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What determines the battery voltage?

基礎研究とは何か? (2020/07/11)。

『何が電池電圧を決めるか?』と検索してみた。電池は『エネルギー』を貯蔵する電気用品で、あらゆる可搬型電気器具の『エネルギー』源として欠かせない技術用品だ。古くから使われている乾電池は電圧 1.5[V] だ。鉛蓄電池は電圧 2.0[V] の単位cellである。ボタン電池は 3.0[V] 等である。それぞれの電池は特有の一定電圧である。そのような一定電圧になる訳を説明できるでしょうか?これだけ情報化社会でも、こんな身近な電気用品の「電池電圧」が何故一定値になるのかの解説がどこにも無い。検索すれば、『電子』が解説の主役として論説されるが、そこに『エネルギー』がどのように負荷に供給されるかの意味が示されていない。科学理論は「論理性」がその根本をなしていると思われている。しかしそこで解かれる解説には、論理的で説得力のあるものが見えない。科学論を述べる解説者が、一般の市民の疑問を受け付けない『専門性』の閉鎖障壁となる『門』で塞がれているように思える。『学問』と言う疑問を大切にする、問う事で学ぶ『問』から離れてしまったようだ。

大学で成されるべき基礎研究とはどんなものか。技術開発だけではない筈だ。例えば、『電荷』とはどの様なものかを問う『学問』の府でもなければならない筈だ。それが多様性を重んじる豊かな基礎学問の府となる筈だ。それは科学技術の競争とは異なって、「経済的利益」を求める事に役に立つものではない。税金を使ったら利益を生めという事では『学問』は消えてしまう。生きるに日金を稼がなければならない労働(労働の平等を破壊する派遣労働制)を虜にする社会構造では、未来の理想社会の姿を考えるゆとりが奪われ、政治批判能力が育たず、選挙権を行使する民主主義の基盤が崩れ去る。独裁政治が生まれる。

科研費を稼ぐために競争的資金獲得に汲々とするところには本当の基礎研究はない。多寡が乾電池の電圧の事であるが、何故『エネルギー』を使っても一定値を保つのか?に答えて欲しいだけなのだが、それに答えられないのでは問題ではないか。安心して取り組める環境でない任期制の研究者体制で、どこに基礎研究体制が採れるというのか?研究費獲得のために、汲々とするところに乾電池の端子電圧の意味を考える基礎研究は決して為されない。

乾電池の電圧が何故 1.5[V] かを説明できる訳を求めるような、本当に日常感覚で疑問に思うような問題が基礎研究の基になるのではないのか?教科書の理屈では、誰でも答えられない問題なのだ。

過去の思考記事。電池の原理を問う (2014/11/27) 。電池電圧と『エネルギーギャップ』 (2016/05/08) 。謎(pn接合は何故エネルギー空間か) (2017/05/18) 。電池における電子の役割を問う (2018/05/24)。

言葉とその意味(日本国憲法に観る)

日本国憲法前文。

日本国民は・・・。・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

とその前文に在る。とても崇高な現代精神がうたわれている。

戦後75年を振り返り、今ある大切な日本を思う時。日々思い感じる事どもに、何か深い悲しみを覚える。この日本国憲法は、昭和22(1947)年5月3日に発布され、新しい民主主義の国として出発したことを祝い、憲法発布記念日として、その5月3日が祝日に指定されている。2000年代に行政改革の名のもとに、行政を監視する「行政管理庁」も現在の総務省内にお隠れになった。政府提出の法律が憲法違反でないかを監視する役割は内閣法制局ではないのか。憲法前文の精神はどのように法律に反映されるのか。

戦後多くの苦しみと屈辱を受けてきた法制度がある。優生保護法による人権侵害が何処に憲法精神の意味を具現していると言えるのか。法律は憲法精神によって、それに反することは許されない筈だ。時効が20年とは、憲法前文に反した違法の法律に正当な意味が有るのか。この度の最高裁の判決(泉佐野市の故郷納税訴訟問題)では、誠にその通りと理解できた。

最高法規という意味が理解できないのだ。

第10章 最高法規 第98条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部または一部は、その効力を有しない。 ② 日本国が締結した条約・・。

人権保障の日本国憲法の精神は日本にはないのか。最高法規という意味に理解が出来ない。

裁判官には、憲法の精神を肝に銘じて裁判を行う権威と義務が課せられていると思う。

第3章 国民の権利及び義務

第10条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。と言う法律とは何か?

この国民たる要件はどの様な法律で定めるのか。具体的に誰でも分かり易い事が求められる。

その亡霊の如き「法例(明治31年)」が憲法を支配しているようだ。昭和39(1964)年改正(池田勇人内閣)。昭和61(1986)年改正(中曽根康弘内閣)。平成元(1989)年改正(竹下登内閣)。これらの改正の意味は何か。

法例第3条[行為能力] 人ノ能力ㇵ其本国法二依リテ之ヲ定ム②外国人カ日本二於テ法律行為ヲ為シタル場合二・・・。

この「人ノ能力」とは日本国憲法の基本的人権を明治時代の「法例」が規定する異常な日本の法律体系に思える。

聞こえてくるのだ。昔の声が。「アジャパー」とか「無茶苦茶で御座りまする」などと仕組みを嘆く声が。

日本国憲法は日本の手本 (2015/06/03)  、日本語に愛を―憲法と日本人― (2015/07/31) 。

エネルギー伝播現象

新しい観方をまとめるに戸惑いもする。次々と新しい姿が現れてくるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギー伝播と空間特性。図の電線路の回路定数は導体によって構成される空間の構造が決め手となる。その係数を空間構造係数 k とする。

この空間構造係数 k は分布定数回路空間の世界 (2019/10/14) で定義した。平行導線の間の空間の構造係数である。

長く電気現象を理解しようと、その電気回路の中における物理的特性の解釈での疑問と格闘してきた。教科書の理論解説では満足できず、何時も『解らない?』と自己問答に陥る。今確信に在る思いは、余りにも単純でありながら、その姿は科学理論とは懸け離れてしまった。そこには『エネルギー』一つの姿しか見えない。自然の中に少しは科学論らしい姿を表現しようとすれば、哲学的課題との関係で空間構造の解釈になる。電気現象の哲学的課題 (2020/06/21) からの続きでもある。ITの検索には、小学生から中学生の学習のための記事に、電流と電子の解説が多くある。新聞の科学記事でも、科学常識の解説で啓蒙される。そこには『エネルギー』の大切な話は全く見えない。『電子』など決して電線金属の中に流れる訳がないのに、教科書はじめ専門家が『電子』が流れると解説している。筆者が投稿する記事は殆どが教科書の科学理論の矛盾を説くものである。『電子』が流れると解説されれば、それは『嘘』だと言わなければならないから。しかし誰も、物理学の専門家もこの記事に反論を寄せない。科学は専門の科学雑誌に投稿して初めて科学者の資格が得られると見做すのだろう。教職の資格も、所属もない者は無視される?

電気回路はその空間を『エネルギー』が流れる技術装置なのだ。『電流』や『電子』など何処にも流れてはいない。空間のインダクタンスと静電容量と言う二つの科学的評価基準で解釈する人間的な認識なのである。上の図は、光は自由空間を光速度で伝播する。電気は電線で囲まれた空間をやはり光速度(電線が裸線の場合)で伝播する。ここで解説する論の最大の欠点は、空間を伝播する『エネルギー』を科学技術的実験で観測し、検証できない事である。

エネルギーの伝播像。その『エネルギー』は伝播定数γ=√(LC) =√(μoεo) [s/m] の速さで伝播する。

先に結論を図で示す。この図に示した黒い点々の影が空間を伝播する『エネルギー』だと言っても、それは物理学理論には無い概念であるから、理解できないかも知れない。『エネルギー』とは何か?を理解するには、物理学理論の多くの用語の意味を自己流に噛み砕いて、日常用語で表現してみて確認する以外には分からないかも知れない。この『エネルギー』は運動エネルギーでも位置エネルギーでもない。交流電気回路のエネルギーは図のように電線路電圧の負側の電線近傍の空間を光速度で伝播する。電流も『電子』も全く関りが無い。金属電線の中など何も流れて等いないのだ。それは光の『エネルギー』が何も無い空間を『振動数』など何も関わりなく伝播することと同じ現象と見做せる。なお、光エネルギー像に描いた像は軸性光量子像 (2019/11/11) に示した解釈である。ここに示した電線路の場合は、この平行導線間の空間を伝播する『エネルギー』は裸電線で、電源が交流電圧の場合を想定している。電線路電圧v[V] とは次元[(J/F)^1/2^]の電線路間の『エネルギー』分布量の評価技術概念である。電圧の負側の電線導体近傍空間を伝播するから、半サイクルごとに図のように分布が反転する。『エネルギー』の分布量は電圧が v[V] の瞬時値なら、回路定数 C[F/m] によって、Cv^2^[J/m] である。このエネルギー分布像は電線路の物理現象としての意味であり、実際には電線路上に図のようなエネルギー分布がある訳ではない。電線路長は長くても送電線路で数百km であるから殆ど電線路の送電端と受電端との電圧位相差は問題にしない。(例えば)50Hz波では、

波長λは右の様に実際にはありえない線路長となる。

理科教育と『電子』。The electron did not exist in the world. (2020/05/15)

電線路導体に『電子』など決して流れていないので、子供達への教育で「嘘」を教えてはならないことを伝えたいのだ。教科書を書かれる方々によく知って頂きたいのです。電線路の『エネルギー』は光速度で伝播する事は間違いない。決して『電子』がそのような電気エネルギーを運べる訳が無いのです。『電荷』はこの世界には存在しないのです。反論やご意見をお聞かせください。

電気現象の哲学的課題

1990年(平成2年)に『JHFM』単位系-エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 (2010/12/18) ーを作った。自然現象は『エネルギー』がその根源をなすとの認識である。その時の課題が真空透磁率μo[h/m]と真空誘電率εo[F/m]の『エネルギー』の伝播現象に果たす空間構造の哲学的解釈であった。

伝播定数γ=√(CL)  [s/m] 。それは『エネルギー』の単位長さを伝播するに要する時間。光速度と同じ物理的意味であるが、光速度の逆数で評価するものでもある。記事、空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14) が参考になるでしょう。

電線路空間は線路定数によって統一的にその特性を評価できる。その電線路空間を伝播する『エネルギー』の特性を特徴付けるのは電線路単位長当たりの C[F/m] およびL[H/m] そして伝播定数γ[s/m]である。線路定数は分布定数回路空間の世界 (2019/10/14) に示した。

電線路の電気現象についてまとめるにあたって、今も自然の時空構造をどう解釈すれば良いかと疑問のままであるので、最終的課題として提起しておきたい。

ロゴウスキー電極空間の磁界

はじめに(2020/06/09)。
電気工学の分野に「高電圧工学」がある。高電圧送電系統の安全設計に欠かせない基礎工学部門である。雷が送電線路に及ぼす影響を調べるに、高電圧放電現象を研究する標準電極がロゴウスキー電極である。直流の高電圧をその電極間に印加すれば、その空間は静電界と言う電場になる。電気理論では、その電極の間の空間には一定の静電界が両電極のプラス、マイナスの『電荷』によって発生すると成っている。決して磁界は存在しないことになっている。実は大学の卒業研究が高電圧のアーク放電に関するものであった。電力回路制御論と電気磁気学理論との理論的統一への道が高電圧工学のロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流に導かれて、今日の物理学理論の根源を問うことになった。The electron did not exist in the world. (2020/05/15)。それは1987年春からの、中曽根臨時教育審議会(*)の不気味で、不可解な中での政治と教育の中立性に関わる事件とも言えよう。

静電界中の磁界。初めに結論を示そう。それが下図のロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流である。自然界には『電荷』は存在しない。だから、高電圧工学の研究の基礎概念である『電荷』による電極空間の電界は実際はその空間を還流しているエネルギー流の場である。その空間にマグネットを設置して、いわゆる電界強度を強めれば、磁石のマグネットの向きが変化する。現在の科学理論の『パラダイム』では解釈できない現象である。以下の記事の結論を示した。

 

ロゴウスキー電極間の空間に、磁界が存在することを実験で確認した。今になれば、電界と磁界は単独の電磁場とはならないことを当たり前のことと認識している。だから静電場に磁界が在って当然との認識に在る。しかしそれは、現在の電気理論の教科書の解釈には無い。それが「科学パラダイム」と言う現在の科学理論の世界に問う緊急の課題でもあることになる。

『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質-
その実験結果の写真は Friction heat and Compass (2020/03/22) でも説明した。

『静電界は・・』の結果の、そのむすびに、 4. 実験事実に基づいた電磁界への考察と課題 として良くまとめてある事を知った。現在は、そこで指摘した課題を忠実に確認して、全体像として科学理論の矛盾を解明してきたと一つの安堵に居る心地だ。その翻訳を印す。

以下の翻訳文の中に出てくる方程式とその番号(3)、(4)および(5)を示した。これらの式はマックスウエル電磁場方程式を光速度ベクトル c=cj によって表現したものである。エネルギーの伝播方向を座標のyj軸とした。なお、(3)式はポインティングベクトルであるが、この式は瞬時値としては余り意味が無い(1秒間の値と見える)ので、別に取り上げて論じたい。
(翻訳)
4. Consideration of electromagnetic fields based on experimental results and future challenges. It was experimentally confirmed that a magnetic field exists in a constant electric field (electrostatic field) as shown in equation (5).Therefore, it can be said that equations (4)and(5) are basic equations that express the essence of electromagnetic fields. The meaning of equation (4) also includes the concept that there is an electric field around the permanent magnet and the earth, and there is also a flow of electromagnetic energy. Next we discuss the relationship between “charge” and “energy” as an important point discovered from the experimental results. Figure 3.The fact that the directions of b and c are opposite, we must conclude from Equation(3) that the directions of electromagnetic energy flow are opposite in b and c. This means that “positive charges” radiate electromagnetic energy to the surrounding space, and “negative charges” have the property of absorbing energy from the surrounding space. Although the current electromagnetic field theory is constructed based on the concept of Coulomb force acting between electric charges, experimental facts demand the need to regard it is “field proximity force” from the concept of electromagnetic energy flow. I am keenly aware of necessity of revising the laws supporting the current electromagnetic field theory from the electromagnetic energy flow and it’s propagation trajectory.

新世界―科学の要― (2015/03/05) にロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流を示した。その意味を冒頭に既に示した。結局その結論が上のむすびで述べた目標であった。

ロゴウスキー電極の負極性の電極間のエネルギー流は、Fig.Energy flow and proximity action force. の図のように流れると一つの結論に到達した。そこにはマグネットの磁極近傍が Axial energy flow の場であるとの解釈が必要だ。その事によってはじめて電磁場の電磁力がエネルギー流間の近接力によるとの解釈に至る。発表当時に予稿論文で述べたとおり、下部電極側は正の電荷として理論は捉えているから、そこからエネルギー流が外向きに流れ出る意味で同じことと言えよう。上部電極は周辺からエネルギーが流れ込む意味で、適切であった。

「課題」アーク放電に関して。図のような静電界中のエネルギー流で解釈する根拠はあくまでも感覚的なものに依るため、論理的な論拠は無い。場合に依れば異なるエネルギー流であるかもしれない。図の解釈では、「アーク放電」の発生原因を説明する論拠の見えないことが欠点である。負電極面から流れ込むエネルギー流が電極空間で竜巻状に回転しながら正電極側から外に流れ出るのかも知れない。そこに軸流によるアーク放電路の発生が見えるかも知れない。なお、負電極近傍空間がエネルギー密度の高い不平等電磁場空間(エネルギーギャップ)が電圧の意味である。

今でも驚嘆に感じることは、イギリスのバートランド・ラッセル博士の『物理概念はエネルギーに集約されるだろう』と言う自然世界への感覚である。博士に拍手。

(*)戦後75年を前にして。思う事様々に。

光の相対速度と空間

Light never makes its way for the observer.It’s just a matter of nature. (2020/06/04)

光とは世界の不思議を背負っている。道端に咲く花をみれば、その鮮やかな色彩も光の姿だ。不思議が故に、その科学論も不可解な世界を生み出す。1675年の昔、レーマーが光の速度の測定をして、毎秒22万kmの有限な速度であることを発見した。それは観測者と光の関係が相対性であることをも示している。素敵な感性に基づく実験による業績だ。しかし1905年、アインシュタインが「特殊相対性理論」を発表した。アインシュタインは光の速度測定の実験はしていない筈だ。光速度はほぼ30万km毎秒と今は理解している。空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14) 光はその伝播する空間媒体によってその速度が決まる。金属導体があればそれは障害となり、回析現象も起きる。光は空間エネルギー分布波であるから。電磁波とアンテナ導体との関係と同じ性質を示す。その上で、『光速度一定』とはどの様な空間座標に対しての意味かをハッキリさせなければならない。

光はいつも『相対速度』で観測される。光は厳正な世界創造の役割を担っているから、決して観測者に対して光速度一定にはならない。空間と時間を司っているから。光は基本的に一定の光速度で空間を伝播するエネルギーの縦波である。その基準空間は光の光速度によって規定される世界の標準であるから。一定の光速度の光の観測者が、その基準空間座標に対して静止していない限り相対速度で観測することになる。天体からの光となれば、観測者との相対運動によって、それは『相対速度』になる。しかも地球上での観測となれば、地球の運動体の速度の影響がない筈はない。光は魔術師ではないから、規定の光速度であれば必ず相対性の基に在る。朝日と夕日の太陽光線は何故違うか。当たり前の現象を素直に観測して考えてほしい。光も空間に分布したエネルギーの周期波でしかないのだから。何も振動する物理量など無いのだから。観測上直交成分で観測できたとしても、観測技術の問題でしかないのだ。電気回路のエネルギー伝播現象と基本は同じものだから。電気回路のエネルギー流を電圧と電流で解釈する技術概念と同じものでしかないのだ。古い投稿記事に、光の速度と空間特性 (2011/5/22) がある。その記事は分かり難い。改めて、大切な内容なので、ここに再度書き直す。電気現象の解釈で、光エネルギーの伝播現象の理解なくしては困難であるから、『電荷』否定と同じく統一的な基本に光の解釈が重要であるから。

光規定空間

光が空間と時間を司る。その意味で、光の速度と言う解釈の基本に、その空間の定義が明確でなければならない。図は地球での観測になっているから、回転体の空気層に包まれた観測環境は理想的ではない。光の伝播に障害となる地球であることは間違いない。しかし、天体からの光がどのような空間で光速度一定という意味を認識できるかを考える意味で取り上げる。星から光が放射されたとする。その速度はどの様な空間に対して時間と空間長さを規定して伝播するのだろうか。決して地球上の観測者の運動に合わせて速度を決める訳ではない。光が伝播する直線状の伝播距離と時間は決まった光の速度によって規定される筈である。その軌跡によって光の速度を規定する空間座標を想定することが出来よう。その光が障害のない空間に付けた道が直線で規定する空間座標が定まる空間を『光規定空間』と定義する。その空間に於いて光は『光速度一定』と言える。

光相対速度のベクトル図

光の伝播を空間ベクトルで解釈する。光規定空間を直交座標 Xi, Yj and Zk で規定する。この座標上で、光の軌跡は直線となり、速度は光速度の一定値となる。光源S(t) が座標原点O(時刻t=0 )で、単位ベクトル nc の方向に光パルスを放射した。光源 S(t) は単位ベクトル ns の方向に速度 V で運動している。

時間 t で光と光源の位置ベクトルは(1)式で示される。

光と光源の空間軌跡の間には単位ベクトルのスカラー積によって、 θ=cos^-1^(nc・ns) の角度がある。さて、光源からの光パルスは光速度で時刻tでは P(t) 点に到達している。さて光源に観測者が居て、その放射パルスの位置 P(t) 点をどのように認識するか。その空間距離は r となる。

その距離は(2)式となる。その距離 r は光源から見た光の時間 t で進んだ距離と見做される。時間で割ればそれは光の相対速度となり。

(3)式となる。この式の意味は、光源から光が放射された瞬間から光源の運動や、観測者の運動には一切関わりなく光規定空間で光速度一定の速度で伝播することを示す。その光と時間と距離の関係は全く普通の相対関係にあることを意味したものであり、決して特殊な関係は無いという意味である。

そこには運動体上の観測者と光の速度の認識の基本問題が存在する。もし角度が、θ=π とすれば、観測者と光のパルス間の距離は相対的に光速度と観測者の速度との加算となる。

光の相対速度 cr

相対速度 cr (3)式。光が相対速度に関して、特殊な意味など持っていない。

むすび

光はすべてのものに平等である事をその基準としている筈だ。科学理論においても特権階級の席は作らない。

 

 

何故か?

筆者本人が自分の記事を見ると「フォロー」マークが表示される。自分が別にもう一人居るようで気持ちが悪い。

以下の翻訳機能はいつの間にか回復して頂いた。有難うございました。

もう一点不可解。[Google 翻訳]の機能が検索サイトGoogle で見ると正常に『ウィジェット』が挿入されている。しかし、bingでは翻訳機能が効かない。

Twitter から記事を見ても、翻訳機能が停止されている。これは政治行政機関の仕業ではないか?

Yahoo検索でも翻訳機能は効かない。

I think now Between nature and scientific theory.

何故自分の記事に『フォローマーク』が出るのか?ダッシュボードから筆者本人の記事の表示をすると、「フォローマーク」が表示される。ダッシュボードに他の者が常に関わっていると同じようだ。自分が二人いるようで気味が悪い??

Electronic theory is a lost way for science education. (電子論は科学教育にとって迷い道。)

The mission of universities is not limited to technological development like companies. (大学の使命は企業のような技術開発だけではない。)

What should education aim for? (教育とは何を目指すべきか?)

Now,the scientific theory is in the darkness of losing energy. (今、科学理論はエネルギーを見失った暗闇の中だ。)

 

『Electrons』の紋所と科学理論

はじめに お読み頂くには恥ずかしいような低次元の科学論である。何処かに落ちこぼれていたモノを繋ぎ合わせたお伽噺とお笑いください。実は、電気回路の計測器で、電圧計と電流計があり、その意味を理解することがとても良い電気現象の解釈例題になるかと思った。その測定回路はコイルの内部空間の自然現象(『空間エネルギー流』)を巧みに利用した、優れた科学技術の結晶なのだ。その測定器の過去の記事を考えながら、纏めようとして、躓いたのが『electrons』と言う「お方」の姿の不可解さであった。何方かが明確な『electrons』の空間像をお示しいただければ幸いと思ったのが以下の記事の切っ掛けです。後から付け足しの前書き。

一本の銅線があった。今でも、その中を『電子』というとても不思議な「お方」が通っているとお偉い方々が仰っている。みんながその通りと、それを信じて疑うこともない。水戸のお殿様のお話、TVドラマに「この紋所が眼に入らぬか!」がある。そう言われれば、平身低頭で御もっとも、御尤もとなる。
 そんな「お方」に肘鉄砲を食らわすように、撥ね除けたら世間から爪弾きされるは必定だ。
 その「お方」は不思議なお供を連れている。一本や二本では表現できない、頭も尾もない閉塞環の『磁束』と言うリング坊主(div B = 0) を連れている。その磁束はどれ程の大勢なのか定かでないが、護衛役よろしく、必ずどの程度かの、付かず離れずの間を取って侍るかのように、兎に角どこにでもお付きになっているようだ。そんな『電子』と『磁束』の関係について、その論理性を考えてみたい。『電流』は流れていないで、『電子』が電気回路を流れると解釈する事が最近の科学理論の常識と見做す風潮にあるようだから。

『electrons』と『磁束』の因果関係?

銅線のコイルに電流が流れるという。本当は『electrons』がその金属の導線の中を通っているのに、『electrons』でなく電流が逆向きに流れると勘違いして決めてしまった。実際は図のように『electrons』が流れているのだと。その『electrons』が流れると磁束がその電線の周りに発生する。『electrons』の電気回路における役割は何だろうか。『electrons』は負の『電荷』と『質量』を兼ね備え持った不思議な「お方」だ。なかなか凡人には、その負の『電荷』と言う具備条件の意味を理解しようと努力してみても、未だに腑に落ちない。矢張り素直に言われる通り御尤もと腹に収めれば、爪弾きされずに済んだのかも知れない。磁束と言うリング坊主は『electrons』のどの様な袖の下から繰り出す代物かと悩んでしまう。ある所には、『電荷』も『質量』も10桁のとても厳密性のある物理的権威を持って御達しが成されている。それを誰も本当ですかと疑うような非難はできない。今日も、ダッシュボードに励磁電流とは (2019/4/14) とご覧いただく記事が載っている。

『磁束』は『electrons』のどの様な機能によって創り出されるのだろうか。『電荷』は『磁束』も身に纏っているのだろうか。まさか『electron』の具備条件の『質量』は『磁束』の発生に関係ないだろう。『電荷』のクーロン[C]と言う物理単位に『磁束』のウエーバー[Wb]と言う物理単位が隠されているのだろうか。そんな付帯条件が『電子』に加味されているとはあまり聞いたことがない。御専門の方々がおられる筈だから、凡人にも分かるように御解説いただければ嬉しく、感謝申し上げたい。『electrons』は遠く離れた空間にも『磁束』を張り巡らす超級の能力をお持ちのように思える。普通は『電流』が『磁束』を作り出すとなっているのだが、『電流』は実際には流れて居なくて、『electrons』が電線の中に隠れて流れていることになっているから、その『electrons』の『磁束』発生の仕組みを皆さんのご理解成される程度に少しは分かりたい。『electrons』はどの程度の距離までその能力を発揮するのかとても興味を覚える。

空間を飛ぶ『electrons』も『磁束』を周りに纏いながら速度を上げるのだろうか。『electrons』の持つ『電荷』が原因でないとしたら、他の何が『磁束』発生の原因となるのだろうか。とこのような疑問を膨らませると益々『electrons』や『電荷』のお姿が、その実在性が信じられなくなるのである。有名な「アンペアの法則」による『磁束』発生の物理学の原理が本当かと疑いの深みにはまってしまったのが、『静電界は磁界を伴う』の『電荷』否定の実験の基になった。新世界への扉 コンデンサの磁界 (2011/2/20) 。

勝手乍ら以下に『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質―と言う過去の発表記事の前書きを載せたい。

1.まえがき 現代物理学の基本概念に電磁界理論がある。その電磁界解析に欠かせないのがマックスウエル電磁場方程式である。しかし、マックスウエル電磁場方程式には時間的に変動しない電磁界いわゆる静電磁界に対してはエネルギー伝播の概念は含まれていない。この解釈から「電荷も電流も時間的に不変である限り電気と磁気とは別々の現象である。」(1)という当然ともいえる結論が得られる。しかし、マックスウエル電磁場方程式をエネルギー伝播と言う観点から考察したとき、筆者は「電界あるいは磁界のみが単独に存在するような場は有り得ない。」と言う結論に到達せざるを得ない。

2.空間瞬時電磁界ベクトル解析式の導出 

がその部分である。それはコンデンサ内の『エネルギー』を実験的に、磁気コンパスで測った内容だ。

まとめ

計測器と『空間エネルギー』。『空間エネルギー』の貯蔵空間の一つがコイルである。その空間の『エネルギー』の織り成す磁気的と解釈する自然現象の技術利用が『電圧計』『電流計』なのである。

津波とその速度

はじめに(2020/3/27)。津波の伝播エネルギーを計算した。その記事を書きながら、「津波の速度」の意味が曖昧に思える。元々津波の物理現象の捉え方が曖昧だからと思う。基本的に津波も、普通の水の水面波と同じく水の移動はない。水は流れず、津波の圧力波が海洋を伝播する現象である。津波は陸に上陸したとき水が流れ込む。その陸上を襲い掛かる津波の速度と海洋を伝播する津波の速度さらに津波波源の状況の速度と、津波の速度という速さにはいろいろある。その意味でまとめておきたい。
巨大津波の原因。
海底亀裂による真空空間の発生。津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13)。で指摘した。その絵図を載せる。

 

海底亀裂の図。大陸側の地殻の跳ね上がりが津波の原因と言うのが専門家の解釈である。しかし「しんかい6500」の2011年8月の海底調査結果は海底に亀裂が新たに発生したことを示している。

 

 

海底亀裂による津波発生のメカニズム。

突然海底の高水圧の処に空間が出来る。それがどのような物理的意味を持つかはだれでも想像できよう。地球の寝返り程度の日常の活動であっても、その空間は人が作り出せる空間ではない。ほぼ真空状態とも思える空間が高圧『エネルギー』の欠損空間として出現するのだ。強烈な海水の吸い込み現象が起きる。水は一体的な慣性体と見做せよう。その吸引力は波動として、その津波源から周辺海域に伝播する。どこまでも海水を引き寄せる波動が伝わる。それが海岸線に現れる、津波前の引き波現象である。津波の波源に寄せる海水が高く競り上がり、その海水が周辺に広がり津波の本体となる。巨大津波の発生原因はあくまでも海水が広い水域から寄せる海水の量で決まると解釈する。その原因が海底亀裂である。【不可解】この絵図は2012年に「メディア」に保存したはずであるが、消えてなくなっていた。何故この図が消えたのか不可解である。ブログに問題があったのか? 津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13) の図。この図の津波の速度 V=200[m/s]は海洋の深さには余り関わりなく、ほぼ一定の伝播速度と解釈する。その訳はチリ地震による津波伝播速度を基に解釈した。チリ地震。1960年(昭和35年5月23日午前4時過ぎ‐日本時間‐)M 9.5 の津波が日本の東海岸に時速750km(秒速208.3m)で到達し、犠牲者142名を出した。その伝播速度は海洋津波伝播速度と解釈して良かろうと考えた。なお2010年2月27日にもチリ中部地震、M8.8が起きた。ペルー・チリ海溝の深さはおよそ8000mにもなる様だ。その海底の単位㎥当たりの『圧力エネルギー』は水圧と単位体積の積で、ボイルの法則により E= ρgD = 78.4 ×10^3^[J]となる。亀裂の体積とその発生時間微分が津波の規模を決めると解釈する。

津波の速度模擬実験。

津波は上陸した災害をもたらす恐ろしい水の流れで意識する。それは確かに水が流れて災害を起こす。だから津波は水の流れる現象と理解する。しかし、津波の本質は海洋を伝播する『圧力エネルギー』が持っている。その海洋を伝播する物理的実体は何か。物理学で、普段の水面波をどのように教えているか?その伝播する物理的実体を何だと解釈しているかである。教科書を開いても、そこには『エネルギー』という意味はどこにも見えない。その波の教育で、津波を理解できる訳がない。津波が恐ろしいのはその伝播して陸に上陸する海洋の『エネルギー』の規模なのである。普通に目にする水面波は水は流れずに、水面が上下するだけの波動で伝播する。その波動の物理的実体は何か?を知らなければ津波の意味は分からない。津波の意味を理解するための実験を思いついた。その試してみたい実験が図の装置によるものである。ダムの水位Hとして、水路の深さをその何(n)倍にすれば良いかは不明だ。

普通の水力学の実験とは全く違う。今までの水力学の実験で行われる水路の水の現象では解明できない津波の現象である。物理学は空間の『エネルギー』の物理的実体を認識しておらず、力学の対象にしていない。津波は深い海水の表面に現れた波の階段波である。深くて長い水路(A)に水の貯水ダム(B)を準備する。突然(B) の扉を跳ね上げる。水路(A)に水が流れ込む。水の上の水はどのような流れとなるか。初めは水路の水の中に流れ込む。水は区別がつかない同じ水になる。しかしその流れ込んだ『エネルギー』は消えない。ダム(B)内の水は水路(A)の水より位置が高いだけ、多い位置の『エネルギー』を保有している。その『エネルギー』は水路に流れ込んでも『エネルギーの保存則』の原理の基に残される。その流れる水の中に保存された『エネルギー』が、どれ程の距離Rを進んで津波の波動となるかは分からない。実験的に確認しなければ分からない。しかし必ず津波の波動となり、水の流れない『圧力エネルギー』の伝播現象となる。水が実際に流れない波は水の質量の『運動エネルギー』とは認識できない。この水の質量の流れを伴わない波を物理学では『エネルギー』の流れと認識しないようだ。水力発電所の『位置エネルギー』の利用と言う概念も、実際に水が流れる事で利用できるものであるから、質量の運動として認識できるものである。しかし、津波の伝播する『エネルギー』は質量に相当する水の流れが無く、物理学の『エネルギー』の概念には馴染まないものであろう。この津波の水の流れない伝播速度 V がここで問題にする『速度』である。

津波の速度。

大まか四つの速度に分けられよう。津波の波源に流れ込む海水流の速度。これは実際に水が流れ込む普通の速度である。それは水の質量が流れ込む。二つ目は、津波源から流入海水が流れだす現象の速度。三つめは所謂津波の速度Vである。この速度Vが海洋を伝播する速度である。ここでの解釈の主眼の速度である。四つ目は海岸に到達し、災害となる、上陸する水の流れる速度である。この速度は『エネルギー』が運動速度の『エネルギー』に変換されて上陸する。その『エネルギー』が流れを塞き止められれば、高く位置の『エネルギー』に変換されて想像以上の恐ろしい高さまで駆け上る津波の水となる。津波の高さという意味は、海洋を伝播する階段波の高さとは全く関係が無いと言ってもよい。災害として防潮堤を乗り越える津波の高さは防潮堤で遮る事が出来ない意味を持った高さだという事を知らなければならない。それは海洋を伝播する『圧力エネルギー』の総『エネルギー』量に掛かっているのだ。津波の波尾長の長さも『エネルギー』量になる。その総量が災害の上陸津波の恐ろしさを持っている。

津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13)。エネルギーで見る世界―津波― (2011/3/27)。