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電磁気学の要-Axial energy flow-

1.はじめに
電気磁気学は自然科学の基礎知識として、その習得が科学技術・理科教育で求められる。力学と相まって物理的学習内容の基本となっている。その教育に基づく共通理解が社会的科学認識の基となるから極めて重要な分野である。社会的な科学常識は、お互いに科学論を展開するに、その共通理解の重要な基になる。『電荷』や『磁束』はその電気磁気学の要の基礎概念として、誰もが共通に理解していると思っているだろう。しかし、その中で『電荷』はじめ『磁束』さえもその実像は突き詰めると極めて曖昧な概念であると考えなければならなくなった。だからそのような基礎概念に論拠を置いた科学論は本質的に矛盾を含むものに見えて来る。現在の理科教育の教科書の内容では真の自然現象理解に極めて不十分な内容であることを認識しなければならない事態になったと考える。その意味を「磁気とは何か」と言う視点で考察し、その曖昧な意味を掘り下げて、電気磁気学理論の持つ不完全さを解説したい。軸性エネルギー流-Axial energy flow-を理解することが電気磁気学の眞髄に到達する要点であることを示したい。この事の持つ意味は、今までの科学常識に因って成り立ってきた専門家の意識改革を迫る極めて重大な社会的問題でもある。

2.原子構造と周回電子像の持つ意味
原子核の外殻を周回する電子に原子の周期特性で捉える役割を担わせた原子像があらゆる科学論の基盤として社会の科学常識となっている。この根源的科学常識を疑い、批判することに成らざるを得ない『電荷』概念否定の道を通って来た。その道の長い思索を通して辿りついた到達点は、あらゆる自然現象が『エネルギー』の空間に展開する姿として認識する事であったと理解した。その意味で、改めて現在の原子構造論の電子周回論はその中味を深く突き詰めなければならないと成った。

(2-1)原子像への疑念 『電荷』否定の論理の行き着く先に待っていたのが原子像への疑念であった。その疑念の具体的な点を挙げれば、次のようなことになろう。図1.で示した原子像は曖昧なまま、どのような規則で表現すれば論理的かさえ理解できないままの一つの参考にとの表現図で示した。

  • 何故電子が周回運動しなければならないか。
  • その電子の周回運動の軌道(立体角4π球面か平面か)と回転速度の方向性を何が決めるか。
  • 電子は粒子とか波動とか極めて曖昧な空間認識像で捉えられ、論理的明確さが観えないのはなぜか。
  • 実在するという電子像の、その質量と電荷の空間像が何故示されないのか。
  • 原子という空間構造体をまとめる『構成力』は何か。

原子と言う極めて極微な空間構造体が世界の構成元素として実在していることは、そのこと自体が不思議で有っても、疑いはない。その中味を解剖して明らかに示す事はおそらく無理な話であろう。だから曖昧さは残って当然と考える。1911年以降にようやく原子の構造の論議が始まったのだろう。J.J.Thomson の陰極線発見(1898)が電子として認知されたことが原子の周回電子像の基になったのであろう。その後の量子理論が決定的に電子に電磁気現象すべての舞台で、主役の役割を担わせたこととなったと思う。単純な電気回路のオームの法則さえ導体電線の中を電子が流れる解釈が決定的な電気回路常識となって、現在の科学論の基礎となっている。量子力学での電子には必ず質量が付きまとった素粒子となっている。運動エネルギーでの解釈に質量が必要だから。然し量子力学で伝導帯を自由電子として電気エネルギーの伝送の役割を担っても、電気回路になれば電子が金属導体中を流れるが、電荷だけしか必要としないから質量の意味はどこかに消え失せてしまう。電子とは質量と電荷の混合粒子と思うが、電気回路では電子流はアンペアと言う電荷の時間微分しか意味を成さない事になっている。電気回路では電気エネルギーの伝送速度は光速度に近い筈だが、電子では決してその光速度でエネルギーを伝送する役割の責任は果たせない筈だ。それでも質問が有っても難しい量子力学を勉強してから考えなさいと説明逃れがIT等の質問に多く見られる。電気回路の現象が光速度でのエネルギー伝送として説明できない事は、電磁気現象を本当に理解していることにはならないのだ。そんな単純な日常生活に関係した電気回路の意味から考えても、原子構造論の周回電子論はとても信用出来ないのだ。

(2-2)共有結合に論理性はない 高等学校の1、2年生の時に化学を習った。原子結合で共有結合と言う負の電子同士が誠に魔法のような理屈で互いに結合の担い手となることを教えられた。クーロンの法則の同じ電荷間に働く排力が、何故共有結合ではその訳が説明されずに、無視されるのかと言う疑問が消えない。何故負電荷同士の電子が結合の役割を果たし得るのか。まさか電子質量間に働く万有引力でもあるまい。基本的には電気磁気現象が原子構造体を構成する理論であると考えれば、原子間の結合を担う『力』とは何かと言う疑問になる。また、その基となる原子その物を構成する力は何かとなる。核の結合そのものも『力』が必要な筈だ。陽子と中性子の結合論には中間子論があるが、その意味を理解するだけの能力はないし、電磁気現象としての解釈では理解困難な様に思う。原子間、分子間あるいは原子等の構造体を構成するにはどんな『力』が必要なのか。

  力としてpdfで挿入した。初めて試してみたので見難いかもしれない。中に(3)式として『質量力』などと言う力を入れた。何も特別な意味ではなく、万有引力と言う意味を質量間に働く力と言う意味で表現しただけでしかない。丁度二つの電荷が空間に有れば、電場が生じ電界ベクトルと電荷間に働く力と言う空間像と同じ意味で捉えだけである。たとえば地球と言う質量が有れば、その周りには重力場と言うベクトル空間が有ると看做すだけである。ただそれは、自然現象として空間を解釈する万有引力と言う理論が『眞』であるかどうかは別問題であろう。 電荷間の力の解釈と同じ意味で(3)式は万有引力の一つのベクトル表現法でしかない。(2)式の磁荷mは物理学理論でも実在しないと成っている。(1)式の『電荷』q[C]も否定すれば、一体どんな力を世界の結合の力として捉えれば良いかとなる。もちろん(3)式の質量力などは論外であろう。 そこに「磁気とは何か」と言う事を尋ねなければならない問題が浮上する。

3.磁気とは何か それは「磁気の本質」を問うことになる。電気磁気現象の要が『磁気とは何か』に明確な認識を持つことである。2つほど問題を提起したい。

  • コンパスは何故磁界の方向を指すのか。
  • マグネットを向かい合わせると、そのギャップlの長さに因って何故磁気力が変わるのか。その物理的原因は何か。

電気磁気学では、磁束量φ[Wb]が磁界解釈の基礎概念となっている。ファラディーの法則として、電気理論の根幹を成す重要な概念でもある。アンペアーの法則として、電線導体電流との関係でも重要な磁束で、欠かせない基礎概念であるとの意識にある。インターネット検索でも専門的な解説がある。電子スピンなどと関連付けて解説される。然しその解説に因っても少しも理解できないのは筆者だけだろうか。マグネットから空間に磁束Φが放射(?)されている図で表現される。磁荷は存在しないが磁束が存在するとは、その磁束は何が創りだすのかとなる。変圧器のファラディーの法則から、そろそろ磁束が励磁電流によって発生するなどと言う間違った解釈はやめても良い筈だ。磁束はファラディーの法則の式の積分形で『電圧時間積分』で決まることを知らなければならない。然しだからと言って、それで磁束が自然界に実在する物理量だと決めつける訳にはいかない。磁束も電流と同じく、科学技術概念としての人が創りだした便利な解釈用の概念でしかないのだから。それでは本当は磁束とは何をそのように概念化して利用しているのかと言うことになる。そこが重要な点であり電気磁気学の要となるのだ。答えは空間のエネルギー流でしかない。それは軸性エネルギー流-Axial energy flow-である。巷の解説では、電子スピンと言うが電子がマグネットの表面でスピンをしてその電子から空間に磁束が伸びていると言う意味であろうか。その磁束とは空間にどのような実体を成すものと認識しているのか。コンパスが磁界の方向を向くと言う現象も、やはり力が働いたから向きが決まる訳である。この軸性エネルギー流と言う概念は物理学理論ではなかなか受け入れ難いものであろう。それはもともと物理学には空間にエネルギーが実在すると言う認識が無いように見受けられるから。物理学理論では質量が無いとエネルギーが論じられないように思う。電気コイルの磁気エネルギーと言う時、そのエネルギーは空間の何処に存在していると解釈するのだろうか。コンデンサのエネルギーと言う時、そのエネルギーはどこにどのようなものとして存在していると解釈するのだろうか。電荷はエネルギーには成れない筈だ。磁束もエネルギーではない筈だ。マグネット間のギャップ l が小さくなれば、磁石の引き合う力は強くなる。何故強くなるのかの意味を説明しなければならない筈だ。磁束が太くでもなると言うのだろうか。それでも説明には成っていない。物理学理論でも、電気技術論でもマグネットの表面の磁束密度は一様と仮定すると言う条件を設定するのが一般的である。そこが間違いである。マグネットギャップを変化させると、ギャップ内の磁気模様が全く変わってしまうのである。ギャップを狭めて行くと磁場の強い処はマグネット周辺に移動し、中心部分には磁場は無くなるのだ。磁場一様等と言う条件は成り立たない事を知らなければならない。磁場とは磁束などと言う線束が有る場ではないのだ。ハッキリ言えば磁束など無いのだ。ただエネルギーがマグネット軸に対して回転して流れている現象なのだ。それを軸性エネルギー流と名付けた。要するに空間に質量など無関係に、『エネルギー』が実在している認識がなければならないのだ。光の空間エネルギー分布流と同じ意味である。光のエネルギーを振動数で解釈している限りは、電気磁気学の眞髄には到達できない。

4.磁界の空間像 磁界とは『軸性エネルギー流』である。図に表せば次のようになる。図のマグネット棒と磁界の関係。それはマグネット近傍空間には左ねじの尖端をN極として、ネジを回して進む時の回転方向にエネルギーが流れていることを示す。この回転エネルギーが地球の表面にも流れている訳で、地磁気が具体例としての考える論題としてよかろう。地球の磁気は北極がマグネットのS極で、南極がマグネットのN極である。地球表面を自転の向きに即ち東西南北の東向きにエネルギーが流れていることを知らなければならない。地球の自転が何によって起きているかは、そのエネルギー流が何故在るかを理解することが出来れば分かった事になるのだろう。その自転の物理的意味について解釈を下す事は科学論か哲学か悩ましいこと言えよう。兎に角、このマグネット近傍空間のエネルギー回転流が磁場と言う概念が持つ空間の意味である。光が空間を光速度で伝播する空間エネルギー密度分布波と捉えることと繋がる意味でもある。この質量に関係ないエネルギーの実在性を空間に認識することが電気磁気学の要となるのである。

5.ギャップに因る磁気力の変化およびコンパスの指示の訳  (3.磁気とは何かの答)マグネットの引き合う力は不思議だ。検索すれば、その力の原理を知りたいと質問がある。然し、その解答は的確な説明とは言い難い、何か誤魔化しで逃げているようにしか思えない。残念であるが、本当は分かりませんとでも答えて欲しいのだ。解答者も教科書の解説を習得したからと言って電気磁気現象の眞髄を分かっているとは言えないのだから。決して磁束(自然世界に実在する物理量ではない)と言う科学技術概念では、マグネット間の空間にある『エネルギー』の姿は理解できないのだから、ギャップの長さで磁気力が変化する意味は分からないだろう。教科書に無い意味磁界・磁気概念の本質の記事の意味を知らなければならない。次にコンパスが磁界の方向を指す訳は何か?それも同じような原理の力の問題である。磁束がコンパスの中を通って空間の磁場の磁界と繋がるから、その方向を向く。と解釈して良いのだが、磁束が実際に実在する物理量でないと言うことを認識すれば、その解釈ではやはり正しいとは言えないだろう。試験問題でコンパスがどの方向を向くかという問題なら、磁束の考え方で正しい答えは得られる。知識としてはそれだ宜しいのだ。自然現象を理解するという意味には、この例のように答えられればそれでよいという考え方と、もっと自然世界の本質・真髄を知るべきだという考え方と多様な意見がある筈だ。それは一人ひとりの生き方の問題となるのだろう。磁気が軸性エネルギー流の目に見えない現象だと言うことを知ることに因って初めて、広い電気磁気現象の意味が矛盾なく理解でき、心から安心した納得に至れるのだと思う。それが安堵と言うものかも知れない。地磁気とコンパス(2012/09/13) が一つの解答となろう。

6. 磁気原子像と原子結合 『電荷』否定に因る原子像はどんな姿か。今年は原子周期表の記念の年らしい。8の周期性で特性が決まる原子を周期律表でまとめられた意味は驚嘆に値する知見と言えよう。その周期性から原子構造が周回電子像で解釈される結果に現在の原子構造が共通理解の基を成して来たと思う。周期性は他の原子との結合特性から認識出来るものでもあろう。原子が結合するのは原子の表面が互いに他の原子との安定した接合面を持つ事が出来るからであろう。もし周回電子が原子結合の任務を担うとすれば、その電子は立体角4πの原子表面をどのような道筋で回転運動をしながら、となりの原子と安定した接触面を保てると考えるのだろうか。その空間運動状況を原子結合に結びつけるには、原子核が周回電子の運動を可能にする何次元ものスピン運動をするか、魔術師か忍者の雲隠れ抽象空間を想定できるようでなければ、電子の運動と結合面の空間像を頭に描くことは無理じゃなかろうか。こんな論議は決して科学論の場では誰もが取り上げたくない事だろう。それは教科書の指導内容と異なる反社会的のことで、教育体制に混乱を生むから。科学論は現在の教科書の指導内容の枠からはみ出さないようにしなければならないとの意識が無意識的に思考の根幹を支えているのだろう。まさかこんな基礎の科学概念が否定される筈はないと誰もが教科書の指導内容や科学常識を信じているから。

(6-1)ダイヤモンド結合 炭素は結合手が4で、宝石のダイヤモンド共有結合や有機分子のベンゼン核など結合の代表的な論題となる元素であろう。炭素同士の強固な結合が抽象的な原子表面上の軌道周回運動電子によって生まれると言う曖昧な論理を何故信じなければならないのか。また炭素原子表面は空間的に4面体(直方体)か球面を4等分した接合面と看做すべきだろう。従って、有名なベンゼン核の亀の甲羅の平面的な六角形の構造が何故出来るかにも論理性が観えない。原子結合面は空間的な立体面から出来ている筈だから、結合手が2本と1本でのベンゼン核表記法は有り得ない。まずい記事ながら、参考に炭素結合の秘め事を挙げて置く。

(6-2)マグネット原子構造 軸性エネルギー流と言う空間のエネルギー像は『電荷』に代わる電磁結合の統一的理論構築の未来像になると考える。結合エネルギー:不思議の砦 (2018/12/02) で示したマグネット結合の図を再掲したい。マグネット同士を接合すると、接合部でのエネルギー流は隠れるように思える。砂鉄に因ってある程度は確認出来よう。このマグネット同士のN、S間での結合が原子結合の結合手になるとの解釈論を2009年に発表した。その時の図を示したい。

『電荷』否定は陽子、中性子などの素粒子の電荷概念の否定だから、当然原子核内もエネルギー粒子と捉えなければならなくなる。その核のエネルギー粒子の影響がそのまま原子表面に現れると言う考え方を取る。その結果の原子結合は当然の帰結として、図のようなマグネット結合になる。

7. むすび 2009年日本物理学会秋季大会で、“電荷棄却の電子スピン像と原子模型”の標題で関連の発表をした(日本物理学会講演概要集 第64巻2号1分冊 p.18. )。それは丁度10年程前の解釈である。今振り返っても、その内容は現在の認識と殆ど変らないようだ。10年間の思索を通して、よりこのマグネット結合原子構造の解釈に強い確信を得ている。電気回路の電磁エネルギー伝播現象即ち電気磁気学の実像を光速度伝播特性として理解出来たからだ。『電荷』や『磁束』が科学技術解釈概念だと言う意味は、それらは自然世界に実在する物理量ではないと言うことであって、物理学と言う自然世界の真理を探究する学問で使う用語・概念としては適切でない事になる。

論文: 25pWD-13 “磁力密度 f=rot(S/v)” 日本物理学会講演概要集第63巻1号2分冊 p.310.(2008) 。これは磁気がエネルギー回転流であることを論じた論文である。このいわゆる電磁力と言う力については、長岡工業高等専門学校で、既に履歴書が『以下余白』として消されたままの1年8カ月後(?)の昭和62年3月末に、『静電界は磁界を伴う』の電気学会発表の準備中の深夜の睡眠途中で閃いた思い付きであった。その後、「電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察」電気学会 電磁界理論研究会資料、EMT-87-106.(1987) に(29)式として記した。それは静電界と言うコンデンサ極板間に電圧に応じて、コンパスの指す磁界方向が変化すると言う電磁界現象が存在する事実の理論的解釈論として示さなければならなかったのである。コンデンサ内も電磁エネルギーの流れによってその現象・状況が決まると言う実験結果に基づく発見事実である。ここに科学基礎概念に対する意識革命の必要性が隠されている。

(付記) 関連記事。電気回路理論と電気磁気学の関係(2017/12/06) 。電磁力の本質(2017/10/17) 。

 

 

半導体とバンド理論を尋ねて

追記(2018/05/16) 反省を込めて追記。既に前に同じような記事を投稿していた。半導体とバンド理論の解剖 (2014/01/25) である。さらに太陽電池の解剖 (2014/02/06)にも有る。辿れば、その前年のトランジスタの熱勘定 (2013/01/30)から始まっていたようだ。そこで、電気エネルギーと熱エネルギーが同じものであると考えていたようだ。現在は、『電荷』概念では自然現象の本質を理解することは無理であるとの認識にある。このトランジスタの熱勘定で論じた意味が極めて大切なことを示唆していたと思う。荒っぽくて、反感を買うようの記事が多くて誠にお恥ずかしい。2013年には「量子力学」とは何か?電子科学論の無責任など。

半導体の電子とは? 電力技術における電子の意味を尋ねて30年以上過ぎた。結論は『電荷』も自然界には実在しないと確信するに至った。それならば当然電子も『電荷』などとは関係ないことになる。電気回路の金属導体中を電子が通り、電流になると解釈されている。ただし、筆者は電流は流れず等と言ってきた。だから以下の記事も科学論として認知されるようなものではないかも知れないが、市民や電気の初学者が疑問に思うことに対する『問答』としての価値は十分にあるものと思う。言わば統合的な理屈の自然科学論として見て欲しい。専門的な領域を超えた論理として。さて、現代物理学理論の根幹を成すものに量子力学がある。その代表的な適用が半導体である。半導体の電子のエネルギーレベルとその動作領域の抽象的認識概念が理論構築の原点になっているように思う。フェルミ準位がその要のエネルギー基準値として存在することになっているように思える。そのフェルミ準位は半導体の物性特性に因って、そのエネルギーレベル(電子のエネルギー量)が何ジュール[J]、あるいは何[eV]と決まった値があるのだろうか。

エネルギーバンドとフェルミ準位 電気工学、電気物理と同じ電気エネルギーを取り扱うのに、その専門分野ごとに理論的解釈法や概念がまったく異なる。ただ、原子構造については原子核とその周りを回る電子から構成されているという解釈は自然科学論の基本原則として世界の共通認識になっている。原子構造が科学論の原点にある。『電荷』否定はその科学論から除外されてしまう。永年電力技術で感覚的に身に付けたエネルギーの実在性が染み付いた論理構成の習慣が『電荷』概念の曖昧性に拒否感を抱くようになってしまった。電気物理での半導体の電気現象解釈理論はバンド理論で、正しく原子構造論の電子のエネルギー論を論じているように思う。それは『電荷』概念に基づいて理論構築されている。半導体結晶は基本的にダイヤモンド結合の構造と解釈されている。電子による共有結合が基本になっているように思う。原子核の周りをどのような速度で電子が周回運動をしているかは分からないが、それぞれの電子が回転し互いの隣り合う原子同士の間では、核の周りは複雑な電子回転に伴う『負電荷』の空間場になっているように思われる。単純な電気理論から考えると、負の『電荷』の空間場で、隣り合う原子同士の間でダイヤモンド結晶になる訳が理解できないのだ。電子が回転しながら隣の原子同士が結合する姿が現実世界の空間概念で描けないから理解できない始末にいる。そんな理解能力の無い者が現代物理学理論のバンド理論の意味を考えるなど誠に恥ずかしい極みではある。しかし、初めてバンド理論を学ぶ若い方々も同じような疑問を抱くのではないかと思うので、少し考えを述べてみたい。電気材料を導体、半導体および絶縁体と三つに分けてバンド理論の基礎が説かれる。全てに価電子帯と伝導帯がある。半導体と絶縁体にはその帯の間に禁制帯と言うバンドギャップが存在する。それらのバンドの『帯』と言う幅で表現される意味は電子の持つエネルギーの量の大きさに関係したように見受けられる。電子が回転運動していることに因る運動エネルギーの量の大きさを意味しているのかと思う。電子には質量があるから、その御蔭で運動エネルギーの解釈だ可能である。水素原子は原子構造が単純だから、電子のエネルギー量は基礎物理学では良く算定されて議論されているが、シリコン原子の電子になれば、その運動エネルギーは算定は可能なのだろうか。どの程度の回転速度になるのだろうか。その算定が出来て初めて、新しい半導体の技術開発にバンド理論の意義が生きて来る訳と考える。決して理論が理論の為の理論であってはならない筈だ。『電荷』の実在性はその理論構成に具体的に生かされてこそと思う。リン(P)やヒ素(As)の不純物が添加されると実際の電子のエネルギー量はどの程度のジュール[J]になるのだろうか。

太陽光発電理論と電子 量子力学の理論として大まかに理解している事は、原子や分子にエネルギーを与えると、原子の外殻周回電子がそのエネルギーを受け取って、電子の質量の運動エネルギーの増加を来たし、遠心力と釣り合う様な電子軌道の膨らみを来たすと理解している。光などのエネルギーが電子の運動エネルギーとして吸収される訳をどのように理解すれば良いかも分からないので困惑している。更に何らかの原因で逆に電子の軌道が下のレベルに落ちると光としてエネルギー放射を来たすらしい。勝手な解釈と言われれば、致し方ないが電子の運動エネルギーと光との変換過程が理解できない。量子力学の基本理論を理解している訳ではないが、太陽光発電での半導体は太陽の光を吸収して、電気エネルギーに変換する発電機能設備である。発電パネル内で、電子が光エネルギーを吸収してエネルギーの高い状態で伝導帯に入る。その伝導帯では電子が自由電子となり、原子の束縛から解放されると解釈して良いのだろうと思う。伝導帯の電子はどの程度のエネルギー増加になっているのかを知りたい。発電パネルから次は電気回路を通して負荷に電子はエネルギーを運ぶのかと理論のつながりを考えるのだが、電気回路内の電子による電流概念となると、どうも電子はエネルギーを担う役割は想定されないことになっているようだ。一体半導体内で光エネルギーを受け取ったかと理解するが、回路理論になるとそのエネルギーを担う電子と言う概念は無いようであるため、どこか論理的な繋がりが無いようで理解に苦しんでしまう。もう一度述べる。量子力学における半導体のバンド理論では原子の周回電子のエネルギーの増減を論理構成の基本に据えている。伝導帯の電子は増分エネルギーを電子質量の運動エネルギーとして余分に担ってエネルギー供給機能を果たす役割が期待されているようだ。そこでの電子は速度の増加としての特別の電子になるのであろうか。次に半導体理論によって理論付された電子に関係して、その太陽発電パネルをエネルギー源として捉える電気回路理論では、折角のバンド理論で担ったエネルギーの増加分を電流の根拠である電子には求めていないのである。当然のことであるが、電気回路論では電子に質量に関わる概念は意味を持たないから、電子における『電荷』と電界との間の電気磁気学理論に基づく論理しか考察対象には成らない。だから原子構造論における電子エネルギーに関する運動エネルギーは全く無意味に成る。総合的に全体を見渡した時、半導体パネルで受け取った太陽光エネルギーは電気回路のエネルギー伝送にどのような機能で関わり、負荷に太陽光エネルギーを供給することになると考えるのだろうか。『エネルギー』を基本に考えると、太陽光線も電気回路を伝送する電気エネルギーも負荷に供給されるものも、みんな同じ『エネルギー』でしかないのである。電子の『電荷』は理論的に『エネルギー』を持ち得ないのである。

過去の関連・関係記事 今迄に取上げた考察記事は半導体、電荷およびエネルギー論については次のようなものがある。

哲学と科学

哲学と科学の違いは?と検索に多くの記事が出ている。それだけ違いが分かりずらい主題でもある。だからみんなはっきりと理解したいと思うのだろう。しかし、解説記事を見ても殆ど満足する人はいないのじゃなかろうか。科学とは何かと簡単には答えられないだろう。更に哲学は人の精神活動に関わる上に歴史の社会状況を踏まえた深い考察が根底に無ければならず、科学以上にとても広い分野を網羅するものであろう。最近頓に思う事がある。それは今まで考える事が自然科学についてだと思っていたが、どうも科学に対する科学界の一般の問題意識と全くかけ離れた処を自分は彷徨っているようだと思う様になった。それは科学論なのかあるいは哲学なのかと分からなくなってしまった。解らなくなったところで、その分からない中味を分析して、哲学と科学について考えてみようと思った。何の社会的評価も特別の専門的評価(博士など)も受けていない者が論じることに賛同は得られないかも知れないが。

哲学は科学も包含 哲学は科学の基盤を整える。博士・博士号はPh.D. でDoctor of Philosophy の略であるように、哲学の無い科学は無いのであろう。最近は極めて狭い専門分野で博士号を取得できる体制に成っているようで、何とも言えない状況だ。自然科学に対して自然哲学と哲学に自然を被せた使い方もある。自然哲学と言う表現でどのような意味を持たせるのかは分からない。哲学と科学を対比させながら、その違いを明らかにするのはとても難しい予感がする。それには少なくとも科学とは何かがハッキリと捉まえられていなければならない筈だ。そこの処で困難な壁に突き当たる。その科学とは何かを考えることが既に哲学に成るように思うから。『電荷』が実在し、しかもそれには『正』と『負』の違いがある事を誰が観測し、証明したのか。正と負の『電荷』をどのような空間像と認識するのか。自然科学の根本原則まで問わなければならなくなる。科学論の根本を解剖する論証は哲学であろう。放電管の放電現象を観測しても、陰極線は観測されるが、陽極線(正極線)が観測されたという報告は無いのじゃないか。それなのになぜ『正電荷』が存在すると成っているのか。誰が『正電荷』の存在を確認し、証明したのか。今でも電気回路の『電流』に関しては『負電荷』の電子のみしか解釈に関わっていない。しかも電子は『電荷』と『質量』の両方で構成された複合素粒子概念で解釈されている。このように科学論の根本原理になる程曖昧性が色濃く成る。

科学と哲学の違い 科学論の根本・原理を科学論の論理性を持って解剖する分析法は哲学になると考える。科学と哲学を論じるには、科学の本質を暴きだす作務がなければならなかろう。そこには科学の本質をよく知り、それを洞察する眼力が欲しい。それは東洋哲学の特徴的な『削ぎ落とし』の思考になるのではなかろうか。『不立文字』への覚悟。捉え難い『エネルギー』の何たるかを問う必要があろう。

電気理論は手品師の世界

理論は真理か?何か手品師の舞台を見ているような感覚の世界だ。
『瞬時電力』とは何か? 『瞬時値』と言う物理量を捉えることが現象のより深い理解につながるかという考えで、その用語を多く使って来た。本当の意味を考えて使って来たかと自分に問えば、殆ど感覚的により真相に近いだろう位の思いであったのかも知れない。
科学理論と言う論理的な厳密性で構成されているとの理解の中で、より根本的な誰もが常識として共通に納得している事象や用語でさえも、その意味を自分は分かっているのかと自問すると、不思議にも分かっていない事に気付く。それも十分分かっていると自負していた電気現象に関わる話でさえも。

瞬時電力とは? IT検索すると、その意味を尋ねる質問者が居る。電気回路の電圧や電流波形はオッシロスコープで観測できる。電圧や電流の瞬時値は波形として見慣れているから、その意味など全く気にもしないで、瞬時値と言う電気量の定義など疑いもしない。

瞬時値の単位と時間 瞬時電力p[W]は波形観測が出来る。単位はワット[W=J/s]である。瞬時値とはどの程度の時間感覚の意味なのか?瞬時だから、時間の長さは『ゼロ』でないのか。

瞬時値と単位と時間 (1)回路と測定の電圧計、電流計そして電力計の測定値V[V] 、I[A]および P[W]は十分長い時間での平均値のような『実効値』を計測している。しかし交流回路であるから、それぞれの値は時間的に変動している訳で、その波形の各時間における値を瞬時値と言っている。回路の瞬時値波形は抵抗などを通して簡便に測定できる。瞬時電力p[W]は掛算に因らなければ波形は得られない。電力の単位[W]は図(2)瞬時電力波形のpの単位も[W]である。電力と言えばワットである。そのワットと言う意味は何かと考えて見る。ワットが流れている訳ではない。流れるのはエネルギーのジュール[J]であろう。[J/s]とはどういう意味か?エネルギーが流れると考えれば、時間当たりとなる。しかしそれでは何か『瞬時値』と言う意味と感覚的にも腑に落ちない。結局の結論としては、瞬時値であるからある時刻における時間微分値と言う意味としか解釈のしようがない。瞬時電力p= lim _⊿t→0 (⊿E/⊿t)=dE/dt[J/s]としか捉えようが無い。となるとdE[J]とはその線路点のどのようなエネルギーを意味しているかと、また疑問となる。ここまで自己を追い詰めて、疑問の渦に自分を引き込む。抜けられないかと不安が解決策を見つけ出してくれる。不思議だ!それが次の話になる。科学技術の競争と言う世界から離れた場所だ。

電力の物理的意味(自分への問答) 正しくこの電力p=dE/dtの意味が手品師の隠した「種」に思えて来た。誠に不思議の極みである。位置x点での電線路空間のエネルギー分布dE(x)がその意味を隠している。『光速度伝播』が電気理論の隠した種でもある。『エネルギー』と『光速度』、この二つが種明かしの要だ。dt=dx/c[s]にあり。距離dxと時間dtの関係を支配するのは『光速度c』だ。電線路空間距離位置x点における瞬時電力はp(x)=c dE(x)/dx の『エネルギー』の空間分布の勾配である。昭和62年の『静電界は磁界を伴う』のマックスウエル電磁場方程式の解釈に適用した『エネルギー』と『光速度』の関係と同じ解釈につながっている。とは言っても新たな疑問が待っていた。

思考実験―単相電線路の瞬時電力とは?- 単相交流回路は一般にはその亘長を考慮する必要が無い。だから電線路電圧は電源から負荷端まで同じ電圧と考える。もし少し電線路の長さが長いとしたら、その回路の電気現象をどのように捉えたら良いだろうか。電源は電線路の電気状態を電圧と周波数で制御するだけである。電源は負荷の状態を認識できない。ただ電圧保持に必要なエネルギーは電線路の要求に見合う様に供給するのみである。負荷電力が大きければ、電圧保持に必要なエネルギーが多く必要なだけである。50Hzで、相当電線路が長いとすれば、線路電圧は電源からの距離によって異なる筈である。即ち、電線路定数(C[F/m] ,L[H/m])によって決まるエネルギー伝送速度c[m/s]によって支配される。電源からの距離xの地点での電圧値は図のように、x/c[s]だけ遅れた位相の電圧となる。これが電気回路現象を支配する基本原則である。言わんとする意味は、電流も電線路の位置により異なるのである。電線路空間内を『エネルギー』が伝播速度で流れているのであり、或る位置x点での瞬時電力pxはその点の電圧と電流の積で評価するが、『エネルギー』の光速度に近い伝送速度の現象下での認識が必要になる。もし電線路亘長X=3000kmのような場合を考えると、その電圧分布は丁度半波長の波が乗った状態と考えて良いだろう。当然電源での瞬時電力もx点の瞬時電力も、また負荷点の瞬時電力も同じではない。さらに、もし負荷がスイッチSオフとしたら、電源の供給『エネルギー』は電線路の分布回路要素C,Lおよびコンダクタンスgの機能によって支配されるから、帰還する電源への『エネルギー』をどのように処理できるかも問題になる。送電電力系統での開閉サージ電圧が定格電圧の7倍にまで跳ね上がる現象も観測されていると本で読んだ。電線路の『エネルギー』の往復反射での電圧上昇現象である。電気現象を解釈する電気理論は電気工学の電圧、電流概念が如何に便利で優れたものであるかは誰もが否定できない。しかしそれは科学技術の応用としての技術理論であり、自然の物理的本質を唱える理論ではない事だけは理解して欲しい。電気現象の本質は光速度での『エネルギー』の伝播現象であることを。電気回路の電力とは何ですか? (2016/12/16)から考え始めて、今年は電気回路解析の『時定数』の意味を取り上げ、電線路空間の『エネルギー』の振る舞いについて考察した。電力概念も難しいと知った。

課題 電線路空間を伝播する『エネルギー』の本当の姿はどのよであるか?線路定数から、電圧分布エネルギーはCv^2^[J/m] 電流分布エネルギーはLi^2^[J/m]で電線路単位長さ当たりの値を捉えようとしても、その『エネルギー』の電線路空間内での分布などは全く捉え切れない。ただ電気現象の本質を理解するには、電線路空間内の『エネルギー』とその光速度伝播認識が欠かせない。未だ手品師の「種」を明かせない。x点の瞬時電力pxに負荷電力prがどのような関係で影響し、そのエネルギー分布勾配が生じると考えれば良いかなど全く不明である。また、三相交流回路に対して、単相交流の方がその電圧エネルギーの線路往復流に因り原理的には複雑な現象となる。多くを未来への課題としたい。

コンデンサの機能と電気スイッチ

電力回路ではコンデンサは力率補償用設備機器として考えられる。電力回路では実際にコンデンサをそれ程問題にすることは無いでしょう。しかし電気回路の解釈問題としては考えておくべき問題があるようだ。負荷回路にコンデンサを直列に繋ぐことは余りない。誘導性負荷にコンデンサを直列に挿入すれば、R-L-C回路となる。その直列回路で、コンデンサのリアクタンスを大きくするには静電容量を限りなく小さくする必要がある。コンデンサのリアクタンスを大きくすることは回路インピーダンスの総合リアクタンスはマイナスの容量性と解釈すべきだろうか。無限にコンデンサの静電容量を小さくすれば、回路電流は流れなくなり回路遮断と同じくなる。いわゆる電流を遮断する機能を持っているとみることができる。こんな単純な回路の意味を吟味することにも重要な意味がある。元々コンデンサは電気導体が繋がっていない構造を成している。回路としては所謂『電子』の通過を阻止する機能とも見える。電気導体が閉回路を構成していないのである。そんな根本的な意味で、コンデンサの物理的意味を考える考察材料として意義があろう。次の回路を考えてみよう。
1.R-L-C直列回路 ここでコンデンサの電極が離れて、原理的には導体接続を遮断しているスイッチと同じ機能を持っている事を理解してもらいたい。空中の配電線路の2本が離れて平行に張られているのも、見る視点を変えて見れば小さなコンデンサが張られているのと同じ事なのである。

1.直列回路とC  (1)コンデンサ容量をとんでもなく大きな値にした。直列の総合リアクタンスXは9Ωで、誘導性回路となる。(2)はリアクタンスゼロとなる。電源から回路を見れば、純抵抗Rの回路に見える。リアクトルもコンデンサも共に10Ωで、丁度共振状態となる。コイルとコンデンサの間でやりとりするエネルギー量が丁度釣り合って、電源からのエネルギーの関与が無い状態で、電源と切り離された回路要素となる。(3)静電容量を極端に小さくした。C=1[pF]として、そのリアクタンスはX=-3183 [MΩ](負のリアクタンス値) と完全な絶縁状態となる。即ち等価回路のように、コンデンサが回路のスイッチオフの機能を示すことになる。このコンデンサがスイッチのオン―オフ機能を持つと言う意味は、元々コンデンサの電極は離れた導体の遮断状態となっているから、特別な事ではないのだ。ここに、電気回路の『スイッチ』とコンデンサの機能に共通な意味が隠されていただけで、気付かなかったのだ。静電容量が小さければ、電極間の空間に蓄える『エネルギー』の量が少ない訳で、丁度スイッチの接点間の空間に蓄える『エネルギー』が少なくて回路遮断する機能と同じ意味なのだ。スイッチの接点間の空間エネルギー分布に繋がる意味である。それが『物理』である。覚えることで無く、学校教育の目指すべき教育内容は『理解する』である筈だ。本質を捉えることは『一つ』の事柄が広く全体に通じる視点を養える筈だ。
2.RとLCの並列回路 序でに並列回路についてもコンデンサの意味を、電気回路現象の例題として考えておこう。

 2. 並列回路とC  リアクタンス分と抵抗分を分離して考える。コンデンサの静電容量の値を変えて、コンデンサの意味を考えた。(1)は特に容量を大きくした場合で容量性負荷となる。リアクタンスは負である。(2)は共振条件でリアクタンスは無限大となる。従って、リアクタンス回路は定常状態では電源と切り離されたようにコイルとコンデンサ間でエネルギーの遣り取りがなされて、電源のエネルギーを必要としない状態になる。だから等価回路の(2)となる。共振回路の損失があるからそのエネルギー分は電源から受けることは当然であるが、考え方としては電源と切り離されると言う認識で良かろう。(3)のC=1[pF]ではコンデンサの機能はスイッチのような意味になってしまう。だから負荷はL-Rの並列回路となる。

結論 コンデンサの呈する電気現象を『エネルギー』に対してどう解釈するかを考えて来た。従来の伝統的解釈は『電荷』の正と負の概念によって解釈する方法であった。その『電荷』は存在しないと言う科学的常識離れの論を展開し、科学者の顰蹙を買って来たと思う。『電荷』概念に依った解釈法を取れば、空間の『エネルギー』の実体が不明確になり、世界に存在する質量の無い『エネルギー』を認識できなくなる。あくまでも世界は「光」と言う世界の根源要素から出来ていると言う認識に依って、コンデンサの電気現象を論じた。電気スイッチが空間エネルギーの電圧を保持した回路遮断機能と看做す観方で、コンデンサの意味を解説できたと考える。

時定数から観る電気現象

まえがき 気軽に使っていた電気回路の時定数が余り一般的な常用概念で無いようだと気付いた。検索で調べると、過渡現象での応答時間としての意味が中心となっているようだ。オペアンプの電子回路で重要な意味を持っている。序でに古い学術用語集の電気工学編と物理学編を開いてみた。驚いたことにそのどちらにも『時定数』は載っていなかった。電気回路の角周波数ωの意味は?の記事が良く見られている。その訳が『時定数』を使ってインピーダンスを表現している事かな?とも思えた。商用電源周波数ωとの関係での認識は余り無いようだ。ところが少し考えてみると、自分でも意味が分からない事があることに気付いた。そこで、正弦波交流回路での電気現象を時定数に着目して、少し詳しく考察してみようと考えた。伝統的に完成した電気回路解析に時定数を導入すると、また新しい現象の意味が観えて来るように思う。時定数は電気回路要素によって決まる数値であるから、回路の特性評価はその値でほぼ決まる訳で、交流回路解析に利用しないのは勿体ないであろう。そんな感覚で求めたのが等価回路変換の定理でもある。

電気回路実験 こんな実験をしたいと思った。回路要素の値をいろいろ変えて確認したいと。L とC の値は丁度50Hzで共振する値である。R=0で本当に共振するかな~?と思いながら。

時定数とは? 電気回路の中でも余りにも根本的な事だから、物理実験と思ったが、それも相応しくなかったかも知れない。この回路を例にして議論を進めたい。

時定数とインピーダンス 電気回路は例題の図のようにL-R-Cの3つの要素で解釈する。しかしそんなに実際の回路は単純ではない。例えば電気のモーター負荷を考えれば、回路要素で表現するのも難しい。抵抗分Rは巻線の分は測定できるが、実際の動力としてエネルギーを消費している消費電力分を評価するには抵抗値として解釈するが、そんな抵抗がある訳ではない。暑い夏に使う『クーラー』はモーターが冷媒を圧縮する動力の『エネルギー』を利用する家庭電化製品としてお馴染である。今年の日本列島はまた一段と酷暑の様相を帯びている。世界的傾向でもある。便利な『クーラー』は地球加熱機でもあるんだよね。そのエネルギー変換器(電気エネルギーから熱エネルギーへの)の回路要素はやはり抵抗で等価的要素と看做す訳である。回路に在る抵抗とは少し異なる意味を持っている。そんな動力の等価抵抗をも含めて、回路要素の意味を捉えるには、時定数と言う技術概念が便利であろうと考える。そのインピーダンス表現については、電気現象と三角関数に述べた。

時定数と電気特性 回路要素と時定数の関係について、少し考え方と意味を見直さなければならないと思う事がある。今まで、回路要素の次元から無意識的に時定数を捉えて来た。その意味は次のようなものであった。しかし、①,②,③に対して④のようなインピーダンスから得られる時定数まで含めると、今までのような意味だけで単純に解釈できないようだ。

回路と時定数 初めに挙げた実験回路の回路要素の組み合わせでその回路の時定数を図1のように考えていた。①、②および③の様に捉えていた。②のT=RC [s] は積分回路に使われるなど馴染みの時定数である。しかし、正弦波交流回路のインピーダンスとの関係で特別な意味を持っているとは考えていなかった。それが前の記事で述べたように、④のような回路要素R-L-Cの場合には、T=RCと言う定数には余り重要性が観えなくなってしまった。その事を次のグラフで示す。

時定数Tと力率角φ 実験回路の要素値L=67.55mH 、C=150μFで、抵抗R=10 ΩとR=1Ω の二通りの場合の回路特性を計算した。今まで時定数が次元が時間[s]でありながら、正弦波形上では時間の意味を持っていなかったことに、その意味を理解できずにいた。時定数の時間をようやく理解できた。時間t=φ/ω=(arc tan ωT)/ω で時刻の時間に換算されることを理解した。その回路の力率角φと時定数を図2に表現した。電気回路解析上で、今まで隠れていた宝物を探し出したような気分に居る。電気回路が芸術に見える。横軸座標の変数にK={1-1/(ω^2^LC)} を選んだ。Kの範囲は 1から-1の範囲である。K=1の意味はコンデンサの無いR-L回路である。またK=-1の状態はリアクトルが無い、R-C回路である。K=0の場合はCとLのエネルギーの貯蔵容量が等しく、丁度位相反転の状態で、LとCの間でエネルギーの遣り取りがなされ、外部からは無効電力要素が観えない状態である。いわゆる共振現象状態にある。ただ抵抗負荷と観えるだけである。

L、Cと変数Kの間の関係『問答』 グラフの意味を少し説明する。K≧0の誘導性回路の場合のKの変化の意味。抵抗値一定、リアクトルL=67.55mHのままで、コンデンサCの値を150μFから変化させれば、Kは変わる。ではどのようにコンデンサの値を変えれば良いか?実は筆者も戸惑った。解答を得たが、しばらく『問答』として置く。ヒント:K≦0の負の場合は分かり易い。コンデンサの値を150μFのままで、コイルの値を減少して零にすれば良い。簡単で、コイルの巻線を解いて行き、コイルが無くなればL=0となる。その時K=-1である。頭の遊びにコンデンサの場合を考えてみましょう。この関係には、物理的考察の価値があるので別の記事とする。電気工学の『エネルギー』が空間の実在概念として重要であるとの意味を考えてみたい。

時定数と等価回路変換『問答2』 折角等価回路変換の定理を提唱した手前、この問題にその手法を適用してみよう。

等価回路変換 直列回路の要素が並列回路に等価変換できる。先に取上げた等価回路変換定理に従って変換したら、回路要素はL’、C’およびR’のようになる。『問答2』:L’ 、C’ およびR’の算定は課題としておきたい。(ヒント)エネルギーに対して、要素の抵抗分とリアクトル分は互いに関係し合っている。

エネルギー消費と未来予想図(苦い話) 科学技術の恩恵で、過酷な労働から解放され、時間的な余裕のある生活を予想図として描いて来た。しかし労働条件や生活環境は望んだほど良くならず、むしろ自然環境が人の制御できない過酷な状況を呈している。熱中症に気を付ける等と言うことは50年前には全く予想していなかった。それは誰も恨めない己自身の人間が創り上げた地球環境だから。昔の東京オリンピックの頃には春と秋の穏やかな四季を生活のリズムに過ごしていた。来る東京オリンピックが平穏な気候の中で成功して欲しいのだが。地球環境に関わる『エネルギー』とは如何なるものかを考えたい。その『エネルギー』の意味を理科教育で子供達に教えているだろうかと心配だ。電気エネルギーを消費することは、その人が消費するエネルギーと同じ量の『熱エネルギー』で海の水を釜(原子力発電所等の汽力(蒸気力)発電所の復水器)として沸かしていることを知って欲しい。その発電所の熱効率が43%程度で、半分以上が海の加熱エネルギーとして捨てられて、初めて電気エネルギーが利用できることを知って欲しい。さらに利用した『エネルギー』のどれ程かがやはり地球の加熱エネルギーに費やされている。異常気象豪雨は人間が過熱した海の温度上昇の熱エネルギーがもたらしている人工災害でもある事を。電気エネルギーを利用する人間の全ての人が知っていなければならない科学技術社会の基本知識である筈だ。理科教育の社会的課題でないか?

等価回路変換定理の適用例

Yoshihira Kanzawa (金澤 喜平)名前が正しく翻訳されない訳は自分の存在を否定されているようだ。舞鶴鎮守府から帰還していないか?

何十年も専門家としての学術機関に所属することもできず、仕事も無く社会的繋がりなしのお恥ずかしい立場で過ごして来た。普通はそれぞれ専門の研究分野を極めるものであろう。今やっと電気現象の道らしきものが観えてはきたが。本当にどう処すれば人並みの生き甲斐を得られるかの方策も見つけられずに、能力の無さを曝け出して来た。どこかで、『以下余白』のお墨付きを頂いたまま、昭和39年の所属の不可解が観えて来ても人生をやり直す訳にも行かずに今日を過ごしている。昭和62年、63年の居場所もなく彷徨っていた諸行無常の重ね日がそのままに、逸脱者と罵られていた日々を思い出す。今日は少し電気工学の専門的内容で、一つ具体的例題を取上げてみよう。先行きにどんな結果が得られるかも確認せずに思い付くまま書きながら。昨年(2016)の睦月の29日に等価回路変換の定理をここに発表した。この定理は余りにも単純な変換式であるため、どうしてこんな式が得られたかを自分でも不思議に思っている。しかしとても良い変換公式であると感心している。それに関連して、定抵抗回路の問題にも触れることができ、電気回路現象の奥深さにも刺激を受けた。今回はその『定抵抗回路』の問題に等価回路変換の定理を適用して、その具体例から定理の有効性を取上げてみたい。大学の講義では取り上げられないだろうが。

定抵抗回路例 去年初めて、定抵抗回路と言う面白い回路があることを知った。今回はやはり去年電気回路の中に隠れている意味を等価変換回路で見つけた。その回路変換の例に定抵抗回路を取上げてみたいと思った。先ずは定抵抗回路の意味を少し見方を変えて解釈した。

定抵抗回路と時定数 定抵抗回路の意味を時定数と言う回路概念から考えてみれば、分かり易い理由があった。上の回路例では二つの回路ブロックZ_1 とZ_2 が直列に繋がった回路である。単純にそれぞれの回路の電源電圧に対する電流の位相差が時定数に隠れている訳である。Z_1はT_1の時定数の分だけ位相が遅れる意味を含んでいる。Z_2はT_2の時定数によって電流が進む位相になる。遅れと進みの位相回路が直列に繋がれている訳だから、全体で周波数に関係なく電圧に対する位相差がゼロとなると言う意味が隠されている訳である。時定数と言う意味から解釈すれば、定抵抗回路の意味が分かり易くなる。ところが、回路時定数と言う概念の次元を考えると、そこにはまた不可解な意味も含まれているのである。

等価回路変換の定理と定抵抗回路 ここでR-L-Cの直列回路を定抵抗回路への等価的回路変換をする場合を例題にして、等価回路変換の定理の適用を試してみる。

定抵抗回路への等価回路変換 実際に適用を試みると、基本的に変換後の定抵抗回路の条件を満たすべき事からの制約があることに気付いた。元の直列インピーダンス回路を図のような(R)+(L)+(R)+(C) の元回路とした。(RL)回路と(RC)回路をそれぞれ等価変換して、並列回路の直列接続の定抵抗回路にする。等価回路変換の定理を適用して定抵抗回路の回路要素を算定すると、(変換要素値)のような変換式になる。同じ抵抗値であるべきR’が①と②のように異なる算定式になる。ここで一筋縄では解決しない問題だと初めて気付いた。この問題の解決策は一つある。ωT=1の条件を満たせば成り立つ。R’=2R 、L’=2Lおよび C’=C/2となる。

回路要素の条件 定抵抗回路に条件がある。その事から等価変換する元回路にもその条件の制約が掛る。少なくとも、元回路が純抵抗回路の条件を満たす必要があると気付いた。従って、どんな元回路でも定抵抗回路に変換できる訳ではない事だった。余りにも当然のことであった。

回路要素間の制約条件 定抵抗回路に要求される要素間の条件は上の通りだ。元回路に求められる条件は上の(2)式である。定抵抗回路は電源周波数に無関係に純抵抗R’と等価な回路である。この両回路間、元回路とその等価変換された定抵抗回路間には [T=T’]と言う関係が成り立っている。不思議だね。

例題 元回路のインピーダンスZ=R √{4+(ωT-(1/ωT))^2^} の直列回路をそれぞれ、R-L とC-Rの二つの回路ブロックで並列回路に等価変換すると定抵抗回路に変換される。そんな例題を取上げた。

定抵抗回路条件を満たす要素値の例題を選ぶに少し苦労した。しかも商用周波数の50Hzでの条件の為、無極性のコンデンサ容量が大きくなってしまった。抵抗値もR=21.22[Ω]と切れの悪い値だ。元回路も一応共振条件で、等価的には純抵抗となっている。R’ とC’を算出してください。時定数と共振現象はまた未知の迷路に入りそうだ。

電気工学から物理学を問う

単純な問題を取り上げさせて頂きます。大学生が参照基準に基づいた教育を受けたら、どのように解答されるかと考えて。

『問題』

単相交流回路のエネルギー伝送問題

単相交流回路のエネルギー伝送問題 参照基準に照らして、もし『電荷』が電気現象解釈に必要だと考えられるなら、特にその『電荷』のエネルギー伝送上に果たす役割を詳細に論じてください。伝送線路途上に於いて『エネルギー保存則』と『電荷』との関連についても論じてください。

参照基準 現代物理学の学術的高等教育を受けた経験がない者が失礼とは思いますが、科学理論はその内容が複雑すぎて理解できない人も多いのではないかと思う。その原因は具体性が無いからではなかろうか。物理学は理論に偏り過ぎているから、もっと具体的な科学技術を物理学の参照基準とするべきと思う。具体的とは日常的な易しい問題に誰もが分かり易く答えることではなかろうか。電気磁気学の単純な単相回路は誰でも考えられる具体的問題でもあろう。物理学の素粒子の根本概念『電荷』はあらゆる自然科学の理論的論拠概念となっている。その『電荷』は電気現象での解釈に大昔に共通理解の一つの物理量として定着して来た長い伝統的な概念である。しかしその実体をどのように分かり易く説明すべきかと考えると、余りにも曖昧で捉えどころが無いために、誰も具体的には避けて論じないのだと思う。摩擦すれば物を惹きつける実験で、その原因が『電荷』であると決めつけている。本当に『電荷』が電気現象に欠かせない物理的実在量なら、上に挙げた単純な電気回路の電気現象で、電源から負荷に送られる『エネルギー』の伝送過程を『電荷』あるいは『電子』で電線路途中の伝送理由を説明できる筈であろう。私には『電荷』では説明できない。『電荷』とは何か?を説明する参照基準を何に求めるのか。参照基準は最も分かり易い基準概念でなければならないだろう。

愉快な電気回路の仲間達

最近、電気物理とは何かと考える事が多くなった。電気技術回路理論と電気物理学は全く異なった研究対象分野であると思うから。そんな意味を電気回路で表現してみたくなった。先日、『先従隗始』の諺を見た。先ず自分から始めよと言う意味もあるようだ。無意味な回路にも意味があるかと思った。

エネルギー流は?エネルギー流は?

電源とランプ負荷の間に役にも立たない回路らしくない電線路を繋いで見た。何の為かと言うと、電気物理とは何かを考えてみたいと思ったからだ。物理とは物事の『理』を極める学問の領域であろうと思う。電気科学技術の『電流』や『電圧』の意味は電気物理学として極めるには、それがどのような実体を指すのか先ず理解することとなろう。自然現象は電気回路や宇宙の世界あるいは動植物の世界で、みんな異なった理論で解釈する様なものではない筈だ。それらを結び付ける物は日常生活の中の主役『光』しかなかろう。電気現象も「光速度」で光そのものと同じである。その中で、電気現象回路の特徴を挙げれば、空間に電気材料の主役として『銅』と『鉄』および『絶縁物質』で構成されたエネルギー利用機能設備となろう。科学技術はエネルギー利用効率を高め、無駄を省くのがその研究対象である。しかし、電気物理は理論を極める対象だから、大いに無駄な真逆の研究が重要であろう。そんな意味で上に挙げた回路が電気物理現象を考えるに良かろうかと思う。この回路を実際に実験してみたいものだか未だそこまで至っていない。ただ、天晴れーコイルと電圧とエネルギーの今年の実験結果があるから取り上げられる。

個性派珍回路機能要素 6個の回路要素を上げた。①はエナメル銅線を塊状に丸めて銅盤上に置いた回路(?)。この要素の電流と電圧はどんな具合に解釈すれば良いかと言う問答である。まず最初にこの回路を見てどう感じるかである。コイルとコンデンサの機能を思うか。そのエネルギーをどのように感じるか。コイルには磁束。コンデンサには電荷。そう解釈の糸口を考えるのが教科書の電気磁気学の常識的思考の基本である。その磁束と電界でエネルギーを表現できるか。②同軸ケーブルと言う。この回路要素をコンデンサと感じられるか。コイル要素は殆どなかろう。絶縁物、ジュートなどの材料で誘電率が変わりその分伝播速度の低下(光速度の低減)が起きる。電気エネルギーが誘電体内を伝播するからである。③直交型コイルとでも言えようか。二つのコイルが噛み合わされたものだ。このコイルは二つのコイル巻数を同じとして、最大巻き込んだら、その形状はどのようになるだろうか。直交のエネルギー流(磁束ではない)が回路機能に及ぼす作用はどのようになるか。④は磁気材料の鉄の意味を考える回路である。鉄は変圧器に欠かせない電力送配電設備の要の電気材料である。当然アンペアの法則で磁束を考えるであろう。鉄の筒の中に導線が通る訳だから、どこに磁束が通るかと考える。アンペアの法則によれば、銅線周りは磁束が強いが、少し離れれば、磁束は半径に反比例して減少することになっている。交流と直流では、導線からの半径に対する現象伝達速度から光速度の意味を加味しなければならないと言う意味の違いはあろう。そんな導線と鉄筒間の空間的関係も考慮すべきではあろうが、重要な視点として鉄の中でのエネルギーの貯蔵・放出をどのような現象として捉えれば良いかである。鉄の磁気特性に因りエネルギー損失の程度が変わろう。熱として放射されれば損失となる。それは変圧器の鉄心材料と同じ意味を持っていると解釈する。この回路は負荷回路ともなる。鉄心の発熱特性により負荷抵抗器ともなる。導線を鉄で被覆すれば。その発熱原理は電流のオームの法則とは違うことになる。あくまでも空間エネルギー伝播現象による解釈となる。その空間エネルギー伝播現象に対して、線路電圧のエネルギー分布が鉄によって遮蔽されることになるのか?それなら鉄の代わりに銅管の中に導線(銅管による遮蔽)を通したら、空間エネルギー分布はどうなるか。エネルギーはどこをどのように通るか。⑤銅板を貫通する。銅板とは絶縁貫通か一体形状かによって違いがあろう。空間エネルギー流に違いがある筈。⑥電気技術では決して採らない回路形式である。鉄板の渦電流で発熱するから。鉄板貫通部の発熱は間違いない。それは鉄がエネルギーを熱に変換する現象とみる。⑤の銅板では起きない現象が鉄板では起きる。それは鉄と銅の原子周期律表で、原子番号が3つ違うことに因る原子の違いが基になって起きる。鉄Feと銅Du に疑問を記した。

鉄と銅 電気機械の鉄と銅の比率でその特性に特徴が現れるようだ。その金属表面における空間エネルギーの境界の相互干渉現象のように思える。銅はエネルギーの内部侵入を避けて反射し、鉄は内部への吸収で、貯蔵する特性の違いを持っているように解釈できる。鉄の特徴である磁気特性とはどのような現象かが『問答』になろう。よく磁区と言う結晶構造で解釈される。それを磁束で理解しようとしても、磁束そのものが仮定の技術概念であるから、物理的意味を理解できないだろう。磁区に因る解釈が基本的には正しい筈だ。エネルギーの貯蔵形式を鉄金属の磁区に求めるなら、その結晶構造の軸性エネルギー回転流の保持機能として理解するより他には無いだろう。変圧器における鉄心への考察からの結論である。

鉄との関係回路要素④と⑥ この回路で何を考えるか。電気エネルギーの伝送状況あるいはその原理を考えたい。『電流は流れず』と唱えて来た。それは銅線の中を電子や電荷が通過するのではない事を唱えて来たのだ。電子がエネルギーを背負って負荷まで届ける訳ではなかろう。余りにも当たり前の事でありながら、何故電子が導線の中を流れて、負荷にエネルギーを運べると解釈するのか。そんな事は無理である。自然が単純な故に理解できない複雑性を表す現象を考えれば考える程、人間流な複雑性で理解しようと考える。確かに、原子力発電所で核燃料を燃やすと、その熱エネルギーが如何にも魔術に掛けたように、電気エネルギーと言う目に見えないエネルギーとして手元の届くのである。単純に考えれば、熱が送配電線路を通して何も違いの無いエネルギーとして科学技術の御蔭で利用しているだけなのである。電気も熱も同じものなのである。だから雷も水蒸気の熱エネルギーが原因なのである。とそんなことを踏まえて、鉄の吸収するエネルギーの仕組みを考えて見ようか。遠隔作用と近接作用の事でもある。銅の金属導体はエネルギーを反射するあるいは受け入れない。しかし導体と言う意味のようにエネルギーを導く金属体の性質がある。導体表面近傍のエネルギー密度が高いが、内部には殆ど侵入できない。だから熱損失(変換)は少ない。それは銅金属の原子的構造が持つ特性であろうが、その構造的な意味の原理は分からない。それに対して、鉄は金属結晶構造の磁区と言う空間構造がエネルギー流の侵入を磁区の回転エネルギーとして受け入れやすい特性を持っていると解釈する。原子結晶構造の空間的構造がそれを可能とする。磁石の磁化はその保持エネルギーの回転流を表面の空間に影響を及ぼし、それが磁石の特性となる。少し話が逸れた。もし導線内に電子が流れて・・と言うような解釈をするなら、その電子が何故遠隔作用で離れた部位に磁束のようなエネルギーを造り得ると考えるのか(アンペアの法則?)。電子にはそんなエネルギーを背負っている訳ではないが、複雑に仮定概念を組み合わせて、解釈するのが電気理論である。電流と電圧とは何かを、その物理的意味を追究するより他には理解の道は無い。ここに述べた事は、数学的理解力がない自分の自然解釈の方法でもある。

電気回路要素Lの機能とエネルギー感覚 コンデンサ型配線の・・ 電気の眞相(3)-電圧と負荷ー

電気回路問答

また世にもつまらぬ電気回路を取上げる。電気技術者なら、決して誰も試さない電気回路である。これほど単純な回路を問答対象に取上げようなどと考えることがまともな感覚ではなかろう。
「エネルギー感覚」を試す問題として提示した。ただし、考えるだけの問題にしてください。

電気回路問答Lの意味?

(厳重注意) こんな回路を組んではいけません。実験等したらとんでもない危険なことになります。危ないから絶対だめです。