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雷と科学論

雷様と呼ぶ。様付の自然現象・天空の光と音の饗宴。

誰もが知っている。ベンジャミン・フランクリンの名前も雷とのつながりで知っている。

恐ろしくて、恐怖も不思議な、知りたい科学論。しかし世界は存在もしない『電荷』で覆い尽くされているこの怪奇な科学理論の世界?そんな如何わしい科学理論の世界が許せない思いで再び取り上げる。

雷と電荷の物理 (2021/06/22) でも取り上げた。いつまでも未練を残して、専門家の科学論に抵抗する。電荷と科学リテラシー (2021/02/10)。

先日も「雷の正体」とgoogle で検索した。そこには子供たち向けの多くの解説記事が昇る。殆どが、上空の雲の中で、水蒸気から出来た氷が上昇時に、摩擦で電気が発生するとある。古くから研究所などの専門家がそのように話し、そのような解説をテレビで取り上げて放送している。筆者も雷の正体として記事を投稿している。7ページ目に検索に現れた。

日本の中央電力研究所の解説記事もそうだ。

何処でも、誰でも、特に科学者と言う研究者が『電荷』が自然界の基本物理量として唱え、主張して社会的専門家として敬われ、尊敬されている現実の世界の科学常識だ。

そんな中で、おそらくただ一人筆者は『電荷』など自然世界には存在しないと30年以上前から唱えてきた。

『雷』は自然科学理論の真相を解剖するに最適な論題である。

希望がある。

市民討論会で、論壇で有名な科学者と討論して、市民が視聴して判断する機会が在ればと。何処で、誰が、どの様な訳で、『電荷』が物理学理論の根幹を支える基礎概念となったのか。その真相を明らかにすることが科学教育、市民科学リテラシーの為に今こそ考える課題だ。子供たちに「嘘」の教育が為されてはいけないから。科学者の社会的責任の為にも。考えない科学理論は良くないよ!専門家と言う狭量科学理論からの開放の為に。

科学の市民による民主主義の論壇となれば。民主主義の科学論の土俵が欲しい。

 

エネルギーの LC 共振

『エネルギー』は自然世界の空間に実在する基本的物理量である。場所は真空空間、水中、気中、ガラスその他あらゆる伝播媒体の空間構造内。必ずしも質量を必要としない独立の物理量が『エネルギー』である。『エネルギー』の本質による局所化が『熱』とも見做し、『原子』ともなり、『質量』ともなる。その空間構造の科学論的概念が空間定数 L[H]、 C[F]となろう。

L と C の間で『エネルギー』の振動現象が起きる。それはどうも自然空間での『エネルギー』の振る舞いの基本的特徴のように思える。光と同じく、電気回路の『エネルギー』伝送特性もその空間の持つ L と C の機能によって決まるようだ。

自由空間を伝播する縦波の『エネルギー』が光である。空間の科学技術的解釈概念が誘電率[F/m]と透磁率[H/m]である事は、そこに自然空間に於けるエネルギー[J]と空間特性[H/m , F/m]との間に深い関係としての真髄が秘められている。(MKSA単位系の基準定義定数に真空透磁率 μo=4π×10⁻⁷[H/m]が導入されたとの記憶がある。) 参考記事:光の正体 (2018/01/25)。

エネルギーの LC 共振はその特徴的現象と言えよう。コイルの電圧とエネルギー (2021/09/07)で、コイル内のエネルギーの挙動について一定の解釈にまとめた。その事で分かり難いコイル内のエネルギー貯蔵現象の意味が少し分かった。端子電圧としてのコイル内のエネルギー貯蔵分と端子電圧に関わりないエネルギー貯蔵分 eaxの軸流分の二つの意味で捉えられた。

一方、コンデンサのエネルギー貯蔵は端子電圧としてその意味が分かり易い。また、『エネルギー』にはその特徴として、極性・方向性がはっきりしている。コンデンサ内での『エネルギーギャップ』としてのその分布の偏りに現れる。コンデンサ内のただ空間に蓄えられるだけではなく、その極版の片側に偏って貯蔵される。その『エネルギー』の分布の偏りが電圧極性の負側になる点である。それは電池のエネルギー源が電圧の負側(陰極)で在る事と通じる。

エネルギー共振。『エネルギー』には極性が有る。

端子電圧とエネルギーの関係を見ると、電圧の2乗でエネルギー評価がされる。従ってエネルギーは常に正の量として捉える。しかし、その『エネルギー』には極性がある。『エネルギー』のその存在形態は不均衡に偏って分布する。均等に分布することはない。そのような意味をどの様に捉えるべきかを考えた。電圧波形は正弦波で表現する。その電圧の正負に対して、エネルギーの極性を考えた。一般には必ず『エネルギー』の波形は全て「正」で表現するのが普通である。しかし、電圧波形に対して、そのエネルギーの分布極性を考慮して、正負に極性が変る意味を踏まえて波形を描いた。それが次の図である。

1サイクルを4つの区間で分けた。

区間①:電圧が「正」に立ち上がる区間。コイルの『エネルギー』el が最大値で、コンデンサの『エネルギー』 ec=0[J]である。端子電圧に従って、コイルの巻き線間分布の『エネルギー』が増加しながら、コイルからコンデンサに『エネルギー』が流れだす。この el 最大値の『エネルギー』はコイル巻き線間には無く、コイルの内側に沿った軸性のエネルギー流として内部の還流様態として蓄えられている。端子電圧ゼロに対応した『エネルギー』の貯蔵形態である。端子電圧が立ち上がるに従って、コイル巻き線間に『エネルギー』が分布する事に成る。その『エネルギー』の分布はコイル巻線間でも、コンデンサ電極間でも、負極側に分布した様態である。その意味を波形の『負』の極性で表現した。

区間①から②に切り替わる瞬間。電圧が正の最大値で、コイルの『エネルギー』が全てコンデンサに移り切った瞬間である。『エネルギー』が今までの流れの方向から反転して、逆にコンデンサから再びコイルに流れ始める境界点である。

区間②:端子電圧が正の最大値から減少して『ゼロ』になるまでの区間。

今度はコンデンサの最大貯蔵の『エネルギー』がコイルに転流し初めて、すべてが転流し終わるまでの区間。

区間②と③の切り替わり瞬時。この瞬間は、コイルの貯蔵『エネルギー』が最大であり乍ら、コイルの端子電圧は「ゼロ」である。その瞬間に、コイルの『エネルギー』分布は巻き線間から、全て巻線内空間の軸性回転流の『エネルギー』となる。その『エネルギー』がコイルからコンデンサの『正』の側に流れ出し始め、コンデンサの正極の電極側に転入する区間となる。その為コイルの巻き線間のエネルギー分布も正極側に分布して『エネルギー』が流出する事に成る。端子電圧が負になる時、コイルの巻き線間の『エネルギー』の分布も区間②とは逆になる。その意味で、極性が急反転することを記号「j」で示した。

区間③:電圧が負で、『エネルギー』が正極側に分布し、コイルからコンデンサに『エネルギー』が転流する区間。丁度区間①と逆の極性で同じくコンデンサに『エネルギー』が転流する区間である。

区間④:丁度区間②と同じくコンデンサからコイルに『エネルギー』が転流する区間である。電圧及び『エネルギー』の極性が②とは逆に反転した状態となる。区間④の終端で、丁度1サイクルの終わりとなり、最初の区間①の状態に戻る。

以上で一区切りとなる。4つの区間で1サイクルとなる。そこから共振現象の『エネルギー』の一周期 T を判断する。それはコイルの L[H] とコンデンサの C[F] の積が時間[s=(HF)^1/2^] である事を考慮して、次の意味で解釈する。脚注(*)。

T = 4 √(LC) [s]

と捉える。

今まで、ω=2πf=2π/T=1/√(LC) [rad/s] から、T=2π√(LC) [s]と解釈してきた。確かに角度π[rad.]は次元解析では無意味な量と見做していたが、やはり周期 Tの次元が角度と時間の積[rad. s]となり、周期の時間[s]とは違う。

一つの解釈。実際の共振回路設計で、周期 T=√(LC) では結果が適合しない。2π=6.28 なら実際に近い設計値となる。という意味であったのではないか?

2π と 4 の差が実際の設計基準としてどちらがより妥当か。それは実験的に検証できよう。この解釈を実験で確認もせずに示すことの非科学論で恥かしい限りだ。実験室でもあれば、確認してから唱えたいの願い!!どうかご容赦願います。

注(*):  2p-D-11   物理的概念とその次元 日本物理学会、第53回年会、p.13. (1998-4-2).

先ず日本物理学会(長岡技術科学大学、電気系の先生の御厚意で入会させて頂いた)での最初の発表で、物理概念の基礎理論の矛盾解剖論を展開するための自然単位系 [JHFM]の発表。そこで基本概念に『エネルギー』[J]を据えて、時間の次元を [(HF)^1/2^] のインダクタンス L[H] と静電容量 C[F] の関係で捉える意味を提唱した。時間は勿論 [s]であるが、自然空間を伝播する『エネルギー』に着目すれば、真空伝播空間の誘電率 εo[F/m] および 透磁率 μo[H/m]を空間伝播現象の基準に据える必要がある。当然の事として時間の次元は [(HF)^1/2^]となる。この時間の定義はこの発表の重要な基幹を成すものである。1991年1月の研究内容「光の相対速度と空間 (2020/06/08)  関連」との関係で、時間の次元の解釈は重要な意味を持つ。

電磁気学の論理性❓

物理学の基礎分野に電気磁気学がある。

最近科学論に疑念が膨らんで遣り切れない。

みんな自分の心に生じるものだから、自己責任という事かも知れない。

一つの代表例として「電気磁気学」を取り上げる。

それは『電気』と『磁気』がその基礎概念となっている。

大学の授業で取り上げる内容の代表例が「マックスウエル電磁場方程式」であろう。『電界』と『磁界』がその専門的学理の理解の基礎概念となっている。

『電界』は『電荷』が定義されて初めてその空間概念が確定して、理解できる。『電荷』同士の間に様々な空間的関りが生じる現象の解釈論である。『電荷』には二種類がある。『正』の電荷と『負』の電荷である。しかしその『正』と『負』の空間的違いが如何なるものかについて解説した理論・論理を知らない。昔から先生が仰ったことや書物に書いてある事から、間違いのない真実と信じて疑わずに来たのが『電荷』の実状である。

その科学理論の根本を疑い、『電荷』の実像を理解しようと孤軍奮闘してきた。多くの電気磁気学の法則を考え併せて、その最も基本である『電荷』の概念とその真相を探る発表が『静電界は磁界を伴う』であった。

今改めて、問わなければならない。

大学で電気磁気学を講義されておられる先生方に。『電荷』の空間像をどの様に認識なさって居られるかと。ただ意味も無く『正の電荷』と『負の電荷』が引合うのだと述べるだけで、そこに学術論としての論理性が在るのですかと。

一定の変動しない高電圧を掛けた電極版の間は静電界と言う場の筈です。電気磁気学では『正の電荷』と『負の電荷』が両電極版に集合して、その向き合う空間が静電界と言う場になる。電気磁気学では、その空間場には決して『磁界』は存在しない筈です。

さてそこで、もしその空間が『磁界』で、コンパスが決まった規則による方向性を指すとしたら、その現象を電気磁気学でどのようにご説明為されますか。

その解釈には、『正の電荷』と『負の電荷』の間に何故引合う力が生まれると解釈するかの論理的説明が必要でしょう。『正』と『負』の間にどの様な力の概念が生まれると考えるかの論理性の問題でしかない。『電荷』には、運動力学の基本である『力』を生む対象の慣性は定義されていない筈です。物理学理論の『力』の定義に関わる基本問題の筈です。ニュートンの力学理論を御理解なさって居られれば、力と慣性は表裏一体の基本概念である筈です。『電荷』には慣性は定義されない筈です。なのに何故『力』が発生すると解釈できるのですか。

『磁気』に関しても同じ論理性の問題がある。N極とS極と言う定義概念の、その本質は何ですか。磁束が空間に伸びている像で捉えるようだ。『磁束』は力の原因となるのですか?『磁束』には力学理論の論理的対象としての『慣性』はやはり無い筈です。何故『慣性』の定義されないクーロンの法則が『力』の法則として成り立つと解釈されるのですか。『力』は慣性で抵抗があるからこそ生じる概念ではないのですか。慣性が無ければ、瞬時に無限速度で力の対象が消えてしまう筈です。それが科学の論理性ではありませんか。

電気磁気学と言う余りにも、現代物理学理論の根本理論であり乍ら、極めて曖昧な矛盾論が科学常識として大学で講義されている現状を如何に認識されているのでしょうか。

30数年前の『静電界は磁界を伴う』の実験的検証の意味を問うのです。

コイルの電圧とエネルギー

電気回路現象はそのエネルギー伝送空間のインダクタンスL[H/m]とキャパシタンスC[F/m]の機能が司る。

その特異な回路に共振回路がある。その回路現象を解釈するにコイルの端子電圧の意味が中々分かり難い。

今までの解釈で、変圧器のエネルギー伝送現象 (2020/11/14)。および電磁誘導現象の真相 (2020/10/25)等の認識に辿り着いた。『電流』や『電圧』による解釈はあくまでも電気技術的な解釈手法である。自然現象の本質は『エネルギー』が握っている。『電圧』と『電流』の意味も『エネルギー』の空間現象として理解しなければならないことが分かった。そこで回路共振現象を理解しようとすると、どうしてもコイルの端子電圧の意味を捉えなければ困難との認識に至った。それが『エネルギー』による解釈になる。コイルとコンデンサ間の『エネルギー』の遣り取りになる。

上の記事で、『エネルギー』による解釈の基本はある程度示した。それでも共振現象でのコイルとコンデンサ間の『エネルギー』の遣り取りやその周期 Tと(LC)^1/2^[s] 間の関係式の問題は解決に至っていない。

それは『エネルギー』がコイル内でどのような空間分布状態かに関わる解釈の問題でもある。そこにコイルからコンデンサへの『エネルギー』転送とコイル端子電圧の関係が明らかにならなければならない筈だ。コイルは電圧に対して他力本願的機能に思える。自己で端子電圧を決める機能を持っていないようだ。コイル電圧は端子に掛かる外部のエネルギー供給源によって決まる量である。コイル端子への線路静電容量と分布エネルギー量から決まる。

端子電圧とエネルギー。

コイルに図のような電圧を掛けた。コイル端子電圧は外部回路との電気エネルギーのコイルへの入射あるいは放出を伴う。『電圧』とは回路端子の電線間の『エネルギー』分布量と静電容量によって決まる概念量だ。コイルに正の電圧が印加されれば、それは負側電線空間を通して、コイルに『エネルギー』が流入する現象である。その端子電圧に対抗する現象がコイル内に起こらなければならない。電圧に対してコイルは受け身である。印加電圧が零の区間で、コイル端子電圧はどの様な現象になるか。電気物理(コイルの電圧) (2019/03/17) はコイルの『エネルギー』による解釈を始めた頃のものだ。しかし、誘導エネルギーに観る技術と物理 (2019/04/03)はやはり技術論であり、空間に実在する『エネルギー』の認識より技術概念での誘導エネルギー論である。コイル内空間に実在する『エネルギー』は、技術的な『電流』によるコイル内の『エネルギー』(1/2)Li² のような、コイル空間のどこに在るかが理解できないものとは、その意味が異なる。質量に付帯する運動エネルギーとは全く次元が異なり、光と同じ空間の光速度流の『エネルギー』なのだ。

コイルの芯に磁性体があるとする。コイル端子に電圧が印加されている限りは、コイル周辺空間に『エネルギー』が流れ続けなければならない。『エネルギー』の入射が受け付けられなく、内部空間が『エネルギー』の飽和状態になれば、コイル端子の電圧は零の短絡状態となる。その基本的意味を理解した上で、端子電圧とコイル周辺の『エネルギー』分布の関係の解釈を示そう。

電源電圧一定値の①の区間では、コイル間の分布静電容量に対する『エネルギーギャップ』の分布量が一定に保たれている。1ターン当たりの電圧がvuで、その巻数倍が端子電圧となる。その間は電源側から『エネルギー』が流入し続ける。その貯蔵容量が中心空間に要求される条件となる。

②の区間。突然電圧値がゼロとなる。その時コイル巻き線周辺の『エネルギー』の分布は①と異なり、エネルギーギャップも零となる。しかし既に貯蔵した『エネルギー』はコイル内部に蓄えられている訳だ。その『エネルギー』の分布様態はコイル巻線部の内側の空間内を還流する図のようなものとなる。この状態は、鉄心部に記したように、その磁極 S と Nが決まった向きの軸性のエネルギー流となる。

以上によって、観えないコイル内の『エネルギー』の分布とコイル端子電圧の関係を解釈する。

あくまでもコイル端子電圧は、『エネルギー』貯蔵機能要素を発揮しながら、その外部への現れ方は他力本願である。外部回路の『エネルギー』分布によってそれに対応する不思議な機能を備えていると解釈した。

この結論をもって、漸くL C の共振現象の解釈に進める。

雷から光量子像へ

先日の夜は雷と豪雨を久しぶりに経験した。稲妻と雷鳴に少し虞を感じた。

地球の自然現象で、雷はやはり特異なものである。その意味をいくつかの記事で考えた。雷の正体 (2012/11/13)がある。最近も、雷と電荷の物理 (2021/06/22)にも取り上げた。科学技術の具体的認識から物理学理論の理論検証が重要であると思うからである。ここでは、光の物理的現象を理解するにその空間に展開される『エネルギー』の認識が欠かせない。一粒の光量子 (2021/08/12)にも示した。

雷は電力工学での重要な研究対象でもあった。電力設備、鉄塔送電系統などの防護対策の為である。

雷の衝撃電圧波形は、その標準形が右図のような波形で研究される。過去記事 雷と指数関数(2011/11/15) に載せた図である。

この波形は

28aYW9 プランク定数の次元と実在概念 2001年の日本物理学会での発表用投稿論文の光量子エネルギー空間像を表現する為の基本的拠りどころとした衝撃電圧波形である。

自然現象はその深い奥に秘められた基本は、極めて単純で共通の現象であるとの認識を持っている。それが空間の『エネルギー』である。

雷撃波形をオッシロスコープで観測すれば、その電圧波形は上の図に近い。雷の正体が何であるかは昔からの天空の謎であっただろう。それを『電荷』の仕業と解釈したのが伝統的科学論の基になった。科学理論はどうも特殊な色眼鏡で見る手法がその精神構造の奥に潜んでいるようだ。しかも残念ながら、そのメガネは専門特化の視野狭窄眼鏡に思える。失礼をも顧みず🙇。

『電荷』などと解釈したものは空間の『エネルギー』を観る科学的認識の一つの解釈法でしかないのだ。『エネルギー』は『熱』でもあり『光』でもある。それは電気回路の電線路空間を伝送する電気エネルギーでもあるのだ。みんな同じ『エネルギー』をそれぞれの専門的色眼鏡で解釈するそれぞれの姿でしかないのだ。

物理学理論を学ぶ前に。学校での理科教育で自然の意味を知るには、空間に『エネルギー』が様々な形で変化している事を認識しなければならない。その上で、専門的科学研究に進んで欲しい。お日様に当たると、何故暖かくなるか?その答えがすぐ感覚的に分からなければおかしいと思わないのですか。光と熱は同じ空間を流れる『エネルギー』の現象の姿なんだと。物理学理論を学ぶ以前の話であろうと思う。

そこで『雷』の解釈の話になる。何も科学理論など知らなくても解る話だと思う。

稲妻と『エネルギー』の空間伝播。冒頭の雷の正体の記事の図である。

光とは何か?雷は光の放射を伴う。ピカ!と強い光を放つ。単純な質問である。光は何が変化したものですか?雷は『電荷』が原因だと言う専門家の解釈がある。

所謂稲妻と言う強烈な空間の発光現象を呈する。一瞬でその光は消え去ってしまう。その光は何か?と素朴に疑問に思わないだろうか。自然科学とはそんな身近なところに起きる現象への疑問を理解する事ではなかろうか。例えば大学の理学部での研究で学習する前に、科学リテラシーとしての基礎的自然観を日常生活の中で修得しておくことが大切と思う。その具体例として、雷の自然現象は好適例であろう。

少し説明しておこう。冒頭の衝撃電圧波形(1×40 μs)について。電気設備に雷の電圧が侵入すると設備機器が損傷する。その対策で試験電圧を標準波形で決める。波頭の立ち上がりの時間が1μsで、電圧最大値の半分まで低下するまでの時間を40μsとして決めた。電力工学の研究対象が雷対策で、その標準波形での試験結果で共通認識をする。その電圧波形の物理的意味を従来はやはり『電荷』でしか理解していなかっただろう。しかしそれは、空間を伝播する『エネルギー』の密度分布波なのだ。空間の『エネルギー』密度波となれば、その単位は [J/㎥]となる。空間の『エネルギー』の伝播現象となれば、物理的概念として、『エネルギー』の空間実在像を認識しなければならない筈だ。

稲妻と言う現象を光の『エネルギー』空間展開波形と見做すことはそれほど難しい事ではなかろう。上の衝撃標準電圧波形を空間に伝播する波形で展開してみよう。

先ず稲妻の波動源。

ピカっと光った瞬間に光の『エネルギー』の変換された空間の『熱エネルギー』が光速度で、四方に放散する。それが電気設備には雷の衝撃電圧として侵入する。雷が空間に『電荷』を放射する訳では決してないのだ。放射するのは熱エネルギーを光の『エネルギー』として放散させるのだ。その波頭のエネルギー密度が衝撃波状の分布波形なのだ。それは雷と言うが、光の『エネルギー』が持つ空間分布の波形と捉える。光の光量子像の基本的認識の原点でもある。光と電圧も『エネルギー』して観れば、同じ基の現象なのだ。

衝撃電圧波の空間展開。

電圧波形の空間分布寸法で表現した。波頭から波尾までの空間長は数十キロメートルとなる。一瞬の稲妻でも光速度伝播だからだ。その空間の『エネルギー』分布は電圧の二乗で解釈できる。

εo[F/m]を空間誘電率として、

δ(t)= εo {v(t)}^2^ [J/m]

ただし、伝播面積を考慮すれば、ほぼ単位 [J/㎥]と解釈できよう。電圧値の二乗が空間を伝播する『エネルギー』の分布波と見做して良かろう。それはまた、光のエネルギー密度分布波でもある。

一言指摘しておく。指数関数表現の欠陥は、時間が無限大になっても零にならない論理的矛盾がある。光量子像で、波長λの分布値が『ゼロ』になる工夫をした。

(参考)。27aZA-1 量子論の起源を問う 日本物理学会。2006年3月27日 愛媛県、松山大会。(訂正)当該資料の式(6)に断面積λ²が欠落。

SDGsと温室効果ガス

IPCCから世界気温の見通しが発表された。

残念ながら筆者にはSDGsに関わる「温室効果ガス」という意味が理解できない。多分、主に二酸化炭素CO2の事ではなかろうかと思う。さらに、驚いた事に牛の吐き出すゲップが温暖化に関わるようなテレビニュースの話があった。

『気温』で平均値とはどの様な測定法に依る値(定義値)かを知らない。地球温暖化は今年の連日の35度を超える状況は既に異常である。

科学者の発する論理に大きな疑問がある。日々の豪雨災害や森林火災を目にして、気温だけの判断で未来の環境を予測できると考えているのだろうか?

地球環境における『エネルギー』の消費総量を評価せずには、未来への的確な評価は出来ないと考える。

地球の熱エネルギーは、人間の経済活動による消費エネルギーがその主体を成している。『クーラー』も地球への熱発生源としての『エネルギー』消費設備である。地球上での、その熱エネルギーの年間の総発生量が幾らで、その発生源が何か、更にその発生の技術的分野別比較の総合的評価が欠かせない。科学技術の総体的認識眼が無ければ、SDGsの目標を確定することは困難である。

熱エネルギーの評価で、地球環境を評価するに、北極・南極の永久凍土の年間減少総量の算定が不可欠である。発生熱量をその氷が身を削って地球環境の過熱化を少しでも補っているのである。消費燃料の総量、核燃料の消費による発生熱エネルギー量など総合的評価が科学者全体の総力で成されなければ、一部の科学的知見など全く信用できないのだ。気温の影響がどれ程かを理解できる科学的知見には成っていない。

海の温度がどれ程大きな地球環境に影響を及ぼしているかが分かっていない。海の温度が、水蒸気の発生量に影響しており、豪雨災害の主原因になっているのだ。その水蒸気が地上で雨となり、水蒸気の保有していた「熱エネルギー」が地球の気中の高温化となり、フェーン現象の基になっているのだ。フェーン現象の熱が山火事の発生源であるかも知れない。原子力発電が温暖化の『温室効果ガス』発生の抑制になるなどの妄言が発せられている。業界ごとの科学的業界解釈が地球環境を破滅に導いている事を知って欲しい。

物理学理論に、空間の『エネルギー』の実在認識が無い科学理論を市民が理解しなければならないのだ。市民の科学認識が問われている。水素発電や燃料電池自動車も二酸化炭素は発生しないが、大量になれば水蒸気の発生源として環境に影響を及ぼす。さらに電気自動車も同じくその発電エネルギーは発電所の熱効率の問題を考慮しなければ科学的総合知見としての評価は難しい。それらがすべて、未来への姿を予見するに足る科学的知見でなければならない。

コンパスが示す道

今年初めに、磁気に関する記事をまとめた。文末に、「コンパスは自然世界の羅針儀 」。

電磁気学の要-Axial energy flow- (2019/03/03)で原子結合等もマグネットの機能が担っている事を述べた。

コンパスの指し示す意味が科学理論の本質の理解に欠かせないと思った。

コンパスは何故北を指すか?

誠に気が重い。筆者のような謂わば偏屈者が、伝統的で歴史の重みを背負った科学理論に異論を唱える事態をどう理解すれば良いかが分からず、途方に暮れる。

長い科学技術理論(電力工学の半導体電力制御論)に関わったお陰で、あらゆる電気理論の諸法則の深い意味を統合することによって、その関りに於いての矛盾が観えてきた。見えるもの 見えないもの (2015/03/12)にも『電荷』の意味を述べた。『電荷』と同じく『エネルギー』も目で見ることはできない。自然の眞髄は見えないものを観ることに尽きるかと思う。見えるは目で確認できるが、観るはその空間像を見ることが出来ないものを心で捉える意味と解釈する。

コンパスの磁極近傍空間に『エネルギー』が回転して流れていると観る。

『静電界は磁界を伴う』と表現した。しかしもう少し具体的な表現をすれば『静電界もエネルギーの回転流の場である』となろう。電界も磁界も同じ『エネルギー』の光速度流を解釈する技術的評価概念であると。

磁気コンパスの認識で、その磁極の Axial energy flow の方向の見えないものを観る作務であったと思う。何故マグネットの磁気は消えないかが不思議な疑問として残る。

世界は軸性エネルギー流によって創られた (2021/01/04)。

コンパスは自然世界の羅針儀 (2021/01/05)。

エネルギーと素粒子

現代物理学理論の研究内容はとても高度な学問で、筆者のような、その分野の素人にはとても理解の出来るものではない。だから素人がそんな特別の研究に異論を唱える事は、社会的常識からは許されない。しかし同じ自然科学の分野に属する学問であり乍ら、素粒子論の目指すものが一体この自然世界の中の何を探ろうとしているのか位は、誰もが理解できるものでなければならないと思う。『電荷』の存在理由さえ無いと分かった現在、改めて学問の意味を問いたい。何処でどのように関わる道があるのか?スポーツじゃないが、科学論を戦わす土俵は何処にあるのか。

ここでどのように解釈を論じても、専門家は見向きもせず、無視されるだろう。専門家が唱える内容は、量子色力学(QCD)、コペンハーゲン解釈、反水素原子あるいは電子気体モデル等の概念用語の高度専門的学術理論の世界である。しかしここで取り上げる内容は、中学生の学習内容程度の易しい範囲の電気回路論でしかない。しかしその内容は、初歩的でありながら、教科書にも解説されていない、新しい電気回路論である。『電子』の存在理由も無い事を唱える電気論である。

しかし、敢えてその素粒子研究が未来の社会への希望となるかを専門家にお聞きしたい。基礎研究は役に立つかどうかは分からない事でも、研究が大切な事は分かる。それでも科学への理解を深めたい思いを、共通の市民科学意識の深まりの為にやさしい電気回路現象との関係で確認したい。

何を確認したいか?それは空間に在る『エネルギー』はどのような素粒子から成り立っていると現代物理学理論の高度な自然世界の認識から見て解釈されておられるかを理解したい。それほど難しい事ではないと思うが、とても不思議に思うのは、物理学理論では空間に在る『エネルギー』をどの様に理解されているかが分からないのだ。

電気回路のエネルギー。

右図は豆電球の点灯回路だ。懐中電灯と同じだ。ただ、電線路の途中にコイル、電線を巻き付けた部分がある。回路要素としてはインダクタンスと言う。その値を La[H] とする。先ず、物理学理論ではこの電気回路現象をどの様に捉えているか。『電子』が回路動作の主役として取り上げられているように思う。しかし、そんな解釈はもう止めなければならない筈だ。その点に関して既に、中学生への応援電気回路論 (2021/05/09) でも解説した。自然現象はとても易しく、素直に接すれば分かり易いのだ。難しい概念で解釈すべきでなく、深い純粋な自然の心に触れて欲しい。それが空間に在る『エネルギー』なのだ。そこで述べた事はランプから放射される光は『エネルギー』であり、電池から供給されるのも『エネルギー』であり、電気回路全体の動作の主役は『エネルギー』であるという事だ。決して『電子』などの出る幕は、電気回路には無いという事である。ー今し方、8月16日10時半頃、上空をヘリコプターがうるさい轟音を挙げて行きすぎた?ー

コイル内の『エネルギー』の存在確認。

今までの論考で、電気回路は電線で囲まれた空間を『エネルギー』が光速度で伝送される現象の機能回路だと分かった。マイナス側の電線の近傍空間を伝送する現象だと。しかしプラス側にコイルがある。一体そのコイルにはどの様な意味が有るのだろうか。この回路の電流 I は電圧を V とすれば、

I= V ÷ R

と計算される。コイルの意味は式には何も現れない。ではコイルは電気現象に何も関りが無いかと言えば、そうでは無い。確実にコイルの中には『エネルギー』が貯蔵されている。しかもプラス側の電線路のコイル内である。その『エネルギー』を物理学理論ではどのような概念で理解しているかが分からないのだ。物理学理論では『エネルギー』が空間に在ると認識しているのだろうか?その『エネルギー』は『電子』など全く関りが無いのだ。もし、電気回路に『電子』が欠かせない論理的基礎概念だと言うなら、その訳を解説して頂かなければならない。『電子』がどの様に『エネルギー』の発生原因であるかを。

コイルの中の『エネルギー』は電気理論では一応、

E=(1/2)La×I² [J]

と解釈している。その式を理解するに、電流が『電子』の逆流と解釈するから、その式の『エネルギー』の意味を捉えるのは甚だ難しいだろう。

だからコイル内の空間に『エネルギー』が実在するとの解釈は教科書には無いのだ。何故か空間の『エネルギー』は物理学理論では認識していないようだ。

コイル内の『エネルギー』の実在性の証明。これがまた難しいのだ。コイルに電流が流れると、コイル内には「アンペア―の法則」によって『磁束』が発生するとの解釈を迫られる。自然世界に磁束など全く無くても、物理学理論によって、解釈の手法が決められてしまう。そこでコイル内に『エネルギー』が実在することをどう科学的論理で証明するかとなる。それが磁気コンパスに頼る事になる。有り難きコンパス様、様である。確かにコンパスをそのコイルの傍に近付けると、決まった向きにコンパスが向く。それは実験で確認できる。しかしだ、コンパスがコイル内で力を受けて、向きを変えたとしても、それがコイル内に『エネルギー』が実在する証明になるとは物理学の専門家が認めるかどうかは分からない。元々磁界と磁気コンパスの間の力の原因を物理学理論で、その訳を説明できるかどうかが怪しいのだ。磁気の「クーロンの法則」で、n極とs極の関係で解釈しているだけであるから、磁束があると言っても何故コンパスの向きが決まるかの訳は説明できていないのだ。その訳は空間の『エネルギー』の認識が無いから、磁束と言う物理概念の自然現象の本質を捉えていないからだ。磁束も『エネルギー』のある空間の現象でしかないのだ。それを、Axial energy flow の空間状態と解釈した。参考資料(*)。

コイル内空間に、『エネルギー』の軸性回転流がある。コンパスにもその磁極近傍空間には軸性エネルギー流がある。その空間の『エネルギー』同士の近接作用力が磁気コンパスの向きを決める現象の原理なのだ。すべて空間の『エネルギー』の関係で決まるのだ。『エネルギー』はどの様な素粒子で成り立つのかをお尋ねした。

(*): 25pWD 磁力密度 f = rot(S/v)  日本物理学会講演概要集 63-1-2. p.310. (2008).

お粗末な年賀状。

その年のマグネットへの恋模様。

電線路の回路特性

電気理論と回路空間 (2021/07/29) で電気回路現象が電線路の空間に因る事を述べた。

決して、電気配線の導体内を電流や『電子』が流れることはない。しかし、現実の教育で子供たちに誤った科学論を押し付けているのだ。残念ながら、科学者が真剣に自然と向き合わないで来た結果であり、教育者が教える事に疑問を抱かないで過ごしてきた結果である。

もう少し、具体的に電気伝送技術からの『線路定数』の意味を掘り下げて、数式の解釈法を利用して解説しよう。

この解説は、基本的に電気現象の解釈で、物理学理論は全く役に立たないものである事を前提にしている。科学技術理論として、電圧や電流の概念を使い、学習することはとても大事な事である。それはあくまでも自然現象を人の生活に利用するための、簡便な解釈法としての技術理論である。日常生活での生活の術としての知識として重要である。しかし、物理学理論としては、それはあくまでも自然現象の真理を解明することを目的とした学問である筈だ。意味も分からない『電圧』や『電流』などの電気技術用語を利用して、如何にも自然の真理であるかの如くの教育は完全に間違っている。何時までも訳の分からない『電子』の空間像の実相を認識できずに、消化不良の気持ちを持ち続けなければならない不快な気分で居なければならない。そんな気持ちを子供たちに味わわせて過ごす教育の現状は許せない思いだ。

物理学理論の罪。『電圧』、『電流』で解説すること自体が、全く電気現象での物理的機能を知らない専門家という不思議な伝統組織群の話となっている。典型的な事が『電荷』や『電子』の空間像を真摯に描こうとして来なかった事にその原因があると思う。

空間に在る『エネルギー』を認識していない。

光がどの様な『エネルギー』であるかを、その自然に向き合って来なかった事、その事に対しては科学者に、特に物理学者にその責任がある。

その電気回路での空間特性と電線路空間構造の関係を示して、電気現象が『電子』などで解釈できるものでない事を示す。何時までも『電子』の在りもしない仮想概念に頼っていては益々、物理学の存在理由が問われることになる。考える科学論でなければならない。

電線路空間特性。分布定数回路空間の世界 (2019/10/14) による。

電線の太さdとその間隔Dが電気回路の特性のすべてを決定するのである。ただし、電線路空間の空間媒体の影響が大きく関わる。裸電線での回路空間としての解釈を上の図では示してある。実際の電線はビニル絶縁電線などである。金属導体の近傍空間がエネルギー分布に大きな意味を持っている。そこは普通はビニル絶縁体で被われている。だからその媒体の影響を強く受けることは認識する必要がある。また、エネルギーの分布は電圧の負側に偏ることも認識しなければならない。それが『エネルギーギャップ』と言うものだ。電気回路から物理学理論と教育 (2021/07/22)にその参考記事がある。

ここ迄の認識に至るには長い道のりがあった。筆者の過ち。それは、日本物理学会での2001年の発表での失態である。

28aYW9  プランク定数の次元と実在概念  日本物理学会、第58回年次大会。p.338.(2001).

実は、その内容を発表せずに、とんでもない御迷惑をお掛けしたことである。実は、電気学会での『静電界は磁界を伴う』の資料を会場に置き、その内容を話した。誠にお恥かしき限りだ。この発表に至る経過がある。2000年に新潟大学で、物理学会の大会が行われた。その大会がプランクの記念大会となっていた。その事を知って、翌年の2001年に発表するために用意した。考えてみれば、如何にその当時の、『電荷』概念への疑念を明らかにするべき研究の場を失う事への、自己に対する科学研究の責任と社会的不可解への怒りが心の奥にあったからとは思う。

その直接の切っ掛けは、物理学理論で「粒子性と波動性」の解決すべき課題があった。一つの現象を波動性と見るか粒子性と見るかの曖昧な未解決の問題があった。一つの物理現象が二つの見方で解釈しなければならないとは如何にも不可解であった。その解決は光を『エネルギー』の空間流として認識する以外ないと考えていた。その空間像を指数関数の表式で、提示したのである。曖昧な波動ではその空間的実体を理解できない。それでは物理学と言えないと考えた。その意味を示した。しかし、その事を理解するには、空間の電磁エネルギーの実像を認識しなければならないという意味で、『静電界は磁界を伴う』の意味を話した。電界と磁界は空間の『エネルギー』の分布をそれぞれの捉え方で解釈しているだけでしかないのだ。その意味で、発表に行き過ぎであったことをお詫びしなければならない。しかし、そのプランク定数の捉え方は間違いなかった。

プランク定数での疑問。余りにも有名であり乍ら、大きな謎、それはその『次元 [Js]』であった。最初の日本物理学会での発表も、[JHFM]と言う次元を明確に認識する事の大切さであった。

現在の認識は プランク定数の概念 (2018/07/17)に述べた。プランク定数の次元が [Js] である意味を考えれば、空間の伝播『エネルギー』の一つの単位とその通過時間の積だという事位は感覚的に思いつく筈だと思った。それ以外粒子性と波動性の矛盾は解決できないとその当時考えた。その空間に実在する『エネルギー』という認識が、物理学理論に欠かせない基本である筈だ。『電子』ではその『エネルギー』は理解できない筈だから。

関連記事。

27aZA-1  量子論の起源を問う 日本物理学会講演概要集 61-1-2. p.394. (2006).

30aXG-8  量子エネルギー mv² の空間 同上 61-1-2. p.329.  (2006).

23aWA-1  量子エネルギーのベクトル解析 同上 69-2-2.  p.291. (2006).

等で、光の空間エネルギー分布像を論じた。それらは、光とは何か?₋光量子像‐ (2012/01/15) に記した。

前の記事。質量とエネルギーに、光のエネルギーと質量の関係への思いを詩に託した。

質量 それはエネルギーの象形

エネルギー それは質量の解放像

エネルギーは 眠りで世界に現れる

その寝姿が質量である

エネルギーは不均衡を好む

その局限で質量となる

エネルギーは光で その本領を発揮する

光は 自然が託した 未来への伝言である

物理学理論と科学技術理論との関係をきちんと捉え直して、未来の教育をどのようにすべきかは皆が、一般市民が考えるべき問題と思う。それが教育行政に上手く反映することが民主主義の基本であるだろうから。

 

物理学理論と市民感覚

物理学理論があらゆる科学論の基礎をなしていると、漠然と捉えられていると思う。しかし、科学者あるいは研究者など高度な学術研究に携わる方々はそれ程物理学理論を本当に、その研究の基礎として意識しているとは思えない。物理学理論が真に科学理論の基礎としての意義を持ってほしいと願わずにはいられない、それ程怪しい学術論に?

しかし、ここに述べる内容は、理数式による科学論らしからぬ文学のようであるかも知れないが御笑覧いただきたい。

(事ども削ぎ棄てて 世の煩いあるまじく 省かせ給えど)ー源氏物語 若菜下ー

今、その科学研究の最前線の一つが「医学・生理学」であろう。コロナウイルスに対する『ワクチン開発』とその接種等の最先端の話題が日常生活に密接に関わっている。その分野の科学論は筆者のような素人には余りにもその専門的科学技術の内容が高度過ぎて、全く理解の仕様が無い。例を挙げれば、採決した血液成分の分析など、その余りにも精度の高い結果が示されると、理解の限度を超えている。その成分分析は、一つ一つの成分分子構造を詳細に捉え、分離していると理解する。

一方、分子の化学結合構造はそれぞれの原子の結合によって捉えていると思う。その結合はどのような物理現象に因っているのかと考えると、全く理解の限度をやはり超えてしまう。

原子間の結合原理は何か?

化学論でも、高分子結合やDNAの二重らせん構造でもその原理は全て原子間の結合によって決まっているものと理解したい。二重らせん構造になるには、その基本は原子間の結合の方向性がその決め手になると思う。その方向性も原子間の結合原理が基になる筈だ。「原子構造」は核の周りを周回する外郭電子が取り巻いている事になっている。日常の生活空間感覚から推し量ると、その高速回転(どの程度の速度かは不明)している電子が隣の原子の電子との間で何故結合の機能を発揮できるかが理解できない。その程度の原子間結合認識で、先の血液分析技術との科学論的乖離を埋める能力を持ち合わせていない。その辺の解説は、それほど難しい話ではないと思うが、何処にも納得できるものが見えない。勿論、専門家用でない、一般の教科書にもないだろう。電子同士が「共有結合」するという最初の解説で、理解不能に陥る。何方もみんな御理解為さっているらしく、少しも疑問を抱く人はいないようだ。「共有結合」の仕組みを詳しくご解説頂くことからやっと、原子結合への理解の糸口も見付かるかと願っている。「共有」という言葉の詳しい電子同士の空間的関係性の具体像は、その機能が分かっているのだろうから、本当の基礎的内容でしかない筈だから、詳細に解説できない筈はないと思う。筆者のような、目の前の空間像でしか理解できない具体性を求める無能な者にはその具体的姿を日常用語で解説頂かなければ、中々その理論を信じられないのだ。何がどの様に『共有し合うか?』はそれほど難しい説明ではない筈だ。どの様な電子同士がクーロンの電荷排斥力に抗して、『共有』という結合の原理を発揮することが出来るかは、最も教科書の解説すべき課題と思う。その為には先ず、『電荷』および『電子』の存在の理由を現在の科学認識に基づいて明確に分かり易く解説するのが科学者に課せられた責務と思う。筆者には高校生の時からその「共有結合」の原理が分からず、分子結合の意味不明のまま今日に至った。そんな分子結合論などは生活には何の意味も持たない些細なことかも知れないが、卑しくも論理性をその根本に置くべき物理学理論で、その訳を明確に解説されないと、すべての科学理論と科学技術との間の不可解な溝が拡大し、専門家と市民の科学リテラシーの不可解な関係が増大する事に成る。それは又の機会に、マグネットが何故接合する力を発生できるのか?についても疑問を提起したい。科学理論が市民の理解できる易しい自然の原理により成り立っていて、誰もが疑問を抱かないものであると思うから。専門家とはそれが出来る方だと信じているから。

コロナウイルスと血液成分分析に関わる科学技術の専門性と市民(筆者だけかも知れないが)の科学認識の間の溝は埋まるのだろうか。余りにも筆者には遠い隔たりの壁となる。炭素のダイヤモンド結合、シリコン結晶などすべて余りにも幾何学的な美的結合を成している。電子が周回軌道を回転しながら、互いに回転し合う電子がどの様な空間的関係で、結合機能を発揮できると言うのか?そんな魔術的空間関係が可能な訳はないと筆者は考えてしまう。物理学理論の電子結合論が何処までも欺瞞性を匂わせているように思えて堪らない。電気回路には決して電子の出る幕は無いことから、電子論による科学理論の統合失調症を治療できないものかと失礼ながら空想してしまう。統合失調症と新潟県立病院に、病巣に閉じ込められた(平成2年12月)過去もある。その当時は、どう暴虐無人に近所に迷惑を掛けても、電荷概念の否定のためには研究発表の場がない事が許せない思いで居た頃の事情だ。科学論の不可解の根源を断ちたいが故に。丁度その年の春に、自然単位系 [JHFM]をまとめた。それは1998年4月、日本物理学会に入会させて頂き、初めて発表させて頂いたものになる(*)。

『電荷』の空間像を示すのは素粒子物理学の研究者の社会的責任と思う。『エネルギー』がどの様な素粒子から成り立つかを示すこともその一つと思う。物理学理論には空間を流れる『エネルギー』の認識が無いようだ。その『エネルギー』の代わりに『電子』などの概念を創造(人が考えて作り出した自然の解釈の創造の概念像)したように思う。

日々過ぎて行く日常生活において、SDGsという未来への科学技術との関係の問題でもあろう。日々のエネルギー消費増大による、蒸気タービン発電方式の科学技術への依存度の過剰が海の加熱エネルギー放出を招き、豪雨災害とフェーン現象性の灼熱環境を作り出している事を御理解頂きたい。この問題はどうも、脱炭素で置き換えられているようだ。原子力発電推奨の隠れ蓑として、海水温度上昇の弊害の意味が消されてしまう。科学理論と科学技術の関係の意味が曖昧になっている。エネルギー問題で、クーラーの電力消費とのイタチごっこ現象と思える。緑の森も消えたコンクリートジャングルが象徴的に未来を映し出しているようで恐ろしい。海の魚介類の生育環境を守る事は人の生活の基本を守る事になると思う。

(*) 2p-D-11 物理的概念とその次元。(参考):エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 (2011/12/18)。