タグ別アーカイブ: 空間エネルギー

電源電圧の物理概念

(2021/06/16)。漸く辿り着いた。『静電界は磁界を伴う』(1987年4月)の発表をしてから辿り着いた。決して『電荷』や『電子』等を必要としない電気回路現象解釈。自然世界に、その空間に『エネルギー』がある事を知って欲しい。物理学理論のどこに、その『エネルギー』の概念が在るだろうか。物理学理論は役立つのか (2021/04/09)。

『電圧』と言う誠に優れた電気技術概念。その意味は長く物理学理論において、『電荷』によって解釈されてきた。しかしその電圧の物理概念は『電荷』などでなく『エネルギー』が示す自然現象の意味であった。

交流電源電圧の電気回路における物理概念を上の図によって考えたい。電圧は電気回路の現象を決定的に決める基本量であると感覚的にも捉えられる。

長い間その電圧の意味を、『電荷』によって解釈してきた。漸くそれは『エネルギー』が示す電気回路現象であったとの結論に至った。回路の負荷に誘導性負荷と容量性負荷を取り上げた。電源電圧は正弦波交流とする。電線路は二本の電線を張ればそれでよい。その電気回路をどの様に解釈するかが一つの要点となる。また、電気現象は全て『エネルギー』の光速度伝播現象である事を認識しなければならない。決して『電子』は電圧の意味に何の役目も持ち得ない。単純な2本の導線で囲まれた電線路の空間を電気のエネルギーが流れるのである。電源電圧 v[V] とすれば、それは下の式、(2)式のように電線近傍の空間に、単位長さ当たりの静電容量 C[F/m]によってエネルギー分布が決まるのだ。

 

その電線路単位長さ当たりのエネルギー分布 δp[J/m]は電線路全体に瞬時に行き渡る。数㎞の電線路に電圧を掛ければ、その電圧は光速度のエネルギー流によって、電線路全体がその電圧値になる。そのエネルギー流の流れは上の(1)式の流れの式で表現できる。速度 co=(LC)^-1/2^ [m/s] で流れる。電気現象の最大の特徴は、光速度伝播現象であるという点だ。電気理論や物理学の教育者は決して、1秒間に『電子』などが地球7回り半の速度で伝送できない事を肝に銘じておくべきだ。子供達に嘘で誤魔化す教育はするべきではない。長く30年以上もかかった結論である。

電圧とは。(2)式より、

v=√(δp/C)  [(J/F)^1/2^]=[V]

で表される、電線路空間のエネルギー分布を解釈した技術概念だという事である。この電圧は直流であろうと交流であろうと特に差は無いのだ。交流電圧は直流の電圧値がただ時間的に変化する違いでしかない。それはエネルギーが光速度伝播である事にその特性があるからだ。

(1)式の電力p₀[W] はその電線路電圧の伝送エネルギー流の最大限界値を表す。光速度 co=1/(LC)^1/2^ [m/s] との積で表される。(注)最近の配電線路もピン碍子は使わず、静電容量が大きな、特性インピーダンスの小さな高エネルギー密度の、容量増の配電線路になっている。

(3) 、(4)式は負荷の特性を表す式だ。

その電力の式は、誘導性負荷の場合は、

    誘導性負荷の波形

その貯蔵エネルギー量は印加電圧の時間積分で決まる。また容量性負荷の貯蔵エネルギー量はその電力が電圧時間微分で決まる。誘導性負荷の場合の電気現象波形を示す。wl[J] がLrの貯蔵エネルギーである。

 

 

電気の眞相-電気エネルギーとは何か- (2014/10/13) が電気回路現象への疑問との格闘の一つの問答の始まりかも知れない。

まとめ。

漸く電気技術理論、電気工学理論を、その優れた電気技術文化として理解できる心境になった。『オームの法則』、交流電気回路の『インピーダンス解析理論』、その『電圧と電流』の技術概念を理解できた。決して『電子』など必要としない事を理解できた。残念ながら「クーロンの法則」は教育の場には相応しくないことも確かな事である。『電荷』概念は余りにも自然の真相からかけ離れた解釈を強いる事に成るから。また、『磁気』とは『エネルギー』の軸性回転流の空間場であると理解できた。残念ながら地磁気の逆転現象などはこの地球上に起こり得ないと分かって欲しい。『電界』も『磁界』も全て『エネルギー』の科学理論構築用の解釈概念でしかないと言う意味で、自然世界の「真理」とは異なる事をも知って欲しい。教育の、理科教育の専門家は未来への新たな方針を立てなければならない時に在ると理解してほしい。どうか皆さんからの、『電荷』や『電子』の概念を否定する私への批判を期待します。

科学論と検証

(2021/06/16) 。科学論は客観的な検証が要求される。

科学論に限界は無いのか?どのように検証すればよいか。

ロゴウスキー電極とエネルギー流

科学的な計測が出来ない現象。ロゴウスキー電極間の静電界と言う科学概念は『電荷』によって発生すると解釈されていた。しかし、電荷を否定する科学論はその検証法があるだろうか。電極間のエネルギーの流れを唱えても、そのエネルギーを測定する実験的方法が分からない。それは丁度、光のエネルギー流を実験的に測定することと同じように思う。

ロゴウスキー電極間空間のエネルギー流がどの様であるかは分からない。その科学的論証方法はあるだろうか。特に電極中心部のエネルギーの流れが如何に在るか?

新世界への扉‐コンデンサの磁界‐ (2011/02/17) 。

 

時と歩んだ世界

(2021/06/02)。10年以上ブログを投稿させて頂いている。感謝です。2010年2月に初めてpcと言うものに触れた。ワープロ代わりに購入した。しかし、ITに接続して新しい世界を知った。相手が見えない世界に、思いを表明してどの様な事が起きるか、その未知の世界に期待もあった。

ファラディー電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾 (2011/0130) が初めの頃の一つの記事だ。この記事にだけ突然千件を超えるアクセスが起きた。

その中に、『インバータと磁束φ ④』が記事中にある。トランジスタでの電力制御を初めて知った驚きの技術として忘れることの出来ない記念のものである。電気理論と電気技術との乖離を認識するに欠かせない回路として挙げる。変圧器に直流電圧を印加すると言う考えられない驚きの回路だ。1969年秋の内地研修で経験した驚嘆の回路であった。この事は、目から鱗‥ (2021/06/05) の記事に述べた。

ここに「アンペアの法則」の矛盾が示されている。変圧器の磁束が励磁電流によって生じる訳ではない。電流概念を問う基点となった。

電流が導体内を流れる。しかし、その「プラスの電荷が流れる」と言う論理は無理であると分かったのだろう。だから負の電荷の『電子』が逆向きに導体内を流れると専門的解説が成される。その解説も、その論理的な責任ある理屈が示されているとは言えない。そこには専門家としての良心が見えない。筆者はただ電気回路の中に起きる自然現象としての『エネルギー』の振る舞いを感覚的な捉え方で、そこに寄り添いながら考察を進めてきた。それは余り学術的形式の論文としての表現には程遠いものでしかないだろう。その訳を考えると、学術的標準用語を使う程専門的な習熟もなく、理解が無いことが基にあるからだろう。だから勝手に自由に解釈する習慣が、余りにも学術理論の常識から離れてしまった感覚のままになってしまったのかも知れない。殆どの基礎的科学概念、物理学的概念を否定する処に立ってしまった。空間に実在する『エネルギー』の実相を、その象徴的具体例に『光』の空間像を描いて捉えている事に在ると思う。

光の相対速度と空間 (2020/06/08) 。プランク定数の概念 (2018/07/17) 。今はその光の意味を電気磁気現象を理解する基礎として認識して欲しい思いにある。それが時の成果と言えるかもしれない。

『静電界は磁界を伴う』。科学理論の世界が異なって見えた原点がこの発表に在る。とんでもない自然の認識に挑戦する賭けに挑まざるを得ない仕儀になった。幼稚な社会性の乏しい筆者には無理な科学論の道であった。何か最初から社会的な存在としての、憲法、行政法上の仕組みの中に組み込まれていなかったような思いに在る。集団体制にとっては邪魔者で、はみ出し者のようだった。古い事件のうろ覚えがある。貝野村役場が火事になった。貝野中学校が火事で焼失した。意味が分からない?信濃川で隔てられた小さな集落の貝野村が、更に二つに分かれた分村事件。我が家の土地がいつの間にか新潟県道に化けて、今でも踏み躙られている。

エネルギー考にまとめた。『エネルギー』一つに科学論の基礎概念を頼りに何とか辿り着いた。理科教育の未来の一つの方向性を示した。陰で応援が有ったから曲がりにもできた。感謝。

フェーン現象の事例報告を解釈

(2021/06/08)。今朝の新潟日報新聞記事を読ませて頂いた。

フェーン現象についての観測事例の報告だ。従来の解釈と異なる事例が多くあるとの報告である。フェーン現象の解剖 (2018/06/17)で述べた。そこで指摘したかったことは、どうも物理学理論で『エネルギー』の意味を認識していない事を指摘したかったのだ。「気体分子運動論」が温度の現象の解釈を支配しているようだ。丁度「フェーン現象」の報告をその時も見て、『水蒸気』の熱エネルギーについて解釈するに好適例と思って記事にした。

フェーン現象のメカニズム

今回の研究報告。その報告もとても有意義である。確かに従来の解釈では山での降雨が無い事例という点で異なるように思える。しかし基本的には気象現象としては同じものと解釈する。

『熱エネルギー』の物理学的解釈が教育で成されてはいるが、どうもその視点が間違っているように思う。空間に『エネルギー』が在ると言う認識がないところにその大きな原因がある。気象についても筆者は全くの素人と言える、しかし『エネルギー』については少し独自な解釈をしている。気体分子運動論を否定する解釈の立場に居る。「雷」も熱エネルギーの熱爆発現象である。この「雷現象」と「フェーン現象」が気象現象と言う空気中の物理現象としてみれば基本的には同じ意味を持っていると観る。共に気中の熱エネルギーの現象なのである。「雷」と「フェーン現象」の違いは水蒸気の保有する熱エネルギーが冷気で、空気気体の体積の収縮により水となり雨となる。その雨が降る事で、気中に『熱エネルギー』が残る。その気中の『熱エネルギー』が風などで吹き飛ばされず、即ち空気の流れが弱ければ、その空間に留まり、『熱エネルギー』の飽和状態となり、『熱爆発』に至る。それが『雷』の現象である。

今回の報告の「フェーン現象」が雨降りを伴なう、山越えの現象と異なるという意味での報告と解釈する。しかし水蒸気が海の上空で雨となり既にその空間に残った『熱エネルギー』が空気の強い流れに乗って吹き降ろせば、やはり同じ「フェーン現象」と見做して良かろう。低気圧と高気圧は、単純ではないだろうが、幾つかがほぼ対になって地表上に存在する筈だ。その気流の流れによる空間の『熱エネルギー』の移動現象として、「雷」と異なるやはり熱エネルギー現象である。

低気圧と高気圧とはどの様な物理現象か。そこには必ず水蒸気が関係している筈だ。海水面からの蒸発水蒸気である。低気圧は特に海水面温度が高く、上空に低温度の空気流が流れて来た時に起きやすい筈だ。台風や暴風雨などは上空の冷気流の到来と海水面の高温度との関係で起きやすい筈だ。その訳は何か?それは『物理学理論』の解説すべき専門分野である筈だ。決して気体分子運動論では説明が付かないだろう。水蒸気の特性がその訳を握っている。水蒸気は気体であり乍ら、アボガドロ定数の解釈論には支配されない、特別の気体状態と解釈する。水分子は熱エネルギーを保有すると幾らでも体積が膨張する。そこが全く気体分子運動論や、通常の気体とは異なる特質を持っていると捉えるべきだ。それが『蒸気機関』のタービンやピストンの動力源としての威力を発揮する源である。『電荷』否定の『エネルギー』での統一科学論の一つの例となろう。炊事で、湯沸かしの水の蒸発を見ながら思う日常生活科学論かも知れない。

目から鱗(1969年ひと冬の経験)

(2021/06/04)。50年以上も前の事。今分かって思えば、長くボーっと過ごしてきたとお恥かしい限りだ。分かって書けば、躊躇もするが、それも人生と記して置きたい。昭和44年の2月、間借りの家に帰り着くと、月刊誌の「電気計算」が配達されていた。ペラペラとページをめくる。そこに「パワーエレクトロニクス」と言う電力制御の特集記事が載っていた。見た途端に、これが求める研修内容だと即断。30歳過ぎで、内地研修に行ける制度があると聞いていた。春4月に、ある先生にお願いして、東工大との繋がりをお世話して頂き、研修の準備をした。しかしそれっきりで、10月まで何の手続きもしていなかった。勿論新潟県教育委員会に研修願いもせず、学校長にも許可も得なかった。本当に申し訳の無いことと、当時の御迷惑を掛けた皆さんに謝らなければならない。そのまま10月から半年間、東京工業大学の電気工学科の宮入・片岡研究室で研修をさせて頂いた。住処も東工大の方にお世話いただき、大学の大岡山駅の近くに確保して頂いた。全く人任せで生きてきたようで感謝と🙇。勿論住所変更届の手続きもして居ない。長岡の住所のままか?それも行政上は問題ではないようだ。??給料も無い扱いだから??それは全くの独り善がりの、無責任な無断研修であったと今は分かった。その間「給与」の支給も無かった。だから何処の労働者の分類にも入らない事に成るか?1970年4月再び何の意識も無く、新潟県立新津工業高等学校に戻っていた。この事に対して、新潟県教育委員会からは何の御咎めも無かった。後で知ったが、校長は勇退という事で辞められたか?新潟県教育委員会の管理課から新しい校長が赴任してきた。筆者に処分辞令が無いという事は、新潟県教育委員会で採用した訳でもなく、日本国憲法に基づく行政法上の管理下の教員では無かったのかと考えざるを得ない。振り返れば、やはりそれは人生の暗い『ひと冬の経験』という事になるか。所謂存在が否定された『幽霊教員』のようだ。筆者の責任なのか日本政府の責任に帰するのか分からない(当時の内閣。第3次佐藤栄作内閣。第4次佐藤栄作内閣であった)。

電気回路技術と理論。

そのひと冬の経験であっても、電気技術については『目から鱗が落ちる』経験をした。それが現在までの長い電気回路現象の解析を推し進める原動力となった。その内容は、『トランジスターインバーター』の動作原理である。

電気理論と言えば、電源電圧は直流か正弦波しか知らなかった。教科書が学校の教育内容の基本的指針である。教科書編集者は教科書編集の過去からの伝統を守る、その事に対する専門家である。電気現象の原理を研究するような人は教科書を殆ど執筆などしないのかと。伝統的電気理論を学習してその意味を伝承する専門家が教科書を書く。だから新しい現象など殆ど知らない。その例が半導体による電力制御技術と言えよう。その中身は従来の電気理論では解釈できない現象がその技術の基礎となっている。今も不思議に思う事。それはその電力技術の専門家も決して『アンペアの法則』に疑問を唱える事などしない事実である。筆者が最初に感じたことは、これは電気理論が嘘という事か?であった。目から鱗と言う事件だった。今でもマクスウエル電磁場方程式を御教示成される大学物理学の専門家は、このトランジスタ制御の回路技術を学習することが必要ではないか。技術を知らない理論家は間違いを教育していることを自覚する必要があろう。僭越ながら申し上げる。それがトランジスタなどで自由に電圧波形を制御できるなど、正しく『目から鱗が落ちる』驚嘆の制御技術であった。その制御回路の一つがこのインバーター回路である。「**」 この回路動作には     ファラディーの法則 と アンペアの法則の理論の意味を吟味するべき基本的問題が含まれている。注目すべき問題は、変圧器に直流電圧を印加する点である。そこに励磁電流と磁束の関係が問題として浮かび上がる。

「**」印で改行するとここに飛んでしまう。何故か訳が分からない??

止む無くここから続ける。上の回路図はブログの初めの頃の記事のものだ。ファラディ電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾 (2011/01/30)。この矛盾を抱えて、遭遇したのが長岡高専電気科での電磁気学の講義であった。電気磁気学など教えた経験もない。学生には誠に指導力のない講義であったと謝らなければならない。その1年間で益々疑問が膨らみ、それが結局『静電界は磁界を伴う』(1987年春)の実験結果の発表に繋がった。過去の不可解を背負って、其の後の訳も分からぬ道を歩み、今漸く初期の果たすべき役割を電気回路現象の『エネルギー』での統一的姿を捉えたかと思う処に居る。この10年間は障子戸に向かって、ブログ記事を通しての疑問との格闘であったようだ。正常でない、異常な毎日、家族の者には精神病の気違いと今でも罵られる始末。意味が分からない者にはそう取られて当然だ。何とか娑婆で少しは電気現象の話を取り上げて話したい。『電荷』否定の論拠を話したい。『電子』概念の間違いを話したい。そんな社会常識を覆すような話を取り上げて貰えるか?

特記事項。一体どのような職業人として、次のような研究をしたことになるのか?意味が分からなければ社会的な活動の場にどう関われば良いか、動きようがない。二年ほど前に大学に出向いてお尋ねしたら、退職していると言われた。本人は何も長岡技術科学大学での事務手続き等していない筈だが、どう解釈すれば良いか思案投げ首のまま?本当の原因が何かが分からない。矢張り新潟県教育委員会との関りか?

トランジスタインバーターによる単相誘導電動機の速度制御 昭和47年産業高等学校教員の産業教育に関する特別研究成果、第8集(当時は別冊)。財団法人 産業振興中央会。この研究が電気理論に疑問を抱いた決定的な事件となった。この報告を当時の学校長が読んで、私に校長室で尋ねた事があった。校長も電気が専門だったから、磁束が励磁電流でなく、電圧時間積分と言う科学技術理論に疑問を持って尋ねたのだろう。不思議に思っての確認だったようだ。それは当然で、電気理論で解釈できない事だから。

しかし今でも電気理論の教科書は変圧器動作は励磁電流による磁束がその基礎となっているだろう。今日、ファラディー電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾の記事を見たら、二つのファイルが見れなくなっている。間違っているからかと確認したが正しかった。教科書の解釈を間違いと指摘したことがファイル削除の訳かも知れない。

 

の2図である。確かに教育現場としては大変な事件となろう。しかし自然現象として、『磁束』等『電荷』と同じく存在しないのである。電気技術として『磁束』を解釈手段に利用するのは一つの方便として有効である。しかし、自然界の原理を扱う「理科教育」ではそれは良くない教育法だ。そこの兼ね合いをどうするかが教育現場の課題なのだ。磁束概念は磁石などのマグネットの指向性でその存在を捉えたいのだろうが、『磁界』そのものの概念が電磁エネルギー流に対する直交の方向を解釈し易い方便として定義した仮の解釈概念でしかないのだ。マグネットや地磁気の方向性は電磁エネルギー流の空間現象を捉えた便利な解釈でしかないのだ。磁束が空間に存在すると物理的にその実在性を証明することが出来ますか。『磁束』を見れますか?それは『エネルギー』の空間の姿を見れないのと同じことではあるが、より多くの電磁気現象を総合的に評価することにおいて、それこそ俯瞰的に、より統合性が採れているかの判断が必要と考える。筆者もその電磁気現象の解説をしたかったが、職場が無ければ30年以上も役割を果たせなかった。ブログを通してようやく自信をもって述べることが出来る、所期の目的に到達できたが、教育にその意味を生かす手立てが不明だ。

 

 

 

色それは天然

金の色、銀の色その輝きは人を惹きつける。コガネムシの羽根が輝く。

「色それは天然の詩心 平等と自由の掟の下で」

色は自由な空に載せて運ぶ『エネルギー』の手紙なんだ。それを人は光と呼ぶ。
そこには競うことも無く、心を表現するだけでよかろう。

その色の訳に疑問の心が沸く。そんな日常を科学の心と言いたい。

光の正体 (2018/01/25)。

大学入試問題例(エネルギー問題)

基礎ほど難しい。『電荷』と『エネルギー』の間の問題。記事の文末に追記した。電気現象の解釈矛盾の最大問題、それが電池が『エネルギー』の供給源であるとの認識の欠落であると理解した。論理性の欠落が科学論の課題だ。電気回路技術論は貴重な実用における技術科学文化である事には変わりがない。『電子』による科学理論・物理学理論が自然現象の真理を説くものではない事である。『電荷』は決して自然界には存在しないのだ。そこで次の問題である。

大学入学試験で、次のような問題を課したなら。

【問題】上の図の電気回路で、電池をスイッチSでコンデンサにつないだ。次の問いに答えなさい。

(問1)電池は何を供給する機能用品ですか。

(答) (         )

(問2)コンデンサには何が貯まりますか。

(答) (         )

現在の教育課程で子供たちに教えている事に対して、その教育内容をどれだけ修得し、大学での進んだ高等教育を受けるに必要な能力を備えているかを見るのが入学試験の目的であろう。

答えは (エネルギー) でなければならない筈だ。

もし (電荷)と回答したら、おそらく教育内容を修得した効果が出た事に成りそうだ。特に、(問2)のコンデンサに電荷が貯まるとなれば、教育内容に沿うとなろう。

コンデンサの正電極側には電池からどのように『正の電荷』が貯まる事になるか。クーロンの法則に逆らって、どれ程の同じ『正の電荷』が密集できるのだろうか。

(2021/05/27)追記。コンデンサと電荷‥についての記事で、電流は流れないけれども電荷は貯まると❓ この解説記事は余りにも酷過ぎる。こんな内容を学習する羽目にある学習者はどうなるのか。間違いを世界に広げる手先になるのか。通商産業省は、こんな解説の試験問題が出題されるとすれば、受験生に対して誤った知識を要求する事に成る。これが科学技術論か? と言わなければならない事態になった事はとても悲しい。50年前に、筆者も電気主任技術者第二種免許(宮澤喜一通産大臣)の認定を受けた。当時の電気工事士、高圧電気工事士などの免許も取得した。電気回路の解析は得意だ。しかし残念ながら、電気技術理論は極めて重要な技術論ではあるが、それは自然界の真理からは程遠い科学技術用の仮想概念(自然の真理としては、電圧や電流の概念が)でしかないのだ。その理論的現状の混乱の責任は『現代物理学理論』が背負わなければならない問題である。更に子供達への教育の未来について、喫緊の課題として教育機関及び授業担当の教育者・教科書編集者がその責任を負わなければならないのだ。論理的矛盾に目をつむる事は許されない筈だ。科学技術理論と物理学理論の違いを明確にすることが求められている。

電気現象の基礎を深く考えると、だんだん科学理論と言う内容はその論理性が無いことに気付く筈なんだが?結局『電荷』と言う自然界に存在しない物理概念量を仮想して構築したところに問題が有ったのだ。

マグネットの基礎研究

(2021/05/22)。マグネットの世界。

基礎研究とは不思議な意味だ。
これだけ科学技術の恩恵の中で生活している。長い伝統に支えられた電気技術の中で、磁気の意味は解っている筈なのだ。しかし、その理論は少し人が複雑に解釈し過ぎた概念で構築されたものだ。自然はそれ程複雑な意味ではないように思う。マグネットは日常生活にとても便利な生活用品となっている。

マグネット。
マグネットは科学理論での解釈には磁束がその基礎概念となっている。しかし自然はそんな磁束など持ち合わせていない。

マグネットの力。それは『エネルギー流』 -Axial energy flow-  の間の近接作用力だ。図の青い色で仮想した。


マグネットの特徴はその力の謎に隠されている。科学技術としてマグネットを捉えれば、S極と N極がありその二つの磁極の間にとても強い引力が働く。 それだけで利用できるから、技術的にはその原理など過去の法則で十分だ。という事で済まされる。磁極間の離隔距離 x と力 f の関係には興味を抱かない。しかし、本当に過去の法則通りかどうかを実験で確認してみようと思えば、それは「基礎研究」になる。おそらく法則通りの結果には成らないだろう。問題はその『力』の測定法がとても難しい筈だ。実験器具とその測定法(秤と仕組み)をどの様にするかがその結果に響く。なかなか思う通りの、実験結果が得られないかも知れない。元々磁束など自然界の無い上に、その概念では近付くとどのように変化するかの科学的論理はない筈だから。

磁束概念の否定。実験結果の予測をすれば、磁束の意味が分からなくなるだろう。間隔 x と力 f の間に磁束量が関わる結果はない筈だから。物理学教室におられる研究者がやる意味はある筈だ。それが基礎研究と言うものだろう。実験も無く申し訳ない記事です。

電荷Q[C]とは何だ❕

(2021/05/18) 。「電荷とは何か」と検索した。「受験物理ラボ」に筆者が指摘したかった電荷問題があった。参考にさせて頂く。

電荷の論理性 (2020/10/26)で取り上げた課題でもある。

『〈問題〉二つの電荷の帯電体があり、接触すると、電荷は幾らになるか。

〈回答〉二つに等しく分かれるから、

{4.0×10⁹ +(-6.0×10⁹) }/2 = -1.0×10⁹ [C]

の電荷量となる。』と言うような解説である。

電荷が自然界に実在すると言う科学認識に立てば、当然上のような問題が取り上げられてもおかしくない。それは科学常識の科学パラダイムであるとも言えよう。

ただ帯電体の形状と『電荷の保存則』に対して、どう理解すれば良いか少し疑義は在る。プラスの電荷とマイナスの電荷は相殺して消えてしまう事に成ると言うのも解る。もし、両電荷とも等量なら、

4.0×10⁹ +(-4.0×10⁹) = 0[C] 

と、ゼロ[C]になる。

ここで、この電荷概念の不可解な疑問が起きる。この世界で『実在』するものがその存在も無かった如く消え去るなど、『あの世の幽霊』の話としか考えられない。実在する物は光などの『エネルギー』から成り立つものである。コンデンサの電極に正と負の電荷が充電されたとする(実際は電荷などでなく、『エネルギー』の貯蔵であるが)。その電荷が合体して消滅したとする。その時ただ消滅するだけでなく、アーク放電などで火花として光の『エネルギー』が放射される筈である。それが技術の世界の現実である。

電荷Q[C]が空間に在ると科学パラダイム・物理学理論によって仮定する。

Q[C]とその周りの空間の物理学的状況をどの様に解釈するか?図は古い記事のものだ。

電界強度ベクトルE(r)[V/m]の空間点p(r)のエネルギー w(r) [J/m³]を認識する筈だ。それは電荷Q[C]がもたらした空間の『エネルギー』の筈だ。物理学理論でこの『エネルギー』を認識するか無視するかを確認してもらわなければならない。この程度の電気概念にきちんと解釈を示さなければ、物理学理論の教育的意義が無くなろう。この認識がマックスウエル電磁場方程式の『エネルギー』の解釈に繋がるのだ。電波が横波だ等と逃げてはいられない筈だ。電界も磁界も『エネルギー』に無関係では済まないのだ。

むすび。 電荷概念はそのエネルギーとの関係の論理的な収拾がつかないのではないか。電荷Q[C]が空間全体に無限遠方まで、『エネルギー』を伴う等となれば、理論の野放図な無責任論となる。市民が誰でも分かる理論である事が物理学理論に求められているのだ。教科書を書かれる方は、空間に表現する「電荷と電界とエネルギー」の関係を御理解されていると思う。曖昧な内容を教える事は子供たちに申し訳ない。教育機関及び関係者の課題である。

色が生まれる物理現象

(2021/05/15) 。世界は彩鮮やかだ。この地球に生きる世界は華やかな彩に満ちている。そんな美しい世界に物理学など絡めるのは誠に心苦しい。それでも未来を担う子供たちの為にも、伝えておかなければ成らない事がある。

彩と科学論。
色彩は光のエネルギーが醸し出す自然現象だ。自然現象の中で、光に関する科学論は物理学が担う学問的分野であろう。しかし日常生活の身の周りの光の不思議について、物理学は余り役に立たない自然世界認識論になっている。その原因は光のエネルギー空間像の認識が無いからであろう。

波と量子力学。
光は量子性と波動性を兼ね備えていると量子力学と言う科学理論で言う。とても難しいから深入りできない。今日改めて量子力学と検索した。2重スリットのお話の解説が出た。量子力学の不思議さを殊更解説して、その不思議な現象が有るからこそ量子力学が学問として貴重な分野である。と言わんがための専門領域の宣伝記事に思えた。その不思議を説こうとしない専門性の不思議に脱帽だ!学問的解釈では、日常生活で不図疑問に思う事に対して必要な易しい自然現象の解釈を示せないのだろうか。突然高く聳える絶壁で学問領域を権威の城壁に囲い込む。光の何たるかについて解き明かそうと言う学問研究の姿勢が見えないのが残念である。

薔薇、真赤なバラが咲いた。
何故薔薇の花弁が真赤な色になるのか。どの様に物理学は答えを示してくれるでしょうか。光を振動数で解釈している限り、真赤なバラの色の訳など理解はできなかろう。二重スリットの解説から、光がそこに示す現象の訳を考えた時、空間を伝播する光の実相を・空間像をどの様に捉えているのか。波の意味をどう解釈しているかで、その物理現象の捉え方が変ってこよう。その物理現象を理解するには色彩の生れる訳を知ることが必要だ。その意味で、色彩の訳を考えてみたくなった。景色が醸す彩はすべて同じ空間の光が基で、それぞれの色合いを演出する。それが自然の姿だ。不思議な世界だ。その意味を物理学で紐解いて欲しいのだ。

花虎の尾に揚羽。この揚羽蝶の彩はどのような物理現象によって解き放たれているか?そんな日常生活に触れる自然現象の意味を物理学理論に求めたいのだ。光の物理的実体を物理学ではどのように解釈しているか?花虎の尾の花弁の色は何故その色を醸し出しているか。何が原因でその色になるのか。全て特別の事ではなく、目の前の光が創り出す世界でしかない。目の前の光とはどんなものと物理学では認識しているか?振動数では自然の色の解説はできない。光は全てに平等なエネルギーを振り撒いている。その光のエネルギーをどの様に処理して放射するかがそれぞれの存在する自己主張・アイデンティティーであろう。自由と言う世界の姿を見せている。それが個性でもある。揚羽蝶の羽の彩模様は代表的な自然の極微模様と言っても良かろう。自由な羽の表面構造が創り出す光エネルギーの共振空洞現象の結果と認識する。

赤くはないが白い椿の花。白い光がある訳ではない。目の前の空間に満ちている光が花弁に入り込み、その花弁の表面の細胞空間内でのエネルギーの空間像の変換を経て、固有の光成分の集合体として放射現象に至る。その光の波長分布成分スペクトラムが白色を演出するのだ。その反射光を人の色覚と自然の関りとして白く捉える仕組みでしかなかろう。

白熱電球と言うランプ光。昔の穏やかな光の色。

光にはそれぞれ独特の色合いがある。電球はそのフィラメント等の物理現象でその特徴の色合いを出す。この放射光は少し赤み側の波長成分に中心波長が在るスペクトラムであろう。そのような光成分になる訳は、フィラメント内に入射する電気エネルギーがそのフィラメント空間に時間積分で増加し、ある程度の貯蔵限界に達するたびに外部に放射する。その周期が電球フィラメントのエネルギー放射周期となるからと解釈する。その周期が電球の色調を生むからと考える。

記事を書きながら、分からない事に突き当たる。その疑問を解くのに暫く考える。過去に解決した解釈と突き合わせて、考えを纏める。全く実験もなしに、解釈法を提起するその基は『エネルギー』に対する感覚しか頼りになるものは無い。白熱電球のエネルギー変換について中学2年生の学習課題がある。その意味も兼ねて、己にその解決を課した。その結果が上の図である。この白熱電球の発光の物理現象は電球の抵抗が等価的に√(Lr/Cr) [Ω]であるとの認識が基礎にある。全ての空間の『エネルギー』は空間の定数 C[F/m] L[H/m] あるいはεo[F/m] μo[H/m]に因った共鳴現象で伝播する縦波である。電気抵抗の技術単位オーム [Ω] も自然世界の現象との関係で理解するにはL C 機能で捉える必要がある。電気回路要素の『エネルギー』処理機能 (2020/04/12) 。図2.でその意味を捉えた。

 

 

 

 

(2021/06/20)追記。サイエンスコミュニケーションの機関誌を読みながら、科学理論の果たす役割は何かなと不図思いながらこの記事を読み直した。準備した絵図の掲載を忘れていたことに気付いた。年の性かな?

空間と色彩 自然の天然の色合いは言い様もなく美しい。昼光と言う光が平等に照らし、みんな違う色合いを奏でる。同じ光が創り出す世界なのだ。デジタルCD 板の模様もその空間構造が創り出す。同じ原理で世界の色彩は生まれる。模型で書けば上の空間のような仕組みと解釈できる。自然は極めて単純であるが故に、その姿は極微の美しさを生む。忘れていた図を載せた。

 Axial energy flow も軸対称の回転エネルギーの流れである。縦波とは言えないかも知れないが、エネルギーの流れである。その『速度』が光速度かどうかはいつか分かるか。今は不明。

電気抵抗の物理特性 (2019/11/17) がCL解釈の方向へのはじめか。

むすび。

光が特別のものでなく、その『エネルギー』の空間分布構造によって、無限の色彩模様を演出しているのだ。空間に実在する『エネルギー』の光速度の縦波伝播模様が世界の色彩を生み出しているのだ。専門の科学研究に進む前に、日常生活の身の回りの出来事に疑問を持ち続けて欲しい。光が『エネルギー』の空間の流れであることを知って欲しい。絵具もクレヨンもその成分の分子構造が光に対して『エネルギー』をそれぞれ特有の変換作用をして、光の分布構造を創り変える結果によって生み出された色彩なんだろう。たった一つの『エネルギー』の姿が光の色彩なんだ。揚羽蝶の羽根の極彩色も昼光が差し込み、その光のエネルギーが羽根の空間構造の中で変換されて、放射される光の空間分布エネルギー波の醸し出す造形である。光が空間の『エネルギー密度波』であると言う認識が無ければ理解できないと思う。人の視覚との関係で世界が繋がっている。