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トランジスタのオン・オフ機能と理論の間に?

突然理解不能の事態に遭遇する。電力用トランジスタは相当大きな電力でも自由に高速でスイッチング素子として制御可能な優れた機能素子である。半導体理論を余り学習して来なかったから、トランジスタのスイッチング機能に何の不思議も気付かなかった。

トランジスタとは スイッチング機能の優れたトランジスタの動作機能については簡単に解釈して納得していた。ところが不図気付くと大変な誤解であったのかと理解不能に陥った。

トランジスタとは トランジスタのスイッチング機能を利用する面から単純に感覚的に認識していた。その回路をベース側に電磁石コイル制御電流でコレクタとエミッタ間の接点制御回路として理解していた。スイッチング機能の理解にはこれで充分であった。しかしトランジスタのN型、P型半導体の接合体として捉えると、二つのダイオードが逆向きに接合された構造であることが分かる。コレクタ側からベースを通してエミッタへ電流を流すとすると、どう見てもコレクタ側のダイオードは電流の流れない逆方向である。どのような製造過程でN-P-N構造の半導体接合部ができるかは知らない。しかしN-P-N型の積層構造であると説明されているから、基本的にダイオードが逆向きで接合されていることになる。ダイオードの機能を解説する時、N型からP型へは逆向きだからダイオードは決してONして電流が流れることはないと言う。謎(p n 接合は何故エネルギーギャップ空間か)でダイオードの意味を考えたので、トランジスタはどうかと考えて見た。

トランジスタはオンするか トランジスタのオン・オフする機能の原理が分からなかったことに気付いた。

オンするかオンするか トランジスタに印加する電圧の極性でスイッチング素子としての機能が働くかどうかが分からない。考える頼りはダイオードの機能であるPN接合とそこに掛かる電圧の極性だけである。難しい量子力学の電子運動論は、自分にとっては、理解できる範囲を超えているから無理である。上の①,②と③の各場合の印加電圧の極性でどうなると考えれば良いか。

③が何故オンするか 何故オンするか不思議だ。

何故オンか?何故オンするか 一通りそれぞれの場合のB-C間に掛かる電圧Vbcを考えて見た。Vbcが正ならコレクタ側のダイオードはオンすべき順バイアス電圧である。①と③はB-E間はオンである。②はB-E間が逆バイアスでオフである。さて、①は勘ではオンすると思うが実験してみないと。エミッタ電流と逆向きの兼ね合いでB-C間を通る導通か。②もB-C間での導通のオンになるか。従って①と②はスイッチング機能はないことになる。問題は③が何故スイッチング機能を発揮するかである。理論解説では、ベース電流に対応するエミッタからの注入電子がp型半導体のベース領域を通過中に殆ど90%以上がコレクタ側に注入されるとなっているようだ。それがB-C間の逆向きダイオードの逆流電流を可能にすると説明されている。そんなダイオード機能の逆向き電流を流す理論はどこから生まれたのかとても不思議だ。どんな解説でも、ダイオードの本質的原理を打ち消すようなことだけは言って欲しくない。仕事が無い(1939/12/01 舞鶴鎮守府へ?職歴も書けない故)哀しさから時々、御免なさい(お恥ずかしいことです)。P-N junction 内のエネルギーギャップが解釈の要になろう。『電荷』ではなかなか理論の矛盾を取り除けない。現在まで科学漫遊の旅を経ても、特別研究対象と言える専門もなく、光量子の空間エネルギー分布概念や三相交流回路の瞬時空間ベクトルと何とも取り柄のない始末に負えない存在の浮遊体のようなままに在る。少しトランジスタのスイッチング機能のエネルギーに特化した見方を展開してみたいと思って筆を置く。

光に関する記事 しばらく離れていたが、大事な知って欲しい光の概念がある。もう一度まとめてみたい。

ダイオードの機能

歴史をひも解けば、二極真空管から鉱石検波器を経て半導体のダイオード更に三極のトランジスターが発明・開発されて現代の情報化社会に繋がって来た。半導体というシリコン、ゲルマニュウム元素との組み合わせで照明のLEDと科学技術に支えられた生活環境に生活している。その科学技術を支える科学基礎理論がある。その理論構築の根底を成す基礎概念に『電荷』がある。長く科学技術とその基礎理論の意味を考えて来たが、どう考えても『電荷』だけは自然科学理論の基礎概念としての基盤を成す物理量として実在するものとは考えられないと言う結論になる。ダイオードやトランジスタを電気回路のスイッチング素子として取り扱う電力変換技術の観点から、最も簡単なダイオードの半波整流回路を取上げて、その回路での『電荷』の意味を考えてみようと思う。昔パワーエレクトロニクスという半導体技術を東京工大、宮入研究室で半年ほど勉強させて頂き、またアメリカの本から教えられ、その技術の眩しさに興奮し、その回路技術の基礎を学習したことがある。しかし『電荷』の存在を疑うようなことは意識の片りんにも上らなかった。当然ながら今のような『電流は流れず』などという自己(電流に頼りっきりの電気回路論の信奉者)否定の電気現象解釈など全くなかった。『電荷』無しには電気回路を解析することなど不可能であった。それが何故今その『電荷』を否定することになってしまったのか。世界の先人が築き上げて来た学術理論の根底に異議を唱えることは哀しいが、何も人と争う事でもなく自分の自然観に忠実である以外道はないので止むを得ないかと思う。

(2018/10/11)訂正追記。以下の単相半波整流回路に因るダイオードの機能の解釈は不適切な内容であった事に気付いた。回路はそもそも電源側の直流偏磁現象の為整流機能がうまく働かない。回路が単純だからコンデンサの電荷概念の否定の説明を兼ねての心算が大きな誤算でした。ダイオードのスイッチング機能として、pn接合で p側が n側よりエネルギーレベルが高い事に因るエネルギーギャップがダイオードのスイッチング機能の基になっている。p側の電位がn側の電位より高くなれば(低い電位がエネルギーの多い状態である)、エネルギーギャップが解消され、ダイオードはスイッチのオン・導通状態となる。このエネルギーギャップとスイッチングの関係は謎 (p n junction は何故エネルギーギャップ空間か)に説明があった。この機能とコンデンサ電荷充電という電気現象解釈の電荷概念否定の為の整流回路は単相全波回路で考え直したい。以下の記事(半波整流回路の記事)は回路および直流電圧波形等で間違いが有り不適切でありました。お詫びいたします。後日時間を掛けて書き直したいと思う。

(2018/11/05)追記。ようやく決まったので以下に追記する。

整流回路 

図1.整流回路図1.整流回路 単相全波整流回路を取上げて、ダイオードの機能を考えたい。4個のダイオードを単相交流電源に繋ぐだけで直流電圧が得られる。コンデンサを繋げば比較的一定の直流電源になる点で多用される。この回路表現は負荷側からの直流電源として見る場合には有効かもしれない。しかし、ダイオードの動作機能を考える時、初めて学習する人には分かり難いかもしれない。

図2.回路と表現

図2.回路と表現 図1.の回路の表現を変えてみた。負荷の電源としてでなく、ダイオードの動作を考える回路として分かりやすいかと思う。①の回路を見れば、ダイオードDaとDcおよびDbとDdがそれぞれ逆向きに交流電源に繋がれているから、電源短絡のような事故は起きないと分かり、安心出来る回路と理解出来よう。後はどのように交流電源電圧を負荷にダイオードのスイッチングで印加するかの解釈である。

ダイオードのスイッチング機能

図3.オン・オフの疑問 ダイオードDaとDcが逆向きに繋がっている。交流電源電圧vが図の極性の時、DaがオンしてDcがオフになる。何故そのようになるのか?ダイオードDcがオフなら、ダイオードDaに電圧が掛らない筈だからオンする理屈が見えない。ダイオードDaの陰極側のn型半導体は電位的には宙に浮いている筈だ。しかし、普通は何の疑問も持たずに、ダイオードDaがオンするから、当然Dcはオフになると解釈して安心する。もう一対のDbとDd側からの関係で決まるかと考えても疑問は晴れない。ダイオードのスイッチング機能で、技術感覚では単にスイッチで置き換えて違和感もなく動作を理解する。しかし、厳密にはダイオードのpn junction 内部ではオン・オフの切り替え時にエネルギーの処理に時間が掛る筈である。その間には二つの逆接続ダイオード間で、微妙な切り替え動作が起きている筈と考えたい。その微妙な切り替えが極めて安定に済む点がダイオードのスイッチング機能として優れている処と考える。ダイオードのエネルギーギャップの処理が自動的に安全に働く意味にその機能の優れた点があるとして理解したい。このダイオードが切り替わる過渡状態を転流区間と言う。その時如何にも電源短絡かとさえ見えるが、オフする側のダイオードは逆バイアスによりオフ機能がより強く、速く働くと考えたい。

ダイオードとスイッチ

 

 

図4.ダイオードとスイッチの機能 

電力回路の回路技術では、意識としてはダイオードをスイッチと置き換えて解釈する。ダイオードは僅かな電圧降下を持つがスイッチはそれが殆ど無い。ダイオードは電流が一方向しか流れないがスイッチは両方向に流れる。その違いはダイオードのpn junction 部の内部エネルギーギャップに原因がある。ダイオードの自動的なオフ機能にその優れた特徴がある。実際の回路で考えると分かろう。

スイッチングと回路動作

図5.スイッチングと回路動作 ダイオードの動作機能をスイッチで置き換えることなど実際にはできない。しかし回路のスイッチングの状態を理解するには、ダイオードの代わりにスイッチで考えるのが便利だ。スイッチのオン・オフを制御してダイオードのような電源電圧の処理を行う事など無理である。だからスイッチで整流回路を表現するのは理想論としての表現法である。その上で、スイッチの電流方向がダイオードと同じ一方向にしか流れないとの動作で捉えたものである。ダイオードのオン・オフは負荷によってその状態が決まる。3つの場合に分けてスイッチングを示した。

1.純抵抗(R)負荷 実際は電気配線があれば、厳密な純抵抗など無い訳である。電線は分布回路であるから。しかしそれは無視して大まかに考えて純抵抗負荷とする。この場合は電源電圧の正負の切り替わりと同時に、スイッチが切り替わる。電源電圧の極性が図のように正の時、スイッチSaとSd(ダイオードDaとDdがオン)する。次に半サイクルではスイッチScとSb(ダイオードDcとDb)がオンする。だから負荷端子にはその時の電源電圧がスイッチのオンに依って、そのまま現れる。それが整流された直流電圧となる。この時、電源側から整流回路を見れば、単に抵抗回路に電圧を掛けたとしか見えない。

2.誘導性(R-L)負荷 少し直流回路に誘導性のLが含まれた状態である。スイッチの切り替わる時刻が電源電圧の正負の切り替わりより遅れてスイッチングが起こる。負荷の誘導性のエネルギーの吸収・放出が電源電圧位相から遅れて現れるためである。その負荷のLのエネルギー処理のためダイオードが電源電圧に逆らって、オフ出来ずに遅れるのである。直流電圧値は低くなる。

3.純誘導性(L)負荷 極端な場合であり、こんな負荷は実際には無い。この場合は電源から整流回路を見たとき、全く単純な単相L負荷回路と同じものになる。電流が位相90度遅れの波形と同じである。スイッチングは電源電圧の最大値の時に切り替わることになり、直流電圧はゼロとなる。

以上が書き換え内容であり、御迷惑と混乱をお掛けして申し訳ありませんでした。

以下の(#)印区間は書き換え対象の前の記事であるが、一部「電荷」についての解釈は重要であるので残したい。

(#) 半波整流回路 何か昔に工作した覚えの有る回路だ。ダイオード一個を使ったスイッチング回路を考察の題材にしてみよう。

%e5%8d%8a%e7%ab%af%e6%95%b4%e6%b5%81%e5%9b%9e%e8%b7%af半波整流回路 コンデンサへの突入電流を避けるためにリアクトル l を使う。普通は抵抗を使うが、電気回路要素の3つを取り入れようかと思った。回路要素のそれぞれの値で、回路動作も変化する。それぞれの電圧、電流がどのようになるかは、この図からは決まらない。なお物理現象として回路解釈をしようとすれば、電流や電圧では表現できないのであるが、電気技術論として解釈するより方法がないので、電流、電圧での解説となる。『電荷』概念の矛盾を論じようとするのに、『電荷(質量を持った電子)』の逆流としての電流(質量はないのか?)を使うとは、論法としてそれこそ矛盾だと非難されるであろうが。実はこの回路の考察はクーロンの法則を斬るで自分の宿題にして置いたものでもある。

 

正の『電荷』と負の『電荷』の二極性 世界の科学理論は二種類の『電荷』の物理量(クーロンの物理単位)に基づいて構築されて来た。しかし電気回路の電流においては『電子』という『電荷』と『質量(これは殆ど理論では無視されている。単に『電荷』だけならそれで良いが電子となれば質量も無視できない筈と思う)』を保持した素粒子が金属導体などの中を流れると解釈する。その電流では不思議なことに、正の『電荷』は必要ではない。電気導体の中を観察できれば『電子』が流れているかどうかは納得できる筈だが、それは無理であろう。二極性論とでも言えば良いかと思う程、人の思考方法に馴染みやすいのが二つの対極的概念を掲げて、比較する方法のように思う。人間の思考における『事象の分析法』では、何かの基準との比較によって自分の立ち位置を理解するのが分かり易いのではないか。他の人より収入が多いか、少ないかで考え易い。一般的には「常識」という社会通念が物事を評価する基準として便利に使われる。人が立って、自分の空間との関係を理解するに「上と下」という二つの基準も天と地の理解に容易に結びつく。ブラジルと日本で「上と下」を考えれば、宇宙の上下など、その二極性は無意味であることに気付くであろうが、日常生活では原理や真理など無関係に、感覚的に捉え易ければそれで十分立派な基準なのである。見渡せば『男と女(厳密には二極ではないが)』、『好きと嫌い』『暑いと寒い』など適当に二極で解釈するように思う。味覚は「甘い、苦い、酸っぱい、辛い」などと多極のようだが。そのように考えると『電荷』の正と負も、電気現象を理解するにも感覚的に人間の根底にある日常的思考形態に合致する二極性で捉えることに有効であるからであったように思える。

『負』 ←  [零]  →  『正』

数学の数の概念が拡張され『負』の数の存在を理解することになった。しかし実際には『負』のもの等実在しないのだ。[零]の発見という哲学論は難し過ぎるが、[零]とは『負』と同じく存在しないとしか見えない。前と後ろの距離を計っても、どちらも『正』の距離なのである。数学という方式に当てはめて考えると『正』と『負』が便利だと言うだけなのであろう。

半波整流回路の『電荷』 半波整流回路の負荷側のコンデンサには『正』と『負』の電荷が蓄えられると解説される。

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%e9%9b%bb%e8%8d%b7%e5%95%8f%e7%ad%94電荷問答 電気技術者も直流電圧と言えば、プラス、マイナスの『電荷』で解釈する。しかし『電荷』が変圧器コイル巻線内で分離・生成するとも考えられない。『答え』としての結論は『電荷』でなく『エネルギー』がコンデンサ内に貯蔵されるのである。コンデンサの『エネルギー』が負荷で仕事、熱あるいは光エネルギーに変換されると考えれば、『電荷』が中和してそれらの仕事に変換されると言う曖昧な論理から解放される筈だ。『電荷』概念と『エネルギー』概念を並べて、どうかと比べて見ても、どちらも人の感性に頼る総合的な理解・認識が出来るかどうかの問題になるから、証拠を目の前に示して軍配を上げることには成らないであろう。雷が水蒸気の熱エネルギーの爆発現象だと言っても、電力工学部門の専門家による過去の研究実績から『電荷』否定の論法は否定されるかもしれない。科学技術、科学理論の歴史の重みが社会的「常識」の基準から抜け出すことには大きな障壁となっているだろう。結局は『電荷』を信じるか疑うかはそれぞれの人の自然現象との対話を通して得られる感性に依って決まるものでありましょう。ただプラスとマイナスの『電荷』が衝突して、あるいはコンデンサの『電荷』が放電して、「光(ランプ負荷抵抗などから)」が放射される時、光は何が光になったかまた『電荷』はどこに消えたのか、その答を皆が考えて欲しい。(#)

上に述べた「電荷」と整流現象の意味は、そのまま残しておく。