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雨蛙と自然

梅雨の終わりには豪雨災害に悩まされる。最近は災害の犠牲が尋常でない。

自然の巡り会わせで、気になるのが雨蛙である。今日は7月4日、ネジバナの咲くころだ。日本雨蛙 (2011/05/16)をはじめ関連記事を書いてきた。英語では Tree frog と言う。木のカエルで、雨と関連した意味が見えない。その意味には水に関連したカエルでなく、木に生息するカエルという意味で解釈したい。日本語では雨との関係で表現する。しかし、雨蛙は余り水が好きではないようだ。何故「雨」の文字を付けて呼ぶかと言えば、梅雨の時期の雨が降った頃に多く発生するからという意味で付けたと解釈したい。丁度今頃の特に梅雨の終わりごろ、ネジバナが咲く頃に雨蛙は多く生まれることに関連して付けたと思う。不図気づけば、小さな雨蛙が幾つか全く水辺の無い庭に生まれていた。

先ず一つ。

 

 

 

 

 

 

2匹目。

 

 

 

3匹目。

 

 

 

 

4匹目。

 

 

 

 

 

5匹目は素早く逃げられた。今年の雨蛙を見て、少し気になることがある。どうも雄系ばかりの様な気がする。雌はもう少しぷっくり太った形の筈だから。それにしても、それ程逃げ足が速くないから、2,3匹目あたりは形態から雌かも知れない。

少し雨が降ったから、土が柔らくなって、土の中から生まれ出たのだ。最近は以前のように3,40匹も生まれることは無くなったが、数匹は生まれ出る。時には9月頃になっても生まれる蛙もいる。

ここは全く水が無い場所だから、土の中から生まれ出るのだ。親雨蛙は春に既に土の中から這い出している。雨蛙がオタマジャクシから成長すると言う、専門家の自然認識は間違いである。雨蛙は、人の目に触れ時には決して尻尾は見せないのが雨蛙の自然の生態だから。学校教育で、水田の中からオタマジャクシを採って、育てる愚かな観察がある。とんでもない間違いだ。

最初から常識的な、頭で決めてかかる自然解釈が間違った論理を広めるようだ。

自然をじっくり観察し、疑問を持ってから自分の感覚と自然との間の関りを見つめ直すことをしてほしい。

専門家と言う使命。専門家は受けた教育を受け継ぎ、広める業界の枠組みの中で社会的役割を担う事に成る。だから、津波の解釈やあらゆる科学論がその先輩の指導の枠の中での社会活動の定めに在る。さもなくば指導に反旗を翻した道しか残されない。 雨蛙―その謎― (2011/08/31) にその意味の一端(2006年7月の事)がある。

雨蛙の「オタマジャクシ説」をその代表例として挙げる。

 

ネジバナと雨蛙

(2021/04/03) 追記。日本雨蛙の誕生は丁度ネジバナが咲く時期と重なるようだ。その誕生花は7月4日のようだ。開花時期が6月~9月となる。雨蛙は春には道に多く群がる。カラスなどのエサにもなる。しかしそれは冬を越冬した雨蛙の成虫である。新生児の雨蛙は梅雨の時期の雨で土が軟らかくなった、ネジバナが咲く時期に初めて地上の世界に生れ出る。それは弱弱しい細くて小さな姿だ。長さも1㎝程だ。それは深夜に生れ出る。しかし、その尻には既に決して尻尾はない。オタマジャクシは必ず尻尾を見せる。尻尾を人に見せるカエルは日本雨蛙ではない。日本雨蛙は水溜まりなど無い所の土の中から生まれる。土の中で細い糸状の、白い尻尾の有る絡み合った一塊に成って群れている。それが土の中の日本雨蛙の誕生前の姿だ。その時は長い尻尾がちゃんとある。しかし地上に生まれる前にその尻尾は尾の中に消えてしまう。だから水中のオタマジャクシのように人には尻尾を見せない。田んぼの中に日本雨蛙は卵を産まない。

梅雨時で空気が湿っている。雨も土を湿らせ、十分に降った。丁度ネジバナが草の中に咲いている。晴れ間に草藪に近づくと、雨蛙が跳ねて草むらに逃げ込む。

ネジバナネジバナ 梅雨時に咲く独特の個性。

新生雨蛙新生日本雨蛙 日本雨蛙はきっと真夜中に土から出て来るのだろう。本当に産まれたばかりの日本雨蛙を確認出来ないから、その大きさは知らない。先日1っ匹だけそれらしいものに出会った。太さはマッチ棒ほどで、体長も1cmに満たない程であった。久しぶりに、田圃の畦近くで探した。見付けて写真に撮ろうとしても、逃げ足が速く、近接写真は採れない。この写真は追いかけて適当にシャッターを切った中の1枚である。田圃わきの側溝に逃げる蛙。運良く逃げる蛙が収まっていた。これでも、産まれたばかりでないかもしれない。ここには少し大きめの1っ匹と小さな蛙6っ匹程が写っている。

日本雨蛙の「雨蛙権」のために、オタマジャクシ論を撃退したいと頑張った。せめて学校でオタマジャクシを飼育する雨蛙学習というのはやめて欲しい。

このブログを書かせて頂いたきっかけはやはり日本雨蛙の事であった。当初は、spaces.live.com の記事であった。有り難いと感謝です。