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今朝の新聞科学記事に驚いたー相対論と隕石ー

朝日新聞には、土曜日に発行されるbe版がある。今朝(2013/03/09)のbe版に、e6ページの教育関係の科学記事が載っている。1:今さら聞けない+で、光速になると時間が止まる不思議の見出し記事。2:Do科学 落ちてくる隕石はなぜ光る?(高1年生からの質問) の解答見出しに 摩擦より、空気の圧縮で光るの とある。

1:『光速になると時間が止まる』と言う文言は古くからの『特殊相対性理論』の解説に必ず出て来る常套句である。こんな理解できない解説が罷り通る所に、科学論の欺瞞性がある。『光速度』と言う意味をよく考えている解説かといつも悩まされる。私がアインシュタインの相対性理論の不可思議さで、混乱し悩まされた原点の一つがこの言葉の意味であった。光が光速度で進むと言う空間の意味と定義、更に光の放射現象の放射瞬時以降の伝播経路(どのような経路に向かって伝播するかと言う道の方向)をどのように理解した結果であるか、その深みの信憑性を疑わざるを得ない。新聞の記事の宇宙船が速度、毎秒18万㎞で空間を飛行している(この宇宙船の速度がどんな空間を定義して決めた速度かが明確であるか?と言う疑問はアインシュタインが言うところの光の速度の定義空間が明確かと言う疑問と同じものである。)と言う設定である。船内で、船側から宇宙船の進行方向に直角に光を放射したら、舟の横幅30万㎞ありながら、1秒後に光は舟の反対側に到達しない。と言う論である。それは、船外に居る人から見ると、光の速度30万キロメートルであるのに、光の速度が遅いように観測される。しかし、船内に居る人にとっては、1秒後には光速度通りに反対側の壁に届いていると見える。と言う解説だ。この論説には大きな誤りがある。それは光が放射された瞬間に、放射光の一粒と舟の光源との位置関係は全く無関係になるのである。舟がどんな速度であろうが、放射光の一粒ごとに独立して光の速度で定義される空間を独立に『光速度』で伝播するのである。舟の動向や舟の内外の観測者の関係に無関係に『光速度』一定で、光で定義される空間を伝播するのである。光の速度一定と言う意味は、どんな観測者から見ても光との間には『相対速度』としての観測結果が得られるのである。『光速度一定』は観測者にとって、光は殆ど『相対速度』として観測されるのである。光の速度と観測者の速度の空間的方向ベクトルとの関係から、観測光の波長は基本的に変動すると考えるべきである。光の相対速度に関して、光の速度と空間特性相対速度とは?に考え方を述べた。

空間の定義 光の速度や観測者の速度と言う『速度』を定義する空間を論議の前提として明確にしておかなければならない。その空間が論者間で共通でなければ論議は迷走するだけである。光の速度は、空間の物理的特性で、透磁率と誘電率に基づくと解釈する。光速度は c=√(1/(με)) [m/s]と空間定数が規定すると解釈する。その空間は、アインシュタインが否定した『絶対空間』と言える光が決める長さと時間の比率の空間をその空間と定義する。天体も太陽も全てが同一の絶対空間を基準にして『速度』を定義する。逆に速度は光が決める空間でのみ、定義される。その点を述べた記事がある。太陽の寸法測定と光空間 更に空間の誘電率と透磁率がどんな『次元解析』に重要であるかを御理解いただきたい。エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 更に蛇足かも知れないが、『光規定空間』と光の関係を述べた。空を見上げて

2:隕石が光る訳が摩擦でなく、空気の圧縮と言う科学解説記事を本当に誰もが信じるのだろうか。とても恐ろしい教育問題に思える。隕石突入の衝撃波に摩擦熱としての解釈を採り上げた。

『特殊相対性理論』は詭弁論

アインシュタインが現代物理学に及ぼした影響は計り知れない。私が電気磁気学の『アンペアの法則』『ファラディの法則』の物理学的解釈に矛盾を感じて、物理学の基礎理論に挑戦する事になった。1986年(昭和61年)に、電磁エネルギーと光の関係に取り組む最初の関門がアインシュタインの余りにも有名な『特殊相対性理論』であった。それから四半世紀も過ぎた。アインシュタインが1905年に「運動している物体の電気力学について」として発表した論文が『特殊相対性理論』と言われている元の論文である。私がその論文、『特殊相対性理論』が間違いであると確信したのは『光の相対速度 cr』を導出した1991年1月である(2014/10/08末尾に追記☆)。その基本式について、光相対速度と空間ベクトル解析に表した。結局マイケルソン・モーレーの相対速度検出実験結果に対する評価の間違いが根本的な問題である。即ち『ローレンツ短縮』の仮説が間違いである。光の相対速度式の導出への考え方を簡単に整理してある。『特殊相対性理論』は詭弁論 と標題にした。それは余りにも極論で、信じられない人が多いと心配でもある。しかし、それが端的な表現と思う。アインシュタインは光や観測者の速度を決める空間を明確に定義して論じていない点に全ての詭弁性の基が有る。これらを整理した記事が光の速度と空間特性 である。(9月30日付記)光速度は空間定数(H/m,F/m)で決まる追記☆) 1991 年(平成3年)1月正月松の頃、特に記憶している事は湾岸戦争でのミサイルの飛ぶ映像である。筆者も人生をほぼ終りと諦めていた事件の只中にいた。前年の秋は、食べるものも無く一人意識も朦朧として、過ごしていた。とうとう「処置入院」という強制的な法的処置をとられた。12月20日前後と思う。止むを得ず病院食に「断食」で抵抗する。結果意識不明で怪我を伴う転倒、更に小水が真っ黒になった。無意識のまま、年末に別病院へ転院となる。そこでは食事を取ることにした。急に意識が鮮明になった。脳の働きが鋭敏になった。複雑な計算も、現象の解析力も不思議に高くなっていた。元旦明けから『光の相対速度』の解析と計算を始めた。しかし置かれている場所が場所で、先行きへの不安があったが、それ以上に次々と光の運動理論が頭の中を支配しているかの如く、2週間ほどで最終結論まで到達してしまった。そこでアインシュタインが誤ったと確信した。1990年春から、マイケソン・モーリの実験の速度差を図解解析を始めて、結果として半年で『光の相対速度』の算定式に到達した。その解析の全てを上の『光の速度と空間特性』に示した。「断食」は脳の生まれ変わりに役立つと思った。「脳内の不純物」を削ぎ落すように感じる。また「処置入院」の医師の診断は『統合失調症』らしいが筆者は聞いてもいないし、診断書を見たこともない。しかも入院中から「薬」というものは飲まずにすべてごみくずに捨てていた。医師も知っていた筈。院内での「カラオケ大会」がうるさいと文句を言ったら、強制的に「ハロマンス」という注射をされた。2月初めに打たれた。それで物事を考える機能は完全に失われた。医師の犯罪行為だ。あれは意識を混濁させ、自由意思黙殺の「いじめ薬」である。そこでの『光相対速度』の解析は精神的法的診断の下では「無効論」になるのだろうか。精神科医師の誤診である。 一つ追加しておく。それは1991年4月中旬と記憶している。突然病院の上を、4、5機の飛行機が轟音を立てて暗くなる程の上空すれすれに近くを通過した。どんな意味なのか不思議だったが、今までも不可解な事件が身の回りには多かったから、その関係かと理解していた。一体飛行機やヘリコプターが轟音を立てる飛行の意味は何なのか?今でも続く。