タグ別アーカイブ: Education

分布定数回路空間の世界

(2019/10/20)追記。とんでもない(コイルのエネルギー)が読まれた。今分布定数回路の電気現象を考える論理的根拠ともなった記事である。それは、2015年の変圧器の奇想天外診断(2015/06/03) の簡単な台所での実験結果に基づく理論と技術感覚の確信に基くものである。絶縁体内の空間を伝播するエネルギーの伝送認識の確信でもある。

はじめに

既に分布定数回路と実験に載せた。その発振器を組み立て、最初の試験をした時の写真。

 

 

その分布定数線路の寸法とその特性インピーダンス算定値500Ωとしていた。しかし、少し値が違っていた。当時は計算尺で算出した。そのための誤差であろう。この記事が初めての実験結果報告であった。算定式の係数276(=120π×(2.3026/π) =276.312)の算定根拠もようやく今回の数か月の問答で、理解できた。その中で、電気回路の真の物理現象を捉えることができた。電気回路はすべて、張られた電線によって構成されたその空間を伝送されるエネルギー流であると。光エネルギーが電線路空間を光速度で伝播する現象であると。その波長が長い交流波形であるかあるいは一定値の直流であるかに関わりなく、すべてエネルギーの空間光速度伝播現象であると分かった。結局電線内を電流などと言う電子が流れているという過去の物理学理論の認識は間違っており、捨て去らなければならないという事である。しかも、その空間を流れるエネルギー流を科学的実験によって測定あるいは観測することは不可能であるという事(この意味が理解し難いかも知れない。エネルギーの空間分布を捉える測定量の瞬時値は存在しないから。時間的経過あるいは空間的長さを含む意味でしかエネルギーは捉えられないから。エネルギーの瞬時値、波形はない。電力p[J/s]の意味と・の瞬時電力意味と同じ論理性の曖昧性。)も真理である。光速度で流れる光エネルギーの空間分布波形を観測できる訳はないから。それは哲学の領域であろう。そのことは科学的手法では自然の神髄を捉えることはできない限界があるという事実を示す意味でもある。どんなに科学技術の精度が高く進歩しても無理な限界がある。それが光速度の世界であろう。伝播光の単位の一粒の光の一波長の中のエネルギー分布密度など観測できないから。科学的手法による観測不可能の対象が科学論の論理に認められるかどうかの問題でもあろう。

回路構造係数と電気回路特性

光が真空自由空間を伝播する時の特性と電気回路の電気エネルギーが伝播する特性と異なる点は、その電線路の構造だけある。構造によって決まる自然対数系の構造係数k=(1/π)ln(2D/d)(無次元)を決めると、その導体によって囲まれた空間の構造だけで、回路定数が決まることが分かる。真空自由空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m]および誘電率εo=(1/36π)×10^-9^ [F/m]とする。

構造係数    k=(1/π) ln(2D/d) [1]

インダクタンス La= (μo/2)k [H/m]

キャパシタンス Ca=2εo/k [F/m]

が全ての回路の基本分布定数の基本形となる。

線路構造と回路定数。

構造係数k

数値をグラフにした。

 

 

 

 

平行2線式電線路 

所謂分布定数回路の基本構造である。

 

 

同軸ケーブル

通信用や電力用ケーブルで、絶縁体の誘電率の比誘電率εsとした場合の特性である。

 

 

 

三相送電線路

三相送電線系統の特性は線間距離Dを幾何学平均値で捉える。その線路定数は三相の相電圧を基本とするから、中性点に対する値となる。

 

 

 

 

導波管 

マイクロ波伝送回路に方形の空洞伝送路がある。この場合は普通のインダクタンスやキャパシタンスの意味が捉えにくい構造である。しかし電波信号はこの導体で囲まれた空間内を伝播する。如何にも電波エネルギーが自由空間の光エネルギーと同じく制限空間ではあるが、その空間を伝播すると理解しやすい例であろう。ただ特性インピーダンスZは他の場合のように、統一的な規則での評価はできない式だ。新版 無線工学Ⅰ伝送編 p.138. 宇田新太郎著 (丸善)による。波長比 λg/λ は管内速度の遅れを意味すると解釈する。伝播定数γ[s/m] が大きくなる意味と考える。

特性インピーダンスZ[Ω]のエネルギー伝送に対する物理的意味

電線路空間を伝送するエネルギーは基本的には真空自由空間の光エネルギー伝播現象と同じ特性を示す。光は空間をエネルギー共振現象として伝播すると解釈する。同じく電気回路のエネルギー伝送も、回路特性のインダクタンスL[H/m]と静電容量C[F/m]の間の共振現象として伝播すると解釈する。

電線路の空間エネルギー分布を電圧v[V]と電流i[A]と言う科学技術概念で表現すれば、それぞれのエネルギー空間分布はCv^2^[J/m]  Li^2^[J/m] と評価でき、次のようにエネルギー比で解釈する。

Li^2^/Cv^2^=1

(L/C) = (v/i)^2^            ∴ √(L/C) = v/i = Z [Ω]

という特性インピーダンスZ[Ω]の意味で捉える。

むすび

結論をまとめた。右の図のようになろう。電気回路理論と物理現象の関係を統一的にまとめられた。分布定数回路の問答を終わりにする。(2019/10/20図を訂正した。)

 

誠にお粗末なすべてが隠された不採用の人生であったことを知り、今基礎科学と大学の教育を考えた時、不思議な感慨を覚える。昭和33年夏、人生は故郷での河川土木工事の土方仕事の石の畚(モッコ)担ぎから始まった。東京に出て、人の姿を見て、生活の意味を知り再び浪人生活を親に許してもらった。昭和34年春から、神田の研数学館(今振り返って混乱している。初めてお願いに行ったとき、数学の試験で審査された。合格という事で許可された。しかし、受講料の話もなく、そのまま無料のままで1年間を過ごした。考えたら、お金を払った覚えがほとんどない。また、たぶん水道橋駅から定期券を使ったと思うが、その購入の覚えもない。一体、生活の意識もなく人生の意味も意識することもなく、何故ここまで来てしまったのか。何方かお教えいただけないでしょうか。考えれば、高等学校でも、大学でも授業料を支払った覚えが無いのだ。どこからも請求された覚えがない。???困惑のまま・・。同じく、電気学会でお世話になりながら、学会費を納入した覚えもない。新潟市の日銀支店から新潟大学の先生の地質調査のお手伝いのアルバイト賃金を連絡を受けて頂いたことがある。何故日銀が支払ったかその訳が理解できない。日銀が個人に支払うことがあるのか?精神的限りない混乱の中に居る。)での楽しい講義を聴きながら、江古田のあるお方のお宅での下宿生活(ご主人に食事を作っていただいた恩義を重く感謝したい)。同宿のお勤めの方に撮っていただいた当時の写真だ。その旅立ちの頃には思いも及ばなかった長い人生を歩んだ。その当時は、ただ学館と宿の往復だけの1年を過ごした。自慢は1時間の欠席もなしに通い徹したことかも。思い出せば、物理の講義が楽しかった。意味が分からなかったが「ダランベールの定理」という言葉が残っている。現代国語の講義も楽しかった。先生がよく問題を投げかけた。自分も挙手して答えていたことも楽しい思い出。お陰様で大学に入学できた。高等学校での化学の授業で、電子同士の共有結合の意味が理解できず、化学への劣等感を持った。折角大学に入学できたのに、何故か学問への喜びを得られず、無為に過ごしてしまったことを後悔している。高等学校で、生徒に教えることになって初めて、電気工学の勉強をした。その初めての実験がこの分布定数回路の組み立てと生徒実習への取入れだった。担当教科が、電子工学、電力設備(電熱・電灯)、電気機器更に発電工学および送配電工学とほとんどの科目を担当し、お陰様で勉強する機会に恵まれた。実験設備も多くの協力をいただいた。旧い柵(シガラミ)のない新設高校であったからと考えれば感謝しなければとも思う。しかし、新潟県立新津工業高校の教員として、新潟県教育委員会では採用されていない不覚の職歴。大学でも文部省共済組合にも加入していなかったことを知れば、それも影のアルバイト人材だったのか。舞鶴鎮守府の戦後処理にその根本原因があると、政府からの回答を待とう。

ある事情(介護)のためこの9年間、自由な行動ができずに来た。学術機関誌での科学論文を発表する訳でもなく、一人壁に向かって、ひたすら己の感覚と向き合いながらの科学問答をしてきたようだ。筆者の場合はお陰様で、このブログ記事を書きながら見えないお方とのつながりを頼りに自己問答をしてきた。身についた技術感覚を基に、物理学的基礎概念への疑念・疑問を自己問答として納得する答えを求めてきた。面壁達磨の苦行とは違うが、全く人との科学論をすることもなく、また学術研究論文もほとんど見ることもない、科学研究者の雰囲気もない異常な生活であった。ただ日本語での思考による結果であった。

『静電界は磁界を伴う』の全く分野の違う物理学理論の根幹への思考研究を始めて、身分の消された中で考えてきた。日本雨蛙石の囁き聞こえますかなど身近な自然世界の深さに触れ、さらに光の空間エネルギー分布の光量子像プランク定数の概念を自然の深さとしてとらえ、それらの自然現象から見る科学技術の基礎概念用語(電圧・電流)の意味も繰り返しの問答によって、常識の科学論と異なる新感覚で、それを理解できる心境になった。その中での核心として『電荷』は自然界には決して存在し得ないと確信できた。常識論とは異なる自然科学的心境でもある。今こそ科学理論はその電荷否定から改めて始めなければならない筈だ。科学と哲学の問題として。自然の単純性と深遠性。『エネルギー』への道のり。そこに新しい教育を通した子供達への夢をも与え得る道が開ける。

特性インピーダンスとエネルギー伝送特性

はじめに(すでに公開した心算でいた。8月末の書き出し記事)
直流回路ではインピーダンスという捉え方をしないのが一般的だ。ほとんどオームの法則で、抵抗回路として取り扱う。しかし考えてみれば、電気回路は直流用と交流用と違う回路を使う訳ではない。電気回路はすべて、分布定数回路なのである。一般に、直流回路解析でインピーダンスは使わない。しかし乍ら電線路の構造は全く同じである。二本の電線を張ればそれは必ずコンデンサとコイルの機能を持った電線路である。電気工学としての直流回路の取り扱いでは、インピーダンスなど必要ないだろう。だが、電磁気現象として考えるとき、電気工学ではなく物理学としての回路現象が大切なはずである。負荷が変化したときのエネルギー伝送特性はどのような意味で理解すべきか。それは必ずエネルギーが分布定数回路の中を伝播する現象となる。何がその伝送特性を決めるかが物理学の問題になる。今、「電気回路のエネルギー問答」の記事を書いている。その中で電力の意味で壁に突き当たっている。時間軸上に描く電力波形p[W] のエネルギー時間微分値という瞬時値とはどの様な物理的意味を持つものかと考えれば、理解に窮してしまう。エネルギーの電線路伝送問題の筈であるからと、電力の意味の思案の途中に居る。その中での一つの問題として、直流も基本的にはエネルギーの伝送問題の筈と思い、直流回路の電線路の分布定数回路としての特性インピーダンス問題を取り上げようと思った。(2019/09/19)この記事は8月末に「直流回路のエネルギー伝送特性」として書き始めた。しかし書き進む内に特性インピーダンスの算定の話に変わってしまった。その特性インピーダンスは空間の電波や光の伝送特性初め、電力送電線路や超高周波伝送路に共通した物理的意味を持っていると考えれば、そのすべてに統一した特性としてとらえるべきと考えるに至った。そこで表題を改めて、特性インピーダンスに絞ろうと考えた。この特性インピーダンスに関する記事に、既に特性インピーダンスから見る空間の電気特性という記事があった。その時点より、統一的に電気現象を捉えた筈である。

エネルギーの電線路空間伝送

電気エネルギーは決して『電荷』によって運ばれる物理量ではない。『電荷』を具備するという電子や陽子が電線路導体内を流れ伝わると言われても、そこには『エネルギー』を運ぶ論理は観えない。『電荷』は回路を往復周回する論理で理解されるから、行きと帰りで『エネルギー』の運び手としての役割を果しえない。『エネルギー』は電線路内の空間を伝送される、即ちそれ自身が実在する物理量として空間を伝送すると解釈しなければ、物理学理論としての論理性は観えない筈だ。『エネルギー』は他の代替物理概念量によって伝送され得るものではない。『エネルギー』自身が空間を光と同じく伝播するものである。そこには光が空間エネルギーの分布波であるという基本認識がなければ理解できない壁となろう。直流電気現象も、電線路の分布定数回路の空間を伝送するエネルギー伝送現象と理解しなければならない。電子などが流れる現象ではない。超高周波のマイクロ波通信だけが分布定数回路の伝送現象ではなく、直流も全く同じく、その伝送は分布定数回路伝送現象なのである。

先に記事光エネルギーと速度と時空で取り上げた右のエネルギー伝播の図がまさしく直流回路のエネルギー伝送の話になっていた。この分布定数回路で、負荷抵抗が特性インピーダンスと同じ値の場合が負荷端でのエネルギー反射現象が起こらない伝送現象になる。ある払い下げの通信装置の発振回路部を利用して、筆者が作成して生徒実験として取り入れた分布定数回路の報告記事があった(何故かこの部分が印刷から除かれるので書き換えた)。それが 分布定数回路と実験 である。そこに超高周波であるが、分布定数回路のエネルギー伝送の意味を理解するに参考となる実験データが載っていた。その負荷抵抗が特性インピーダンスの場合(第8図の特性インピーダンスに等しい負荷抵抗が500Ωの場合がそれである。)の定在波測定結果で、ほぼ一定値になっていることにその意味が示されている。それは負荷端でのエネルギーの反射がない伝送形態である。このエネルギーの反射現象で、驚くべき実測結果が有るといわれている。それは送電線路の開閉サージの電圧が定格電圧の7倍まで上昇した異常現象が起きたと。それは線路絶縁対策としては大問題である。送電端と無負荷受電端間のエネルギー往復反射の結果による現象である。電線路とはそのように、如何にも分布定数回路としてのエネルギー伝送に伴う複雑な特性を示す回路だ。単純な電線路ではない筈だ。少し脇道にそれたが、電線路は物理的なエネルギー伝送現象の空間であることを先ず認識して置かなければならない。

電線路と特性インピーダンス 分布定数回路と実験 の記事の線路定数を例に、特性インピーダンス500Ωの場合の分布静電容量C[F/m]と分布インダクタンスL[H/m]の定数値を算定してみよう。上の分布定数回路と実験のページ -123-に

Zo=(276/√εs)log(2D/d)=500[Ω] (2)

なる式がある。この式は、参考書の 新版 無線工学 Ⅰ 伝送編 宇田新太郎著 (丸善)p.95 に(4.6)式として載っている。この式の算出法が理解できないでいる。

そこで、平行往復導線の特性インピーダンスZoの算定法はどうするかを考えてみる。筆者は、電力工学での送配電線路の定数算定法を昔学習した。その教科書を紐解いてみれば、インダクタンスは線路電流による磁束鎖交数からの解釈であり、静電容量は電線路分布電荷がその理論の基をなしている。その理論的解釈で、実際の送電線路の回路定数・分布定数[mH/km,μF/km]が的確に算定されている現実の不思議をどう理解すべきか。

Fケーブル(屋内配線用)の特性インピーダンスの試算

上の算定式(2)式が高周波での特性値として極めて正確に思える。ちょっと寄り道をして、方向違いの商用周波数用屋内配線用として多用されるFケーブルの特性インピーダンスを算定してみよう。1.6mm銅線2本の平行ケーブル。絶縁厚0.8mmでD=3.2mm 、d=1.6mm とする。さらに、ビニル絶縁材の比誘電率εs=4.5とデータから選ぶ。そこで得られた特性インピーダンスはZo=78.3[Ω]程度と算定される。以上は一つの比較算定例とする。

特性インピーダンス算定式の係数、[276]がどのような根拠で得られたか?その訳が一つ解決した。送配電線路の教科書の中から糸口を探せた。そこで、まず特性インピーダンスの算出根拠を論じる前に、その手法の論理の妥当性を考えたい。それは最初にインダクタンスの算定手法について、電流 1[A] の物理的空間として、別に取り上げる必要があろうと考えた。インダクタンス算定式にまとめた。

同じく静電容量算定式についても纏めたい。静電容量算定式と理論にまとめた。

 

 

電気回路のエネルギー問答

はじめに(この記事は、早や一か月以上前の8月5日に書き始めた。今9月17日でまだ投稿できていない。次々と新たな課題が生まれる。その単体問題として幾つかまとめた。電圧・電流とエネルギーと時空 (2019/08/11)、光エネルギーと速度と時空 (2019/08/23)、電流1[A]の論理性‐考える理科教育への科学者の社会的責任‐ (2019/09/07)、空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14)。)

遥かなる呼び声がする。何度も関わってきた筈のことであるのに、未だに未練がましく電気回路に呼び止められているようだ。『瞬時電力』の物理的意味 (2018/03/15) に疑問を呈した。エネルギーの物理量を理解しているかと自問した。実験的検証の技術と人の自然認識の関係を自然と科学理論の架け橋はいずこに(2019/05/13) にも述べた。極めきれない概念量にエネルギーがある。

エネルギー量の単位 1[J] とは? その量は小さいが、世界を知る基本単位として大きな意味を含んでいる。それは1[g]の純水の温度を0.24[°C]だけ高めるに要するエネルギー量でしかない。

物理量のエネルギーは空間に実在する量である。

今まで、様々な電気回路の問題を取り上げて考えてきた。もう一度エネルギーの意味を電気回路の中でまとめておきたい。

単相交流回路のエネルギーから、最後は三相交流回路の「瞬時虚電力」の物理的意味をまとめたい。

〈問答1〉電源からのエネルギー送出量を決める要因は何か。

エネルギー流は如何に

電源が直流であろうが交流であろうが、その電源はエネルギーを供給する元である。電気回路論では電圧と電流という電気量で評価し、解釈する。しかし負荷で利用するのはエネルギー量である。図で、スイッチを直流側に投入すれば、伝送路の電圧は負荷まで主に電源電圧Esによって支配される。負荷までの電圧はどのように決まるのか。何がその電圧を決めるのか。

〈問答1-1〉無負荷線路の電圧 短い電線路を電源につないだ。つなぐ前は電線路には何の電気的意味もない。触れても何も感じられない。スイッチが投入されると、今度は電線に触ることは危険になる。何故だろうか。電線路にどのような電気現象が起きたのか。こんな愚問あるいは哲学問題は決して電気回路論では取り扱わない問答である。皆さんはどう答えますか?電源はエネルギーの供給源といいました。当然エネルギー以外ありません。それではどこにエネルギーをどのように送出するのでしょうか。金属の導線を繋いだのです。導線の中の金属原子結合空間でしょうか。決して『電荷』や電子では解釈困難のはずである。答えは電線路が握っているのでしょう。

〈問答1-2〉 電線路の物理的意味。

単相の2本の電線が張られれば、それは電気エネルギーを伝送する空間を規定する電気回路となる。金属導体が挟む空間は電気要素の静電容量という場となる。負荷があるかないかに関わりなく,エネルギー源の電源に繋がれた時点でコンデンサの機能を持つ。ただそのコンデンサに自動的にエネルギーが流れ込むことになる。流れる速度を規制するのが電気要素のインダクタンスである。それは自由空間を伝播する光のエネルギーの関係と基本的には同じ現象である。ただ、光のエネルギーが伝播するのに電線路はなくても、空間自体がエネルギーを伝送する真空誘電率と真空透磁率の伝送特性を備えているのである。電線路は金属導体で伝送空間が局所的に制限される点が異なる。そこに電圧の2乗の意味が働く。電圧・電流とエネルギーと時空 に答えを示した。

〈問答2〉 電気回路の電気量の波形を観測できる。その波形の物理的意味は何か。表現波形にも観測できる波形とできない波形がある。右に(問答2)観測波形の物理的意味。として回路と検出の図を示した。一般的には電圧と電流波形が普通の観測波形となろう。電圧と電流の積をとれば、電力の波形も観測できる。

 

【回路条件】具体的な回路条件で考えよう。

 

 

 

 

〈問答2-1〉電流波形の物理的意味 不可解な電流の物理学的概念について考える。電荷の時間微分 [C/s] を電流アンペア [A] と定義している。いくら不可解だといっても、オッシロスコープで実際に電流波形が観測できる。電圧波形 v と電流波形 i は図のように簡単に観測できる。ただし、図には電流 i を有効分 ia と無効分 ir に分けた波形も記した。電流波形 i は観測できるが、ia や ir は観測できない。ここでは電流 i についてその物理学的意味を考える。実際の観測は、電流も電流計のシャント抵抗と同じく回路の抵抗降下電圧を検出して、電流と解釈しているのだ。だから、本当に電流という電荷の時間微分値を計っている訳ではない。電線の中の電荷の挙動など観測できる訳ではない。電荷量[C(クーロン)]の時間微分[d/dt]値、電流[A=dC/dt]が流れるとはどの様な物理現象か?例えば、電線路の導線のある点に1[A]が流れるとは電荷がどのような状態と解釈するのですか?ここにも、「見えるもの(波形) 見えないもの(意味)」が隠されている。電流が電線の中を流れる電子の逆流等ととても難しい哲学的で抽象的な概念で解説するのが科学論の論理性に適っているとお考えですか。愚直に、科学論の言わんとする概念や内容を自分の心に共感して納得できるかどうかを追究する過程で、納得できない矛盾に突き当たれば、その矛盾を取り除くにいかなる道があるかを探るだけである。その結果が『電荷』には科学論の基礎概念の資格がないとの結論に達してしまった。だから『電流は流れず』などの表現を使ってきた。電気回路現象から否定した電荷概念が科学論全体にいかなる混乱を与えるか、計り知れない恐ろしさを抱く。考えれば、電流が電荷の何々という意味で理解できない訳で、エネルギーとの関係で捉えなければならないものだ。前の記事電圧・電流とエネルギと時空で示した 電流の2乗  i^2^[J/H] から、線路定数 μ[H/m] による電線路のエネルギー流 μi^2^ [J/m] の意味を捉えた科学技術量が電流だと解釈すればよい。

電流 i を有効電流 ia と無効電流 ir の2つの電流に分離して図に示した。それは次のようになる。

i=ia+ir= √2 ×10 sin(ωt-θ) , ia=11.31sin ωt , ir= -8.48cos ωt

ただし、θ=tan^-1^(12/16)=36.87 [°]=0.205π [rad.]で、力率 cosθ=0.8である。

<問答2-2> 電力波形の物理的意味。電線路の各部で、そこの電力は電圧と電流の積で解釈される。電力工学やその技術感覚では電力と言えば、何の躊躇もなく電圧と電流の積で p=vi [W=(J/s)] と捉えて理解する。

電力波形の意味 この電力とその波形の物理的意味は何かとあらためた考え直すと、よく分からないことに気付く。それは時間軸上に描かれる電力波形が,時刻のその瞬時におけるエネルギーの時間微分という物理的不明確な概念をどのように理解できるかという問題である。電圧と電流の積が電力ということが表現する意味は何か?ということだ。「積」の[×]と言う記号の意味は何か。巷の専門的記事の解説は如何にも当たり前のように電力の単位ワット[W]で納得しているようだ。恐らくすべての専門家が疑問にも思わないのだろう。その常識的基礎の電力の意味が分からないと言えば、専門家の中には入れないだろう。専門家とは共通の学術的基礎の基盤の上に立って論議のできる人たちから構成された職業的繋がりの集団であるから。しかし電力という単位の意味が筆者には理解できないのだ。ある時刻における、ある電線路の位置で、その点の電力という『エネルギーの時間微分値』とはどの様なエネルギー像で捉えればよいのか。[W]は[J/s]で、その電線路の位置の1秒間の値など決して電力波形で表現できる筈がない。時間軸上に表現すればそれはその瞬時の値で時間の長さはない筈だ。1マイクロセカンド[μs]の時間での微分値と言ってもそれは瞬時値ではない。しかしながら、誰もが上の図のように電力の波形 p を描いてその意味を解釈する。その波形の物理的意味が明確ではないにも拘らず。このような論法は、科学技術論の専門的仲間同士の論議にはならないのである。しかし時間軸上の瞬時値波形には決して時間での微分値概念は描けないのである。磁束での変圧器の鎖交磁束の論議と同じく専門的な話が進まないのだ。もともと電圧(磁束の時間微分)、電流(電荷の時間微分)も時間微分値の概念であるから、同じことではあるが。この先の論議が本当の自然現象の物理的意味を探る話になるはずだ。それは哲学道場での論議になる。所謂東洋的削ぎ落しの思考の場となる。物理学とは何かを問う話にもなろう。例によって JHFM 単位で考えれば、電力は次のように表現できる。

電圧[(J/F)^1/2^] × 電流[(J/H)^1/2^] = 電力[J/(HF)^1/2^]

この上の式が表す次元と電力の意味を理解しようと考えても、筆者は電圧と電流の積の物理的意味さえ捉えきれていないのではないか。理解できない、分からないあるいは不思議だと感じた時が、それが新しい理解の道の入り口になるのだ。疑問こそ宝玉、道標。疑問に思わなくなったら進歩は途絶える。書いている筆者自身が分かっている訳でなく、これから答えを探す旅。第一歩は、何が分からないのか探る、その道の入口を探すこと。とボーっと過ぎる時間の中で一つ見つけた。光の速度が空間定数で決まる訳を。それが時間の次元[s]が[√(HF)] と同じ意味である訳が見えた。光エネルギーと速度と時空 の記事とする。電力の意味はその後に託す。電力p[J/s]の意味と解析(1)意味 (2019/09/ 16) に回答の一部を示した。

むすび

この記事のはじめに挙げたように、電力の意味を尋ねて、途中でいくつかの問題に結果をまとめた。電力p[J/s]の意味と解析法(1)意味 にようやく一つの納得できる結論に到達した。次に具体的な負荷特性との関係をアドミッタンス解析法としてまとめて、電力の姿を自分が納得できるようにしたい。

 

電流1[A]の物理的空間  (インダクタンス算定式)

電気回路の構成要素はインダクタンスと静電容量そして抵抗である。その中で電流と直接関係するのがインダクタンスである。電線路の特性は特性インピーダンスが握っているといってもよかろう。その特性インピーダンスの算定式には電線路単位長当たりのインダクタンス[H/m]が欠かせない。平行導線路のインダクタンスL[H/m]の算定は電流概念がその拠り所となっている。そのインダクタンスの算定理論における電流1[A]の物理的概念がいかなる意味を持っているかを確認したい。基本的には電流によって、その周りの空間には磁束が発生するという電気理論が前提になっている。

インダクタンスの算定回路空間。

磁束鎖交数φa=LI[Wb] をインダクタンスL[H]と電流I[A]の積で定義する。電流の比例定数がインダクタンスL[H]である。

次元は電流が[(J/H)^1/2^=A]であるから、磁束量あるいは磁束鎖交数の単位[Wb]は次元で、[Wb=H(J/H)^1/2^=(HJ)^1//2^]となる。

さて、インダクタンスL[H]の算定は電流I[A]が流れている導線周りに発生する磁束量の計算によってなされる。図は平行導線路の場合で、導線aとbの往復線路である。まず、算定法では導線1本について計算される(文末の文献 p.93    5.3 インダクタンス 参照)。a導線の電流I[A]によってa導線の周りに発生する磁束を計算する。図1.に電線路単位長当たりのa導線の自己インダクタンスが示されている。その第1項の2分の1は導線内部電流による磁束計算量である。しかし実際は導線内部に電流など流れていない訳であるから、少なくともその項は無意味と考える。第2項は導線半径rと線路離隔距離Dによる自然対数である。その計算結果の訳は次の示す。

a導線からxの位置に、その電流I[A]によって生じる磁束は、その磁界Hx=I/2πx[A/m]にその空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m]を掛けて、磁束密度Bx=μo×Hx[Wb/㎡]と算定される。電線表面rからDまで、単位長さ1[m]当たりの面積1×dx[㎡]で積分すると、 2I∫(1/x)dx 10^-7^[Wb/m] =2I×10^-7^ln(d/r) =LI [(HJ)^1/2^/m=Wb/m]と、自然対数式となる。

上の算定に関する質疑。

  1. b導体の電流は考慮しない。それは何故か?コイルの場合の鎖交磁束は全体の一周電流分で考える。
  2. 磁束は図のΦaのように導体aを周回していると考えるのか?コイルの場合は、コイルの外側には磁束はない筈だから。
  3. もし導体を磁束が周回していると考えるなら、物理学理論では、磁界Hx[A/m]の場には(1/2)μoHx^2^[J/㎥]のエネルギー密度がある筈。理論的には、そのエネルギーが導線の周り全体にある筈だ。しかし、そのエネルギー量はほとんど計算には意味を持たないことになっている。更に、そこに磁束の電流との鎖交数という意味にも特別論理性があるようには見えない。円周の長さ2πx[m]を計算の基に考慮しているが、実際の計算にはrからDまでの積分として周回の意味は特にないようだ。
  4. 電線内部磁束鎖交数による 2分の1は必要ないと考える。

以上の質疑があるが、算定式の第2項は実際の利用で、有効性を示す。さらに、平行2線式電線路の単位長当たりの自己インダクタンスL[H/m]は何故か導線1本当たりで計算する。その訳を次のように解釈した。以下の解釈は削除させていただきました。上の質疑1.のb導体の電流分を平行2線式電線路で考慮しない理由の解釈に、削除した記事が間違っていたかと考えた。

むすび

インダクタンス算定式(電線路単位長さ当たり)

L=0.4605log(2D/d) [mH/km]=0.4605×10^-6^log(2D/d)[H/m]

と得られる。ただし、d=2r であり、自然対数と常用対数の間に ln x =2.3026log x の関係がある。

このインダクタンス値ともう一つの静電容量算定式により、電線路の特性インピーダンスおよび伝播定数が決まる。その特性値により、高周波分布定数回路から、同軸ケーブル(この場合は少し考慮必要)および三相送電線路の特性まですべて統一的に決まる。

電流1[A]の空間の意味をインダクタンス算定式に関する観点から考察した。厳密な意味ではその電流概念の論理性が保証されているとは言い難い面がある。しかし技術的な算定式ではとてもよく実際の応用で適合している。科学技術と自然現象との関係の捉え方には慎重な解釈が必要と考える。

(参考文献) 電気学会大学講座 送電工学(改訂版) 電気学会 15版(昭和49年)

空間定数とエネルギー伝播現象

空間とエネルギ-伝播現象の関係を図にまとめてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギー伝播特性 光を含めすべてのエネルギーの伝播現象がその空間定数、透磁率μ[H/m]、誘電率ε[F/m]によって決まると考えてまとめた。細かな点では違いもあるかも知れないが,エネルギー流という物理的実体の流れを総合的に捉えれば、その伝播現象の基本的姿は図のようになろう。特に電気回路の具体的現象を考えると、回路が電線路導体で囲まれた空間内を流れるエネルギー流の現象と見えてくる。長距離送電線路の伝送方程式では、回路定数による分布定数回路としての捉え方が基本となっている。その中に特性インピーダンスZ=√(L/C)[Ω]と伝搬定数γ=ω√(LC) [rad/m] がある。この中で、伝搬定数にはω[rad/s] という角周波数が含まれている。それは定数に入れるべきでないと考え、伝播定数としてγ[s/m]の速度の逆数を定数にした。電気回路のエネルギー伝送現象を考えるにはこの伝播定数の方が分かりやすいと思う。それはエネルギー伝送現象について光エネルギーと速度と時空で、電力p[J/s]の意味と解析法の記事で明らかにした。この電気回路定数との関係を述べた。

むすび 科学技術はその広範な分野に分かれて、それぞれ独自な理論を構築しているように思える。そのため各分野を統合して考察する機会が失われているように思う。未来の科学には生活感覚から観る市民の理解できる易しい解釈・解説が求められる。そこに全体を統合した捉え方をするには、ますます科学全体に共通した矛盾の無い少数の基礎概念の提示が求められるはずだ。その市民科学への寄り添いに科学者の努力と責任が求められよう。そんな意味を込めて、真空空間の空間定数による光エネルギー伝播特性を基準にした、すべてに共通した捉え方の一端を提示した。光と電気エネルギーは同じ空間エネルギー分布波の伝播現象だという意味を。スマホの通信も電気回路も同じエネルギーの伝播現象であることを。

 

電流 1[A] の論理性 -考える理科教育への科学者の社会的責任‐

花1匁の心の重さ。有るようなな無いような重さを計ってどうする心算かと自分に問うても詮無い乍ら、やっぱり問わずにいられない。自分が納得できない。電流1[A]の社会的意味もそれに近いかも知れない。現実は実用単位としてMKSAの[A]が世界を繋いでいる。科学理論もその1[A] によってすべてが組み立てられている。糠に釘を打つ様なことはしたくないが。

電流 1[A] の意味。1秒間に1クーロンの電荷が通過する。電線を流れる電流1アンペアの意味はそのように理解してきた。今各種電線路(三相回路、単相回路及び同軸ケーブル)の特性インピーダンスの算定法の論理を考察している。教科書では「電荷」と「電流」によって算定される。しかしその論理はエネルギーとの関係で整合性が取れていなければならない筈だ。電界、磁界あるいは電荷、磁束が決まればそれはエネルギーの空間分布に換算できるはずだ。その課題が解決できない矛盾に困惑している。そこにどうしても電流と電荷の物理的概念の論理性が壁になる。

1[A]の電流の電線の電荷分布は如何にあるか? 1[A] の電流が流れている電線には 1[m] 当たり何[C] の電荷が分布しているか?その問いに答えられないからと言って、他の人に責任を擦り付ける訳ではないが、電荷の流れる速度が決まらないと答えようがないのだ。信号やエネルギーは光速度で伝播するのに、電荷はおっちら、こっちらと超低速では論理のギャップが大きすぎて決まりが付かない。科学の論理性からも世界の科学者の社会的責任として、子供達に分かる説明がなければならない筈だ。

1[A] の電流によるインダクタンス算定とその時の電荷による静電容量算定及びそのエネルギー分布とが、その論理性でうまく合致できればと願いながら。

既に、電流は電子の逆流か?ということを電子とエネルギーと質量に述べてあった。そこに載せた図で、電線路に電子が満ちて

電流は電子の逆流か?流れるとすれば電圧は、負の電荷だけで線路電圧となる理屈が見えない。電荷論での、電流が電子流だとの解説は電圧の発生源の正の電荷をどう説明するのか。前の記事を振り返って改めて追記した。

光エネルギーと速度と時空

光の速度は何故決まる?

光は空間のエネルギー分布密度波の縦波である。その速度が何故、秒速30万キロメートルなのか?それも『疑問』の宝物。空間には空間定数という真空透磁率と真空誘電率の二つが定義されている。

単位系・JHFM自然系 も光と空間定数の関係から導き出したものである。光速度 c[m/s] は

c=(μo εo)^-1/2^ [m/s]

と真空透磁率μo[H/m]と真空誘電率εo[F/m]の空間定数との関係で捉えられる。そこに時間の次元秒[s]とヘンリー[H]とファラッド[F]の関係が生まれる。[(HF)^1/2^] = [s] と関係付けられる。その訳が理解できた。

人はモノの速度を目で追うことで感覚的に理解する。それが視覚感覚の機能でもあるのだろう。同じ現象でも、1[m] を通過する時間何[s]という捉え方はしない。しない訳ではない。100mの競争で10秒切るかどうかが注目される。それでも1mの距離の通過時間を気にかけることは普段はない。

エネルギーの伝播実験 光速度を超える信号伝送手段はないから、伝送速度を計ることは困難なため無理ではあるが。(次の実験で、電源スイッチを投入した時刻を負荷端で瞬時に知ることは無理であるから。)

エネルギー伝播 電気回路のエネルギー伝播現象を考えてみよう。電気回路の伝送路は基本的にインダクタンスと静電容量の分布定数回路になっている。その様子を図に示した。実際には2本の電線が張ってあるだけで、外見的にはそこにインダクタンスやコンデンサがつながっている訳ではない。図では単位長さ当たりL[H/m](一区間に上下二つのLが有るが、等価的には一つのLと考えてほしい)とC[F/m]の分布定数回路となっている。実験的にエネルギー伝送現象を確認するには、実際にある値の LやCを変化させた分布回路として、原理的には可能であろう。負荷終端には電線路の特性インピーダンスと等価な抵抗負荷とする。負荷で到来波のエネルギーを消費し、反射波を防ぐための条件である。電源は十分大きなエネルギー量を貯蔵したコンデンサとする。スイッチSをオンする。瞬時にエネルギーは伝送路に流れ込む。そのエネルギー波が負荷に到達する、その波形を電圧vで観測する。恐らくその波形は雷の衝撃波形に似たものになろう。負荷端のエネルギーは電圧vの2乗で波形を理解できる。その電源からのエネルギー伝送現象は回路定数を大きくすれば、エネルギー伝送時間は長くかかる。定数が小さければ伝送速度は速くなる。その意味は誰もが理解できよう。電線路の静電容量やインダクタンスが大きければ、エネルギーが静電容量に貯蔵される余裕が大きく、インダクタンスが大きければ、そこを通過するのを阻止する反発が強くなる。だから分布定数が大きい程エネルギーの伝送に長い時間がかかることになる。即ち回路定数によって、エネルギーの伝播速度、光エネルギーの速度が変化する訳である。この辺の現象は電力系統の管理技術者には当たり前の感覚的認識になっていることであろう。電気エネルギーはエネルギーの空間分布波としてみれば、光のエネルギー分布波と同じ訳で、光の真空空間の伝播速度即ち光速度がその空間定数で決まるのが当たり前と理解できよう。空間の長さ1m当たりの静電容量とインダクタンスがその空間を通過する光エネルギーの「時間」を規定する訳である。だから、JHFM自然単位系で、時間の秒[s]が空間定数の[√(HF)]になる訳である。ここには速度という見方と逆の、1mを通過する時間は幾らかという [s/m]の見方になっている。それも速度と意味は同じである。

エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系

不思議の極み 空間定数の「真空透磁率」を誰が何時決めたかが分からない。μo=4π×10^-7^ [H/m] はあらゆる計量単位の基準として定められた筈だ。誠に不思議な数値である。4πは球の全立体角 ステラジアン [㏛]と解釈する。すべての実用計量単位MKSAがこの空間定数の真空透磁率μo[H/m] が基準になった事によって決まる。そこに選ばれた単位が電気回路のコイルが持つ電気的空間構造の特性機能の評価量を表す意味のインダクタンスの単位ヘンリー[H]である。この定数を決めた時点で、真空空間が持つ空間のエネルギーに対する誘導性という物理的定数だという認識の下で決めたのだろうか。空間が誘導性のインダクタンスの機能を備えていると認識して確定したのだろうか。この基準を決めたことに因って、空間にはもう一つの真空誘電率εoという定数が確定されたと考える。その単位もやはり電気回路の静電容量という機能要素の物理的評価量の単位ファラッド[F] で示される。それがεo[F/m] である。この意味もまことに不思議な単位である。決めた時点で、空間が電気回路の静電容量の次元を持っていると認識して決定したのだろうか。それなら誠にその確定については慧眼の至りと驚かざるを得ない。しかし、それらの空間定数が何処で、どのような機関又は人に決められたかが分からない。しかしその空間定数があった事のお陰で、現在幸運であったと確信して使っている、自然単位系JHFMを闇の中で、1990年春に見つけた。

その夏7月に何の説明もなしに、大学職員が大勢で我が家に御出でになられて、玄関で白紙に拇印を押させてお帰りになられた。後でそれは筆者に対する分限免職の承認と見做す捺印のようだった。その拇印も誠に不鮮明であったようで、後には他の機会の、たぶん庶務課での茶碗から採取の鮮明なものに変わっていたようだ。誠に国家公務員の人事行政の意味も知らない筆者の無知のために、多くの皆さまに御迷惑をお掛けし、それが原因で招いた当時の過ぎてしまいましたが、失礼をお詫びいたします。と言っても今でも全く理解不可のまま、無知の上塗りでぼーっと日々が過ぎ、流され続けております。

真空誘電率 εo=(1/36π)×10^-9^[F/m] とこれまた誠に気持ち良い数値である。そこに自然空間における光のエネルギーの伝播速度が決め手となっていることが、これまた自然の美を意識せざるを得ない。

光速度をc[m/s]とすれば、

c^2^μoεo=1

である。不思議は美しさでもあるのか。

おまえはどこから生まれ

どこに向って行くのか

その行方も見えない

だが確実なこと

それは

おまえが世界を

創っているということ

目に見えない現実の中に

ずっとひそやかに

その世界を

支えて来たのだと

光によって世界を見る。しかしその光の本質を知っているだろうか。光の本質と言えば、その物理的空間像の意味で捉えたい。光は空間を光速度で伝播する物理的実体である。プランクの理論によって観測上の評価法が確立された。観測の基準は振動数である。振動数によってその光の物理的特性が評価できる。可視光線なら、その色によっても目で大まかな波長(振動数)は理解できる。それでも光は振動する実体を持ってはいない。しかもその光の一波長のエネルギー量は測れない。空間を光速度で伝播するエネルギーの縦波を計測することなど不可能であろうから。光の本質を知ることは電気磁気学の本質を知ることにつながる要でもある。電界や磁界の意味を知ることにつながる。『エネルギー』の意味を知ることにつながる。

 

 

力の概念と電気物理

視点一つが世界を変える。

不図疑問が湧く。今までの認識に疑問が種となって、新たな世界が驚きの中に膨らむ。今回は『力』である。電気と言う目に見えない現象故に、その世界描写は数学的な表記によってとても抽象的に描かれる。多くの法則によって体系化された学術理論の世界である。科学理論の世界は長い歴史の重みを背負って、何百年の時に亘って専門家の追究の試練に曝されて生き残って来た学術理論である。その根幹を成している概念は『電荷』である。それはクーロンの法則と言う偉大な科学技術論を論ずる基幹法則として誰もが一度は聞いたことのある法則であろう。『電荷』間に働く『力』の意味を解釈する法則である。科学理論は社会的に認知された、学術機関の専門家が推奨する権威ある理論で、広く学校教育での標準教科書として取り上げられたものである。そんな理論の根幹の「電荷」を否定することは、社会的大きな混乱を引き起こすかもしれない畏れ多さを抱える事でもある。自分一人の科学技術感覚からの『電荷』否定の挑戦であった。クーロンの法則を斬る (2013/01/06) の記事から6年が過ぎた。今回その法則に関して、力学理論の『力』の概念から改めて『電荷』否定の論証視点が浮かび上がった。気付けば当たり前のことと思う様な『電荷』に潜む矛盾点である。

力学論の力の概念

運動力学の『力』とはどのようなものか。そんな疑問を抱くことに意味があるのかと思うかも知れない。力が働くという意味で感覚的に感じるのは力を掛ける対象に、力に逆らう反作用のような抵抗がそこにはある。それが慣性体としての質量の意味だと思う。運動力学で力が掛ると、その対象は力によって加速度運動に成る。もし力の対象が質量体で無かったなら、その対象はどのような運動に成るのだろうか。図の力の概念に示したように、質量M[kg]が力に逆らって速度の変化を受けないような作用があるから力を掛ける側に、対象に作用するという意味が生じるのだ。もし対象に質量がなかったら、加速度と言う概念は存在しない。加速度の存在しない『力』の概念は力にはなり得ない。

電荷と力

図1.電荷と電界と力

さて、電気物理学では『電荷』がすべての電気現象の理論的論拠となっている。電場に『電荷』が有れば、その『電荷』はその点の電界強度によって『力』を受けると成っている。(1)式のように、空間にある電荷集合体+Q[C]が有れば、その周りの空間は立体空間全体に電界強度E[V/m]で定義付けられると成っている。その空間に、他の『電荷』が存在するとその電界Eによって力を受ける。電荷が-q[C]とすれば、(2)、(3)式の力を『電荷』が受けると言う。(3)式が有名なクーロンの法則の式である。なお (r/r)は座標ベクトルrの方向を示す単位ベクトルの意味である。荷電粒子が電磁場で力を受けて運動する現象は実際にあるから、確かに間違いとは言えない。しかし、上に示したように、『力』の概念で述べたことも間違いではない。質量がなければ、『力』は掛からない。『電荷』に慣性は無いから、それは『力』の対象にはならない筈だ。もし力が掛れば慣性のない『電荷』は直ちに無限速度で飛んで消えて、運動論の対象にはならない。前にも、荷電粒子加速と電磁力 (2015/01/31)で問題にした。今回不図した思い付きで、『力』の概念について気付いたことが質量の慣性と言う意味であった。クーロンの法則を斬る (2013/01/06)で『電荷』とその上の(3)式の否定を論じた。今回はっきりと納得できたのが質量の慣性と言うものによって初めて『力』が意味を持つという事であった。それなら実際に電磁場と言う空間での荷電粒子加速現象はどのような意味なのかという自然世界の認識の課題である。実際の電磁場での粒子加速運動論には必ず質量を必要とするから、電子にも陽電子にもすべての粒子には必ず質量が付帯している。そこで一応運動力学論としての辻褄が合わせられている訳である。しかし電気回路の電流論に成ると、電流の単位アンペア[A]=[C/s]には決して質量は必要ないから、『電荷』だけで論じられることになる。この『電荷』と『力』の問題は、世界で実施されている荷電粒子加速実験の理論的根拠の問題でもあろうかと考える。

電荷と電磁場

もう一度電荷とその電界の意味を取上げて考えて置きたい。『電荷』の意味を考える時、とても不思議に思うことがある。或るプラスの正電荷の集合体が空間にあると設定されて解説される。クーロンの法則に直接関係する電磁場の論考に於いて、どのような原理で同一の符号の『電荷』が集合し得ると考えるのか。同一符号の『電荷』は離隔距離の2乗に反比例して強力に接近は拒否される筈である。子供達に教える教育の場で、クーロンの法則が取上げられて、説明される時には同一『電荷』の集合は排除されると教える筈である。しかし、図2.のようにいとも簡単に『電荷』の集合体で理論の解説が成される。これも科学論の不思議と言わなければならない。その時の集合電荷の離隔距離はおそらくゼロの意識で論理展開しているのだろう。ゼロの2乗分の1は無限大の排斥力となる。この事は教育者側の科学論の論理性の問題としても無視できない矛盾論の筈であろう。それはさて置き、問題は電荷周りの電磁場の意味である。図2.電荷とエネルギー のように空間の誘電率がεo[F/m]とすると、その空間のエネルギーをどのように理論的に解釈しているかという問題である。係数が(1/2)の問題はさて置くとして、一応wr=(1/2)εE^2^ [J/㎥]のような電界のエネルギーが空間にあると解釈する筈である。『電荷』からの空間距離rの関数として、『電荷』周りにはエネルギーが分布していると解釈してよかろう。しかし、物理学理論で空間の解釈をする時はこのようにエネルギーを認識している筈であるが、荷電粒子加速などの場合には、この空間エネルギーをどのように解釈しているのかはハッキリしていないようだ。このエネルギーの問題は理論物理学における『電荷』の概念の捉え方に関わる問題であるから。と言うのは、このエネルギーが空間に存在していると解釈するかどうかが最初に問わなければならない問題なのである。そのエネルギーは電界がある限り、空間の無限遠までも希薄になっても存在することになるからである。空間に存在すると解釈するなら、そのエネルギーを理論物理学ではどんな物理量と考えるのか。即ち『電荷』の一部なのか、『電荷』と無関係のエネルギーなのかと言うことを問う問答なのである。この解釈・考え方は至極幼稚な素人的素朴な疑問なのである。しかしこのような考え方が、理科教育・自然科学論に求められて居る易しさの科学論の姿勢であると考える。高度な数学的理論展開では、市民が理解し、納得する自然科学論にはならないから。本当の自然科学論は日常用語で解説できなければそれは正しいとは言えないのだ。何故このように『電荷』とその周辺空間のエネルギーの問題を論じるかは、高度な理論を展開されている専門の方々こそお分かりの筈であるから。ついでにもう一つ図2-1.電荷と力とエネルギーとして、単位電荷が空間に分布していたとする。この場合は、『電荷』間には複雑な力が掛ることに成り、その空間のエネルギー分布も正と負の電荷によって、種類の違うエネルギーが存在すると解釈するべきなのかなど理論的に決まりの付け難い問題が残るようだ。本来エネルギーには『正』と『負』は無く、ただ『エネルギー』が存在するかどうかの問題であるから。そういう意味で、物理学理論の易しい解釈を求めての論考である。易しい理論的解説は難しい数学や数式は必要がない筈だ。『電荷』が『エネルギー』を持っているか、いないかを答える事ぐらい難しい事ではなかろう。結局『電荷』とは何かを問うことである。電気磁気学、電気回路論あるいは電気工学のそれぞれの解釈の場で、『電荷』が如何なる実在量かの描像を示す事が求められていることと思う。それは次の謎解きの話になろう。

理論と電磁現象の間の謎解き

波形観測に欠かせない電気製品にオッシロスコープがある。電子銃からの電子ビームを平板電極間に通すと、その電極の電圧信号に従って、電子ビームの方向を制御できる。蛍光面にその制御されたビームの軌跡が波形を描く。その原理が電子電荷の空間電界による制御と解釈される。これが科学技術の電磁現象解釈原理となる。技術としてはその原理を理解することが必要であり、それだけで十分立派な電気技術者の仲間に入れる。教育もその意味で技術理論の習得への期待が国家の教育方針とされてきた。それはそれで良かった。『電荷』と言う概念を考え出して作り上げた意味はその為に有効であった。ところが、その科学技術用の理論を深く突き詰めると、とても曖昧で、論理性に絶えない矛盾が潜んでいることに気付く筈だ。科学技術教育ならそれでも良かった。しかし、自然現象を説き明かす物理学理論となれば、その矛盾を抱えて頬被(ホウカブリ)したままやり過ごす事はできない筈だ。ではそれはどんな矛盾で、何故理論が論理的で無いと言うかを説明しなければならないかも知れない。聡明な皆さんは既にお分かりの筈であろうが。その曖昧さを取り除くには、『電荷』が理論に絶えない概念であることを理解しなければならない。 f=q[v×B]+qE [N] の式で解釈するローレンツ力の力が掛る対象は電荷q[C]である。その式は質量が無い式だ。荷電粒子にこっそり質量が有ると条件付けられてはいるが、それは運動論を展開するには質量がなければ無理だからである。しかしあくまでも力の掛る対象は原理の式には『電荷』しかない。『電荷』には慣性がないから力が掛る対象にはなり得ないのである。しかし現実は、この式で解釈する通りの荷電粒子と認識する『電荷』のビームが制御される。この論理的不都合を解決する解釈法が一つあるのだ。それが『軸性エネルギー流』だ。電磁場空間内の空間電磁エネルギーの分布を理解する道である。『静電界は磁界を伴う』と言う奇妙な表現内容に鍵がある。電界と言う電場空間は、むしろ磁場空間なのである。磁場空間は磁束がある訳ではなく、軸性エネルギー流の場である。言ってみれば、『電子』も軸性エネルギー流子なのである。エネルギー流空間に電子と言う軸性エネルギー流子が通過すれば、エネルギー流同士の間の近接作用力が働くことになる。過去に載せた関連記事の図を挙げて置く。電子スピンとは?-その空間像-(2011/02/09)

 

 

 

 

 

 

 

素粒子-その実相-(2012/07/31)

 

 

 

 

 

エネルギー流と結合(2018/10/10)

 

 

むすび

問題の解決は『電荷』とは何かに答えることである。それはまた『電子』とは何かに答える事でもある。そこに未来の道が観えて来る筈だ。空間に実在するということは、その空間像を描くことでしか解決できない。抽象的な数式には姿が観えない。軸性エネルギー流は磁場と言う空間の物理的姿を示した空間像である。身近にあるマグネットのNSの磁極近傍の空間に在るエネルギーの流れの様子を示したものが軸性エネルギー流であり、それは磁極の表面空間を流れている回転エネルギー流である。その空間に実在するエネルギーを見ることはできない。それを計測することも、観測することも出来ない。その観えないものを『電子』などと捉えて、科学理論を構築して来たのである。『電荷』概念の矛盾に気づくなら、空間のエネルギーが(心にあるいは感覚的に)観えて来る筈だ。そのエネルギーに関する空間論は観測できないから科学論に成り得ないかもしれないが、そこに至らない限りは自然に心を添えないと言うことであろう。『エネルギー』を認識すれば、自然世界の本質が観えて来る筈だ。以上でクーロン力の矛盾についての論説は終わる。次の記事で、アンペアーの法則の回路電流における電子流の矛盾について述べたい。

励磁電流とは?

励磁電流否定の記事 変圧器の技術と物理 を投稿して。

(2019/04/16)追記。何処でも磁気や磁束は励磁電流で論じられる。元々電線の中に電子など流れていないにも拘らず、磁束まで電流との関係で定義される。ファラディーの法則の式を見れば、磁束と電圧の関係しかない。電流に因って磁束が発生するという意味など、その式には無いのだ。自然科学が科学技術理論で固められ、物理学としての自然哲学が欠落している処に理論の矛盾が放置されて来たと考える。変圧器を例に、巻線の1ターンコイル電圧 eu [v] = v/n [v] (nは巻数)を基準にして考えることを提案した。磁束や励磁電流という技術概念についても、長い技術的評価手法となっている伝統的な磁化特性を取り上げ、その意味の電圧時間積分との関係での解釈を図に示す。コイルの電圧という意味はコイル巻線導体近傍の空間に分布したエネルギー量の技術評価概念なのである。複雑な概念量を統一して捉えることが自然科学論としての未来の姿でなければならない。それを可能にするのは『エネルギー』しかない。励磁電流という曖昧な技術量を見極めて、磁束とは何かを考えて欲しい。なお、磁化特性は鉄心材料によって、図の①や②のように異なる。変圧器などでは特性が良く①に近く、インダクタンスはL[H]無限大とも見られよう。インダクタンスはその電気器具のエネルギー貯蔵機能を評価する空間特性の評価概念である。(2019/05/08)上の図を訂正した。磁束φと磁束鎖交数ψ=nφで、コイル巻数nの関係を訂正した。

気掛かりで、励磁電流とは?とITで検索してみた。1970,000件も記事が有り、様々な解説記事が検索される。変圧器をはじめ発電機あるいは電動機などすべての磁束の発生原理として、アンペアの法則の磁界発生原理で解説されている。変圧器の技術と物理で、せめて磁束発生原因の励磁電流という間違いはやめるべきだと指摘した。50年も前(正確には生命の危機を脱した、昭和46年秋に研究補助を頂いて、ロイヤーインバータでの単相誘導電動機の周波数制御運転をして、産業教育振興中央会の「産業教育に関する特別研究成果 別冊」に載せて頂いた頃)に筆者は既に励磁電流を否定していた。変圧器突入電流という電源投入時の現象も投入位相で電圧零時であれば、設計磁束の2倍程の ∫vdt [Wb=(HJ)^1/2^] の磁束量になるからと『電圧時間積分』で解釈すべきである。