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鉄Feに思う

元素の多様性 元素の多様性は科学の基本認識に成っていて、そこに見えるそれぞれの特有な性質が不思議な世界と成っている。何故それほどに元素毎に異なる特性を示すかが不思議でたまらない。原子の核とその周りの空間形状がどのような特性上の意味を作り出すかがとても興味のあることだ。外殻電子の周回運動での原子論は、原子間の結合に対して矛盾が多過ぎる為、受け入れ難い。そんな単純な疑問を基にして、元素論で、鉄Feが最も安定した位置にあると考えられている。全ての元素は何らかの変化をしながら最終的には鉄元素になるだろうと言うように考えるのが、現在の科学常識論である。そんな科学論が信用できるかと疑問のまま抱えていた。
2014年8月9日朝日新聞記事(be版 e6面) 今さら聞けない 鉄 の記事の内容に触れて考えた。科学論は宇宙の彼方の話に結びつけて語られる場合が多い。この記事もそうである。日本原子力研究開発機構(の小浦寛之研究主幹ら)、原子核物理学の専門家の考えが参考に成った記事のようだ。原子核物理学と宇宙の科学論が繋がる話としての、とても広範囲の学問領域を俯瞰する哲学的専門家の壮大な宇宙論と原子の核論とを結びつけた科学論であるようだ。それを一般市民への啓もう科学論としての意味付けで記事にされているように考えた。
鉄は酸化すると何故赤い? 鉄の酸化・還元の例には良くヘモグロビンが取り上げられる。血液が何故赤いかの解説に鉄の酸化現象で解説される。鉄錆は赤っぽくなる。顔料(ベンガラなど)や絵の具にも鉄分が多いのだろう。鉄錆が赤いのは鉄原子の結合が空間的に変化し、酸素原子との結合での光吸収の原子結合による格子構造に、入射光の波長を変換する変化現象が生じるからである。光を吸収すると言う事は、その光エネルギーを吸収するだけではエネルギー保存則原理を説明していない。酸化鉄がその格子構造内で吸収した光エネルギーの波長を変換して放射するから反射光が赤く認識出来るのである。光が赤い訳では勿論無い。人間の色覚との関係で波長を識別しているだけである。その時の鉄元素がどのように空間的に変化しているかが物理学・化学として究めるべき点である。何しろ原子の空間形状を観測できる科学技術的手法が確立していないため、それは究極的な疑問点・課題でもあろう。

(2014/9/5)追記。人の血液は赤い。マグロの赤身も赤い。検索で調べれば、みんなヘモグロビンやミオグロビンの分子構造の中の鉄原子の酸素結合で解説されている。例えば、マグロ等のミオグロビン分子量は1万7800で、1個のヘムを持つなどとある。1個の鉄原子の酸化がそんなに強力に、マグロの赤身肉の赤色発色の意味を持つだろうか。人の血液も、ヘモグロビンの鉄原子が赤色の原因だろうか。血液中の全成分比率で、鉄原子Feの占める割合は体積、重量比で如何程だろうか。それ程鉄の色彩効果があるだろうか。人が光の中で、赤色波長の6000~7000Å付近の色覚で認識する原因が鉄原子の寸法数Åとの関係で、理解しようとしても空間寸法で何千倍の差をどのように納得すれば良いのだろうか。鉄が水の中に在るからと考えても、その寸法の整合性が取れない。科学論的解説は私のような市民的科学観からは理解困難な事柄が多過ぎる。血液の赤色の不可解を取上げた。

鉄安定論への疑問 新聞記事への単純な疑問がある。鉄と地球磁場。ウランと鉄の行き来過程(ウラン元素まで鉄元素通過後の質量集積過程の理由とウランから質量減少して、鉄元素に戻ると言う意味不明な論理?)。元素構成・変化過程の基の物体・素粒子・エネルギーは何か?水素は何故無く成らないか。水素は何が基か?

8月8日書き出しのままの保存記事。公開し、追記で進みたい。「赤色」は本当に不思議がいっぱいだ。スイカの赤、バラの赤の分子構造は?(9/5)追記。ヘモグロビンの赤の原因が分からないと同じく、何となく似た色の『スイカ』を思い付いた。検索で調べたら、同じように『スイカは何故赤いか?』と質問している。疑問を持つ人が多いようだ。しかし原因がヘモグロビンとは言えないようだ。水の中で赤く見せる謎を市民科学論で解けたら嬉しい。スイカの中味は殆ど水であろう。スイカの中味を構成する格子状の網目が水分とスイカ養分を蓄えているのだろう。そんな切れ目に光が当たると、赤色の光を反射・放射する訳である。入射光を波長変換する光変換作用がスイカの赤色の訳であろう。網目分子空間構造と水分の光屈折現象以外捉えようがない。ついでに、薔薇の深紅も表面の結晶構造が光変換するからと解釈する。光も粒子 等ではない事を理解しないと光の変換作用を感覚的に納得できない。光は波長が変化する。色の世界を尋ねて

燃える『酸素』の力とは?

身近な事を考えると殆ど分からない事ばかりだ。『酸素』は『水素』と同じくとても日常に密接な元素だ。しかし、何も分かっていない事に気付く。酸素がなければ生きては行けない。地球には十分の酸素がある。何も答えを得られないままに『酸素』への疑問だけを記す記事ではある。

その酸素の最大の謎はこの地球上に『いつ、どのようにして酸素ができたか』であろう。水も植物もいつどのように生まれたかが分からない。水と酸素が無ければ地球上に生命は誕生しなかろう。水と酸素が植物をどのように芽生えさせたかと不思議に迷い込んでしまう。

酸素は誰が造るか

酸素の働き

そんな大本にまで答えを探すなどは間違いとしよう。

現実の日常生活の中で、本当に基本と思うような事さえ分からないのである。そこで、酸素の働きとはどんな事かと分類してみた。大体3つ程に成るかと思う。

1.空気中の燃焼 火を使うには酸素が要る。透明のガラス容器に燃料を封入して、レンズでその燃料を加熱しても容器内が真空なら、燃えないだろう。いや、燃えるかも知れない?そんな実験はしてないから、結果は想像するだけである。一応仮想実験として、何の経済効果も無さそうな純粋の『物理学』に特化した考察図を挙げておきたい。仮想真空燃焼実験真空容器の中に可燃性の黒い布切れでも封入した。真空管でも良いが、頭に焦点距離の合うレンズがある。『問答』:日光に当てると、布切れは燃えるだろうか?こんな答の見えない問題が、自然現象としてどれ程考える感性を持っているかの自己評価に成るかと思う。Exhaust pipe(用語?) から真空に排気しているとする。考える時は自由な発想が好ましい。光とエネルギーの関係をどう解釈するか、振動数で説明しても良い。ギリシャでのオリンピック聖火の採火式は太陽光線での加熱(反射鏡)方式である。摩擦熱と同じく、光はエネルギーそのものの縦波の流れである。(2017/10/30)追記。一応問答の『答』を書き足す。想像の結果やはり燃える筈だ。真空中でも布切れが太陽光線エネルギーで加熱されるから、熱分解してガスの発光燃焼になる。従って結果的には真空でなくなる。この燃焼は布切れの熱分解で酸素も発生するから酸素燃焼と言えるかもしれない。結果的には、太陽光線が真空容器内に入るため、元の布切れの質量に太陽光線入射エネルギー分だけ等価質量が増加したと同じ意味で解釈すべきだ。即ち光と質量は全く等価であると言う結論だ。

学術的物理学理論による光エネルギーは、「振動数とプランク定数の積」で解釈する。学術論では、市民が『光の振動数』を認識できなければ理解できない高度な理論なのである。市民的感覚論で捉える事を第一に考えたい。お日様に当たると暖かい。それは光の振動数が体を振動させるからではない。光一粒でも、それはエネルギーそのものの流れであり、身体に入り込み、熱エネルギーに成るからである。その光の流れと観る場合は、光エネルギーが質量(分子)内の空間への蓄積に因るエネルギー変換方式による着火(エネルギー放射)と看做す。これは普通の日常的な酸素の燃焼の働きにも関係するものと看做したい。この燃焼における酸素の状態はどのような変化によるのだろうか。単に酸素が何の変化も無しに、燃料の高温加熱でのガス化だけでは燃焼には至らないだろうと思う。「何を言いたいのか?」と訝しく思うだろう。『酸素』原子の8個の電子周回構造を破棄したいのである。IT検索では、まことしやかに『電子』の増減で様々な酸素の活性化を論じている記事がある。『電子』でなく、酸素原子の状態が環境の熱エネルギーに因りどのようにエネルギーが増加し、活性化されるのかの問題であろう。何で電子同士が二つ重なるような『クーロン則』違反の結合論が罷り通るのか。クーロンの法則を斬るに反して電子の負の『電荷』同士が「対を成す引力」を発生するのかを論理的に説明しなければならない。結論を言えば、空気中の『酸素』も加熱の熱エネルギーにより、そのエネルギー量が増えて、活性化した事で燃焼の力を発揮できるのであろう。『酸素』原子そのもののエネルギー量が増減すると解釈する。

燃焼作用における疑問 熱化学方程式と言うものがある。燃料ごとにモル当たりの発生熱量が異なる。炭素、水素、窒素と酸化の発熱エネルギー量が事細かに分かっているようだ。燃料電池が未来のエネルギー源として注目されている。発電装置としての役割で考えても、結局発生熱の『熱エネルギー』の形を変換しているのでしかない。自然科学は、自然の科学的に解釈する方法で、その仕組みを社会生活に利用できれば、それが主目的であり、科学のすべてである様に捉えられているようだ。だから、『酸素』が燃料の元素と化合して発熱するだけ分かれば十分と考えている。そこには何故かという『問答』が欠けている。物理的本質を理解しようと考えないのが、今までの「理科教育」の実情である。子供達の質問と思うが、IT検索のなかにも貴重な『問答』が多くある。しかし、回答者がその質問に十分応えようと考えていない。お座成りの『こういうものだ』式回答で済ませている。最大の燃焼の疑問は「何故酸素が他の元素と異なる性質・特性を持っているのか」である。原子構造上にその本質が隠されている筈である。それを見極めるのが「物理学」の道であろう。『電子』では決して結論には到達できない。何故窒素と少し異なるだけで、特別な燃焼特性を示すのか?

電気エネルギーと熱エネルギーが異なるエネルギーと考えて欲しくない。電気エネルギーも空間の伝播エネルギーである事から、熱の伝播エネルギーと全く同じものである。『電荷』が実在しない事実に立てば、電子と言う実体概念をどのように考えるかが重要な観点となろう。原子構造上のエネルギーの増減をどのような空間に描くかであろう。生活電気と『光速度』ご参照ください。

2.生体内の生命活動エネルギー生産 生命が燃えるにも酸素が欠かせない。血液循環により生体内のあらゆる細胞・組織の生命の機能保全を司る。細胞が生きるには酸素を必要とし、燃えカスを廃棄する。その運搬の役割を赤血球のヘモグロビンが担っている。ヘモグロビンの寿命も120日で再生されるらしい。時間管理されている生命の循環は世界・宇宙に秘められた絶対的原理と観ると、とても不思議に思える。『癌』は生命の循環の原則から、時間管理(細胞再生循環)の狂いによる絶対的原理違反の宿命と観たかった。生命の全体像を思うと、その細胞一つからの営みが全てに広がり、統制制御される活動全体の姿は何と不思議であるかと驚くばかりだ。人間が設計するロボットがあるが、二足歩行一つをとっても、まっすぐ伸ばした足で、つま先立ち歩行の平衡感覚の全体制御性を比較してしまう。そんな細胞に酸素が果たす役割を考えると、『酸素』元素の力は神の力に思える。どんな秘力を尽くして、生命のエネルギーを生み、そのエネルギーをどのように細胞の活動に生かしているのかと考えてしまう。酸素とエネルギー及びその細胞運動への活かし方に不思議を思う。エネルギーが世界の素原と言う解釈から見ると、指先の筋肉運動にエネルギーがどう生体的・生理学的機能を司っているかを考えてしまう。『鉄』が元素周期の変遷の到達点と言う考えもあるようであるから、世界の循環から『元素』も変遷すると観る。エネルギーが世界の素原であるから、元素もエネルギーの局所化の諸相であると観られる。エネルギーと空間と質量に関連して。

生体・生理学的身体活動とエネルギー 確かにヘモグロビンが末端細胞まで酸素を供給しているのは間違いないだろう。それでは、細胞に酸素が供給されるとその酸素はどのような生理学的働きをするのだろうか。単に細胞内の細胞質の分解・再生の為だけに酸素が使われる訳ではあるまい。細胞の生命活動に酸素が必要な筈だ。活動エネルギーを生みだし、そのエネルギーが何に使われるかが重要な視点に成ろう。筋肉のどのような生理機能がエネルギーを運動に変換するか。皮膚感覚をどのようなエネルギーとして神経伝達機能に生かすのか。それらの生命活動全てが酸素の働きにより造り出されるエネルギーによってなされると観る。エネルギーが筋肉の収縮・弛緩に変換される。それがエネルギーが消費されると言う事の意味であろう。二酸化炭素と酸素の呼吸作用におけるTCAサイクルとどんな関係に成るのか等、観えない事ばかりである。

ヘモグロビンは何故赤い? 赤血球の構成分子がヘモグロビンらしい。赤血球と言うように血の色は赤い。ヘモグロビンで、鉄原子Feが酸素の運び手の役を担っているらしい。廃棄する炭酸ガスCo2の運搬もFeが担うとはなかなか上手いものだ。そんなFeがあるが故に赤色となると解釈すれば良いのだろうか。ヘモグロビンの分子構造に占める鉄Feの比率はとても小さかろう。あの血の赤色はやはり色の不思議に挙げて良かろう。色の世界を尋ねてに重ねてみたい。色彩も不思議がいっぱいだ。

3.水、高タンパク質などの分子構成元素 燃焼を司り、エネルギーを生みだす酸素が水素と結び合えば、その分子が燃焼を消す水になると言う。燃焼と消火を繋ぐのが酸素とは。

光合成と酸素 植物の生命活動。地球上の生命を支える基に成るのが緑の森林である。太陽光線と葉緑素の生命の紡ぎ合いに『酸素』がどんな役割を果たしているかと疑問が増える。