タグ別アーカイブ: 光

エネルギー伝播現象

新しい観方をまとめるに戸惑いもする。次々と新しい姿が現れてくるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギー伝播と空間特性。図の電線路の回路定数は導体によって構成される空間の構造が決め手となる。その係数を空間構造係数 k とする。

この空間構造係数 k は分布定数回路空間の世界 (2019/10/14) で定義した。平行導線の間の空間の構造係数である。

長く電気現象を理解しようと、その電気回路の中における物理的特性の解釈での疑問と格闘してきた。教科書の理論解説では満足できず、何時も『解らない?』と自己問答に陥る。今確信に在る思いは、余りにも単純でありながら、その姿は科学理論とは懸け離れてしまった。そこには『エネルギー』一つの姿しか見えない。自然の中に少しは科学論らしい姿を表現しようとすれば、哲学的課題との関係で空間構造の解釈になる。電気現象の哲学的課題 (2020/06/21) からの続きでもある。ITの検索には、小学生から中学生の学習のための記事に、電流と電子の解説が多くある。新聞の科学記事でも、科学常識の解説で啓蒙される。そこには『エネルギー』の大切な話は全く見えない。『電子』など決して電線金属の中に流れる訳がないのに、教科書はじめ専門家が『電子』が流れると解説している。筆者が投稿する記事は殆どが教科書の科学理論の矛盾を説くものである。『電子』が流れると解説されれば、それは『嘘』だと言わなければならないから。しかし誰も、物理学の専門家もこの記事に反論を寄せない。科学は専門の科学雑誌に投稿して初めて科学者の資格が得られると見做すのだろう。教職の資格も、所属もない者は無視される?

電気回路はその空間を『エネルギー』が流れる技術装置なのだ。『電流』や『電子』など何処にも流れてはいない。空間のインダクタンスと静電容量と言う二つの科学的評価基準で解釈する人間的な認識なのである。上の図は、光は自由空間を光速度で伝播する。電気は電線で囲まれた空間をやはり光速度(電線が裸線の場合)で伝播する。ここで解説する論の最大の欠点は、空間を伝播する『エネルギー』を科学技術的実験で観測し、検証できない事である。

エネルギーの伝播像。その『エネルギー』は伝播定数γ=√(LC) =√(μoεo) [s/m] の速さで伝播する。

先に結論を図で示す。この図に示した黒い点々の影が空間を伝播する『エネルギー』だと言っても、それは物理学理論には無い概念であるから、理解できないかも知れない。『エネルギー』とは何か?を理解するには、物理学理論の多くの用語の意味を自己流に噛み砕いて、日常用語で表現してみて確認する以外には分からないかも知れない。この『エネルギー』は運動エネルギーでも位置エネルギーでもない。交流電気回路のエネルギーは図のように電線路電圧の負側の電線近傍の空間を光速度で伝播する。電流も『電子』も全く関りが無い。金属電線の中など何も流れて等いないのだ。それは光の『エネルギー』が何も無い空間を『振動数』など何も関わりなく伝播することと同じ現象と見做せる。なお、光エネルギー像に描いた像は軸性光量子像 (2019/11/11) に示した解釈である。ここに示した電線路の場合は、この平行導線間の空間を伝播する『エネルギー』は裸電線で、電源が交流電圧の場合を想定している。電線路電圧v[V] とは次元[(J/F)^1/2^]の電線路間の『エネルギー』分布量の評価技術概念である。電圧の負側の電線導体近傍空間を伝播するから、半サイクルごとに図のように分布が反転する。『エネルギー』の分布量は電圧が v[V] の瞬時値なら、回路定数 C[F/m] によって、Cv^2^[J/m] である。このエネルギー分布像は電線路の物理現象としての意味であり、実際には電線路上に図のようなエネルギー分布がある訳ではない。電線路長は長くても送電線路で数百km であるから殆ど電線路の送電端と受電端との電圧位相差は問題にしない。(例えば)50Hz波では、

波長λは右の様に実際にはありえない線路長となる。

理科教育と『電子』。The electron did not exist in the world. (2020/05/15)

電線路導体に『電子』など決して流れていないので、子供達への教育で「嘘」を教えてはならないことを伝えたいのだ。教科書を書かれる方々によく知って頂きたいのです。電線路の『エネルギー』は光速度で伝播する事は間違いない。決して『電子』がそのような電気エネルギーを運べる訳が無いのです。『電荷』はこの世界には存在しないのです。反論やご意見をお聞かせください。

光の相対速度と空間

Light never makes its way for the observer.It’s just a matter of nature. (2020/06/04)

光とは世界の不思議を背負っている。道端に咲く花をみれば、その鮮やかな色彩も光の姿だ。不思議が故に、その科学論も不可解な世界を生み出す。1675年の昔、レーマーが光の速度の測定をして、毎秒22万kmの有限な速度であることを発見した。それは観測者と光の関係が相対性であることをも示している。素敵な感性に基づく実験による業績だ。しかし1905年、アインシュタインが「特殊相対性理論」を発表した。アインシュタインは光の速度測定の実験はしていない筈だ。光速度はほぼ30万km毎秒と今は理解している。空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14) 光はその伝播する空間媒体によってその速度が決まる。金属導体があればそれは障害となり、回析現象も起きる。光は空間エネルギー分布波であるから。電磁波とアンテナ導体との関係と同じ性質を示す。その上で、『光速度一定』とはどの様な空間座標に対しての意味かをハッキリさせなければならない。

光はいつも『相対速度』で観測される。光は厳正な世界創造の役割を担っているから、決して観測者に対して光速度一定にはならない。空間と時間を司っているから。光は基本的に一定の光速度で空間を伝播するエネルギーの縦波である。その基準空間は光の光速度によって規定される世界の標準であるから。一定の光速度の光の観測者が、その基準空間座標に対して静止していない限り相対速度で観測することになる。天体からの光となれば、観測者との相対運動によって、それは『相対速度』になる。しかも地球上での観測となれば、地球の運動体の速度の影響がない筈はない。光は魔術師ではないから、規定の光速度であれば必ず相対性の基に在る。朝日と夕日の太陽光線は何故違うか。当たり前の現象を素直に観測して考えてほしい。光も空間に分布したエネルギーの周期波でしかないのだから。何も振動する物理量など無いのだから。観測上直交成分で観測できたとしても、観測技術の問題でしかないのだ。電気回路のエネルギー伝播現象と基本は同じものだから。電気回路のエネルギー流を電圧と電流で解釈する技術概念と同じものでしかないのだ。古い投稿記事に、光の速度と空間特性 (2011/5/22) がある。その記事は分かり難い。改めて、大切な内容なので、ここに再度書き直す。電気現象の解釈で、光エネルギーの伝播現象の理解なくしては困難であるから、『電荷』否定と同じく統一的な基本に光の解釈が重要であるから。

光規定空間

光が空間と時間を司る。その意味で、光の速度と言う解釈の基本に、その空間の定義が明確でなければならない。図は地球での観測になっているから、回転体の空気層に包まれた観測環境は理想的ではない。光の伝播に障害となる地球であることは間違いない。しかし、天体からの光がどのような空間で光速度一定という意味を認識できるかを考える意味で取り上げる。星から光が放射されたとする。その速度はどの様な空間に対して時間と空間長さを規定して伝播するのだろうか。決して地球上の観測者の運動に合わせて速度を決める訳ではない。光が伝播する直線状の伝播距離と時間は決まった光の速度によって規定される筈である。その軌跡によって光の速度を規定する空間座標を想定することが出来よう。その光が障害のない空間に付けた道が直線で規定する空間座標が定まる空間を『光規定空間』と定義する。その空間に於いて光は『光速度一定』と言える。

光相対速度のベクトル図

光の伝播を空間ベクトルで解釈する。光規定空間を直交座標 Xi, Yj and Zk で規定する。この座標上で、光の軌跡は直線となり、速度は光速度の一定値となる。光源S(t) が座標原点O(時刻t=0 )で、単位ベクトル nc の方向に光パルスを放射した。光源 S(t) は単位ベクトル ns の方向に速度 V で運動している。

時間 t で光と光源の位置ベクトルは(1)式で示される。

光と光源の空間軌跡の間には単位ベクトルのスカラー積によって、 θ=cos^-1^(nc・ns) の角度がある。さて、光源からの光パルスは光速度で時刻tでは P(t) 点に到達している。さて光源に観測者が居て、その放射パルスの位置 P(t) 点をどのように認識するか。その空間距離は r となる。

その距離は(2)式となる。その距離 r は光源から見た光の時間 t で進んだ距離と見做される。時間で割ればそれは光の相対速度となり。

(3)式となる。この式の意味は、光源から光が放射された瞬間から光源の運動や、観測者の運動には一切関わりなく光規定空間で光速度一定の速度で伝播することを示す。その光と時間と距離の関係は全く普通の相対関係にあることを意味したものであり、決して特殊な関係は無いという意味である。

そこには運動体上の観測者と光の速度の認識の基本問題が存在する。もし角度が、θ=π とすれば、観測者と光のパルス間の距離は相対的に光速度と観測者の速度との加算となる。

光の相対速度 cr

相対速度 cr (3)式。光が相対速度に関して、特殊な意味など持っていない。

むすび

光はすべてのものに平等である事をその基準としている筈だ。科学理論においても特権階級の席は作らない。

 

 

視界と光の科学

はじめに(2020/02/28)
視界の一事を理解することがとても難しいと知った。人も動物も水平二眼によって視界を認識する。視界の対象である万物から届く光によってその存在する世界を知る。すべて光の本性が司る世界像である。光の何たるかを知って初めて視界の意味が理解できるのであろう。また、人の視界認識の仕組み即ち二眼によって取得した光の情報を脳でどのように処理・判断するかの脳機能を理解して初めて視界の意味が分かったとなるのだろう。脳機能まで理解するなど無理である。大よその処で自分なりに納得できれば良しとしたい。

今思い出す印象的な記憶が有る。それも光の不思議としての子供の頃の思い出である。

図1.障子戸の針穴写像。朝早く、まだ板の雨戸を閉めたままの薄暗い部屋で、晴れた日の障子戸に映る鮮明な影絵が目に入る。板戸と障子戸の間は10㎝程の隙間が有る。雨戸の杉板の節の割れ目の針穴から光が差し込み、家の前の杉林の影が障子戸に映る。所謂「針穴写真機」の原理である。広い風景から、小さな針の穴を通して、その風景の各点からそれぞれの一筋の光が真っすぐに障子戸の紙に幾何学の直線を引くように届く。決して光は干渉等すること無く独立の一筋を描いて空間を伝播する。

視界構成に果たす光の基本特性。

光路独占の原理。視界を認識することができるのは光の特性にすべてが掛かっている。遠景も近景もその瞬時の同時性で認識できる。それは光の超高速度の『光速度』に依るからだ。もう一つは光の直進性に依るからだ。光は決して曲がらない。伝播空間の媒体の特性に従った速度で伝播する。それが「蜃気楼」のような現象になるのでは視界を認識できなくなる。伝播空間の媒体の空間特性の変化が生じるとそのように視界認識できなくなる。「逃げ水」もその例だ。そんな状況が普段は起きないから、当たり前のごとくに視界における光の特性など考えもしない。媒体空間に意識的に変化を起こさせるのが「レンズ」などの技術である。その視界における光の特性を【光路独占の原理】と仰々しく名付けたい。

図2.一点の放射光 視界の中に観る対象の一点から光は四方八方に放射される。この一点から全方位に放射される光が有る中で、ただ一筋の光だけが視界の構成に役立つ。その光は決して他の光の伝送路の邪魔をしない。その光の通り道はその光だけの独占光路である。宇宙論で、水星の近日光(?)と光が重力の影響を受ける話が有るが、光は伝播光路に障害が有れば、その近傍で回折する筈と、その現象の意味を考える。一言付け加えておく。視界の対象の一点からの放射光が眼の角膜を通して入射する。角膜の表面全体には対象の一点からの光が無数に入射し、それが水晶体を通して一点(水晶体の内側の面が硝子体管の入射面になる)に集光する。その点の光は対象の一点からの四方への放射光が角膜の表面の各点を通して、それぞれの一筋の光路を独占して入射する。

テレビ画面とその視界。PCやテレビの映像が現代社会の生活基盤を支えている。テレビ画面はどの方向から見ても、映像は乱れなく観察できる。何も不思議のことではない。当たり前の常識である。しかしよく考えると、テレビ画面から放射される光が、各画素の一点から半平面の立体空間(立体角 2π [st(ステラジアン)])に放射されている訳でありながら、その光は決して隣の画素の光の光路を邪魔するようなことはない。その事の中には、光が如何に自然界の厳格な仕来りを司る役割を担っているかという深い意味を持っていると考える。光路独占の原理と言いたい。自然界の王者光に乾杯!素粒子をも構成する素原として。

視界は天然色である。目に入る視界の万物は天然色である。視野・視界に入る対象はすべてその固有の色彩の光を放射している。木炭の炭は真っ黒い色で、それは光を放射していないからである。すべて光を炭の構造体の中に吸収してしまうからであろう。炭素抵抗体が電気エネルギーを吸収して熱に変換するように。さて、図2.の一点の色が決まるのは何故だろうか。何故その色の光を放射するのだろうか。視界に入る風景はすべて色彩豊かな景色である。その光はほとんどが対象からの反射光である。反射光という事はその反射光となる前のその対象に入射する基の光が有った筈である。それ等の対象を取り巻く空間に満ちている光が基の光である。全天空光とも言うかもしれない。青空の光と言うかもしれない。視界に入るすべての対象の色彩はその対象の入・反射の光波長変換特性によって起きると解釈する。その点を、光源の輝度とは? (2020/03/07) にまとめた。

水平二眼の視界。
図3.二眼の視界 目の前に蜜柑をかざす。片目をつぶって、それぞれその蜜柑を見る。蜜柑の位置が左右に動いて見える。右目で見れば、右側が見え、左目で見れば蜜柑の左側の側面が多く見える。それぞれ異った見え方で、左右にズレて見える。しかし両眼で見れば、一つの蜜柑として左右の混乱なく認識できる。水平二眼による視界の特徴は遠近とその機能による奥行きを無意識に捉え

ることにあると考える。水平二眼がどの様な光と視界の意味を持っているかを二眼珍カメラで考えれば分かるかも知れない。どんなに焦点をそろえても決して鮮明な写真は撮れないはずだ。二眼のそれぞれの像が写るから。

反射鏡の視界。

平面鏡。図4.鏡と写像。普通の鏡に映してみる。ガラスの透明な保護面を通して金属面での反射像を視界とする。鏡の反射視界像の特徴は、実際の視界と左右が必ず反転していることだ。前にNHKのある放送番組で取り上げられた問題で、初めて意識した。上下はそのままだが、左右だけが何故反転して映るかと言う疑問の提起であった。考えてみた。自分の顔が左右反転している。何故か?と問われても特段説明が付かない。鏡の反射像は目の上下、左右からの反射現象だから、鏡を通せばその反射光線の光路から、当然のことである。水平二眼の仕組みも、片目で鏡の写像を見ても、左右の位置が相当逆方向に移動した視界となる。異なる反射像を見ている筈なのに、一つの視界として認識する脳機能の方がとても不思議に思える。結局考えれば、反射鏡での光の反射現象としての理屈は当たり前のこととしての結論にしか導かない。

図5.放物面鏡と視界。反射鏡で有名なのが放物面鏡である。巨大な天体望遠鏡としても利用される。マイクロ波の通信アンテナ設備も、衛星放送のアンテナも放物面鏡の一つだ。天体望遠鏡は星の光を反射させる。衛星放送アンテナは放送電波を反射させて、焦点の受信端子で電波の縦波のエネルギー分布波を受信する。光も電波もエネルギーの縦波であるから同じものとしての機能が働く。図5.は焦点に二眼で見る意味である。厳密には二眼に入る一つの星からの光は僅かに異なる光路となるのだろう。それで遠近をと思うが、実際はどうか?天体観測は焦点の鏡の反射視界を望遠鏡で観測するのだろう。この視界も上下はそのままだが、左右は反転した視界となる。だから天体観測写真は左右逆転像の筈だ。見る方向で、横にして見ればその軸の左右が逆転像の視界となる。天体の上下左右は意味が分からなくなる?これも鏡の宿命的反射視界の現象だ。

逆さ富士の視界。湖が静かな時に、そこに富士山が逆さに映る。そのような湖面の反射像は上下が反転し、左右はそのまま映る。これも鏡の反射現象に基づく視界の一つと言えよう。

ネガの反転写真。カメラのネガの逆さの向きでの焼き付け写真。ネガの向きを逆に焼き付ければ、丁度平面鏡の視界の写真となる。以上幾つかの反転視界を拾ってみた。

視界認識―水平段層視界―
図6.視界認識。水平二眼による視界認識機能。視界を認識するには一眼でも可能である。あらゆる動物も一つ目小僧はいないようだ。カメラでの写真を見れば、普段我々が認識している視界の姿がその写真に見える。だから、一眼カメラの視界が我々の認識視界と同じと思っても致し方ないかも知れない。しかし、図3.の二眼視界のように二つの目で別々の視界を捉えている。それを脳の機能で一つの視界と奥行きのある三次元視界を見ていると解釈したい。その三次元は水平の視界認識においてである。だから、視界が水平二眼で認識されるという事は無意識に、水平の段層視界の積み重ねとして認識しているのではないかと考える。図6.はその意味を写真を使って水平視界の分解像として表現した。

むすび。
視界と光の科学(屈折) (2020/02/16) に続いた視界論。

光源の輝度とは?

はじめに 風景を見れば、それは天然色に彩られている。何故万物はそれぞれの固有の色彩なのか。視界をなす光の特性の謎が増す。その光源は何か。

照明工学と輝度 風景は光の反射現象によって成り立つ。

その光の光源は何か。視界の物理現象を理解しようと考えたら、その視界の光源の意味が分からない。日中は太陽の光で視界全体が明るい光の中にある。直接太陽の陽が当たらなくても、視界は天然色に彩られている。その色彩を奏でる光源は空全体の輝度と見做せるかと考えた。視界の物理現象として理解を深めようとしたが、結局は無理であったかと考えざるを得なくなった。その訳が照明工学での、技術用語の定義や概念にあると理解した。上の絵図で、ローソクの炎を例にまとめてみた。照明の用語には光の量を捉える『光束』、その単位ルーメン [lm] があり、その量を基に単位系が構築されている。一応「電気工学必携」を参考にして、光度 I[cd] (カンデラ)および輝度 B[sb=cd/㎠] (スチルブ)の定義をまとめた。

光束[lm]が物理量『エネルギー』との関係で定義されないところに、色彩や照明の物理的解釈ができない原因がある。人の視感度曲線で、可視光線しか認識できないため、紫外線などの自然界の現象を司る成分を我々は閑却しているのだと気付いた。自然の万物の天然色の色彩は我々が意識しない光の波長成分が大きな意味を持っているのかとの予感がする。光束[lm(ルーメン)]と比視感度 (2010/11/25) が原点にあった。

薔薇は何故赤い。

詩心 乗せて観世の 帆掛船 177号(2007/08/07)

「深紅の薔薇は何故赤い」の色彩の考察の絵図である。薔薇の色を演ずる自然の仕組みは深すぎる。深紅の光が有る訳ではない。人にその薔薇の命の営みに共感してほしい願いの姿と見たい。その色彩を演色する花びらの物理的機能を何と捉えるか。花弁に入射する光が如何なる波長変換機能によって、赤い色に変換されるか。入射光が決して赤い光の訳ではない。元々光に色が有る訳ではないから。命同志の心のつながりの仕組みを奏でているのだと解釈した。

参考記事。色の世界を尋ねて (2012/01/05) は自慢の色彩論である。視界と光の科学を纏めるに、視界の光源の役割は何かと少し別にまとめた。光の波長変換機能として万物の色彩の意味を解釈する外ないと考えた。薔薇の花弁の分子構造体の空間格子構造内での光エネルギーの共鳴現象と捉える。それには光が空間エネルギー分布波と解釈する必要が有ろう。振動数では空間像が捉えられないから。

 

視界と光の科学(屈折)

はじめに(2020/02/11)
視界は人が見る光の世界である。すべての生き物はその命の保全を図るに周辺外界の安全を常に注意しなければならない。その感覚器官の中心に視界認識が有ろう。視界の意味を知るには光の物理現象を知る必要が有る。その上で更に、人や動物は水平二眼によって視界を構成認識しているという意味を考える必要が有ろう。そこには、上下と左右の視界構成の機能的意味の違いが有るように解釈する。それが次回の記事(視界論)になろう。その為の予備知識を整理しておきたい。

光の科学(物理特性) 光とは何か?と考えた時、思い浮かぶ現象・知識の基礎は次のようなもの(高校生の学習項目程度)になろう。しかしその解釈は物理学での教科書の内容とは同じくないかも知れない。あくまでも筆者の電気回路技術感覚を基にした『エネルギー』を基準にした解釈になる。光も空間エネルギーの振る舞いとして捉えたいから。科学実験で観測不可能な『エネルギー』であるところにその科学論としての認識の困難さが有ろうが。

①光は毎秒30万キロメートルもの超高速度で直進する。自然現象を理解することが大切である。光の速度を知ることで、さらに何故その速度なのかあるいは直進とはどの様な空間に対する意味なのかなどに疑問を抱くことが物理学の大切な視点と考える。それは哲学にもなろう。

②屈折現象が有る。空気と水、空気とガラス、空気と角膜などの境界面で、垂直でない角度で入射するとその媒体の特性によって屈折が起きる。それはその伝播空間媒体での光の速度が異なるからである。境界面に垂直で入射する光は屈折はしないが、入射媒体内で波長によっても速度は異なる。それが色収差あるいはプリズムの原因と考える。上のような意味が屈折現象の起きる原因の基と考える。

③望遠鏡、顕微鏡あるいはカメラなどはレンズの表面の曲率によって、主に空気との間の屈折現象を利用する光学機械・器具である。

④反射現象。光は鏡、放物面鏡あるいは水面などで反射する。木炭のような完全吸収体以外の物体はすべて反射体である。物が見えることはその対象が反射体であるからだ。確かに太陽光や焚火あるいはホタルの光は反射光ではない。それは質量のエネルギー変換(化学物質反応)光と見做してよかろう。それらの発光源からの光以外の視界に入る風景の万物はそれぞれの色彩と形を持っている。その景色の基になる光は同じ光でありながら、対象はそれぞれの色彩をもって反射光を放っている。

⑤電波と同じ特性である。パラボラアンテナでの反射現象は光と電波で全く同じである。

⑥光はエネルギーである。その現代物理学理論での表現は ε=hν [J]  である。プランク定数 h[Js] と振動数 ν[1/s =(Hz)]で評価した表現式である。しかし、光の実体は空間分布エネルギーの縦波と考える。光には教科書の解説のような振動などする物理的実体は何もないだろう。光のエネルギー量と振動数の概念を具体的に解説することが市民感覚と物理学理論との乖離をなくする大事な現代的課題と考える。

ここに挙げた6個ほどの認識について、そのような現象は何故起こるのだろうか?それらの現象の中で、今回は屈折について、その何故?について考えてみよう。

屈折とは?
屈折現象について物理学での解釈はホイヘンスの原理で成される。何故媒体が異なる境界面で屈折するのか。光の進行方向が曲がるのか?ホイヘンスの原理は良く分かり易い説明である。しかし、光の波長が違うとプリズムのように屈折角が何故違うのだろうか?ホイヘンスの原理で理解できるだろうか。波長が異なる光の違いをホイヘンスの原理でどのように捉えますか。波長とは何ですか?その辺の極めて日常的な生活感覚からの疑問が自然現象を理解するためにはとても大切な事と思う。物理学理論あるいは教科書での解説は、それは学術的な専門家集団の常識的統一解釈を取りまとめた共通認識論法である。決してそれが自然現象の本質を捉えた論理的な科学論であるとは限らないのだ。国家統一論と同じく、全体的な掌握手法としてとても有効ではあろう。自然現象を論理的に矛盾無く捉えようとすると、厳しい事象を乗り越えなければならない現実に突き当たる。屈折現象は光の物理学理論になるが、光の捉え方で、波動性と粒子性の統一し難い困難がその一つの例でもあろう。光が粒子でないことは分かると思うが?また波動性と言っても、どんな波動かと疑問が沸いて当然と思う。その波動性をすんなり現代物理学理論として理解するような能力を筆者は持っていない。学術論が理解できない劣等感は若い頃から抱いてきた。そんなことから今回も、素人的な感覚だけから、一つのレンズを取り上げて、その屈折現象を具体的な実験装置で考えてみたい。

屈折と媒体

こんな実験装置は時間を掛ければ手作りできそうである。特別予算を組むほどではない。透明プラスチック容器にレンズを取り付け、不透明版を張り付ければできそうだ。側面が透明であれば、半透明膜の写像は観測できよう。レンズを通した光はボックス内の焦点距離に像を結ぶ。半透明膜が焦点(写像距離)に在れば、像が写る。カメラはレンズの両面が空気だ。空気とレンズの境界面で「屈折」が起きる。その距離をXとする。次にボックスの中に水を満たして半透明膜を移動して写像距離を調べる。必ず長さXは長くなるはずだ。その距離Xは何で決まるかと言うと、レンズの表面の曲率半径とレンズとその接触媒体の物性(誘電率)によって決まる筈だ。当然レンズの光の入射面では反射も起きている。屈折で色収差(プリズム現象)も基本的にはある。また、水以外の透明なゼラチンなどではさらに距離Xは変わろう。レンズ表面の曲率と伝播媒体の特性差で距離は決まる筈だ。レンズ内部ではそれぞれの入射角によって方向が異なる直進光路を辿る。出口ではその媒体によって屈折角が違うため、Xが変る。Xが違っても鮮明な写像(媒体内でエネルギーが吸収されない限り)が映し出される。眼球内の硝子体のような媒体であれば透明であろう。媒体間の屈折の物理現象について、誰もが水中でゴーグルを外して水中視界を見ようとすれば、理屈抜きに感覚的に理解できよう。同じ目で空気中では見えても、水中では視界など歪ボケして見えないのだ。それでなくても元々人の角膜の曲率半径は小さく、小さな瞳からの僅かな光で視界を認識する。水中では角膜表面での屈折が弱く、水晶体の終端即ち硝子体管の入口に視界の像が結べないからだ。そんな意味も考える屈折の実験装置になればと提案した。

2016年にレンズに関する関連記事。

レンズと焦点距離 (2016/11/03) 。眼球の光路とカメラ機能 (2016/11/09) 。レンズの機能 (2016/11/27) 。

⑥の光はエネルギーである。その意味を 光とは何か?-光量子像- (2012/01/15) に述べた。

帆掛船(2019年報告)

新しい子年を迎えて、今年が平和で、幸せな1年であったと次の年に渡れることを願います(2020/01/09)。

昨年も多くの自己問答を繰り返して、科学論の基礎概念として最後に残るものが『エネルギー』であるとの確信をさらに強くした。新たな不思議の発見のためにも、己を見つめるためにも昨年の記事をまとめておかなければならない。記事の標題の前に投稿の(月 /日 )を付けた。(2020/01/06) エネルギー像(物理学基礎論)と(2019/12/02) 燃料はエネルギーに非ず が参考になるかも知れません。

1.物理学的・化学的エネルギー

(1/5) 独楽の心 (2/7) 熱の物理 (4/22) 物理学理論と磁束 (4/29)  mc^2^から物理学を問う (5/21) 力の概念と電気物理 (6/14) エネルギーとは何か (6/29) エネルギー変換物語(炭火とエジソン電球) (9/14) 空間定数とエネルギー伝播現象 (11/13) 電池(エネルギー)の不思議 (11/17) 電気抵抗と物理特性 (11/19) 電池と電圧(エネルギーの基礎研究) (11/19) 電池と電圧(エネルギーの実験) (11/25) イオン化傾向とは? (12/20) 水の電気分解

2.電子・電荷とエネルギー

(5/26) 不可解な電荷 (6/6) 電子は流れず (7/6) 電子とエネルギーと質量 (7/28) 科学論と電荷 (10/23) 電荷と電圧の哲学 (11/20) サヨウナラ『電荷』 (11/27) 電荷方程式

3.光とエネルギー

(5/3) 光量子空間像(D線) (5/8) 光速度一定とは (11/2) 光と空間 (11/11) 軸性光量子像

4.電気回路とエネルギー

(3/3) 電気磁気学の要-Axial Energy Flow-  (3/17) 電気物理(コイル電圧) (3/21) 電気抵抗体の物理 (3/26) 電気物理(電圧時間積分とエネルギー) (4/3) 誘導エネルギーに観る技術と物理 (4/12) 変圧器の技術と物理 (7/16) 「高電圧」のエネルギー像 (8/11) 電圧・電流とエネルギーと時空 (8/23) 光エネルギーと速度と時空 (8/29) 分布定数回路と実験 (9/16) 電力p[J/s]の意味と解析法(1)意味 (10/1) これが電気回路の実相だ  (10/2) 電気回路のエネルギー問答 (10/6) 特性インピーダンスとエネルギー伝送特性 (10/31) 大学と基礎教育

5.電気工学と技術

(4/14) 励磁電流とは? (5/29) リサジュ―図形と技術 (9/22) 電流1[A]の物理的空間(インダクタンス算定式) (9/26) 静電容量算定式と理論 (10/14) 分布定数回路空間の世界

6.詩と科学と社会と文化

(2/3)負の科学技術と未来 (3/1)記事表示形式の違う訳は? (4/19) 月に立つは夢か (5/13)自然と科学理論の架け橋はいづこに  (5/18) 自然と科学理論の架け橋はいずこに (6/25) 津波前の急激な引き波―専門家に問う― (7/20) (8/2) 不思議とは (9/5) 『エネルギー』それが世界の根源 (9/7) 電流1[A]の論理性-考える理科教育への科学者の社会的責任- (10/28) Find more information here (11/24) 共謀罪は法の押しつけ (12/2) 燃料はエネルギーに非ず (12/25) 質量とMassの間に 

7.自然・日本の風景

(1/16) 地学ガイド 新潟の自然に感応して (4/25) 2019年の春  (5/10) 初夏の花 (5/18)蜘蛛の巣 (6/21) ダンゴ虫が何を? (7/4) 雨粒と波紋 (7/6) 生きる雨蛙 (8/3) 深山クワガタ (8/18)逃げ水現象の解剖 (8/28)実生の水楢 (9/4)岩ヒバ (10/20) 桔梗 季節に戻る (11/15) 秋の色 (12/3)霰の中に咲くサツキ

光と空間

晴れた朝は陽が眩しい。太陽が遥か遠くから光を届けてくれるからだ。この世界の元締めとして、すべての命を司っている。

寒い冷気の中でも、お日様の陽を浴びれば心まで温かくなる。

陽を受けると何故暖かくなるのだろうか。8分も前に太陽から旅立って、冷たい真空の空間を旅してきたのに、それでも暖かい。世界・宇宙のすべてを司る根源の光の実体を。光は一種の電磁波だなどと迷解答で逃げないでほしい。それでは電磁波は何故暖かいのですか。光の振動数が温かさの原因になるからですか?何が振動しているのですか。電界と磁界ですか?電界とは何ですか?磁界とは何ですか?例えば植物の光合成に電磁波の意味が必要ですか。光合成には、ただ光のエネルギーだけで何も電磁波などでなくて良いのではないですか。本当に自分の心で納得しているのですか?お日様に当たると暖かい訳を説明してほしい。光が衣服に当たるとその速度はどうなるのですか。その時光は何になるのですか。どのような物理現象を起こすのですか。振動数が熱に変化するのですか。科学理論は広く自然現象をより少ない基本から総合的に解釈できるものでなければならない筈でしょう。細分化された現代科学研究を統一した自然の本源から見る易しい科学論の提示が欠かせないと考える。なんといっても自然は易しく、純粋であるからこそ、多様性に富み不思議と謎の姿を現す。

光の結節点

電気回路現象と光の伝播現象が同じ物理現象に観えてきた。空間定数とエネルギー伝播現象で取り上げた図である。分布定数回路の定在波や伝送線路の負荷端でのエネルギー反射現象など、すべてエネルギーの伝播空間での伝播媒体の境界での現象が重要な基本的意味を持っていると考えるに至った。光の様々な現象もその媒体の空間特性がその物理的本質を担っていると考えざるを得ない。その境界点・面を光の結節点とした。

特別高価な実験装置もなく、精々レンズ程度で他に観測装置もなく、自分の眼球と周りの景色から感じ取る感覚だけから光の世界を覗いて、そこに描ける姿を表現しよう。

横道にずれるが、実は昨日、眼球の光ファイバーと色覚 (2010/11/28) に追記した。ご専門の皆さんは、人の眼球機能をカメラと同じ原理でご理解なさっておられるようです。網膜に視界を捉える機能の細胞が有ると。眼球構造の網膜は球面をなしています。カメラで球面構造に焦点を結ぶ光学的光路が物理的に可能とは理解できないのです。人は水中に潜ると、ゴーグルなどで目の角膜と空気層の境界を作らないと視界は見えない。光の所謂結節点の問題です。眼球内の水晶体と硝子体液の媒体間の光の屈折現象の光学問題として考えた時、どう考えても凹球面網膜に焦点を結ぶとは考えられない。それと、黄斑の点々が眼底検査で何故観測されるかの説明が無ければならない筈と思う。硝子体管のファイバー断面と考えた最初の理由がそれである。眼球型カメラを取り上げて考えた。

光の結節点の具体例は屈折現象であろう。

光の伝播現象は光エネルギー密度波の縦波が伝播する空間媒体の物理的空間特性に掛かっていると考える。空間をどのような物理特性として解釈するかがまず明確でなければならない。微細の空間構造物質の原子・分子特性を論じる前に、巨視的な捉え方で解釈したい。電気回路に関係付けた空間定数に誘電率εoと透磁率μoがある。真空空間が単位長さ当たり、インダクタンスと静電容量の空間定数を持っていると解釈する手法である。空間にコイルやコンデンサがある訳ではないのに、何故そのように空間特性を解釈すると電気回路現象と光の空間伝播現象が統一的に捉えられるかが不思議であるが、実際の技術的解釈に都合よく合致している。

屈折現象 

屈折はエネルギーの減速 空気中でガラス板を通した光の屈折現象を考えてみる。屈折の解釈にはホイヘンスの原理がある。ガラスの空間定数をμ[H/m]とε[[F/]とする。プリズムでは、光が分光する。その訳は何だろう。虹ができる。その訳は何だろう。光の波長とは何の長さの事か。光の空間像を現代物理学理論ではどのように捉えているのか。振動数や波長を空間的な像で捉えているのだろうか。振動数がエネルギーを表すとはどの様な意味で解釈するのだろうか。物に電界と磁界のバイブレーションで作用するというのだろうか。実際は誰も理解できないと疑問を抱かずに、みんな納得出来ている事がとても不思議だ。振動数で温かくなる訳をどのように理解しているのでしょうか。誰も質問しない訳は何だろうか。現代物理学理論様にお尋ねいたします。プリズムの分光は何が原因か。波長によって速度が違うからである。光の波長とはエネルギー空間密度の縦波の波長である。垂直に入射した場合は、分光が起きているとは見えないだろう。しかし入射が垂直から傾くと、波長の短いエネルギー密度が高い程媒体内での速度が減速する。伝播定数γ= √(με) [s/m] がエネルギーの波頭値密度が大きい程、μがその流れに抵抗する作用が強く効くからと考えたい。なお、誘電率εが高くなるからエネルギー吸収で減速に強く効く(推論)。 

レンズの屈折

レンズと光路 レンズも光エネルギーの伝播空間の空間特性を透磁率と誘電率で評価する。空気との境界での結節点で起きる屈折現象はその空間特性の差による。レンズは誘電率が大きいが透磁率は空気と同じ程度とみられよう。

むすび

電気回路の現象が電気工学の技術理論ではとても便利に分かり易い理論に完成されている。電圧と電流と言う技術概念によって初歩の回路解析理論が習得しやすく完成している。しかし、その理論も厳密に解釈しようとすれば、自然現象の本源からは離れた技術理論になっている。自然には『電荷』や『電子』などと言うものが実在する訳ではない。それらは人が自然現象を理解しやすく簡便に作り上げた解釈概念でしかない。結局電線路もその導線の間の空間を光と同じエネルギーの密度波が光速度で流れているだけなのである。そんな途轍もない光の速度で流れるエネルギーを感覚的には捉え難いであろう。しかし、科学技術理論と自然現象の関係を知ることがこれまた極めて大切なことである。間違った理論に染まらないためにも、より単純な自然の姿の本質を理解した上で、高度な解釈技術論を学習することが大切なのであろう。まだまだ自然の本質など、余りにもその純粋さが故に不思議の世界としか見えない。せめて、光のエネルギーとはどの様な空間像か、振動数とはどの様な意味かを理解してほしい。また、決してそのエネルギーの姿を科学的手法で観測は出来ない科学技術の限界も知ってほしい。光量子空間像(D線) (2019/05/03)。

分布定数回路空間の世界

(2019/10/20)追記。とんでもない(コイルのエネルギー)が読まれた。今分布定数回路の電気現象を考える論理的根拠ともなった記事である。それは、2015年の変圧器の奇想天外診断(2015/06/03) の簡単な台所での実験結果に基づく理論と技術感覚の確信に基くものである。絶縁体内の空間を伝播するエネルギーの伝送認識の確信でもある。

はじめに

既に分布定数回路と実験に載せた。その発振器を組み立て、最初の試験をした時の写真。

 

 

その分布定数線路の寸法とその特性インピーダンス算定値500Ωとしていた。しかし、少し値が違っていた。当時は計算尺で算出した。そのための誤差であろう。この記事が初めての実験結果報告であった。算定式の係数276(=120π×(2.3026/π) =276.312)の算定根拠もようやく今回の数か月の問答で、理解できた。その中で、電気回路の真の物理現象を捉えることができた。電気回路はすべて、張られた電線によって構成されたその空間を伝送されるエネルギー流であると。光エネルギーが電線路空間を光速度で伝播する現象であると。その波長が長い交流波形であるかあるいは一定値の直流であるかに関わりなく、すべてエネルギーの空間光速度伝播現象であると分かった。結局電線内を電流などと言う電子が流れているという過去の物理学理論の認識は間違っており、捨て去らなければならないという事である。しかも、その空間を流れるエネルギー流を科学的実験によって測定あるいは観測することは不可能であるという事(この意味が理解し難いかも知れない。エネルギーの空間分布を捉える測定量の瞬時値は存在しないから。時間的経過あるいは空間的長さを含む意味でしかエネルギーは捉えられないから。エネルギーの瞬時値、波形はない。電力p[J/s]の意味と・の瞬時電力意味と同じ論理性の曖昧性。)も真理である。光速度で流れる光エネルギーの空間分布波形を観測できる訳はないから。それは哲学の領域であろう。そのことは科学的手法では自然の神髄を捉えることはできない限界があるという事実を示す意味でもある。どんなに科学技術の精度が高く進歩しても無理な限界がある。それが光速度の世界であろう。伝播光の単位の一粒の光の一波長の中のエネルギー分布密度など観測できないから。科学的手法による観測不可能の対象が科学論の論理に認められるかどうかの問題でもあろう。

回路構造係数と電気回路特性

光が真空自由空間を伝播する時の特性と電気回路の電気エネルギーが伝播する特性と異なる点は、その電線路の構造だけある。構造によって決まる自然対数系の構造係数k=(1/π)ln(2D/d)(無次元)を決めると、その導体によって囲まれた空間の構造だけで、回路定数が決まることが分かる。真空自由空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m]および誘電率εo=(1/36π)×10^-9^ [F/m]とする。

構造係数    k=(1/π) ln(2D/d) [1]

インダクタンス La= (μo/2)k [H/m]

キャパシタンス Ca=2εo/k [F/m]

が全ての回路の基本分布定数の基本形となる。

線路構造と回路定数。

構造係数k

数値をグラフにした。

 

 

 

 

平行2線式電線路 

所謂分布定数回路の基本構造である。

 

 

同軸ケーブル

通信用や電力用ケーブルで、絶縁体の誘電率の比誘電率εsとした場合の特性である。

 

 

 

三相送電線路

三相送電線系統の特性は線間距離Dを幾何学平均値で捉える。その線路定数は三相の相電圧を基本とするから、中性点に対する値となる。

 

 

 

 

導波管 

マイクロ波伝送回路に方形の空洞伝送路がある。この場合は普通のインダクタンスやキャパシタンスの意味が捉えにくい構造である。しかし電波信号はこの導体で囲まれた空間内を伝播する。如何にも電波エネルギーが自由空間の光エネルギーと同じく制限空間ではあるが、その空間を伝播すると理解しやすい例であろう。ただ特性インピーダンスZは他の場合のように、統一的な規則での評価はできない式だ。新版 無線工学Ⅰ伝送編 p.138. 宇田新太郎著 (丸善)による。波長比 λg/λ は管内速度の遅れを意味すると解釈する。伝播定数γ[s/m] が大きくなる意味と考える。

特性インピーダンスZ[Ω]のエネルギー伝送に対する物理的意味

電線路空間を伝送するエネルギーは基本的には真空自由空間の光エネルギー伝播現象と同じ特性を示す。光は空間をエネルギー共振現象として伝播すると解釈する。同じく電気回路のエネルギー伝送も、回路特性のインダクタンスL[H/m]と静電容量C[F/m]の間の共振現象として伝播すると解釈する。

電線路の空間エネルギー分布を電圧v[V]と電流i[A]と言う科学技術概念で表現すれば、それぞれのエネルギー空間分布はCv^2^[J/m]  Li^2^[J/m] と評価でき、次のようにエネルギー比で解釈する。

Li^2^/Cv^2^=1

(L/C) = (v/i)^2^            ∴ √(L/C) = v/i = Z [Ω]

という特性インピーダンスZ[Ω]の意味で捉える。

むすび

結論をまとめた。右の図のようになろう。電気回路理論と物理現象の関係を統一的にまとめられた。分布定数回路の問答を終わりにする。(2019/10/20図を訂正した。)

 

誠にお粗末なすべてが隠された不採用の人生であったことを知り、今基礎科学と大学の教育を考えた時、不思議な感慨を覚える。昭和33年夏、人生は故郷での河川土木工事の土方仕事の石の畚(モッコ)担ぎから始まった。東京に出て、人の姿を見て、生活の意味を知り再び浪人生活を親に許してもらった。昭和34年春から、神田の研数学館(今振り返って混乱している。初めてお願いに行ったとき、数学の試験で審査された。合格という事で許可された。しかし、受講料の話もなく、そのまま無料のままで1年間を過ごした。考えたら、お金を払った覚えがほとんどない。また、たぶん水道橋駅から定期券を使ったと思うが、その購入の覚えもない。一体、生活の意識もなく人生の意味も意識することもなく、何故ここまで来てしまったのか。何方かお教えいただけないでしょうか。考えれば、高等学校でも、大学でも授業料を支払った覚えが無いのだ。どこからも請求された覚えがない。???困惑のまま・・。同じく、電気学会でお世話になりながら、学会費を納入した覚えもない。新潟市の日銀支店から新潟大学の先生の地質調査のお手伝いのアルバイト賃金を連絡を受けて頂いたことがある。何故日銀が支払ったかその訳が理解できない。日銀が個人に支払うことがあるのか?精神的限りない混乱の中に居る。)での楽しい講義を聴きながら、江古田のあるお方のお宅での下宿生活(ご主人に食事を作っていただいた恩義を重く感謝したい)。同宿のお勤めの方に撮っていただいた当時の写真だ。その旅立ちの頃には思いも及ばなかった長い人生を歩んだ。その当時は、ただ学館と宿の往復だけの1年を過ごした。自慢は1時間の欠席もなしに通い徹したことかも。思い出せば、物理の講義が楽しかった。意味が分からなかったが「ダランベールの定理」という言葉が残っている。現代国語の講義も楽しかった。先生がよく問題を投げかけた。自分も挙手して答えていたことも楽しい思い出。お陰様で大学に入学できた。高等学校での化学の授業で、電子同士の共有結合の意味が理解できず、化学への劣等感を持った。折角大学に入学できたのに、何故か学問への喜びを得られず、無為に過ごしてしまったことを後悔している。高等学校で、生徒に教えることになって初めて、電気工学の勉強をした。その初めての実験がこの分布定数回路の組み立てと生徒実習への取入れだった。担当教科が、電子工学、電力設備(電熱・電灯)、電気機器更に発電工学および送配電工学とほとんどの科目を担当し、お陰様で勉強する機会に恵まれた。実験設備も多くの協力をいただいた。旧い柵(シガラミ)のない新設高校であったからと考えれば感謝しなければとも思う。しかし、新潟県立新津工業高校の教員として、新潟県教育委員会では採用されていない不覚の職歴。大学でも文部省共済組合にも加入していなかったことを知れば、それも影のアルバイト人材だったのか。舞鶴鎮守府の戦後処理にその根本原因があると、政府からの回答を待とう。

ある事情(介護)のためこの9年間、自由な行動ができずに来た。学術機関誌での科学論文を発表する訳でもなく、一人壁に向かって、ひたすら己の感覚と向き合いながらの科学問答をしてきたようだ。筆者の場合はお陰様で、このブログ記事を書きながら見えないお方とのつながりを頼りに自己問答をしてきた。身についた技術感覚を基に、物理学的基礎概念への疑念・疑問を自己問答として納得する答えを求めてきた。面壁達磨の苦行とは違うが、全く人との科学論をすることもなく、また学術研究論文もほとんど見ることもない、科学研究者の雰囲気もない異常な生活であった。ただ日本語での思考による結果であった。

『静電界は磁界を伴う』の全く分野の違う物理学理論の根幹への思考研究を始めて、身分の消された中で考えてきた。日本雨蛙石の囁き聞こえますかなど身近な自然世界の深さに触れ、さらに光の空間エネルギー分布の光量子像プランク定数の概念を自然の深さとしてとらえ、それらの自然現象から見る科学技術の基礎概念用語(電圧・電流)の意味も繰り返しの問答によって、常識の科学論と異なる新感覚で、それを理解できる心境になった。その中での核心として『電荷』は自然界には決して存在し得ないと確信できた。常識論とは異なる自然科学的心境でもある。今こそ科学理論はその電荷否定から改めて始めなければならない筈だ。科学と哲学の問題として。自然の単純性と深遠性。『エネルギー』への道のり。そこに新しい教育を通した子供達への夢をも与え得る道が開ける。

電気回路のエネルギー問答

はじめに(この記事は、早や一か月以上前の8月5日に書き始めた。今9月17日でまだ投稿できていない。次々と新たな課題が生まれる。その単体問題として幾つかまとめた。電圧・電流とエネルギーと時空 (2019/08/11)、光エネルギーと速度と時空 (2019/08/23)、電流1[A]の論理性‐考える理科教育への科学者の社会的責任‐ (2019/09/07)、空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14)。)

遥かなる呼び声がする。何度も関わってきた筈のことであるのに、未だに未練がましく電気回路に呼び止められているようだ。『瞬時電力』の物理的意味 (2018/03/15) に疑問を呈した。エネルギーの物理量を理解しているかと自問した。実験的検証の技術と人の自然認識の関係を自然と科学理論の架け橋はいずこに(2019/05/13) にも述べた。極めきれない概念量にエネルギーがある。

エネルギー量の単位 1[J] とは? その量は小さいが、世界を知る基本単位として大きな意味を含んでいる。それは1[g]の純水の温度を0.24[°C]だけ高めるに要するエネルギー量でしかない。

物理量のエネルギーは空間に実在する量である。

今まで、様々な電気回路の問題を取り上げて考えてきた。もう一度エネルギーの意味を電気回路の中でまとめておきたい。

単相交流回路のエネルギーから、最後は三相交流回路の「瞬時虚電力」の物理的意味をまとめたい。

〈問答1〉電源からのエネルギー送出量を決める要因は何か。

エネルギー流は如何に

電源が直流であろうが交流であろうが、その電源はエネルギーを供給する元である。電気回路論では電圧と電流という電気量で評価し、解釈する。しかし負荷で利用するのはエネルギー量である。図で、スイッチを直流側に投入すれば、伝送路の電圧は負荷まで主に電源電圧Esによって支配される。負荷までの電圧はどのように決まるのか。何がその電圧を決めるのか。

〈問答1-1〉無負荷線路の電圧 短い電線路を電源につないだ。つなぐ前は電線路には何の電気的意味もない。触れても何も感じられない。スイッチが投入されると、今度は電線に触ることは危険になる。何故だろうか。電線路にどのような電気現象が起きたのか。こんな愚問あるいは哲学問題は決して電気回路論では取り扱わない問答である。皆さんはどう答えますか?電源はエネルギーの供給源といいました。当然エネルギー以外ありません。それではどこにエネルギーをどのように送出するのでしょうか。金属の導線を繋いだのです。導線の中の金属原子結合空間でしょうか。決して『電荷』や電子では解釈困難のはずである。答えは電線路が握っているのでしょう。

〈問答1-2〉 電線路の物理的意味。

単相の2本の電線が張られれば、それは電気エネルギーを伝送する空間を規定する電気回路となる。金属導体が挟む空間は電気要素の静電容量という場となる。負荷があるかないかに関わりなく,エネルギー源の電源に繋がれた時点でコンデンサの機能を持つ。ただそのコンデンサに自動的にエネルギーが流れ込むことになる。流れる速度を規制するのが電気要素のインダクタンスである。それは自由空間を伝播する光のエネルギーの関係と基本的には同じ現象である。ただ、光のエネルギーが伝播するのに電線路はなくても、空間自体がエネルギーを伝送する真空誘電率と真空透磁率の伝送特性を備えているのである。電線路は金属導体で伝送空間が局所的に制限される点が異なる。そこに電圧の2乗の意味が働く。電圧・電流とエネルギーと時空 に答えを示した。

〈問答2〉 電気回路の電気量の波形を観測できる。その波形の物理的意味は何か。表現波形にも観測できる波形とできない波形がある。右に(問答2)観測波形の物理的意味。として回路と検出の図を示した。一般的には電圧と電流波形が普通の観測波形となろう。電圧と電流の積をとれば、電力の波形も観測できる。

 

【回路条件】具体的な回路条件で考えよう。

 

 

 

 

〈問答2-1〉電流波形の物理的意味 不可解な電流の物理学的概念について考える。電荷の時間微分 [C/s] を電流アンペア [A] と定義している。いくら不可解だといっても、オッシロスコープで実際に電流波形が観測できる。電圧波形 v と電流波形 i は図のように簡単に観測できる。ただし、図には電流 i を有効分 ia と無効分 ir に分けた波形も記した。電流波形 i は観測できるが、ia や ir は観測できない。ここでは電流 i についてその物理学的意味を考える。実際の観測は、電流も電流計のシャント抵抗と同じく回路の抵抗降下電圧を検出して、電流と解釈しているのだ。だから、本当に電流という電荷の時間微分値を計っている訳ではない。電線の中の電荷の挙動など観測できる訳ではない。電荷量[C(クーロン)]の時間微分[d/dt]値、電流[A=dC/dt]が流れるとはどの様な物理現象か?例えば、電線路の導線のある点に1[A]が流れるとは電荷がどのような状態と解釈するのですか?ここにも、「見えるもの(波形) 見えないもの(意味)」が隠されている。電流が電線の中を流れる電子の逆流等ととても難しい哲学的で抽象的な概念で解説するのが科学論の論理性に適っているとお考えですか。愚直に、科学論の言わんとする概念や内容を自分の心に共感して納得できるかどうかを追究する過程で、納得できない矛盾に突き当たれば、その矛盾を取り除くにいかなる道があるかを探るだけである。その結果が『電荷』には科学論の基礎概念の資格がないとの結論に達してしまった。だから『電流は流れず』などの表現を使ってきた。電気回路現象から否定した電荷概念が科学論全体にいかなる混乱を与えるか、計り知れない恐ろしさを抱く。考えれば、電流が電荷の何々という意味で理解できない訳で、エネルギーとの関係で捉えなければならないものだ。前の記事電圧・電流とエネルギと時空で示した 電流の2乗  i^2^[J/H] から、線路定数 μ[H/m] による電線路のエネルギー流 μi^2^ [J/m] の意味を捉えた科学技術量が電流だと解釈すればよい。

電流 i を有効電流 ia と無効電流 ir の2つの電流に分離して図に示した。それは次のようになる。

i=ia+ir= √2 ×10 sin(ωt-θ) , ia=11.31sin ωt , ir= -8.48cos ωt

ただし、θ=tan^-1^(12/16)=36.87 [°]=0.205π [rad.]で、力率 cosθ=0.8である。

<問答2-2> 電力波形の物理的意味。電線路の各部で、そこの電力は電圧と電流の積で解釈される。電力工学やその技術感覚では電力と言えば、何の躊躇もなく電圧と電流の積で p=vi [W=(J/s)] と捉えて理解する。

電力波形の意味 この電力とその波形の物理的意味は何かとあらためた考え直すと、よく分からないことに気付く。それは時間軸上に描かれる電力波形が,時刻のその瞬時におけるエネルギーの時間微分という物理的不明確な概念をどのように理解できるかという問題である。電圧と電流の積が電力ということが表現する意味は何か?ということだ。「積」の[×]と言う記号の意味は何か。巷の専門的記事の解説は如何にも当たり前のように電力の単位ワット[W]で納得しているようだ。恐らくすべての専門家が疑問にも思わないのだろう。その常識的基礎の電力の意味が分からないと言えば、専門家の中には入れないだろう。専門家とは共通の学術的基礎の基盤の上に立って論議のできる人たちから構成された職業的繋がりの集団であるから。しかし電力という単位の意味が筆者には理解できないのだ。ある時刻における、ある電線路の位置で、その点の電力という『エネルギーの時間微分値』とはどの様なエネルギー像で捉えればよいのか。[W]は[J/s]で、その電線路の位置の1秒間の値など決して電力波形で表現できる筈がない。時間軸上に表現すればそれはその瞬時の値で時間の長さはない筈だ。1マイクロセカンド[μs]の時間での微分値と言ってもそれは瞬時値ではない。しかしながら、誰もが上の図のように電力の波形 p を描いてその意味を解釈する。その波形の物理的意味が明確ではないにも拘らず。このような論法は、科学技術論の専門的仲間同士の論議にはならないのである。しかし時間軸上の瞬時値波形には決して時間での微分値概念は描けないのである。磁束での変圧器の鎖交磁束の論議と同じく専門的な話が進まないのだ。もともと電圧(磁束の時間微分)、電流(電荷の時間微分)も時間微分値の概念であるから、同じことではあるが。この先の論議が本当の自然現象の物理的意味を探る話になるはずだ。それは哲学道場での論議になる。所謂東洋的削ぎ落しの思考の場となる。物理学とは何かを問う話にもなろう。例によって JHFM 単位で考えれば、電力は次のように表現できる。

電圧[(J/F)^1/2^] × 電流[(J/H)^1/2^] = 電力[J/(HF)^1/2^]

この上の式が表す次元と電力の意味を理解しようと考えても、筆者は電圧と電流の積の物理的意味さえ捉えきれていないのではないか。理解できない、分からないあるいは不思議だと感じた時が、それが新しい理解の道の入り口になるのだ。疑問こそ宝玉、道標。疑問に思わなくなったら進歩は途絶える。書いている筆者自身が分かっている訳でなく、これから答えを探す旅。第一歩は、何が分からないのか探る、その道の入口を探すこと。とボーっと過ぎる時間の中で一つ見つけた。光の速度が空間定数で決まる訳を。それが時間の次元[s]が[√(HF)] と同じ意味である訳が見えた。光エネルギーと速度と時空 の記事とする。電力の意味はその後に託す。電力p[J/s]の意味と解析(1)意味 (2019/09/ 16) に回答の一部を示した。

むすび

この記事のはじめに挙げたように、電力の意味を尋ねて、途中でいくつかの問題に結果をまとめた。電力p[J/s]の意味と解析法(1)意味 にようやく一つの納得できる結論に到達した。次に具体的な負荷特性との関係をアドミッタンス解析法としてまとめて、電力の姿を自分が納得できるようにしたい。

 

空間定数とエネルギー伝播現象

空間とエネルギ-伝播現象の関係を図にまとめてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギー伝播特性 光を含めすべてのエネルギーの伝播現象がその空間定数、透磁率μ[H/m]、誘電率ε[F/m]によって決まると考えてまとめた。細かな点では違いもあるかも知れないが,エネルギー流という物理的実体の流れを総合的に捉えれば、その伝播現象の基本的姿は図のようになろう。特に電気回路の具体的現象を考えると、回路が電線路導体で囲まれた空間内を流れるエネルギー流の現象と見えてくる。長距離送電線路の伝送方程式では、回路定数による分布定数回路としての捉え方が基本となっている。その中に特性インピーダンスZ=√(L/C)[Ω]と伝搬定数γ=ω√(LC) [rad/m] がある。この中で、伝搬定数にはω[rad/s] という角周波数が含まれている。それは定数に入れるべきでないと考え、伝播定数としてγ[s/m]の速度の逆数を定数にした。電気回路のエネルギー伝送現象を考えるにはこの伝播定数の方が分かりやすいと思う。それはエネルギー伝送現象について光エネルギーと速度と時空で、電力p[J/s]の意味と解析法の記事で明らかにした。この電気回路定数との関係を述べた。

むすび 科学技術はその広範な分野に分かれて、それぞれ独自な理論を構築しているように思える。そのため各分野を統合して考察する機会が失われているように思う。未来の科学には生活感覚から観る市民の理解できる易しい解釈・解説が求められる。そこに全体を統合した捉え方をするには、ますます科学全体に共通した矛盾の無い少数の基礎概念の提示が求められるはずだ。その市民科学への寄り添いに科学者の努力と責任が求められよう。そんな意味を込めて、真空空間の空間定数による光エネルギー伝播特性を基準にした、すべてに共通した捉え方の一端を提示した。光と電気エネルギーは同じ空間エネルギー分布波の伝播現象だという意味を。スマホの通信も電気回路も同じエネルギーの伝播現象であることを。