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津波と圧力水頭

(2020/03/10)追記。先日NHKのスペシャルで津波に関する放送が有った。今再びその時の内容を考えている。この記事についても訂正すべき内容が有った。津波伝播エネルギーの解釈で文中に訂正をした。基本的に、専門家が唱える津波現象の陸側岩盤の跳ね上がり現象と言う解釈について理解しかねる。津波の上陸・到達高さには、津波の本質が「圧力エネルギー」の伝播現象であり、そのエネルギー保存則が関係している。その意味が専門家の解釈の根底に無いことが問題だと考える。また、津波波形が波頭値を持った衝撃指数関数波形であり、その圧力エネルギー波としてのシュミレーションが出来ていないように思う。もう一点指摘したい。津波到達前に、海岸線で引き波が起きることが有る。特に巨大地震の場合によく起きる現象である。その訳が専門家によって解説されないのは何故か?その点について理解に苦しむ。

はじめに 自然現象を理解するに、『エネルギー』の意味を理解する事がとても大切だと思う。理科教育で、物理学で日常生活に関わる大切なエネルギーが津波と言う生命の危険を察知すべき自然現象の根底にある事を教えて欲しい、学んで欲しいと思う。エネルギー論の一つとして取り上げたい。『エネルギー』の意味を『物が仕事をする能力』と言う解釈で良いのか。

津波 日本語の津波がそのまま tsunami と世界で言われる程日本列島にはその災害が多く発生する。複雑な地殻・プレートの重なり合いの上にある列島である事が地震と巨大津波に遭遇する理由と成っている。その津波について、特に巨大津波の発生現象やその仕組みについて明確に認識されているであろうか。地震によってプレートの重なる海底領域で特別な現象が発生する事が原因であることに間違いはなかろう。その海底の状況がどのように成ると巨大津波の発生源となるかを認識することが必要である。津波と言うと、その姿は陸の生活圏に突入して来る水の階段衝撃波として見て、その恐ろしさを理解している。災害をもたらす津波像はその通りであるが、その姿は津波の本質を示してはいない。津波の到来高さをもたらす原因は水力学の物理学の理論に因る筈であるが圧力水頭の縦波伝播現象として物理学では捉えているだろうか。津波の本質は発生源の海底の地殻変動現象とそれに因って発生する衝撃パワー(エネルギーの時間微分強度とエネルギー量)の海洋伝播現象にある。それは地球の活動の一つである地殻変動の結果の地震が基で起こる現象である。

地震はどのような地球活動現象か 地球の生命は中心核に隠されていよう。核は暗黒の灼熱地獄であろうと思う。そこではすべてが、どんな岩石も溶融した熱源と成っていよう。熱力学はそのエネルギーが高温部から低温部(地球表面)へ流れる事を教えている。エネルギー保存則から地球熱源核の熱量は新たな補給が必要であろう。地球が生きている限りは地殻変動で中心核への熱源の供給活動が必要であろう。中心核のエネルギーは、その核が超高圧力(ボイル・シャルルの法則)に因ってもたらされているのだろうと思うが、万有引力説でも説明できないから、全くの素人感覚での解釈でしかない。地球表面に起こる地殻変動現象は専門家によって、断層の分布が詳しく解説され、地震発生メカニズムの説明がなされている。地球は人間にも容赦なくその活動が災害として襲いかかって来るが、そこに生きる者の宿命であろう。地球の構造について検索すると、マグマやマントルそして中心核の事がそれぞれ別に解説されている。決して中心核とマグマや火山との関係では捉えられていないようだ。何故同じ地球の中で核が活動の中心にあると考えないのだろうか。何故核がマグマと繋がっていると考えないのだろうか。何故地球核の熱源と火山活動が関係していると考えないのだろうか。それは科学が実験的証拠によって初めて科学的論理と認知されるという検証基準があるからであろう。地震がなぜ起きるかを考えたとき、何故地震と核が関係付けられて論じられないか不思議であった。地震は地球の生きる活動の実相であり、その心臓部が核である。地球活動のすべては核が握っている。決して証明できない解釈ではあるから、無責任な素人論かもしれない。『正電荷』の実在証明が出来ないと同じ程度かとも考える。

津波の記憶と記録

  1. 1993年7月12日北海道南西沖地震(マグニチュード7.8)での奥尻島への津波31mの高さまで達したとある。この津波映像をテレビで見たのが地震と津波への関心を抱いた切っ掛けになった。専門家が津波の到達した高さに「何故こんな所まで?」と訝しげに解説していた。しかし、筆者には特別不思議に思う事もなく、水の特性として当然に思えた。しかし、その訳をハッキリと認識しては居なかったと。
  2. 2004年12月26日スマトラ島沖地震(マグニチュード9.1) 新潟県中越地震の歳の暮れに起きた巨大津波である。この地震に関するテレビ映像で特に驚きとやっぱりだったと印象に残ったのは、震源から遠く離れた海岸の引き波であった。海岸が海水が引いて魚が跳ねている映像だった。その後津波が遅れて到達し街に襲いかかる様子があった。この津波映像が巨大津波の発生原因についてある確信を得るに至った。更に、翌年の2005年3月の朝日新聞記事の海底亀裂写真がその意味を裏付けたと考えた。
  3. 1960年 チリ地震(マグニチュード8.6)の記録 丁度地球の反対側のチリ海岸で起きた地震。22~23時間後に大津波が日本に到来し大きな被害をもたらした。日本の東海岸でも津波到達前に引き波があったとある。(2020/03/10)追記。この津波伝播速度は200[m/s]程度であろう。空気中の音速が331[m/s]程度で、それも空気の縦波圧力波の速度である。水中の圧力伝播速度も深さなどに関係なく、ほぼ200[m/s]となるのではなかろうか。
  4. 1896年(明治29年)6月15日明治三陸沖地震津波の記録 38.2mの津波の高さとある。日本列島の何処でどのような津波の高さに襲われるかはすべて予測できないと覚悟しなければならなかろう。30mを超える可能性がある事だけは認識しておくべきだ。防潮堤で防げるものではなかろう。

圧力水頭 圧力水頭と言う言葉は水力学の用語である。特に水力発電技術の用語として馴染んで来た。津波現象を理解するにはこの圧力水頭の意味を知っておくことが大事であろう。その意味は海底の深い地点での水圧が強いことがその海水の空間がエネルギーを保有していることと関係しているからである。海底の深さは技術用語の圧力水頭の意味に通じている。水深の深さがその海底空間のエネルギー量を表すと看做せよう。空間の持つエネルギーはボイルの法則の体積V[]と圧力p[N/]の積でエネルギーE=pV[J]となる意味から分かろう。発電技術ではダムと発電機水車の関係で捉えるようだ。フランシス水車の水力学を例にその圧力水頭の解説をしておこう。

フランシス水車と水頭 水車にはカプラン水車、ぺルトン水車などがあるがフランシス水車が水圧、圧力水頭の理解には適していよう。高い位置のダムと低い場所の間の水圧差を利用して、そのエネルギーを電気エネルギーに変換するのが水力発電所である。ダム水位と放水面はともに大気圧である。だからそのダム水位の高さ(それが総水頭)がそのまま発電エネルギーに利用できる。導水路管の図のq点の水の持つエネルギーはどのように表されるか。その単位体積当たりの水の質量は密度ρ[kg/㎥]で表される。

その位置エネルギーは水が流れていても、ある瞬間のその位置の水のそれは

ρgh[J/㎥]

である。

水の流速度v[m/s]とすれば、速度エネルギーは

(1/2)ρv^2^ [J/㎥]

である。

圧力エネルギーは、その点の水圧p[N/㎡]とすれば 1[㎥]の体積との積で

p[J]となる。それは単位体積当たりのエネルギーであるから

p[J/㎥]

となろう。

総エネルギーE[J/㎥]は損失のエネルギーElを加味して、

E= ρgh + (1/2)ρv^2^ +p +El       [J/㎥]

である。

上の各エネルギー成分を水柱の長さ[m]で評価するのが水頭になる。Eを水頭に変換するには、ρg[(kg/㎥)(m/s^2^)=(N/㎥)]で割ればよい。

H= h + (1/2)(v^2^/g) + p/(ρg) + El/ρg  =  h + hv + hp +hl [m]

と表される。

 圧力水頭 hp [m]は流水量の調節によって変化する。もし水車の回転を止めたとする。その時、水車の入水面の羽根に掛る水圧pは総水頭H[m]分の水柱の圧力と等しくなる。p= ρgh [J/㎥ =N/㎡]となる。その点の水の単位体積当たりの空間エネルギーがp[J]である。そのエネルギーを水柱の長さで捉える手法が水力学の「水頭」の意味である。フランシス水車のタービン羽根の入射面と出口面の圧力差は圧力水頭H[m]に近い。出口面の部分的水圧が大気圧以下になれば、キャビテーションと言う状態が発生し、効率が落ちる。フランシス水車は圧力水頭を利用する水車とも言えよう。さて、この水頭と言う意味を海の海底を例に考えてみよう。海底1万メートルの水頭の海水の単位体積当たりの保有する空間エネルギーは幾らであろうか。海水が静止状態で保有する空間の圧力エネルギー量(熱など他エネルギーは考えない)である。海水密度と水深1万mから、10万[kJ/㎥]程になろうか。地上の大気圧の空間エネルギー密度が100[kJ/㎥]に対して。しかしこれらのエネルギーは仕事をする能力は持ち合わせていない。利用できないから物理学の対象に取り上げられないと言うことであろう。利用できなければ、存在しても「見えない」ものになる。自然の真理を説き明かすより、利用する現実が物理学の対象となっているのかもしれない。しかし、津波の問題となると、完全な地球の自然現象の現れである。地球は人の為の自然活動ではないから、そこに自然の真理を認識する必要性が、津波現象解釈に持ち上がる。津波を圧力水頭の関係から考えてみよう。

水深圧力水頭 大気圧の海面空間のエネルギー密度は大よそ100[kJ/㎥]である。この空間の持つエネルギーと言う概念は物理学理論では余り認識されていないようだ。そこに更に加算して、海底の空間が持つエネルギーも同様に存在する訳である。大気圧を除いて、水深だけの圧力水頭を水深圧力水頭として図に示した。海水の密度ρ[kg/㎥]は水深D[km]によって多少は変化するだろう。日本海溝の水深5000m当たりに成ると、ρ=1[t/㎥]一定と仮定して、その海底の空間の持つエネルギー密度Edは49[MJ/㎥]程になる。

(2020/03/10)追記。「この空間の持つエネルギーが地震時の巨大津波を引き起こす原因であると解釈する。」この記述が間違いとしたが、正しかった。海底陥没のその空間の圧力エネルギーが巨大津波の原因と解釈する。ただ津波伝播エネルギーはその陥没エネルギーが流れる訳ではない。

津波の海洋伝播波形 遠い地点で発生した津波が海洋を伝播して到達する。その波形はどのような特徴を持っているか。その波形の形状は丁度雷の衝撃波形と似たものである。波の先頭部、波頭が急に競り上がりその後はなだらかに波高値が低下する減衰波形の長い波尾長で続く。津波の特徴はその波形の解釈に隠されている。しかも、その伝播する波は海水の質量が流れる訳ではない。海洋の津波には運動方程式の速度を担う『質量』に当たるものがないエネルギー伝播現象である。研究所で津波の水流の強さが実験されているが、それは地上に上陸した後の津波の水の質量の持つ運動エネルギーを実験的に検証していることでしかない。それは特に津波には無関係の普通の水力学の実験でしかない。津波の本質は海洋を伝播するエネルギーをどう認識するかに掛っている。先ず第一の問題は何故そのような長い波尾長の波形になるかの原因を明らかにする事である。それは特に巨大津波の問題として重要である。その波尾長がどのような意味を持っているかを理解する事は巨大津波の到来エネルギー量の意味を理解するための要である。普通の短い周期の波動なら、高い波高が海岸部に到達しても大量の水の上陸とは成らない。堤防で阻止出来よう。しかし巨大津波の特徴は長い波尾長の連続した到達エネルギーが水の質量のいわゆる運動力学に因る水流として上陸する点にある。階段波のエネルギーの長さが巨大津波の特徴である。津波発生源で、そのような長周期波尾長となる波動がどのような状況で生まれるかを考えることが大切であろう。専門家の解説では、プレートの重なり領域で『ずれ』と言う結果が地震により生じるとされている。その『ずれ』にもいろいろの現れ方があるようだ。

『ずれ』と海底亀裂・海底陥没 ずれにも水平ずれや垂直ずれなどがあるらしい。地震時には、陸上でも活断層に大きなずれが起きる。そのずれには大きく口を開けたような裂目もできる。断層帯では跳ね上がりより陥没、崩落が多いように思える。その事が海底における断層帯のプレートの重なり領域となれば、陸上の活断層とは比較にならない大きなずれが起きるものと考える。水平ずれや垂直ずれとその地震時のずれの様相も様々と解説されている。水平ずれと垂直ずれの意味も、その現象の違いを的確に理解できている訳ではないが、自己流に捉えている。垂直ずれの場合はプレートの重なりの断層で、プレートが下方に陥没するものであろう。地震後の地殻の変化は、兎に角地球中心方向へのエネルギー源の供給が成される筈と解釈する。そのエネルギー源の核での燃焼結果の噴出現象が火山活動としての溶岩流や噴火活動となっている筈と解釈する。殆どの地震活動で、震源が海底であれば、海底陥没か海底亀裂を引き起す結果に至る事が多かろう。海底が深ければ、その海底の空間保有エネルギーも大きい。その高エネルギー密度空間で、突然亀裂や陥没が起きれば、その瞬間は急激な真空空間が生まれると同じ状況になる。その空間の時間微分が発生のパワーになる。地球にはその途轍もないパワーでも寝返りを打つ程度の日常的なことでしかない筈だ。

海底亀裂・海底陥没と引き波(津波前の)と津波波動波尾長 巨大津波が襲来する場合に、必ずしも引き波があるとは限らないが、引き波があったら巨大津波が襲ってくると考えなければならない。巨大津波はその海洋伝播波動の波頭値だけでなく、その波尾長の長さがエネルギー量の大きさを持っているのである。波尾長が長いと言う事は、海岸に到達した場合に、押し寄せるエネルギー密度が長い時間に亘って途切れなく押し寄せ続ける訳であるから、どこまでもそのエネルギー量を陸に向かって流し続けることになる。止めようがないのである。水の保有エネルギーは全体が慣性体として働くようにとても避けられるものではない。海底亀裂・海底陥没が大きければ、その衝撃波の影響は海の全体に及ぶ。それが震源地に海水を引き寄せる引き波として海面のあらゆる方向へ伝播される。その引き波現象として引き寄せられる水の周期が津波波動の波尾長の長さや波頭値に現れるのである。

海洋の津波波形 津波源から海洋を伝播する津波波形は図のようであろう。この伝播現象の特徴は波頭の海面の立ち上がりとその波尾のなだらかに減衰する波形にある。その海水面より高いhoの海水は進行方向に流れる訳ではない。順次水面が上昇しなだらかに下降する、上下運動の海水の波である。海水は基本的に運動エネルギーを持たないエネルギー波の伝播媒体である。海水面の高さだけ平常面の海水の圧力エネルギーが海底まで増加した、圧力エネルギーの進行方向への縦波伝播現象と看做せる。しかしこの圧力エネルギーが海岸の浅瀬に到達すると、圧力エネルギーでエネルギーを保持できなくなるから、水の質量mの進行方向への運動エネルギーにエネルギー変換されることになる。それが津波の上陸の波動になる。この海洋の津波波形を産む原因が地震震源域の海底陥没や海底亀裂に因る突然のエネルギー欠損空間の出現であると考える。その欠損空間エネルギーを目がけて海水の突入現象が起き、海洋に引き波が伝播する事になる。海水全体が一体的な慣性流体のつながりの運動として引き波となる。その引き波の物理現象をどのように解釈するかの問題であろう。

引き波の物理現象 (2020/03/8)追記。この引き波という意味は津波が到達する前に、海岸で海面が海への引き波によって引き下がる現象のことである。この引き波の物理現象をどのように解釈すべきかは未だ思案の中で、捉え切れていないが取上げる。巨大津波の発生原因となる引き波の物理現象を認識する事が大事だ。単発のプレートの運動に因る海水の跳ね上げで巨大津波が発生するとは感覚的に理解できない。水の力学は水泳などで感覚的に感じ取れる。信濃川の遊びで、アユや鮠(ハヤ)のあの俊敏な泳ぐ速度を見るにつけ、水の慣性体としての不思議を思わずにはいられない。こんな水に対する感覚が津波現象への筆者の解釈の基になっているようだ。海底陥没に因る高密度エネルギー空間の欠損空間出現(真空状態)が津波発生の源となり、そこへの海水突入が海洋波動伝播現象としてに広がる。その波動到達海岸で引き波が観測されることになる。海岸では水が海洋に流れゆくように、海底が現れる。しかしその水が津波源まで流れて行くと解釈するべきかどうかは、未だ納得しかねている。水のエネルギー欠損を補うように移動するだけであるかとも思う。津波波動の波尾長を決める水流は津波源の周辺からの流入量でほぼ決まろう。海洋周辺から津波発生原(地震震源地)への、その流入量を決めるのは震源地の海底陥没あるいは海底亀裂の体積とその時間的体積微分値のパワーである。それが基本的津波の大きさを決める要因である。引き波(津波発生原因としての)の物理的伝播現象は残された課題でもある。津波上陸後の引き波は普通の水力学の話であるが、その意味とは異なる。

東日本大震災(2011/03/11)の津波 海洋研究開発機構(JAMSTEC)が2017年に日本海溝の調査結果を発表している。それは海底のずれが65メートルであると報告されている。そのずれの意味を陸側のプレートが海洋側へ水平にずれたという意味と解釈する。その報告のずれがどのような訳で、あの巨大な津波を引き起した原因となったかを考えた。日本海溝は太平洋プレートが日本列島のプレートの下に入り込んでいる。何故陸側のプレートが太平洋側にずれを生じたかに、その地震の持つ意味を理解する重要な鍵が隠されているように思う。プレート境界が地震の震源となる場合に、巨大津波が発生する可能性が多いのではないか。今回の陸側が太平洋側に65メートルずれたとしたら、それは地震震源の太平洋プレートが大きな領域で地殻陥没が起きたからであろうと解釈する。地球の内部がどのように成っているかは分からないが、相当大きな空洞が出来ているものと考える。地殻が陥没するのは空洞があるから当然と考える。その結果が地震であり、海底地殻陥没が巨大エネルギー空間の欠損を産み、そこへの海水流入が巨大津波を産む原因であると考える。65メートルの地殻のずれと地震震源域での海底亀裂も報告されている。海底亀裂がどの地点に生じたかは知らないが、ずれた陸側プレートの上であるのかとも考えられる(?)。

 

 

波と量子力学

光はなぜ進むか光と世界 光は不思議の世界を演出する。光のエネルギーはなぜ光速度で伝播するのか。自然を理解するとは楽しくて、難しい。

次の時代を担う子供達の為に何が必要か。競争によって勝ち取らなければ、幸せな人生につながらない様な社会が理想なのか。己と戦うのは自己の社会的貢献に役立ちたい願いの実現に成る。等しく学習する権利と環境は経済的な格差の無い状態で、すべての子供達に与えられる事が社会的制度の基本だ。学習環境の一つに教科内容があり、そのあるべき姿はどうであるか。最近「波」について、その教育内容を考えてしまうことが増えた。教育内容が大学への専門的知識の詰め込みに成ってはいけないと考える。全ての人がある程度科学技術について理解できなければいけない時代に成った。現在の科学技術は新たな革新的成果を実現する程余裕のない段階に達してしまったのである。技術的開発の飽和状態に成ったしまった事を認識すべきである。自動車を生み出す、冷蔵庫を考えだす、トランジスタラジオを作り出すなどの社会生活の革新的変革はもう望めないところに来たのだ。科学技術革新の飽和の時代なのだ。その事を知って欲しい人が、経済、政治、金融、法律などの社会制度の構築を仕事とする方々なのである。その事を知らずに未来の社会制度を考えては、実に危険な事に成るのだ。人手が足りないから、人件費が経済利益の業績に負担だから、チャップリン(街の哲学者)が指摘したロボット化社会の人の道具化視点社会が許されるのか。危険な科学技術に、無人運転機械(自動車、ドローン)の街中への導入は代表的な科学技術社会の未来の危険を目指す物になる。エレベータがどんな技術、電力(動力)で運転されているか。津波の原因は何か。クレーン運転の安全はどう保たれているか。海水温の上昇がどんな気象災害に結びつくか。先日のフィジーでの強風災害の秒速90メートルが何故発生するか。みんな日常生活に結びついた事柄である。

波はエネルギーの縦波 光は自然世界の波の代表である。光のエネルギーはプランク定数 h[Js] によって解釈される。電子の描像を捉えるのに粒子と波動の二つの見方で理解されているのが現代物理学理論の実情である。その理論的基礎を成すのが量子力学である。ド・ブロイの波長、シュレーディンガー波動方程式などがその量子力学理論の基礎として構築されている。その発端になったのが、1900年に発表された、マックス・プランクの放射理論で、光解釈の不思議な概念の基本定数・プランク定数hである。波動と言えばシュレーディンガーとなるが、そこには運動エネルギーとポテンシャルエネルギーしかなく、オイラーの公式の虚数概念に基づく解釈法が採られている。そんな虚数が自然世界の実像を描写できる訳がないのに、数学的抽象化の虚像科学論の専門科学になっている。電子の描像を波動性と粒子性のジレンマから抜け出せない原因も虚数に象徴されている。

写真198プランク定数 10の-34乗と言う途轍もない小さな数値である。量子力学理論の根幹を成す定数だ。この定数について長い事疑問のままで来た。科学理論の世界を支配している定数と言えよう。しかし私は、その論理性、正しさを未だに認識できないのだ。

プランク輻射式の解剖プランク輻射式の解剖 (1)式が論文に示された式である。単位[J/m^4^]は書かれていない。この式から導出されたプランク定数hが長い科学理論の歴史を彩り、現在の科学界を支配していると言ってよかろう。その式の持つ意味を一応簡略に書き換えたのが(4)式である。さてこの定数の何を疑っているかである。密閉した金属の壺、黒体の内部空間から放出される光の温度変数に対する放射スペクトラム曲線を示していると言うが、その測定が可能かに疑義を呈するのである。どんな測定法で、E[J/m^4^]の物理量を測定できると言うのか。まさかE[N/m^3^]でもないだろう。何方がこの測定結果を検証したのだろうか。光の波長を分離して、各波長ごとに正確に測定できると考えるのでしょうか。光の強度は光束量の単位ルーメン[lm]で計るが、人の目で感じる感覚も比視感度によるフィルタにより、受光する光のエネルギー量の強度には比例しない。光エネルギーを正確に測定する全波長に亘って、波長分離して計測できる方法など存在するのだろうか。しかも単位が単位であるから。また、黒体の内部空間構造が球形であるか、立方体であるかによって、放射光のスペクトル分布曲線も異なると考えられる。空間内部反射によってその分布も異なるだろうと考える。先ずその黒体放射分布を確認したいものだ。誰も検証しないで認めていたとしたら、科学理論の実験的検証論拠は如何なることになるのか。上のプランク輻射式の解剖は熱輻射理論に関する考察で述べ、プランク定数を解剖するでも論じた。この熱輻射理論については、文献「熱輻射と量子 物理学古典論文叢書1 物理学史研究刊行会編 東海大学出版会」の論文翻訳によって学習させて頂いた。また光の空間エネルギー描像はプランク定数の概念に基づいて考察した。光の一波長分でも、各光はそれぞれの波長ごとにエネルギーの基本単位を持っている。その光量子描像を光とは何か?-光量子像ーに示し、そこでプランク定数の概念についても解釈を示した。しかしそれで全てが解決し、納得できた訳ではない。その疑義がプランク輻射式の単位、次元の問題である。(2016/05/03)追記。プランク定数の物理的概念、それは次元から上の記事に描いた解釈以外は無かろう。それは波長λ[m]の光一粒のエネルギーをε[J]とすれば

h=τ×(H/e)×λ^3^ [Js]

=ε×τ [Js]

ただしτは一波長の周期[s] 、H/e は光波頭エネルギー密度の平均値[Jm^-3^] およびλ^3^は光一粒の占有体積[m^3^] である。なお、プランク輻射式の次元の問題は実験的に確認しなければならない問題として残る事になる。

光はなぜ進むか 光は光速度で進むから、それだけで十分で何も考える必要はない。それ以上の問答は「哲学」の領域だと言われるかもしれない。じゃあ哲学者が論じられるか?やはり自然科学者の領分であろう。光が進む物理的原理があろう。その自然現象の本質を認識出来るか出来ないかを子供たちに伝える事が大切な「理科教育」である。生物学で、生命を支配する遺伝情報のDNAが何故4つであるのかもこの上ない不思議の世界である。解ったふりをするより分からない事を伝える事がより大切なのである。それが「考える」教育なのである。しかし波がエネルギーの縦波である事位は理解し、教育に組み込むべきである。光が何故進むかの疑問に答えるには、電気回路のエネルギーの振る舞いに着目することがその一つの道標となろう。電線路間の空間にエネルギーがどのように、何に縛られて伝送されるかを理解しなければならない筈だ。真空空間を電波が何故損失無く伝送されるか。自然空間の科学技術論の解釈概念である「誘電率と透磁率」の物理的意味を認識することと、電気回路の『共振現象』におけるエネルギーの振る舞いとの関係を総合的に認識すべきである。そこに自ずから答えが見えて来る筈だ。数学的抽象化だけに頼らず、自然を見詰める心が大切である。