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熱の正体と不明

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はじめに(2020/07/28) 。熱の正体は?と検索してみた。熱は原子、分子の運動エネルギーと解説されている。気体分子運動論が現代物理学理論の一つの基礎論となっているから当然だろう。それが現代科学の『パラダイム』でもある。しかし、その理論が分からないと30年も頭を掻きながら不可解と過ごした。結局、熱も『エネルギー』の一つの姿でしかないと確信に至った。記事『熱電変換現象に思う』を書き始めたが、ここにまとめる事にした。強力な理論体系となってきた「量子力学」がある。それは半導体理論の基礎をなす。トランジスタのnpn型のコレクタ側の吸熱現象を量子力学論ではどのような解釈をするのかを筆者は知らない。独自解釈でそれも『熱電変換現象』の一つであると考える。そのトランジスタのコレクタ側も熱を『エネルギー』に変換する一つの発電器である。その現象は太陽光発電が光を『エネルギー』に変換する発電現象である事と変わりない同じ原理である。科学理論となれば、現代物理学理論の基礎概念に基づいた『パラダイム』の基での解釈でなければ、科学論としての評価が得られ難い。『エネルギー保存則』一つを考えても、その『エネルギー』とはどのように定義したものかを明確に共通理解しているだろうか。『パラダイム』違反の論理であろうが、自然はとても純粋で単純な基本原理の基にあると考える。だから、トランジスーのタコレクタ吸熱現象も『エネルギー保存則』から考えれば、その『エネルギー』は何処かに利用されている筈だ。だから自然世界の『熱』も『光』も『エネルギー』のそれぞれの自然の姿でしかないと考えざるを得ないのだ。

それは空間の『エネルギー』である。
何故科学理論は複雑で分かり難いのか?深く考えると分からない事ばかりだ。その原因は自然界に存在しない『電荷』や『電子』などで理論を構築したところにすべての原因がある。この事が導く究極の科学理論批判が原子構造論になる。決して電子が核の周りを周回する電子殻構造論が論理的に成り立つ訳はないという批判に向かう。具体的な例を今後の課題として取り上げたい。

『エネルギー』は自然界のすべての根源である。
電気も光も熱もみんな『エネルギー』の姿なのだ。太陽系も一つの空間に浮かんだ『独楽』みたいなものだ。重さも解らないし、その『エネルギー』も解らない。『エネルギー』でも正体不明な事も多い。熱が『エネルギー』だと言っても、金属棒の一端を加熱したとき、他端にその熱が伝導する。その熱の『エネルギー』の伝播速度は相当遅い。電気『エネルギー』は金属内を伝播しないが、熱はその中を伝播する。その速度は幾らか?その伝導の仕組みを分子運動とは捉えたくない。その解釈は『パラダイム』違反という事になる様だが。金属棒の組成の中を熱はどのように移動するのだろうか。熱電変換特性のゼーベック効果やペルチエ効果などのキャリア解釈を否定すればそれも『パラダイム』違反の論となろう。

この記事をトランジスタの吸熱現象と熱電変換現象を統一して論じたいと思い立ったが、やはり個々の問題として論じることにしたい。『熱』について纏められなかったが、上に述べた目標、原子構造論と電子論の矛盾を明らかにすることを目指して。

 

布団乾しー温度の理科基礎(仮称)-

寒い冬が去り、陽射しも強くなる。日向での布団乾しの光景が目に入る。日常生活の中にこそ、本当に求められる「理科基礎(仮称)」がある。地球温暖化が人々の生存環境さえ脅かす恐れ問題に発展している。しかし、『温度』と言う物理概念も余り具体的な意味が捉え切れないようだ。気温と言うと物理学理論では、気体分子運動論でボルツマン定数kが取りざたされるが、生活空間の空気の保有エネルギーがいくらなのか具体的な問題になると、学識経験者からは余りお答えが得られないようだ。理想気体でないと理論が適用できないのかもしれない。そこで、日常生活の布団乾しに温度の物理的意味を探ってみようかと考えた。初めての事で我儘な論理の展開に成るが、結構面白そうだ。前に『温度とは何か』が問うもの で少し論じた。今回の布団乾しの中で、少し『温度』の意味が分かったように思う。

布団干しと熱布団乾しと熱 乾した布団はふんわりとして、太陽光線を浴びた独特の匂いがする。布団の中まで熱が通り、暖かい。布団は日光を浴びても『光合成』をする訳でもなく、布団の内部にそのエネルギーが浸透するだけである。光が布団の中に入り込むことは間違いない。布団の中に入る時、光はいわゆる物理学の『光子』のままでは無理であろう。まさか振動数のまま布団の中に入れてはもらえないだろう。玄関で靴を脱ぐと同じく、身支度を変えなければ入れないと思う。布団に御這入りいただくには『熱』姿に身支度を変えて頂くことになる。姿は変わっても、本質の『エネルギー』が変わる訳ではない。布団の中では『光速度』と言うエネルギーの姿は採れないのだ。布団の中の物質的エネルギー伝播媒体が変わるのだから、光のままではお通り頂けない。媒体の中に身を留め、周辺環境のエネルギー分布との関わりに因って自ずから留まるか、伝播するかあるいはエネルギー蓄積が進み、布団外部空間に再び光となって輻射・放射するかが定まるであろう。そんな意味を図の②の絵に表した。光が熱に、そのエネルギーが変換するだけであるから『エネルギー保存則』は守られよう。ただエネルギーの変換過程で影響するのは、布団綿などの材料の『比熱』であろう。布団綿の比熱と言っても綿の繊維とその空間の空気との混合物体であるから、これこれだと言う物理学理論に乗せられるような代物ではない。しかし基本的な意味は物の『比熱』と同じ次元の意味である。ボルツマン定数はk=1.380×10^-23^[J/K]であるが、比熱の単位はc[J/kg k]で、単位質量当たりあるいはモル比熱c[J/mol K] 等である。ボルツマン定数は理想気体において、絶対温度T[K]との積でエネルギーE[J]が得られるが、気体分子の運動エネルギー(3/2)kT[J] などで評価するが、水蒸気を含む気温の生活上のエネルギーをどのように算定するかで学術的価値が示せるかが課題であろう。その点『比熱』は理解し易い概念と思う。そんな意味を布団内部の温度分布で考える図が③である。実際に布団内部の温度分布がどのようになるかは全く分からないが、エネルギー分布の高低差の微分が一定であれば、エネルギー流は一定になると思う。そのエネルギー流(ベクトル)をS={d(ρA(-gradE)) /dt} [Js^-1^ m^-2^] と表した。

温度とエネルギー 評価絶対温度T[K]の媒体の比熱をcとすれば、そのエネルギーはE=cT[J/kg] と解釈できる。従って、『温度』とはその媒体の持つエネルギーを比熱で除した評価概念だ。と大雑把ではあるが、そう言える。エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 で温度の物理的意味がエネルギーとの関係で捉え切れなかった。しかし、比熱に因り温度のエネルギーとしての意味が理解できた。ただ『比熱』が実際に数値で評価できるかどうかはまた難しい。『比熱』も温度あるいは圧力の関数であろうから。

『熱』の正体

ザ・ピーナツが唄った有名な歌がある。恋のバカンス、岩谷時子作詞、宮川泰作曲。ため息の出るような あなたのくちづけ 甘い恋を・・。恋のバカンス 熱い砂

これから暑い夏が来る。そんな季節に似合う『熱』の歌か。歌詞にある「金色に輝く熱い砂の上で」の熱い砂の意味に『熱』の意味を探ってみようかと思った。

気体分子運動論を斬る 『熱』をITで検索すると、その正体を妄想物理学論で解説されている。妄想と言っても、現代物理学理論の世界の常識論として幅を利かせている論説である。皆そんな解説を覚えなければならない科学常識が世界に蔓延している。誠に悲しい事である。実力も無いのに、若さぶって熱い砂の上で、裸で恋でもしたいものだとこの妄想を膨らましてみた。『熱』が気体分子運動論で処理されている現代物理学は正さねばならない。『熱い砂一粒』の中に『熱』の世界を感じ取ろう。科学的自然観を素直に表明すれば、また嫌われる。

砂粒一つ

一粒の砂 砂一粒に『熱』を重ねて見た。ウイリアム・ブレークの詩文の一部を添えた。エネルギー(ENERGY)とは?にある。その言葉も丁度ここで『熱』の本質を見抜くに当てはまるようである。哲学的で、その深い捉え方が気に入っている。裸で砂の上に二人寄り添えばどんなに暑かろうかと妄想が膨らむ。下から砂の『熱』が皮膚に射し込む。そうです『熱』が射し込むのです。決して砂の中の分子運動が恋をやっかんで、振動して皮膚を傷める訳ではないのです。砂・砂の鉱物分子が振動なんかしていません。アチチ、アチチと砂がお日様に焼かれて、射し込んだ光の『熱エネルギー』を恋人同士の皮膚にエネルギー放射をしているだけなのです。皮膚に射し込むのが『熱』と言うエネルギーなのです。夏陽射しの中に立てば、太陽からの光が直接顔や衣服の面に射し込む為に、そのエネルギーが『熱』になるだけなのです。空気の振動が皮膚や衣服を振動させる訳では決してございません。振動されても熱くはなりません。光エネルギーが直接体の中に射し込むから『熱中症』と言うのです?これは冗談ですが、丁度『熱』が身体の『中』に入る事から起きる『症状』と読めば、現代物理学理論より説得力があるだろうと自画自賛したい。一粒の砂が赤外線、可視光線あるいは紫外線等の所謂熱線と言う光エネルギーを放射して、環境に比して余分なエネルギーの不平衡をエントロピーの何とやらで、平衡させる物理現象でしかないのである。高尚な市民の立入れない学識経験者の学理等申し訳ないが信用出来ない。一粒の砂の中に、その自然の心を読み取る事が出来るのである。自然を見ないという有名な物理学者の話も聞いた事がある。数学で世界が見えるように考えておられるようであった。数学などほんの一面しか自然を表現できないだろうと感じている。

 

熱とは内部エネルギー? 内部エネルギーと言う言い方がある。内部エネルギーとは何か。どこにどのようなエネルギーかと質せば、結局何かの振動エネルギーとなる。じゃあその振動エネルギーとは何かと質せば、実に曖昧である。アインシュタインのブラウン運動などが引き合いに出されたりする。目に見える物・ブラウン運動で解釈するなど滑稽である。『熱』を見る事は出来ない。光の正体を見る事が出来ないと同じ事である。景色や風景、物の姿を見る事は出来るが、光を見る事など出来ない。光は透明であり、形も姿も見せない。

 

エネルギーの正体 光を含めて、現代物理学理論は『エネルギー』の正体を認識していないのだ。エネルギーは振動もしていないし、姿も見えない。エネルギーの代表的姿は光と言えば良かろう。光一粒を見る事は出来ない。光速度に対応する観測の術は無い。光エネルギーの空間的像を描いた、光とは何か?-光量子像ー

問答実験

 

半導体のバンド理論が理解できない。筆者には、そもそも半導体の特性が理解できていないからだ。そこで、半導体とは何かを物性から考えて見ようと思った。問答の対象として、『問答実験』を取上げる。問答実験筆

『問答』の文字を良く使うので、隷書体を調べた。文字がはみ出し、欠けてしまった。『答』の文字に、竹冠の字体が無く、草冠しかないことを知った。だから無い竹冠で書いてみた。『問』の字は人が『門』前で、『たのもう』と問い尋ねる意味を『口』の文字を入れて表現したと解釈する。『実』の文字は昔人の食糧で、貴重な「貝」の実を意味したのかと?『験』の文字は難しく意味を解釈できない。

半導体の特性を理解するには専門家が見向きもしない、道端の片隅に隠れている『疑問』に光を当てて観るしかないかと思う。そんな実験を拾ってみようか。思考実験ではあるが。点接触ダイオード

半導体とは 半導体の最初の、ささやかなしかし偉大な発明がこの点接触ダイオードであったのだろう。今でもガラス封入で使われているようだ。ゲルマニュウムGeの結晶に、タングステンWの針を刺した単純な構造の製品だ。タングステンは白熱電球のフィラメントとして優れた熱特性を持っている。この電気的特性がダイオードの整流、検波作用を備えている。特に微弱信号に対して優れているらしい。さて、このダイオードの整流原理をどのように解釈するのだろうか。解説には、ゲルマニュウムはn型であるように説明されている。それならダイオードの順バイアス方向は、タングステン針が『正』ゲルマニュウムが『負』となるのかと思う。しかし、何か気掛かりだ。上の図はそれと逆極性で表示した。細く尖った方がエネルギー噴射の強度が強いと思う。エネルギーは電源の負側から流れ易いと解釈している。上図が順バイアスの方向であると確認したいが術がない。間違っているとしても、『整流作用』の半導体原理が解らないことには変わりがない。初めにこの点接触ダイオードの機能をどのような視点から気付き、発見したかを知りたい。フェルミレベルなどと言う概念はなかっただろう。写真997

関連元素と周期律表 殆どの半導体元素は表のように、3,4,5および6価の価電子(その本質は不明で、磁気と考える)のようだ。主体のシリコンSiを中心にして、その周りにある元素が関係している。セレン整流器は6価の元素だ。窒化ガリュウムGaNは青色発光ダイオードの基らしい。その不純物分子が混入すると、半導体特性が何故n型になるかp型になるかは分からない。Siにホウ素Bが入るとp型半導体、ヒ素Asが入るとn型半導体となると言う。

問答実験

『電子』の導体中の速度は? 初めに導体中の『電子』の速度について考えておきたい。電気材料は良導体、絶縁体および半導体の三つに電気伝導性からは分類される。その特性の違いを何によって判断するかと言えば、導体中を内部伝導する『電荷(電子)』の通過の良し悪しで評価する。半導体の電気伝導性の物理的評価基準が本当に電気材料の中を『電子』が通過すると解釈することで良いと論理的に、感覚的に納得できるのだろうか。電気信号は、海底ケーブルでも、宇宙通信でも、ほぼ光速度で伝播する。電気導体の中を『電子』が光速度で伝播するとは誰も信じてはいない筈だ。電気信号が『電子』の導通速度(光速度)で伝播すると解釈するなら、その信号源の『電子』が送電元に戻るには光速度でも二倍の時間が必要だ(?)。この矛盾を避ける為に、『電子』の伝播速度では解釈せず、意味不明の波動伝播で解釈する。『電子』が導体中を移動すると解釈するなら、情報信号の光速度伝播をその『電子』の運動から解説できなければ、科学的論理性は無い。その『電子』の捉え方が論理的でない事は量子力学の半導体を研究している専門家の方々は光速度で考える必要は全く無く、極微寸法しか考えの基には無い筈だから、『電荷(電子)』の概念で理解できるのだろう。。科学論は本来矛盾を抱えて構築されている。粒子性と波動性の解釈にその意味が現れている。この時は『粒子性』で、あの時は『波動性』でと矛盾をそのまま抱えたまま構築された論理性である。「不確定性原理」も粒子で解釈しようとするところに速度を捉えられないという本質的矛盾を抱えている点に、その原理の真の意味がある。光子、光量子も粒子ではなく、エネルギーの空間分布流でしかないのであるから、速度の中心位置が何処と捉えられないのは当然のことである。少し論がはみ出してしまった。半導体とは

半導体とは? 右に挙げた具体例で、半導体の特性とはどんな意味かを考えて見よう。特に、エネルギーの具体的具現量の一つが『熱量』であることを基本的視点として考えて見る。光は空間に極限として存在するエネルギーの形態であり、熱は物質に集積されたエネルギーの形態である。熱も光も一つの『エネルギー』の姿である。このエネルギーをどんな「素粒子」で解釈するのかを素粒子論の専門家に聞きたい。世界は全て『エネルギー』に集約される。半導体をその熱に着目して考えて見よう。

①n型と炭素棒 n型半導体とSi上(周期律表)の炭素Cとを接合して、電圧を印加した。電流は流れるか。当然n型は純粋のシリコンではないから、導電性はあるだろう。どの程度の固有抵抗率かが知りたいが、単独での測定実験など実用的な意味がないから、なされてはいなかろう。純粋の物理的特性測定となる。そこには、不純物原子の含有率と結晶構造との関係がその伝導性に影響するだろうが、技術的・経済的利益に結びつく研究ではないから、誰も行わない。しかし、半導体とは何かを明確にするにはそんな利益に結びつかないかもしれない実験が必要であろう。どの程度の不純物濃度で導通性が生まれるのか。その特性で炭素棒の放熱が決まろう。

②順バイアス pn接合のダイオードに順バイアス電圧を掛ければ、ダイオードがオンしてその順電圧分に因るエネルギー消費が起きる。そのエネルギーが熱として放熱現象に現れる。不純物濃度の量的変化に対して、どのような電気的特性の違いを生むのだろうか。余り変化は無いのかもしれない。この熱損失(放熱)はpn接合面で空間に放射される。pn半導体内部の結晶構造空間をエネルギーが通過しうるか。Si原子の寸法と比べて、通過エネルギー(縦波)の空間的面密度と寸法をどう理解するかの疑問が解けない。n型半導体内部から接合面を通して、p型半導体内部を通過すると解釈できるか。導線の場合はその導体表面の外側をエネルギーが光速度で流れると解釈できるが、半導体については判断がし難い。長野県松本に『佐久間周波数変換所』が有る。日本全体の送電系統の50サイクルと60サイクル間での電力融通を行う電力変換所である。そこでは電力用半導体素子によって制御している。その制御素子(SCR?)の接合面は相当の面積である。導線と半導体のエネルギー通過面を同じとは考え難い。『電荷(電子)』を否定すれば、熱、光を含めた『エネルギー』の一つの流れで解釈しなければならない。単独のn型半導体内をエネルギーが流れるなら、p型内部でも同じ流れになる。接合面でのエネルギー通過に障壁が存在すると考えたいが、その障壁の意味が捉えきれない。

③逆バイアス ダイオードのスイッチ機能オフ状態である。②順バイアスと逆の極性で、接合面がエネルギー通過を遮断する。接合面のエネルギー流をオン、オフする障壁の結晶構造にその原因が有ると考えるが、疑問のままである。

④ペルチエ効果 物理現象の一つに『ペルチエ効果』が有る。それは解説によれば、pn接合半導体で、順逆の電圧バイアスで接合面での放熱と吸熱現象が起きるというものである。この場合の半導体は、p型n型の半導体結晶は一般的ダイオードの半導体と何か異なる特質の結晶構造を持ったものなのだろうか。ペルチエ効果を発揮する半導体接合面はダイオードと異なる空間結晶構造を持っていると解釈しなければならなくなる。エネルギー通過障壁が異なると。何故かに答えられない疑問のままである。

⑤トランジスター トランジスターは能動素子として現代技術文明を支えている基本である。その製造工程は厳密な環境制御空間で、高度な工程(ドーピングなど)の基で製造される。その工程で完成される半導体組成について、どのような半導体内部結晶構造になっているかは知る術がない。Si(高純度の)結晶基盤に、順次不純物を重ねて、npn型結晶接合面を造るとあるようだ。このトランジスター制御は、順バイアスのベース・エミッタ間のpn接合面の制御で、逆バイアスのコレクタ・ベース間のnp接合面が逆バイアスであるにも拘らず、エネルギー通過するという理解できない現象になる。これは丁度『ペルチエ効果』と同じ意味が有るとすれば、少しは理解の糸口に繋がるかもしれない。現代生活を支えている科学技術の根幹であるトランジスターの動作の意味も、その物理的現象として十分理解できない自分を知るのみかと。