カテゴリー別アーカイブ: 日本の風物

度胸と可憐さ

こんにちは!と声を掛けたくなる。

まだ若い娘の日本雨蛙。二歳ほどかと思う。今朝鉢にジョロで水遣りをした。逃げるかと思いながら。しかし、水を掛けても動かない。雨蛙は水が嫌いの筈だ。雨が降れば、雨水の掛からないところに避難する。此方の気持ちが分かっているかと思う程のその動かない『度胸』に悟りを感じてしまう。それが『可憐』に映る。

クロッカスと太陽

春を告げる花 それがクロッカス。
春の陽射しが眩しくなると、その光をいっぱい吸い込んで輝く。陽射しと花弁の春の競演を観る。

ようやく芽を出しこれから咲こうと。8日の夕方5時。

 

 

 

9日日差しを浴びて 12時半。

 

 

 

 

13日夕刻6時前

寒く閉じる花。

 

 

 

14日朝雨に濡れて。

 

 

 

 

 

今日も咲く。

 

 

 

 

 

雪割草も春開く。

 

光源の輝度とは?

はじめに 風景を見れば、それは天然色に彩られている。何故万物はそれぞれの固有の色彩なのか。視界をなす光の特性の謎が増す。その光源は何か。

照明工学と輝度 風景は光の反射現象によって成り立つ。

その光の光源は何か。視界の物理現象を理解しようと考えたら、その視界の光源の意味が分からない。日中は太陽の光で視界全体が明るい光の中にある。直接太陽の陽が当たらなくても、視界は天然色に彩られている。その色彩を奏でる光源は空全体の輝度と見做せるかと考えた。視界の物理現象として理解を深めようとしたが、結局は無理であったかと考えざるを得なくなった。その訳が照明工学での、技術用語の定義や概念にあると理解した。上の絵図で、ローソクの炎を例にまとめてみた。照明の用語には光の量を捉える『光束』、その単位ルーメン [lm] があり、その量を基に単位系が構築されている。一応「電気工学必携」を参考にして、光度 I[cd] (カンデラ)および輝度 B[sb=cd/㎠] (スチルブ)の定義をまとめた。

光束[lm]が物理量『エネルギー』との関係で定義されないところに、色彩や照明の物理的解釈ができない原因がある。人の視感度曲線で、可視光線しか認識できないため、紫外線などの自然界の現象を司る成分を我々は閑却しているのだと気付いた。自然の万物の天然色の色彩は我々が意識しない光の波長成分が大きな意味を持っているのかとの予感がする。光束[lm(ルーメン)]と比視感度 (2010/11/25) が原点にあった。

薔薇は何故赤い。

詩心 乗せて観世の 帆掛船 177号(2007/08/07)

「深紅の薔薇は何故赤い」の色彩の考察の絵図である。薔薇の色を演ずる自然の仕組みは深すぎる。深紅の光が有る訳ではない。人にその薔薇の命の営みに共感してほしい願いの姿と見たい。その色彩を演色する花びらの物理的機能を何と捉えるか。花弁に入射する光が如何なる波長変換機能によって、赤い色に変換されるか。入射光が決して赤い光の訳ではない。元々光に色が有る訳ではないから。命同志の心のつながりの仕組みを奏でているのだと解釈した。

参考記事。色の世界を尋ねて (2012/01/05) は自慢の色彩論である。視界と光の科学を纏めるに、視界の光源の役割は何かと少し別にまとめた。光の波長変換機能として万物の色彩の意味を解釈する外ないと考えた。薔薇の花弁の分子構造体の空間格子構造内での光エネルギーの共鳴現象と捉える。それには光が空間エネルギー分布波と解釈する必要が有ろう。振動数では空間像が捉えられないから。

 

霰の中に咲くサツキ

今年も師走に入って間もなく暮れる。霰が降る中にサツキが咲く。

このサツキは今咲いてほしくない。狂い咲きだから。植物は地球環境の生命存続の可否を示すバロメーターだから。日本の季節感の四季もなくなり、里山の棚田の日本の風景も消え去る予感が重なってくる。科学技術の経済競争が人をして都市型の過酷な労働環境と生活苦に押しやる。今年の夏に、紅葉の葉が太陽光線で焼け焦げて、枯葉となって哀れな姿をさらしていた。しかし来年の春にはまたその枝先にも新芽の葉が生い茂ることだろう。

振り返れば、今年の夏は猛暑であった。水害被害で生活の危機を認識した。今年は日中も耐えられずにクーラーを使った。去年までは田畑からの風を頼りに、何とか我慢して夕食時ぐらいに使って済ませた。今年は田の稲も酷暑(フェーン現象:水蒸気の水分だけ除いた高温度の熱エネルギーの山越えの風)で実りが悪かったようだ。クーラーは科学技術の賜物と酷暑を避ける電気製品の代表格である。クーラーに関わる『エネルギー』論はほとんど科学者からは発せられない。巨大なビルの中で酷暑の夏を過ごすにはもうクーラーが欠かせない。気温が高まれば、気中の水蒸気量はどんどん増加する。室内から外に水分と熱エネルギーを吐き出し、外気温度を高める。人も熱中症状で危機にさらされる。どんなに貧しくてもクーラーを使わないで過ごす人の生活環境を取り戻すべく、その役割が政治の基本目標でなければならない。雷が水蒸気の保有熱量(それが『エネルギー』だ)によって起きる現象だという科学認識が無ければならない。水蒸気が太陽光線に対して「レンズ効果」を果す。地球環境は命の水が支配している。原子力発電は生存の危機をもたらす人の制御能力を超えた巨大科学技術システムだ。避難訓練を人に強要する科学技術はそれだけで制御不可能を証明している。そんな化け物が生活の場に有ってはならない。そんな科学技術は地震・津波の自然現象とは次元の異なる話だ。

原子力発電の熱の行方 (2011/04/17) 、雷は熱爆発 (2014/05/23) 、フェーン現象の解剖 (2018/06/17)。

秋の色

秋の残り香を拾う。

白花頂上華

灌木の細長い枝の先端に1cmほどの小さな花一輪が咲く。正式の名を知らない。

 

 

ピラカンサス

鮮やかないろの実。小鳥への捧げものだが、人の生活の中に多く居た小鳥も極端に減少してしまった。いつまでも食べられずに残る。自然の営みが変貌してしまった。

 

 

 

ハイビスカス 

今年は遅くまで咲き続ける。

 

 

 

吉祥草

何年か前に教えて頂いた名前。

 

 

 

 

 

野紺菊

秋に似合う紫の色。

岩ヒバ

岩ヒバ 貴重な植物。緑が素敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずいぶん前に手に入れた二株の一つ。一時期ほとんど枯れたようになった。しかし一株だけ何とか持ち直し、今年の夏を乗り切って見事に元気になった。強い日差しを避け、椿の根元の木陰に隠して置いたお陰かと安堵した。もう一株も同じ鉢に有るのだが、とうとう葉が消えてしまった。今(2019/09/04 15:00)飛行機かヘリコプター(官邸系?)か上を轟音を立てて過ぎていった。何を画策する意味か気味悪い。

多分枯れてしまったもう一株。

セミの抜け殻を傍にして、それでも回復しないかとそっとして置こう。

実生の水楢

水楢の生命力に驚嘆。

いつの事であったか、どんぐりの実を拾った。恐らく15年以上は前のことだ。小さな土鉢に植えた。高さ80cm程で、それ以上伸びない。

 

 

 

 

 

植木鉢にセミを置いた。この蝉もここで生れて飛び立った3匹の一つだ。不思議に思うが、蝉も生まれた場所に戻って死ぬように思う。

水楢の生命力について。この小さな鉢で、一度の植え替えもしない。鉢の大きさに合わせて、高さも幹の太さもそのままで葉を茂らせて、生き続ける。普通の盆栽なら数年で根腐れして枯れてしまう。

深山クワガタ

クワガタの来訪 

どこかで飼われていたのか、珍しい来訪者。暑さを避けてかコンクリートブロックに入る。胡瓜を与えて、翌日見たらいなくなっていた。

 

ところが昼過ぎにまた戻っていた。今度スイカを与えた。スイカが気に入ったらしく、口を刺して吸っていた。

 

 

 

 

 

蟻とスイカ  しばらくして様子を見たら、小さなアリが集まってクワガタにも群がり、振り払いながら辟易しているようだった。その後にはもう居なかった。アリはどこから来たのかスイカに群がっていた。アリには不思議な習性がある、スイカなどに土をかけて覆いつくしてしまう。土で覆うのは保存する意味と他のものから守り独占する意味かと思える。しかしナメクジは被った土を気にせず食する。