タグ別アーカイブ: 気温

夕焼け小焼けは何故赤い

昨夜は、仲秋の満月。今朝も、朝日が昇る時刻(5時半)になっても、満月が西空に輝いていた。15度程の角度に残る満月である。幾何学で解釈出来ない不思議を輝かせている。

この地球には美しさが溢れている。時の流れで移り変わる四季の彩り。他の星の営みはどんなだろうか。この地球だけに現れる輝き。夕焼け空の燃える赤。IT検索には皆同じ解説で描かれる。そんな常識論を打ち破りたいと思う。日光と公転・自転

光の競演は、光の本質の解釈に掛かる。7色の光と言うが、光に色がある訳ではない。青い光も、赤い光も人の目に入る時のその光と角膜との関係で決まるのだ。光を『波長』で認識する。波長は光が伝播する空間にその速度をゆだねる。それが光速度である。光は真に『真空』であれば、それは物理的に定義される真の『光速度』である。しかし、空気中での光の挙動は完全な真空の光速度には成らない。光は空間のエネルギーの粗密分布の縦波である。決して横波のような、波などを打って進行するものではない。光エネルギーの空間分布と人の瞳との相対関係で、相対速度で、光の色は変わって映るのである。人のエネルギーの受け取り方で決まるだけである。地球上での実験での光の観測は同じ座標上での観測であるから、光の波長の変化は一般には起こらない。しかし、太陽光を観測するとなれば、地球の観測点と、太陽との相対性が必ず関係するのである。そんな意味を解釈する基準にしたいと思って、表現したのが上の図である。光の速度は地球上の人間に都合がよく決まる訳ではない。仮定として、「太陽が静止している」を条件にした。広い宇宙で、星が「停止」している事は考え難い。太陽も同じと考える。太陽だけが宇宙で静止している等、どのような原則から導き出せるかとても納得できるものでない。太陽も光の伝播基準空間に対して運動をし、更にその太陽に対して公転の地球があると考えるべきいである。しかし、そこまで考えると話がまとまらないので、太陽には静止の条件を掛けた。

光一粒と言う意味 ITでの検索で、接する理論では、光があたかも堅い石のような塊の一粒ででもあるかのような印象を受ける。光は塊ではない。だから塵にぶつかると運動量の変化を受けるが如き説明がある。青い光はチリで散乱し易い。赤はそう散乱しないので残る。などが主流の説明になっている。上の図で、太陽光が地球に到達したとき、空気層でどのような特性を示すだろうか。直進すると考えるか屈折すると考えるかの問題である。決して空気層にそのまま直進して入ることは無い。必ず屈折する。

夕焼けの原因 先ず、空気中の水蒸気の密度。水蒸気と夕焼け上空と地表との気温の分布状態。即ち、水蒸気の気温依存による雲の分布が影響する。その空気中の水蒸気の様体と分布が太陽光線の屈折に影響を与える。水蒸気の存在が光のエネルギー量を吸収する。光はエネルギー量の変化を受けて、エネルギー分布が変化し、それが光の波長の変化となる。光は粒ではないから、伝播空間の媒体の状況で変化するのである。完全真空なら、光は影響を受けない。

観測点Pで見る夕焼け空 右に先の図から拡大して、夕焼けの説明図にした。①は単に空気層での屈折を示した。しかし観測するP点は公転で、地球の空気層と共に、速度V_p で光から逃げることになる。水蒸気の空気層内の分布と量及び気温分布で②のような光のエネルギー分布が相対的に『赤方偏移』を引き起しているように観測される。それが夕焼けの基本的解釈である。

水蒸気密度の式ー大気中ー

水蒸気の法則として「ボイル・シャルルの法則」に関する記事を書いた。しかし、それは間違いかもしれない。気付いた事は、飽和水蒸気圧と言う意味が蒸気機関の場合の特殊な事例にしか当てはまらない事である。日常生活とは何も関係の無い式を提案した事になる。そこで、大気中即ち1気圧での水蒸気を考えた。それは飽和蒸気圧p(t)は大気中では常にほぼ1気圧であるから、大気中の温度には全く無関係である。そこで、上の水蒸気密度およびその算定式は改めて、気象庁の水蒸気密度のグラフから式を導出した。その計算結果のグラフと式である。データはt=10℃と30℃の値を使い、式を導出した。理論的意味は算定式には無い。ただ、比較的気象庁のデータに近い水蒸気密度の数値が得られる。その気象庁のデータがどの様な意味を持っているかも理解できないまま利用した。大気圧中の飽和水蒸気密度と言う概念も理解できない。また、氷点以下でも水蒸気密度が存在する訳も理解できない。氷点下では氷になると言う水の解釈とどのような整合性を頭の中に取れば良いかが分からない。以上急いで、前回の「水蒸気の法則」の記事の曖昧さに対して、訂正の意味を込めて、ここに記事とした。