タグ別アーカイブ: 新潟県道の用地策略

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私は偽物か (2013/10/14)  に昨日コメントがあった。表題のような言葉が載っていた。それはスパムとボードにあった。意味も理解せず削除した。意味を調べたら、「詳細はこちらをご覧ください。」であった。過去の30数年間の身の周りに起きた様々の事柄を総合的に考えれば、日本政府によって常に「亡き者」とする対象として取り扱われてきたとしか思えない。日本国憲法の基本的人権規定に照らして、あり得ないことが『行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律』に私 金澤 喜平がその保護対象として存在していない事である。その「詳細はこちらをご覧ください。」の一部を以下に記す。

気付かずに通り過ごした過去の事柄が突然「あれ?」と疑問となって浮かび上がる。知らずに過ごせば、それは何も学習しなかったと同じ事だ。新潟県教育委員会の教育職員として正式に採用されていなかったなど、採用事務を受けた経験がなければ知らないで過ごす。人として当然の権利を行使する機会から排除され、新潟県の教育公務員としての職員登録に無いなど知る由もない。まさか昭和14年(1939年)12月1日、舞鶴鎮守府へ新潟県中魚沼郡貝野村から戸籍が転籍されていたなど知る由もない。平成5年5月末に舞鶴鎮守府および溝尻海軍住宅の嘗て住処を尋ねたころに、転籍の事を知った。父 金澤 好明は昭和天皇即位の礼に軍艦代表として参列した。昭和14年10月1日徴兵を避けるため、日本発送電株式会社に入社した。しかし、内務省(貝野村)と軍によって軍籍に戸籍転籍の異常手段を採られた。昭和16年9月召集を令せられた。

貝野村立貝野小学校には、正式に登録されていないと思えるため、義務教育終了の個人情報(総務省、下の1.行政機関の保有する個人情報)が無いとい。)さえ無いとの点で、政府機関での筆者の存在が否定されているとしか考えられない。昭和20年8月終戦後に故郷(新潟県中魚沼郡貝野村甲)に舞鶴鎮守府の京都府舞鶴市溝尻海軍住宅から帰ってきた。舞鶴国民学校1年生のまま学籍転籍の手続きもなしに、その年の9月貝野小学校に行ったと思う。しかし、小学校から、貝野村立貝野中学校の卒業まで、名簿は特別に男子の名簿の最後に付け足しであった。だから正式には削れば削除となる可能性の名簿順だ(下記の1.行政機関の保有する・・)に関係して。地区姿の5名のうち自分だけ除け者扱いであった。高等学校、予備校研数学館および新潟大学での授業料を収めた記憶がない。いくら記憶力が無い筆者と雖も授業料納付を忘れるとは考えられない。今その訳はすべて、戦後処理に掛かっているとしか思えない。敗戦時、父も溝尻海軍住宅に一緒に住んでいたが父は戦後のしばらくは用が有る為帰れないからと、母と3人兄妹で帰京した。父は多分年末まで帰らなかったと思う。何用で遅くなったかは知らない。小中学校時代は生まれ故郷であっても、疎開っぺと嘲られて過ごした。

  1. 行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律(総務省) 平成1年(1989)10月1日施行(昭和63年(1988)12月16日法律第95号)
  2. 法例(管轄機関?) 明治31年制定。改正 昭和39年(1964) 法100号(池田内閣)。改正 昭和61年(1987) 法94号(中曽根内閣)。改正 平成1年(1989)法27号(竹下内閣)。
  3.  上の2.法例 その第3条[行為能力] 人ノ能力ハ其本国法二依リテ之ヲ定ム②外国人カ(「が」という意味であるが濁点をつけない)本国法二依レハ(バ)無能力者タルへ(べ)キトキト雖モ日本ノ法律二依レハ(バ)能力者タルへ(べ)キトキハ前項ノ規定二拘ハラス(ズ)之ヲ能力者ト看做ス と誠に意味深な法律がある。
  4.  特定秘密の保護に関する法律(内閣官房) 平成25年(2013)12月13日 第108号。

私は偽物か の記事のように、水泳の検定合格の書類作成で、登録しようとすると、すべて『不合格』で受け付けられないとなる。上の1.の『行政機関の保有する電子計算機に関わる個人情報・・(総務省)』の個人情報の中に、筆者の情報が無いと考えざるを得ない。特に、学校教育に関する内容は情報公開の対象から予め除かれている規定がある。特定秘密保護法(内閣官房)との関係付けされたら、情報機関も太刀打ちできない国家秘密として葬り去られる。紹介 にあるような不可解がその訳となろう。今でも、登録時の名前の問題で異常と考える思いをすることが多い。

2.の法例の改定時期が昭和39年(1964年)の池田内閣時および昭和61年(1987)の中曽根内閣時、さらに平成1年(1989)の竹下内閣時と何か筆者の人生の節目に関わっているように不可解な改定である。その法例は内容が3.に記したような人の「能力行為」という極めて異様な人格権に関わる評価の問題に関係している。現在の日本国憲法の新しい民主主義の時代に、なぜこのような明治時代の幽霊法令の様なものが憲法と並んで位置付けられているのか不思議の極みなり。当然新憲法のもとで、他の法律に組み込まれるべきものである。飛行機や花火での脅し、さらに自動販売機での電源遮断(100円投入すると装置を電源遮断され、大金100円を3回も強奪された)。官邸系からの不快メールの御送信。

これが電気回路の実相だ

はじめに 電気技術概念、その代表が電圧と電流だ。その本当の意味はすべてエネルギーの姿を利用しやすい観測量として評価するものであった。エネルギーが電線導体の中を流れることはない。すべて電線で囲まれた空間を流れるのだ。基本的にはほとんど光と同じ光速度、毎秒30万キロメートルの考えられない速度で伝送されている。電気回路理論では電線路をエネルギーが流れるという解釈は一般的に採られない。それはエネルギーが空間内に実在している物理量という意識がないからであろう。エネルギーその物を計ることもできないし、目で見ることもできないから意識化が困難な事にその原因があるのだろう。太陽の光を浴びて、暑くてもそのエネルギー量を計れない。光を見ても、そのエネルギーが流れていること感覚的に捉えにくい。決して光は振動などしていないことを実験的に検証できない。光の科学測定は振動数の姿でしか測定値として捉えられないから。光の空間を伝播するエネルギー分布波など測定・観測できないから。電気回路を伝送するエネルギーも光と同じ空間分布波である。

特性インピーダンスと伝播定数。 電気回路は電線と回路要素のインダクタンス、コンデンサそして抵抗の3つでほとんど構成されているとみてよかろう。モーターもそれらの要素に等価的に分解して解釈できる。それらの要素がエネルギー(このエネルギーという意味を空間分布波として認識しなければ意味が通じない)に対して、それぞれ異なる機能を発揮するから、電気回路現象を理解するには技術的学習が必要になる。その技術習得に欠かせないのが、電圧や電流あるいは電力の概念である。しかし、電気回路の実相はもっと単純なのである。電気回路のインピーダンスや虚数軸のベクトル手法などによる専門的知識によって、単純な電気現象の実相が見えなくなるようでもある。ベクトル解析などと抽象的な解釈法を専門的共通理解の手段として学習すると、とても便利に理解しやすくなり、専門家集団内の共通コミュニケーションに欠かせないものとなる。そこには物理学理論としての電圧・電流概念が確固たる強固な物理的基盤として支えてもいる背景もあるから。しかし、電気現象も光や電波と同じエネルギーの空間伝播現象でしかないという本質を先ず捉えることが必要なのだ。そこに大事な電気回路現象の理解の要として、特性インピーダンスと伝播定数がある。街には配電線が電柱で支えられて配線されている。電気エネルギーを供給するためである。高電圧6600ボルトのピン碍子配線、変圧器を介した低電圧200・100ボルトの絶縁ケーブル配線がある。それは空間を伝送されるスマホの信号エネルギーと同じ電線導体の間の空間を伝送される電気エネルギーの伝送設備なのである。専門的技術理論が分からなくても、単に電線路空間を構成して、その空間を通してエネルギーを光速度で送っているだけなのである。その基本の単純な自然現象の利用技術が電気工学や電力技術として熟練を要する専門的な理論となっているのである。誰しもが基本となる自然現象の単純な意味を先ず理解してほしい。電線導体の中を電子が流れている等という、如何にも専門家らしい言説に惑わされないでほしい。決して電線導体の中を電子など通れないのだ。この世界に、負の電荷を持った電子など存在しないのだ。教科書が真実などと言うことではないことも知らなければならないのだ。自然は深くて単純なのだと。

電線路の実相

電気回路の真実を知りたい方のために少し解説したい。技術と自然の架け橋の要点を。

空間の電気特性 目の前の空間が持つ科学技術的解釈に誘電率と透磁率という概念がある。空間がインダクタンスとコンデンサから成り立っているという解釈である。携帯電話を使えば、電線が無くても通信ができる。空間が電波信号(これがエネルギーの空間分布波なのだ)の伝送路だからだ。図に透磁率μo[H/m]と誘電率εo[F/m]の値と空間の持つ特性インピーダンスZo[Ω]および電気信号の伝送速度の逆数で伝播定数γ[s/m]を示した。光速度coもその定数から決まる。透磁率が4πという立体空間角度に関係した値で定義されて、うまく統合されている訳は誠に不思議に思える。余りにも良くできているから不思議だ。それは空間の長さ1メートルあたりにインダクタンス[H/m]がある。同じくコンデンサのキャパシタンス[F/m]がある。空間にコイルやコンデンサがある訳はないのに、そのように解釈して初めてエネルギー伝播現象の姿を納得して理解できる。その捉え方の妙味が、とても便利であるから不思議なのである。何か禅問答のようだ。

右に裸電線を張った電気回路の意味と特性を示した。数式には自然対数のln(2D/d)を使って示した。常用対数log(2D/d)に変換するには係数2.3026を掛ける。一般的には絶縁電線が使われるが、基本的な特性は裸電線の空間構造によって決まると考える。絶縁電線は電気エネルギーの流れる伝播空間が電線表面の絶縁体部を流れるため、エネルギーの流れる速度が比誘電率の値で遅くなる。1メートルの長さをエネルギーが伝播する時間が伝播特性で、比誘電率εsのため√εs倍だけ長くなる。裸電線の場合は、空間の光の速度と同じことになる。線路の特性インピーダンスの機能はその値が同じであれば、エネルギーの流れが電源電圧のエネルギー分布に従って反射などの阻害要因がなく伝送されることを示す。その現象は特に超高周波回路に現れる。分布定数回路と実験に例がある。

むすび

空間の光エネルギーの伝播現象を科学技術概念、空間定数(透磁率、誘電率)と結びつけて、その捉え方を電気回路の伝播現象と統一的にまとめた。30数年前に、拠り所の電流概念を棄却して闇の世界の中をさまよいながら、プランク定数の次元と実在概念 日本物理学会講演概要集 第56巻第1分冊2号、p.338. (2001) の光エネルギー分布波の捉え方から、空間エネルギー分布の解釈にたどり着いた。光とは何か?-光量子像‐にまとめた。今50数年前の、分布定数実習に対する一考察 (新潟県工業教育紀要第3号、1962)の分布定数回路の実験結果が貴重な資料となり、この記事の基にもなった。新潟県教育委員会に正式採用もされていなかった中で、アルバイトのような身分の分際で研究するなど誠に御迷惑をお掛けしたと恥じている。と卑下してみても、新潟県はこの研究報告を生かす責任があろう。 

 

私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府

自己確認の闇の世界に旅立ったのは昭和63年秋であった。50歳。

終戦時に続く。

父の軍歴表を見つけて、人生の過去をひも解き始めた。自分を知らないことの恐ろしさを知った。私が「舞鶴鎮守府」に触れると、妄想・空想・構想思考と統合失調症の部類になる。父の戸籍附票の偽装

社会的に認められない「日本海軍と国家体制」の事実の存在を行政はひた隠しにする。戸籍はこの事実を隠蔽するため、戦後処理をした。パスポートは外務省の認可に関わり、戦後処理問題に抵触し、発給出来ないかと思った(平成24年秋にパスポートを請求してみた。発給された。しかし発給の意味が分からない)。戸籍の改ざんは、削除と辻褄合わせの「糊付偽装」で修復した。昭和24年4月、貝野村役場での事である。戸籍には附票が有る。それは自治省の管轄であると、法務省で戸籍担当者(仁井谷?新谷?さん)から聞いた。その附票(訂正)が右のものである。父母が出生時からの本籍地?一切海軍住宅の存在は消し去られて、戦後「死亡」扱いの筆頭者「亡」で公的処理をされた。自分が、恥ずかしい過去の公開で社会的生きる意味を得る愚かさを味わう。

鎮守の故郷と父 故郷には鎮守様と呼ぶお宮が有る。季節の村祭りの舞台になる。名前を『箭放ち神社』と言うようだ。私が解釈するに村父の免許証は信濃川に面し、対岸は断崖が切立っている。今は「姿橋」が掛っている。大昔、おそらく対岸に矢を放ち渡綱を掛けた事から付けられた名前であろうと考える。初めは渡し船の止め綱の役に。大昔、荷物、物資の運搬は船便しかない。そこから船便で物資を運んでいたようだ。父の四股名(シコナ 本当は醜名の字)が『箭津錦(ヤツニシキ)』で、草相撲を取っていた。昭和7年、越路の片貝で長野県の『千曲川』と大関相撲で勝ち、長岡の内山市長からお祝いに、化粧回し料200円を頂いたと聞いた。父の氏名も何時からか知らないが、戦後はすべて戸籍と異なる『金沢』であった。なお、父の免許証の住所は、新潟県中魚沼郡水沢村貝野甲・・となっている。昭和29年頃、貝野村はある事件が基で、分裂した。従って、学区も分裂した。その意味で住所が水沢村に変更になる。

父は昭和36年9月6日(誕生日に同じ月日)に、オートバイに轢かれた交通事故で死亡。姿に千手発電所への、宮中堰堤からの導水路管の土捨て場がある。無知を利用された、その土地に関わる怒りが収まらない。その一つ、新潟県の用地課の策略。昭和62年10月、千葉県館山市で電気学会電磁界理論研究会の発表の当日。夕食時に、ホールに呼び出しの館内放送がある。電話に出たら、家に県の職員が訪ねて来て、用地の話で来たが、承知して貰えるかとの話だと言う。理解も出来ない突然の話であったが、家では困っているようで、多分承知したと思う。後で理解した、その話の内容は土捨て場の自分の土地のど真ん中を『新潟県の県道』を通す用地買収の話であった。そんな予定は用地再分割の地画整理のときから決まっていた話である。しかも、自分が千葉に研究発表のため留守であることを承知の上で、夜間自宅訪問の夜撃ち処理の策略であるのは明白だ。犯罪県庁の政治行政の実態。

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