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秋蘭 君の名は

%e5%90%9b%e3%81%ae%e5%90%8d%e3%81%af君の名は 庭の片隅に咲いた。春蘭(余り色合いは良くない)は春咲く。一般に蘭は春に咲く花の華やかさを印象付ける。しかし、この蘭は秋に咲きながらその彩りが暖かい。花丈6~7cm。

君の名はと尋ねたい。庭に自生した花である。比較的日陰で、石ころを積み上げた庭の捨て場所にしていた処である。何年もここに根を張って少しずつ株が増えていた。一般には藪蘭と言うのかも知れない。しかし藪蘭では、この虐げられた環境の逆境に咲く花の立ち居振る舞いの生命に付けるには似つかわしくない。秋蘭と名付けたい。

その後にimg_1374全開

ハイビスカス

ハイビスカス

ここ北の国、雪の降る越後にも夏が咲く。ハイビスカスは沖縄の彩りに見える。夏になると毎年植える定番の花だ。その大きな花が真っ赤に誘う。物理学の専門用語『振動数』を解剖した。この佛相華ともいう花の赤には光の色を分解したくなる誘いを受ける。光には『振動数』も無ければ、色も無い。物理学の実験題材として、この花ハイビスカスの赤い色を波長分析して見たい。どんな波長のスペクトラムを示すだろうか。『振動数』が無くても光には、その光特有の波長を持っている。振動数が無くても波長はあると言う意味を理解していただけるだろうか。科学理論を市民的目線で解剖して、市民の手元に科学の理解力を根付かせ、未来の科学技術社会の安全を願いたい。科学者が自然科学を独善的に支配する未来は危険である。常に市民目線で監視する感性を社会が持つ必要性がある。分らない不思議を科学者の言いなりに信じる事が如何に危険かを指摘したい。このハイビスカスの赤い色が何故赤いかを考える事が科学なのだ。そこには物理学者が独善的な理論では説明できない多くの意味を含んでいるのだ。数式で表わせないのだ。《赤》が何故赤いかを問答する。以前の記事、色の世界を尋ねて を思い出した。

桔梗

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秋の花と言うが、梅雨に書く。この色の鮮やかな形。色は光であるが、その意味を物理学では答えられない。光に色が有る訳ではない。自然の中の神秘が人の目と花の心の繋がりが色の世界を生む。IMG_0980

桔梗は繊細だ。先日花瓶に生けた。翌日も採りたての色と形のまま、可憐さを漂わせていた。少し水の様子を見るため、花の茎にお触りをした。途端に花が凋んだ。いけない事をしたのかと可憐な花に謝った。

アッツ桜に思いあり

アリューシャン列島の端に、アッツ島とキスカ島がある。アジア太平洋戦争の日本兵の玉砕した島がアッツ島である。アッツ桜はその島の芝桜であろう。アッツ桜

アッツ桜 きっと北の短い夏を彩る花だろう。花に雌しべが見えない。そんな孤島、アッツ島で戦闘を命じられた兵隊はどんな思いでいたのだろうか。食糧の補給計画も、その余裕も無い初めから無謀な戦いを命じられた兵士の思いを考える。アメリカ軍を相手にどんな戦いをして、何を最終的な目的に描いていたのか。日本人の、日本連合艦隊の軍事参謀の未来予測の立たない滅茶苦茶の計画。ただ腹芸で分析力の無い、幼稚で、無謀な政治政策。今の日本の行政官僚、政治家の外交・内政に対する手法も当時と余り変わりない状況が読み取れて、大変気掛かりである。厚生労働省の行政計画の余りにもお粗末さは、今朝の新聞のアルツハイマー研究の記事にも有る通り、年金問題から、老人介護問題などどれをとっても未来予想に基づいた適正な行政計画など出来ていない。政治家も老人の選挙対策上、財政破綻を見ぬ振りしてやり過ごしている。少しもあの戦争の無謀な姿とどこも変わらない。秘密保護法、集団的自衛権全て的確な未来予測の欠落した政治状況に見える。戦争の日本政府の検証が無いままに来た日本の欠陥がいつでも、日常政治手法に噴き出す。

アッツ島 アッツ桜の花が、日本よ二度と誤りをしないで欲しいと、玉砕した兵士の思いを伝えていると思うのだ。

キスカ島 昭和17年夏、父は舞鶴鎮守府、特務陸戦隊員としてアッツ島の軍隊の苦境を立て直し、救うために「北潜戦隊進駐救援作戦従事(軍歴表の墨塗り部)」。昭和18年7月明神島発、占守島着を経て、命からがら北海道に辿り着いた。食料も、武器も無い中で、戦闘が出来る訳がない。気が狂う者も出たと。蛇やネズミを食べて生命を繋いだ。ネズミなどは高級な食材であったらしい。ドラム缶の中で湯に入っている最中に、攻撃され頭を湯に潜していると、弾丸がその湯の中をプシュと音を立てて行く。撤退する時、天の恵みで雲が上空を覆った為に、敵の戦闘機から逃れて帰れた。故郷の駅に着いた時は、立つ事も出来ず、信策祖父ちゃんに背負われて家に辿り着いた。私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府