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体温と身体活動エネルギー「理科基礎(仮称)」を想定して

すべての市民が現代社会においては科学技術に関わることの大きな比重を占めて生活している。私も、少しは自然科学の事を記事にして公開している。そこで高等学校の理科(物理、生物、地学および化学)教育で習得して置かなければならないと決められている文部科学省の『学習指導要領』の内容を知る為に、『生物』の参考書(新課程版2012年4月以降入学生対象 大学入試で云々・・)を読ませて頂いた。高校生が学習する内容は一般市民として理解していなければならない内容なのだろうと思う。しかし能力不足で、内容がまったく理解できなかった。そこで『アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 D・サダヴァ他著 石崎泰樹/丸山 敬 監訳・翻訳 BLUE BACKS 』で勉強させて頂こうと購入した。

恥ずかしい生物学理解不能力 私は殆どの記事を読んでも、全く理解できない。こんな難しい生物学を高校生は理解できるのかと驚きだ。そこで、自分の生物学的能力の無さの原因はどこにあるのかと考えた。確か高校の1年生で、生物を習った覚えはある。赤ガエルの足の皮をむいて(今は生物生存環境が人間に因り劣悪化して、殿様ガエル、赤ガエルなど殆ど見掛けない)、神経の反応で筋肉がピクピクするのを電極を使って調べた記憶がある。先の細胞生物学の教科書の中で、第3章 エネルギー、酵素、代謝 の部なら『エネルギー』の事が関係しているから少しは理解できるかと思って読み進んだ。世界は、医学・生物学の分野で新しい認識に因り、細胞の再生医療が現実味を帯びている。高度医療に因る恩恵の一方、医師不足が社会問題として将来に暗雲さえも感じられる事態に成った。余りにも自分の医学的理解力の欠如と現実的医療内容の高度化との乖離が大き過ぎて、社会的不安感が自分を苛む。そんな現実の中で、己の生物学に対する無知が恐ろしくもある。高等学校の理科教育の未来の指標「理科基礎(仮称)」を想定してみれば、その内容がどのようであるべきかと己の無能を一つの基準として考えるのも有効な視点に成るかと思った。エネルギーとアデノシン三リン酸(ATP)の解説を読みながら疑問を拾い上げて考えてみようと思った。

アデノシン三リン酸とエネルギー

ATPとエネルギーATPとエネルギー アデノシン三リン酸の意味は細胞をはじめ生物の身体活動の『エネルギー』との関係で理論的解釈が示されている。その説明の殆どが理解できないので、図のように?マークを付けざるを得ない。解説を読んでも理解できない能力不足の自分を曝すことで、高校生が理解できると言うその意味を確認してみたい。先ず基本的視点として『エネルギー』とは何かが問題なのじゃないかと思ったのでその点を考える事から始めたい。

?体温とエネルギー 生物学的理論では、分子構造とその合成・分解に伴うエネルギー論が主体的論点に成っている。しかも解説によれば、エネルギーは物理学的認識に基づいて運動エネルギーと位置エネルギーの二つを基本的認識に据えている。さらにエントロピーやエンタルピーと言う熱力学的概念を取上げて基礎と説明されている。しかしATPの化学反応過程の説明では、『エネルギー』と言うが、それがどのような運動エネルギーなのか、位置エネルギーと関連する事なのかの理論的結びつきの説明が全くない。その解説の中味を追っても論理性がまったく見えず、ただ解説内容をそのまま鵜呑みして覚えなさいと強制されている様な圧迫感を受ける。どこにも「考える」意味が見えないのだ。これが自然科学の論理性なのかと恐ろしくも感じる。『エネルギー』の実体がまったく解説の中に見えない。不図思った。素人ながら、電気磁気学の考察感覚から考えて、生命を保持する基本的身体的条件があるのじゃないかと。『体温は生命体の保全環境基準』と言う意味で捉えるべきなのじゃないかと。送配電線路のエネルギー伝送設備で、線路電圧と言う電気概念がある。今まで『電流は流れず』に因り、電線内を電荷が流れると言う電気概念は間違っていると説明して来た。『電荷』概念に基づく電磁気学理論に矛盾がある事に留意して、送配電線路の『電圧』とは何かを探って来て、結局エネルギーで観る線路電圧 においてその本質を示した。何かその電気回路の『エネルギー』と身体の『エネルギー』とが同じ意味に見えた。そこからの類推しての解釈でもあるが、体温は身体全体に分布した『エネルギー』の姿であると。送配電線路は発電所でただ電圧を制御すれば末端までのエネルギー供給が成され、電力系統は保持される。身体もただ体温を制御すれば、どこの筋肉の動作にも必要な『エネルギー』が容易に得られる筈である。『熱エネルギー』が光や電気信号(神経)のエネルギーとまったく同じものである。医学・生物学について全くの素人解釈ではあるが、高校生が学習する初めに同じ思いを持つかと思って、アデノシン三リン酸のエネルギー論に対する疑問を拾い上げておきたい。それは高校生の考える『生物学』の参考にもなるかと思うからでもある。

?1 最初の?としてアデニンと言う分子(遺伝子DNAを決める塩基)を取り上げたい。この分子は?2のDNA(4種の塩基)の中の一つである。大よその理解で考えれば、この4種の分子が全ての生物の遺伝情報を支配する基本分子であるようだ。人間に必要な『必須アミノ酸9種』は人が外部から取り込まなければならないとされている。しかし、このアデニンはどこで合成されるのか。植物の光合成でのみ得られるものなのかと疑問がある。人が細胞内で合成生産できるものなのか。他の3種の塩基も同じくどこで産生されるのか。細胞内での細胞分裂では無限に必要な分子であるから、常に細胞内に取り込まれていなければならない筈だ。4種の塩基、リボースの糖およびリン酸が十分に供給されなければならない筈だ。その上で、生命活動に必要な『エネルギー』の供給に何故ATPだけが論点に成るのかも知りたい。他の3種の塩基チミンT、シトシンC更にグアニンGはなぜ『エネルギー』論の対象から外されるのか。例えばグアニンGもアデニンと似た分子構造であるから、リボース、リン酸と合成されGTP等と言うものも有っても良かろうと素人は考える。何故アデニンだけが『エネルギー』論の対象に成るかが考える理科教育には重要な論点ではないかと考える。教育者及び『学習指導要領』関係者はその辺の事も「考える」疑問に答えて欲しいのだ。そこに今、今日からの子供達の未来が掛っているのだ。

?3(リボース) 勉強不足で申し訳ありませんが、時どき結合手の表現でこのような太線表現がある。炭素結合の表現法であろうが、特別の意味があるのだろうか?

?4 ATP アデノシン三リン酸の『エネルギー』論の解説で、ATP→ADP+エネルギーと示される。リン酸が3個から2個に減少して、その結合分の『エネルギー』が放出される意味らしい。じゃあ、2個から1個にもならないのかと疑問が浮かぶ。更にそんなリン酸1個が分離するだけで『エネルギー』が得られて、そのエネルギーはどこにどのように使われるのかと質問したくなる。自分の高校時代を思い出すが、授業中に質問ばかりして、授業の進行を妨げた事をお詫びしなければと思いだした。御免なさい。それにしてもリン酸1個が合成されるか分解されるかで、『エネルギー』が論じられるなら、アデノシンの部分は大げさで、図体だけの邪魔なのじゃないかと思った。そのアデノシンの部分は『エネルギー』供給にどんな役割を担っているのだろうか。アデノシンの分子構造が酵素との結合に重要らしい事は説明されているが、『エネルギー』の発生にどんな役割があるのかが見えない。結局『エネルギー』とは何かが見えないのだ。

?5 結合手 結合手の2本線と1本線の違いは意味があるのか。ベンゼン核の分子構造とその立体構造の問題であろう。『電荷』の電気結合手表現であるのだろうが、ベンゼン核の炭素は6個とも対等であろうから結合手1本と2本の違いは無い筈だ。しかも空間構造も平面的ではなかろう(2018/01/03 考えが変わった。ベンゼン核が平面構造であるとすれば、その対称性は軸性とエネルギー貯蔵の機能を担っているのかと考えられる)。そのことから、アデニンも立体的な構造を考慮した表現では、結合手1本、2本の差は無かろう。もし窒素Nに1本と2本の差があるとすれば、その立体空間構造でもその差異を示さなければならない筈だ。すべてが『電荷』概念の結合手に基づく科学理論の根本的問題なのだ。この世界に『電荷』等実在しないのだ。なお生物学においてはベンゼン核は殆ど無関係のようで、取り上げられない。

?6 水素とプロトン 分子結合には必ず水素-Hがある。水素とプロトン(陽子)にはどんな違いがあるのだろうか。水素は世界に存在する最小の原子で、質量の構成単元とも言えよう。その陽子と水素原子は質量で差はなかろう。元々もし電子・電荷を仮定しても、その『電荷』は核の陽子と電荷的に釣り合っていて、外部と結合する電気的力の働きを持てない筈だ。だからもし水素原子の結合があるとすれば、素粒子の陽子が張り付いて、質量のバランス程の意味しか持たなかろうと思う。陽子なら水素原子以上に小さな質量単位と考えられる。

「理科基礎(仮称)」の生物学 化学とも関係する分子構造に関して、その詳細が解って来たように見受けられる。その構造の決定法が教科内容のトピック的に取り上げられれば、科学技術として有効な教育効果をもたらすと思う。それは素人的にはとても興味がある問題だ。また、人間の身体的機能、臓器の働きあるいは循環器系など保健教科と重なるかもしれないが細胞理論より大切と思う。

神経細胞とその機能 常日頃の疑問。出来たら教えて欲しい。身体活動全てで、その働きを支配し制御するのが神経伝達系だと言うように解説されているようだ。神経細胞を通して指令信号が『脳』から発しられ身体活動が起こると解釈されているように思う。しかし、神経伝達方向は末端から『脳』に向かって神経細胞を通るのではなかろうか。『脳』からの発信信号は神経細胞を通るより、身体構造全体、骨格、靭帯などを通して伝達される。神経細胞はすべての情報を検知し、理解するフィードバック信号の伝達機能を担っているように思う。五感で受け取る情報を常に『脳』で把握していなければならないから。こんな人間臭い素人の話は、高尚な学理の問題として取り上げるべきでないと言われそうだが、蛙の受精論より身近な大切な話と思う。日常生活に根差した新しい理科教育を行うべきと考える。関連記事に脳の機能と個性および脳と生態制御の謎がある。

意識とは何か

「文藝春秋」2015年 4月号を買って読んだ。立花 隆氏の記事 「脳についてわかったすごいこと」 を読んだ。話の内容が『臨死体験』についての脳の働き方のようである。間もなく、NHKで放送される予定の話のようだ。私には、このような脳の機能の科学論はあまり興味を持てない。何か超常現象の話とも思える内容だから。どうもNHKはこの種の話が好きなようである。初めに「意識とは何か」との解釈の話から入っている。『臨死体験』など経験がないから、余り考えるつもりは無かったが、『意識とは何か』と疑問を呈されているので、その点で興味を覚えて、自分なりに考えてみた。記事の中では、その問答が主題となって、多くの科学者の研究を紹介して踏み込んではいるが、解答となる結論は示されていないようだ。

「意識とは何か」を考えて この「意識」とは何かと問う意味を考えた。その問いを出すことの意味を考えた。「意識」という意味が分かっていないから「意識とは何か」という『問答』になっていると思った。結局、「意識」という用語の意味が元もと定義できる程はっきりしていないと言うことでしかなかろう。「意識」の用語の意味がハッキリしているなら、「意識とは何か」という問はでない筈だ。「意識」そのものが分からないのである。結局『脳とは何か』と同じ意味ではなかろうか。記事は『臨死体験』を『脳』の機能から解釈しようとしているのだと思った。『臨死体験』など科学論としてなりたつ訳はなかろうと、素人の直覚から思った。とても面白いと思った話が有る。麻酔がなぜ効くのか、科学的には何も分かっていないという麻酔科医の話である。そこでまた疑問が浮かんだ。それでは何故睡眠薬は効くのかも分からないのだろうかと?何故睡眠が必要なのだろうかと?脳の機能回復に必要と言われても、何故かと疑問が湧く。すべての生命は睡眠が必要なのだろうかと?ミミズも眠るのか?細胞も睡眠をとるのか?睡眠が生命=脳の本質を説く鍵かもしれない。細胞の働きは何が支配しているのか?自律か、他律か?『脳』と繋がっているか?何にも分からない事から始まる。

これからも、科学は常に解釈の余地を残し続けると思いました。の結論に安心した。

生命のはじまりと脳

ヒトゲノムの解析が済んで、遺伝の仕組みが相当明らかになったのだろう。高校生の学習教科科目『生物』の内容を見てもとても難しい。せめて高校生の学習内容位は、それこそ常識として理解していなければならないだろうと思う。ところが歯が立たない程難解である。最近理化学研究所の生命科学に関する論文投稿問題の事件が世界を揺るがしている。生命科学はその最先端の研究が我々市民から見れば、余りにも内容が専門的すぎて、内容を理解するにはかけ離れ過ぎてしまった。そんな事で、少しは細胞分裂の基礎くらいは知らなければならないと思う。しかし、筆者の感覚と巧く噛みあう生物学になっていないようで、我が能力の無さを噛み締めるだけである。そんな中で、勇気づけてくれる写真に出合えた。生物とこんな形で関わる事の偶然が人生と言う意味なのかと感謝する。日本雨蛙の生態に触れた時と同じ自然の神秘かもしれない。その写真集が次の本である。ライフ写真講座ータイム ライフ ブックスーを見て に挙げた例の写真に感動した。その写真をここに載せさせてもらう。ライフ写真―輸卵管組織ー

ライフ写真―生きている胎児―

 

 

 

 

 

 

 

 

この二枚の写真は、ライフ写真講座全15巻の内の1巻、特殊撮影からの拝借である。その人体の神秘をさぐる部の中で、生命のはじまりと言うページp.178(レンナルト・ニコルソン「輸卵管組織」1970年)とp.179(同 「生きている胎児」1965年)の二枚組である。

素人無鉄砲流感覚 素人は柵(シガラミ)が無いから自由奔放に解釈できる。その素人なりに、生命のはじまりについて考えた。ここでは『生物学』の学問的解釈と違った観点からの考えを述べる事になりそうだ。自分の脳細胞が減少している中での生命解釈など当てにならないと見られよう。しかし、結構得意になっているのである。しかし、意見を公開するには、それなりの緊張と不安が入り混じる恐ろしさを抱えている。その緊張は精神に刺激を与えるから、脳の活性化には役立つかと甘んじて受け入れる。生命のはじまりは母の胎内での卵子の受精から始まる。その受精卵が生命の源として、新たなたった一つの世界に育つのである。人だけでなく生物に二つと同じものは無いと観る。その生命の原型が人に育つまでの第一歩がどんな神の秩序で船出するのかと思うと、その謎の深さに言葉も無い。それを『受精卵の秘密』とでも名付けようかと思う。おそらく第一の『細胞分裂』程、生命の輝く瞬間は無いだろう。そこに全てのはじまりがある。どんな意味の細胞分裂なのだろうか。

受精卵の秘密 何の手掛かりも無く、ただ感じるままに思い描くのである。しかし、そこには上に載せた「生きてる胎児」の写真が切っ掛けになっている。思えば今まで自然の生物の成長する姿を眺めていた事の中に見た光景が重なって来るのである。例えば、オタマジャクシを見れば、その卵塊からの成長の過程で、頭だけが大きいのは誰もが知っている。当然お腹も頭のように見えるだけかも知れないが。何故尻尾がそれほど長く伸びなければならないのかも理解に苦しむ不可解な成長過程である。結局尻尾は不要となり体の中に収まってしまう。あるいは尻尾の長さまで腹部が成長して、尻尾の役目を終わるのかもしれない。そこまで詳しく観察はしていないから曖昧である。何を考えているかと言えば、成長の秘密になっている事は、先ず『脳』から始まる点に有ると言いたいのである。脳が生命のはじまり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無色無受想行識

 

学識経験の無い素人が生命のはじめの姿を想像に任せて描いたものである。何かオタマジャクシに似てしまった。細胞分裂と言う生物学の理論からは程遠い絵図である。母体の中の暗闇で、生命の輝きが始る。受精卵と言うたった一つの細胞が生命を形作って行く。何も見えない、何も聞こえない何の導きも無い全く何も無い『無』の世界から歩み出すのである。この初めの『受精卵』も既に細胞としての生命である。エネルギーからなる原子分子で構成されて、複雑なDNA、蛋白質など必要な要素を備えた立派な生命となっている姿と言えよう。受精卵が起こす生命の革命は父方母方の両方からの遺伝情報のDNAをどのような何方の軍配の采配で46個の遺伝情報に組み替えるかに掛かっていよう。そこから遺伝情報の生命の法理に従った伝達が始ると解釈する。細胞分裂と言う伝達の方程式に載せて、どのように生命の形を構築して行くのだろうか。DNAの染色体に依って、教科書的な、大学入試対策方式解釈で、細胞分裂が続くとしたら、その結果の生命体は同じたんぱく質構造の肉塊にしかならないように感覚的に思える。人体構成の采配は細胞分裂論等及びもつかない神秘の営みで進む筈である。教科書的複雑な論説等特別覚えなければならない意味など何処にも無いと思う。遺伝情報を伝える人体構成の『シーケンシャル制御』の基に起こる細胞分裂の変幻する意味が最も重要な事である。人も『脳細胞』、『中枢神経』そして『末端神経』の生命構成の指令伝達系が初めに構築されると読んだ。それは農作物の生長を見れば、その姿の変化に生命の営みが読み取れると思う。どこが成長するだろうか。初めは先端の春の息吹と言う『新芽』が伸びるのである。同じ生命現象と観ればそう基本的な違いは無いだろう。DNA、ゲノム解析で、相当の部分であらゆるものに似た傾向があると聞いた。それは生命の成長方程式にそれ程の違いが無いからと観なければならない。最先端は常にその環境を認識しながら、成長する方向や成長方法を『中央神経系の元締め・脳基幹』に情報を伝えながら生命の構成を計っている筈である。だから『細胞分裂』は自然の摂理に従った変幻自在の基で進んでゆく筈だ。同じ細胞分裂では肉の塊にしかならない。生命など決して生まれない。くだらない生物理論の一面的な内容を『金科玉条』の如くに信奉する宗教教義様教育だけは止めなければならない。何故そのような自然の仕組みなのかと考える内容の教育にしなければならない。少ない内容でその訳を『問答』する考え力の養成の教育にすべきだ。文科省の検定教科書制度が考える教育の最大の阻害になっている。自主性を踏み潰す政府(国家)主導全体主義教育だから。この事は日本の行政全体、日本人の政治意識に深く染みついた体制指向に原因があろう。新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?-はその個人的事実である。

神経系統の意味 ここで生命の成長する姿を想像して描いた事には神経伝達の方式に関係しているのである。脳から制御信号が『神経細胞』を通して伝達されるとの認識が常識であるように思う。しかし筆者の解釈は違う。全て末端からの外部事象の情報を伝達するのが神経細胞の役割と解釈する。その事が上に述べた成長の過程での神経系統構成の意味に繋がると確信できた。生体構築過程ですでに外部事象の検知機能の役割を創り上げていると考える。制御工学的手法に有る『フィードバック制御』の制御対象の状況を伝える役目が「帰還回路」に課せられている。その「帰還回路」が『神経細胞組織』に対応する。その関係は脳と生体制御の謎や『基礎科学』とは何だろう に述べた。