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光とは何か?-序章ー

世界は光で出来ている 世界を、その全体像を認識するに『光』の意義を捉えずには不可能である。極論を言えば、世界は光で出来ている。熱とは何か?と言う問いに対して、結局の結論は光に結びつく。質量は何か?と言う問いに対しても、光に導かれる。(2013/09/22)追記。世界は光で出来ているは、エネルギーと空間と質量に繋がる意味である。十九世紀末から二十世紀初頭に掛けて、キュリー夫妻により『放射性元素』の存在が明らかにされ、1900年にMax Planck がプランク定数h[Js]の概念を発表した。1905年にはアインシュタインが『光子(photon)』の概念を発表した。この時代が物理学の新しい展開の基礎となったと考えられる。それから100年が過ぎ、科学技術が生活に革命的に浸透した。しかし、物理学基礎理論がその科学技術の生活と科学意識に役立ち、重要かどうかを検証しなければならない瀬戸際に立たされていると感じる。放射性元素から放射される粒子や光、地球の生命を育む太陽光線。宇宙の果てから届く星座の放射光。人だけに留まることなく、あらゆる万物がその世界の光と共に生きている。物理学と言う学問の専門分野に入れば、科学の発見に基づく知見で光の世界を解釈する。市民の光との関わりとは異なる関係で学問体系が構築される。しかし、光の世界を認識するのに、学問的解釈が日常の市民生活とかけ離れた世界観で在ってはいけない。日常生活が科学の世界観と共通の世界認識に繋がらなければ、科学の意味が無いであろう。光をどのように捉えるか、認識するかはそれが世界の真理を捉えるに欠かせない基礎となると考えている。日本物理学会で、2000年にプランクの業績(発表から100年)を讃えて、特別の大会を開催したように記憶している。第55回年次大会?が新潟大学で行われた。『物理学が問われていること』として三点を挙げた。1.電磁界概念。2.量子力学におけるエネルギー概念。3.特殊相対性理論の曖昧さ。これが物理学における、物理学的解釈の言わば問題にすべき業界論に見えた。市民的日常世界から隔離された、独特の閉鎖社会に見えた。その年がプランクの記念大会とは知らずに、その時点で知った。その翌年、「プランク定数の次元と実在概念」を発表した。量子論で、未解決の問題として、波動性と量子性の両面解釈の曖昧さが物理学の根底に燻ぶっていた。その時の講演発表内容は、光量子概念については余りせずに、『静電界は磁界を伴う』という原点の概要発表が主になったと記憶している。電磁気学の本質を理解しないで、「光量子」概念の理解は困難である、という思いであった。最近の『光量子』概念として私が定義づけているものを解説しておきたい。今回はその序章として、準備もしていないので、過去に学会発表に使った資料を挙げたい。それを見れば、大体の概念は読み取れると思う。第一枚目は、光は『振動等していない』と言う教科書的解釈とは全く異なる意味を表している。そこから光一粒をどのように認識すべきかを二枚目の資料に記した。この一粒の光量子を体積積分すると、いわゆる光量子概念のエネルギー e=hf [J] の値になる。光の振動数 f [Hz] 、プランクの定数 h [Js] による表式に一致する。しかし、このプランクの有名な実験公式(1900年発表)も、その次元から考えれば、信用出来ない公式である。それは、量子概念そのものの過去の解釈をも含めて検証しなければならないのである。現在私が悩んでいる点は、上に提唱した量子エネルギー空間分布の波長寸法(可視光線の波長が3800Å~7600Å )が原子、分子の外形寸法(1Å~数十、数百Å)に対する差が大き過ぎる。その差に対して量子論の作用効果を及ぼす事実に納得できる解釈を得ていない事である。光の波長とは何か?の『問答』に対する『答』を得るには『干渉縞』の計測波長をどう解釈するかが重要な観点と考えている。『干渉縞』の計測・観測の経験が無くてこれ以上の解決、解釈に進めるかは疑問である。現在のところ、光一粒の意味を「振動数」と言う「何が振動しているかの振動実体の曖昧さ」だけは排除した概念でまとめ上げた。その解釈を基礎に進める以外は無いと考える。参考:光量子エネルギーのベクトル解析 日本物理学会講演概要集 第61巻2号1分冊p.291(2006.9.23) 。プリズムと光量子の分散 同上 第64-1-2 p.405 (2009) 。眼球の光ファイバーと光量子 同上 第65巻2号2分冊 p.363 (2010.3.20) 、眼球の光ファイバーと色覚

ここで述べた光量子の空間分布式についてまとめたのが、光とは何か?-光量子像ーである。

光の速度と空間特性

光その不思議な世界 求め続けた道。

(3)  二つの運動体間の光伝播特性 ー基本例題ー

(1)で、光規定空間という絶対空間を定義して、世界を支配する王者が『光』であるとの認識に拠り、『光相対速度』を定義した。その光規定空間での光速度とはどんな特性を演じるかを理解する必要がある。アインシュタインの『特殊相対性理論』とは全く異なる点は、極めて常識的な日常の感覚で理解出来ると言う点である。そこで基本的な光伝播特性を理解するための簡単な例題を挙げて解説してみようと考えた。二つの運動体が光規定空間の一本の直線上を運動する場合を取り上げる。その概要図を示す。宇宙空間の直線状の運動を空想すれば良い。あくまでも地球上の空間では、地球がすでに運動しているのでここで考える直線状運動は考えられない。それが上の概要図である。ここで動作式を記すには変数などの添え字が多くて無理である。別のファイルからの挿入形式としたい。これからその準備に掛かかるのでしばらく猶予を願う。(6月13日) この項に取り掛かる前に『相対速度とは?』を準備として追加した。ようやく基本例題の問題が出来た。

(2) 本解析法の基本は「単位ベクトル」に拠る。その事を空間ベクトル解析と単位ベクトルとして纏めた。 (2011年6月10日)。

(1)  『特殊相対性理論』に疑念を抱いて、『光規定空間』に拠る『光相対速度』を提唱した。その基本的考え方を以下に纏めた。(2011年5月22日)

『光』それは世界を支配する王者。その科学的認識が20世紀に大きな影響を及ぼしてきた。その顕著な世界が『特殊相対性理論』である。今はその理論が誤りであると確信できた。もうすでに10年以上経過した。「自由空間における光の伝播特性と周波数」(1998.10.5) 「光伝播時間算定のための瞬時空間ベクトル解析」(1999.) 「2軸回転系の光伝播特性」(2000.9.25) の3報を日本物理学会講演概要集に記す。ここにその過去の記述を纏めておきたい。ファイルの挿入と言う形式で記したい。『光の相対速度』を算定式に纏めた奇遇の時を経た結果でもある。『光の相対速度』とは? それは光源から放射された光が「光速度一定」で伝播する『伝播空間座標』とその光を観測する『観測者』の運動との関係で変化するのである。上で、速度と空間の考え方を説明した。

 光規定空間座標 光の世界を論じようとすると、どうしても遠い宇宙論に話が及ぶ。光は直進すると言う意味を運動する地球上で観測する場合にどう解釈するかをはっきりさせておかなければならない。宇宙全体の空間と時間(人間の認識上で規定したー時空概念ーでしかない)を決定するのが『光』であると言う解釈での『光規定空間』と呼ぶ。

光規定空間座標と光の相対速度 光が伝播する空間特性を捉えようとすれば、ある程度数式で解析しなければならない。

写真086その空間での光の伝播特性のベクトル解析法を説明した。光が光源S(t)から放射された後、光源に観測者が居るとして、その光が観測者に対してどのような相対速度で伝播するかという問題である。特別難しい数式でなく、せいぜい三角関数で解ける問題であろう。(訂正)(1)式のnc_c_t=cn_c_t=が正しいので訂正します。訂正ファイルを入れ変えた。

光の相対速度の特性 上に求めた『光の相対速度』の式(3)を少しグラフ上に描き表してみようと思う。

写真087

(2015/10/5)追記。上の続きが載せてなかったのに今日気付いた。二つの運動体間の光伝播時間のベクトル解析結果である。この内容は日本物理学会講演概要集 第54巻第1号第1分冊p.77 (1999) に在る。講演発表は欠席。

光伝播時間光伝播時間

伝播時間(2)伝播時間(2)

光規定空間座標を仮定して、その空間座標上での光伝播と観測に関わる伝達時間がすべて光と観測者との運動の相対性によって決まるという論である。特殊性と言う意味は否定し、空気伝播の音声の相対性論と変わりない事を論じた。ただ、光規定空間座標を我々観測者が認識することは不可能である。我々自身が光の光速度一定で伝播するその空間に対して、どのような速度で運動しているかを実際に知る事は出来ないから。例えば太陽のその空間に対する速度も知る事は出来ないから。しかし地球上の光観測においては、光放射源と観測者間の相対運動に因っても観測波長や伝播時間は変化する。なお、地球の運動速度により、観測波長は変わらなくても、伝播時間は変わる可能性がある。