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電池電圧と『エネルギーギャップ』

考えない理科の村で科学を学ぶ 科学リテラシーと言う用語がある。みんなが科学に理解ある社会に成ろうということなんだろう。しかしそれには余りにも多過ぎる分野と内容を覚え、記憶する必要が高い絶壁となって道にそびえる。科学リテラシーの最大の問題は教育する側の「考えない教育者」の問題であろう。日常生活での不図思い付く科学的疑問に答が得られないのは何故だろうか?『乾電池の電圧』は何故1.5ボルトなのか?『鉛蓄電池の電圧』は何故2ボルトなのか?答は突然難しい化学反応方程式で説明されて、『電子』が解説の主役の舞台の演舞場となる。観客は化学方程式を覚えないと『電池電圧』の値の訳が理解できないのかと、必死に科学の学習に努める。しかし、その内に『電池電圧』を尋ねる事も忘れて、理科の村のしきたりに同化されてゆく。こんな理科教育はいけないよ。どこにも『電池電圧』の訳を解説するものが無い。教育者が化学方程式から、『電子』をとりだして鉛蓄電池のセルの電圧が2ボルトに成る事を説明できなければ、『電子』による科学論の科学リテラシーなどと言えなかろう。『電子』を取上げる時、それには『質量』と『電荷』が対等にある筈なのに、電気回路に成ると『質量』は置いてけ堀にされるが、それで『電子』の顔がたつのだろうか。筆者も『電子』『電荷』という科学概念が理解できないため、『エネルギー』一つを頼りに考えて来た。電池の原理を問うで鉛蓄電池について述べたが、昨年からの電気回路の線路電圧のエネルギー分布の解釈が纏まった事から、電池電圧の意味を改めて考え直してみた。
何が電池電圧を決めるか

電池電圧の命題電池電圧の命題 電池には多くの種類がある。乾電池、鉛蓄電池、太陽電池更に燃料電池とその動作原理が異なるように見え、しかもそれぞれに決まった電池電圧の値を発生する。その電圧値に成る訳を説明できないようである。科学理論は数学の解析式で解釈するのが高度の科学論と誤解されているようだが、電池電圧値の訳さえも数式では決して示せない事を良く認識すべきだ。『電子』や『電荷』では決してその電池電圧値を論理的に説明できないのだ。
エネルギーギャップ 『電子』で電圧の発生原因を説明できないとなれば、他に何かその自然現象としての本質的な原因がある筈である。

鉛蓄電池の原理鉛蓄電池の原理 鉛蓄電池の基本単位はセルと言われ、その端子電圧が2[V]に決まっている。それを6個つなげると12[V]の電源となる。電池については全くの素人がこんな事を書き記すのは所謂科学者としては専門家から見れば論外の話に成る。化学魔の還元ー電池電解編 には標準的な解説が成されている。その解釈には満足出来ずに、上のような意味で電池電圧の意味を解釈する。電圧の発生原因を陰極電極の金属元素の鉛Pdと電解液の希硫酸H2SO4間の接触面で『エネルギーギャップ』が生じる事と観る。すべての電圧発生原因は陰極に掛かっていて、陽極は殆ど影響なしと解釈したい。更に鉛蓄電池の放電現象の説明を見ると、陰極面の鉛が硫酸との化学反応で表面が白く覆われると有るから、勝手に亜硫酸鉛PdSO3 が出来たからでないかと考えた。その意味は、陽極PdO2がエネルギー的に硫酸と平衡していると考え水発生の意味をエネルギー放出の原因と捉えたからである。燃料電池のエネルギー放出の直接的原因は水素と酸素の反応の水発生である。水は生命の基であるだけその世界は限りない謎を含んでいる。水のお伽の世界 に描いた絵図のように水の生成・分解は『エネルギー』そのものの根本原因を成している。鉛蓄電池も水の生成として陰極面の『エネルギーギャップ』を電池電圧の空間エネルギー分布として負荷へのエネルギー供給に資するものと考えた。

物質間のエネルギーギャップ 物にはその物に特有の特質がある。特に純度の高い金属、気体あるいは分子、原子となるとそれぞれ特質が際立つ。硫酸は物を溶かす化学的性質が強い。その製造方法では、硫黄から酸化硫黄更に水と反応させて、硫酸となる。その製造過程では、すべての過程で発熱現象を伴うように説明されている。普通は分子結合で発熱を伴えば、基の物質の方がエネルギーを多く保有していて、分子結合によって熱エネルギーを放射すれば、そのエネルギー分だけ結合分子のエネルギーは減少すると考えたいが、最終段階で出来上がった硫酸はその化学的反応作用の強さを考えれば、むしろエネルギーの保有状態が高まっているとしか考えられない。その訳が理解できない大きな疑問として残る。物理現象、化学現象を考える時、先ずその現象の前後に置いて、『エネルギー保存則』は成り立っているかを思う。鉛蓄電池の電解液と言う硫酸の化学的反応力は何故そのように強いのかをエネルギーの保有の対象物質への影響力に成るからだと考えたい。硫酸の持つ特有な性質が何故生まれるのかを『問答』として取り上げるかどうかが「考える理科」の課題であると思う。蓄電池は放電すると電解液の比重が低下する。硫酸が分解して、水分子に成る変化と考えたい。その『水』の分離のエネルギー放出を蓄電池のエネルギー源と考えたい。金属鉛と硫酸との二つの物質間の保有エネルギーレベルの境界面での処理現象が『鉛蓄電池』のエネルギー源としての原理と観たい。物質とエネルギーレベルあるいはエネルギーギャップの問題は熱エネルギーと金属の接合問題として、トムソン効果、ペルチエ効果、ゼーベック効果などに観ることのできる現象である。

太陽電池の解剖

半導体の利用分野に太陽電池がある。エネルギー源としての太陽光発電である。太陽光を電気エネルギーに変換するエネルギー変換装置である。そこに半導体が使われる。アモルファスSiと言うシリコンの結晶構造でない非晶質体が利用されているようだ。太陽電池の単位セルの構造や製造過程も企業毎にいろいろ違いがあるようだ。基本接合はpin構造で、p型とn型で、i型(真性半導体)が挟まれた構造になっているようだ。従ってその場合には、pn接合には成っていない訳である。半導体の特性は、そのpn接合部での『電子』と『正孔』の云々というバンド理論で解釈される筈であるが、pin接合ではそんなバンド理論の説明は困難であろう。しかし、それでもそんな太陽電池の解説には相変わらず同じ論理の説明がなされている。全くその解説では、半導体の動作原理を理解することができない。理解できる人は自分から見ればやはり科学論の天才に思える。しかし本当の気持ちは複雑だ。IT、量子力学論の科学書等何処を見てもバンド理論であり、フェルミレベルである。誠に恥ずかしい自分の未熟さを曝さなければならない。半導体とバンド理論の解剖に始まった関連論である。

光電変換と空間構造 光のエネルギーを電気のエネルギーに変換して、エネルギー源とする方式である。光は光自身がエネルギーである。電気エネルギーも同じ一つの『エネルギー』である。『エネルギー』は光も、電気も違いは無い。太陽電池と言う半導体構造体の中で、光が光形態から目に見えない空間伝播(電気)エネルギーに変換されただけである。その変換過程に半導体と言う特殊な空間構造体を介して光が直接エネルギー変換作用を受けただけである。そのエネルギー変換過程に半導体の接合組み合わせがどのような機能を発揮しているかが物理学として解明されていないだけなのである。真実は理論解明されていない。科学技術が理論解明されることを待ち望んでいると観て良い。揚羽蝶の翅の光変換と同じ意味合いを半導体構造の中に秘めているとしか考えられない。色の世界を尋ねてに可視光線間の変換を空間の「Color cell」で解釈することを述べた。半導体内で光エネルギーが貯蔵され、別形態のエネルギー放射(いわゆる電気)に変換されると解釈すれば良い。全ては実在する『半導体空間構造』に秘められている。何も『電子』や『正孔』などと言う実在しない概念を持ち出す必要はない。この『エネルギー』と言う一つの実在物理量を感得できるかである。

『電子』『正孔』説の論理的欠陥 量子力学では、エネルギーを原子構造の外殻周回電子群が運動エネルギーの増減をするという軌道変換で解釈している。その時は電子質量を運動エネルギーの基礎に据えている。しかし、バンド理論や電流概念においては、電子の質量等全く論理外に置かれている。電子流で電流を解釈する時、電流値は電荷の時間微分で定義する。しかし、電子を電流の基礎に据えるなら、電子に付随する質量も一緒に考えなければならない筈だ。それでは電荷の時間微分と同じく、質量の時間微分も同時に論理の中に組み込もうとすれば、その意味をどう繕うのだろうか。質量/時間=dm/dt[kg/s]はどんな電気的解釈に繕うのか。電子科学論の無責任。持論で誠に恥ずかしい。