同士を接合すると、接合部でのエネルギー流は隠れるように思える。砂鉄に因ってある程度は確認出来よう。このマグネット同士のN、S間での結合が原子結合の結合手になるとの解釈論を2009年に発表した。その時の図を示したい。

『電荷』否定は陽子、中性子などの素粒子の電荷概念の否定だから、当然原子核内もエネルギー粒子と捉えなければならなくなる。その核のエネルギー粒子の影響がそのまま原子表面に現れると言う考え方を取る。その結果の原子結合は当然の帰結として、図のようなマグネット結合になる。

7. むすび 2009年日本物理学会秋季大会で、“電荷棄却の電子スピン像と原子模型”の標題で関連の発表をした(日本物理学会講演概要集 第64巻2号1分冊 p.18. )。それは丁度10年程前の解釈である。今振り返っても、その内容は現在の認識と殆ど変らないようだ。10年間の思索を通して、よりこのマグネット結合原子構造の解釈に強い確信を得ている。電気回路の電磁エネルギー伝播現象即ち電気磁気学の実像を光速度伝播特性として理解出来たからだ。『電荷』や『磁束』が科学技術解釈概念だと言う意味は、それらは自然世界に実在する物理量ではないと言うことであって、物理学と言う自然世界の真理を探究する学問で使う用語・概念としては適切でない事になる。

論文: 25pWD-13 “磁力密度 f=rot(S/v)” 日本物理学会講演概要集第63巻1号2分冊 p.310.(2008) 。これは磁気がエネルギー回転流であることを論じた論文である。このいわゆる電磁力と言う力については、長岡工業高等専門学校で、既に履歴書が『以下余白』として消されたままの1年8カ月後(?)の昭和62年3月末に、『静電界は磁界を伴う』の電気学会発表の準備中の深夜の睡眠途中で閃いた思い付きであった。その後、「電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察」電気学会 電磁界理論研究会資料、EMT-87-106.(1987) に(29)式として記した。それは静電界と言うコンデンサ極板間に電圧に応じて、コンパスの指す磁界方向が変化すると言う電磁界現象が存在する事実の理論的解釈論として示さなければならなかったのである。コンデンサ内も電磁エネルギーの流れによってその現象・状況が決まると言う実験結果に基づく発見事実である。ここに科学基礎概念に対する意識革命の必要性が隠されている。

(付記) 関連記事。電気回路理論と電気磁気学の関係(2017/12/06) 。電磁力の本質(2017/10/17) 。

 

 

結合エネルギー:不思議の砦

結合エネルギーの世界
最近高等学校の化学の授業内容で結合エネルギーがあることを知った。ヘスの法則も1840年頃の発表であったらしい。しかし1954年に受けた授業の化学には無かった内容のように思うが、勉強しなかった為に知らなかっただけなのかも。筆者の知らない世界の化学であった。時代遅れを恥じる。結合エネルギーと言う用語は、高等学校での電気工学の教科「発変電」を教える時に、原子核分裂の物理現象の解釈理論として学習書を通して初めて学んだ。原子理論の質量ーエネルギー等価則として理解して来た。その原子理論の結合エネルギーを今考え直してみると、混乱してしまうほど理解できていない自分に戸惑う。筆者も高校1年生で化学の授業を受けた。原子結合の共有結合がクーロンの法則の原則に従わずに手を繋ぐ意味が分からず、化学への学習閉塞を来たしてしまった過去が在る。そんな過去を今まで引き摺って来たのかと思うほど、高等学校の理科の科目、化学の結合エネルギーと原子核理論のそれとは真逆の意味ではないかとさえ錯覚するほど混乱をしている。原子の鉄を境にして変わると原子論では唱えられる。そこで、結合エネルギーの物理的意味は『エネルギー』の空間実在量として解釈する時、どのようなものと捉えれば良いか疑問に突き当たる。高校生が学習できるのに筆者には理解できない現在の化学の結合エネルギーのように思う。結論への話がマグネットの結合模様につながればと儚い期待を持って。結合エネルギーの空間像をどのように描き得るかと。

高等学校の理科「化学」での結合エネルギー その結合エネルギーの意味は原子結合での外殻電子の共有結合の結合エネルギーとして解釈しているようだ。その時の電子の結合に果たすエネルギーをどのような物理的意味で捉えているかと解説を読んで確認しても、極めて漠然とした曖昧な意味にしか見えない。共有結合とは、どのように『負の電荷と質量を統合して空間を支配する実在物の電子―これが専門家の素粒子論で曖昧な実在性のままだ―』と言う素粒子が互いに他を共有し合うという結合の理屈が見えない。何故電子同士が結合の力を生みだし得るのか。その共有結合という役割を担う科学論の論理性に基づくエネルギーがどのようなものと捉えているか?その電子同士の結合に関わるエネルギー概念の論理的な解釈・意味合いが全く見えない。それは考える科学と言うより、科学常識を覚える理科教科にしか見えない。生徒も疑問に思っても、授業を邪魔してはいけないから、何故かとは質問もし難かろう。筆者もこの度初めて化学結合の結合エネルギーと言う解説が在ることを知った。検索から学習させて頂いた。しかし残念ながら、筆者の能力では化学での結合エネルギーの意味が理解できない能力不足の壁に突き当たったまま前進できない。その疑問が結合エネルギーの専門家の解説を読んでも、高い砦となって立入れない始末だ。その疑問を恥ずかしながら、ここに記したい。

結合エネルギー 結合エネルギーの意味が理解出来ずに、その疑問の対象に水素、酸素および水について検索から拾った関係式を挙げた。先ず、(1)、(2)式について考える。(1)式は2個の水素原子が結合して水素分子になると、432kJのエネルギーが放射されるという意味なのか?水素原子が分子でなくても普通に存在するという意味か。その原子が2個結合すると放射するエネルギーと水素分子で式の等号がエネルギーの等価の意味で成り立つという意味で捉えたくなる。当然質量がエネルギーとして等価換算された意味での等価性として。その上で、2個の水素原子が結合すると、その水素分子は質量が減少して、結合のエネルギーに費やされてしまうそのエネルギーが432kJの結合エネルギーだという意味か?総体として質量のエネルギー変換量と質量の総和はエネルギーとして同じ意味でなければならないと考える。式の等号の持つ意味に照らして、その+432kJの意味が理解できない。(2)式の酸素の関係についても同じく理解できない。(3)、(4)式の水の生成について286[kJ]と言う生成エネルギーが在ることも初めて知った。この式の意味するところは燃料電池との関係でとても興味を持つ。286[kJ]のエネルギー量は化学の標準気圧で温度273[K]での評価量であろう。燃料電池は水素ボンベの高圧ガスが使われるから水素の保有エネルギーは高いものである。そのような実際の技術との関係で解説が欲しい。その時本当の意味で、286[kJ]の意味が分かる筈だ。燃料電池は電気エネルギーの供給源で、電子で解説されるが、この286[kJ]を電子が負荷に運ぶのだろうか。そんな意味が理科の化学に解説して頂かなければ、「理科基礎」への統一は困難だと思うから。

燃焼 前にお恥ずかしいながら、焚火の科学などを書いた。それも今年(2018/05/26)の記事だ。結局この式を知らなかっただけのことであった。炭素と酸素の結合エネルギーと言うことで、高校生の化学の教科書の内容である。そこで考える。焚火の科学にも有る、何が等価であるか である。上の394[kJ]のエネルギーが結合エネルギーと言う意味なんだろう。炭素と酸素が化学的に結合して、炭酸ガスになる。ここで解説によれば、炭酸ガス1[mol]を分解するには394[kJ]のエネルギーを加えないと、構成要素の炭素と酸素に解離することが出来ないとある。その意味を咀嚼すれば、394[kJ]はCO2の分子の中に結合力として内在しているエネルギーと言う訳ではないようだ。それなら結合エネルギーと言う表現の用語の意味とは異なるように思う。分子CO2内に結合の働きとしての役割を持っているなら、その中に在るエネルギーの筈である。従って外部から394[kJ]のエネルギーを加えて要素に分解するという意味とは異なると思う。新しい大学入試試験問題の内容も記憶だけでなく思考力を重視すると考えられているようだ。この結合エネルギーと言う意味を取上げても、そのエネルギーと言う意味を教育する側が具体的にどのようなものと納得できているのだろうか。何かただ教育手法として過去を引きずっているだけではないか。やっと燃焼の意味が分かったかと安心したのだが、良く考えると能力不足から高校生が学習する内容さえ理解できないで混乱している自分の無様を恥じる。疑問が増えるだけで、理解に至らない。炭素C、燃料の薪を燃やす時の化学的燃焼現象を日常生活の中で理解することが自然科学の理科の教育内容として求められることであろう。炭素と酸素を反応させるには条件が在る筈だ。炭素の1モルは炭素分子(ガス)と言う捉え方はしないようだ。炭素がガス化しないと燃焼条件を満たさないだろう。炭素と高温水蒸気との関係での結合もあるようだ。394kJのエネルギーがどのような意味を持ったものなのかが明確でなければならない。燃焼の発熱エネルギーは結合エネルギーとは関係ないものなのか?炭素と酸素の化学的結合で発生する熱エネルギーが幾らか、またその燃焼環境条件が何かが日常生活に関係した自然科学論として教育すべき内容になると思う。山に柴刈りに行って、薪を蓄え生活の竈を守る営みの中で燃料・炭素の酸化現象は飛び抜けた燃焼の意味になろう。単に結合エネルギーで説明が付くとは思えない。そこには原子構造で硬い粒子の原子構成要素と言う捉え方でない、エネルギー粒子が見えるからの解釈である。当然「電荷」は実在しない事になる。同様に水素燃料電池の発電エネルギーと結合エネルギーの286kJとの関係も明らかにされなければならないと思う。

原子核分裂理論の結合エネルギー 

科学技術の拠り所が原子論である。エレクトロニクスは現代社会の情報革命を成した。エレクトロンはその根源概念の電子である。原子構造論がなければ電子もなかった。原子構成の基は陽子、中性子そして電子となっている。人の意識には『電荷』が在って初めて科学を論じられる。自然の世界は『電荷』の支配と人は意識する。その中でその『電荷』を否定する観点から原子構造に疑問を掛ける。原子核分裂元素で発電技術に利用されるのは殆どウラン235である。核分裂における結合エネルギーは化学結合の結合エネルギーとは意味合いが異なる。原子核内の陽子と中性子が結合することによるその原子の質量欠損分を結合エネルギーと評価しているようだ。基の陽子と中性子の質量の総和よりウラン原子の質量が減少していることを質量欠損として捉え、その質量減少分のエネルギー換算値を結合エネルギーと呼んでいる。そのウラン原子核が核分裂すると、エネルギーが放射されるとの論理が核分裂現象の理論となっている。おかしくは無いか?核分裂の前後で少ない質量から分裂後に質量が増える結果になる。ウラン原子が中性子と陽子の質量の総和より増加していれば、分裂によって質量がエネルギーに変換したと理屈が成り立つ。核分裂して分裂後の質量が増えていれば、核分裂で質量がエネルギーに変換されたとは成らない筈だ。原子核理論の結合エネルギーの意味は、核分裂によるエネルギー放射の理屈が成り立たないではないか。確かに分裂後に陽子と中性子になる訳ではないが、分裂後の分裂原子の全ての質量を算定するなど不可能である。検証はできないが、質量が欠損したウランのどこに質量がエネルギーに変換される論拠が在るのだろうか。実際に原子核分裂でエネルギーを利用している。結合エネルギーの意味にはエネルギーを生み出す原理が見えない。もう一つ理解できない原子核分裂理論が在る。ウラン235はウラン鉱石に0.7%しか存在しない。ウラン238は99%も含まれているが、それは核分裂燃料には成らないようだが、その訳は何故か?自然界の存在限界に近い質量のウランでありながら、何故238は分裂しないのか。その理由が明確でなければ原子核理論が論理的とは言えない。人の科学理論の理解し得ない砦の魔境が在るようにも思える。

マグネット結合 

マグネットは天からの贈り物だ。眺めても何も見えないのに、周りに不思議な力を作り出す。魔法の力だ。物理学でも、磁束を作り出す『磁荷』は世界に存在しない事になっている。電束の基は電荷となっているから、磁荷がなければ磁束も無い筈だ。とは言っても電荷が実在しないにも拘らず電束があると解釈されている電磁界理論であるから、磁束を責める訳にもいかない。実在する世界の根源要素はエネルギーだけで十分である。マグネットもその近傍空間、NSの磁極近傍のエネルギー流がその磁気の機能を特性付けているのである。1年程前に水と水素とエネルギー流として絵図にした記事水の妖精七変化(エネルギー)が在る。水素をマグネットのエネルギー流として解釈した。次のマグネット結合になる。

マグネット結合 結合エネルギーは質量欠損と関連付けられている。結合すると安定するから質量が減少すると解説される。質量は全くエネルギーと等価である。その事からマグネットの結合をその原理の解釈法に取れば納得出来ると考えた。マグネットには磁極近傍空間にエネルギー流が在る。3個のマグネットを結合したとする。それが②である。結合した結果、結合面のエネルギー流はなくなる。3個のマグネットで、6個のエネルギー流が有ったのが、その内のエネルギー流4つが消える。エネルギーと結合(2018/10/10)にも有る。

 

 

エネルギーと結合

はじめに

科学常識を逸脱した科学的検証の見込みもつかない論理の展開を試みる。ここに述べようとすることは科学理論や法則に基づくものでないから、とても科学論とは認められないかも知れない。その事をはじめにお断りさせて頂く。しかし自然界に『電荷』なるものが実在するとは到底考えられない。18世紀の科学論の始まりからその根底となって来た基礎概念である電荷を否定したら、そこに見える自然の姿は全く異なったものとして目に映ることにならざるを得ない。自然世界は何を以って形作られているか。眼で見たことも無いが、天体のお話から推論すれば、太陽系はじめ銀河や星座の形はすべて回転がその基本を成している。日々苦しめられる台風災害も、その基は回転現象である。地球だって回転している。回転が自然の構成原理でなくて、他に代わり得るものが在るだろうか。その回転は科学論の原理や法則には見えない。酸素と水素が結合すれば水分子となる。結合エネルギーで結合されていると高校理科の化学で解説されている。しかし、その真の意味を理解する術を筆者は持ち合せていない。どんな結合の力かは理解できない。マイナス電荷とマイナス電荷で手を繋ぎたいと思っても、多分断られるだろうと諦める。それは有名なクーロンの法則の原則に従えばである。しかし科学論では同種電荷の電子同士が手を繋ぐ不思議が許されている。実はこの記事を書く切っ掛けが、IT検索で初めて知った『結合エネルギー』の解説であった。その化学の基礎も知らなかった恥ずかしさがこの記事の基ともなった。せめて高校生が疑問に思うことに答えられれば良いかと、科学理論に拘らずに自由に結合エネルギーの意味に解釈を下してみたい。

エネルギー素量と極性

自然界では空間にエネルギーが実在していると考える。その姿の基本は光である。光は空間を光速度で伝播するエネルギーの縦波の波列である。光のそれぞれの最小単位は波長 λ[m]ごとの空間長のエネルギーch/λ [J]の分布波である。その空間のエネルギーの存在形態は光だけではない。ある点に留まる局所化されたエネルギーも存在する筈だ。電気回路のコイル内の貯蔵エネルギーもその一つに挙げられよう。その局所エネルギーの形はどのようなものが可能かと考えれば、軸性の回転流を思い描くことが出来よう。それが図1.である。

図1.エネルギー流と極性 p(有極性) wp(弱極性) np(無極性) 世の中にある身近な科学概念に関係する物にマグネットが在る。マグネットは日用品としてメモ止めの繋ぎ手の代表格である。物理学では磁束で解釈する。磁束が繋がると何故力を生むか、その理屈を考えても理解できない。マグネット同士を近付けると急に強い力になる。感覚的に誰もが実感できる。しかし磁束でその力の訳を理解しようとしても納得できないのではないか。近付くと磁束が太くなるという理論も無いようだから、力が距離の2乗に逆比例するという意味の理屈が見えない筈だ。結局磁気現象の理屈が分かっていないからであろう。理科教育では磁気のクーロンの法則として覚えさせるようだ。この記憶させる教育で、語学と違うのが理科教育であろう。覚えさせて、受験競争用の能力を鍛えれば、頭が固定概念により創造性の邪魔になるだけである。何故磁束で力が変化するかの理屈を説明出来るかである。電荷による繋ぎ手を否定すれば、磁気による繋ぎを考えたくなる。マグネットの力は自然の姿を映し出している筈だ。磁気現象はすべて空間エネルギー流の回転に秘められている。力の新しい解釈として空間のエネルギー流が有効と考える。エネルギー流が揃えば高密度化の方向に力が働く。磁極のN極がエネルギーの左向き回転流の方向を意味する。左ねじの回転方向がエネルギー流の回転方向で、ネジの進む方向が磁極のN極である。磁極の意味はエネルギー回転流の軸性を捉えた科学技術概念である。局所化エネルギー流の姿として考えられるのが図1.になる。磁場で影響を受けるのがpの有極性のエネルギー流である。影響を受けないのがnpの無極性エネルギー流の場合であろう。その間のエネルギー流の様態の変化もある筈だから、それが弱い有極性のwpと考えたい。このwpの小さなエネルギー流が何らかの原因で分離すれば、いわゆる電子という電荷の無いスピン流体となるとも考えられよう。このエネルギー回転流体が軸性を持つという意味で、軸性エネルギー流と言えよう。また表現を変えれば、軸性エネルギー粒子と看做すこともできる。

原子質量の概念と実像 

質量とは何かと考えると簡単にその意味をまとめられない。高分子化合物も質量体である。その構成要素は原子となる。多くの種類で捉えられる原子もすべて原子核と外殻の電子群で解説される。その原子論も、原子核内が陽子と中性子から成り立つとある。陽子はプラスの電荷を持つ素粒子で中性子は電荷の無い素粒子とある。ウランのような核分裂原子は分裂すると様々な原子になる。時には核から電子放射(β崩壊)をして原子番号の多い原子プルトニュウムにもなるという。それは中性子から電子が分離した結果ととれる。電荷の無い筈の中性子から電子というマイナス電荷の粒子が放射され、結果としてプラス電荷の陽子となるという誠に理解に苦しむ解釈が原子崩壊理論として正々堂々と科学常識になっている。そんな科学論で電荷とは何かを問わない、あるいは理屈を質さないでは置けないと思うが如何がでしょうか。そんな単純な疑問には何の数式も要らない日常用語で解説できる筈と思う。たった一つの『電荷』の概念位は、その実在性を唱える方々がどのような空間像で認識されるのかを示して欲しいものだ。プラスとマイナスの違いはどのような空間像として認識するのかを。単に磁場内での軌跡から判断出来ると言われても納得できない。素粒子とは空間に実在する物であれば、空間像を持っている筈だから。もし図1.のエネルギー回転流で粒子の空間像を解釈するとすれば、その粒子も磁気の科学技術概念に沿うものとなろう。そこには電荷の空間像を考える必要もなくなる筈だ。この局所化エネルギー粒子も質量の概念を備えていると看做せよう。原子核が有極性の陽子と無極性の中性子の組み合わせで構成されると解釈すれば、軸性エネルギー流間での磁気的核子結合力を想定することが容易になるであろう。そこに電荷は必要でない。原子核構成要素が軸性エネルギー粒子の結合体と解釈すれば、質量の本質もエネルギーとなる。

原子結合の結合エネルギー 

生体の高分子結合は主として炭素、窒素、酸素そして水素が担っているように解説されている。そこにリン等の原子が組成を成している。それらの原子同士を結合する結合手を電子などに任せる解釈には説得力が無いと思う。電子で囲まれた原子像では、余りにも原子核の原子特性に果たす役割が見えないではないか。原子特性の主役は核にあると考える。核の影響が原子周辺空間に強く出ていなければ、その原子論は説得力に欠けているように思う。そう考える時、原子外殻に電子など必要が無いと思う。水という最小の分子結合形態でも、そこには結合エネルギーが必要であろう。酸素と水素の結合に果たす役割をどのような空間像で理解しようとするのか。化学で取り扱う原子結合で結合エネルギーが取上げられていることに安心もした。木炭の燃焼や水素ガスの燃料電池で、結合エネルギーの意味が重要になる。原子核分裂では質量欠損と結合エネルギーの関係が論じられる。これらの話はすべて原子結合の意味に関わる基本的科学論に通じているように思う。この意味は2009年9月に発表した 電荷棄却の電子スピン像と原子模型 日本物理学会 第64巻2-1. p.18. にも有る。

むすび

原子表面には、核の構成エネルギー粒子群の構造が基となった原子特性が表れている筈である。磁極NとS極が4極ずつの8極を周期とした原子表面を呈すると考える。電子などの周回軌道でなく、原子表面の静止磁極分布が原子結合の空間構造を決めると考える。DNAの螺旋構造はじめ炭素原子のNS分布が分子の空間構造を決めると予想できる。カーボンナノチューブの構造も、炭素原子表面の磁極分布から単純な円筒とは成り得ないと考える。炭素結合の秘め事にも関係の記事を記した。

 

技術概念『電流』とその測定

はじめに

電気技術は現代社会の基盤を成している。電気理論や回路技術さらにIT情報網は完成された必須の科学技術となっている。しかし《電流とは何か?》と検索してみると、そこに表れる解説は全く訳の分からない説明となっている。殆ど電子の逆流を言うとある。この科学技術社会で、学校教育はじめ科学常識と看做されている内容がどこからこのように決まった解釈手法に迷い込んでしまったのだろうか。『電流』は科学技術概念であり、実に素晴らしい電気計測量なのである。電流は電流計で計る計測量である。それでは電流とは何かを理解するためには、電流計で計るものが何であるかを知らなければならない。今まで『電流は流れず』などと言ってきた責任もあるから、もう一度その意味を解説したい。

可動コイル型電流計

電気回路は電源が電池のような直流が分かりやすいであろう。その回路に流れる電流のアンペア[A]の値を計る測定器の代表が可動コイル型電流計である。それは何を計っているか。

図1.可動コイル型電流計 計器を①可動コイル部構造と②内部回路で表した。回路に流れる電流I[A]をどのように計っているかが計器の動作原理となろう。電流と言うのは電流計で計ったアンペア[A]の値である。電流計は電子の流れ(逆流)など計れる訳が無いのである。電流I[A]と言うものは物理量(自然界の実在量)ではなく、あくまでも電気技術の計測手法として確立した科学技術量なのである。単位アンペア[A]も電荷クーロン[C]の時間微分あるいは単位時間の通過電荷量で定義され[A=C/s]となっている。この電荷の時間微分値等も電流計では測れない。そこで電流計が何を計っているかを知る必要があろう。

電流計は電圧計でエネルギー計測器

基本的には電流を検出するのは抵抗の電圧降下である。②の計器内部のシャント抵抗rs(回路に影響しない精密な低抵抗)に流れる電流Isの電圧降下rs Is [v] を検出しているのである。その電圧をコイルLとそれを囲んだ磁石NSの部分で、電流I'[A]という電流の大きさをコイルの回転角として読み取っているのである。電流計の心臓部とも言える部分が①可動コイル部構造である。磁石とコイルの位置関係がコイル電流I'[A]の値で変わる。磁石とコイル電流の間に働く力の関係はフレミングの法則として説明される。それが教科書の説明であり、それで電気技術者として知識は十分であろう。しかし、物理現象として踏み込んで理解しようとすればそれでは不十分ではなかろうか。直流回路のコイルの意味である。コイルの電気特性はインダクタンスL[H]で捉える。直流回路の場合、コイルが回路内に繋がっていても、電気的に変動が無ければコイルは無いと同じことである。電気的変動が無ければ、コイルの存在は無いのである。それは何故か?コイルとはどのような特性の機能要素かといえば、エネルギーの貯蔵機能がその特徴である。一度コイルにエネルギーが貯蔵されてしまえば、電気回路に変動が無い限り、電気現象はコイルの無い等価回路で書き表される。コイル(エネルギー貯蔵タンク)を短絡して、コイルに負荷電流(コイル電流が内部で還流していると考えても良い)が流れないとしても回路現象としては問題が無い。ただし、コイルの損失が無い理想的な場合ではある。この(磁場と電流間に因る力と異なる)解釈はフレミングの法則の表現する意味とは異なる。磁界を磁束で解釈する科学常識と異なるから。そこで電流計の指針を回転させている力は何かとなる。コイルの周りには、エネルギーが貯蔵されているのであるが、電流が貯蔵されている訳ではない。コイルのエネルギーは電気理論では W=(1/2)LI’^2^[J] とコイル電流で解釈する。それではそのエネルギーとはどのようなものと考えるのか。コイル内の空間にエネルギーが在ると考えるか、そう考えないのか。その解釈が極めて重要なのである。どうも物理学理論では、空間にエネルギーが存在すると解釈していないのではないかと思う。質量に関係しないエネルギーの実在というエネルギー概念が欠落しているように思える。光のエネルギー空間分布と同じ意味の電気現象の解釈が無いようだ。コイルに働く力はエネルギーにあり、その二つのエネルギー流間に因る力でコイルは回転するのである。

①可動コイル部の空間エネルギー

NSの磁石とその中のコイルの磁気について、電気理論では磁束で解釈する。磁束という概念も磁気現象解釈の為の技術概念でしかないのだ。それも空間のエネルギー流の技術的解釈法でしかないのだ。実際は磁極もコイルもその周りにエネルギーが流れているのだ。コイルのエネルギー流が磁石のエネルギー流との間で力を受け、回転するのである。この解釈はフレミングの法則で解釈される現象をエネルギー流間の近接作用力として捉える考え方である。科学論は実験的検証がその論説に欠かせない。だから空間のエネルギー流を観測する方法が無い限り、科学的とは認められないかも知れないが。見えないものを観ることは出来ない意味に成るか。ただ科学的根拠は30年前の『静電界は磁界を伴う』の実験結果のみである。

エネルギー近接作用力

図2.エネルギー近接作用力 コイル電流というものに対して、コイル貯蔵エネルギーは電流と逆向きにコイル内近傍を還流しているのである。回路状態が変化しなければコイル貯蔵エネルギー流は一定のまま流れ続ける訳である。従って、コイルに電流が流れ込む理由は無く、コイルは理論的には回路から切り離されたと考えて良い。元々電線内を電流が流れる訳ではないのである。電線近傍をエネルギーが流れているだけなのであるから。磁石の磁界も図のように磁極表面をエネルギーが還流している磁気現象なのである。今までコンパスの磁気の意味をエネルギー流で解説して来た。磁気はその結合力で特別の強さの意味を持っている。その力の源を磁束という直線的な捉え方では意味が理解できない。力は回転現象に秘められていると解釈する。原子結合力も磁気的エネルギー流にあると思う。参考: 電荷棄却の電子スピン像と原子模型 日本物理学会講演概要集 第64巻2号1分冊、p.18. (2009) にも論じた。

負荷電力と計測

1820年頃、ようやく電気現象の謎が解き明かされるようになった。エルステッドが電流の磁気現象を発見、アンペアが法則を唱えた。と説明される。その当時『電流』などの意味が分かってはいなかった筈だ。言葉で電流の磁気現象と言われると、如何にも電流が分かっていたように錯覚する。電流を計る方法はどのようになされたのか。電流計が完成したのは相当後の1889年頃で、ウエストン型電流計などであろう。それまでにエジソンが1879年に白熱電球を発明し、まず電灯の文明開化が始った。電気エネルギーの供給が産業・商売に成る機運が生まれた。電球の製造・販売や電力供給が産業に成った。さてどう負荷供給電力を、商売の対価を得るために、計るかとなる。測定技術・測定法および測定器が必要になる。何をどう計るかが研究対象に成った筈だ。1881年パリ電気会議で、電気単位 V (ボルト)、A(アンペア)、 Ω(オーム)、 C(クーロン)および F(ファラッド)が決まった。その基準の電気量がどのように決まったかは知らないが、この頃から電流の単位アンペア[A]の計量が研究されたのであろう。

図3.負荷のエネルギー測定技術 直流回路の負荷の消費電力を計るとなれば電圧計と電流計で計る。電気回路の初歩の理論だ。しかし、19世紀中頃を思えば、この測定法を編み出すにどれ程の智慧を絞ったか。ここに西洋技術革新の先進的な努力が隠されていると思う。負荷電力はP[W]で、1秒間の消費エネルギージュール[J]の値を意味している。そんな物理量をどう測定すれば良いか?ストップウオッチで計る訳ではない。電流と電圧で計れるのだ。その測定法を不思議と思わないですか。科学技術の智慧の結晶なのだ。電気を販売するとすれば、エネルギー量となろう。供給したエネルギーの算定はどのようにすればよいか。エネルギーを直接測る方法は難しいだろう。エネルギーが計れないのに、電圧と電流を計って負荷電力p[J/s]を計る方法を完成した。現在は電力量計(ワットアワーメータ)E[kWh]で各家庭への電気エネルギー量ジュール[J]を計っている。

電流計・電圧形で計るもの

電流・電圧の意味 電流も電圧も負荷の電力と抵抗値を計算した値なのである。誠に不思議なり。だから電圧と電流の積が電力p[W]になる。図3.②等価回路とエネルギー流で、電圧・電流計の計測部のコイルは直流回路では変動が無ければ、電源からのエネルギー流には切り離された状態にある。そのコイルに貯蔵されたエネルギー量はコイルの直列抵抗をrとすれば、

電流計ではW=(1/2)L(rs/(rs+r))^2^P/R [J]

電圧計ではW=(1/2)L(1/r)^2^PR [J]

となる。計器内の回路定数と負荷特性の関係を表示している訳である。

むすび

以上身近な言葉である電流について述べた。ITなどを検索すると、電流の意味について、中学生向けの解説記事にも電荷、電子が電線内を流れているとある。それが科学常識となっている。専門家が論説する科学リテラシーの問題になる科学的理解とは何を目標にすべきか。自然科学の内容が自然を観察し、その観察する機会に因って子供達のそれぞれの感性に任せるべきものが本筋ではないか。科学技術の為の競争を目的にした教育は理科教育と一線を画した科学技術教育なのだ。理科教育という余りにも偏った、決まり切った授業展開法に縛られ過ぎている処に重大な欠陥が在るように思う。電気現象一つを取上げても、本当に電線内を電子(電荷と質量混合体)が流れていると誰が観測できるのか。何故エネルギー流でないと証明できるのか。