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生きる雨蛙

(2019/07/11)追記。雨蛙と幼生生殖 (2012/10/04) の記事がある。今でも信じてもらえるかが気になる。誰もが信じられないかも知れない。しかしもう一度述べておきたい。日本雨蛙は決して水の中でのオタマジャクシの生態は取らない。これが全ての基になる。では普通のカエルの生殖行動が土の中で可能か。しかも、日本雨蛙の雄がいることも確かである。雄は比較的細い体形をしている。しかし、人目に付く場所にはあまり現れない。素早く草の茂みに逃げ隠れてしまう。先日、少し予想と異なるものを見た。雨蛙の鳴き声がした。当然鳴くのは雄と理解していた。ところがその鳴き声の雨蛙は色が茶色系の雌の体形であった。(2019/07/16)追記。色は茶色でなくご覧のようであった。喉元も膨らんで鳴き声を立てそうに見える。雄の体形ではなく、腹部のずんぐりした雌雨蛙であった。この点は初めてのことで、鳴くのは雄との認識が正しいかどうか悩ましいことになった。幼生生殖との生態も科学的な検証結果があるわけではない。土の中で雄と雌の生殖行動が卵胞になされるかは理解困難であることからの推論として幼生生殖にたどり着いた。この点は今でも絶対正しいと断言できる訳ではない。雨蛙の度胸ある生活とその悟りの姿が並の生物に観えない。

生きると言う意味

日本雨蛙は土の中に生きる。土の中で生きるものに蝉がいる。蝉は7年間土の中で成長し、地上に出てからは短い生命で終わる。しかし日本雨蛙は長い年月地上と土の中の生活を繰り返して、生き続ける。決して1年では親雨蛙にはならない。しかし土の中での生態が分かっていない。新生雨蛙となって地上に誕生するまでの生態が分からない。何年土の中で幼虫の生活をして地上に生まれ出るかが分かっていない。ハッキリしている土の中の姿、それはたった一度の春5月頃に遭遇した土の中に観た事実である。木の苗木か花かを植えようと土を掘って、そこに見た光景である。それは白くて、1.5cm程のマッチ棒より細い幼虫が数十匹も絡み合って一塊りで蠢いているのを観測した。それは長い尻尾があり、4本足で細いオタマジャクシと同じ形状をしていた。その時は未だ全く雨蛙の生態に何の関心もなく、これは何だ?と一瞬感じただけでまた土を被せて、その事も忘れて過ごした。その後何年か経って、全く水や池のない狭いその場所に毎年雨蛙が溢れ出ることに何故かと気付いた。それまで水の中でカエルはすべてオタマジャクシの生態を取るものと世間の常識どおりに思っていたのに、不図気付いたら、眼の前の雨蛙の発生が理解できない疑問となった。それから何年も毎年そこに棲む無数の雨蛙をじっと観察することに成った。特に母親雨蛙は大きくて、貫録が有り、傍でじっと観察しても逃げもしなければ、隠れもしない。毎日夏の日照りの中で背中に強い陽を受けてもじっと過ごし、同じ梅の盆栽の木に棲み続ける。特に雨蛙の生態で不思議に思ったことがある。保護色の茶褐色かと思わせる色で毎日居る。そんな生き物がいることを知って、自然の世界は不思議に満ちていると驚嘆せざるを得なかった。そのような雨蛙を見ていて、あの過去の土の中の蠢く白い虫の存在が頭に蘇った。それからが、雨蛙の筆者が考える生態と世間の科学常識(百科辞典でも、専門書籍でもすべて水中のオタマジャクシ説)との間での葛藤が始った。夜行性の生態で、夕方寝床の傍に糞一つを残して、食事に出かける。朝はまた同じ場所に帰って来て、夕方までじっと一日そこで過ごす。そんな姿を見れば、如何にも禅僧の悟りの象に見える。それは相当年数を生きた親雨蛙の日常生活であるが。

地上への誕生。

雨蛙の形状で、特筆すべきは決して生れ出たその瞬間からオタマジャクシのような尻尾は無いことである。既にあの特有な美しい緑色をして、とてもか細いが逃げ足は速く、多くが集団でいる。水の中から生れ出るなら、尻尾が残っている状態を見せる筈だ。決してそれは無い。或る専門図書に薄赤色の尻尾の有る姿を雨蛙として示してあるが、それは無い筈。すべては推論の域であるが、雨蛙が水のない場所に長い間生まれ出る意味を考えれば、その誕生まで地中で何年も過ごしているのではないかとも思える。解らない不思議を秘めた日本雨蛙にささやかな応援を送りたい。

アジサイに姿を見せた。親雨蛙1っ匹。

大きな親雨蛙であるが、少し寸法が小さく見える。

 

全部で、姉さん雨蛙が3匹。妹(今年の新生なら大き過ぎる)雨蛙が1っ匹。計5匹。

 

姉妹で。右側の妹雨蛙は今年の新生児にしては少し大きい。あるいは1月前ぐらいに生まれたか?正面の雨蛙は今年の新生ではない。

 

 

ハーブに娘。傍に昨夜の糞一つ。雨蛙の生態で特徴となるものが昼夜の生活スタイルである。

 

 

 

もう一匹の姉さん。

 

 

 

 

 

 

ネジバナと雨蛙

梅雨時で空気が湿っている。雨も土を湿らせ、十分に降った。丁度ネジバナが草の中に咲いている。晴れ間に草藪に近づくと、雨蛙が跳ねて草むらに逃げ込む。

ネジバナネジバナ 梅雨時に咲く独特の個性。

新生雨蛙新生日本雨蛙 日本雨蛙はきっと真夜中に土から出て来るのだろう。本当に産まれたばかりの日本雨蛙を確認出来ないから、その大きさは知らない。先日1っ匹だけそれらしいものに出会った。太さはマッチ棒ほどで、体長も1cmに満たない程であった。久しぶりに、田圃の畦近くで探した。見付けて写真に撮ろうとしても、逃げ足が速く、近接写真は採れない。この写真は追いかけて適当にシャッターを切った中の1枚である。田圃わきの側溝に逃げる蛙。運良く逃げる蛙が収まっていた。これでも、産まれたばかりでないかもしれない。ここには少し大きめの1っ匹と小さな蛙6っ匹程が写っている。

日本雨蛙の「雨蛙権」のために、オタマジャクシ論を撃退したいと頑張った。せめて学校でオタマジャクシを飼育する雨蛙学習というのはやめて欲しい。

このブログを書かせて頂いたきっかけはやはり日本雨蛙の事であった。当初は、spaces.live.com の記事であった。雨蛙 その不思議 外泊帰りの親雨蛙 親雨蛙の観察 雨蛙のその後 雨蛙旅立ちの朝 御帰還に仰天して  酷暑に悟りの生きざま。有り難いと感謝です。

日本雨蛙 その土根性

(2016/10/20)追記。今年の観察記録。ネジバナと雨蛙に下の記事の田圃の側溝で今年も同じような雨蛙の子供の姿を写真に収めた。もうそろそろオタマジャクシ説は間違いと気付くかと思うが。

 雨蛙ーその謎ーとして2006年7月20日、小冊子を作って世に問うた。最初は癸未(2003)年に年賀の版画を出した。

写真283版画(2003)  写真に撮って9年後に意を決して絵にして発表した。さらに3年後(2006/o7/22)に「雨蛙 その謎」の冊子として出した。それはどんな百科事典も専門書もすべてオタマジャクシで説明されている中での、専門図書に反論する生態論であるから覚悟の上であった。ずっとこの版画を出してから、疑問と不安の中に居た。

自分を信じる 2006/06/27/ 前日相当の雨が降った。梅雨の終わりの大雨が降るような時期で、不図気掛かりになり、田圃に雨蛙が生まれているのではないかとカメラを持って確認に行った。予想通りに多くの雨蛙が溢れている処に出会えた。先の冊子「雨蛙 その謎」を見ても、誰も専門図書の『オタマジャクシ説』しか信じないようであった。そこで改めてその田圃の側溝での写真を添えて出した。

写真281田圃側溝写真 2006/07/27の記録。

写真280添付文書 この首に付いている虫が幼生ではないと言われる。今でも素直に受け入れられない指摘である。その大きさも、雨蛙の表情も害虫とは信じられない。

写真248ネガフィルムから 上の②の写真である。運良く多くの雨蛙が纏まっていた。確認いただきたい事は、日本雨蛙には決して尻尾は無いのである。人の目に触れる時にはすでに尻尾は退化して無くなっているのです。丁度人間と同じく生まれたときには尻尾はありません。専門図書に尻尾の写っているような写真もありますが、それは日本雨蛙ではありません。学校でオタマジャクシを育てて雨蛙だと考えているようですが、それは必ず尻尾が残っている筈で、そのような尻尾を付けた日本雨蛙は居ません。尻尾の付いた雨蛙などは間違っているのです。日本雨蛙のオスに一匹雨蛙に似たカエルを捉えた写真がある。オタマジャクシから飼育する蛙がおそらくそのカエルであろうと思う。それは雨蛙に似て雨蛙ではない。

雨蛙と幼生生殖 での記事のように、昨年(2015)いろいろご指摘いただいた。首に付いている虫は幼生でないと。しかし、決して日本雨蛙は水の中でオタマジャクシからの生態は採らない事は間違いない。1994年7月22日に収めた写真が長く疑問として残っていた。その雨蛙の語りかけるような表情には、害虫が取り付いている苦しそうな様子は見えない。2003年に版画にするまでに思い出した事があった。春土を掘り返して花や木を植えた。その時土の中に不思議な虫の群れがいた事を後に成って思い出した。水辺の無い場所に30匹以上の雨蛙がいる不思議とその土の中の不思議な虫とを重ね合わせて、日本雨蛙が水の中のオタマジャクシと異なる生態を成して生まれると結論付けた。5月頃、土の中に真白な、細長くて尻尾のある幼虫(ちょうどオタマジャクシに足が生えた)が一塊りに成って群れている姿は一体何だったのかと大きな謎である。その白い虫が土が雨で柔らかくなったときに成長して、土から生れ出るとすれば、すべてが辻褄が合うと解釈した。当然生れ出る時には、その長い尻尾は既に体の中に消え、雨蛙の緑色の姿で現れる。これが日本雨蛙の生態である。しかし、どのように土の中に卵塊(多分そうだろう)を生み、何年土の中で過ごし、その年数もすべて同じ年数ではないのではないかとも感じるなど、全く解らない事ばかりである。断言できる事は水の中ではなく、土の中で生育すると言うことだけである。今でも時に一っ匹で生まれて来る雨蛙の子供が居る事から、年数に関しても解らない。個体によっては蝉に似たところがあるかもしれない。そんな日本雨蛙の不思議に惚れ込んだ。自然科学論の『電荷』概念否定と同じく、不思議はたまらない魅力だ。日本雨蛙の土根性(あえて土に根を持ち生れ出る)と。

日本雨蛙のオス

もう一度確認しようと、尋ねてみた。草むらも刈り取られて、生息環境が悪化しているからどうしているかと心配だった。それ程多くはなかったが結構の数が確認できて嬉しかった。長い間日本雨蛙のオスとメスの区別を見分けるにはと、その判断を下すに機会を探していた。今までと違って、幾らか人の意見もインターネットを通して聞いた関係で、少し考えを伝えるに安心を得たと言える。
今日の雨蛙との出会いで、オスの形態に解釈を下そうと思った。
オスはお尻、腹部が細く尖った形態である。ズボンバンドが余った細い若き自分の腹を思って苦笑い。

♂1オス

♂2おす2 この蛙は皮膚の色合いが少し日本雨蛙と違うかと言う感じもする。。足の模様は雨蛙と言えよう(2015/10/04)追記。ずっと気掛かりであった。足の模様はやはり日本雨蛙とは異なるように思う。余りにもはっきりし過ぎた模様だから。思い出しても今までの日本雨蛙には、これほど規則的な縞模様の雨蛙には出会った記憶が無い。(2015/10/22)追記。先日から考えて見た。この模様のカエルをもし日本雨蛙と考える人が居るとしたら、おそらくオタマジャクシから育てたカエルだからであろうと思う。決して田圃のオタマジャクシを育てても日本雨蛙には成らないと確信する。

♂3おす3

♀1メス 小さいながら腹部の膨らみがメスの形であろう。

10日産れたてまれたてのオス 古い出会いの新生日本雨蛙。2013年7月10日で、夜に生まれたばかりの赤ちゃん雨蛙です。オタマジャクシでないから決して尾はありません。生まれたてでも、オスとメスが形態で判別できるかと言う例として提示する。

(2015/09/19)追記 庭にもオス雨蛙が居た。

IMG_1189オス 急いだので、反射光が入る。目木の葉に。雨蛙の特徴を一つ掴んだ。この記事の最初の写真(16日)を撮るのに苦労した。オスはなかなか表に姿を現さない。草陰に潜んでいて、追い出しても素早く逃げる。今日の写真も、草むらから突然出て来た。珍しく撮れたオスだ。それに対してメス雨蛙はほとんど動かない。人が傍に寄っても急いで逃げる事は無い。だから雨蛙の写真は殆どメスになる。このオスがどのような生殖行動をとるのか、土の中に卵塊を生むメスとの隠された秘密は。雨蛙を観察するだけで、決して特別の手を加えることはしない。

 

虹と雨蛙

日本雨蛙よ。久しぶりに姿を見せてくれた。去年この庭に、縞蛇が暫くとどまり、殆どの雨蛙を捕食してしまった。だから、またお目に掛れるかとても心配していた。ありがとうよ。

久しぶり!お久しぶり

君は今年生まれたのかね?未だ親蛙には成長していない事は良く分かる。ちょっと失礼して、身長を調べさせてもらうから我慢してね。体長は?

自然は争いもなく、ただその生命を生き抜くことに真剣で美しい。今日は、ブログ記事の間違いに気付き、訂正したばかりだ。とても気が重い時に君の姿に会えてうれしい。

 

そう言えば先日大きな虹が現れた。幸運だった。

幸運幸運

 

 

また日本雨蛙の謎

時たまひょっこりと雨蛙が生まれる。幼生生殖で、土の中から地上に誕生する。平成5年頃、小さな庭に梅雨時には数え切れないほどの多くの日本雨蛙が生まれた。最近は、時々1っ匹2匹と新生の雨蛙が生まれ出る。1匹生まれ出た。

IMG_0985朱鷺草の葉に居た。産れて数日も経っていなかろう。最近は、たまにしか生まれて来ない。日本雨蛙だけでないのかもしれないが、特に日本雨蛙について必ず注意して見て頂きたいこと。産まれたてでも決して尻尾は無いと言う事を。日本雨蛙の専門書で、山と渓谷社の本に稲株に居る堂々とした尻尾を付けた写真が載せてある。しかもその尻尾の色は少し赤みを帯びている。そんな尻尾の有る日本雨蛙は存在しない。他にも雨蛙の種類はあるのだろう。外国で雨蛙はどんな生態を採るかは知らない。背に負ぶって育てる雨蛙(?)がいるらしい。しかし日本雨蛙は一種類だろう。全て土の中に卵塊(この卵塊は勝手な想像の域の話)で産み落とされ、何年かの地下生活で成長し、雨が降り、土が柔らかくなった時に土の中から生まれ出るのである。生まれる前は、白くて細長い体型で、弱弱しい尻尾を付けた幼虫の姿(これは偶然に観察した事実)をしている。それは真っ白い細身のオタマジャクシが成長した手足の伸びた姿である。人の眼に触れる、産まれた時には完全に緑色の日本雨蛙になっている。親になるまで何年かかかる。親雨蛙は環境に合わせて色も変化する。冬籠りで、必ず地下に潜る。日中生活では、水は必要としないようだ。強く雨が降ると、雨を避けて吹きかからない処に隠れる。日中は夏でも、暑い日射しを背に受けてじっと背中を焼いて居ても平気で過ごす。夜まで木や葉の上でじっと過ごし、夜行性の習性で、必ず糞(大きさはネズミの糞に同じくらい)を一つ残して食料探しに起床し、行動に移る。朝になると大きな親雨蛙は、また同じ場所に戻ってくる習性がある。その日も夕方まで全くびくとも動かないで過ごす。日本雨蛙の生態観察による結果は上に述べたような事になる。毎日何回も同じ日本雨蛙と接していると、その親雨蛙は人を識別するのかと疑いたくなるほど、信頼して安心している様子を示す。だから、筆者は日本雨蛙を『悟りの者』と見做したくなる。余りにも堂々とした立ち居振る舞いだから。
日本雨蛙の新しい謎 幼生生殖でこんな数少ない雨蛙が生まれ出るとは不思議である。疑問・不思議は一体何年土の中で過ごすのかである。蝉は7年と言う。雨蛙はその年数が決まっていないのじゃないかと感じられる。それにしても、上の写真の雨蛙は何年で世の中に出たのか。しかも1匹である。雨蛙の土中生活年数は?

雨蛙と幼生生殖  幼生生殖だが、雄、雌の区別が良く分らない。鳴くのが雄とは思うが体型を見て、雄か雌かを判別できない。親雨蛙は皆雌のようにも見える。雨蛙の交尾を見た事も無い。だから日本雨蛙の生態で、分るのは昼間の観察できる事だけである。モリアオガエルの生殖は交尾ではなさそうだが、似て非なる日本雨蛙の生殖については謎のままである。土の中で卵塊(卵塊と幼生生殖の繋がりも見えない)での受精と言うのも中々理解し難い。幼生生殖は受精なしかと疑問が増える。

今年(2013)も庭に雨蛙

梅に親分雨蛙は余り移動しないで、定住するようだ。今朝庭で探したら何匹もいた。親分らしい貫禄ある一匹が梅の木に居た。

何年間棲みついているか定かではないが、去年の秋10月17日に撮った写真に似ている。雨蛙の変態化? に比較的成長した雨蛙を載せた。その中の⑥番の雨蛙と今年の雨蛙が同じもののように思える。背中の紋様が良く似ている。そこに示した雨蛙は、標題にしたように、色や姿が保護色にしては余りにも異色なものが多かった。②番の雨蛙は誠に色形が雨蛙然としていたが、今年はそれらしい姿を見せない。

今日は他にも何匹かを確認した。その幾つかを載せる。

もみじ小鉢に椿に捻子花と斑入りホウチャク草に敷き石に

これらは今年生まれた新生雨蛙であろう。相当日にちは経過して、成長したが、色艶・容は純な雨蛙である。今年もこれから秋口まで、時々雨の後に生れ出る雨蛙がいる。去年の親雨蛙が今年も同じ庭にすみついていたことで、一つの日本雨蛙の生態の理解につながったと喜ぶ。

 

日本雨蛙の新生は今

日本雨蛙の生態は、未だに理解されていない。雨蛙と幼生生殖にも記した。オタマジャクシから成長すると誤解されている。日本政府犯罪の偽装と噓には対応の方法が無い。せめて日本雨蛙だけでも、嘘は排除できないものか。日本雨蛙の写真データがIT検索で多く呈示されている。その中で、間違いは新生雨蛙に尻尾が付いているのは、全て雨蛙ではない。先日から雨が数回梅雨らしく降った。朝の散歩で、草むらを探したら、比較的多く生まれていたので写真に撮った。一か所での狭い範囲で撮った写真だ。全て生まれ立てと観て良かろうが、尻尾など全く無い。餅草に

新生日本雨蛙の大きさを示すために。餅草の葉の先に居る。尻尾など無い。

露草に露草に居る。大きさと尻尾の確認。

以下に、同じ時写した日本雨蛙の新生児を示す。新生1新生2新生3新生4

日本雨蛙の生活環境は草むらや灌木である。産まれる前は土の中である。梅雨時の多量の雨で、土が柔らかくなると産まれてくる。

追記(2013/7/6) 2日間雨で散歩無し。今日はまた新生日本雨蛙について気付いた。雨降りの翌日だから、歩道に多くいた。産まれたての雨蛙は、身体の形状も細い事に気付いた。土の中から、マッチ棒位の穴を通して生れ出るから細い事は当然であろう。IMG_0738IMG_0740蝸牛ついでにお客様に蝸牛もお迎えした。

産まれたての追記(2013/7/10)。 9日産れたて10日産れたて

昨日、今日と雨が降った後に生まれた新生雨蛙。もう田んぼにもオタマジャクシ等居ない。決して日本雨蛙が水の中の卵塊・オタマジャクシの生態を取らない事を示すために、繰り返し写真を投稿して証明したい。産まれたてで、小さいながらそのジャンプ力と逃げ脚は素晴らしい能力である。

長岡花火の季節がやってくる。その為に遊歩道の草むらがすべて刈り取られてしまう。花火見物のためである。日本雨蛙の住み家が強制的に取り壊されるのである。日本雨蛙には、「雨蛙権」なる生存の権利がはく奪されても、生命を保証する憲法など無い。それは、雨蛙だけの話でないと言われそうだ。福島原発破損事故で、生きる基本的権利・安心して生活する居住の権利を剥奪しても、その意味を『日本国憲法』の保障する権利と観ようとしない、原発推進国会議員の意識が理解できない。

雨蛙の変態化?

秋の空を見上げれば青く澄みきっている。しかし日本の秋の空は無い。一昨日、駅まで買い物がてら、歩いて往復した。日本の秋の空は見上げれば、電線にびっしりと「秋アカネ」がとまっている筈だ。夕方になれば、太陽の陽を背にして一斉に並んで電線に止まっている。虫を見つけやすいように陽を背にしている。突然飛び立ち、すぐに同じ場所に戻る。トンボの虫の捕獲風景である。この信濃川の東側にはもういない。広い草原を見渡しても、3匹ほどのトンボに会えただけである。沢山の種類のトンボがまつわり付くのが日本の秋の環境であった。眉立てトンボなど全く居なくなってしまった。午後になって、庭の草花を見た。すっかり見かけなくなった雨蛙を探した。去年庭の草『竜のひげ』を抜き取ってしまった。日本カナヘビが消えては困ると心配しながら。しかし心配が的中して、今年は日本カナヘビが消えてしまった。草を取り、自然の姿を人間の見た目で変えると、生物の生命を失い、地球の生物の多様性の喪失が人間の生命をも失うことに繋がりはしないかと恐ろしくなる。上の雨蛙はこれが雨蛙とは見えないような姿である。雨蛙は生存環境で、保護色の業に長けている。しかし、上の写真はそんな事とは違う蛙の姿だ。特に、③、④と⑥等は雨蛙とは言えない。しかし、こんな姿のカエルしか居なくなった。どうしてこの蛙が生まれて来たかの問いには「雨蛙の変態化」と解釈せざるを得ない。雨蛙と幼生生殖日本雨蛙の関連記事である。

雨蛙と幼生生殖

(2016/10/20)追記。今年の新しい観察。ネジバナと雨蛙がオタマジャクシ説を否定する観察記事となろう。

(2015/11/10)追記 日本雨蛙のオスと言う記事を書いた。そこに示した一枚の写真がある。足の縞模様が強い緑色の蛙だ。今まで、日本雨蛙の生態で、オタマジャクシ説となった原因がそのカエルではないかと思う。おそらくオタマジャクシから成長した蛙の姿がその縞模様の蛙であって、それを日本雨蛙と勘違いしているからであろうと思った。♂2日本雨蛙に非ず

(2015/09/09)追記 昨日は大変な日に成りました。私が思い違いをしていたのかと教えられた。実は下の雨蛙の首に付いている虫はオオキベリアオゴミムシと言うオサムシ亜目の昆虫だとの指摘が有った。それにしてもこの日本雨蛙の表情にはそんな虫が噛みついていると言うような苦しさは微塵も見えない。何が有っても、この雨蛙の優しい表情は長く心をいやしてくれた。幼生生殖と勘違いしたとしても、日本雨蛙の生態は決してオタマジャクシでない事だけは確信している。どんな他の解説も、オタマジャクシ説だけである。しかしその解説の雨蛙は殆ど日本雨蛙とは見えない。緑色で似ているようだが、どこか腹の模様などで違う感じのものばかりだ。ここに遠く離れた田んぼから大量の雨蛙がやって来る筈が無い事だけは間違いない。昨年しばらくここに縞蛇が生息し、殆どの雨蛙を捕食してしまった。もう居ないと思っていたが、今年も小さな雨蛙の子供が生れ出ていた。寸法は1㎝ほどの新生である。土の中に細い真っ白な弱弱しい手足の出たオタマジャクシ状の幼虫の群れを観察しているから、土の中から生れ出ると確信した。しかし、土の中にどのように卵を産むかは大きな謎である。それで、下の写真の虫がもしやと思ったのが間違いだったかと反省する。オタマジャクシ説はその成長過程で、尻尾がみえるものは日本雨蛙ではない。しかも赤橙色などのものも雨蛙ではない。今は田圃も改良整形されて、殆ど雨蛙も生息して居なくなった。山の田圃であれば多く居るだろうから、畔に網を掛けておけば、その中に土の中から生れ出るのが確認出来るだろうと考える。マッチ棒の太さほどの穴から出ると考える。日本雨蛙が多く生まれる時期は6月下旬の比較的雨が大量に降って、田の畦の土が柔らかくなった日に発生することを確認している。

雨蛙の秘めた思い 雨蛙が伝えて欲しいと言っている。いつも脇にある。雨蛙の額。何度も載せた写真であるが。

幼生生殖 こんな言葉と生態が有る事を教えられた。先日「妖精」の言葉を辞書で引いていた。同じ「オン」の「幼生」に出会う。ー説明:成体になる前の幼生の段階で次の世代の幼生をつくる。単為生殖。幼生 オタマジャクシなど。(新潮国語辞典 現代語 古語)ー確かにオタマジャクシは蛙になる前の幼生である。しかしオタマジャクシは幼生生殖はしない。オタマジャクシがさらに新たな幼生をつくれば、それが幼生生殖となる。この辞典の説明で、その生物的生態の存在する自然界の多様性に度肝を抜かれた。その驚きがいつも脇に掲げてある「額縁の雨蛙」と繋がった。決して、雨蛙は水の中に卵は産まない。この小さな水の無い庭の中で多数の雨蛙が生れ出る事実がその真実を如実に物語っている。今は、もうこの庭もコンクリート、アスファルトで固められた市街地の中、雨蛙の生殖の遺伝的交配も不可能になり、生物的自然環境が失われてしまった。それは近所にある田圃も大規模の改造農地に変化して、生物環境は悪化している。田圃も稲作工場の感が強い。また5,6年ほど前から、すでに秋の「秋アカネ」の大群が山から下りて来る日本の風景が、この東側の空から消えてしまった。一度消えたら回復を望めないのだろう。もう少しで、夏の猛暑が植物の葉を赤く焦がす現象などを見ると、雨蛙も消えて行くのだろうと悲しい。

雨蛙の幼生生殖 雨蛙の消えゆく生命への鎮魂の思いも込めて、その生態の不思議な意味を伝えなければならない。幼生生殖が正しく雨蛙にあるのだ。写真の雨蛙のお腹に付いている不思議な虫が「雨蛙の幼生」と判断を下した。土の中に新たな幼生を生むその幼生であると。私が、雨蛙の生態で土の中に塊になって、群生している沢山の白い虫を見つけて、その虫の意味を理解するまでに何年も経過した。水の全くないこの庭に生れ出る3,40匹の新生雨蛙の産まれ来る不思議に思いいたった時に、以前に観察した土の中の白い群生の虫(白く、細長いオタマジャクシと見られる形態の虫)の意味に繋がったのである。そこで初めて雨蛙の生態に合点がいった。だから、写真の幼生が土の中で卵を生むと判断して、その解釈を公表して来た。しかし、写真の幼生がどの様に生殖するかの解釈には疑問が残っていた。今回の「幼生生殖」と言う用語に出会う事で、その解釈に大きな生物的現象の存在が結びついたと言える。言葉との出会いに不思議を思う。雨蛙の関連記事。雨蛙の耳?および雨蛙ーその謎ーが有る。

ネジバナと雨蛙 新しく投稿した雨蛙の記事。古い親雨蛙の日常生活の記事のリンクを乗せた。