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天眼鏡の屈折司令官

IMG_0653窓際で『天眼鏡(こんな呼び名があった)』を陽射しに置いた。太陽光は、そのエネルギーの強烈さを秘めている。オリンピックの採火も鏡で太陽のエネルギーを使う。陽射しの中に居れば、ポカポカと暖かい。その熱エネルギーは光が持っている。レンズを使えば、すぐに火起こしができる。平行光線の太陽光をレンズで屈折させて、焦点に集めれば木材は燃え上がる。理科や物理学で光を解釈すると、とても複雑な意味付けがされる。難しくなる。波長、振動数あるいは周波数などの言葉で説明されると、光の温かみも消えてしまう。

温かみの基は何だろう 物理学的、教科書的解釈には、日常生活で感じる感覚に応えて欲しい。温かみや温度の意味が説明できるだろうか。『エネルギー』とは何か?

屈折の司令官 レンズ、天眼鏡あるいはプリズムは光の性質を理解する大切な意味を示してくれる。『屈折』と言う現象である。光の進行方向が変化する現象である。光は基本的に曲がらず、直進する。この光の直進と言う意味一つをとっても、それは難しい意味を含んでいる。余談になるので避けたいが、光の進む空間と言う意味は惑わされ易いので、その進む空間の意味を明確に定義しておかなければ、論議が成り立たないのである。例えば、今真上の頭上に向かって、光を点滅させたとすれば、その光は頭上を真っ直ぐ進みはしないのである。地球は自転、公転しているから、光の進む空間に対して常に方向を変化させているからである。以上が余談である。ここで取り上げる光の話は、手元の狭い範囲の話であるので光の直線進行の意味は光の相対速度まで考える必要はない。屈折と光路

(2016/11/22)追記。上の図で、レンズ軸に平行な光線が焦点Fを通過すると言う解釈は間違いである。教科書の誤りを信じていた結果の間違いでした。間違いで済みませんでした。焦点距離がもしFの位置であれば、その位置にスクリーンを置けば、A点からの光はそのスクリーンの面の一点にすべて集中し、像がはっきりと映し出されることになる訳です。従って上の図は間違いであります。以上訂正させて頂きます。(2017/12/04)再追記。間違いと言うのはFと言う焦点の概念だけであり、観測対象の一点Aからの光とレンズの屈折現象の角度の説明は良く出来ていて、正しい。平行光線が焦点を通ると言う意味が無意味である。図では眼で観測する時どの位置でも殆どAの文字は見える事を表現した。どの光路からの光であるかはレンズと眼と対象の間の関係で決まるだけである。しかし眼でなくて衝立などやフイルムに像を写すとなれば、Aからの光の様々な光路を通る光がフイルムの或る一点に全て集まる事により、Aと言う文字の像が鮮明に写る事になる。そのフイルムの位置とレンズの間の距離を焦点距離と表現しているのだ。焦点距離は観測対象のレンズからの距離で変わるのである。だからレンズが幾らの焦点距離かという表現は意味がない。無限遠の太陽の写像の距離を焦点距離と言うように定義すれば、レンズ一つに一つの焦点が決まるから混乱は避けられるだろう。そのような定義にすれば、衝立、フイルムに写す写像の位置は写像距離となり、焦点距離とは異なる事になる。しかしカメラなどの実際の焦点距離が写像距離を意味しているから、レンズの無限遠の定義を使うのは困難ではある。しかし、レンズの焦点と言う概念が平行光線からの教科書の解釈である限り、レンズと光の関係は混乱し続ける問題である。

光の屈折は光が進む空間の媒質(空気、水あるいはプラスチックなどの進行空間の材質)の特性の違いで起きる境界面の現象である。上に示した図はレンズに観測対象のA点から光が入ると、そのレンズへの入射角が様々であるから、それぞれの入射光線で屈折の方向も変化する。従って、レンズから出る光の方向もばらばらの方向性を持っている。手元に天眼鏡があれば、物を見て欲しい。人の目とレンズからの像と言う意味には、余り焦点には関係ない事が分かる筈である。どんなに位置を変えても眼には物がほぼ良く見える筈だ。どの方向の光路を辿って来た光かは分からなくても、対象物はよく見える。ある一筋の光があれば、他の光路の光は無関係なのである。目での観測に、レンズの焦点など余り関係ないと言いたい。写真機、カメラでのレンズの組み合わせは、とても技術的にも工夫されていて、その場合の光の光路はもっと複雑ではある。それは写真の撮影画面の広さに全面で鮮明な像が写らなければならないからである。画面に他の対象点の光が混じれば、ボケの像になるから。フォカスの調整と言う事になる。さて屈折の司令官とは?屈折は媒質の境界面で起きる。光の進行方向が変わるのである。何故変わるのだろうか?この理由を説明するのが物理学の専門領域になるのだろう。ここで『問答』をしたい。物理学では、このような現象になると言う結論を説明しているが、その原因までの「何故か」と言う事には答えていない。ある程度詳しく媒質について明らかにされていよう。角度に関して、『スネルの屈折の法則』がある。屈折率が詳しく分かっているようだ。光の屈折で『色収差』と言うプリズムの光分散の問題がある。波長に関係ない屈折の問題に話題を絞るとしても、屈折の問題を預ける司令官の采配を論じるには、光の物理学的特性の振動数を採り上げざるを得ない。司令官と光の振動数の取り組みを論じたいのが主題ではある。レンズに入射する光が何故進行方向を曲げて、屈折しなければならないのだろうか。レンズの中に入れば光の進行方向は直進すると観る。媒質の変化する境界だけで変化する。その進行方向を変化させる仕組みを決める基準を司令官と名付けた。物理学では光は振動数で解釈される。光の一粒も光子というhν[J]と言う振動数ν[1/s]で解釈される。屈折はレンズ面への入射角を検知して、その到来の光路から進行方向を司令官が判断すると観よう。司令官は入射光の何を検知してその入射角を判断するのだろうか。司令官がもし、可視光線の振動数を判断基準にするとしたら、光の横に(物理学理論では、縦の振動数ではないと思う)振動すると言う何を検知して入射角を計量・判断するだろうか。次に、何を基準に屈折角度を決めるだろうか。そこには光の速度での時間的余裕は与えられず、瞬時性が求められる。瞬時性とは振動数を検知する余裕は与えられないと言う事である。光速度で入射する光の入射角度および屈折角度は何を持って瞬時に判断するだろうか。光の本質を振動数で捉えている限りは、この『問答』は成立しないと思う。光一粒のエネルギー分布で、その波頭値の入射瞬時ですべての方向性が決まると解釈しなければならない。光のエネルギーが暖かさそのものであり、その波頭値のエネルギー分布が光の特質を決める司令官の判断基準である。光とは何か?-光量子像ーがその意味を示している。この記事は前のレンズと光路の追加説明でもある。

照明と配光曲線

古代人の松明や燈明に比べ、電灯照明は人の生活領域に時間・空間で革新をもたらした。しかし、白熱電球が懐かしくなる程技術の生活環境変化が激しい。

照明には独特の計測用の単位が定められている。その単位の意味が捉えにくいものであっても、その光の放射特性に関する法則や解釈法は、電波伝播特性の解釈に極めて重要な考え方が含まれている。マックスウエルの電磁方程式が光の伝播特性を説き明かした式である事から、照明の配光曲線と電磁波特性はほとんど同じ意味で取り扱えるのである。ただ違いは、照明が人の視感度のフィルターを通した波長成分に対してであるのに、電波はすべての波長成分に対して成り立つ点であろう。写真772照明の量的表示単位が特殊である原因は、人の目の感度が光の波長によって大きく異なる事に因る為である。いわゆる「可視光線」と言う見える波長に限界がある為である。380㎜μ(ミリミクロン)から760㎜μの範囲しか見えない事になっている。その人の視感度を比視感度曲線で解釈する。上の単位の関係を『比視感度曲線』との関係で図解しておく。写真7733つのグラフで示した。σ(λ)で表現したのが『比視感度曲線』である。人は紫外線も赤外線も眼には見えない。しかし電灯などの光源の放射光の波長は様々な成分の分布光線から成り立っている。その放射光束は単位ワットW(=J/s)で解釈する。Φ(λ)[W]で仮想的に図のようなものと仮定してみた。人が明かりとして認識出来るのはその光の内の或る一部しか感じないのである。その人の感じる光の量の大きさを図にしてみれば、σ(λ)・Φ(λ)の積のような大きさと考えられる。その各波長成分を積分すると、光束Fとして解釈できようと言うものである。しかしこれらの単位やその解釈もいろいろ問題があり、上の図のように簡単な捉え方で正しいとは思えない。一応教科書的説明を示しただけである。
配光曲線とは?配光曲線一つの例として、笠付き白熱電球の場合の光の放射分布の強さを表現してみた。蛍光灯の平板天井灯などでは完全拡散光源と看做せて、配光曲線は球状分布で解釈できる。その光の強さを表す用語を光度と言い、その単位はカンデラでI [cd]で表す。光度は光源からある方向に放射される立体角当たりの光束量の意味である。立体角については球と立体角をご参照ください。ある角度θの光度をI_θとして、それを全空間立体角4πステラジアンで積分すれば、光源の総放射光束Fルーメンとなる。しかし、この総光束量は光の最小仕事当量Mによりエネルギーのジュールに換算可能のように定義されているが、それは厳密な意味を持たないと言わなければならない。ジュールとルーメンの間には光の波長と人の感覚との関係ゆえに、光束ルーメンをエネルギーのジュールで換算する事は出来ないのである。そこに照明計測量の評価の問題が存在する。配光指向特性指向特性 配光曲線の形状で、その光の放射強度の指向性が照明範囲や雰囲気に関わってくる点で重要である。その例で、三角関数の余弦のべき乗 (cos θ)^n^ の数例を示す。反射面で、平行光線を放射する探照灯(昔戦時中の夜空を何本もの探照灯が敵航空機を捉えるために交錯していた場面が目に浮かぶ)などは I_0 一本の軸線がそのまま特性となる。それはパラボラアンテナ(放物面鏡)の電波反射特性と同じものである。この配光曲線の光度I_θの値はその方向に拡散進行する光の道筋をも示す。その道筋を『光路』と言う事にする。如何にも光の直進性も兼ねた言葉として有効と思う。パラボラアンテナと正反射に光路の例がある。

光束[lm(ルーメン)]と比視感度

追記(2013/04/09)。光の計量単位ルーメンとエネルギー量ジュールの関係について、量的評価が出来ない事の結論になった。光の量的評価は、特に人が感知する感度に関わることで、エネルギー量とは無関係となる。その事を最初に記す。光束の単位ルーメン[lm]は光のエネルギー量の単位ジュール[J]と関係付ける事は無理である。人が光の強さを感じる感度は必ずしもエネルギーの量に比例する訳ではない。波長に対して感度が異なる事だけは間違いない。だから照明に関する単位は元々エネルギー量との関係を定義できないのである。それがルーメンに対する結論である。だから無理に『エネルギー量』と関係付けようと考える以下の論理は矛盾している事をお含み頂きたい。この事から照明と配光曲線の場合においても、光源と比視感度曲線からの算出光束F[lm]もエネルギー量に関係付けられないものである。

追記(2013/04/26)。この記事をご覧くださる方が今でも居られる。標題に『比視感度』の用語がありながら、その図解説が無い。ここに参考図を提示する。比視感度正確なものではない。波長に対して、人の感度がどのようであるかを教科書などの解説に基づいて図案にしたものである。5550Å([Å]は1× 10^-10^[m])が最大の感度を示すと言われている。その色が橙色か黄色かも本当のところは自分は知らない。その波長に対する人の感度の傾向は、大体図の様に見做してよかろう。それぞれ人によって異なるかも知れない。波長λで表現すると、面白い事に、赤外線までの限界に対して、ちょうど半分の波長分が可視領域である。

(2013/10/03) 追記。 人の光に対する波長感度が実際にどのようであるかは測定できない部分も多かろう。その波長感度の解釈図が上の様に照明学で評価していると言う意味であろう。そのグラフで、光と波長の関係が示されているので、その図の上から、光の波長と作用性の『問答』を一つ取り上げて論じておく。波長λが3800Å(オングストローム)以下で、紫外線、X線あるいはγ線等とエネルギー基準が高い光の領域になる。波長が短い程エネルギーが大きい光と看做されている。光速度で進行する光のエネルギーの空間領域が小さい光ほど、そのエネルギーの働きが強くなると言うことである。波長が短い程、光一粒の空間占有領域が小さい程、その光の原子、分子への作用性が強まると言うことである。その意味を物理的にどのように解釈するかが重要であろう。その解釈で、光の振動数概念では、十分理解できない筈である。その光の作用性の意味をエネルギーの空間分布密度から解釈したい。領域が小さい光ほど、その作用性が強まる意味は何か。その事に対する解釈を示しておく。それが光のエネルギー空間分布形に在り、波頭値のエネルギー密度が大きくなると言う意味である。光は正弦波のような波ではなく、雷の波形の先頭の衝撃波状である基本的認識が大事である。光に振動性はない事を理解すべきである。光の先頭の波頭値のエネルギー密度がその光の作用性を理解する基本認識でなければならない。その光の空間像は光量子の波動関数形と作用に示した。その詳細は光とは何か?-光量子像ーに示した。

物理量の単位は複雑である。国際度量衡会議で共通の単位系を決めている。MKSA系である。しかし、なかなか理解し難い単位がある。それが光の量を表す「光束」と言う単位である。ルーメンと言う。磁束と同じに、光の束あるいは光の線の密度と言う考え方で決められた単位であろう。世界はすべてエネルギー一つから成り立っている。他の物理量概念は全て便宜上の仮想量でしかない。エネルギーの単位は[J(ジュール)]であり、全てはそのジュールとの関係で解釈・認識出来なければならない

さて、人間の視感度が光の量及び波長とに関わってくる。明るい、暗いで物を見る見方が違う。光には色彩がある。いや光には色は無い。しかし自然は彩り豊かな世界として目の前に現れる。その色は、本来光に在るものではなく、人間の眼の中の仕組み・機能あるいは脳がそのような彩りがあるものとして認識しているに過ぎないのである。その色を7色とか、何色に分類すればよいかは分からないが、兎に角、光の波長で人間の目の感度が異なると言われている。普通は、波長が7600[Å(オングストローム)]~3800[Å]の範囲の光を認識出来ると言われている。単位[Å]は長さの単位であり、極めて微細なものである。一つの原子の直径が大体1[Å]程度である。人間の目の感度は、上記の範囲の光が見える訳で、その光を「可視光線」と言う。その中心の波長の光が緑色で、最大の視感度を持っていると言われている。その波長5550[Å]での最大感度を680[lm/W]と文献(#)に在る。(#:電気工学必携 改訂新版 尾本義一監修 三省堂、いつもこのポケット型ハンドブック一つで重宝させてもらっている)。この単位も良く分からない。単位[lm/W]=[lm s/J]は光束lmと時間sの積でエネルギー量と解釈できる。だからエネルギーのジュールJとの比率で、目に入った光の内、視覚に寄与したエネルギー量の比率を表していると見做せる。だから一応論理的には筋が通っている視感度の単位である。単位で問題にしたいのは[lm]である。照明関係の量的評価量はこのルーメンlmである。時間との積分で初めてエネルギー量になると言うことは、一体どんな意味があるのか理解できないのである。ここで中断して、照明関係の単位等を一覧する事にしたい。ここで、光と色彩の関係を考えるには、人の目の仕組みおよびその神経伝達信号の生理学的認識が欠かせなかろう。その為には、人の目の構造を理解する必要がある。眼球の光ファイバーと色覚にまとめた。

一般には、部屋の明るさを照度E[lx(ルックス)]と言う単位で表現する。このルクスは部屋の壁、床あるいは本の紙面に入射する単位面積当たりの光束でE[lm/㎡]を表す。参考までに、晴天の日向の照度は10万ルクス、満月の夜は0.2ルクスらしい。図書館などの設計照度は500ルクス程度。さてもう一つ光源の明るさを表現する単位がある。それはI[cd(カンデラ)]である。ちょっと聞き慣れない空間角の単位ω[st.rad(ステラディアン)]を使った定義量になっている。全空間の立体角は4π[st.rad]である。即ち光源から放射される単位立体角当たりの光束量を持って、その光源の光度I[cd](=[lm/st.rad])として評価する。このように照明に関する単位はいろいろ複雑である。基本になっている量は、光束量ルーメンである。先に、最大視感度680[lm/W]と言う単位について示した。単位[lm s]がエネルギー[J]ならばと考えたが、どうもこの光束量F[lm]の正体が分からない。

何を言いたいかと言うと、光の量で明るさを論じるのが照明であろう。光の測定に疑問を持っているのである。照度計でEルクスと言う。光のエネルギー測定の基本法則は「プランクの法則(1900年のノーベル賞受賞対象論文)」である。プランク定数h=6.625×10(-34乗)[Js]が光の基本定数となっている。この基本法則の光スペクトル測定が正しく行われたのかを疑うのである。照度ルクスも何を測定しているのか理解できないのである。ルーメン[lm]はエネルギー量に比例した物理量を評価しているのかが理解できないのである。照度計で測定するとき、時間の長さに関係なく或る一定値を表示する訳であるから、入射エネルギーの時間比率を表示している事になる。即ちE[J/s]の単位と同じ意味の量を計っている事になると考える。すべての可視光線の波長成分を積算するものとして計測しているのであろうが、光源によっては波長スペクトル分布に大きな差がある。ここで人間の視感度曲線・特性との絡みが関係してくるのである。最大視感度を基準にして、可視光線の全体の波長に対する眼の感度を『比視感度』曲線として表して解釈する。紫色は感度が悪いとは思うが、赤の感度は感覚的に本当に比視感度曲線のようになっているか疑問に思う。赤色に対しては、人間の感度は非常に良いように感じられる。

以上から、工学的実用量ルーメン[lm]が物理量エネルギーのジュール[J]とどのような関係に在るかを明らかにする必要がある。冒頭にも訂正したが、結局ルーメンという単位はエネルギー量ジュールには換算できない特殊な単位である事に成る(2013/04/26追記)。曖昧さを排除するに欠かせない点である。更に比視感度曲線が、教科書のような特性になっているか大変疑問に思う。光のエネルギーをどう認識するかは極めて重要である。物理学教科書で、プリズムの屈折現象に関する解釈は曖昧のままである。光の何が屈折の原因であるかを説明できない。『光量子一粒の空間エネルギー分布』が屈折現象の要をなす。日常の生活空間に現れる光の魅力を大切にしたい。