タグ別アーカイブ: 汽力発電所の熱効率

水蒸気と蒸気線図

水と熱エネルギー (印刷が出来ない?)物を燃やせば熱エネルギーに変換される。熱エネルギーを得る方法には酸素に因る燃焼以外に原子核分裂に因る方法もある。熱エネルギーは運べない。しかし発電所で電気エネルギーに変えれば、どこにでも運べる。水は熱エネルギーに因って魔法の力を生み出す。蒸気機関車の力強さがその証となっていよう。今は原子力や化石・石油燃料に因る汽力発電所にその水と水蒸気の関係で威力が示されている。海水加熱に因る地球温暖化の未来危機も含んでいるが。

火力発電所と蒸気線図

火力発電所と蒸気線図 2012年に風とは何かの記事での図。蒸気線図p-v動作特性と発電所系統図との関係を示した。しかし、p-v線図での蒸気の状態がどのようであると解釈すれば良いかが分かり難い。水蒸気の特性を理解できないかと考えてみた。

蒸気線図の意味 水H2Oは水蒸気になればそれは気体と観られる。窒素や酸素の気体分子に水の持つ力を期待は出来ない。水と熱エネルギーの間に隠された不思議な世界である。空気中では水または水蒸気は湿度という気体分子と見なされる。水蒸気を呑気に気体分子などと気体分子運動論で解釈していてはいけない筈だ。何故ならば、酸素と水素の結合分子の水H2Oは熱エネルギーに因って特別の世界構成体として際立った特性を示すから。その意味を読み解こうと取り上げる具体的例題に蒸気線図が良かろう。しかし、発電所の蒸気線図を読み解こうとしても、なかなか理解困難である。そこで、蒸気線図(ランキンサイクル)に似合う機関模型を考えてみた。

動作模型 圧力一定で、水を加熱して乾き度0%(3)から100%(4)の水蒸気、更に高温の過熱蒸気(5)として、その蒸気でタービンを回す断熱膨張(5-6)に因るエネルギー動力変換。その水蒸気の動作模型。水には臨界点(圧力225気圧、温度374°c)がある。線図の臨界点から3-1の線が水から水蒸気になる境界の飽和水。臨界点から4を通る点線がすべて水蒸気100%の飽和蒸気線。臨界点は水と水蒸気が同じ密度1000[kg/㎥]の乾き水蒸気。

蒸気線図と蒸気 p-v線図の2-3-4-5はボイラーBで水から水蒸気更に過熱蒸気までの水の加熱過程である。しかもその間は圧力一定である。その加熱区間の蒸気状態の変化過程を持つボイラーを考えた。ボイラー上部に密閉した可動蓋(断面積A[m^2])を設け、その上に加圧荷重W[ton]を掛ける。ボイラ内は常に一定の圧力状態(p = W/A[ton/m^2] 0.1W/A 気圧)に保たれる。はじめはボイラータンク内が空で、バルブVtを閉じる。次に給水加圧ポンプPにより水が満たされた時点で、バルブVpを閉じる。その時ボイラ内は蒸気線図2の動作点で、蒸発しない水だけで満たされる。ボイラの点火で加熱が始る。水の温度が上昇し、p-v線図3の温度 t [°]の飽和水となる。水が蒸発し始める。炉内の温度はt[°]のまますべて水蒸気になり、乾き度100%、飽和蒸気の4に至る。その蒸気を更に過熱し圧力ほぼ0.1W/A気圧のままで、温度だけ高い過熱蒸気の5となる。そこでバルブVtを開放すれば、タービンを通した断熱膨張による熱エネルギーの動力変換動作をさせることが出来る。復水器Cで蒸気を冷却するからタービン内に大きな気圧差を生みだせ、タービン羽根への強い蒸気力を働かせられ、エネルギー変換が有効に機能する。しかし復水器での大きな熱エネルギー損失(総エネルギーの半分ほど)を宿命的に持つ機関でもある。

水の力と蒸気線図 上の模型で一つの解釈法を示したが、蒸気線図の3から4において、3で全ての水が同じエネルギーで蒸発しその後すべての水蒸気が同一のエネルギー状態で徐々に飽和蒸気5に到達すると解釈したものである。その蒸気線図に示されるような特性を持つ水は、構成元素の一つの酸素という熱エネルギー変換という特別の燃焼性で際立っているものと、水素という最小質量形態元素の極めて不安定状態にあるものとの結合分子として捉えたとき、それを他の気体分子と異なる分子の特殊性を秘めたものと看做したい。そう捉えなければ、水の秘めた力を納得することが出来ない。高熱エネルギーを含んだ水蒸気が水に凝縮することで、放出する熱が空間で限界放射の雷現象を引き起こしたり、あるいは乾燥空気の山越えのフェーン現象を引き起こしたりそんな現象の発生につながる意味を理解できないのである。台風、竜巻や豪雨災害も水・熱・水蒸気の成す現象である。参考。雷と指数関数 (2011/11/15)。フェーン現象の解剖 (2018/6/17)。

浮足立った基盤技術劣化社会

科学技術万能で進んで来た世界。科学理論には『嘘』が無いと信じて歩んできた。しかし、とても悲しい現実に突き当たってしまった。自分が子供の頃、日本が敗戦の中で何も知らずに過ごしていた中に、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞と古橋広之進の1500m競泳の活躍に嬉しい思いをした。科学という世界は途轍もなく難しい。そんな世界があると知った。高等学校での勉強で、理解できない無力感も味わった。大学での電気工学の勉強は、一通りこんな学問領域があると言う事を科目を通して知ることが出来た。それだけでおおよその内容を概観出来た。しかし、習得した内容は怠けで、お粗末であった。技術的な学習は、高等学校で教える為に初めて勉強して身に付けた。理論は教科書の内容を、技術は変圧器の設計製作、電子回路設計・工作で感覚的に習得した。高等学校という処は、余り学問的ではないと気付き、昭和57年教科改定に失望し、反対していた。特に、文部省の改定に向けた教科研修会最終打ち上げ会場で、担当の関口調査官にずうずうしくも否定的的な意見を述べた。畏れ多い事と。何も知らずに、高等学校から大学に転がり込んで(転勤でもない?)、電気理論の未確認的な部分に触発され、自己の身分と共に科学理論の浮遊世界を彷徨って来たようだ。今、湯川博士が唱えた、『中間子理論』さえ『電荷』否定から見れば、解釈しようがないことになってしまった。筆者にとって科学理論全体の信憑性が無くなってしまった。雷は熱爆発。電気エネルギーの何たるかを端的に表しているのが「雷」であろう。これじゃあ、理論数学に因る科学論にならないから困るのである。しかし、この雷解釈が現代科学論を、その真髄から俯瞰する視点として欠かせないものである。科学教育はそこから始めなければならない。
現代科学技術 科学技術の巨大化した例を挙げてみよう。原子力平和利用という『原子力発電所』。それも原発利用核燃料の廃棄物処理に『原爆』製造(プルトニューム処理の水爆)の道。宇宙開発(?)という宇宙ステーションと人工衛星の必要宇宙ごみ空間化。地球環境の空間エネルギー分布変動による悪化・汚染。素粒子研究設備の巨大化の浪費と論理矛盾。リニア新幹線の必要性の未検証ーエネルギー多消費高速輸送機関の有意性、環境汚染(脱原発に関わる将来課題)ー。(人口減少化の未来に対して)飛行機輸送との競合性の検証。産業革命に始まった、科学技術社会の豊かさの追求は技術の最終段階に到達した。社会秩序と生活環境を決定的に変革した自動車産業も高所得者向けの税優遇の不公平社会化の所得配分の矛盾。科学技術に基づく技術革新は、すでに飽和状態に達し、小手先の改善が残されているだけ。科学技術の未来総合予測力が求められている。

蒸気機関車に牽引された力強い満足感はもう味わえない。PCと情報網化が基本的に軽量微細化の極限に達してしまった。エネルギー輸送の直流送電や地域エネルギーネットワーク方式も地球温暖化対策の未検証下では未来予測できない。北極、南極の氷河の融解が地球環境の生物生存限界指標となる。『エネルギー』の物理学的認識が間違っている。今年の日本列島の真夏の豪雨災害は北極の氷河冷気と太平洋高温海水とのせめぎ合いの気象現象である。気象状況は食糧の地球生産能力を決める。エネルギー源の火力発電所と原子力発電所が人間が使用するエネルギーと同じ熱量を海などの水温上昇を引き起こす『復水器』で捨てなければならない必要性を認識しているか?汽力発電所(水蒸気サイクル発電)の熱効率が40数%という事実を。