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プランク定数の概念

光とは何か 

光の物理的意味をどのように理解するか。光を振動数や電磁波の横波で論じていてはその本質を理解できない筈だ。光は粒子であり、波動であると言われる。確かに粒子のような性質で解釈できる現象を示し、また波動であると解釈できる現象をも示すであろう。その粒子性と波動性の両方を備えた光の空間像を空間エネルギー分布像 光とは何か?-光量子像-として提唱した。また、光の物理的特性はプランクの定数h[Js]によって決定的に特徴づけられる意味が分かっている。すべての光がプランク定数hによってそのエネルギーの評価が出来るという画期的発見に支えられて、光の特性を理解できると考えてよい。

光とプランク定数

光を述べる教科書には必ずプランク定数が登場する。プランク定数がどれ程重要であるかは、教科書をみれば良く分かる。ところが、物理学での光は振動数で解釈されている。光に振動する物理的実体など全く無いと考える筆者には、その振動数という意味が理解できない。改めて、振動数とは何を意味しているかをエネルギーの縦波との関係で解釈したい。合わせてプランク定数の物理的意味を光エネルギーの空間像との関係でもう一度示しておきたい。

光の空間エネルギー像

光は空間エネルギー分布波の縦波の連続波である。その事は実験で証明できない空間エネルギー密度波での解釈であれば、科学論として受け入れられないかもしれない。しかし、最初から光を振動数で解釈する物理学理論に疑問を持っていた。『エネルギー』に対する電気技術感覚からの違和感であった#脚注(1)。

光の物理的最小単位

光は空間を光速度で伝播する物理的実体である。空間内にある体積を占有する物理量実体である。その実体をどのように認識するかが問われていると考える。光を振動数で解釈するのであれば、光の何が振動しているかを明確に示さなければならない筈だ。筆者は光の実体として、振動数に変えて空間エネルギー分布の最小単位εの連続の縦波で解釈する考え方を提唱したい。

物理的最小単位

表現式ε=hνには空間的な意味を観えない。しかし波長λで表現すれば、空間寸法内のエネルギー量と観ることが出来よう。波長λに因るその光の最小エネルギー量を物理的最小単位εと解釈する。その光の最小単位が占める空間寸法をどのように解釈するかの問題は残るが、波長λに関係付けた体積と考えて良いだろう。このエネルギー量の ε[J]が波長λの空間長さ内に一塊りとしてある分布形を成す物理的実体と看做す。全く質量の無い空間エネルギーの実在体。このエネルギー感覚が物理学理論・概念には無いように思う。その認識が理解されるかの問題と思う。

波長について(2018/09/04)追記

今まで、光の波長λ[m]について無意識にエネルギー分布波の繰り返しの波長として取り扱って来た。その波長は標準的な正弦波の波長とは異なる。一般には正弦波の一サイクルを1波長と定義している。正弦波の一サイクルはエネルギー波で見れば二つのエネルギー波から成り、エネルギー波の2波長分となる。例えば正弦波50[Hz]の電圧波ではエネルギーの波100[Hz]となる。従って電磁波の周波数および波長に対して、エネルギー分布波の周波数は2倍、波長は二分の一の長さとなる。光の物理的実験の経験が無いから実際の光の波長観測の意味は分からない。この事から、振動数νと波長λについての意味もエネルギー波で全て評価して来たので、一般的な定義と異なることを指摘させて頂きたい。

光量子空間像と概念

光の正体で示した図である。(2018/09/03)追記。この光量子空間像の表現には波長とエネルギー分布波形で、波頭値の意味が分かり難い。波長との関係を次の図で示す。

波長とエネルギー分布模様

大よその波長比較として、赤、緑、青および紫外線を念頭に取上げてエネルギー分布模様を描いた。その光の先頭値である波頭値の比較を(波頭値比較)として図の左側に描いた。光の波長で、その作用の強さが異なる訳は周波数の高い程エネルギー分布の波頭値密度が高いからだと解釈する。その波形分布式を次に示す。

光の空間像 

光のエネルギー分布波形を時間を止めた瞬間でのエネルギー分布波形の一つの表現式である。この波頭値Hλ[J/㎥]が波長の4乗に反比例する場合の式である。この表現式はエネルギー分布が進行方向に均等分布平面波との一つの条件での式であり、条件で変わる筈である。光のエネルギー分布の軸性(光の偏光に関係すると考える)は考慮していない波形である。

  プランク定数の物理的概念

光の最小エネルギー単位εの空間寸法λは空間を通過する時間の周期τで置き換えられる。すべての光はその最小エネルギー単位εとその空間通過時間の周期τとの積が一定であるというプランク定数の物理的意味を持っている。特別目新しい内容は無いが、プランク定数の物理的意味は光の空間エネルギー分布形態で解釈する処にあると言えよう。

 

#脚注(1)

  • 金澤:物理学が問われていること 日本物理学会講演概要集 第55巻2号2分冊310頁(2000)
  • 金澤:プランク定数の次元と実在概念 同上 56-1-2、p.310. (2001)

波と量子力学

光はなぜ進むか光と世界 光は不思議の世界を演出する。光のエネルギーはなぜ光速度で伝播するのか。自然を理解するとは楽しくて、難しい。

次の時代を担う子供達の為に何が必要か。競争によって勝ち取らなければ、幸せな人生につながらない様な社会が理想なのか。己と戦うのは自己の社会的貢献に役立ちたい願いの実現に成る。等しく学習する権利と環境は経済的な格差の無い状態で、すべての子供達に与えられる事が社会的制度の基本だ。学習環境の一つに教科内容があり、そのあるべき姿はどうであるか。最近「波」について、その教育内容を考えてしまうことが増えた。教育内容が大学への専門的知識の詰め込みに成ってはいけないと考える。全ての人がある程度科学技術について理解できなければいけない時代に成った。現在の科学技術は新たな革新的成果を実現する程余裕のない段階に達してしまったのである。技術的開発の飽和状態に成ったしまった事を認識すべきである。自動車を生み出す、冷蔵庫を考えだす、トランジスタラジオを作り出すなどの社会生活の革新的変革はもう望めないところに来たのだ。科学技術革新の飽和の時代なのだ。その事を知って欲しい人が、経済、政治、金融、法律などの社会制度の構築を仕事とする方々なのである。その事を知らずに未来の社会制度を考えては、実に危険な事に成るのだ。人手が足りないから、人件費が経済利益の業績に負担だから、チャップリン(街の哲学者)が指摘したロボット化社会の人の道具化視点社会が許されるのか。危険な科学技術に、無人運転機械(自動車、ドローン)の街中への導入は代表的な科学技術社会の未来の危険を目指す物になる。エレベータがどんな技術、電力(動力)で運転されているか。津波の原因は何か。クレーン運転の安全はどう保たれているか。海水温の上昇がどんな気象災害に結びつくか。先日のフィジーでの強風災害の秒速90メートルが何故発生するか。みんな日常生活に結びついた事柄である。

波はエネルギーの縦波 光は自然世界の波の代表である。光のエネルギーはプランク定数 h[Js] によって解釈される。電子の描像を捉えるのに粒子と波動の二つの見方で理解されているのが現代物理学理論の実情である。その理論的基礎を成すのが量子力学である。ド・ブロイの波長、シュレーディンガー波動方程式などがその量子力学理論の基礎として構築されている。その発端になったのが、1900年に発表された、マックス・プランクの放射理論で、光解釈の不思議な概念の基本定数・プランク定数hである。波動と言えばシュレーディンガーとなるが、そこには運動エネルギーとポテンシャルエネルギーしかなく、オイラーの公式の虚数概念に基づく解釈法が採られている。そんな虚数が自然世界の実像を描写できる訳がないのに、数学的抽象化の虚像科学論の専門科学になっている。電子の描像を波動性と粒子性のジレンマから抜け出せない原因も虚数に象徴されている。

写真198プランク定数 10の-34乗と言う途轍もない小さな数値である。量子力学理論の根幹を成す定数だ。この定数について長い事疑問のままで来た。科学理論の世界を支配している定数と言えよう。しかし私は、その論理性、正しさを未だに認識できないのだ。

プランク輻射式の解剖プランク輻射式の解剖 (1)式が論文に示された式である。単位[J/m^4^]は書かれていない。この式から導出されたプランク定数hが長い科学理論の歴史を彩り、現在の科学界を支配していると言ってよかろう。その式の持つ意味を一応簡略に書き換えたのが(4)式である。さてこの定数の何を疑っているかである。密閉した金属の壺、黒体の内部空間から放出される光の温度変数に対する放射スペクトラム曲線を示していると言うが、その測定が可能かに疑義を呈するのである。どんな測定法で、E[J/m^4^]の物理量を測定できると言うのか。まさかE[N/m^3^]でもないだろう。何方がこの測定結果を検証したのだろうか。光の波長を分離して、各波長ごとに正確に測定できると考えるのでしょうか。光の強度は光束量の単位ルーメン[lm]で計るが、人の目で感じる感覚も比視感度によるフィルタにより、受光する光のエネルギー量の強度には比例しない。光エネルギーを正確に測定する全波長に亘って、波長分離して計測できる方法など存在するのだろうか。しかも単位が単位であるから。また、黒体の内部空間構造が球形であるか、立方体であるかによって、放射光のスペクトル分布曲線も異なると考えられる。空間内部反射によってその分布も異なるだろうと考える。先ずその黒体放射分布を確認したいものだ。誰も検証しないで認めていたとしたら、科学理論の実験的検証論拠は如何なることになるのか。上のプランク輻射式の解剖は熱輻射理論に関する考察で述べ、プランク定数を解剖するでも論じた。この熱輻射理論については、文献「熱輻射と量子 物理学古典論文叢書1 物理学史研究刊行会編 東海大学出版会」の論文翻訳によって学習させて頂いた。また光の空間エネルギー描像はプランク定数の概念に基づいて考察した。光の一波長分でも、各光はそれぞれの波長ごとにエネルギーの基本単位を持っている。その光量子描像を光とは何か?-光量子像ーに示し、そこでプランク定数の概念についても解釈を示した。しかしそれで全てが解決し、納得できた訳ではない。その疑義がプランク輻射式の単位、次元の問題である。(2016/05/03)追記。プランク定数の物理的概念、それは次元から上の記事に描いた解釈以外は無かろう。それは波長λ[m]の光一粒のエネルギーをε[J]とすれば

h=τ×(H/e)×λ^3^ [Js]

=ε×τ [Js]

ただしτは一波長の周期[s] 、H/e は光波頭エネルギー密度の平均値[Jm^-3^] およびλ^3^は光一粒の占有体積[m^3^] である。なお、プランク輻射式の次元の問題は実験的に確認しなければならない問題として残る事になる。

光はなぜ進むか 光は光速度で進むから、それだけで十分で何も考える必要はない。それ以上の問答は「哲学」の領域だと言われるかもしれない。じゃあ哲学者が論じられるか?やはり自然科学者の領分であろう。光が進む物理的原理があろう。その自然現象の本質を認識出来るか出来ないかを子供たちに伝える事が大切な「理科教育」である。生物学で、生命を支配する遺伝情報のDNAが何故4つであるのかもこの上ない不思議の世界である。解ったふりをするより分からない事を伝える事がより大切なのである。それが「考える」教育なのである。しかし波がエネルギーの縦波である事位は理解し、教育に組み込むべきである。光が何故進むかの疑問に答えるには、電気回路のエネルギーの振る舞いに着目することがその一つの道標となろう。電線路間の空間にエネルギーがどのように、何に縛られて伝送されるかを理解しなければならない筈だ。真空空間を電波が何故損失無く伝送されるか。自然空間の科学技術論の解釈概念である「誘電率と透磁率」の物理的意味を認識することと、電気回路の『共振現象』におけるエネルギーの振る舞いとの関係を総合的に認識すべきである。そこに自ずから答えが見えて来る筈だ。数学的抽象化だけに頼らず、自然を見詰める心が大切である。

プランク定数を解剖する

自分でも驚いている。1990年秋には、家に閉じこもって光の意味を空想していた。プランク定数の次元に悩んでいた。今、現代物理学の量子論の根幹をなすプランク定数の意味について意見を言うことになるなど、人生の不思議を考えてしまう。全てが不思議な縁に導かれていたようだ。1997年、日本物理学会に入会させてもらった。長岡技術科学大学の電気系の二人の先生に推薦をお願いしたのが始まりだった。結果としてご迷惑の事ばかりで、申し訳ない。標題 プランク定数を解剖する としたが、昨年記事にした熱輻射理論に関する考察 を見て、改めて重要と思って取り上げた。2000年に、新潟大学で日本物理学会第55回年次大会が、プランクの記念大会でもあった事を知り、翌年第56回年次大会で プランク定数の次元と実在概念 として発表した。その切っ掛けは量子論の光エネルギーの表式が e=hν [J] で捉えられることに納得できなかった事である。電力技術からすれば、エネルギー量はその総量が幾らであるかで考えるが、量子力学では、光の量がどんなに強かろうが弱かろうが、ただ「周波数ν」で解釈する捉え方に実在性を無視しているとしか考えられない思いが強かった。光一粒という意味を空間にその姿を描いたらとの思いから発表した。第55回年次大会、新潟大学大会で、物理学が問われていること として、その一つに[量子力学におけるエネルギー概念]を取上げて示してある。そんな疑念を発表した年がプランクの記念大会であったことに触発されて踏み込んだ事でもある。プランク定数には電力技術からは全く縁も無い分野でありながら、プランク定数の是非について論じるとは、不思議な縁と言わざるを得ない。外村氏の 量子力学:その基礎への日本の寄与 日本物理学会誌、第60巻、第1号、6頁に触発されて、2006年第61回年次大会で 量子論の起源を問う (第61巻、第1号、第2分冊 p.394)を発表した。

その論文の式(6)に誤りがあった。

光量子エネルギーは ε=λ^2^∫δ(x,t)dx=He^-1^λ^3^      J     (6)

とすべきところ、エネルギー伝播面積λ^2^ が欠落していた。その時に提唱した式を示したのが、昨年の記事 熱輻射理論に関する考察 である。

 

光とは何か?ー光量子像ー

(2019/05/06)追記。光量子波頭値Hの光作用性の意味についてプランク定数の概念に記した。

現代物理学理論は人類の知的財産である学問の積み重ねとしての叡智の宝庫であるように見られている。そこには、自然世界の認識の仕方でどのように分析・判断するかに二通りの観点がある様に思う。同じ自然世界を見るのに、インドを源流とする東洋哲学と近代科学文明を推進して来たヨーロッパの西洋哲学の二通りに分けられると考える。そこには人類発祥の源流にさえも遡る異質性が潜んでいるかも知れないと感じる。東洋哲学は無駄を排除して、純粋な一つを求め続ける思考の求道の精神が基本にあると感じる。それに対して、現代物理学の根底を成す基本を分析すると、西洋的思考の特徴が西洋哲学と同一の歩調を成して拡大構築する基本的特徴で捉えられると感じる。物理学的概念はその認識に於いて、共通の解釈基盤に『数学と数式』がある。宇宙空間にまで人類が行き来できる科学技術の成果を獲得してきた原動力はすべて、西洋の自然科学論がその基を成している。それほど、西洋哲学的思考が自然世界の征服に主導的役割を果たしてきた現実に対して驚きを持たずには理解できない。私がそのように思う事の原因は、現代物理学がその数学的解釈法に基づいて構築されて来たその『基礎概念』に自然の真理を読み取ることが出来ない程の違和感を抱かざるを得ない事態を来たしている事である。その代表的概念を二つ挙げれば、『電荷概念』と『光子振動数』となろう。電荷の否定については今まで多く論じてきた。もう一つの「振動数」という概念を否定する、あるいはその曖昧さを明らかにするために、「光量子像」についての空間的実在性を込めて、論じて見たい。物理学理論は数学的解釈法が主流であるが、それでは不十分であるだけでなく、認識の曖昧性を放置する事態を来たしている。現代は、空間にその基礎概念を明確に描ききって見せる事が『科学者』に求められていると言いたい。その意味で「光量子像」を論じることが、極めて重要な現代的課題の解決の糸口になると考える。光量子像を空間的な視覚概念で捉えるべく、提案して来た。その光量子像を提案するに当りどんな事を考えたかを纏めた。それが上の「光量子とは?」である。光とは何か?-序章ー(2011/09/30) から相当時間が経過した。その具体的な光量子についての解釈を述べたい。先ず初めに光量子一粒の空間描像を示す。その表式、空間的エネルギー密度分布式 δq(ζ)である。

上の(1)式が光量子の空間密度分布を表現したものである。なお、ここに記す内容はすでに2008年12月『詩心 乗せて観世の 帆掛船』物理学解剖論Ⅱ 空間エネルギー で述べたり、日本物理学会の講演概要集に発表した。しかし重要な意味を含んでいるので、一般の市民的理解の広がりの為に書き足したいと思う。普通の科学論は数学的な手法で、高度な数式がその表現の基本であろう。しかし私は空間にその実像を認識できないと良く分からないのである。想像するにも頭の中に描けなければ、理解できない不都合な能力である。上のその意味で、何とか描く空間像をまとめ、それを「具象図」として示した。その光一粒の空間像なら、誰でも理解し易かろうと思う。少し科学に近い論を展開しようとすると、どうしても数式で論じる事も必要になる。そこで「抽象図」として表現したのが、変数ジータζで時間tと位置xを光の1波の波長λ、その周期タウτにより正規化した変数表現で表した。抽象図とは大げさの様であろうが、余りにも高度な数学で表現される「科学論」は誰の為の解説かと不満を持っているので、その抽象化の意味を考える為にも成るかと思ったからである。抽象の代表格である虚数なども何の役に立つのかと。大工の棟梁が建造物を設計するに、その空間構造を頭に描くような事と同じ科学論であってほしい。このエネルギー密度分布式は、その初めは「雷の衝撃波」が自然のエネルギー流の形状を備えているとの認識から取り組み、導き出したものである。その為に、雷と指数関数 を予め書き記した。

光量子の体積積分 光量子の空間エネルギー密度の(1)式を空間の積分により、その光量子一粒のエネルギー量を算定できる。変数 ζは空間の位置と時間に因るが、時間を停止した状態で捉えれば、空間だけに注目して積分すれば良い。また、ある位置に停止して光速度で通過する光量子のエネルギー通過量を時間積分しても同じ事である。その変数の定義域とエネルギー密度波頭値を整理した表式(1’)を示す。

 

その(1’)式の指数関数の積分で、光量子1粒のエネルギー量が算定できる。結局、光量子のエネルギーは振動数νとプランク定数 h との積のhν ジュールと同じ結果には成る。しかし、振動数という概念は光量子が何か横ぶれしながら運動エネルギーを持って光速度で流れるような印象を受ける。光子あるいは光量子1粒という空間の実在認識には、振動数という概念は捨てるべきものである。ν= c/λ=1/τ [s^-1^] のような波長λあるいは周期τで表記することが望ましいと考える。

光量子空間像の解説 一応数式による光量子像を表した。しかしその意味を捉えるには具体的に考える必要があろう。そこで、ナトリウムの炎色反応でオレンジ色の波長で考えて見よう。

 

プランク定数の物理的意味と波頭値H 結果的には当たり前の結論になった。光量子のエネルギーとその周期の積という意味で解釈できる。

プランク定数hは上のように結局光量子1粒のエネルギーεとその光速度で通過する時間の周期τとの積という事に成る。それは普通の物理的「定数」という概念に該当するのだろうか。元もと、光量子のエネルギーは ε=h/τ という式であるから、当然の結果ではある。どんな周期の光量子に対してもそのエネルギーは周期の逆数に比例し、その係数がプランクの定数だと言う意味で取れば、確かに定数と言えよう。h=ετ と書き換えて見た時、プランク定数 h という「定数」の意味なのだろうか、これが「定数」という意味だと理解すべきなのだろうか。(2016/08/02)このようにプランク定数の意味を解釈すれば、光エネルギーのエネルギー密度波頭値Hに、その衝撃波形のエネルギー空間分布の鋭さが隠されているから、その意味で光量子の作用力が決まると考えれば良い。