湯川秀樹 渾沌そして素粒子

やり場のない本棚の整理。

片隅に湯川秀樹自選集1(学問と人生)、3(現代人の知恵)があった。それは全5巻の内の2巻しかない。それぞれ450頁程あるだろうから、相当の思索内容と分量である。偉大なるかなだ。

3巻の副題は 現代人の知恵 である。p 363. に『荘子』がある。p 375. に『老子』がある。

東西の思想 として、

『荘子』

その中の文章を拾わせてもらう。「南海の帝を儵(シュウ)と為し、北海の帝を忽(コツ)と為し、中央の帝を渾沌(コントン)と為す、シュウ(何故か2度と文字が変換されない?)と忽と、時に相共に渾沌(コントン)の地に遇えり。・・『人皆七ケウ有り、以て視廰食息す。‥之を鑿たん』と。日に一ケウを鑿つ。七日にして渾沌死す。」これは荘子の「応帝王篇第七」の最後の一節とある。

何故このような荘子の文節が湯川博士に取り挙げられたか?博士は幼少から漢籍に慣れ親しんだ家庭環境から、東洋哲学と『素粒子物理学』の関りを良く捉えておられる意味で、現代物理学の論理的矛盾を考えるにとても良いと思って取り挙げた。

上の文章で、渾沌と言う人物が七日で死す。その七日の七は、人には七つの穴が有るとある。渾沌が死す、その七つの穴を穿つ日数七の意味である。目、耳、口そして鼻、しかし残りの三つの穴の一つが『何か?』筆者には理解出来ない。『臍(ヘソ)』か?

p.365 の博士の文章:「私は長年の間、素粒子の研究をしている訳だが、今では三十数種にも及ぶ素粒子が発見され、それらがそれぞれ謎めいた性格をもっている。こうなると素粒子よりも、もう一つ進んだ先の物を考えなければならなくなっている。一番基礎になる素材に到達したいのだが、その素材が三十種類もあっては困る。一番の根本になるものは、おそらくある決まった形をもっているものでなく、またわれわれが今知っている素粒子のどれというのでもない。さまざまの素粒子に分化する可能性をもった、しかしまだ未分化の何物かであろう。今までに知っている言葉でいうならば渾沌というようなものであろう。などと考えているうちに、この寓話を思い出したわけである。」に驚いたのである。

驚いた事。

(1)今の素粒子について筆者が知る限り、十七種と理解している。何故博士の頃に三十種の素粒子だったのか?いつの時代に十七種に変わったのか?

(2)「渾沌」を『エネルギー』と読み替えれば矛盾が取り払われた物理学となる。空間の『エネルギー』を見ることも出来ないし、測定もできない。だから、渾沌の語句が『エネルギー』の意味に適合する。

以上電気回路現象からの物理学の『素粒子』認識である。

Bertrand Russell(バートランド・ラッセル卿)の有名な言葉「質量は単にエネルギーの一形態である。そして物質はほかの形のエネルギーになっていけないという理由はない. 物理学において基本的なものは物質ではなく、エネルギーである。」がある。質量の概念 マックス・ヤンマー著 大槻義彦・葉田野義和・斎藤誠 訳 講談社 より。

空間に実在する『エネルギー』を認識できない物理学理論は、自然科学の基礎理論としての意義が無い。特に『電荷』を基礎概念とした理論物理学とは一体何か?『電荷』の基礎概念としての矛盾に気付かない、『電荷』の何たるかを問わない素粒子物理学とは何か。一体『エネルギー』はどの様な素粒子によって存在するというのか?『光』はどの様な素粒子から出来ているのか?答えられるだろうか。

雷様?

雷様

あなたは何処からお越しですか?

それは 君の限りない『欲望』が敷き詰められた『道』の上を流れてきたのだ。

君が生活している陸の周りの海の『水蒸気』の『熱エネルギー』の姿なんじゃ!君が使う「電気エネルギー」を作るための海の加熱エネルギーが基で、その一部なんじゃ!

呼吸の意味を問う

呼吸の機能は基本的に肺が担う。肺はその体積の大きさと命の中心にドーンと在る存在感が凄い。

呼吸は『酸素』を取り込み、不要な『炭酸ガス』を排出することだ。生物と無生物に分けられよう。多くの生物の特徴が呼吸をする事のようだ。生物は32度から38度の体温のものが多いらしい。哺乳類は恒温動物で、爬虫類は変温動物と解説にある。樹木や野菜も生物に類するのだろう。それらも自己増殖能力、エネルギー変換能力を持っているから。自然の世界はとても広く、その全体像を捉えるのも難しいようだ。その中で、呼吸の意味を考える事は、自然世界を理解するに重要な視点になっていると思う。専門的と言うより自然世界の総合的認識科学論を求めて。大木や野菜のキュウリ、ナスあるいはカボチャもやはり温度で植物体内の環境を??残念ながらそれは想像もできない。

『酸素』を必要とする訳は❓

しかし、その『酸素』がどの様に、何処で使われるかが分からない。情報を検索しても、納得できる解説が無い。何故このような生命現象の基本的自然科学の基礎が解明されないで、過されているのか。解説が無いという事は、分かって居ないからと断言して良かろう。科学技術は途轍もない内容にまで理解が進んでいる。DNAの何処を切断するか迄簡単に可能らしい。最先端の研究競争対象は、その専門家の研究分野として解明される。しかし自然現象でも、真にその根源となる真理を解き明かすべき〈疑問〉が意識されない為か、科学理論として極めていびつな状況を来している。『酸素』と同時に『炭素』との関係が呼吸では切り離せないものである。『酸素』と『炭酸ガス』の関係が呼吸の意味だ。『炭酸ガス』の炭素は何処の細胞から、どの様な生理現象として『酸素』によって生じたものかが示されなければならない筈だ。それが無ければ、ヘモグロビンの解説には納得させるだけの論理的意義が無い。地球上で『炭素』は有機物として植物の神秘が創り出した物と解釈した。その根源は太陽光線の『エネルギー』の筈だ。有機と無機 (2022/03/16) 。

ヘモグロビンの機能は?

赤血球の機能は?

そして肺の機能は?

『酸素』が必要な訳は、生命を維持するに欠かせないものだとは感じられるが、具体的な意味が観えない。『酸素』が持つ燃焼機能の物理的機能を一体どのように捉えれば良いか。『酸素』が隣の『窒素』と何故違う機能、燃焼機能を持つのかその物理的意味を理解したい。それが物理学の研究対象でないか?『酸素』が燃焼機能を持つ、と言うだけでは物理学ではない!とそんな意味で総合科学論を捉えたい。

生命維持の基本条件は細胞の機能が正常に働くように整える事だろう。それは『体温』調節機能の筈だ。

『体温』がどの様な意味を持っているか。それは何が司るかである。36度5分と言う体温の温度レベルの必要性は何を意味するか。何故その体温でなければならないか?若い頃、よくインフルエンザに罹って、高熱を出した。40度近い熱でウイルスを駆除する為と聞いた。

その体温維持にこそ『酸素』が必要な意味が有る筈だ。体温とは細胞の保有熱エネルギーのレベルを評価した値だ。物理学理論には意識されていない空間を支配する『エネルギー』の分布密度だ。それは細胞内に内蔵される『エネルギー』の密度である。その『エネルギー』分布は神経伝達信号の基にもなる。脳の情報統制機能の基ともなる基本的情報源でもある。電気回路の電源電圧の意味に近い。

肺は赤血球の中にあるヘモグロビンと直接『酸素』と『炭酸ガス』の交換をどの様な仕組みでするのか?肺の細胞と赤血球が直接接触はするが、ヘモグロビンとは接触しないと思う。赤血球内からヘモグロビンが外に出なければ『酸素』と結合はできないと思う。そのような機能をヘモグロビンが持つと解釈するには無理がある。呼吸に関して多くの疑問に支配されてしまう。血液は何故赤い (2022/05/31) から今年も始まった。ヘモグロビンの元素『鉄』の関りも『酸素』、『炭酸ガス』との関りで専門的な解説の意味が、総合的な意味で理解できない自己無力感を抱く。

赤血球が謎運ぶ (2022/06/02) にヘモグロビンと赤血球の間の意味が理解できずに、疑問を印した。赤血球もヘモグロビンも恐らく生命現象を司る最も基本的機能に関わるものであろう。それらは病気を治療する、あるいはウイルスから守る為の医学の学術的知見に比べても、余りにも基礎的過ぎて、余り研究対象として取り組む機会が無いと言う訳なのだろうか。筆者にすればこれ程生命現象の根幹に関わる機能でありながら、何かとても大切な事を忘れてきたのではないかと思う。それが『電荷』など自然世界に存在もしない物を、物理学理論の根幹に据えた奇妙奇天烈な科学理論が科学者の世界を支配している状況と繋がるようで悲しくもなる。

『肺』の機能。

今回は、コロナウイルスで肺機能が失われて、命を落とすことを知った。肺は酸素を取り込む意味で、生命の維持の基礎機能の臓器だ。ヘモグロビンが酸素を運ぶとも検索情報にある。しかしそれは赤血球の中にあると言う。肺で酸素を取り込むのは赤血球となる筈だ。

赤血球の機能。

赤血球の機能は、血液として全身に回り、(途中が切れた)全身の生態環境の維持・調節をする事であろう。全身の細胞の機能を保持する、それが『体温』保持であろう。丁度電力送電・配電線路網と同じく、全体の『エネルギー』レベルを保持する機能と解釈する。それが赤血球の『酸素』によるブドウ糖酸化による『エネルギー』放射機能である筈だ。

肺には、心臓から肺動脈を通って既に役目を終えた血液がやってくる。肺で新鮮な、活性化された血液に成って肺静脈を通って心臓に送り返される。

心臓の左心房に入り、左心室から大動脈を通して体の全身に、新鮮な血液が送られる。血液の赤血球が内部にブドウ糖を取り込み、全身を巡りながら必要なところで、『酸素』を使いブドウ糖を分解して、『エネルギー』を供給する。赤血球が何処でブドウ糖を取り込むかは全く不明だ。しかし、赤血球が全身を回りながら、全身の器官の『エネルギー』分布を監視、調整している以外ないと考える。その『エネルギー』の分布は全身の外部環境の監視信号の信号源となり、脳の監視・統制信号の基になっている筈だ。電気系統網の電圧の『エネルギー』レベルと同じ意味で。以上は生化学に門外漢の解釈でした。

〈関連記事〉

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何故海溝は深いのか?

(2021/09/14)。不図浮かぶ疑問。この記事も思い付きで書き掛けにしていた。1万メートルの海溝の意味は?1万メートルの山は流石に無い。地球の不思議に数えたい。

よくテレビで解説がある。地質学、地球物理学の専門的解説である。エベレスト等の高い山は大陸の移動によって押し上げられた結果として出来上がったと。その証拠に、麓にはアンモナイトの化石が出る。海から遥かに高い地帯で。

確かに、地球の原始の姿が分からないから、専門家が仰られればそれを信じざるを得ない。

どうしてもそれに関わる事で、疑問がある。

『海』の海溝が1万メートルも深い場所がある訳は何故か?

地球の中心核が灼熱の熱源のように思う。その地球物理学的意味は如何なる訳なのか。

火山活動による噴火は、地球殻のマグマ溜からと聞く。しかし、その発生原因は地殻の摩擦で発生する訳がない。

中心核からの熱放出現象でなければ、何処でマグマ溜に熱が貯まるのか。

翡翠 「新潟県の石」へ

今朝 (2022/09/03)の新聞、新潟日報の記事。

ヒスイを「県の石」に指定するよう提言する事を有識者の委員会が決めたとある。

ヒスイは勾玉として古代の生活に溶け込んだ神秘の宝石だ。

「石」は全て地球の歴史の謎を秘めている。人がその「石」の故事来歴を解き明かすことは難しい。

道端に転がっている石一つを拾い上げて、その今有るまでにどの様な過去を辿って来たかを問い掛けても、自分で繙く以外ない。

傍に見える、小高い山を仰いで、その山がどの様に出来たか、その来歴を山に尋ねても答えてくれない。

みんな地球の成長の過去からの来歴を秘めているのだ。

人はほとんど何も知らない。知ることが出来ない。

ヒスイは見る人の心を落ち着ける、緑色である。

想像すれば、多分植物ではなく、魚介、動物の過去からの化石の筈だ。

オパールの輝きはその独特の複雑な内部構造の光の共振現象、周波数変換の結果の光の現象が生み出すものだ。その宝石オパールは古代のアンモナイトの化石なのだ。

地球が巨樹の化石として山として残り、数限りない宝石や路傍の石として今に残ったものだ。

殆ど専門家の学説、解釈には共感できないで申し訳ない。

存在しない『電子』や『電荷』が物理学理論の概念と専門家が解説している一つに、その『何故か?』を考えて、全ての事に遣る瀬無さを重ねてしまうから。

市民一人一人が、専門家に疑問を問い掛けるしか未来に道は見い出せないだろう。以前、柱状節理をメリケン粉で解説する専門家の姿に、勝手に悲嘆にくれた。

美しい⦅翡翠⦆に思いを寄せて。

1[V] 、1[A] の社会問題

この記事も相当前から、下書きのまま放置していた。

『電圧』、『電流』と言えば、その言葉は誰もが知っている。電気回路で使う用語で、乾電池でもその電圧値が決まっている。しかし、その物理的意味を説明して欲しいと聞かれても、殆どの人が解説できないで困っているのではなかろうか。

それは電気の専門家さえ、その物理的意味を説明できないのではなかろうか。

電圧 1[V]とはどの様な物理的意味か?

電流 1[A] とはどの様な物理量意味か?

この 1[V]?  1[A]? の意味への疑問は、理科教育における教育機関に課された、自ら回答を示し、解決すべき社会的課題の筈だ。

物理的意味とは?と尋ねたが、どの様な事を指すと御理解頂けるか心配だ。

自然世界の物理現象として、『電圧』、『電流』とはどの様な意味を表現した科学技術概念と理解しておられるかをお聞きしたいのだ。

『電圧』と言う概念は誠に良く考え出された、創造された技術論用の概念である。

自然世界の空間にその様な『電圧』と言う物理量は無いのだ。

科学者、物理学者が電気回路現象の中に見だした、素敵な文化的とも言うべき財産でもある。それ無くして、現在の科学技術社会は、電気文化社会は存在しない。

それ程大切な概念『電圧』であり乍ら、その意味を的確に説明できていないのではないかと思う。

『電荷』でなく『エネルギー』を認識した解説でなければならない。

『電荷』では、そこに『エネルギー』の意味が観えないから。電気回路でどのように『電荷』が、日常生活で人々が使う『エネルギー』となるかを説明できなければ、論理的な解説には成っていない。人が欲しいのは『電荷』ではなく、『エネルギー』なのだから。

歩んだ道は・・

翻弄されて、今か?何処で社会的貢献をした❓

新電気回路論

健康保険証は身分証明書か (2017/02/15)  の学校(新潟県立新津工業高等学校 電気科教諭職 16年間)の勤務は『国家公務員共済組合員』の職か?

https://hokakebune.blog/研究の歩み/     ?

下記の意味❓

今日(2022/10/20)もスパムとしてコメント。

https://hokakebune.blog/2019/10/28/Find-more-information-here/

 

熱電子と熱エネルギー

歩んだ道は・・」教育に生かせない道だったか?

  • (2022/10/07)。このブログ記事で公開することが、御迷惑になるのかとの心配で公開を止めていた。
  • 現代の情報化社会の原点は、その科学理論としての『電子論』に在るのだろう。現在の半導体による電子工学、電子回路の基は真空管回路にあったと思う。その意味が『エジソン効果』と言う実験の解釈に有ったことを知った。エジソンの白熱電球の現象であった。白熱電球の放射熱エネルギーを『熱電子』と解釈したと言う事だった。白熱電球の放射現象を『熱電子』の放射などと考えるだろうか。真空管は基本的には、白熱電球のフィルメントが陰極と成った真空ガラス管と同じであると気付いた。

真空管、それは白熱電球にその起源があった。

『エジソン効果』

1884年にエジソンが白熱電球についてとても面白い実験をしていたことを知った。それが上の②図である。どの様な意図で白熱電球の中に、別にフィラメントを覆うような電極を付けたのか、その発想の尋常でない事に驚く。その意味が真空管の誕生に繋がっていたようだ。その20年後に2極真空管が発明された。末尾に参考年表。

『電子』、『自由電子』が白熱電球からの歴史に関わっている事を知った。『電子』が負の『電荷』と言う現代物理学理論の歴史の発端に白熱電球があったと理解した。

とても心苦しい事ではあるが、この自然世界に『電荷』は存在しないと言わなければならない。その事を物理学理論の根源に置かなければ、子供達への未来の教育とはならない事を伝えたい。その意味で、もう一度『電子』の物理的意味、概念を白熱電球のフィラメントの『熱エネルギー』との関係で考察して置きたい。決して『熱電子』などと言う負の『電荷』量子が空間電荷効果の基になっていた訳ではない。

筆者が論じる内容は、とても学術論文になるような内容には見えない筈だ。実験室の中からでなく、日常接する自然の風景に感応しながらの感覚的思いからの日常生活論とでも成ろうものである。

しかし、ただ一つの科学理論への革命的実験結果がある。それは、ロゴウスキー電極空間に3万ボルトの直流の高電圧を掛け、その中のコンパスの指し示す方向を探ると、印加する電圧の値に依ってコンパスが指し示す方向が変るのだ。その意味は、電気磁気学理論の『電気(電界)』と『磁気(磁界)』は異なると言う解釈の間違いを示しているのだ。『電界』も『磁界』も空間に在る『エネルギー』を解釈する人の解釈論に因る事で、自然世界の純粋さは『エネルギー』一つの世界であることを示しているのだ。その実験結果が、全ての科学理論の『電荷』概念に基づく解釈の見直しを迫る筈だ。

その意味を説く例として、『エジソン効果』を取り上げる。

LEDに白熱電燈が取って代わられる。何時の日か、白熱電球とは何ですか?と時代遅れを笑われそうな思いにある。高輝度のLEDランプの自動車前照灯に目が眩む怖ろしさも、安全運転に注意しようと‥。

エジソンが追加して実験した電極が、2極真空管の陽極Pであったのだ。白熱電球のエネルギー変換の物理現象は、身近で誰もが目で観察できる日常生活科学論の代表的観察例題である。量子力学を学ぶ前に、自然の姿を直接感覚に落とし込む、光と熱の『エネルギー』の意味を身に感じて欲しい。光や輻射熱は、最近は禁じられるが焚火の炎の『熱』も『光』も傍で体に感じれば、温かく仄かな灯りに、揺らめく灯に心も静かに穏やかに揺らめく筈だ。その焚火の放射の物理実体も、白熱電球から放射される輻射物理実体も何も違いのないものだ。光に違いはない。熱に違いはない。その光や熱が空間を伝播してくるものを、人が受け止めるのだ。その空間を伝播するものを、どの様な物理的実体と理解するかが大切なんだ。それが空間を伝播する『エネルギー』なのだ。その『エネルギー』と言う最も大切な自然世界の物理的実体を、どれだけ科学理論の中に認識しているかが、とても曖昧に思えるのだ。電球から放射される『エネルギー』を認識しているだろうか?

白熱電球から放射される『エネルギー』を真空管では『熱電子』と言ったのだ。決して『電荷』など持たない熱を『熱電子』として、真空管の『空間電荷効果』と言う理論で、電子工学の基礎理論となって来たのだ。筆者も初めて、工業高等学校で(身分は?)授業担当が『電子工学』の真空管のお話から始まった。勿論空間電荷効果は『熱電子』の理論に因って理解し、解釈し、教えさせてもらった。学習させて頂いた参考書が右の本だ。「電子工学の基礎 ⅠおよびⅡ 」 W.G.ダウ 著、森田清 他訳 共立全書。である。 豊富な図解でとても詳しく、勉強できた。もう一冊は「無線工学Ⅰ 伝送編 新版 宇田新太郎著 丸善」である。分布定数回路の学習で、とても良く解説されていて、参考になった。

その当時(1964年)の電子工学は真空管回路がまだ基本になっていた。しかし、その年の秋10月10日は、日本でのオリンピック開会日であった。テレビジョン放送もカラー放送であったと記憶している。だから、TVも既にトランジスタ回路だったかもしれない。

その後、『発変電』、『送配電』そして『電気機器』その他『電力設備』等の電力系が主な担当科目となった。ただ「電気理論」は工業高等専門学校での全くの未経験科目として『電気磁気学』の担当経験をさせて貰った。結果として、その『電気磁気学』の授業担当の経験が『電荷』の物理的概念への疑念の始まりとなった。

そんな過去の担当教科科目を経験した事から、今、理論物理学という科学理論の基礎科目である現状を考えた時、決して『電荷』や『電子』が基礎概念とされている現状は、未来の教育内容として、その概念の矛盾が耐え難く、科学理論もその点で学問の自由という意味がどの様な事であるかを考える視点ともなるかと思う。特別専門的知識が無くても理解できるような内容でと易しい言葉で述べた心算だ。その意味で、誰にも参考になる形式の科学論であると思う。このブログ記事は、その意味で十分役立てると思う。

ただ、『電荷』や『電子』の否定と成れば、基本的な視点が現代科学理論の、解釈の基礎概念、教科書の解説と異なる事が多くなる。それは社会的な意味で問題ではあろう。

真空管の制御電圧 vg (グリッド電圧)が真空管内の内部空間の『熱エネルギー』の分布状況を制御するのであった。その『エネルギー』の分布を『空間電荷効果』と解釈して、『熱電子』の制御と解釈したのである。その『熱電子』の意味がトランジスタ理論での『電子』制御論に引き継がれたのだ。

電子工学の始まりが真空管であった。その解釈が半導体に引き継がれた。『電子』概念が生まれた意味がそこにあった。白熱電球の『熱エネルギー』を『熱電子』と解釈した。

ダイオードの機能と空間エネルギー

歩んだ道は・・」は教育に生かせない道だったか。

(2022/07/27)。長く下書きのままで放置されていた記事だ。

大学が狭い専門分野だけの研究では、未来の生活環境が保てない事を知るべきだ。原子力発電で、危険な生活環境を認識しない政治判断が通る。その蒸気タービン発電方式が海水温度加熱を引き起こし、大洪水災害の原因となる。水蒸気の発生原因を科学的に捉えることを避けている。専門の集団研究体制は科学理論の欠陥を未来に引き延ばすだけだ。『電子』での電気回路理論の嘘が引き摺られる。体温(生体細胞の機能保全のエネルギー分布保持)への赤血球(内へのブドウ糖取り込み酸化分解、炭酸ガス排出)の役割・機能など科学論の基礎が不明のままで済む筈は無かろう。

自然界に『電荷』は存在しないと言う自然科学的基礎認識。それが原点となる。

ダイオードの機能について。

半導体の発見とそのpn接合素子の技術開発が現代科学技術社会を創り挙げた。その恩恵が現代生活の根幹を支えている。半導体なしには生活が成り立たないところに来た。

その中で最も単純な素子がダイオードである。

一方、その半導体のpn接合面の基礎理論が『バンド理論』となっている。筆者を除いて殆どの人は、誰もがその『バンド理論』で半導体の動作原理を理解しているようだ。その理論の基礎概念は『自由電子』と『正孔』と言う物理学理論の概念量子に論拠を置いている。『電子』は負の『電荷』の量子で、『正孔』は中性の原子から『電子』が抜けた正のイオンのような『原子』を考えているようだ。結局自然世界は『電荷』が無ければ科学理論による解釈は成り立たない世界と言っているようだ。

『電荷』と言えば、豪雨災害が春から襲ってくる地球温暖化の異常気象の中に、〈雷〉と言う怖ろしい天空の自然現象を思わずにはいられない。雷も豪雨災害も海からの水蒸気が原因であると、どうして考えないのか人の向く科学理論の意識が不思議に思えるのだ。水蒸気の『熱エネルギー』が雷光の『エネルギー』変換されて放射されるのだ。しかし、水蒸気の発生源である『熱エネルギー』がどの様な役割を果たしているかを全く意識していないようだ。その『熱エネルギー』の代わりに『電荷』を仮想した科学論となっている。『電荷』等、この自然世界に存在する訳が無いのだ。水蒸気の発生原因である『熱エネルギー』は何処に消えてしまうのか?その意味を考えずに、無意識に『電荷』が生まれる科学理論とは、誠に不思議な魔術的科学理論のお話と思わないのだろうか。『電荷』が自然世界になければ、『自由電子』などの科学論はみんな虚飾理論だ。そんな意味をダイオードのオン・オフの動作で考えた。電気回路の主役は『エネルギー』なのだ。

右図のような二つのダイオードの向き合った回路に電圧を掛けた。さて、ダイオードはオン・オフ動作をするだろうか。単純に考えると、どちらのダイオードにも、オンさせる電圧が掛からないのではないかと思いたい。しかしこの状態の接続のダイオードの回路がオン・オフしないとしたら、それは困った事に成る。

この問題の疑問は前に、ダイオードの機能 (2016/09/17) でも取り上げていた。しかしそこでは曖昧なまま、適当に解釈して疑問に答えていなかった。この逆向きに繋がったダイオードは、必ずどちらかが『オン』するのだ。その訳は何故かという事に成る。

電源電圧という意味がそこに繋がった回路空間にどの様な状況を創り出すのか。そこには決して『電荷』でなく『エネルギー』の分布しか論拠になるものは無かろう。ダイオードのn型側がp点で向き合っている。 b点側に対し電圧vがa点側に掛かる極性の時、b点側の『エネルギー』が高密度分布となる。p点に対して、b側配線が『エネルギー』供給側となる。

単相全波整流回路。

単相電源に対して、4個のダイオード A B C および Dの接続回路構成である。(2)はq点でp型半導体側が向き合う。

この(1)と(2)を繋げば、下図のような回路となる。

①は負荷が繋がっていない無負荷状態だ。この回路でも必ずpとq端子間には全波整流電圧が現れる。負荷として何も繋がなくても、pq間には配線(線間容量)が負荷となる。一般には、②のように、pq端子間に負荷が繋がる。ただ負荷が無い電気配線だけでも、その電線間の僅かな空間も、電源電圧V[V]の供給能力に従った『エネルギー』分布で支配される。

半導体動作原理はpn接合部における、『バンド理論』に因った『自由電子』と『正孔』がその動作原理の根幹概念と成っている。しかし、電気回路には『電子』も『正孔』も『エネルギー』伝送を発揮する機能など持ち得ないのだ。『エネルギー』の処理機能が電気回路の主目的であり、その『エネルギー』の伝送を論じない解釈論は無意味な論説となる。

電源電圧はその負極側が『エネルギー』の供給源となり、その『エネルギー』は回路空間にしかその存在する領域は無い筈で、空間内の分布を通して、ダイオードのp n 接合に『エネルギー』の供給を果す事に成り、スイッチング機能を司る事に成るのだ。決して『電荷』等の意味は電気現象には無用な概念なのだ。