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光の正体

光とは何か? 光ほど日常に関わる物理量は無かろう。しかしその正体は何かと問わずにいられない程理解困難なものも無いかも知れない。検索で、光とは何かと尋ねると多くの記事がある。光を見ているのに、その正体を見ることはできないからであろう。光は眼の前の空間に満ち溢れている。しかし光は直進するから、眼に入る光は眼と対象の各点とを結ぶ直線の一筋の光路の光のみである。対象の各点からは四方へ光が放射されている。しかし各点からの一筋の光のみを受け入れるから、景色の全風景を見る事が出来る。光の基本の特性は直進性である。ただし光の進行を妨げる様な障害物が無い限りにおいて。衝立の端に掛れば光の分布エネルギーに作用して、光の直進性が影響を受け回折する。

光の空間概念 簡略な表現で表せば、エネルギーの衝撃波と看做せる。雷の衝撃波が指数関数形状として捉えられている。自然は基本的に単純な統一性で捉えられよう。雷は空間の貯蔵エネルギーの爆発現象と観る。光の放射もエネルギーの放射現象に因る。初めに光の基本概念を提示し、以下で論じたい。

光の基本的特徴 1.粒子性と波動性 2.光の色調の意味 3.光の振動数と空間像 4.偏光性 5. 空間定数と相対光速度 の五つを話題にしたい。

  1. 粒子性と波動性 光の特徴はその正体を確認するに、粒子としての性質と波としての性質の二つが現れる。しかし、それはどこかで解釈の仕方あるいは観測の手法に因る観方に表面的な捉え方で満足しているからと思わなければならない。二つの異なる性質で解釈しなければならないのは、解釈する側の考え方に不十分な点があるからであろう。同じ光を粒子か波動かで観方を変えなければならないのは、その観方の解釈の根本に深い考察の不十分な点があるからではなかろうか。即ち粒子性とか波動性とかの一方の特性で捉える観方に解釈上の混乱があるのではなかろうか。光は常に両方の特性を持っているとしたらどのような物と考えるべきかの問題ではなかろうか。粒子とは質量の特徴的な運動エネルギーを持つ性質が見られるからとなろうか。波動とは電磁波の横波と看做す解釈に似た特徴的な現象・作用を持っているからであろう。電磁現象の波動を物理学では縦波としては見ないようだ。その粒子性と波動性の両方の特性を兼ね備えた光とはどのような物理量か、どのような観方が出来るかと考えることが必要ではなかろうか。以上がこの問題点であろう。
  2. 光の色調の意味 光は周波数でその特性を比較する解釈法が常識であろう。光に本来色がある訳ではないが、風景や物には異なった色があるように観察される。それは観測する主体と観測される対象との間の世界の仕組みに因るからだと簡単には考えて置いて良かろう。光には基本的に決まった色など無いと考えるべきだ。一つの光もそのまま変わらない訳でなく、どのようにも変化するのである。光はその周波数が変化する本性を備えている。光の周波数は放射源とその環境条件で変化するのだ。光と対象との相互干渉で周波数は決まる。一つの具体例を挙げておこう。白熱電球を考えてみよう。タングステンフィラメントで50,60ヘルツの商用電気から可視光線の光の周波数領域に変換をして利用しているではありませんか。これがこの問題点である。
  3. 光の振動数と空間像 プランクの定数が光の物理的評価・解釈に欠かせない。それは光の振動数・周波数によって評価する手法の基本になっている。先ずプランクの定数の意味をどのように理解するかであろう。その次元がエネルギー量と時間の積であると言う意味をどのような物理概念として捉えるかではなかろうか。h[Js]である。このエネルギー量のジュール[J]とは何を指すと考えるか。更に時間[s]はどんな時間を含意していると考えるか。そのエネルギーと時間の積が定数であるとはどんな意味と解釈するか。その辺が重要な物理的意味合いを知る手掛かりとなろう。
  4. 偏光性 光を薄膜に通すと入射光と透過光の間に特徴的な変化が見られる。場合によっては入射光が透過できない光遮断現象も起こる。それらの現象は偏光と言われる。何故光に偏光が起こるかは光の正体を解釈する大事な性質と看做せよう。光の空間像の捉え方に影響する意味と看做す。
  5. 空間定数と相対光速度 光の伝播特性の認識の問題がある。光が伝播するのは空間である。光の速度は世界の最高速度で、光速度一定で理解している。その光速度一定とはどの空間に対して定義するのかが明確でなければならない。その光が一定で伝播する空間が規定・定義されれば、その空間に対して運動する光の観測者にとっては、必ず光との間に相対性が存在する。『特殊相対性理論』はその光と観測者の間の相対性を否定する理論である。その問題の考察が必要であろう。光速度一定であるが故に相対光速度に成る。

光の正体 上に挙げた五つの観点から光の正体を解剖しよう。見ているが見えない物の代表が光のエネルギーである。ものの姿容は光を通して認識出来る。世界を理解する事は必ずその世界の中からエネルギーを取り込むことで初めて可能になる。青空に一つの白い雲が浮かんでいる。白い雲から光が放射されている。その光は雲の各点から無限の光エネルギーが放射されている。その内の各点からの一筋の光路のエネルギーの波の総体像が眼に入る。その眼への入射光のエネルギーを取り込むから雲の姿容が認識出来る。電気回路に電圧計を繋いでその電圧値を知る事は電気回路から電圧計に線路のエネルギーの一部を取り込む事によってはじめて電圧を計る事が出来る。見る雲の色が白いと分かるのは、その色を白い色と学習して色彩の評価の常識に従って理解しているからでしかない。それは何も考える必要の無い、自然と人の感覚に因る世界認識の「生命の機能」である。光を自然科学的解釈で捉えるかあるいは日常生活感覚で捉えるかで観方も変わって来るのではなかろうか。自然科学論的理解が優れていると一概に言えるかどうかも分からない。それでもその訳を知りたいと思えば、それは無理だと青空に笑われる。青と白から一先ず青空と白い雲に退散する(青空の色は太陽光線の紫外線、γ線など遠紫外線が原因と観る)。さて、光とは何かと尋ねても余りにも日常的な生活そのものにまつわるものであるから捉えようがない。光の正体を突き止めようとすれば、光の呈する色の違いの訳は何かと考える事から始めるしかないのかも知れない。光はすべて太陽が有っての事から始まる。発電で電気エネルギーを得るにも太陽のエネルギーが地球に蓄えられたから使えるのだ。石油資源や核燃料としてすべて太陽によって育てられた地球の辿り尋ねるも困難な古い昔の生命・動植物が元に成っている。光が世界の全ての基であると言う意味で。光の基本的特徴を五つの観点からまとめようと思うが、過去の記事の整理とかねて追記として順次論じたい(2018/01/26 公開)。

粒子性と波動性 光の基本認識で、粒子性と波動性と言う二つの観方でなく、一つの捉え方でなければならない。満足する光の基本特性は空間エネルギー密度分布波の縦波以外なかろう。しかし、物理学理論に「空間エネルギー」と言う物理量や概念があるかと言う誠に困った問題がある。考えてみると粒子と言うが、粒子性と言う意味はどのような光の性質を捉えた用語なのかわ分からない。コンプトン散乱現象がその論拠には挙がっている。誠に特殊な物理学実験室での特殊性に注目した実験結果をその論拠にしているように思える。デジタルカメラの撮像理論に応用されていると解説がある。カメラ技術はそんな理論などには無関係に技術開発されている筈だ。光電子が飛び出して云々と言う解釈も、それはそれで一つの理論と言えば理論に成るが、光電子がどのような物かは誰も証明も観察できない。光電子の質量と電荷がどのような物理量として認識するかは意味不明で、曖昧な筈である。光電子などでなくて、エネルギー即ち空間エネルギーであっても何ら困らない筈だ。光電子でなくて光エネルギーの散乱現象で少しも困らない筈だ。光が当たって光が放射される現象でしかない筈だ。この世界に電荷は無くてもエネルギーは実在する。太陽光線はエネルギーである。そこに電荷など必要が無い。光が空間エネルギーの縦波の波動であることは間違いないが、粒子である必要は全く無いのだ。この光の話に『電荷』概念を持ち込む事は論点を曖昧にするから止そう。しかし、空間エネルギーの存在を認識しないでは話が進まない。質量に無関係なエネルギー即ち空間エネルギーを物理学では認識しているかと言う根本的問題がある。

光の色調の意味 色の鮮やかさは動物・植物に際立っているように思う。雉、孔雀の羽根や玉虫、黄金虫更に揚羽蝶などに見る色合いはとても微妙な光を放っているようだ。日本の伝統工芸で、玉虫の厨子や螺鈿細工がある。玉虫の羽は厨子の細工模様に使われてもその輝きを失うことなく不思議な輝きを保っている。夜光貝や阿古屋貝の微妙な輝きは螺鈿細工にそのまま残っている。薄暗い中でも微かな光で輝くのだ。その輝く光はどんな波形の光の合成から作り出されるのだろうか。すべてその輝く対象からの放射光が奏でる色合いである。光の波長範囲でも可視光線は1000分の0.38mmから0.76mmの範囲である。1万分の数ミリと言う長さの光の空間寸法で光を捉える。その空間寸法と言う概念は空間エネルギーの寸法と言う解釈から来るものである。1万分の4ミリの波長の光は紫色であろう。1万分の7ミリの波長の光は赤色を呈するだろう。その光の長さと言う空間寸法は振動数と言う概念だけでは捉え切らない筈だ。光がエネルギーの空間分布波と言う捉え方をしなければならない。その一波長分でも光はエネルギーの塊である。その光に質量は必要がない。さて光の呈する色合いは、上の螺鈿細工に見る姿がどのような訳で演色されるかの解釈に負う事が出来よう。それは単純な波長では捉え切れないものであろう。複雑な波形が周期性を持って繰り返されることで創りだされているのだろう。合成波形の演色効果とでも言えよう。それは観測対象の物質の分子構造に因る空間格子模様が、その空間構造内でのエネルギー共振を生じ、そのエネルギー放射現象として造り出される光の合成波と言う感じがする。エネルギーの共振現象は電子レンジマグネトロンの空洞共振現象に似たものと言えよう。光エネルギーの共振空間をColor Cell と呼ぶ。過去の記事色の世界を尋ねてを整理せずに挙げたい。いつか書き換えたいが。

光の振動数と空間像 先ず光の振動数と言う用語の概念をどのように認識するかの問題があろう。何が振動すると言う意味なのか?エネルギーの縦波と捉えれば何も振動する実体は無い筈だ。光の特徴を振動数で捉える考え方が科学常識である。紫外線などのように、光の振動数が高くなれば作用力が強まる。その訳をどのように理解しているのだろうか。振動数が高いとは光のどのような働きとして作用すると考えるか。何か実体が分からないが、質量的な物が振動して対象物体に強く働くような想定で解釈しているように思える。しかも実験的には計測可能な振動数しか評価法がないから、光の振動数と言う概念が科学的論証には欠かせない訳である。そこにプランクの定数が光の量子性を表現するに極めて有効な概念を提示している訳である。その定数h[Js]と振動数ν[1/s]の積と言う極めて簡便な表現式 hν[J] が光の作用性の強いか弱いかを判断する実験的証明を果たしているからなのだろう。この式の意味をどのように解釈するか。振動数が何故光の作用性に効くのか。振動数νの逆数1/ν[s]は光の一波の波長分の時間である。光が対象に作用する時間t[s]はその作用性に対してどのような意味で捉えれば良いのか。時間の長さは作用性に影響するのか。長い時間光を照射してもその作用性には影響がないはずだ。エネルギーの照射量ではないと言うのが基本的特性であろう。おそらく光の一波長の分でも作用力が発揮される場合もあろう。振動数で評価する光の特性は1秒間の振動回数が意味を持っている訳ではなく、光の一波長分のエネルギー空間密度分布波形がその作用性の鍵を握っている。光量子とプランク定数の意味を図に表すと次のようになろう。

光量子空間像と概念(プランク定数の物理的意味) 光の作用性を振動数(1秒間に何個の光量子列の放射をするかの意味を振動数と言う用語で表現している)で評価する意味を図に示した。光量子1つが空間エネルギーの塊である。それが光量子のエネルギーε[J]である。その波長λ[m]の長さの空間に衝撃性のエネルギー密度分布を持っている。プランク定数h[Js]がどんな光に対しても定数の意味を持つと言う事は光量子一つのエネルギーεとその周期τ[s]の積が一定であると言う意味である。図の振動数が高い光量子ε2が空間領域の狭い範囲で高エネルギー密度の粒子性を持っていると言うことである。丁度弾丸のように破壊力・作用性が高いと解釈する。しかしこの解釈を実験的に証明する事は難しかろう。科学論と言うより哲学的と非難されるかもしれない。この光量子のエネルギーεの算出法は大よその意味を光とは何か?ー光量子像ー に示した。エネルギー波の波頭値H[J/m^3^]がその光量子の作用性に影響する。

偏光性 この偏光性も光の空間エネルギー分布波形に関係している。偏光板が伸展される薄膜の方向性に関係しているようでもある。光が透過する薄膜の分子の格子構造と光エネルギーの極性の関係が直交するか平行かで左右されるのではないかと思う。後日図で示したい。

空間定数と相対光速度 現代物理学が抱えた重い課題がある。『光速度一定』と言う意味は明確であるか?光速度と言うが、それはどのような伝播空間座標に対して定義したものであるか。光の観測者と光の伝播速度を定義する空間との間には常に相対関係が存在する。観測者が光の伝播空間と定義する空間座標に対して運動していない場合以外は、光の観測は必ず相対関係にある。その立場はレーマーの光速度算定実験の解釈を正しいとして理解する立場である。アインシュタインの『特殊相対性理論』の立場に立つか、レーマーの立場に立つかのどちらかで、光の光速度一定と言う認識がまるで違ってくる。まず、光の伝播する空間の媒体特性が光の速度を決めると観て良かろう。真空、水中、空気中あるいはガラスとその伝播媒体の特性で光の速度は決まる。電気回路でも同軸ケーブルなどではその充填される絶縁体で電気エネルギーの伝播速度は殆ど決まろう。さらに光でもその周波数で光速度一定ではない。プリズムの原理はそのガラスの特性が光の周波数に対して異なる事が基になっている。光速度が周波数で異なるのだ。地球の表面での光伝播特性は地表や上空の電離層の影響を受けやすいだろう。それでもある基準の周波数を決めて、その伝播速度・光速度を光の速度を定義できる基準空間でどうであるかを論議する事は出来よう。地球の運動と光の光速度の関係をマイケルソン・モリーの着眼点に立って論議する必要がある。『光速度一定』と言う意味は、その定義する空間が明確でなければ論議できない筈だ。光は放射源から放射された場合に、その放射源の運動の影響を受けると考えるか否かも明確にしておかなければならない。放射源の運動速度の影響は全く受けない事を前提にしなければ、議論は不可能だ。『光速度一定』と『光速度不変』の意味から明確にしなければならない。光の速度は一般的には変化するものと解釈しなければならない。決して速度不変ではない。それは光速度一定と言う事にも同じことである。伝播媒体の空間定数に従って光は伝播する掟にある。厳密に論議するには真空空間しか論議する場は無い。(a)『光速度一定』、『光速度不変』の定義空間。(b)光のドップラー効果。(c)光の伝達時間。(d)空間・時間概念。に分けて考えてみようか。

(a)『光速度一定』、『光速度不変』の定義空間 一般に速度と言えば必ずその基準が明確である。100m競争の記録が9秒幾らと注目される。その時は地球がどの方向に回転していようが全く無関係に競技のトラックが基準である。しかし光の速度と言えば、そう簡単には行かない。どのような空間基準に対して光速度が秒速30万キロメートルと言うかが明確でなければならない。光の速度はその伝播空間の掟に従う筈だ。すべての物には速度が幾らと言う意味が付いている。地球は太陽に対して相対的な回転速度を持っている。星空の観測をする時、そこには少なくとも3つの速度が関係している。観測対象の星の速度、光の速度そして観測者の速度である。『光速度一定』と定義基準空間 星空を見上げれば、有名な星座はその形に時が経っても変わりは無いようだ。億年単位でも変わりないとは信じられないのだが。図に描いた星からの光を観測する。今観測する光はどのような空間を辿って来たのかその一筋の光路が描く筋道を認識できるかの問題がある。見ている星は既にその位置には無い筈だ。光が直進すると言う意味をどう解釈するか。その光の辿った一筋の直線を描く空間が実在する。その空間は光がどのような方向に伝播しようと直線が描かれる。そのように定義する空間が存在すると考えるかどうかの問題であろう。その空間に対して、星やその観測者は速度を持つ。その空間ベクトルをVsVe とした。その速度を定義する空間の存在を認識するかどうかに掛ってこよう。その空間が認識出来れば、その空間こそ光の伝播する定義基準空間となる。星から放射されて観測者に届くまでの時間の長さは、その定義空間で過去の星の位置と今観測している観測点間の直線距離の長さを光速度で除した長さの時間となる。この空間と時間の関係には空間歪みも無ければ、時間の短縮も無い。空間に対する光の速度が極めて高速であると言うだけのことで、普通の運動力学のままで『特殊相対性』など全く無いのである。ただ問題は観測者自身が如何なる速度であるかを知り得ないというジレンマにある。我々は太陽に対しての相対的回転、自転の運動速度である。しかし太陽の速度が光規定空間に対して如何なるかを知り得ないから結局自分の速度を明確には知り得ない。更にもう一つ指摘して置かなければならない事がある。それは観測する光の周波数・波長は一般的に変化する事である。観測者が定義基準空間に対して速度を持って居れば、必ず光の速度との間で相対速度の観測になるからである。(b)光のドップラー効果および(c) (d)については過去の記事 光の速度と空間特性 (2011/05/22)で例題も挙げて述べてあるので、ここで一先ず区切りとする。

問答実験

 

半導体のバンド理論が理解できない。筆者には、そもそも半導体の特性が理解できていないからだ。そこで、半導体とは何かを物性から考えて見ようと思った。問答の対象として、『問答実験』を取上げる。問答実験筆

『問答』の文字を良く使うので、隷書体を調べた。文字がはみ出し、欠けてしまった。『答』の文字に、竹冠の字体が無く、草冠しかないことを知った。だから無い竹冠で書いてみた。『問』の字は人が『門』前で、『たのもう』と問い尋ねる意味を『口』の文字を入れて表現したと解釈する。『実』の文字は昔人の食糧で、貴重な「貝」の実を意味したのかと?『験』の文字は難しく意味を解釈できない。

半導体の特性を理解するには専門家が見向きもしない、道端の片隅に隠れている『疑問』に光を当てて観るしかないかと思う。そんな実験を拾ってみようか。思考実験ではあるが。点接触ダイオード

半導体とは 半導体の最初の、ささやかなしかし偉大な発明がこの点接触ダイオードであったのだろう。今でもガラス封入で使われているようだ。ゲルマニュウムGeの結晶に、タングステンWの針を刺した単純な構造の製品だ。タングステンは白熱電球のフィラメントとして優れた熱特性を持っている。この電気的特性がダイオードの整流、検波作用を備えている。特に微弱信号に対して優れているらしい。さて、このダイオードの整流原理をどのように解釈するのだろうか。解説には、ゲルマニュウムはn型であるように説明されている。それならダイオードの順バイアス方向は、タングステン針が『正』ゲルマニュウムが『負』となるのかと思う。しかし、何か気掛かりだ。上の図はそれと逆極性で表示した。細く尖った方がエネルギー噴射の強度が強いと思う。エネルギーは電源の負側から流れ易いと解釈している。上図が順バイアスの方向であると確認したいが術がない。間違っているとしても、『整流作用』の半導体原理が解らないことには変わりがない。初めにこの点接触ダイオードの機能をどのような視点から気付き、発見したかを知りたい。フェルミレベルなどと言う概念はなかっただろう。写真997

関連元素と周期律表 殆どの半導体元素は表のように、3,4,5および6価の価電子(その本質は不明で、磁気と考える)のようだ。主体のシリコンSiを中心にして、その周りにある元素が関係している。セレン整流器は6価の元素だ。窒化ガリュウムGaNは青色発光ダイオードの基らしい。その不純物分子が混入すると、半導体特性が何故n型になるかp型になるかは分からない。Siにホウ素Bが入るとp型半導体、ヒ素Asが入るとn型半導体となると言う。

問答実験

『電子』の導体中の速度は? 初めに導体中の『電子』の速度について考えておきたい。電気材料は良導体、絶縁体および半導体の三つに電気伝導性からは分類される。その特性の違いを何によって判断するかと言えば、導体中を内部伝導する『電荷(電子)』の通過の良し悪しで評価する。半導体の電気伝導性の物理的評価基準が本当に電気材料の中を『電子』が通過すると解釈することで良いと論理的に、感覚的に納得できるのだろうか。電気信号は、海底ケーブルでも、宇宙通信でも、ほぼ光速度で伝播する。電気導体の中を『電子』が光速度で伝播するとは誰も信じてはいない筈だ。電気信号が『電子』の導通速度(光速度)で伝播すると解釈するなら、その信号源の『電子』が送電元に戻るには光速度でも二倍の時間が必要だ(?)。この矛盾を避ける為に、『電子』の伝播速度では解釈せず、意味不明の波動伝播で解釈する。『電子』が導体中を移動すると解釈するなら、情報信号の光速度伝播をその『電子』の運動から解説できなければ、科学的論理性は無い。その『電子』の捉え方が論理的でない事は量子力学の半導体を研究している専門家の方々は光速度で考える必要は全く無く、極微寸法しか考えの基には無い筈だから、『電荷(電子)』の概念で理解できるのだろう。。科学論は本来矛盾を抱えて構築されている。粒子性と波動性の解釈にその意味が現れている。この時は『粒子性』で、あの時は『波動性』でと矛盾をそのまま抱えたまま構築された論理性である。「不確定性原理」も粒子で解釈しようとするところに速度を捉えられないという本質的矛盾を抱えている点に、その原理の真の意味がある。光子、光量子も粒子ではなく、エネルギーの空間分布流でしかないのであるから、速度の中心位置が何処と捉えられないのは当然のことである。少し論がはみ出してしまった。半導体とは

半導体とは? 右に挙げた具体例で、半導体の特性とはどんな意味かを考えて見よう。特に、エネルギーの具体的具現量の一つが『熱量』であることを基本的視点として考えて見る。光は空間に極限として存在するエネルギーの形態であり、熱は物質に集積されたエネルギーの形態である。熱も光も一つの『エネルギー』の姿である。このエネルギーをどんな「素粒子」で解釈するのかを素粒子論の専門家に聞きたい。世界は全て『エネルギー』に集約される。半導体をその熱に着目して考えて見よう。

①n型と炭素棒 n型半導体とSi上(周期律表)の炭素Cとを接合して、電圧を印加した。電流は流れるか。当然n型は純粋のシリコンではないから、導電性はあるだろう。どの程度の固有抵抗率かが知りたいが、単独での測定実験など実用的な意味がないから、なされてはいなかろう。純粋の物理的特性測定となる。そこには、不純物原子の含有率と結晶構造との関係がその伝導性に影響するだろうが、技術的・経済的利益に結びつく研究ではないから、誰も行わない。しかし、半導体とは何かを明確にするにはそんな利益に結びつかないかもしれない実験が必要であろう。どの程度の不純物濃度で導通性が生まれるのか。その特性で炭素棒の放熱が決まろう。

②順バイアス pn接合のダイオードに順バイアス電圧を掛ければ、ダイオードがオンしてその順電圧分に因るエネルギー消費が起きる。そのエネルギーが熱として放熱現象に現れる。不純物濃度の量的変化に対して、どのような電気的特性の違いを生むのだろうか。余り変化は無いのかもしれない。この熱損失(放熱)はpn接合面で空間に放射される。pn半導体内部の結晶構造空間をエネルギーが通過しうるか。Si原子の寸法と比べて、通過エネルギー(縦波)の空間的面密度と寸法をどう理解するかの疑問が解けない。n型半導体内部から接合面を通して、p型半導体内部を通過すると解釈できるか。導線の場合はその導体表面の外側をエネルギーが光速度で流れると解釈できるが、半導体については判断がし難い。長野県松本に『佐久間周波数変換所』が有る。日本全体の送電系統の50サイクルと60サイクル間での電力融通を行う電力変換所である。そこでは電力用半導体素子によって制御している。その制御素子(SCR?)の接合面は相当の面積である。導線と半導体のエネルギー通過面を同じとは考え難い。『電荷(電子)』を否定すれば、熱、光を含めた『エネルギー』の一つの流れで解釈しなければならない。単独のn型半導体内をエネルギーが流れるなら、p型内部でも同じ流れになる。接合面でのエネルギー通過に障壁が存在すると考えたいが、その障壁の意味が捉えきれない。

③逆バイアス ダイオードのスイッチ機能オフ状態である。②順バイアスと逆の極性で、接合面がエネルギー通過を遮断する。接合面のエネルギー流をオン、オフする障壁の結晶構造にその原因が有ると考えるが、疑問のままである。

④ペルチエ効果 物理現象の一つに『ペルチエ効果』が有る。それは解説によれば、pn接合半導体で、順逆の電圧バイアスで接合面での放熱と吸熱現象が起きるというものである。この場合の半導体は、p型n型の半導体結晶は一般的ダイオードの半導体と何か異なる特質の結晶構造を持ったものなのだろうか。ペルチエ効果を発揮する半導体接合面はダイオードと異なる空間結晶構造を持っていると解釈しなければならなくなる。エネルギー通過障壁が異なると。何故かに答えられない疑問のままである。

⑤トランジスター トランジスターは能動素子として現代技術文明を支えている基本である。その製造工程は厳密な環境制御空間で、高度な工程(ドーピングなど)の基で製造される。その工程で完成される半導体組成について、どのような半導体内部結晶構造になっているかは知る術がない。Si(高純度の)結晶基盤に、順次不純物を重ねて、npn型結晶接合面を造るとあるようだ。このトランジスター制御は、順バイアスのベース・エミッタ間のpn接合面の制御で、逆バイアスのコレクタ・ベース間のnp接合面が逆バイアスであるにも拘らず、エネルギー通過するという理解できない現象になる。これは丁度『ペルチエ効果』と同じ意味が有るとすれば、少しは理解の糸口に繋がるかもしれない。現代生活を支えている科学技術の根幹であるトランジスターの動作の意味も、その物理的現象として十分理解できない自分を知るのみかと。