タグ別アーカイブ: 基本的人権

戦争とは破壊だ

何故人間は戦争をするのか?知る限りの人類の歩みは戦争に因って足跡を残して来た。戦争の過ぎ去った足跡に平和も幸せもすべて破壊して悲しみだけを残した。

戦争とは戦争

人として生きる基本的人権。あらゆる事柄の真理、眞實更に正義。社会の安全と平和。人の生活する幸福。これらは戦争によって悉く切り捨てられる。押し潰される。昭和20年6月23日、沖縄に起きた悲劇がそれを物語る。それでも戦争を続けて、広島・長崎の原爆の壊滅的悲劇に導いたその責任を日本人は検証していない。そんな人の尊厳が押し潰される意味を上の筆墨に込めた。

人の安全と生命・財産を守る為にと触れ込まれる戦争準備法案は決して安全でも生命・財産を守るものでもない事だけは間違いない。戦争の意味を知らない者達が画策する日本国憲法違反法案である。地方議会で、今正に戦争準備法案が通るかと言う瀬戸際に立っても、その成立阻止の決議も否決されている。決して戦争を止めようという意思が見えない。長岡の花火は有名であるが、戦争を否定する意思が見えない。戦争の悲劇を語る集会はあるが、アメリカと組んで共同の戦争準備法案を進める道を歩いているようだ。

日本国憲法は日本の手本

日本語と日本のこころを表した本、それが日本国憲法だ。易しい言葉で、人の有り方を説いている。
そんな素敵な法律があることを何時も気にかけていたい。
気に入った本がある。文字が大きくて読みやすく、安価で長く読み継がれている。日本国憲法の本守りたい憲法

憲法九条 戦争放棄を読む この日本国憲法の精神は世界の規範だ。平和の為に、決して生活がどんなに困窮しても武器を採って、他所の国で人を殺害することだけは致しません。それがこの憲法の眼目である。アメリカが占領時代に日本に残してくれ、日本人が大歓迎した戦争放棄の法典だ。人はその基本的人権が政治権力-日本政府や行政権ーによって不当に侵害されることは許されないと。

エネルギーで観る線路電圧

エネルギーは空間でその本領を発揮する。久しぶりに専門的内容の論述をする。専門的という意味は、過去の常識論に何らかの修正をするという意味であろうと考える。1864年に示されたマックスウエル電磁場方程式が余りにも有名である為、電磁波は光を含めてすべて縦波だと言っても、殆ど信じてもらえない。OKWaveなどに質問しても、解答は教科書の常識から抜け出せないものが多い。確かにマックスウエル電磁場方程式を電界、磁界という概念で解釈しようとすれば、どうしても進行方向に対して横波として取り扱わなければ、表現のしようがない。それらはすべて『電荷』概念を実在の物理量とした仮定の上で理論を構築した結果であるからそれ以上の論議がかみ合わないのである。そこで『電荷』無しでどう解釈するかを尋ねてきた。今回は再び、『電圧』の意味を線路電圧として解釈し直してみようと纏めた。『電圧』は空間のエネルギー密度分布の意味を表現した技術的評価量であると。 電気回路の電線の間には電界があると考える。その電界と言う意味は一方の電線と他方の電線にそれぞれ電荷がプラスとマイナスで分布していると考えた結果に依って、電気力線が生じる。その電気力線がある空間を電界と呼ぶ。これが現在の世界の教科書での電界の解釈である。それは電気(電荷)の影響の有る特殊な空間の世界とでも考えれば、電(荷の影響する世)界と言う意味が分かり易いかもしれない。しかし、本当は電荷など存在しないということになれば、それに代わる電界と言う空間の本当の姿をどのように解釈すべきかの課題になる。その電界と言う空間の本当の意味は、電線間にエネルギーが分布しているから、そのエネルギーの量的強度が空間を特別な影響下にしている訳だと考えるべきである。そのエネルギー分布の解釈から、電線路の電圧とは何かを解説したい。

線路電圧と空間エネルギー分布線路電圧とは 電圧が掛った導線路間に電圧計を繋げば、如何にも導線の電位差を表示すると思える。だから導線の間の空間にエネルギーが分布しているために電圧計に『電圧』が示されるとは理解し難かろう。しかし、『電圧』とは空間のエネルギー分布の積分の意味と解釈すべきものなのである。上の図は電源が交流の場合で示した。たとえば三相電線路であれば、三本の導線間に時間的に変動するエネルギー分布が現れる。交流電圧であれば、無負荷、負荷エネルギーの伝送が無くても電圧分布に相当するエネルギー分布が時間的に電線路全体で変動することになる。しかしその状態の変化は電線路全体に対して、『光速度』という極限速度に近い対応で起こるので、エネルギー分布は瞬時対応で追従する。光速度の意味が電気回路にもたらす事を電力送配電系統と電気の波に示した

マックスウエル電磁場方程式の虚像 人間の頭脳の内部思考には不思議な傾向が読み取れる。それはとても大きな社会的影響力を持ち、長い歴史の岩盤のような基礎を成す。19世紀初頭から電気の実像を科学的という手法で探り込む研究が本格的に始まった。そこには、導線材料とその周りの空間に現れる現象の意味を理解しようと言う人間の本能的競争が起こった。空間の電気磁気的現象を方程式にまとめたのがJames Clerk Maxwell(1831-1879) である。人類に影響を与えた最初の科学技術の恩恵は空間を伝播する電気信号による通信技術と言っても良かろう。その空間の信号伝播を説明する理論がマックスウエル電磁場方程式である。その解釈を超える便利で有用な理論が有る訳がない。そこで空間電磁場解釈法は理論的に完成したのである。しかし、それはあくまでも『電荷』概念を自然科学の根本的拠り所としたという前提での解釈法でしかない。『電荷』概念は自然科学論を展開するには、これ程の有用な理論構築の簡便さという意味で、便利な人間的手法は無かろう。大学はじめ、電気磁気学の専門的学理を電気の最終目的としておく事によって、その教育上の権威と威厳を強固に保てると言う社会的優位性がある。あんな、発散、勾配および回転の微分式を操るだけでどれ程優越感に浸れるかは、市民的立場からすれば推して測れる。大学よ、空間のエネルギーに目覚めよ!大学の虚像から脱却せよ。どうせ空間の電界や磁界が有る訳ではないのだから、マックスウエル方程式を解説しても、その真偽は検証できない安全係数の保障の中に有る。無い電界や磁界の意味をここで少し説明しておこう。 空間のエネルギー分布から見た電界、磁界の解釈を示す。 電磁界と線路電圧電界、磁界の意味 電線路内の電磁界をマックスウエル電磁場方程式で表現できるだろうか。電気理論の根本は、電界強度を解釈するにも、『電荷』が必要である。所謂クーロンの法則である。プラス電荷からマイナス電荷への電気力線描像によって解釈される。電線路内の空間にその手法で解釈をこころみたら如何であろうか。実際に技術開発で、電波送信の実験的評価をするとき、空間の電界や磁界がどんな値であるかなど全く価値がないのである。測定できないのである。空間を伝播する光のエネルギーの状態などその光速度を考えてみれば、実験的計測法で評価など出来ない事ぐらい分かろう。要するにマックスウエルの方程式は学校での電磁気学のお飾り的教育効果しかない。この事を今改めて述べる事ができるのは本当に幸運であると言える。それだけ科学の理論と人間との関係を、市民の感性で哲学的に考えなければならない時代になったともいえる。ただ残念な事は、この解釈の初期が私には履歴が抹消された事実の只中にいた事である。昭和60年(昭和39年からか?)から63年の言いようもない闇の中に隠されたままである。 『瞬時電磁界理論』とは 『静電界は磁界を伴う』の解説 新世界への扉ーコンデンサの磁界ー 単位の換算について エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系をご参照ください。

原発と事故時避難計画の矛盾

(2014/4/10追記) 今日も新潟県の原子力事故時の避難計画がニュースになっていた。何故一度事故が起きたら取り返しが効かない原子力発電所の運転を前提とする事故時避難計画を容認するのか。福島第一原子力発電所の事故原因が検証されていないのに、県知事が指摘するにも拘らず柏崎刈羽原子力発電所の運転を考えるのか。住民は行政の原発事故時の避難訓練を受け入れるのか。事故で、二度と元の生活に戻れないで、生活が破壊されても良いと認めるのか。そんな犠牲的精神の住民とは信じられない。どんな危険でも承知するのか。核燃料の廃棄処理が不可能になっている事実を知っているのだろうか。その処理にどれだけの政府予算を投入しなければならないかを了解しているのか。

もし原子力発電を稼働させるなら、絶対住民に危険を及ぼすようなことを想定してはいけない。どんな事があっても、住民は自由に自分の住みたいところに住む権利を保有している。行政が先頭を切って、災害時を想定して避難計画を立てるとは何たる無責任か。そんな無駄なことに行政が関わる事自体が、原発の安全性を行政自身が確信できずに、民間事業者の思惑に迎合している事を公表しているとしか言えない。原発事故時避難計画を策定すること自体が間違いである。住民の安全は原子力発電事業者に責任を取らせるのが筋である。どのように責任をとれるかを住民全員に確約させる事を原子力事業者に要求すべきである。計画の中に「屋内待機」などトンデモナイ事だ。『日本国憲法』の基本的人権の意味は何か。自然災害に対する避難計画は行政が立案し、実効の手立てを整えるべきではある。原発事故が起きるなら原発の運転は出来ない

「日本国憲法・基本的人権」、「海軍・戦後処理」、「父と私」と「教育・研究の意義」

今、過去を振り返る。過去に執着するようでは、もう人生も終わりだと言う。自己確認で過去と向き合いながら、既に20数年過ぎた。常に過去だけを見て来たかも知れない。未来を語るにも、その基盤が無い。自然科学の真髄を見極めながら歩いて来た。雷の正体 電流と電圧の正体 クーロンの法則を斬る 電流は流れず 光とは何かー光量子像ー 眼球の光ファイバーと色覚 日本雨蛙 等がブログで投稿した科学論や発見の主なものである。自分なりに、未来への自然科学論の道筋を示したと考えている。しかし、過去未来の自分を見つめれば、言い表せない怒りが渦巻く。日本に自分が存在できないままで終わるのか?それは日本全体の犯罪国家としてしか自分には映らない。それが第二次世界大戦(太平洋・アジア侵略戦争)に原因があると観る。自分なりにまとめてみた。これは新潟市に出向いて、法テラスで何回か訴えた内容の一部からの抜粋。海軍と戦後処理

法律も知らないで、ただ無為に人生を生きて来たようだ。日本国憲法の対象国民から排除されていると同等の状況など知る由もない。『時効』などの問題では済まないと思う。役に立てない意味は、まさか排除した人間の「教育・研究」などを公教育に使う訳には行くまい。残念である。

禪と科学

禪とは中々難しいものだ。理解困難なものほどその魅力に惹かれもする。その難しさを表したものに『般若心経』が有る。色即是空 空即是色に集約されていよう。禪と科学等と大層な題材を選んだものと我ながら呆れている。普通に、世間的には『禅』と『科学』は相対立するものと看做されよう。ここに、恥ずかしい達磨の図を挙げた。自分の精神的葛藤と将来への不安を表現したものと今になって理解出来る。達磨は孤高の存在である。二つ達磨は無かろう。(記す文章もどのように弾け飛ぶかは定かでないので、自分のリスクであるが、未熟のままで書き足す過程をそのまま公開しながら進む事にしたい)上の達磨図絵は、見た人も多かろう。昭和62年2月頃、長岡工業高等専門学校の電気科5年生の卒業文集にと学生に頼まれて書いたものである。その後名刺の裏図絵として利用した。食べ物、飲み物を鍵掛の神経をすり減らしながら、殺害の危機から生命を守る極秘の秘儀を尽くして、一日も欠かさずの諸行で、何食わぬ顔で半年間過ごした。常在戦場の意味かと後に知る。そんな中で、一寸先も見えない暗闇に立つ自分の怒りは、向ける相手が見えない「四面楚歌」と言う全体が相手である。電気科の教官、校長および中曽根臨教審の審議会等教室の授業内容盗聴を含めた犯罪に対しても、対処の術が無かった。ただ黙って生命を守るだけであった。そんな中で卒業生に送る言葉も書けなかった。それがめめしい二つ達磨(繋がりの無い孤高を憂える弱さ?)の禪精神の異端の図となった。 魑魅魍魎の世界を覗けば 二つ達磨は「生命を守る」異常事態の中の出来事である。長岡工業高等専門学校が殺人学校に見えた。歴代校長。初代校長:山崎貫三。二代目、田健一(文部省保健体育課)。三代目、大戸啓二郎(昭53年4月~昭55年4月29日病死)。事務取扱、高橋旦。4代目、池田作次(昭55年6月11日~昭59年2月12日病死)5代目、高橋旦。昭和60年4月~私が転入、幽霊所属。昭和61年5月初頭、健康診断結果で、胃カメラ検診を受ける事を指示される。何の異常も感じないのに「変だ?」と思った。論文が忙しく、予定日を後日に変更。検査で『細胞検査』も同時にすると言われた。その後、再び、庶務課長の指示文書で、「胃カメラの再検査指示」通知があった。2度までの検査を何故しなければと、「殺人の臭い」で無視した。不思議にその後に何の指示「再検査指示」の連絡は無かった。その8月、9月が「殺害の危険」を実感した。それ以降の半年が「生命を守る」秘密対策と魑魅魍魎との戦いであった。二人の前任校長の病死が一つの予備知識であった。やはり「二つ達磨」の補足記事に記した。 我が科学革命の原点『静電界は磁界を伴う』(昭和62年電気学会全国大会)で、物理学の根幹を否定する問題提起をした。『電気磁気学』指導担当者としての務めでもあり、決死の覚悟の発表でもあった。電子概念、電荷概念の否定と言う科学界に打った楔であると今に思う。『電流』と言う電気技術者としての根本的拠り所を、自己否定と言う事になる挑戦であった。当時は電気学会の会員であった。昭和63年のびわ湖湖畔での『電磁界理論研究会』以降、会費滞納で除籍処分となる(2019/01/27)追記、電気学会会費については初めから納めていなかったことに最近気付いた、だから会費滞納が原因ではなかった、自分の存在の意味が全く理解できない。昭和62年春の全国大会での発表内容は、 『瞬時電磁界理論』とは に取り上げた。それは電界、磁界と言う概念の矛盾を指摘した原点となるものである。電荷概念についての当時の解釈には、私なりの曖昧さも有りその点でも今考えると、世界の基礎理論に立ち向かう気力と現在までの思考の変化を見るようで面白味が有る。そのすぐ前に、 禅と自然科学  に、似た記事が有った。(2015/02/20)追記。長岡技術科学大学で、昭和63年10月8日、私に対する免職処分?の基礎理由として、教授会で私を呼んで学生電気実習の指導を拒否している事を謝罪させたが、再び実習の指導を放棄したと成っている。不思議にも、その日は大学に内緒で、出張届もせず、自費でこっそりびわ湖湖畔での電磁界研究会で大事な発表をしていた。教授会に呼ばれたことも無い。『瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義』電気学会、電磁界理論研究会資料、EMT-88-145.(昭和63年10月)。長岡工業高等専門学校で、昭和61年秋に撮り貯めておいた実験データの資料の発表であった。 昨日書棚から、鈴木大拙著、北川桃雄訳『禅と日本文化』を取り出して、読んでみた。昭和15年出版の内容で、太平洋戦争前年の時代性も感じられはするが、第1章 禅の予備知識 辺りの内容にはとても感心させられる。第1章にはおおよその禅の意味を知るに役立つ事がまとめられている。決まり切った方式や、常識あるいは知識から解き放たれた自由の境地に精神を浮遊させている姿を望むものかと感じる。心を無にする。だから理屈を望まず、決まりに従わず。そんな風にもとれる。そこに“禅のモットーは「言葉に頼るな」(不立文字)と・・”や“科学は系統化を意味し、禅はまさにその反対である。”等とある。また知識に三種ある。第一は読み聞きによる知識。第二は科学などの観察と実験・分析と推理の結果による知識。強固な基礎を持つ、それはある程度体験的、経験的であるから。“第三の種類の知識は直覚的な理解の方法によって達せられるものである。”と記されている、それが禅の知識に相当するものと解釈する。“直覚的理解”なるものは確かに科学の理解とは異なるであろう。数式も、論理性も無視するように見える。だから、系統的に確立された物、方式あるいは国家なる概念に対しても従わない、精神の自由を禅の本質とするもののように思える。禅は破壊の思想と言われる所以がそこにあろう。『般若心経』というお経も仏教の形式も禅の求めるものから見れば、囚われてはいけない事なのである。もともと『般若心経』は仏や、お葬式の為の御経ではないのだ。インドに生まれた生きる人の自然観と生き方の悟りを纏めたものであり、人生哲学である。昔は知識人の最高の指導者が宗教人であったから、その流れを踏襲して現在に至っているだけである。精神が囚われない生き方は現在の複雑で、金銭的な物量に縛られた社会制度では、禅は生きるに困難である。 第3,4章に、禅と武士、禅と剣道で書かれている。禅は精神的呪縛から解き放たれている事を最高の位に置くのじゃないかと思う。武士道精神が自由より義理と人情に縛られる支配層の思惑に陥る危険性が有る。その典型が太平洋戦争の『特攻隊』と日本軍隊であった。禅と武士道が日本の精神性を表象するように思はれる原因の一つが「武士の大小二刀の帯刀」にあったのかと初めて知った。確かに西洋の騎士や戦いの武人は武器を持つが、日本の武士のように「小刀」を携えることは無いようだ。宮本武蔵の二刀流は別として、「小刀」には戦う為の刀と言うより、自分自身を律する為の脇差であったのかと。それは殆ど『切腹』と言う自分の生命を自身で絶つ為に使う刀である。それは如何にも古来の日本的精神性の優越性として日本人によって崇められる特質の表れと思える。『切腹』と言う所業(好ましくない行いーと言う意味で使った訳ではないー)が武士道の精神性を担保する拠り所としての日本人社会の一規範と成っていた事の奥底に潜む意味を考えることが重要に思える。それは『禪』と結びつくのだろうか。確かに「雲水」が旅の中で出来事に遭遇して、その諍い(イサカイ)・争いを収める為に自らの生命を「生き仏」として捧げる所業は各地に「生き塚」として残っていると考えている。禅僧は何時如何なる処で生命を捨てるか覚悟が出来ていたのであろう。その禅僧の精神性が武士道に反映されて来たところに日本的特質が隠れているのかもしれない。支配階級に巧く利用されたのが『特攻隊』である。許されない権力犯罪である。卑怯にも、社会的集団性を持って、そこに組み込む体制を作り上げたのである。『特攻隊員』自身の潔さと湛えながらの、権力体制の悪い所業の無責任性を作る卑劣さがその根底に隠されているのである。「生死一如(ショウジイチニョ)」「潔く死ぬ」等の言葉が禅の思想に結びついているようだ。この辺の日本人に特有な意識が集団体制や利権団体あるいは国家的全体主義への道に繋がり易い危険性を帯びていると思う。『原発災害』も原子力村の集団体制が正当な異議を踏み潰してきた当然の結果でしかないのだろう。『和』の日本に『禪』は馴染むか。と言う感じもする。禅は孤高の思想だ。その点で、武士の孤独な、太刀一筋に生命を掛ける生き様に共通するのであろう。当然であろうが、世間と合わなければ排除される。それが日本人の精神的特性を支えている根底にあるものに見える。 空即 無限なる有なり 初めの図絵に記した。この中にはいろいろな意味を含ませていたように思う。当然、禅思想と人生を強く意識していた。禪とは何かも長い間の思う対象であった。しかし、一番大きい意味は「電気磁気学」のエネルギーの諸相が「空間」で表す意味に「無限性」を感じていたからであるように思う。当時は「電荷概念」をどのように捉えれば良いか、思考の始まりであったから、暗中模索の中に居た。「生命」を守る日々の行為と、「物理学」の根底に抱いた疑念との精神的葛藤に身を置いた。その思いが自然にその絵図になったのであろう。渡された名刺を見て、人はどのように思ったかは、今になれば日本社会での村意識構造の中での事であるから、想像に難くない。アハハハ!今でも、文科省の教育行政は当時感じていた下らなさの思いは、日本の未来に禍根を残し続ける危険を禁じ得ない。長岡工業高等専門学校の助教授の辞令(松永光文部大臣)が出せる筈が無かったのだ。文部省への審査書類が有る。その中身は「新潟県立新津工業高等学校での研究業績として、「静止電力変換装置」で確信した「変圧器の励磁電流の噓」が教科書に在る事を批判した。『電圧時間積分』が鉄心磁束量の解釈に欠かせない概念である事を指摘した。新潟県で採用辞令も出ていない幽霊教員の過去をどう繕っても、文部大臣(中曽根内閣、松永光文部大臣 1985/07/01付け)が辞令を出せる訳が無い。その後の事は押し並べて計るに難くない。まさか「軍歴表」が絡んでいるなど知る由もない。私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府