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波と量子力学

光はなぜ進むか光と世界 光は不思議の世界を演出する。光のエネルギーはなぜ光速度で伝播するのか。自然を理解するとは楽しくて、難しい。

次の時代を担う子供達の為に何が必要か。競争によって勝ち取らなければ、幸せな人生につながらない様な社会が理想なのか。己と戦うのは自己の社会的貢献に役立ちたい願いの実現に成る。等しく学習する権利と環境は経済的な格差の無い状態で、すべての子供達に与えられる事が社会的制度の基本だ。学習環境の一つに教科内容があり、そのあるべき姿はどうであるか。最近「波」について、その教育内容を考えてしまうことが増えた。教育内容が大学への専門的知識の詰め込みに成ってはいけないと考える。全ての人がある程度科学技術について理解できなければいけない時代に成った。現在の科学技術は新たな革新的成果を実現する程余裕のない段階に達してしまったのである。技術的開発の飽和状態に成ったしまった事を認識すべきである。自動車を生み出す、冷蔵庫を考えだす、トランジスタラジオを作り出すなどの社会生活の革新的変革はもう望めないところに来たのだ。科学技術革新の飽和の時代なのだ。その事を知って欲しい人が、経済、政治、金融、法律などの社会制度の構築を仕事とする方々なのである。その事を知らずに未来の社会制度を考えては、実に危険な事に成るのだ。人手が足りないから、人件費が経済利益の業績に負担だから、チャップリン(街の哲学者)が指摘したロボット化社会の人の道具化視点社会が許されるのか。危険な科学技術に、無人運転機械(自動車、ドローン)の街中への導入は代表的な科学技術社会の未来の危険を目指す物になる。エレベータがどんな技術、電力(動力)で運転されているか。津波の原因は何か。クレーン運転の安全はどう保たれているか。海水温の上昇がどんな気象災害に結びつくか。先日のフィジーでの強風災害の秒速90メートルが何故発生するか。みんな日常生活に結びついた事柄である。

波はエネルギーの縦波 光は自然世界の波の代表である。光のエネルギーはプランク定数 h[Js] によって解釈される。電子の描像を捉えるのに粒子と波動の二つの見方で理解されているのが現代物理学理論の実情である。その理論的基礎を成すのが量子力学である。ド・ブロイの波長、シュレーディンガー波動方程式などがその量子力学理論の基礎として構築されている。その発端になったのが、1900年に発表された、マックス・プランクの放射理論で、光解釈の不思議な概念の基本定数・プランク定数hである。波動と言えばシュレーディンガーとなるが、そこには運動エネルギーとポテンシャルエネルギーしかなく、オイラーの公式の虚数概念に基づく解釈法が採られている。そんな虚数が自然世界の実像を描写できる訳がないのに、数学的抽象化の虚像科学論の専門科学になっている。電子の描像を波動性と粒子性のジレンマから抜け出せない原因も虚数に象徴されている。

写真198プランク定数 10の-34乗と言う途轍もない小さな数値である。量子力学理論の根幹を成す定数だ。この定数について長い事疑問のままで来た。科学理論の世界を支配している定数と言えよう。しかし私は、その論理性、正しさを未だに認識できないのだ。

プランク輻射式の解剖プランク輻射式の解剖 (1)式が論文に示された式である。単位[J/m^4^]は書かれていない。この式から導出されたプランク定数hが長い科学理論の歴史を彩り、現在の科学界を支配していると言ってよかろう。その式の持つ意味を一応簡略に書き換えたのが(4)式である。さてこの定数の何を疑っているかである。密閉した金属の壺、黒体の内部空間から放出される光の温度変数に対する放射スペクトラム曲線を示していると言うが、その測定が可能かに疑義を呈するのである。どんな測定法で、E[J/m^4^]の物理量を測定できると言うのか。まさかE[N/m^3^]でもないだろう。何方がこの測定結果を検証したのだろうか。光の波長を分離して、各波長ごとに正確に測定できると考えるのでしょうか。光の強度は光束量の単位ルーメン[lm]で計るが、人の目で感じる感覚も比視感度によるフィルタにより、受光する光のエネルギー量の強度には比例しない。光エネルギーを正確に測定する全波長に亘って、波長分離して計測できる方法など存在するのだろうか。しかも単位が単位であるから。また、黒体の内部空間構造が球形であるか、立方体であるかによって、放射光のスペクトル分布曲線も異なると考えられる。空間内部反射によってその分布も異なるだろうと考える。先ずその黒体放射分布を確認したいものだ。誰も検証しないで認めていたとしたら、科学理論の実験的検証論拠は如何なることになるのか。上のプランク輻射式の解剖は熱輻射理論に関する考察で述べ、プランク定数を解剖するでも論じた。この熱輻射理論については、文献「熱輻射と量子 物理学古典論文叢書1 物理学史研究刊行会編 東海大学出版会」の論文翻訳によって学習させて頂いた。また光の空間エネルギー描像はプランク定数の概念に基づいて考察した。光の一波長分でも、各光はそれぞれの波長ごとにエネルギーの基本単位を持っている。その光量子描像を光とは何か?-光量子像ーに示し、そこでプランク定数の概念についても解釈を示した。しかしそれで全てが解決し、納得できた訳ではない。その疑義がプランク輻射式の単位、次元の問題である。(2016/05/03)追記。プランク定数の物理的概念、それは次元から上の記事に描いた解釈以外は無かろう。それは波長λ[m]の光一粒のエネルギーをε[J]とすれば

h=τ×(H/e)×λ^3^ [Js]

=ε×τ [Js]

ただしτは一波長の周期[s] 、H/e は光波頭エネルギー密度の平均値[Jm^-3^] およびλ^3^は光一粒の占有体積[m^3^] である。なお、プランク輻射式の次元の問題は実験的に確認しなければならない問題として残る事になる。

光はなぜ進むか 光は光速度で進むから、それだけで十分で何も考える必要はない。それ以上の問答は「哲学」の領域だと言われるかもしれない。じゃあ哲学者が論じられるか?やはり自然科学者の領分であろう。光が進む物理的原理があろう。その自然現象の本質を認識出来るか出来ないかを子供たちに伝える事が大切な「理科教育」である。生物学で、生命を支配する遺伝情報のDNAが何故4つであるのかもこの上ない不思議の世界である。解ったふりをするより分からない事を伝える事がより大切なのである。それが「考える」教育なのである。しかし波がエネルギーの縦波である事位は理解し、教育に組み込むべきである。光が何故進むかの疑問に答えるには、電気回路のエネルギーの振る舞いに着目することがその一つの道標となろう。電線路間の空間にエネルギーがどのように、何に縛られて伝送されるかを理解しなければならない筈だ。真空空間を電波が何故損失無く伝送されるか。自然空間の科学技術論の解釈概念である「誘電率と透磁率」の物理的意味を認識することと、電気回路の『共振現象』におけるエネルギーの振る舞いとの関係を総合的に認識すべきである。そこに自ずから答えが見えて来る筈だ。数学的抽象化だけに頼らず、自然を見詰める心が大切である。

隕石突入の衝撃波

隕石の衝撃波

2月15日ロシアに隕石が落ちた。自然現象としての驚きの衝撃を受けた。どこに落ちるか分からない、予測不能の宇宙の事件だ。なかでもその衝撃波のすごさに驚いた。自分なりに解釈しておきたくなった。強烈な摩擦熱の発光現象だ。熱の高温度発光・爆発現象だ。閃光を伴い、後に物凄い空気圧の衝撃波に襲われたようだ。建物が破壊される程の爆発力だ。

衝撃波 その本質をどう解釈するかだ。図にまとめてみた。空気が熱膨張して、その圧力波が衝撃波の基である。その強さは波頭のエネルギー密度の大きさ H[J m^-3^]で決まろう。しかも空気伝播のエネルギーの縦波の単一衝撃波である。空気を媒質とした熱膨張エネルギーの伝播であるから、音速の伝播速度なのであろう。熱による空気膨張だから、「ボイル・シャルルの法則」に従う現象である。ただ、圧力膨張エネルギーは空気を移動させる訳ではない。水の津波エネルギーと同じく、空気にそのエネルギーを乗せて、伝播放射させるのである。衝撃の強さは空気に乗ったエネルギーの波頭が障壁に衝突した時その破壊力を現わす。その破壊力を今回の隕石衝突映像で何度も見せて頂いた。建物に到達したとき、ガラスが微塵に砕け散る様子が見えた。その衝撃波に耐える障壁なら、その波は反射して、逆の方向にその障壁が新たな波動源として広がるであろう。硝子のような瞬間の圧力に弱い障壁は硝子の表面積に到来する圧力の積分で衝撃波頭密度が急激に上昇するから、一溜まりもなく粉砕されてしまう。その圧力上昇は空気の圧縮として襲う訳である。この現象を思うと、光が硝子に入射するときの『屈折現象』の事に思いが繋がる。波とは不思議なものである。一度方向が決まると、どこまでもその最初の方向性を保ちつづけて、エネルギー伝播を成し遂げる。ぶつかるまで方向性を変更しない縦波である。光と同じエネルギーの縦波と観る。衝撃波は基本的に単一波である。光で、『光子』あるいは『光量子』と言うが、その本質も単一波と解釈できる。光も横に振動する実体など何もない。光一粒と言う事も横波の振動概念を捨てなければ、その解釈の曖昧さは消えない。光とは何か?-光量子ーで一粒の光の姿を空間像に示した。波動の数式による解釈の科学的常識はシュレーディンガー波動方程式による解法のようである。それは波動が振動すると言う基本認識に立っている。だから、周波数や振動数の変数の導入が欠かせない。衝撃波のような単一波はその解析のルールには当てはまらない。コンピュータ波動分析で、周期性の無い衝撃波はどのように解析するかが興味ある疑問である。空間エネルギー分布像の認識が基本的に重要となる。エネルギーそのものの空間伝播現象の認識である。質量に付帯するエネルギーでない、エネルギーそのものの実在性の認識である。運動エネルギーや位置エネルギーでない概念である。質量に依存するエネルギーは質量と共に移動伝播する現象になってしまい、隕石突入の場合で、衝撃波のような質量(空気)の移動しない波動現象は運動方程式で解けないのではないか。理科教育で、『エネルギー』の実相を認識した改革が必要であろう。

波動論における振動数とは何か?

『波はすべてエネルギーの縦波である』この事を物理学理論の根幹に据える事。「横波概念」は本質の理解に妨げになる。(2013/02/12)追記。

物理学で「振動数」や「周波数」の概念なしに理論構築は難しい。シュレーディンガーの波動方程式が波動論の基礎を成しているのであろう。光もマクスウエル電磁場方程式との関係で論じられる。私の論は、余りにも既存の物理学理論とはかけ離れているため、物理学の専門家からは文学論だと酷評される。「振動数」とは何かと問う人はいないであろう。それは物理学にとっては基本中の基本であるから、それ無しには物理学が成り立たないのである。しかし物理学の「曖昧さ」は「波は横波である」と言う認識に在る。ニュートリノさえ「振動数」が幾らと言う事で論じられる。何がどのように振動すると言うのかを説明しないで済ますことに大きな矛盾を内蔵する原因がある。マックスウエルの電磁場方程式と言えば、普通の市民には立入れない内容であるため、適当に誤魔化されて済まされてしまう。電界と磁界と言う実在しない仮想概念で構築された方程式に反論しようにも反論する事も出来ないのである。無い物で作った物を対象に議論は成り立たないのである。光を測定すれば、干渉縞や波長などの計測器で、過去の共通した解釈法での範疇からの結果で判断するだけである。『電流計で計るもの?』と同じ意味で、単に横波と共通専門解釈をしているのである。横波が、何が横にどのように振れると言うのかを問えば答えられないのである。波・波動論の『振動数』一つを実在空間の中に描けるかと問う事でも、現代物理学理論は答えられないのである。(2013/02/12) 以下追記。パラボラアンテナでの電波変換現象に「縦波」の本質がある。宇宙電波望遠鏡も光の縦波エネルギー流を捉える技術である。放物面反射現象を利用している。それはただ光エネルギーの縦波を放物面の焦点に集めるだけである。どこにも横波の解析は入る余地が無い。パラボラアンテナと正反射に縦波の参考記事。