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電気(電圧・電流)の極性と陰極線管

三相交流回路の電気現象を考えている内に、だんだん基の意味が分からなくなる。瞬時空間ベクトルにも全て極性、向きを決めて解釈する。『電荷』を否定したら、極性をどう表現し、どう解釈したら良いかが分からなくなった。フルーイ話に戻ってみようかと陰極線に御出まし願うことにした。みんな世間から消えてしまったような懐かしい顔ぶれだ。

陰極線管 ③のTV用のブラウン管などが活躍した時代は科学技術の革新で市場も消費の活発な経済成長という時代の中に希望を持っていた。シャドウマスクを通してカラーの鮮明な映像を実現したその制御性能の科学技術が消えて行く意味をどのように受け止めれば良いか途方に暮れてしまう。電磁コイルのヨークでそんな制御が何故出来るかを、その技術をどこかに公開しておいてほしい。大衆のみんなが関わる科学技術革新の時代が過ぎたのは確かだ。どのように経済成長という過去の競争世界の目標から、未来目標を構築し直すかが世界に問われる時代になった。意識を変えなければ、険悪な奪い合いの世界に突入してしまう。技術革新が最後の医学生理学分野に特化されるかと思われる時代になって来た。生命現象はとても深い自然の神秘に今でも包まれているようで、理解できない遥かな世界に思える。せめて温故知新で、古い実績のある科学技術の中に意味を探してみようかと思う。そこでは、電気回路を考える時必ずプラスとマイナスという意識で考える。プラスとマイナスは『電荷』が自然科学の根本概念で有ったからこその意味ある用語であった。考えれば、実に済まないと思うけれども、『電荷』も「磁束」も否定しては現象解説の極性を示す矢印を使う意味さえ見えなくなって、自分のみならず皆さんにまで混乱させてしまうかと思い、これが『不立文字』というものかと恐ろしくも有り、お恥ずかしい限りです。電子の基になる陰極線の①クルックス管を検索すると、緑色の陰極線ビームが光っている様子を見ることができる。緑色で見えるから確かに陰極線が-極からプラス極に向かって流れているのは良く分かる。クルックス管に印加されている電圧は電源の電圧降下分がどれ程で、実際のクルックス管への印加電圧が幾らかは良く説明が無いから分からない。緑色に見えると言うことは管は放電管で光を放射している負荷である。陰極線が管内でどのようなガス体に光変換作用をしているかは解説が無いから分からない。陰極線という『エネルギー』は管内をマイナス極からプラス極側に向かって流れていることは確かだ。この流れる方向性は磁極のN極、S極の極性の周辺近傍における『エネルギー』回転流の方向性を決める根拠として考えたものである。電気回路の直流で負側の電線周辺から主として負荷に『エネルギー』が流れると決めたのもこの陰極線流の方向性を元にしたのである。陰極線のクルックス管は教育現場でもよく使われているようだ。電気回路解析では電流が陰極線流の逆向きに決められて来たので、実に取り扱い難い向きではあるが、電流の極性方向は技術概念としてはそのままとするより他に無かろう。悩ましいのは物理学でも同じ向きで論じられるかという問題である。物理学があくまでも『電荷』の実在性を主張するのであれば止むを得ないが。

陰極線のエネルギー 陰極線という電子流とはどんな実体なんだろうか。

クルックス管のエネルギー 陰極線という管内のビームは電子の流れと解釈される。もしその流れを電流計で測れば、マイナス側でもプラス側でも同じ値で検出される。だから電子流が電源を通して還流していると解釈できる。しかし本当に電子がそのように還流しているとしたら、マイナス側から管内で放射エネルギーを消費してプラス側に戻る電子はそのエネルギー分だけ減少した電子が戻ることになる理屈だ。電子が背負い籠にエネルギーを積んで運ぶ姿を理論に加えなければならなくなる。クルックス管の放射エネルギーはそこで放射されて、電子がプラス側から電源に戻ることなど無いと解釈する。要するにエネルギーがマイナス側から供給され続けている様子であると解釈する。

熱陰極と熱電子 真空管もブラウン管もフィラメントによる熱陰極のエネルギー源である。その熱陰極から熱電子が放射され、管内伝播中に空間制御されて科学技術の粋が展開される。真空管はその電子というエネルギーが増幅されたり、機械エネルギーに変換されたりする陰極線管技術の姿である。その熱電子の空間伝播現象は目に見えないが、その極端な似た場合を挙げれば、白熱電球の熱フィラメントから放射される光エネルギーと本質的には何も変わらないものである。

電気(電圧・電流)の極性 高真空の陰極線管などのエネルギーの流れる方向を電気現象の基本の方向付けとして認識し、それを基準にして電圧や電流の技術的解釈上の極性を今まで通り使うことにする。結論としては何も目新しいものはない。

放電現象と電荷・電流概念

(2012/03/13) ここに記した内容が『電流は流れず』の記事の説明に良く纏められていると、読み返して思う。後程、図を拡大し直す。

 物理学基礎概念に『電荷』がある。電磁界現象に関する論述には、その基礎論の論拠になるのが電荷である。電荷概念なしに理論の構築は不可能である。しかし、電子の負電荷が実在するかと問えば、その実在性を証明する事は不可能である。 図1.は高真空の放電管である。放電管のプラス、マイナス端子に高電圧を掛けると、1の陰極から電子が放出され、2の十字形の+電極の近傍を通過した電子が放電管の蛍光面3に十字形の跡を浮き上がらせる。この実験を通して、何かが1から3に放射されている事は確認できる。それを「陰極線」と言うことから、現在は「電子」と言うようになった。しかし電子と呼ぶのは結構であるが、電子が「負電荷」と言うものを持っているという解釈、概念は、何故かという問いに答えられない。その説得する論理性は持ち得ていない。陰極からエネルギーが放射されて、蛍光面にそのエネルギーの衝突で光に変換されたと解釈するなら、矛盾は無い。しかし、負の電荷をその電子の具象概念と解釈するとすれば、何故2の十字電極に吸収されずに、まっすぐ3の蛍光面に十字の影を作るか。また、電荷概念の力に関する基本法則はクーロンの法則である。近づけば逆二乗に反比例した強力な反発力で反発分散せざるを得なくなる筈である。しかし、この放電管の放電体の電子には、負電荷同士の反発力など何処にも確認するだけの根拠が見えない。自由に電子ビームは収束・分散の制御ができると言うことは、電子同士に電荷概念に基づく反発力など存在しないと見ざるを得ない。ブラウン管式テレビでも、電子顕微鏡でも、誠に巧妙に電子ビーム制御が行われる。

 図2.のガイスラー放電管の内部放電現象も中々複雑な模様を作り出している。この縞模様も単に電子が通過する事によって、出来る模様だと説明するだけの根拠がある訳ではないと考える。

 図3.のハミルトンの風車について考えてみよう。私が新潟県立新津工業高等学校での最初の学校公開祭で、高電圧の実習装置の公開実験に選んで行ったのがハミルトンの風車であった。卍形の電気銅線で直径40センチ程の大きなものに、電圧3万ボルトを掛けた。負電極においては、相当の回転速度で回転する。正の電圧に比べて、負極性で力強い高速回転をする。これは、確かに「イオンエンジン」としての宇宙空間での強力な推進力となるものという感触、手応えを感じる。

 最後に三極真空管を取り上げてみよう。今は昔の技術になってしまった。5球スーパーヘテロダインラジオなどと言うもので、世界の情報を手にしていた。もう博物館級の技術になった。この真空管の中も、電子と言う陰極線がカソードKからプレートPに流れる放電管と言える。電子の空間電荷の分布密度、いわゆる空間電荷効果と言う概念を利用した、エネルギー制御管である。この真空管の内部を通過するものも、熱陰極から放射される電子と言う解釈で理論が構築されていた。勿論、電子の逆向きに流れる電流などと言うものは流れていない。管内を流れ得ない物が真空管の外部導線の中を流れる電流などと言うものが実在する訳が無い。

 ここに取上げた放電現象の原因たる主体の物理学的正体は何か。と言う命題が持ち上がる。どれも電子がその正体であると解釈されてきた。負の電荷を身に纏った素粒子であると。ところが、導線を流れる電流と言う概念、あるいは電流の正体は、どのような特徴で認識されるかと問われれば、導線の周りに存在する磁気の強さで、その導線内に電流が流れていると解釈するのである。それでは、磁気があるということは磁石を近づければ確かめることはできるが、磁気の存在を確かめたからと言って、何も電流が流れている事を証明したことにはならない。何故かと言えば、電子には、負の電荷を纏っているとは定義されているが、磁気を纏っているとは全く考えられてはいないのである。だから電子が流れても、決して磁気が遠隔作用によって、導線の近傍に生じる等という理屈は成り立たないのである。逆に昔、磁気現象の存在の確認で、電線内に電流と言うものが流れているからだと決め付けてしまった事が誤解の原因となってしまっただけなのである。電子にはスピンという特性が備わっているとは言われているが、スピンが導線外部の磁気発生の原因になると説明できる論理性は無い。磁気も空間のエネルギーであり、電流が存在するからエネルギーになるなどと言う解釈は、余りにも幼稚で、論理性を無視した理屈と言わなければならない。

 結論は、全て『エネルギー』そのものが空間に存在するのである。導線の周りにも、エネルギーが流れているのである。放電現象の全てが、電荷などと言うものによって生じるものではなく、エネルギーそのものの流れである。しかも導線の中などには、エネルギーもほとんど入り込めないのである。内部に侵入したエネルギーは熱エネルギーに変換して、損失となるものが多くなる。電源の負側から負荷を通って、電源の正の側に流れると見なければならない(2016/06/30追記)この電源の正側に流れ込むは訂正しなければならず、放電管もそこでエネルギーが消費されると解釈すべきである。量子力学として、現代物理学の基礎をなす場合の、半導体素子の内部制御理論も、原子構造内部の格子構造内を通過するエネルギー流と解釈すべきものである。全ての統一的現象論はエネルギー一つで捉えるべきものである。