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フェーン現象の解剖

フェーン現象 日本列島の日本海側に太平洋側から山脈を越えて熱風が吹き下ろす現象などを言う。2017/09/18に台風18号が富山県から日本海に抜け南寄りの強い風が吹いた。その時、新潟県魚沼市小出で真夜中に気温の急上昇が起きたとある。午前0:40に24.8°cだったのが1時間後の午前1:46に33.1°cの猛烈な暑さになった。しかもその熱風は乾燥した空気の流れである。そんな時の恐ろしいのは失火に因る大火災である。

起こる原因 

フェーン現象  海から蒸発する水蒸気とそれを含んだ空気を運ぶ山越えの風が原因である。風上の山越えの空気は上空の冷気で水蒸気が雨となる。水蒸気が含んだ熱エネルギーは空気の中に取り残される。空気を運ぶ風が無ければ、熱エネルギーは空気中で飽和し熱爆発で雷となる。しかし風が空気を運ぶから、熱エネルギーを多量に含んだ空気は山を越えて風下の反対側に下り降りる。

熱エネルギー 熱エネルギー(熱素とも言った)は運動エネルギーとは無関係に独立した実在の物理量である。熱エネルギーは摩擦でも仕事量・摩擦熱として物を温度上昇させるエネルギー変換現象として現れる。乾布摩擦で体が温まる。温まった原因は皮膚が振動している訳ではなく、摩擦による熱エネルギーが皮膚を通して体に溜ったからである。熱エネルギーが身体の組織・細胞の質量体に溜ったからである。決して身体の質量が運動エネルギーを持った訳ではない。水蒸気は水分子が振動等の運動エネルギーとしてエネルギーを持った結果ではない。圧力(大気圧)と体積と温度(大気温度)の関係を持った、水分子の体積膨張として熱エネルギーを保有したからである。ただ水蒸気は他の気体分子とは異なり、アボガドロ定数の関係は当てはまらない特別な気体状態と看做されよう。理論での気体定数が当てはまらない、ボイル・シャルルの法則と湿度と水変態(気体から液体への急体積収縮)の複雑極まりない特性を水蒸気が持っていると観るべきだろう。水蒸気と気象現象の間に横たわる熱エネルギーの解釈が現代物理学の教育内容には適正に取り扱われていない。検索に表れるフェーン現象の解説には『熱エネルギー』の意味が認識されていない。

水のお伽の世界

突然未知の藪に入り込む。水の世界は有り触れていながら、不思議がいっぱいだ。水には人の心を癒してくれる不思議な力が秘められている。信濃川の河原で、石に腰掛けて水の流れを見つめる。流れる水の面は時々刻々と同じ流れには成らず、変化し続ける。その変化の模様に心を乗せていれば、その流れは必ず心を癒してくれる。そこには自然科学など不要だ。今は水の流れを眺める余裕がない。ストレスを静かに流してくれる事請け合いだ。どうか試してみて欲しい。ただし、石河原で、石の面を流れる水の変化する浅瀬が望ましい。水のお伽の国に、科学のこころを遊ばせに行こうと思う。
お伽の国にも水も酸素も水素もあるという。薪を燃やして魚を焼く。火の後始末に水を掛ける。あかあかと燃えていた火も、真っ赤な薪も一瞬にジューと音をたてて熱が消えてしまう。暑い熱を水が白い膜に包んで隠してしまった。水の様態

お伽の絵図 水の意味を知りたくて、お伽の絵図にしてみた。この絵図は科学論と言うより、疑問をその思うままに表現したものである。大変身近にあって、いつもその御蔭で生きている。『水』、『酸素』さらに『水素』がそうである。酸素原子一つと水素原子二つが結合すると、水分子H2Oとなる。酸素が関わる燃焼により、水が生じる。それなら自然界では、水は酸素と水素にならないのだろうか。理科実験で、水の電気分解では酸素と水素に分解されるようだ。電気分解で、水の温度が下がると検索に出ている。それは本当か。もし本当なら、電気分解とは電気のエネルギー(特別電気のエネルギーがある訳ではなく、熱エネルギーと同じ物でしかない)を水に供給する訳だが、更にそれでも足りないで、水自身が保有するエネルギーまでも水分子の分解に消費する事と理解しなければならない。温度の低下は確認していない。しかし、水が酸素と水素に自然界で分解する仕組みがなければならない。どのような自然の仕組みかが物理の科学として重要である。

酸素の生成 自然の神秘は全てが変化し続ける輪廻転生に有る。宇宙も同じままには留まり得ない。お陰さまでの地球の生命も酸素も常に変化の中に存在する。地球の生命の仕組みは、植物があればこそだ。水の中の藻や名も知れぬ草、邪魔にされる雑草がどれほど生命を育てているかを知らない。身の回りの神秘を未だ科学は説き明かしていない。太陽が植物を育て、地球を大きくして来た。太陽は光で地球の生命を育んできた。光のエネルギーが全ての質量となる。

オゾンO3 以前、上空のオゾンホールと言う話題も聞いた。酸素ではあるが、少し活力が強いのかと。太陽光線が地球に降り注ぐが、上空のオゾンO3の御蔭で、人がその紫外線から保護されていると言うことだ。オゾンも酸素の活性化されたものらしいが、何故オゾンが紫外線を吸収するかの理論的根拠も理解できない。上空に、酸素分子O2が何故オゾンO3となって層を成すと考えるかも理解できない。オゾンと酸素の違いも分からない。ここまで考えると、もっと大きな疑問が湧く。

何故分子であるのか 水素も酸素もH2あるいはO2と二つが対になって安定した存在となる。これはアボガドロ定数の意味にも関わる基本的問題である。自然科学論は、その原理的意味を考えるより、『自然はこのようである』と言う捉え方で満足しているもののようだ。ヘリュウムHeは不活性だから、分子で考える必要がないのか。He2と言う分子で存在するかどうかも知らないが、気体であるから、その場合もアボガドロ定数は同じなのか。即ちヘリュウムの場合も酸素の場合も同一体積内には同一の原子数が含まれるというのだろうか。そこで、酸素分子、水素分子は何故二つが対になってしか存在しないと考えるのか。と言う問題に初めてなると思う。『電荷』での結合には無理があるが、それにしても対となる論理的意味付けが出来るのだろうか。科学論は「何故」と問う事から始まる。こんな疑問はせいぜいお伽の国でしか通用しないのかと言う問題になる。

ボイルシャルルの法則と分子 酸素と水素は通常気体である。気体は熱などのエネルギーを加えると、ボイル・シャルルの法則に従う。気体の圧力p[N/m^2]、体積V[m^3/kg]そして温度T[K]とすれば、pV/T=一定値[J/(K・kg)]がボイル・シャルルの法則の基本形である。しかし、厳密にこの関係式が成り立つとは言えまいが、基本的にこのような圧力・体積・温度(熱)の関係で捉えたい。ただ温度と熱エネルギーは気体や条件で決まった関係には成るまい。現代物理学では、気体に対して「気体分子運動論」がその解釈の主流になっている。それは分子が熱などのエネルギーを得ると運動エネルギーとして分子の活性化に働くという解釈である。その現代化理論が、アインシュタイン以降の量子論と相まって、気体分子運動論での解釈になっている。分子がエネルギーをその質量の運動エネルギーとなるという解釈を筆者は受け入れない。気体はあくまでもその分子の体積膨張として捉える。だから、現代物理学論での解釈でなく、古典的体積膨張の解釈で捉えたい。そこには原子そのものの空間的体積占有量が大きく変化するという見方で捉えるのである。だから、アボガドロ定数などが役に立たないと考える。気体分子が運動力学に従って、運動エネルギーとして保有するという論理性が怪しく思える。理論だけが先走っている。酸素も水素も熱エネルギーにより、運動でなく静止のまま体積膨張をするという解釈を採る。『温度とは何か』が問うもの

水は何故存在するか 水は分子H2Oである。宇宙にも水は溢れていよう。氷の彗星と言うから。水の意味を考えるなら、当然酸素も水素も何故存在しうるか地球上に誰がその存在を創りだしたかを考えたい。植物が酸素を創るという。しかし、植物が水素を創るとは言わない。水は酸素と水素があって初めて存在し得る。空気中の成分分析結果が検索で得られる。大気成分の分析法は?の結果はどのように分析されたかを知らない。そこには水素は無い。大気中で、酸素と同じく、水素が共に存在しないで水だけが存在するとは信じられない。水蒸気は水の大気中の成分である。植物が太陽光線をエネルギー源にして、光合成と言う反応を通して、酸素を生み、水素を創るのだろう。しかし、水素は水素受容体NADP等と言う物で解釈されている。その意味は理解できない。水を植物が分解し、酸素と水素を作り出す。またその酸素と水素から、植物が水も作りだす。天然の精水春の生命が噴き出す植物には水を創る夜の役目がある。酸素と水素から水を創りだすのだ。そのエネルギーを命に変えていると観る。燃料電池のエネルギーの発生と同じ仕組みだ。

燃料電池 水の電気分解の逆が燃料電池である。水の電気分解と同じ水の分解を植物の光合成で行っている。太陽光線をエネルギー源にして。

水の保有エネルギー 水にまつわるエネルギーの循環を考えたい。水素爆発(7%の水素濃度で、爆発現象を引き起すという)とはどんな現象であろうか。 『水素』に思う  にも書いた。酸素と水素の保有するエネルギーが大きい。結合すると水のエネルギーが少ない為余分のエネルギーを放出する。それが燃料電池としてのエネルギー源になる訳である。電気分解や燃料電池と言う科学技術の水にまつわる現象が、自然界ではおもに植物を通して営まれていると考えたい。太陽光線と植物が地球の生命の源泉になっていると考える。

水と風の妖精  に水蒸気や風と水を結んで見た。お伽の絵図に酸素、水素と水を描いた。また印刷が出来ないのだろう。どういうことか?