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電磁誘導現象の真相

ファラディーの法則(2020/10/24)。それは19世紀初めに唱えられたアンペア―の法則と共に電気現象の不思議を解き明かす基本法則である。電気回路現象の解釈の要となる概念が『電流』と『磁束』であろう。ファラディーの法則で、『磁束』がその主要概念となる。しかしよく考えると、コイルに磁束が鎖交すると何故コイルに起電力が発生するかの理由が分からない。金属導体のコイルと磁束の間の物理現象はどの様なものか。『磁束』とは一体どのような空間的物理量か。「科学技術概念の世界」を書きながら、さきにこの記事を投稿する。

磁束が自然世界にある訳ではない。人が電磁誘導現象の訳を解釈するために仮想的に決めた概念である。『電圧』とは何か?と同じように『磁束』の意味も分からないのである。磁石のN極側から空間に放射する線束として解釈して居よう。空間に線束とはいったい何だろうか。磁束や磁界と言う解釈概念は、本当はそのN極およびS極の周りをエネルギーが回転している空間現象なのだ。その様子を図の磁束φの先端に記した。N極側から見て、時計方向に回るエネルギー流なのだ。コイルの端子電圧Vはコイル1ターン毎の単位電圧vuの加算の電圧となる。丁度乾電池を積み重ねたと同じことになる。

コイルはコンデンサである。電線を二本平衡に張ればその間にはコンデンサが構成される。電線間の離隔距離と電線の形状・寸法でコンデンサ容量は変わる。コイルはその電線の間にはやはりコンデンサが構成されていると考えて良い筈だ。コイルの端子電圧の意味を少し深く考えれば、そのコイル電線間のコンデンサ容量と、そのギャップ間の貯蔵エネルギーとの関係を見直せば、新しい電圧の概念で統一的に捉えられると考えた。コイル巻き線間の間のエネルギー量をδ[J/1turn]とすれば、1turnコイルの電圧vuは図のように認識できる。丁度1turnの電圧を巻き数n倍すれば、コイル端子電圧Vとなる。

変圧器と『エネルギー』反射現象。

先に電気回路は直流も高周波も同じ電磁現象の基にあると述べた。変圧器は電気回路の中でも少し異なった、電力工学の捉え方が中心になって認識されているようだ。物理学の変圧器の解釈は励磁電流による磁束発生かその根本原理となっている。もう励磁電流などと言う解釈は過去の遺物概念と破棄しなければならない時にある。そこで更に先に進むには、変圧器も電線路に繋がれた一つの負荷でしかないと考えざるを得ない。其処では負荷と電線路特性との負荷整合の統一的解釈にまとめなければならない。変圧器での電源間とのエネルギー反射現象をどの様な認識で捉えるべきか。空芯であればすぐ短絡現象になる。鉄心がある事で、技術概念の『磁束飽和』に至らずに短絡せずに済む。それは鉄心へのエネルギー入射が時間的に長くかかり、鉄心でのエネルギー反射が巻き線空間を通して電源側に起きるからと考える。後に、追記で図によって示したい。ひとまず基本的な真相だけを述べた。

 

 

エネルギー流が電圧・電流

電圧・電流の物理的正体(2020/09/29)。

長い電気回路の解釈を通して、感覚的に納得できたかと思う。『電荷』概念を捨てて、電気磁気学の科学論の常識から離れて遠い道を辿ってきた。パワーエレクトロニクスと言う新しい電力制御技術に出会い、その回路制御技術を通して『エネルギー』の実在性を感覚的に身に深く刻むことが出来た。様々な過程を経て、理論と『エネルギー』の間の不協和を謎として追究してきたように思う。電気回路は電圧と電流なしには解釈できない。その電圧と電流が回路の線路空間を流れる『エネルギー』の流れとして捉えて良いとの結論を得た。

直流回路のエネルギー流。

電池などの電源からランプを点灯する回路。それは最も基本となる直流回路だ。その電気回路は二本の電線で囲まれた空間を『エネルギー』がほぼ光速度で伝送される機能設備と言えよう。電線路はその空間が電気的特性、コンデンサとコイルによって特徴付けられる機能回路である。電線路の単位長さ当たりの持つ静電容量 C[F/m] とインダクタンス L[H/m] によってその空間の特性が特徴づけられる。その C L によって電気『エネルギー』の電線路特性が決まる。電源の特性は電線路に供給する『エネルギー』の供給能力で評価できる。電源端子の線路容量 C で供給する『エネルギー』の分布が決まる。それがそのまま電圧と言う技術量を表すことになる。電源の電池やその他の直流電源は技術的な電圧規定値、定格値でその能力を評価できる。電源から送出される『エネルギー』は線路特性に因る伝送速度 c で次の式で決まる。

c=1/√(LC) [m/s]

電線路の分布した『エネルギー』がδ[J/m] なら、その伝送速度が c となる。この伝送特性は、高周波伝送であろうと商用電源であろうと全く違いはない。直流回路も同じ基本特性にある。

直流回路の反射現象。

直流回路のエネルギー反射現象と言う認識は無いと思う。ここで述べる解釈は、おそらく科学論としては評価されないかも知れない。何故なら、全く科学的手法の原則である実験的検証による説得力のある論ではないから。しかし、電気現象が全て『エネルギー』の光速度伝播であるとの認識に立てば、その伝播空間と『エネルギー』の関係から電磁波の周波数に因る差異がある筈が無いとしか考えられない。となれば、伝送回路の空間特性により、特性インピーダンスの意味も負荷の整合性で直流回路においても全く同じ筈と考える。伝送エネルギーが負荷に到来しても、整合性の執れていない負荷では、その内のある分の反射現象が起きる筈だ。

反射現象で、反射エネルギーはどの電線路側を戻るか?ここにその判断の鍵があるようだ。プラス側を戻るか、マイナス側を戻るかに判断を下さなければならない。

反射エネルギーは負側の伝送エネルギーの到来側をそのまま反転して戻る。そう結論を付けた。

負荷の反射は回路の特性インピーダンスZoと負荷抵抗Rとの関係で整合が採れているかどうかに因る。今負荷抵抗が回路のZoのα倍とする。図のように負荷で伝送エネルギーδpの内のδrが反射するとする。負側電線路のエネルギー分布量δは二つの合成となる。負荷で反射して、電源に到来する『エネルギー』分布波δr分だけ電源から送出する『エネルギー』δpは少なくなる。電線路エネルギーギャップはδ=δp+δrと、電圧保持分布量に成っているから。

模式図。上の関係を模式図にまとめる。

負荷が整合に在れば、α=1である。『エネルギー』の反射は無く、電源供給の『エネルギー』δ分布で、そのまま負荷に吸収・変換される。

【実験的課題】α<1の時。特性インピーダンスZo より負荷抵抗が小さい場合に当たる。この時、電源の供給能力があれば、あくまでも電圧を規定値に保つべくδpを増加するかと言う問題になる。一つの実験的検証の課題が浮かぶ。プラス側を反射波δrが電源に戻る。その分多く電線路エネルギーギャップがδ=δp-δr、V=√(δ/C) となるように、δpが多く送出されれば解決となる。実験的に確認したい未解決問題。

関連記事。

電流と電圧の正体 (2013/05/16) 。電気の真相(3)-電圧と負荷-(2015/09/25) 。電圧-その意味と正体- (2016/05/15) 。エネルギー伝播現象 (2020/06/27) 。『電圧』という意味  (2020/07/04) 。電圧とエネルギー (2020/07/10) 。技術概念『電流』とその測定 (2018/09/24) 。などの解釈を経てきた。

 

定在波の発生原理

定在波とは(2020/09/22)。ここで解説する意味には『電圧』と『電流』で定在波を論じる。しかしその『電圧』と『電流』の意味には深い意味が有るので、一般的な電気回路の『電圧』『電流』とは少し異なる意味かも知れない。それは測定法に関わるので、その点も含めてご理解いただきたい。この定在波測定回路については後の記事に示したい。

電気現象はその基本が『エネルギー』一つの振る舞いである。しかし商用周波と高周波あるいは直流とそれぞれ回路解析法は異なる手法が適用される。高周波回路は電線路長に対して電気信号の波長が短いために、その電気現象は特異なものに観えることになる。それが定在波と言う波についてであろう。定在波は電線路終端短絡の場合に顕著に、そこからの反射波と伝送波の間に起こる現象として強く現れる。負荷終端の場合は、様々な影響が定在波分布に現れる。専門的な解説が多く示されている。しかし、とても内容が複雑で筆者には難しい。それも波動と言う波形が何を表現したものかが分からない。ここでは伝送波も反射波も全て『エネルギー』の分布密度波として捉える解釈について論じたい。

インピーダンス整合。

負荷インピーダンスが電線路の特性インピーダンスと整合して居れば反射波はない。すべて負荷に伝送エネルギーが吸収されて反射するエネルギーは生じない。それがインピーダンスマッチングと言う状態なのだろう。

電線路電圧の概念。

電気現象は『電荷』を否定して初めてその真相が見えてくる。高周波であろうと直流であろうと、電源は電線路の空間を通して、『エネルギー』を負荷に供給する回路技術である。二本の電線a と b の間に高周波電圧を掛けるとする。その電圧を掛けるという物理的意味をどのように解釈するかと言う難しい話になる。まさか電線に正の電荷と負の電荷を交互に電源から送出するなどとは考え難いだろう。①には、『エネルギー』の波の伝播で示した。電線路に電圧測定装置、オッシロスコープ等を繋げば②の様な電圧波形が得られるから、電圧と言う物理量が自然世界に存在すると誰もが考え易い。しかしその電圧と言う物理量は、人が科学技術に依って獲得した測定技術の賜物であって、簡単に電線路に電圧が在ると理解するには、それはとても深い物理的意味を知らなければ分かり難い概念なのである。

定在波とエネルギー流。

終端短絡の定在波とは。電線路の位置によって、電圧や電流と言う概念の分布を測定すると、測定値が正弦波状の分布になる。その分布波形を定在波と言う。終端短絡の時、『エネルギー』は電源から伝送され、終端ですべての『エネルギー』が反射する。その往復の『エネルギー』の波動が重なり合い、その密度分布の大きさが電線路の位置によって決まった脈動をする。図の電圧の定在波をVで示し、電流の分布をIで示した。電圧定在波Vは常に零の位置がある。『エネルギー』は電線路を光速度で流れるから、電線路の位置によって流れが違う訳はない。それなのになぜ測定値が異なる正弦波分布になるかと言う疑問が沸く。そこに『定在波』と言う意味が隠されているのだ。

今、図のように電線路の長さが電源電圧波長の2倍の長さとし、その終端を短絡する。電線路を短絡するなどという事は普通は短絡事故と考える。しかし、高周波電圧波形の場合は、『エネルギー』密度がそれほど高くなる前に極性が反転して、高密度にならないため、短絡しても事故とならずに済む。極性の切り替えが早く高密度エネルギーにならずに済むためである。短絡終端に到達したエネルギー波はすべて反射して電源側に戻る。その反射伝送は到来『エネルギー』波の反対側の電線近傍を、即ち反対側電線を戻る。

電線路電圧の意味の追加説明。この事は別の記事にして示したい。短絡終端は当然電圧は零である。電圧零という意味は二本の電線路の両方が同じエネルギー分布であれば、それ電線路間の電圧は零である。電圧とはエネルギー分布ギャップを評価するものである。それは乾電池電圧の『エネルギー』の意味と同じものである。二本の電線間にエネルギーの分布差が無ければ、如何にエネルギーが大きかろうと電圧は零である。エネルギーギャップ零は電圧零である。

この記事は

金澤:分布定数線路実習に対する一考察。新潟県工業教育紀要 第3号、(昭和42年)。に載せた定在波分布波形の意味が良く分からずに、改めた考えてみた。実験での測定データなどは他にあまり見当たらない。その意味でとても貴重な資料と考える。正直に当時を振り返れば、よくこんな実験をして、報告記事にしたと驚いている。その訳は今でもそのデータの意味が良く理解できないのだ。その意味を少し掘り下げて理解してみたい。その第一報として定在波と『エネルギー』の関係だけを論じた。一般の解説には『エネルギー』の観点はほとんど示されていないように思う。

 

原子構造と8面磁極

原子構造(2020/09/13)。

原子構造論など全くの素人が申し上げるのは大変恐縮である。しかし、『電子』の存在を否定したら、標準的原子構造論を信じられなくなる。専門家の論理を否定せざるを得なくなる。誠に不遜の極みとお恥かしい次第です。

八面体と軸性エネルギー流。八面体の表面は軸性エネルギー流(Axial Energy flow)の磁極との解釈を提案した。図の赤い丸は N 極、青い丸は S 極を示す。水素原子は最小のマグネット単位原子と解釈する。もし『電子』を考えるなら、それはもっと小さな軸性エネルギー体のマグネットと考えればよいかも知れない。しかし電気回路ではそんな『電子』も必要ない。分布定数回路を考えれば、そこには電線路空間内のエネルギー分布流しか考えられない。従来の分布定数回路と言うインピーダンス認識も考え直す必要に迫られる。

原子の基本的特徴。周期律表に示されるように、やはり8の周期性で特徴付けられるのは確かであろう。中心には核があり、その周りを『電子』が取り囲んでいるような構造体として原子を捉えているのが常識的科学論である。原子は他の原子と結合する性質を基本的に備えている。原子の空間像をどのように捉えるかは、その結合の機能を何に求めるかに係っていよう。常識論である原子構造は外郭電子同士の結合にしか説明が付かない。だから「共有結合」なる電子間の結合力を頼りにする以外ない。あるいは電子が理由は不明だが、相手の原子に移り、その結果イオン結合なる結合理論を唱える。そんな電荷間の「クーロン力」に論理性が成り立つと考えること自体が、失礼ながら何も考えていないとしか思えない。

新電磁気学の事始め (2020/09/15) 。『電子』周回構造の原子論批判の為の記事とした。

新電磁気学の事始め

電気磁気学への希望 (2020/09/14)。それは大きな代償を払わなければ難しい。困難の原因は現在のあらゆる科学理論の拠り所たる『電荷』概念の否定しかないから。

教育。 教育基本法(原)(昭和22年3月31日)の前文。

われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。                   われらは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を徹底しなければならない。

この教育の基本方針によって、真理を希求する人間の育成を期するためにも、過去の科学理論の矛盾を勇気をもって排除する以外に、未来への希望は無いものと覚悟すべきである。

第一の要諦。

決して電荷は自然界に存在しない。従って、「電荷間に生じる力」なる表現は論理的な矛盾を含み、使ってはいけない。「クーロンの法則」は間違った法則であった。それを教科書から排除してこそ未来の教育が始まる。記事の右上の検索で、クーロン力で検索すると過去の幾つかの記事が現れる。不可解な電荷 (2019/5/26) もその一つ。それは『電子』なる概念も否定されることになる。この主張は所謂「不協和音」(9月7日の新潟日報座標軸の記事を見て知った欅坂46の歌詞を見て、弱気になった。)になる。原子構造論の否定にもなるから。恐ろしい結果になる事、即ち教科書の電子論を否定する事が、また高分子結合の水素結合とは何か?の極めにもつながる事だから。すべてが軸性エネルギー流(Axial energy flow)の磁気結合につながる予測を生むから。『エネルギー』一つの基礎概念にまとまるから。

子供達への教育は、子供たちが余裕をもって日常生活が送れるように、少ない内容の広く応用につながる大事な基礎に重点を置くことに勤めなければならない。

『エネルギー』の意味を考えて欲しい。

 

 

教育とオームの法則

オームの法則(2020/09/05)。

電気の学習で最初に学習するのは『オームの法則』ではなかろうか。電気回路の電圧と電流と言う電気の基礎を学習するものである。懐中電灯は誰でも家庭に備え付けられていて、手に取って見る事が出来るだろう。その電気回路は最も基本の電池とランプの回路だ。その回路の意味を教える理科での指導法を述べたい。

自然の本質・真理を教えることを主眼に。本筋を易しく教える。その後に技術法則の意味や使い方を教える。それが大事だ。

最初から電圧や電流などの言葉を教えるべきでない。そんな難しい概念が理解できる訳はないから。その意味を教えようとするなら、そこには必ず曖昧な解釈が入る。『電子』などこの自然の世界には存在しないのだから。

学校教育。学校で教えるとすれば、電池と豆電球を電線でつなぐ。するとランプが点灯して光る。その訳を教えるとき、電池のプラス端子から電流が流れ出て、豆電球に流れて、電球が明るく光ると教るだろう。その教え方が間違っているとは言えない。それは正しいのだ。その先に疑問が沸き、何故かと考えるかも知れない。そこでパソコンや携帯端末でインターネットから学習しようとすると、本当は『電子』が電流の逆に流れていると解説されている事に戸惑うことになるだろう。学校教育は教科書によって教える。その教科書の内容や教え方は文部科学省と言う政府機関で細かく決められて、その『学習指導要領』の指導指針で厳格に決められて、勝手な指導は出来ないことになっている。教師の教育指導法に自由が許されない仕組みだ。

オームの法則の学習指導法の理想。

学校教育の内容とは違うが、電気回路現象は教科書のような解説では本当のことは理解できないのだ。兎角数式で解くと程度の高い理解に結びつくと考えるのではなかろうか。本当はそうでは無いのだ。数式は確かに高度な科学技術を理解するにはとても有効で、便利ではある。しかし、その数式で解いたからと言って、懐中電灯の電気現象が理解できる訳ではないのだ。何処までも何か納得できないで疑問が残るかも知れない。しかし今まで誰もがその疑問に真剣に向き合ってこなかったのではなかろうか。何処かで、電流が流れる事で分かったことにして置こう。それが科学技術社会での常識の世界で社会に役立てる道であるから。と決まる。『オームの法則の真相』は電気現象の自然現象を理解しなければ分からないのだ。言葉で述べて説明できなければ、本当の電気現象の真相を知ることはできないのだ。それは誰もが簡単に理解できることだと思う。その真相を説明したい。

上の図はその電気回路の真相の説明用の図である。電線の中を電流や『電子』が流れる訳ではないのだ。しかしオームの法則によれば、流れる電流は

I=E ÷ R [A]

と簡単に数式によって算出できる。その値は電流計で測る値と等しい結果になる。それだけで、オームの法則が如何に優れた科学技術法則かが分かるだろう。それなのに、その計算に依て理解することは、この電気回路の本当の自然現象を理解したことには成らないのだ。電線の中など何も流れてはいないのだ。流れるのは、電線で囲まれた空間内の『エネルギー』しかないのだ。それも光の速度で瞬間に流れるのだ。電気信号が伝わる速度は光速度だと昔から分かっていた。『電子』が電線の中を光速度で流れられる訳などないのだ。それなのに、何故か『電子』が電線の中を流れると解釈するだけで、信号が光速度で伝播する事との関係を突き詰めて考えようとして来なかったのではないか。電気回路の電線で囲まれた空間を光やスマホの電波と同じく、光速度で流れる『エネルギー』なのだ。図のように、それも電線の負側の近くの空間に多く流れる現象なのだ。電線の正の側は『エネルギー』の伝送空間を規定するだけに近い役割と見做せるだろう。あくまでも自然現象には『電子』や『電荷』は全く存在しないのが、その真相である。だからと言って、その空間の『エネルギー』の流れを測定するなど不可能な事である。見る事も測ることも出来ない物理量『エネルギー』が自然世界を支配している現実世界なのだ。この事は数式など計算しなくても、誰でも基本として認識すべき真相なのだ。その上でこそ『オームの法則』が如何に優れた科学技術法則であるかが理解できる筈なのだ。空間を流れる『エネルギー』を電流計と電圧計で計測する技術を完成させた事の意味をよく理解しなければならないのだ。それは素晴らしい人類の科学技術として完成するまでの努力の結晶なのだ。空間に流れる目に観えない、測れない『エネルギー』を電圧と電流と言う二つの計測器によって測れるようにしたのだ。これほど簡便な量的理解ができる法はないのだ。電流計や電圧計が如何に優れた科学技術の成果であり、文化であるか。それを理解することが、理科教育の本筋でなければならない。

電気回路はすべて『エネルギー』が空間を流れる現象である事を理解することである。それが全ての科学理論の理解の基礎となるのだ。これは科学や理科の教育で、すべての方に理解してほしい基本と思う。広い科学の分野で、その分野ごとに独特の概念が使われるが、それはそれで専門分野ごとに違っても良いだろう。しかし学校教育の基礎で、余りにも複雑な科学技術概念をそのまま教える事は、子供たちの自主性と創造性を損なう意味で考え直して欲しい。しかも結局理解できないモヤモヤの気分を後に残す。そして多くの細かいことを記憶させる膨大な内容によって子供たちの折角の豊かな感性と日常生活のゆとりを損なうことになる。

〈問題〉。上の回路で、負荷が要求する『エネルギー』を電源はどのように判断するか?もちろん電池に認知機能などない筈だ。電池が送り出す『エネルギー』はどのように決まるか?

「答」。電源は『負荷』のことなど一切関わりない。何も知らなくても自然の摂理でそのままの『エネルギー』の量が決まる。その意味を考えてください。計算式では答えに辿り着けない。

『電圧と電流』すべて逆だった

電気現象の解釈は長い歴史を経て、今電気理論として科学技術の根幹をなしている。しかし、そこには大きな誤算があった。『電圧』と『電流』に物理現象としての論理性がなかった。しかし、これからも「オームの法則」として科学技術に欠かせない理論として社会的な文化であり続ける。

科学理論と自然世界。

特に物理学理論として『エネルギー』の実在性を見誤ってきたところに、科学者の現代的責任が問われなければならない。『電荷』は自然界に存在しないのだ。従って、『電子』は誤った科学概念であった。電気現象に『電子』は不要の存在であった。そこに現代物理学の誤りの根源がある。

電気現象はすべて『エネルギー』の流れである。『電圧』は電気回路のエネルギー分布の逆向きの方向に定義した技術概念である。『電流』も電線の近傍空間に流れる『エネルギー』を、逆向きに流れると定義してしまった科学技術概念である。しかも、その『電流』の逆向きに『電子』と言う実在しない概念を創り出して、論理を構築してしまった。そこに科学理論の根本的矛盾を持ち込んできたことになる。光も『エネルギー』の流れである。今太陽電池の現象を考えながら、先に『電圧と電流』の自然現象・理科教育としての矛盾を述べた。

電気工学から物理学を問う (2017/04/09) の回答であったかも知れない。

電池とエネルギー

電池は『エネルギー』を貯え、便利にその『エネルギー』を使うための科学技術の貴重な成果の製品だ。決して存在しない『電子』などを貯えるものではない。『エネルギー』とはどの様な特性を持った物理的実体か?と考える。見えなくて測れないものだから、その『エネルギー』の動特性を探ることも出来ない。どうすれば、『エネルギー』の空間特性を理解できるかが電池の物理的現象を知る要点であろう。

電池とエネルギーの関係。

電池の内部で『エネルギー』がどの様に貯蔵され、それがどのような条件で電池内部から解放されて電気回路空間に放出されるか。その現象を『電子』なしに『エネルギー』の物理的特性として解釈する必要が有る。電池から送出された『エネルギー』は決して電源に戻る必要はない。負荷に供給されて、それで電池の役割は完了する。『電子』のような概念では、再び電源に戻る無意味な解釈が繰り広げられる。無意味とは何故に負荷を『電子』が通過する必要が有るのか。負荷に『エネルギー』を『電子』がどの様な物理現象として届けることになるのか。何故に『電子』が保有した『エネルギー』を負荷に届けて、その『エネルギー』分だけ欠乏した状態の、異なる『電子』が電源に戻る必要が有るのか。『エネルギー保存則』の意味を忘れないで欲しい。『電子』が負荷を通過しただけで、負荷で『エネルギー』を発生できる訳はない筈だ。無から『エネルギー』は生まれないのだ。電池における電子の役割を問う (2018/05/24) で矛盾の解説に使ったのが下図である。

Fig.1. の図の意味。普通の電池記号と異なる図で表現した。単純に電池の意味を表現すれば、陰極の電極金属で『エネルギー』源のエネルギー貯蔵物質を包み込み、そこから『エネルギー』の無い陰極側に放出され、負側電線路を通して負荷に供給される絵図で捉える。電池の陽極電極および充填物質は所謂電位としては同一にある。充填剤に貯蔵された『エネルギー』はその内部では『エネルギー』として存在している訳ではない。しかし陰極金属体との間には『エネルギーギャップ』が存在する。陰極のエネルギーレベルが充填剤より低い。その接触ギャップで、自動的に充填剤の内部から空間構造変換として『エネルギー』が陰極側に放出される。それは同時に電線路が繋がれているば、その回路空間に対してもそのギャップを埋めるために『エネルギー』が放出される。だから電池内部に見える形で『エネルギー』が貯まっている訳ではない。充填剤の分子的な構造変化として含まれているだけで、結局は質量開放として『エネルギー』の放射になるだけである。

電池の物理現象と科学論。電池の『エネルギー』を観測することも計測することも出来ない。ましてや『電子』の数量を計ることなどもっと困難である。仮想概念で、実在しない物は計れないから。それでは、電池内の『エネルギー』は在るかと言われればそれも無いと言わざるを得ない。『エネルギー』は忍者じゃないが、分子構造の中の質量となって貯えられているとなれば、それは空間分布の『エネルギー』として存在する物にはならないから無いとなる。質量と『エネルギー』に変換し合う物理量は科学論で測り様が無い物だ。自然世界は余りにも純粋過ぎて、物質論の理論の計測手法に馴染まない物かも知れない。分子構造から解放される『エネルギー』が科学論で解明されることを祈る。

関連記事。独楽の心 (2019/01/05) 。熱の物理 (2019/02/07) 。

電圧とエネルギー

観えなくて測れない物理的実在量、それが空間の『エネルギー』。しかし、それは物理学理論の概念にはない。その空間像の象徴が『光』だ。光に因って物は見えてもその光およびその『エネルギー』は観えない。

『エネルギー』とは不思議だ。誰もが言葉にするが、その姿を見る事が出来ない。物理学理論で『エネルギー』と言えば、運動エネルギーと位置エネルギーがその意味になる。その物理学理論の『エネルギー』は何となく見えるような気がするかも知れない。ボールが飛んで行けば、その速度で運動エネルギーを感覚的に理解できたように思う。しかし、その飛ぶボールを見ても、ボールが見えるだけで『エネルギー』などどこにも見えないし測れない。速度と質量から計算式で算定することはできるが。蓄電池は電気エネルギーを蓄えた電気製品だ。しかしその貯えたエネルギーを認識できない。どんな像であるかを理解できない。代わりに『電子』で代用して理論を作り上げる。しかしそこでも『エネルギー』を説明出来ない。

貯蔵電気エネルギー。電気回路で『エネルギー』を貯蔵できる要素はコイルとコンデンサである。しかしその『エネルギー』を、その像を見る事はできない。また、抵抗も『エネルギー』を貯えない訳ではない。抵抗もその構造体の中に『エネルギー』を貯えるから、時間積分で温度が上昇する。だから『エネルギー』を貯えたことには間違いがない。しかし、電気回路にその『エネルギー』を再び戻す働きを持っていないのが抵抗体の不思議な機能である。

『エネルギー』

エネルギー W[J] を青色で描いた。それが電気要素の空間に存在する『エネルギー』である。描いて示したと言っても、それは科学的な検証に耐える証明が出来ない。だから物理学理論の概念には成り得なかったのかも知れない。見ることの出来ない『エネルギー』を、その空間像だと言って描いても、物理学理論の概念として受け入れられる論理性もないし、実測できる保証がないから、絵に描いた「餅」と言われても当然のことである。その意味ではこの空間の『エネルギー』の概念認識が無い物理学理論を非難できないかも知れない。それでもこの空間の『エネルギー』を認識することが自然現象を理解するには欠かせない。何か「電荷」の実在を頭ごなしに押し付けるのと、空間の『エネルギー』を押し付けるのと何処か似ているかも知れない。それは電気回路の現象を多くの観点から、各人が確認しながら納得する以外ないのかも知れない。磁石の周りの空間の『エネルギー』の流れと同じことなんだろう。見えないものを在るとは強制的に押し付けるべきではないから。

電気理論による数式で表せば、

コイルのエネルギー     W =(1/2)L×i^2^ [J]           (1)

コンデンサのエネルギー  W = (1/2)C×v^2^ [J]         (2)

となる。このような数学的表現で纏められる意味はとても大きな科学技術の業績である。いくらコイルの中に『エネルギー』があると力説してみても、その量を計れないことを知れば、(1)式が如何に優れた技術的表式であるかを理解できよう。『電流』と言う技術概念とその測定技術が如何に優れたものであるかを。しかし電線導体の中を『電流』や『電子』などは流れていないことも知らなければならない。そこに科学技術と自然現象の真理との差を知る必要が有るのだ。『電子』での解説者は、そこに『エネルギー』の認識を解説する義務がある事もまた分かってほしい。

電気技術論によってこの数式で算定はできるが、決してコイルやコンデンサの中に蓄えられた『エネルギー』は観えないし、測れない。コイルの空間に『エネルギー』があると理解するためには、電気回路技術の多くの計算を通して、感覚的に認識することが大事だ。学んで、そこから深く理解するには、疑問を抱き分からない不思議に直面して、そこを乗り越えて感覚的に納得できるのだろう。『電流』が流れていないことを理解する迄には、長い難しい道を辿る必要があるかも知れない。

電圧は『エネルギー』の評価技術量。見えない『エネルギー』と電圧の関係を考えてみよう。不平衡の空間の『エネルギーギャップ』を電圧として解釈している。コイルとコンデンサの貯蔵エネルギーに対する、その端子電圧には特徴的な差がある。コイルの中の『エネルギー』量を外から推し量ることはできない。一定値の安定した『エネルギー』の貯蔵状態では、端子電圧は零になり、『エネルギー』の量を推し量れない。一方コンデンサの場合は、その貯蔵の『エネルギー』量は端子電圧に直接現れる。コイルもコンデンサも貯蔵する『エネルギー』に違いがある訳ではない。同じ『エネルギー』を貯蔵するのである。同じ『エネルギー』を貯蔵する、その金属導体によって作られる空間構造が違うだけだ。貯蔵するのは『電荷』でもなければ『磁束』でもない。それは見えない『エネルギー』なのである。

電圧 [V] の次元は [(J/F)^1/2^] 。

電気物理(電圧時間積分とエネルギー) (2019/03/26) との関係での記事となる。

線路定数L[H/m]、 C[F/m]の『エネルギー』と端子電圧の関係を考える。線路容量Cに関わる『エネルギー』分布密度をw[J/m]とする。負荷のコイルとコンデンサの貯蔵エネルギーをW_L[J] W_C[J]とすれば、次の式で表される。

貯蔵『エネルギー』量はそれぞれの要素の端子電圧との関係で決まる。

wL は端子電圧が掛かる限り、その時間積分で増減する。コンデンサのwc は端子電圧そのものが貯蔵エネルギーを表す。この式から、端子電圧は次の図のような意味と解釈できる。

(1) コイルの端子電圧の意味。電線路に繋がれた負荷のインダクタンスLl[H] とする。コイル端子の電圧もその次元は [(J/F)^1/2^] である。コイルが繋がれた電線路は回路定数 C[F/m]の『エネルギー』分布空間である。コイル端子が繋がれた外部条件によってコイルへの『エネルギー』の入出力が決まる。電線路の『エネルギー』がコイル端子の電圧を表している訳である。電圧がコイルに掛かれば、コイルの『エネルギー』は変化し、その微分がまた端子電圧でもある。

(2) コンデンサの端子電圧の意味。容量 Cl[F] のコンデンサ負荷が線路に繋がれている。コンデンサの場合は、線路『エネルギー』分布により、コンデンサとの『エネルギー』は線路定数 L[H/m] を通して行われる。そのコンデンサの端子電圧はコンデンサ自身の保有『エネルギー』量によって直接決まる。コンデンサ内の空間ギャップでの『エネルギー』の空間分布構造が如何なる形態であるかを判断しなければならない。誘電体の分子構造内に貯蔵される訳であろうから、『電荷』否定の上での捉え方としては分子内での軸流以外予想できない。電極の負極側の高密度分布が予想されるが、未だにその誘電体分子構造内の空間エネルギー分布流は不明だ。結局は、磁性体内と誘電体内で同じような軸性エネルギー流になるかも知れない。前にコイルとコンデンサの磁気ループ (2016/07/13) に考え方を示したが、誘電体での微視的分子構造までは考えていなかった。電極間の『エネルギー』不均衡分布が電圧だという解釈との整合性をどう認識するかの課題かもしれない。

何が電池電圧を決めるか?

電池電圧と『エネルギーギャップ』 (2016/05/08) で考察したが、『電子』ではその訳を説明できない筈だ。電池は『エネルギー』の貯蔵器で、『エネルギー』を使っても端子に現れる電圧は常に一定値である。その電圧を決める意味には『電圧』とは何か?の「問」が示されている。『エネルギー』と電圧の関係が問われている筈だ。ここにまとめの意味を含めたい。

ロゴウスキー電極空間の磁界

はじめに(2020/06/09)。
電気工学の分野に「高電圧工学」がある。高電圧送電系統の安全設計に欠かせない基礎工学部門である。雷が送電線路に及ぼす影響を調べるに、高電圧放電現象を研究する標準電極がロゴウスキー電極である。直流の高電圧をその電極間に印加すれば、その空間は静電界と言う電場になる。電気理論では、その電極の間の空間には一定の静電界が両電極のプラス、マイナスの『電荷』によって発生すると成っている。決して磁界は存在しないことになっている。実は大学の卒業研究が高電圧のアーク放電に関するものであった。電力回路制御論と電気磁気学理論との理論的統一への道が高電圧工学のロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流に導かれて、今日の物理学理論の根源を問うことになった。The electron did not exist in the world. (2020/05/15)。それは1987年春からの、中曽根臨時教育審議会(*)の不気味で、不可解な中での政治と教育の中立性に関わる事件とも言えよう。

静電界中の磁界。初めに結論を示そう。それが下図のロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流である。自然界には『電荷』は存在しない。だから、高電圧工学の研究の基礎概念である『電荷』による電極空間の電界は実際はその空間を還流しているエネルギー流の場である。その空間にマグネットを設置して、いわゆる電界強度を強めれば、磁石のマグネットの向きが変化する。現在の科学理論の『パラダイム』では解釈できない現象である。以下の記事の結論を示した。

 

ロゴウスキー電極間の空間に、磁界が存在することを実験で確認した。今になれば、電界と磁界は単独の電磁場とはならないことを当たり前のことと認識している。だから静電場に磁界が在って当然との認識に在る。しかしそれは、現在の電気理論の教科書の解釈には無い。それが「科学パラダイム」と言う現在の科学理論の世界に問う緊急の課題でもあることになる。

『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質-
その実験結果の写真は Friction heat and Compass (2020/03/22) でも説明した。

『静電界は・・』の結果の、そのむすびに、 4. 実験事実に基づいた電磁界への考察と課題 として良くまとめてある事を知った。現在は、そこで指摘した課題を忠実に確認して、全体像として科学理論の矛盾を解明してきたと一つの安堵に居る心地だ。その翻訳を印す。

以下の翻訳文の中に出てくる方程式とその番号(3)、(4)および(5)を示した。これらの式はマックスウエル電磁場方程式を光速度ベクトル c=cj によって表現したものである。エネルギーの伝播方向を座標のyj軸とした。なお、(3)式はポインティングベクトルであるが、この式は瞬時値としては余り意味が無い(1秒間の値と見える)ので、別に取り上げて論じたい。
(翻訳)
4. Consideration of electromagnetic fields based on experimental results and future challenges. It was experimentally confirmed that a magnetic field exists in a constant electric field (electrostatic field) as shown in equation (5).Therefore, it can be said that equations (4)and(5) are basic equations that express the essence of electromagnetic fields. The meaning of equation (4) also includes the concept that there is an electric field around the permanent magnet and the earth, and there is also a flow of electromagnetic energy. Next we discuss the relationship between “charge” and “energy” as an important point discovered from the experimental results. Figure 3.The fact that the directions of b and c are opposite, we must conclude from Equation(3) that the directions of electromagnetic energy flow are opposite in b and c. This means that “positive charges” radiate electromagnetic energy to the surrounding space, and “negative charges” have the property of absorbing energy from the surrounding space. Although the current electromagnetic field theory is constructed based on the concept of Coulomb force acting between electric charges, experimental facts demand the need to regard it is “field proximity force” from the concept of electromagnetic energy flow. I am keenly aware of necessity of revising the laws supporting the current electromagnetic field theory from the electromagnetic energy flow and it’s propagation trajectory.

新世界―科学の要― (2015/03/05) にロゴウスキー電極間の空間のエネルギー流を示した。その意味を冒頭に既に示した。結局その結論が上のむすびで述べた目標であった。

ロゴウスキー電極の負極性の電極間のエネルギー流は、Fig.Energy flow and proximity action force. の図のように流れると一つの結論に到達した。そこにはマグネットの磁極近傍が Axial energy flow の場であるとの解釈が必要だ。その事によってはじめて電磁場の電磁力がエネルギー流間の近接力によるとの解釈に至る。発表当時に予稿論文で述べたとおり、下部電極側は正の電荷として理論は捉えているから、そこからエネルギー流が外向きに流れ出る意味で同じことと言えよう。上部電極は周辺からエネルギーが流れ込む意味で、適切であった。

「課題」アーク放電に関して。図のような静電界中のエネルギー流で解釈する根拠はあくまでも感覚的なものに依るため、論理的な論拠は無い。場合に依れば異なるエネルギー流であるかもしれない。図の解釈では、「アーク放電」の発生原因を説明する論拠の見えないことが欠点である。負電極面から流れ込むエネルギー流が電極空間で竜巻状に回転しながら正電極側から外に流れ出るのかも知れない。そこに軸流によるアーク放電路の発生が見えるかも知れない。なお、負電極近傍空間がエネルギー密度の高い不平等電磁場空間(エネルギーギャップ)が電圧の意味である。

今でも驚嘆に感じることは、イギリスのバートランド・ラッセル博士の『物理概念はエネルギーに集約されるだろう』と言う自然世界への感覚である。博士に拍手。

(*)戦後75年を前にして。思う事様々に。