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電気物理(コイルの電圧)

はじめに
考えるということはどう言うことかと思った。分からないこと、疑問に思うことは突然頭の中に浮かび上がる。しかも、その内容は至極当たり前で、、今まで特別気にも留めないものである。しかし、不図気付くと何故か答に窮してしまう。それが標題の『コイルの電圧』の意味である。電気物理(電圧時間積分とエネルギー)を書きながら、コイルの電圧の意味だけ確認して置かなければと気付いたのでここに纏めたい。

統合するということ
電線路は空間を通してエネルギーを供給する設備であると前から述べ理解していた。電流と言う負の電荷の電子など電線を流れていないと理解していた。そこにコイルの機能を物理的にどう理解すべきかと考えたときに、磁束を電圧時間積分として納得していたにも拘らず、磁束飽和とコイルエネルギー貯蔵の関係を統合して理解していない事に気付いた。解った心算でいただけで、本当は分かっていなかったのだと。ここで、この難問にどう始末を付けるかと気分が暗闇に落ち込む。様々な電気現象の中からパズルの組み立てのような、何か忘れている駒札が無いかと探る。考えることは忘れものを拾って結びつける作業のようだ。その仕方は決して理屈で考えるというものと違い、自分の感覚に馴染むものを探し出すような精神的作務のようである。何か特別にどう研究するという事ではない。ただ「ボー」と思い悩むだけのようだ。今回の経験はそんな感じの答えへの道であった。

納得したこと コイルの電圧とはどんな意味を持っているのだろうか?と一瞬思い直した。『電圧時間積分』と言う意味を大切なことと理解していながら、電圧が線路の空間エネルギー分布の解釈技術概念であるという事との繋がりで意識していなかった。磁束が物理的実体でないことを唱えながら、磁束飽和現象と言う意味とエネルギー貯蔵の意味との統合に失調していたことに気付いた。

電圧とエネルギーギャップ コイルの回路解釈は電流iと電圧でvで解釈する。コイルのインダクタンスL[H]とすれば、コイルの貯蔵エネルギーはW=(1/2)Li^2^[J]と流れるコイル電流の瞬時値[A]の2乗で評価する。この数式による解釈が電気磁気学、物理学の世界の常識である。この式で理解するということは、そのエネルギーはどこにどのように分布していると考えるのだろうか。一方コイルはその特徴を磁束で解釈する。磁束とエネルギーの関係をどのように理解しているのだろうか。磁束が直接エネルギーと同じとは理解していない筈だ。結論は上の図のように、電圧の極性の負側の導線近傍にエネルギーの高密度分布が存在し、そこからコイル導線近傍にエネルギーが入って行く。コイルの導線同士の間の空間にエネルギーが分布し、そのコイル全体にエネルギー分布が行き渡った時、コイル内のエネルギー分布が平衡し、エネルギーの貯蔵余裕が無くなった時コイル端子間のエネルギーギャップが零となる。その状態がコイル端子電圧零の状態である。電圧から見れば、コイルにはエネルギーが貯蔵されているにも拘らず、コイル端子がスイッチで短絡された状態になる。これがコイルの端子電圧の物理的意味である。電気回路におけるスイッチの物理的意味が、そのスイッチの端子間のエネルギーギャップの有る、無しの意味と同じようなことである。実際はこのようなエネルギーギャップの意味をスイッチ端子間の『電荷』分布で解釈している訳である。その『電荷』は自然界に実在するものではないのだ。

トランジスタのオン・オフ機能と理論の間に?

突然理解不能の事態に遭遇する。電力用トランジスタは相当大きな電力でも自由に高速でスイッチング素子として制御可能な優れた機能素子である。半導体理論を余り学習して来なかったから、トランジスタのスイッチング機能に何の不思議も気付かなかった。

トランジスタとは スイッチング機能の優れたトランジスタの動作機能については簡単に解釈して納得していた。ところが不図気付くと大変な誤解であったのかと理解不能に陥った。

トランジスタとは トランジスタのスイッチング機能を利用する面から単純に感覚的に認識していた。その回路をベース側に電磁石コイル制御電流でコレクタとエミッタ間の接点制御回路として理解していた。スイッチング機能の理解にはこれで充分であった。しかしトランジスタのN型、P型半導体の接合体として捉えると、二つのダイオードが逆向きに接合された構造であることが分かる。コレクタ側からベースを通してエミッタへ電流を流すとすると、どう見てもコレクタ側のダイオードは電流の流れない逆方向である。どのような製造過程でN-P-N構造の半導体接合部ができるかは知らない。しかしN-P-N型の積層構造であると説明されているから、基本的にダイオードが逆向きで接合されていることになる。ダイオードの機能を解説する時、N型からP型へは逆向きだからダイオードは決してONして電流が流れることはないと言う。謎(p n 接合は何故エネルギーギャップ空間か)でダイオードの意味を考えたので、トランジスタはどうかと考えて見た。

トランジスタはオンするか トランジスタのオン・オフする機能の原理が分からなかったことに気付いた。

オンするかオンするか トランジスタに印加する電圧の極性でスイッチング素子としての機能が働くかどうかが分からない。考える頼りはダイオードの機能であるPN接合とそこに掛かる電圧の極性だけである。難しい量子力学の電子運動論は、自分にとっては、理解できる範囲を超えているから無理である。上の①,②と③の各場合の印加電圧の極性でどうなると考えれば良いか。

③が何故オンするか 何故オンするか不思議だ。

何故オンか?何故オンするか 一通りそれぞれの場合のB-C間に掛かる電圧Vbcを考えて見た。Vbcが正ならコレクタ側のダイオードはオンすべき順バイアス電圧である。①と③はB-E間はオンである。②はB-E間が逆バイアスでオフである。さて、①は勘ではオンすると思うが実験してみないと。エミッタ電流と逆向きの兼ね合いでB-C間を通る導通か。②もB-C間での導通のオンになるか。従って①と②はスイッチング機能はないことになる。問題は③が何故スイッチング機能を発揮するかである。理論解説では、ベース電流に対応するエミッタからの注入電子がp型半導体のベース領域を通過中に殆ど90%以上がコレクタ側に注入されるとなっているようだ。それがB-C間の逆向きダイオードの逆流電流を可能にすると説明されている。そんなダイオード機能の逆向き電流を流す理論はどこから生まれたのかとても不思議だ。どんな解説でも、ダイオードの本質的原理を打ち消すようなことだけは言って欲しくない。仕事が無い(1939/12/01 舞鶴鎮守府へ?職歴も書けない故)哀しさから時々、御免なさい(お恥ずかしいことです)。P-N junction 内のエネルギーギャップが解釈の要になろう。『電荷』ではなかなか理論の矛盾を取り除けない。現在まで科学漫遊の旅を経ても、特別研究対象と言える専門もなく、光量子の空間エネルギー分布概念や三相交流回路の瞬時空間ベクトルと何とも取り柄のない始末に負えない存在の浮遊体のようなままに在る。少しトランジスタのスイッチング機能のエネルギーに特化した見方を展開してみたいと思って筆を置く。

光に関する記事 しばらく離れていたが、大事な知って欲しい光の概念がある。もう一度まとめてみたい。

電気回路とスイッチの機能

電気回路に欠かせないものにスイッチがある。エネルギーを負荷に供給したり、遮断したりする役割を担うのがスイッチである。一般には電線路に流れる電流を切ったり、流したりする役割として理解しているだろう。その考え方で『オームの法則』を理解するには十分である。しかし、電流とは何か、電子とは何かと電気現象の本質を物理的に理解しようとすると、単に電線路のオン、オフというだけの捉え方では十分その意味を捉え切れていないと言わなければならない。前回電圧ーその意味と正体ーで電気回路の電圧の意味を捉え直した事により、電気現象の本質に迫れ、より感覚的に納得できるようになった。その空間のエネルギー分布からスイッチの機能を考え直してみたい。多寡がスイッチと言うけれども、その奥には深い意味が隠されているのだ。そこにこそ、科学技術と自然現象との間に横たわる人間を理解する哲学的真理が垣間見えると思う。

『エネルギー』の空間実在性の認識 『エネルギー』とは決して『運動エネルギー』と『位置エネルギー』だけではない事を認識すべきである。ややもすると、科学論の基礎認識としてエネルギーは『運動エネルギー』と『位置エネルギー』であるとの認識から論説が始るように思える。それは、現代物理学の教科書的教育の現状に原因がある。私はその自然科学論にとても違和感を抱くのである。例えば「空間のエネルギー」と検索する。そこには驚くような意味不明の精神論と関係付けるような記事まで現れる。科学論を論じる方は、電気磁気学にも十分精通しているものと思う。電気回路でコイルを思い描けば、そのコイルの巻線内の空間に『エネルギー』が蓄えられるというのが電気工学では常識となっていると思っている。しかし『空間エネルギー』がそのコイルに存在しているとの認識が無いなら、その『エネルギー』はどこに在ると考えるのだろう。どうも理論物理学では、『運動エネルギー』と『位置エネルギー』の二つのみで『エネルギー』を解釈していて、空間に存在する質量無しの『エネルギー』の実在性を認識していないからであると考えざるを得ない。そうでなければ空間に『エネルギー』が存在すること位は日常生活で、感覚的に分かる筈であろう。このコイルのエネルギーには『質量』はない。『運動エネルギー』と『位置エネルギー』は必ず『質量』をその拠り所としている。『質量』の無い空間の『エネルギー』を認識しているかどうかの問題である。その『エネルギー』認識のために、この電気回路のスイッチとその機能と言う視点で考えてみたい。

電源から負荷へのエネルギー供給 乾電池などの電源から負荷(懐中電灯など)に『エネルギー』を供給する。それは懐中電灯を点けることになる。スイッチを閉じて(オンして)、そのままにして置けば、いずれ電源(電池)の『エネルギー』を使い切ってランプは暗くなる。その時何を使ったのかと言えば、それは電流でも電圧でもなく、『エネルギー』を使い果たしたのだ。その時の『エネルギー』とはどんなものかを電気回路の中で理解しているかという問題である。電気回路のスイッチとは、『エネルギー』を取り扱う機能だという事である。電気回路のスイッチの機能を『エネルギー』との関係で考えてみよう。

直流回路の空間エネルギー

回路とスイッチ回路とスイッチ  スイッチ二つの単純な回路である。この回路を見てどのような事を思うでしょうか。先ず二つのスイッチがオフの時。考えて欲しい事はどこに電圧が掛っているかです。当然スイッチの間の空間に電圧が掛っている筈です。何故そこに電圧が掛っている事に成るのでしょうか。その意味は『電圧』とは何かと言うことです。それは空間のエネルギー分布によって決まる技術的評価量である。

写真298等価回路とエネルギー分布 スイッチがオフのときの電気回路の状態は回路導体で囲まれた空間にエネルギーが分布しているのである。

その静止したエネルギー分布は電気回路としては、スイッチを含め、空間にコンデンサが分布し、それぞれそこにエネルギーが保有されているとも見做せよう。その様子を表現すれば、色付けしたエネルギー分布の図のようになろう。あくまでもおおよその分布表現でしかなく、正確な分布を書き記すことなど出来ない。このスイッチオフの状態から、スイッチ投入したらどのようなエネルギーの流れが生じるだろうか。回路空間の様子を考えてみよう。

写真299スイッチS2投入 回路導体で囲まれた空間全体が『エネルギー』の流れの過渡状態に成る。回路空間全体がコンデンサとコイルの分布した過渡現象状態を経る。 直ちに定常状態に入り、普通の抵抗の回路になる。

交流回路のスイッチ

交流回路とスイッチ交流電源電圧をスイッチでオン、オフ制御する場合を取上げて考える。正弦波交流電圧に対して一定周期でスイッチを制御するとする。次の記事への橋渡しの意味も込めて、『半導体素子』のスイッチング機能を含んだ動作を取上げた。

上の制御はスイッチをある位相αでオンし、電圧値が零でオフするものとする。しかし負荷が誘導性負荷の場合には、誘導性リアクトルの貯蔵エネルギー分の処理に問題が生じる。即ちスイッチを切って接点が離れても、負荷の保有するエネルギーがある限り負荷を切り離せない。その為スイッチの接点間に火花が発生し、少し回路のオフが遅れる。その遅れ分の角度βを消弧角と言う。

交流回路の空間エネルギー分布 直流電源の場合と異なり、電線路空間のエネルギー分布はその電圧周期に従って常に変動し続ける。その空間のエネルギー変動はほぼ光速度に近い即応性で対応する。スイッチ接点間の電圧も電源電圧とは周期の遅れと値で異なるだろう。

スイッチ機能のまとめ 『オフ』は接点間で『エネルギーギャップ』を支える。『オン』は『エネルギーギャップ』を零とする。

ダイオードの機能 (2016/09/17)

トランジスタのオン・オフ機能と理論の間に (201705/23)

物質のエネルギー準位

科学漫遊の旅から観えて来たことがある。世界に存在する物質は、すべてそれぞれ特有の『エネルギー準位』を持って存在すると言えるように思う。しかもそれはその存在する環境(温度、圧力など)によって変化する。比熱、誘電率、膨張率など様々な物理的特性によってその『エネルギー準位』の様相が特徴づけられる。物質同士の接合、接触によって特徴的な様相を示す。その一つに『触媒』の不思議も挙げられよう。『エネルギー準位』とは必ずしもその物質の保有するエネルギーと断定できなかろう。その物質がその外部空間に存在する物質に対して影響する空間へのエネルギーの支配力のように思える。基本的に物質の保有エネルギーはその質量自体もエネルギーの局所化したものであり、質量の基はエネルギー(光など)そのものであるから。

半導体のエネルギー準位 半導体で、p型とn型半導体に分けられる。シリコンSiに前後の周期律元素を添加すると、その混合結晶の間にエネルギー準位の違いが発生すると考える。その接合面で、エネルギー準位の差、即ち『エネルギーギャップ』が生じると考える。それぞれp型半導体とn型半導体の抵抗率はどんな値かと思って検索するが、p型だけは5.0 Ωcm とあるがn型は幾らか分からない。どうしても『フェルミレベル』の解釈では理解できずに勝手に自己流の解釈で評価したくなった。『疑問』は教育的な意味で生徒学生に提示する有効な意味にもなろうかと思う。当然現在の理論を解説したうえでの事ではあるが。その事は学生に考える手立てや研究の励みを与える事にもなろう。(2017/05/17)修正。

 

電池電圧と『エネルギーギャップ』

考えない理科の村で科学を学ぶ 科学リテラシーと言う用語がある。みんなが科学に理解ある社会に成ろうということなんだろう。しかしそれには余りにも多過ぎる分野と内容を覚え、記憶する必要が高い絶壁となって道にそびえる。科学リテラシーの最大の問題は教育する側の「考えない教育者」の問題であろう。日常生活での不図思い付く科学的疑問に答が得られないのは何故だろうか?『乾電池の電圧』は何故1.5ボルトなのか?『鉛蓄電池の電圧』は何故2ボルトなのか?答は突然難しい化学反応方程式で説明されて、『電子』が解説の主役の舞台の演舞場となる。観客は化学方程式を覚えないと『電池電圧』の値の訳が理解できないのかと、必死に科学の学習に努める。しかし、その内に『電池電圧』を尋ねる事も忘れて、理科の村のしきたりに同化されてゆく。こんな理科教育はいけないよ。どこにも『電池電圧』の訳を解説するものが無い。教育者が化学方程式から、『電子』をとりだして鉛蓄電池のセルの電圧が2ボルトに成る事を説明できなければ、『電子』による科学論の科学リテラシーなどと言えなかろう。『電子』を取上げる時、それには『質量』と『電荷』が対等にある筈なのに、電気回路に成ると『質量』は置いてけ堀にされるが、それで『電子』の顔がたつのだろうか。筆者も『電子』『電荷』という科学概念が理解できないため、『エネルギー』一つを頼りに考えて来た。電池の原理を問うで鉛蓄電池について述べたが、昨年からの電気回路の線路電圧のエネルギー分布の解釈が纏まった事から、電池電圧の意味を改めて考え直してみた。
何が電池電圧を決めるか

電池電圧の命題電池電圧の命題 電池には多くの種類がある。乾電池、鉛蓄電池、太陽電池更に燃料電池とその動作原理が異なるように見え、しかもそれぞれに決まった電池電圧の値を発生する。その電圧値に成る訳を説明できないようである。科学理論は数学の解析式で解釈するのが高度の科学論と誤解されているようだが、電池電圧値の訳さえも数式では決して示せない事を良く認識すべきだ。『電子』や『電荷』では決してその電池電圧値を論理的に説明できないのだ。
エネルギーギャップ 『電子』で電圧の発生原因を説明できないとなれば、他に何かその自然現象としての本質的な原因がある筈である。

鉛蓄電池の原理鉛蓄電池の原理 鉛蓄電池の基本単位はセルと言われ、その端子電圧が2[V]に決まっている。それを6個つなげると12[V]の電源となる。電池については全くの素人がこんな事を書き記すのは所謂科学者としては専門家から見れば論外の話に成る。化学魔の還元ー電池電解編 には標準的な解説が成されている。その解釈には満足出来ずに、上のような意味で電池電圧の意味を解釈する。電圧の発生原因を陰極電極の金属元素の鉛Pdと電解液の希硫酸H2SO4間の接触面で『エネルギーギャップ』が生じる事と観る。すべての電圧発生原因は陰極に掛かっていて、陽極は殆ど影響なしと解釈したい。更に鉛蓄電池の放電現象の説明を見ると、陰極面の鉛が硫酸との化学反応で表面が白く覆われると有るから、勝手に亜硫酸鉛PdSO3 が出来たからでないかと考えた。その意味は、陽極PdO2がエネルギー的に硫酸と平衡していると考え水発生の意味をエネルギー放出の原因と捉えたからである。燃料電池のエネルギー放出の直接的原因は水素と酸素の反応の水発生である。水は生命の基であるだけその世界は限りない謎を含んでいる。水のお伽の世界 に描いた絵図のように水の生成・分解は『エネルギー』そのものの根本原因を成している。鉛蓄電池も水の生成として陰極面の『エネルギーギャップ』を電池電圧の空間エネルギー分布として負荷へのエネルギー供給に資するものと考えた。

物質間のエネルギーギャップ 物にはその物に特有の特質がある。特に純度の高い金属、気体あるいは分子、原子となるとそれぞれ特質が際立つ。硫酸は物を溶かす化学的性質が強い。その製造方法では、硫黄から酸化硫黄更に水と反応させて、硫酸となる。その製造過程では、すべての過程で発熱現象を伴うように説明されている。普通は分子結合で発熱を伴えば、基の物質の方がエネルギーを多く保有していて、分子結合によって熱エネルギーを放射すれば、そのエネルギー分だけ結合分子のエネルギーは減少すると考えたいが、最終段階で出来上がった硫酸はその化学的反応作用の強さを考えれば、むしろエネルギーの保有状態が高まっているとしか考えられない。その訳が理解できない大きな疑問として残る。物理現象、化学現象を考える時、先ずその現象の前後に置いて、『エネルギー保存則』は成り立っているかを思う。鉛蓄電池の電解液と言う硫酸の化学的反応力は何故そのように強いのかをエネルギーの保有の対象物質への影響力に成るからだと考えたい。硫酸の持つ特有な性質が何故生まれるのかを『問答』として取り上げるかどうかが「考える理科」の課題であると思う。蓄電池は放電すると電解液の比重が低下する。硫酸が分解して、水分子に成る変化と考えたい。その『水』の分離のエネルギー放出を蓄電池のエネルギー源と考えたい。金属鉛と硫酸との二つの物質間の保有エネルギーレベルの境界面での処理現象が『鉛蓄電池』のエネルギー源としての原理と観たい。物質とエネルギーレベルあるいはエネルギーギャップの問題は熱エネルギーと金属の接合問題として、トムソン効果、ペルチエ効果、ゼーベック効果などに観ることのできる現象である。