カテゴリー別アーカイブ: 電気磁気学

励磁電流とは?

励磁電流否定の記事 変圧器の技術と物理 を投稿して。

(2019/04/16)追記。何処でも磁気や磁束は励磁電流で論じられる。元々電線の中に電子など流れていないにも拘らず、磁束まで電流との関係で定義される。ファラディーの法則の式を見れば、磁束と電圧の関係しかない。電流に因って磁束が発生するという意味など、その式には無いのだ。自然科学が科学技術理論で固められ、物理学としての自然哲学が欠落している処に理論の矛盾が放置されて来たと考える。変圧器を例に、巻線の1ターンコイル電圧 eu [v] = v/n [v] (nは巻数)を基準にして考えることを提案した。磁束や励磁電流という技術概念についても、長い技術的評価手法となっている伝統的な磁化特性を取り上げ、その意味の電圧時間積分との関係での解釈を図に示す。コイルの電圧という意味はコイル巻線導体近傍の空間に分布したエネルギー量の技術評価概念なのである。複雑な概念量を統一して捉えることが自然科学論としての未来の姿でなければならない。それを可能にするのは『エネルギー』しかない。励磁電流という曖昧な技術量を見極めて、磁束とは何かを考えて欲しい。なお、磁化特性は鉄心材料によって、図の①や②のように異なる。変圧器などでは特性が良く①に近く、インダクタンスはL[H]無限大とも見られよう。インダクタンスはその電気器具のエネルギー貯蔵機能を評価する空間特性の評価概念である。

気掛かりで、励磁電流とは?とITで検索してみた。1970,000件も記事が有り、様々な解説記事が検索される。変圧器をはじめ発電機あるいは電動機などすべての磁束の発生原理として、アンペアの法則の磁界発生原理で解説されている。変圧器の技術と物理で、せめて磁束発生原因の励磁電流という間違いはやめるべきだと指摘した。50年も前(正確には生命の危機を脱した、昭和46年秋に研究補助を頂いて、ロイヤーインバータでの単相誘導電動機の周波数制御運転をして、産業教育振興中央会の「産業教育に関する特別研究成果 別冊」に載せて頂いた頃)に筆者は既に励磁電流を否定していた。変圧器突入電流という電源投入時の現象も投入位相で電圧零時であれば、設計磁束の2倍程の ∫vdt [Wb=(HJ)^1/2^] の磁束量になるからと『電圧時間積分』で解釈すべきである。

変圧器の技術と物理

はじめに
ファラディーの法則が変圧器と言う電気設備の動作原理としての基礎となっている。それは技術理論であると同時に物理学理論でもある。電圧、電流および磁束という概念によって目に見えない電気現象を解釈し理解できれば、それで変圧器に関しては立派に電気技術者となる。決して磁束がどのような矛盾を抱えているかなどを問うことがなくても。200年以上に亘る歴史を踏まえて、ファラディーの法則が変圧器の自然現象の全てを捉えた真理と思われてきた。正弦波交流電圧実効値V[v]と変圧器鉄心最大磁束値Φm[Wb]の間には V=4.44fnΦm (ただし、fは周波数、nはコイル巻数) なる関係が厳密に成り立ち、それだけを理解していれば十分である。ならば磁束という概念は磁界の世界を支配する自然の実在量であると考えても当然かもしれない。しかしながら、磁束はあくまでも変圧器の動作を解釈するために導入した技術的評価概念量でしかないのである。自然の世界に磁束は電荷と同じく存在しないのだ。ここでは鉄心中に何が起きているかを、世界に実在する『エネルギー』一つの物理量からの解釈を示す冒険の旅に出かけよう。それは常識外れの異次元の世界かもしれない。

変圧器の技術理論
磁束量が基礎となる。鉄心に巻いた二つのコイルで変圧器の基本構造が出来上がる。鉄心中に磁束φが発生し、その時の巻数nのコイルには電圧 v = n dφ/dt が誘導される。だから磁束φが変圧器動作原理の基本概念になっている。磁束φがあるから変圧器の動作理論が成り立つ。その図表現や構造も分かり易い。巻数n1と n2で巻数比a=n1/n2を使えば、1次、2次の電圧、電流の関係が簡単に決まる。①の回路図のように表現出来る。②に構造を示す。鉄心に2次コイルを巻き、その外側に1次コイルが巻かれる。電源側の1次コイルが2次コイルを巻き込む構造に構成される。鉄心中には電源電圧の時間積分値で磁束が発生し、印加電圧波形とその時間に因って磁束値が決まる。磁束が励磁電流で発生するという解釈は、変圧器の動作の基本原理を複雑化し、分かり難くする無駄な解釈である。ものの考え方を統合する習慣の機会さえ失う。ファラディーの法則は v=n dφ/dt [v]である。φ=(1/n)∫vdtと書き換えられるから、電圧の時間積分以外磁束を表現できない筈だ。励磁電流など意味が無いのだ。もし磁束を励磁電流で評価しようとすれば、同じ変圧器で、電源電圧波形を変えたとしたら、どのようにその磁束に対応する電流を表せるというのか。電圧がどのような波形であろうと、その磁束波形は電圧値と波形から決まっているのである。全く励磁電流など考える必要が無いのだ。鉄心の性能が良ければ励磁電流など流れなくて良いのだ。だから教科書の励磁電流に因って磁束が生じるという解釈が採られているとすれば、その教科書はファラディーの法則の式の意味を捉え切れていないからだと考えざるを得ない。おそらく教科書検定基準がそのような励磁電流を要求しているのだろう。教科書検定基準がそのように書くように強制していることなのかも知れない。変圧器動作原理は磁束によってその技術理論は構築されている。しかし、その磁束は現実にはこの世界に存在するものではないのだ。そのことは電気技術論でなく、変圧器の物理理論として解釈を構築しなければならない事になる。それが次の問題になる。

変圧器の物理現象
空間エネルギーの挙動をどう認識するかが変圧器の物理現象の要である。磁束の空間像を描けますか。電荷の空間像を描けますか。物理量は空間に実在している筈である。その科学的論理に矛盾がなければ、本当に納得して捉えているならば、素直にその姿を描ける筈である。数式でない日常用語で語れなければならない筈だ。変圧器は鉄心にコイルを巻き付けて、全く繋がっていない二つのコイルの間で『エネルギー』が伝送できる機能の電気設備である。空間に存在する『エネルギー』を先ず認識して頂くことがここから述べる旅の理屈に必要である。コンデンサに蓄えられたエネルギーの姿を。コイルの中のエネルギーの姿を。常識外れの夢の世界に、本当の意味を探す旅であるから。しかし不思議なことに、div B = 0 であることを知っていながら、即ち磁束密度ベクトルB=φ/ [Wb] の発散が0であるということを。その意味は日常用語で表現すれば、磁束を→での表現は使えないという意味なのだ。磁束の発生源が無いという意味を表現しているのだから磁束が増加する→(矢印)は使えない理屈の筈だ。これは磁場空間に対する現在の物理学理論の解釈である。何故その意味を統合して捉えないのかが不思議なのだ。この磁束概念の不明確な曖昧さがそのまま放置されていては、理科教育特に物理学の論理的な考え方を育てるという意味が観えないのだ。自然の真理と科学技術の関係を明らかにするのが理学の目的と理解する。理学では、『エネルギー』を根本に据えた議論が重要な点になる筈だ。図2として空心コイルと鉄心を示した。変圧器は二つのコイルであるが、一つのコイルと鉄心の関係を論議すればそれで変圧器の物理的な(現在の教科書の物理学的という事ではなく、本当の自然の)現象の意味は分かる筈である。空心コイルはインダクタンス値もそれほど大きくない。そのコイルの中にカットコアの鉄心を組み込むと、とたんに変圧器の機能要素となる。インダクタンス値がほぼ無限大になる。いわゆる技術的な意味での磁束飽和という状態(電源短絡状態)にならなければ、殆ど電流は流れない筈だ。それは変圧器の2次巻線側に負荷が無い無負荷状態での電源側の電圧、電流の関係の話である。いわゆる磁束飽和にならない範囲での正常動作時の、その時に鉄心がどんな物理的機能を発揮するのかがここでの論題になる。電源からコイルに掛るのは電圧である。その電圧の意味は前の記事電気物理(コイルの電圧)で述べた。その電気物理という言葉は現在の物理学教科書の技術論的な意味とは違う。ここで論じる内容は教科書の内容より深く踏み込んだものであることを理解して頂きたい。磁束概念に代わる新たな解釈を求めた論議である。その上で進める。コイルにエネルギーが入射し、端子間にエネルギーギャップがある限りは正常なコイル機能を発揮すると。空心では無理であったのが、鉄心が挿入された時そのエネルギー入射が時間的に長く継続できるということである。コイル間に分布する空間エネルギーが何らかの形で鉄心の中に入り続けると考えざるを得ない。図3.コイルのエネルギーでは、電線が巻かれた部分のある状態を表した。一つのコイルとも見做せる。電気回路は金属導体、空気あるいは誘電体および磁性体など空間を規定する材料によって、その構造が制限された空間規定の形態によって構成されたものである。そこに電圧というエネルギー空間規定源である電源が支配するエネルギー場を作る訳だ。電源の負側がエネルギー供給源となって、電線路全体のエネルギー分布を光速度の速さで規定し、支配する。電線をコイル状に巻けば、その電線のコイル空間にも電圧に支配されるエネルギーや負荷に流れるエネルギー流などの影響が表れる。交流電源の半周期ごとに変わるエネルギー分布となる。インダクタンスというコイル空間もその電源の電圧というエネルギー分布の支配に従う。図2のコイルに鉄心が挿入された回路空間も同じくそのエネルギー分布に対するエネルギーの受け入れ対応が継続する限り、電源電圧をコイル端子で保持できるのである。それは鉄心がそのコイル空間にあることによってエネルギーを吸収する機能が高まったからである。(∫vdt)^2^ [HJ] のように電圧時間積分の2乗のエネルギー量が関係しているのだ。変圧器巻線のインダクタンスは殆ど無限大とも見られる。そのインダクタンスでエネルギー量に関係する電圧時間積分の2乗を除すれば、変圧器の電圧保持エネルギー量が得られ、それはとても小さな値で賄えるのだと理解できよう。そのエネルギー量に関わる量を変圧器技術概念では磁束として捉えている訳である。

図4.鉄心と軸性エネルギー流  図にはコイルの切断面の図とその平面図を描いた。鉄心を取り巻くコイル導体の間の空間はエネルギー流に満たされている。そのエネルギーが鉄心の中に流れ込むと考えざるを得ない。ここからの鉄心内のエネルギー貯蔵機能についての解釈は科学論と言える検証できる世界の話からかけ離れた別世界の話になる。鉄心の中のエネルギーの流れる様子など観測出来る訳が無い。導線の銅Cuと鉄心の鉄Feの同じ金属でありながらのその特性の差が何故生まれるかの物理的原理も分からない。しかし、マグネットに観られる力の意味を心のエネルギー感覚(磁気の軸性エネルギー流感覚)に照らし合わせたとき、そこにはエネルギーの回転流即ち軸性エネルギー流しか共感出来ないので、その軸性エネルギー流を鉄心のエネルギー貯蔵機能の原因として考えた。全く証明も出来ないお話で、科学論とは成らないかもしれない?それは原子の共有結合論否定の話と同じことであるが。この軸性エネルギー流は鉄心内の磁極即ちNとSという意味も消えてしまうことになりそうだ。その意味は隣同士の磁区間でのエネルギー流は流れが逆転するかと想像されるから。それはマグネットを近付けると、そのギャップ空間の砂鉄模様がマグネット周辺部に移動して、マグネット中心部は磁気空間という状況が無くなることを確認しているからである。同一マグネットを多数接合したとき接合部の砂鉄模様がどのようになるかの実験をしてみたい。科研の申請をするまでもなく出来る基礎研究だ。教室で授業をするには、本当に多くの分からない原理がある筈だが、教科書通りにその教育手法を伝達するだけでは、子供達も楽しくないだろう。

1ターンコイル電圧eu[v]  ファラディーの法則も物理現象として見れば、それは遠隔作用の法則である。変圧器巻線コイルに誘起する電圧の原因の磁束は鉄心中にあるから、鉄心から離れたコイルに作用するという遠隔作用である。アンペアの法則も電線電流と空間磁気の関係だから遠隔作用の法則である。変圧器の1次と2次巻線の間で伝送される電気エネルギーも磁束による解釈であれば、遠隔作用の法則である。しかし、空間にエネルギーが実在するとの概念を基本に据えれば、変圧器のエネルギー伝送も近接作用で捉えられる。コイル巻線の周りには同じようなエネルギー分布空間が存在し、そのコイル1ターン当たりのエネルギー分布量が1ターンコイル電圧eu[v]になるとする。巻線の1次、2次に関係なく、1ターンコイル電圧が同じであれば、その電線路の算術和として各巻線の端子には巻数に応じた電圧が現れる。n1×eu=v1 n2×eu=v2として。これは空間エネルギー分布による近接作用の考え方である。以前実験した変圧器の奇想天外診断の話の続きとしての結論でもある。

(遠隔作用と近接作用について) 物理法則では力が遠隔作用力である場合が多い。代表例が万有引力の法則である。それは質量の間に直接接触する物がなく離れた質点間に生じるという力である。それに対して近接作用力とは、具体的な例を挙げれば、水の流れで二つの流れが合流する時その流れの接触する水同士が力を及ぼし合い、どのような流れになるかを考えればそれが一つの例となろう。エネルギー流を考えれば、それは近接作用になる。風も空気の近接作用となろう。太陽系も全体はエネルギーの回転流として統一されて考えられるべきとは思うが。そのような解釈は質量に関わらない空間エネルギーの実在性を余り認識していない物理学理論には無いかもしれない。

むすび
空間エネルギーは実在しているが、その物理量を測定できない。そこに物理学理論の実験的検証を前提とした理論構築に限界があるのではないかと思う。電気技術理論の中の矛盾をどのように読み解くかに掛り、それは哲学ともなろう。ここで特に指摘したかった点は、変圧器の磁束が少なくとも励磁電流で発生するという考え方だけはやめて欲しい点である。この点は昔のことであるが、長岡工業高等専門学校で助教授の申請に研究・教育業績として3点の論点を書いた。その一つが、ロイヤーインバータによる研究成果としての点で、変圧器磁束が励磁電流で発生するという解釈は間違っていると指摘した。それは教科書検定基準を否定したことになったのかもしれない。

電気物理(電圧時間積分とエネルギー)

はじめに
物理学の中で電気現象を取り扱う科目は電気磁気学になろう。その電気磁気学の中味を確認すると、電気工学の内容と殆ど変りはない。電圧と電流がその電気回路現象の解釈の基本概念となっている。微視的な現象を論じる量子力学などは原子・分子構造やバンド理論の抽象的な理論が主体となって、少し電気磁気学と言う分野からはかけ離れてもいる。しかし、電界・磁界と言う電磁場とその中の電子の振る舞いと言う意味で見れば、電気科学技術の基本理論がそのまま基礎概念として電気物理の基本になっているように思える。専門用語には、簡単に理解できないものが多くある。π電子等と言われると、電子の『電荷』の実像さえ理解できない処に、πとは何じゃ?と狐に抓まれた気分になる。磁界と言えば『磁束』で解釈される。磁場空間に磁束が通っていると言う科学の常識概念も、教育の場ではアンペアの法則に因る電流概念との関係で理論構築されている。電流原器の定義からもアンペアの法則が電気現象の物理的真理であるかの如く威厳をもって説かれる。一方ファラディーの法則も電磁誘導現象の解釈の基本を成している。電圧と磁束と時間の関係で電気現象の理解に欠かせない法則となっている。一般に電線路周辺空間にも磁場があり、その空間にも磁束が関係していると看做すであろう。磁束はアンペアの法則の電流によって発生すると解釈すべきか、あるいはファラディーの法則に因る『電圧時間積分』で発生すると解釈するべきなのか悩ましい意味を含んでいる。『磁束』と言う空間に実在するとは理解仕兼ねる概念が、科学技術の解釈に有用なものとして長く理科教育によって基礎共通科学常識となっている。『電荷』と同じく『磁束』と言う物理概念が如何なる空間的実在性を持っているかを明確に示す事が電気物理の命題であると考える。具体像として認識できない抽象性ではこれからの科学の社会的理解が得られないと危惧せざるを得ない。電気物理はそれらの基礎概念を明確にする事から取り組まなければならない筈だ。今回は拙い電気回路現象の知り得る範囲から、電圧時間積分と言う電気工学の考え方で、『磁束』と言う意味を取上げて電気コイル周りのエネルギーを考えてみたい。電気技術ではリアクトルと言い、理論ではコイルと言う電気エネルギーの空間貯蔵回路要素の話になる。電圧時間積分と言う技術用語を初めて知ったのが、ロイヤーインバーターの不思議な電気回路現象であった。それ以降磁束はアンペアと言う電流では捉えるべきでないと確信してしまった。もう50年も前のことである。現在はその延長として『電流は流れず』と言うところに居る。とても金属導体中を流れる『負の電荷』の逆流等と言う物理概念が電流だなどと言ってすまし込んでいる訳にはいかないのだ。この記事を書く意味は、理学と言う理論に偏り過ぎた意味を科学技術と言う現実的な応用の中に隠れた真実を見直す事によって理解して欲しいとの願いからであった。教育の中に間違った真理らしき内容が多く含まれている現実を修正しなければならないと思った。ロイヤーインバーターで洗濯機用の単相誘導電動機を運転した頃の『電圧時間積分』の意味を磁束との関係で取上げようと準備しながら、その前にコイルの基本的意味を別に解説したいと考えてのことである。理学と技術の意味を考える例題として有用と思ったから。

コイルと電圧時間積分

 電気回路にコイルが含まれると、そのコイルはエネルギーを貯蔵する働きでその機能を特徴付けて解釈される。このような電気現象のエネルギーに因る捉え方が電気物理として特に考慮して欲しい点だ。コイルの中の空間にエネルギーが実在すると言う感覚的認識が必要なのだ。二分の一にインダクタンスと電流の2乗の積の式で覚える数学的な電気知識でなく、コイルの電気導体で囲まれた空間内にある『エネルギー』の空間物理量を認識して欲しい。コイルに掛る電圧とは何か?その電圧がエネルギーとどのような関係にあるかをこの記事を書きながら、考えてみたい。ただ電圧と電流で回路を解析するだけでは、それは電気技術論でしかなく、電気物理と言う自然現象の奥深さを知る自然観には程遠いと言う意味を理解して欲しい。電圧も電流も電気技術解釈用の技術概念でしかないと言うことを。然し、その電圧、電流と言う科学技術概念が如何に実用性で優れたものであるかを知る為にも、電気回路現象の真の姿を理解して初めて可能になることを知らなければならない。電線路で囲まれた空間に磁界とか、電界とか理論付をする意味を考えれば、その空間に何かがあるからそのように捉えるのだと言う意味位は察知出来よう。電線路導体で囲まれた空間に『エネルギー』が存在し、また流れているからなのである。その『エネルギー』は光速度と言う途轍もない速度で空間のエネルギー分布の欠損が生じれば補う。実験的にそのエネルギーの流れを計測など出来る筈もない。その『エネルギー』を科学技術概念の電圧と電流と言う計測量で捉えて、実用的理論に構築した意味が如何に偉大であるかを知らなければならない。しかし電線の金属導体内を電子や電荷が流れている訳ではない事は自然現象の真理として理解することと科学技術概念の意味とは異なることも知らなければならない。電圧時間積分についてコイルの端子電圧vとした時、積分 ∫vdt [Wb] は磁束の意味になる。ファラディーの法則の積分形である。このコイルに印加される電圧の時間の長さが何故磁束になるのか。コイルに掛る電圧とはどんな物理的意味を持っているのか。それらの疑問を解くには、すべてエネルギーとの関係で明らかにしなければならない問題だ。しかし、磁束もその次元は[(HJ)^1/2^](単位換算表を下に示す。)、電圧の次元も[(J/F)^1/2^]とエネルギーの単位ジュール[J]とは異なる。電気技術単位もエネルギーのある観方の解釈概念で有れば、最終的にはエネルギーとの関係を明らかにして、理解する必要があろう。その事をコイルのエネルギー貯蔵機能と言う点に的を絞って考えたい。ここで、別に電気物理(コイルの電圧)として先に纏めて置くことにした。追記。前に記した記事:LとCと空間エネルギー (2017/08/02) も参考になろう。

考察回路2例 電源は直流電圧とする。抵抗とインダクタンスの並列回路、回路(1)と直列回路、回路(2)の二つの回路例を取上げて、そのコイルLの動作機能を考えてみよう。電源電圧を直流としたのは交流電圧よりも電圧値が一定であることから、電気現象の意味を理解し易いだろうとの事で選んだ。コイルに直流電圧を掛けることは一般的には考えられない事例であろう。回路例(1)ではもろにコイルに直流電圧を掛けることになるから結果的には危険な電源短絡事故となる。一応保護ヒューズを電源に入れて配慮した。

空間の電気量 物理学では時空論と言う言葉が使われる。物理現象は空間の中に展開される電磁現象とも言えよう。光は空間世界の王者でもある。それは空間に描く時間とエネルギーの営みでもある。そんな意味で、光が描く空間長と時間の関係は『エネルギー』と言う実在物理量に因って理解できる筈だ。1990年(平成2年)の秋頃に、完成した自然単位系がある。措置と言う強制牢獄への穴に落ちる少し前のこと。自然現象を理解するに科学技術概念だけではなかなか複雑過ぎて難しい。空間とエネルギーだけで電気用語の意味をまとめた表を載せる。すべての電気量がエネルギーのジュール[J]との関係で算定できる。電気量の次元を換算するに使うに便利である。余り物理学では、空間の意味にファラッド[F]やヘンリー[H]を意識していないようであるが、時間の次元も[s=(HF)^1/2^]で関係付られる。光の速度を決めるのもこの空間の物理的関係に因る。この空間の誘電率、透磁率の物理的意味合いを明確にする課題がまだ残されている。それはどうしても哲学の領域にもなるかと思う。科学と哲学の課題でもある。空間で『エネルギー』がどのように共振現象で伝播するかの解答が。何方かの挑戦を期待したい。

回路(1)の電気現象 スイッチによって二つの場合を考える。

(a) S1:on 、S2:off の抵抗負荷。電源スイッチ S をオンする。回路解釈は直ちに一定電流i=E/R[A]になると理解する。技術論としてはそれで十分である。然し物理現象としては、負荷抵抗に供給されるエネルギーは電線内を通って供給される訳ではなく、電線路で囲まれた空間を通して供給されることを知らなければならない。厳密には突然スイッチの周りのエネルギーギャップの空間が閉じられるのだから、複雑な空間の動揺を伴った後オームの法則通りの平常状態に落ち着くのだ。電気技術で負荷電力P=E^2^/R [W]と計算される。ワット[W]=[J/s]である。電圧の単位は[V]で抵抗の単位は[Ω]である。[V]と[Ω]で、どのように単位換算されて電力が[J/s=W]となるのか。その物理的意味をどのように解釈するのか。このことに関連して、やはり別に電気抵抗体の物理として考えをまとめた。

(b)S1:off 、S2:onでSオンする。実際はスイッチSオンすると同時に、電源短絡事故となろう。コイルのインダクタンスがL[H]であれば、電流はi= E/L∫dt [A]で直線的に増加する筈だが、そこには空間的な別の意味が関わっている筈だ。コイル空間が真空であったとすれば、エネルギーの空間貯蔵に空気中と異なる意味が含まれるかも知れないと言う疑問はある。コイル内の空間にエネルギーが貯蔵されると言う意味は、その空間のエネルギー貯蔵限界があると言う点を知らなければならない。ただ空気中の磁束量の限界と言う空間破壊の解釈は聞かない。電界の空間破壊は高電界30kV/cmと良く聞くが。それも磁場と電場と言う違いはあるが、空間のエネルギー貯蔵限界に因る物理現象の意味である。コイル電流i[A]に因って、コイル内に磁束[Wb]が生じると言うのがアンペアの法則に基づく解釈である。次元を考えれば、電流[A=C/s]からどのような物理現象として、磁束[Wb]が発生すると言うのだろうか。電荷には磁束を発生する物理量的な次元の意味が在るのかを問わなければならない。電気技術論として1800年頃に発見された知見が現在の物理学概念として本当に有用なのか。電荷と磁束の間の空間に起きる次元変換の物理的見解が必要と思う。そこには『電荷』の物理的空間像が示されなければ、答は得られないと思う。なお、電圧時間積分は電流i=(∫Edt)/L の中に含まれている。磁束φ=Li と同じ式ではある。

回路(2)の電気現象 R-Lの直列回路で、やはりLの機能を考えてみよう。既に、電気物理(コイルの電圧)としてまとめたので大よその意味は分かろう。コイルのスイッチS’:off で電圧を掛ければ、指数関数的に電流i がE/Rの値まで増加し、コイル電圧はエネルギー貯蔵した状態で零となる。

『問』 その状態でスイッチ S’ をオンとしてコイル端子を閉じるとする。その後の電流はオンしたスイッチ部を通るか、コイルL内を通るか。

『答』 尋ねたいのは、コイル端子を閉じたときコイルの貯蔵エネルギーは電流 i に因るのか、それとは別にコイル内の空間に貯蔵されたものと考えるのか、どちらで理解するかを答えて欲しいのだ。電流 i が電源に繋がった導線部 S’ を流れずに、わざわざコイル内を流れるとは考え難かろう。然しコイル内にはエネルギーが貯蔵されていると解釈しなければならない。そのコイルのエネルギーは電流に因るのか、コイル内の空間に貯蔵されたものと考えるのかを問うのである。ただ時間と共にそのコイルエネルギーも空間に放射あるいは抵抗で熱化されて無くなる。

回路の電流 回路(1)と回路(2)の電流値の様子を考えてみよう。

電流値 電圧が 100V 、抵抗値10Ω、 インダクタンス10[mH]として図に示した。回路(1)の(b)の場合で、コイルに電圧を印加した時、電源投入後何[ms]で電源短絡となるかは分からない。? 記号で示した。その状態をコイル内の磁束が飽和した為と技術的には考える。物理的には、コイル内の貯蔵エネルギーの受け入れが出来ない限度を超えたからである。また、回路(2)では、スイッチS’ を投入した瞬時にコイル端子は回路から切り離された状態になり、抵抗のみの回路となる。その時コイルのエネルギーはそのまま分離されてコイル内に留まり、時間と共に消えることになる。

むすび 記事の内容を見ると、電気物理と言いながら数式が全く無いことに気付いた。電気現象はその技術概念電圧と電流が解析の要となっている。然し、その電圧とは?電流とは?と殆ど疑問に思われてはいないようであった。30年前に『電荷』概念の空間像を描けないと疑問に思って、何か世間の囃したての中に揉まれながら、人生意気に感じて頑張っている内に、とうとう浦島退屈論の仕儀となってしまった。やっと御蔭さまで、電圧と電流の物理的空間像が描ける境地に辿り着いたようだ。電圧の2乗が次元[J/F]、 電流の2乗が次元[J/H]でその空間の空間エネルギーを捉えたものであると。電気回路の空間構造のコンデンサ機能の[F] とコイル機能の[H]とでその空間のエネルギー貯蔵量を捉えることが出来ると安堵の境地。やっと技術概念の物理的意味が理解できた。電圧-その意味と正体ー (2016/05/15)ではまだ疑問との格闘にあったようだ。然しその記事の文末に導体近傍のエネルギー分布を確信した記事が記してある。その実験的検証が在ったことで、ここまで来れたと感謝する。

電気抵抗体の物理

はじめに
改めて電気抵抗の何を書くのかと思われそうだ。しかも物理とはどんな意味が抵抗にあるのかと。前にコイルの電圧の事を記した。電気回路要素にはコンデンサとインダクタンスと抵抗しかない。しかし、抵抗だけMKSA単位系の中で特別の単位[Ω]が使われる。この単位の意味がどんな物理的特性を表現したものと理解しているのだろうか。自然単位系として、JHFM単位系を提唱した。エネルギージュール[J]を基本としてヘンリー[H]、ファラッド[F]の空間構造単位と長さ[M]だけで全ての物理量を捉える考え方である。その中では抵抗[Ω]は[(H/F)^1/2^]と言う次元となる。何故、抵抗がインダクタンスとコンデンサの単位と関係があるのか。ここにこそ抵抗体の物理的意味合いが隠されているのだ。物理と言う一般的な意味は、科学的に物の理屈を明らかにすると言うように捉えられていよう。ならば、科学論として実験的に検証可能でなければとそれは物理の中には入れてもらえないようにも思う。そうなれば、空間に実在するエネルギーなどを論じることは出来なくなる。正しく、物理学で捉え切れていない空間のエネルギーが本当に科学論の根幹に据えなければならない基本概念の筈である。空間のエネルギーを計ることは可能かどうかとても難しい問題と思う。ここで、電気回路の中でオームの法則として一番基になる抵抗の意味を空間の構造体として捉える考え方を述べたい。

電線路の特性
電線路は電気エネルギーを供給する設備である。最低二本の電線を張れば可能である。その細い2本の電線を張ったその空間には電気特性としてのコンデンサの意味とインダクタンスの意味が含まれている。幾ら細くても2本の導線の間にはコンデンサの機能がある。電流が流れれば(流れないと言いながら済みません)、1ターンのコイルを成すとも見られるから、その空間はインダクタンスの機能を持ってもいる。

電線路エネルギーと特性インピーダンス

電線路に電圧を掛ければ、無負荷でも線路空間にはエネルギーが蓄えられる。それは線路のコンデンサとしての機能で解釈され、その充電エネルギーと看做して良い。図の①のように線路の静電容量をC[F]として理解できる。

次に負荷がかかれば、②にように線路に電流が流れると、電線路はインダクタンスの機能を発揮する。負荷に伝送するエネルギーに因って、電線路に生じるエネルギーである。図では伝送エネルギーと表現したが、★印を付けて少し意味合いが違い、線路内に加わった貯蔵エネルギーと考えた方が良かろうという意味で捉えた。エネルギー伝送量の変化が生じると、その変化を抑制する電気的慣性の意味と捉えた方が良い。

この電線路の静電容量Cとか誘導インダクタンスLとかの捉え方は、送電線路の送電特性を解釈する基本的考え方になっている技術概念である。一般には単位長さ1キロメートル当たりの定数[mH/km] 、[μF/km]として線路特性を評価する。その線路の特性インピーダンスZ= √(L/C)^1/2^ [Ω]を使う。それは身近な2本線の電線路でも同じ事であり、図のようになる。

抵抗の空間特性 抵抗はエネルギーを消費する機能要素と普通は捉えるだろう。しかし抵抗でエネルギーが消失する訳では決してない。ただエネルギーの変換が成されるだけである。電気エネルギーを熱や光エネルギーに変換するのが抵抗体である。抵抗体でもエネルギー保存則は成り立っているのだ。だから抵抗とはエネルギーの変換機能であり、抵抗体の分子・原子構造体が成す空間格子構造の物理的意味を持っている要素であると解釈すべきであろう。電線路の意味に似ているのである。L とCの空間構造の成す構造体と言う捉え方が物理的解釈である。 この捉え方をする訳の説明になるかと思う設問を提起したい。

『問』 エジソンが発明した白熱電球がある。その電球もヒラメントは抵抗体である。抵抗は温度が上がると抵抗値が大きくなる。その訳を説明してください。

『答』 (ヒント)教科書では電子が抵抗の中を通過する(電流が流れる)ことになっている。電子が通るとどうして抵抗体が熱くなるのかの物理的解釈を示して欲しい。それが出来ない時本当の訳を考えると思う。数式では解答できない問題だと思う。物理学とは本来日常の言葉で理解することが基本だと思う。教科書の解釈の論理性を問う事でもある。(関連記事) 『オームの法則』-物理学解剖論ー (2013/04/16) 白熱電球のエネルギー変換原理は? (2018/02/12)。答えとしては、電荷とか電流と言う物理的描像が空間的に不明確な概念での解釈では無理であろうと思う。エネルギーの変換現象であるから、抵抗構造体の中にエネルギーの高密度集積がなければ、抵抗体からのエネルギー放射として温度計測の測定体にエネルギーの入射は起きないだろう。温度上昇はその物体にエネルギーが貯蔵されたから起きる現象である。物体の何処にエネルギーが貯蔵されるかと言えば、その分子結合の格子空間内に蓄えられるとしか考えられない。思い出した不思議がある。周期律表と抵抗率 (2016/06/16) の意味である。何故隣同士の原子でこれ程抵抗率が違うのか。原子構造が周回電子で解釈される意味で、どのようにその差が起きるかの疑問を説明できるだろうか。電子周回論には原子構造解釈に有益な論理性が観えないと思わざるを得ない。抵抗体のL、Cの空間構造に因るエネルギー変換特性の捉え方に関係付けても、電荷に因る電子周回論に納得出来ない思いだ。これは一般的科学研究の論文発表における査読検証の世界で通用する科学論にはならないだろう。然し、科学理論の根底にある矛盾として、『電荷』否定の一つの実験結果『静電界は磁界を伴う』がすべて意味を包含していると考える。その意味を踏まえれば、日常用語で語る考えも十分科学論として意味があると思う。空間エネルギーの測定が出来なくても、クーロンの法則で『電荷』量の測定が出来ない意味と同じ事と思う。より基礎概念が基本量に統一されて解釈できることが、市民の科学論の理解に資する筈であろう。

抵抗体とLC構造 

抵抗に電圧vが掛って、電流iが流れたとする。その抵抗体は確かに電気エネルギーを消費する。然し消費したからと言って、そのエネルギーが抵抗体の中で行方不明になる訳ではない。電気コンロで有れば、そのヒーターがエネルギーを蓄積して、温度上昇をする。温度上昇は抵抗体の中にエネルギーが蓄積されて、その抵抗体に入射するエネルギー量と放射するエネルギー量が平衡した状態で定常状態の抵抗機能の電気現象になる。抵抗体の物性により、比熱とか様々な科学評価認識量でその抵抗機能が異なる。然し基本的には、抵抗はその内部機能がLとCによって構成された構造体と解釈できる。図に示したように、電圧v は抵抗体周辺の空間エネルギーの分布の様相にその物理的本質を持ち、その空間積分を表したものと解釈する。陰極線が電圧の負側から流れるのは古く放電管の実験で示されている。その陰極線と言うのがエネルギー流なのである。だから抵抗体の電圧負側から抵抗体の表面に均等にエネルギーが入射すると考えれば、図のような分布になるだろうとの予想を表現した。熱と光のエネルギーが放射され、エネルギーの入射、放射が平衡する。木炭などは結晶体とは言わないだろうが、電気的にはその構造の空間にエネルギーが貯蔵され赤く加熱される。電気抵抗は結晶格子構造を成し、その構成要素がそれぞれ単位要素としてLC構造体を成していると考えた。

むすび

電気回路要素の抵抗は電気を学ぶ最初に学習し、 誰もが基本として理解している筈である。然しその物理的意味を突き詰めると、LC構造体として理解することに辿り着いた。単位[Ω]が持つ意味は結局[(H/F)^1/2^]と言う空間構造の電気特性を持った科学技術概念であった。今振り返って、科学技術と理論物理学の間の関係が、その基礎の中味を掘り下げて観て、そこに関わる人の意識の問題に深く関わっていると思う。そこに市民に開かれた科学論の未来が託されていると思う。今とても感謝することがある。このブログに因って、書きながら自分の科学感覚を整理し、『エネルギー』に統一した認識に到達できたことである。過去の電気回路とスイッチの機能 (2016/06/01) から周期律表と抵抗率(2016/06/09) 電気抵抗のエネルギー論 (2016/06/15) などと書きながら、やっとここに辿りつけたと思う。浦島退屈論のようで情けない思いもあるが?

 

電気物理(コイルの電圧)

はじめに
考えるということはどう言うことかと思った。分からないこと、疑問に思うことは突然頭の中に浮かび上がる。しかも、その内容は至極当たり前で、、今まで特別気にも留めないものである。しかし、不図気付くと何故か答に窮してしまう。それが標題の『コイルの電圧』の意味である。電気物理(電圧時間積分とエネルギー)を書きながら、コイルの電圧の意味だけ確認して置かなければと気付いたのでここに纏めたい。

統合するということ
電線路は空間を通してエネルギーを供給する設備であると前から述べ理解していた。電流と言う負の電荷の電子など電線を流れていないと理解していた。そこにコイルの機能を物理的にどう理解すべきかと考えたときに、磁束を電圧時間積分として納得していたにも拘らず、磁束飽和とコイルエネルギー貯蔵の関係を統合して理解していない事に気付いた。解った心算でいただけで、本当は分かっていなかったのだと。ここで、この難問にどう始末を付けるかと気分が暗闇に落ち込む。様々な電気現象の中からパズルの組み立てのような、何か忘れている駒札が無いかと探る。考えることは忘れものを拾って結びつける作業のようだ。その仕方は決して理屈で考えるというものと違い、自分の感覚に馴染むものを探し出すような精神的作務のようである。何か特別にどう研究するという事ではない。ただ「ボー」と思い悩むだけのようだ。今回の経験はそんな感じの答えへの道であった。

納得したこと コイルの電圧とはどんな意味を持っているのだろうか?と一瞬思い直した。『電圧時間積分』と言う意味を大切なことと理解していながら、電圧が線路の空間エネルギー分布の解釈技術概念であるという事との繋がりで意識していなかった。磁束が物理的実体でないことを唱えながら、磁束飽和現象と言う意味とエネルギー貯蔵の意味との統合に失調していたことに気付いた。

電圧とエネルギーギャップ コイルの回路解釈は電流iと電圧でvで解釈する。コイルのインダクタンスL[H]とすれば、コイルの貯蔵エネルギーはW=(1/2)Li^2^[J]と流れるコイル電流の瞬時値[A]の2乗で評価する。この数式による解釈が電気磁気学、物理学の世界の常識である。この式で理解するということは、そのエネルギーはどこにどのように分布していると考えるのだろうか。一方コイルはその特徴を磁束で解釈する。磁束とエネルギーの関係をどのように理解しているのだろうか。磁束が直接エネルギーと同じとは理解していない筈だ。結論は上の図のように、電圧の極性の負側の導線近傍にエネルギーの高密度分布が存在し、そこからコイル導線近傍にエネルギーが入って行く。コイルの導線同士の間の空間にエネルギーが分布し、そのコイル全体にエネルギー分布が行き渡った時、コイル内のエネルギー分布が平衡し、エネルギーの貯蔵余裕が無くなった時コイル端子間のエネルギーギャップが零となる。その状態がコイル端子電圧零の状態である。電圧から見れば、コイルにはエネルギーが貯蔵されているにも拘らず、コイル端子がスイッチで短絡された状態になる。これがコイルの端子電圧の物理的意味である。電気回路におけるスイッチの物理的意味が、そのスイッチの端子間のエネルギーギャップの有る、無しの意味と同じようなことである。実際はこのようなエネルギーギャップの意味をスイッチ端子間の『電荷』分布で解釈している訳である。その『電荷』は自然界に実在するものではないのだ。

結合エネルギー:不思議の砦

結合エネルギーの世界
最近高等学校の化学の授業内容で結合エネルギーがあることを知った。ヘスの法則も1840年頃の発表であったらしい。しかし1954年に受けた授業の化学には無かった内容のように思うが、勉強しなかった為に知らなかっただけなのかも。筆者の知らない世界の化学であった。時代遅れを恥じる。結合エネルギーと言う用語は、高等学校での電気工学の教科「発変電」を教える時に、原子核分裂の物理現象の解釈理論として学習書を通して初めて学んだ。原子理論の質量ーエネルギー等価則として理解して来た。その原子理論の結合エネルギーを今考え直してみると、混乱してしまうほど理解できていない自分に戸惑う。筆者も高校1年生で化学の授業を受けた。原子結合の共有結合がクーロンの法則の原則に従わずに手を繋ぐ意味が分からず、化学への学習閉塞を来たしてしまった過去が在る。そんな過去を今まで引き摺って来たのかと思うほど、高等学校の理科の科目、化学の結合エネルギーと原子核理論のそれとは真逆の意味ではないかとさえ錯覚するほど混乱をしている。原子の鉄を境にして変わると原子論では唱えられる。そこで、結合エネルギーの物理的意味は『エネルギー』の空間実在量として解釈する時、どのようなものと捉えれば良いか疑問に突き当たる。高校生が学習できるのに筆者には理解できない現在の化学の結合エネルギーのように思う。結論への話がマグネットの結合模様につながればと儚い期待を持って。結合エネルギーの空間像をどのように描き得るかと。

高等学校の理科「化学」での結合エネルギー その結合エネルギーの意味は原子結合での外殻電子の共有結合の結合エネルギーとして解釈しているようだ。その時の電子の結合に果たすエネルギーをどのような物理的意味で捉えているかと解説を読んで確認しても、極めて漠然とした曖昧な意味にしか見えない。共有結合とは、どのように『負の電荷と質量を統合して空間を支配する実在物の電子―これが専門家の素粒子論で曖昧な実在性のままだ―』と言う素粒子が互いに他を共有し合うという結合の理屈が見えない。何故電子同士が結合の力を生みだし得るのか。その共有結合という役割を担う科学論の論理性に基づくエネルギーがどのようなものと捉えているか?その電子同士の結合に関わるエネルギー概念の論理的な解釈・意味合いが全く見えない。それは考える科学と言うより、科学常識を覚える理科教科にしか見えない。生徒も疑問に思っても、授業を邪魔してはいけないから、何故かとは質問もし難かろう。筆者もこの度初めて化学結合の結合エネルギーと言う解説が在ることを知った。検索から学習させて頂いた。しかし残念ながら、筆者の能力では化学での結合エネルギーの意味が理解できない能力不足の壁に突き当たったまま前進できない。その疑問が結合エネルギーの専門家の解説を読んでも、高い砦となって立入れない始末だ。その疑問を恥ずかしながら、ここに記したい。

結合エネルギー 結合エネルギーの意味が理解出来ずに、その疑問の対象に水素、酸素および水について検索から拾った関係式を挙げた。先ず、(1)、(2)式について考える。(1)式は2個の水素原子が結合して水素分子になると、432kJのエネルギーが放射されるという意味なのか?水素原子が分子でなくても普通に存在するという意味か。その原子が2個結合すると放射するエネルギーと水素分子で式の等号がエネルギーの等価の意味で成り立つという意味で捉えたくなる。当然質量がエネルギーとして等価換算された意味での等価性として。その上で、2個の水素原子が結合すると、その水素分子は質量が減少して、結合のエネルギーに費やされてしまうそのエネルギーが432kJの結合エネルギーだという意味か?総体として質量のエネルギー変換量と質量の総和はエネルギーとして同じ意味でなければならないと考える。式の等号の持つ意味に照らして、その+432kJの意味が理解できない。(2)式の酸素の関係についても同じく理解できない。(3)、(4)式の水の生成について286[kJ]と言う生成エネルギーが在ることも初めて知った。この式の意味するところは燃料電池との関係でとても興味を持つ。286[kJ]のエネルギー量は化学の標準気圧で温度273[K]での評価量であろう。燃料電池は水素ボンベの高圧ガスが使われるから水素の保有エネルギーは高いものである。そのような実際の技術との関係で解説が欲しい。その時本当の意味で、286[kJ]の意味が分かる筈だ。燃料電池は電気エネルギーの供給源で、電子で解説されるが、この286[kJ]を電子が負荷に運ぶのだろうか。そんな意味が理科の化学に解説して頂かなければ、「理科基礎」への統一は困難だと思うから。

燃焼 前にお恥ずかしいながら、焚火の科学などを書いた。それも今年(2018/05/26)の記事だ。結局この式を知らなかっただけのことであった。炭素と酸素の結合エネルギーと言うことで、高校生の化学の教科書の内容である。そこで考える。焚火の科学にも有る、何が等価であるか である。上の394[kJ]のエネルギーが結合エネルギーと言う意味なんだろう。炭素と酸素が化学的に結合して、炭酸ガスになる。ここで解説によれば、炭酸ガス1[mol]を分解するには394[kJ]のエネルギーを加えないと、構成要素の炭素と酸素に解離することが出来ないとある。その意味を咀嚼すれば、394[kJ]はCO2の分子の中に結合力として内在しているエネルギーと言う訳ではないようだ。それなら結合エネルギーと言う表現の用語の意味とは異なるように思う。分子CO2内に結合の働きとしての役割を持っているなら、その中に在るエネルギーの筈である。従って外部から394[kJ]のエネルギーを加えて要素に分解するという意味とは異なると思う。新しい大学入試試験問題の内容も記憶だけでなく思考力を重視すると考えられているようだ。この結合エネルギーと言う意味を取上げても、そのエネルギーと言う意味を教育する側が具体的にどのようなものと納得できているのだろうか。何かただ教育手法として過去を引きずっているだけではないか。やっと燃焼の意味が分かったかと安心したのだが、良く考えると能力不足から高校生が学習する内容さえ理解できないで混乱している自分の無様を恥じる。疑問が増えるだけで、理解に至らない。炭素C、燃料の薪を燃やす時の化学的燃焼現象を日常生活の中で理解することが自然科学の理科の教育内容として求められることであろう。炭素と酸素を反応させるには条件が在る筈だ。炭素の1モルは炭素分子(ガス)と言う捉え方はしないようだ。炭素がガス化しないと燃焼条件を満たさないだろう。炭素と高温水蒸気との関係での結合もあるようだ。394kJのエネルギーがどのような意味を持ったものなのかが明確でなければならない。燃焼の発熱エネルギーは結合エネルギーとは関係ないものなのか?炭素と酸素の化学的結合で発生する熱エネルギーが幾らか、またその燃焼環境条件が何かが日常生活に関係した自然科学論として教育すべき内容になると思う。山に柴刈りに行って、薪を蓄え生活の竈を守る営みの中で燃料・炭素の酸化現象は飛び抜けた燃焼の意味になろう。単に結合エネルギーで説明が付くとは思えない。そこには原子構造で硬い粒子の原子構成要素と言う捉え方でない、エネルギー粒子が見えるからの解釈である。当然「電荷」は実在しない事になる。同様に水素燃料電池の発電エネルギーと結合エネルギーの286kJとの関係も明らかにされなければならないと思う。

原子核分裂理論の結合エネルギー 

科学技術の拠り所が原子論である。エレクトロニクスは現代社会の情報革命を成した。エレクトロンはその根源概念の電子である。原子構造論がなければ電子もなかった。原子構成の基は陽子、中性子そして電子となっている。人の意識には『電荷』が在って初めて科学を論じられる。自然の世界は『電荷』の支配と人は意識する。その中でその『電荷』を否定する観点から原子構造に疑問を掛ける。原子核分裂元素で発電技術に利用されるのは殆どウラン235である。核分裂における結合エネルギーは化学結合の結合エネルギーとは意味合いが異なる。原子核内の陽子と中性子が結合することによるその原子の質量欠損分を結合エネルギーと評価しているようだ。基の陽子と中性子の質量の総和よりウラン原子の質量が減少していることを質量欠損として捉え、その質量減少分のエネルギー換算値を結合エネルギーと呼んでいる。そのウラン原子核が核分裂すると、エネルギーが放射されるとの論理が核分裂現象の理論となっている。おかしくは無いか?核分裂の前後で少ない質量から分裂後に質量が増える結果になる。ウラン原子が中性子と陽子の質量の総和より増加していれば、分裂によって質量がエネルギーに変換したと理屈が成り立つ。核分裂して分裂後の質量が増えていれば、核分裂で質量がエネルギーに変換されたとは成らない筈だ。原子核理論の結合エネルギーの意味は、核分裂によるエネルギー放射の理屈が成り立たないではないか。確かに分裂後に陽子と中性子になる訳ではないが、分裂後の分裂原子の全ての質量を算定するなど不可能である。検証はできないが、質量が欠損したウランのどこに質量がエネルギーに変換される論拠が在るのだろうか。実際に原子核分裂でエネルギーを利用している。結合エネルギーの意味にはエネルギーを生み出す原理が見えない。もう一つ理解できない原子核分裂理論が在る。ウラン235はウラン鉱石に0.7%しか存在しない。ウラン238は99%も含まれているが、それは核分裂燃料には成らないようだが、その訳は何故か?自然界の存在限界に近い質量のウランでありながら、何故238は分裂しないのか。その理由が明確でなければ原子核理論が論理的とは言えない。人の科学理論の理解し得ない砦の魔境が在るようにも思える。

マグネット結合 

マグネットは天からの贈り物だ。眺めても何も見えないのに、周りに不思議な力を作り出す。魔法の力だ。物理学でも、磁束を作り出す『磁荷』は世界に存在しない事になっている。電束の基は電荷となっているから、磁荷がなければ磁束も無い筈だ。とは言っても電荷が実在しないにも拘らず電束があると解釈されている電磁界理論であるから、磁束を責める訳にもいかない。実在する世界の根源要素はエネルギーだけで十分である。マグネットもその近傍空間、NSの磁極近傍のエネルギー流がその磁気の機能を特性付けているのである。1年程前に水と水素とエネルギー流として絵図にした記事水の妖精七変化(エネルギー)が在る。水素をマグネットのエネルギー流として解釈した。次のマグネット結合になる。

マグネット結合 結合エネルギーは質量欠損と関連付けられている。結合すると安定するから質量が減少すると解説される。質量は全くエネルギーと等価である。その事からマグネットの結合をその原理の解釈法に取れば納得出来ると考えた。マグネットには磁極近傍空間にエネルギー流が在る。3個のマグネットを結合したとする。それが②である。結合した結果、結合面のエネルギー流はなくなる。3個のマグネットで、6個のエネルギー流が有ったのが、その内のエネルギー流4つが消える。エネルギーと結合(2018/10/10)にも有る。

 

 

エネルギー その見えざる正体

見えないもの 世界を光によって見ることが出来る。しかし、その光を見ることは出来ない。光がどんな形をしているかは分からない。その光の形を科学的に検証して確かめることも出来ない。しかし光は世界の実在的物理量で、空間に実在する。光は空間エネルギー分布波であると言っても、そのエネルギー波を検出をする測定法は無いだろう。何しろ1秒間に30万キロメートルの速度で通過する空間エネルギーの密度波であるから。そのエネルギーの分布状態を計る測定法が見つかれば夢の世界が広がるのだが。 見えるもの 見えないもの  にも見えないものについて述べた。その科学的に測定・検証できない電磁波の空間エネルギーについて述べようと思う。エネルギー程自然世界の根源を成しながら、その姿を見ることが出来ない不思議なものもないと思うから。大学教育に求められる「電気磁気学」 はその眼に見えない空間エネルギー波が光の本質であることを理解することを求めたものである。その見えざる正体を電磁波の中に観ることを論じたい。 眼で見えない物を心で観る夢としたい。 

電磁波はエネルギー波

図1.電磁波とエネルギー分布 正弦波の電磁波はマックスウエル電磁場方程式の解釈により、電界E と磁界Hの直交したベクトルの波動として表現される。その電界と磁界の偏微分形式で方程式に表現されている。しかし、電界や磁界が空間にあると考えるなら、その空間にはエネルギーがあると解釈される筈であるが、エネルギー分布についての解釈は電気磁気学の電波伝搬現象には見えないようだ。エネルギー波という解釈の記述について見た記憶がない。何故なんだろうか。電波伝播現象ではない静止電磁場については電界エネルギー「(1/2)εE^2^[J]」とか磁界エネルギー「(1/2)μH^2^[J]」とかの解釈がされているにも拘らずである。光速度伝播での電磁界については空間エネルギーという概念が消えてしまう人間の不思議な科学的習性を観なければならないのかと。そこで、今回はその光速度伝播の電磁界についても空間エネルギーが実在するのだということを伝える為に、その正弦電磁波のエネルギー分布を描いてエネルギーの実在性を解説しようと考えた。電磁波の本質は電界や磁界ではなく、エネルギー波なのである。それが光が空間エネルギーの縦波だという解釈に通じる事の要になるのである。図のように、正弦波の波長λとすれば、その半波長 λ/2 の繰り返し正弦波分布波となる。実はこのエネルギー密度分布波δ[J/㎥]の空間伝播現象を解説しようと考えたとき、このエネルギー波の表現法に困惑してしまった。そのことで、前の記事、瞬時電磁界と概念になった。エネルギー波が電気磁気学で取り上げられない訳の一つに、その空間表現が困難であるからかも知れないと考えるに至った。それが見えないものを観る困難かとも思う。しかし、エネルギー単位量子という捉え方で電磁波のエネルギー縦波伝播現象の解釈が欠かせないと考え、その意味を解説したい。

エネルギー単位量子

図2.エネルギー単位量子 ε=(λ/2)(δの平均値)[J]  見ることのできない空間エネルギー分布密度波を、空間に図形表現してみたのが図2.である。石や花のように眼で見ることが出来るものは空間に描ける。平面表現であっても絵にして伝えられる。しかし、空間に実在すると言っても眼に見えない、形の表現のしようがないものを示す事は困難である。質量に付加される運動エネルギーは質量体とその速度を併記すれば、理解できよう。しかし、質量のないエネルギーは目に見えないから形に示せない。これは『禪問答』の部類かもしれない。そこを何とかご容赦頂いて論じさせて頂く。空間を伝播する電磁波は正弦波波長の半分の長さの空間エネルギー密度波の繰り返し波形である。今仮に単位面積あたりを通過するエネルギー波を考えれば、単位面積1[㎡]で長さλ/2[m]の体積のエネルギーε[J]の光速度の縦波伝送として捉えられる。それをエネルギー単位量子と定義する。

見えざる正体

見えない空間エネルギーは光の視界を遮ることもないから、そこに在るとは見えないのだ。電気コイルの中や磁石の周りにエネルギーが在ってもそれは目に見えないのだ。地磁気のエネルギー流が在ってもそれは目に見えないのだ。見えざる正体それが空間に実在するエネルギーなのだ。世界を構成する基であるエネルギー・素原の光がその代表なのだ。その見えざる正体のエネルギーが理科教育に求められる本源だ。サーフィンが夏の海に運動力学の絵を描く。津波とサーフィンは同じ水力学の形を見せている。波のエネルギーとは何かと尋ねれば、振動数が何とやらの解説が検索に出て来る。エネルギーの実在性が見えない理科の解説は間違いである。

『課題』が残る。光の波長はこの「λ/2」を捉えて今まで論じてきた。正弦波波長と光の波長との関係を明確にしなければならない。

過去から今まで

32  『静電界は磁界を伴う』 -この実験事実に基づく電磁界の本質ー

1.まえがき 現代物理学の基本概念に電磁界概念がある。しかし、マックスウエル電磁場方程式には時間的に変動しない電磁界いわゆる静電磁界に対してエネルギー伝播の概念は含まれていない。この解釈から「電荷も電流も時間的に不変である限り電気と磁気とは別々の現象である。」(1)という当然ともいえる結論が得られる。しかし、マックスウエル電磁場方程式をエネルギー伝播という観点から考察したとき、筆者は「電界あるいは磁界のみが単独に存在するような場は有り得ない。」という結論に到達せざるを得ない。・・・

と書き出した、1987年(昭和62年)4月の解釈から少しも進歩していない同じ事を論じ続けているようだ。

瞬時電磁界と概念

瞬時値とは 

電磁気現象を解釈するにも、そこには多くの条件が必要に思える。ある瞬間の電気現象を捉えようとすると、時間が止まった状態を考えなければならない。電圧や電流の瞬時値は幾らという表現をする。少し考えるとその表現には矛盾があるように思う。

電磁気量の概念

電磁気概念と時間 電気磁気学では、電界と磁界が空間場の電磁気現象を論じる時には欠かせない用語である。筆者は電磁場解釈で、瞬時電磁界という捉え方をする。誘電率εo[F/m]、透磁率μo[H/m]の空間に、電磁エネルギーの密度δ[J/㎥]があるとする。そのエネルギーを電気技術概念では電界E[v/m]あるいは磁界H[A/m]という概念で捉える。しかしこの空間に存在する『エネルギー』は質量には全く無関係の物理量であるが、物理学あるいは電気磁気学ではどのように認識しているのかが分からない。物理学での解釈では、エネルギーは仕事をする能力とされている。電磁波が光速度で伝播するのもエネルギーの空間密度波の光と同じ現象の筈である。電磁波は光の電磁気的捉え方として、横波の電界と磁界の波動伝播現象で説明される。しかしその解説には不思議にもエネルギーの意味が無いのだ。そのエネルギーの存在を忘れた解釈の欠陥を説明しようと考えたら、電界や磁界の物理的概念そのものを瞬時値という観方で問い直しておかなければならないと気付いた。そこで標題の『瞬時電磁界』という記事になった。そもそも電界とか磁界という用語がエネルギーの解釈上の科学技術的解釈でしかないのであるから、その意味についてまず考えておかなければならない。携帯端末で送信するのも電池に充電したエネルギーの放射なのである。そのエネルギーの波を波形で描こうとした時、矩形波や正弦波形などでの、その瞬時値という意味でハタと描き切れない困難に直面した。今までもエネルギー密度波を点点の密度表現で済ませていた。エネルギーが空間に実在することには間違いないのだが、その表現法に戸惑う。その辺の表現の困難さもあって、物理学概念での空間エネルギー分布概念の理解の困難さがあるのかも知れない。図に示したように、エネルギー評価するための技術的概念の電界や磁界の瞬時値の意味から確認し直しておこうと思った。電界は電圧が空間に掛るという意味であろう。真空空間に電圧が掛るるという電界の概念自体も不思議な意味である。空間の単位長さに表れる電流という磁界も同じことである。電圧[V]は誘導起電力で[Wb/s]、電荷概念から [C/F]の単位で定義されている。磁界に関係する電流[A]は[C/s]の単位である。電圧も電流も電気回路解釈で、瞬時波形として正弦波などの波形表現するのが科学常識になっている。さてその瞬時値とはどのようなものと考えるか。瞬時とは時間が止まった、時間経過の無い意味でなければならない筈だ。時間で微分する意味の極限概念として「飛ぶ矢は飛ばず」という説明を高校の数学で習った。(2018/10/26 追記訂正)この「飛ぶ矢は飛ばず」の矢は静止状態であるから、空間エネルギーが静止している状態として観れば、正しくその状態が瞬時値の意味に合致している。しかし時間で微分する単位・次元を考えると、極限値という意味は瞬時値とは違うと思う。だから時間に無関係に存在するものは何だろうかと考えると、そこに残る実在はやはり『エネルギー』ということになろう。エネルギー流をポインティングベクトルS で解釈するが、単位面積を単位時間に通過するエネルギー量の意味である。時間の経過1[s]間にという意味も瞬時値とは言えない。30数年前から『瞬時電磁界』などという表現を使ってきた。電界、磁界の用語も使えない“不立文字”の世界に迷い込むような『静電界は磁界を伴う』から辿りついたら、やっぱり『エネルギー』が世界の素原の道であったと確信するに至った。方位コンパスの周りのエネルギー流を見ることはできない。砂鉄模様を眺めてもエネルギー流は見えない。それは科学的検証の出来ない世界かも知れないが、磁気の本質がそこにある。そこに科学の未来を観たい。エネルギーの瞬時空間像をどう描くかを求めて。電荷も次元解析すれば[(FJ)^1/2^] となる。空間のエネルギーとの結びつきは、やはり技術概念のファラッド[F]とヘンリー[H]の哲学的解釈に委ねられているようだ。時間までもが[s]=[(HF)^1/2^]となるから。

嘲りの中で 30数年前も本人が知らない周りのざわつきの中で過ごした。今も出かけるも帰るも知らず、本人が知らない勝手な周りのざわつきの中に居る。買い物しては悪かったのか、鋸を引けばへリコプターに轟音を浴びせられるような脅しの本人の知らない周りのざわつきの中に、知的創造・思考の自由の万引き・天引き悪魔と情報に翻弄されるだけの日々が過ぎている。何が目的か本人無視の犯罪丸抱えの日本人権侵害の世界。健康保険証は身分証明書か に関わる事件が基に在るのか?(2018/12/19)何か変わった事が在るのだろうか?また過去の空洞化人生の一つに気付いた。TEL 0258-36-6899 。30年前の電話番号だ他の人に使って欲しくない。

技術概念『電流』とその測定

はじめに

電気技術は現代社会の基盤を成している。電気理論や回路技術さらにIT情報網は完成された必須の科学技術となっている。しかし《電流とは何か?》と検索してみると、そこに表れる解説は全く訳の分からない説明となっている。殆ど電子の逆流を言うとある。この科学技術社会で、学校教育はじめ科学常識と看做されている内容がどこからこのように決まった解釈手法に迷い込んでしまったのだろうか。『電流』は科学技術概念であり、実に素晴らしい電気計測量なのである。電流は電流計で計る計測量である。それでは電流とは何かを理解するためには、電流計で計るものが何であるかを知らなければならない。今まで『電流は流れず』などと言ってきた責任もあるから、もう一度その意味を解説したい。

可動コイル型電流計

電気回路は電源が電池のような直流が分かりやすいであろう。その回路に流れる電流のアンペア[A]の値を計る測定器の代表が可動コイル型電流計である。それは何を計っているか。

図1.可動コイル型電流計 計器を①可動コイル部構造と②内部回路で表した。回路に流れる電流I[A]をどのように計っているかが計器の動作原理となろう。電流と言うのは電流計で計ったアンペア[A]の値である。電流計は電子の流れ(逆流)など計れる訳が無いのである。電流I[A]と言うものは物理量(自然界の実在量)ではなく、あくまでも電気技術の計測手法として確立した科学技術量なのである。単位アンペア[A]も電荷クーロン[C]の時間微分あるいは単位時間の通過電荷量で定義され[A=C/s]となっている。この電荷の時間微分値等も電流計では測れない。そこで電流計が何を計っているかを知る必要があろう。

電流計は電圧計でエネルギー計測器

基本的には電流を検出するのは抵抗の電圧降下である。②の計器内部のシャント抵抗rs(回路に影響しない精密な低抵抗)に流れる電流Isの電圧降下rs Is [v] を検出しているのである。その電圧をコイルLとそれを囲んだ磁石NSの部分で、電流I'[A]という電流の大きさをコイルの回転角として読み取っているのである。電流計の心臓部とも言える部分が①可動コイル部構造である。磁石とコイルの位置関係がコイル電流I'[A]の値で変わる。磁石とコイル電流の間に働く力の関係はフレミングの法則として説明される。それが教科書の説明であり、それで電気技術者として知識は十分であろう。しかし、物理現象として踏み込んで理解しようとすればそれでは不十分ではなかろうか。直流回路のコイルの意味である。コイルの電気特性はインダクタンスL[H]で捉える。直流回路の場合、コイルが回路内に繋がっていても、電気的に変動が無ければコイルは無いと同じことである。電気的変動が無ければ、コイルの存在は無いのである。それは何故か?コイルとはどのような特性の機能要素かといえば、エネルギーの貯蔵機能がその特徴である。一度コイルにエネルギーが貯蔵されてしまえば、電気回路に変動が無い限り、電気現象はコイルの無い等価回路で書き表される。コイル(エネルギー貯蔵タンク)を短絡して、コイルに負荷電流(コイル電流が内部で還流していると考えても良い)が流れないとしても回路現象としては問題が無い。ただし、コイルの損失が無い理想的な場合ではある。この(磁場と電流間に因る力と異なる)解釈はフレミングの法則の表現する意味とは異なる。磁界を磁束で解釈する科学常識と異なるから。そこで電流計の指針を回転させている力は何かとなる。コイルの周りには、エネルギーが貯蔵されているのであるが、電流が貯蔵されている訳ではない。コイルのエネルギーは電気理論では W=(1/2)LI’^2^[J] とコイル電流で解釈する。それではそのエネルギーとはどのようなものと考えるのか。コイル内の空間にエネルギーが在ると考えるか、そう考えないのか。その解釈が極めて重要なのである。どうも物理学理論では、空間にエネルギーが存在すると解釈していないのではないかと思う。質量に関係しないエネルギーの実在というエネルギー概念が欠落しているように思える。光のエネルギー空間分布と同じ意味の電気現象の解釈が無いようだ。コイルに働く力はエネルギーにあり、その二つのエネルギー流間に因る力でコイルは回転するのである。

①可動コイル部の空間エネルギー

NSの磁石とその中のコイルの磁気について、電気理論では磁束で解釈する。磁束という概念も磁気現象解釈の為の技術概念でしかないのだ。それも空間のエネルギー流の技術的解釈法でしかないのだ。実際は磁極もコイルもその周りにエネルギーが流れているのだ。コイルのエネルギー流が磁石のエネルギー流との間で力を受け、回転するのである。この解釈はフレミングの法則で解釈される現象をエネルギー流間の近接作用力として捉える考え方である。科学論は実験的検証がその論説に欠かせない。だから空間のエネルギー流を観測する方法が無い限り、科学的とは認められないかも知れないが。見えないものを観ることは出来ない意味に成るか。ただ科学的根拠は30年前の『静電界は磁界を伴う』の実験結果のみである。

エネルギー近接作用力

図2.エネルギー近接作用力 コイル電流というものに対して、コイル貯蔵エネルギーは電流と逆向きにコイル内近傍を還流しているのである。回路状態が変化しなければコイル貯蔵エネルギー流は一定のまま流れ続ける訳である。従って、コイルに電流が流れ込む理由は無く、コイルは理論的には回路から切り離されたと考えて良い。元々電線内を電流が流れる訳ではないのである。電線近傍をエネルギーが流れているだけなのであるから。磁石の磁界も図のように磁極表面をエネルギーが還流している磁気現象なのである。今までコンパスの磁気の意味をエネルギー流で解説して来た。磁気はその結合力で特別の強さの意味を持っている。その力の源を磁束という直線的な捉え方では意味が理解できない。力は回転現象に秘められていると解釈する。原子結合力も磁気的エネルギー流にあると思う。参考: 電荷棄却の電子スピン像と原子模型 日本物理学会講演概要集 第64巻2号1分冊、p.18. (2009) にも論じた。

負荷電力と計測

1820年頃、ようやく電気現象の謎が解き明かされるようになった。エルステッドが電流の磁気現象を発見、アンペアが法則を唱えた。と説明される。その当時『電流』などの意味が分かってはいなかった筈だ。言葉で電流の磁気現象と言われると、如何にも電流が分かっていたように錯覚する。電流を計る方法はどのようになされたのか。電流計が完成したのは相当後の1889年頃で、ウエストン型電流計などであろう。それまでにエジソンが1879年に白熱電球を発明し、まず電灯の文明開化が始った。電気エネルギーの供給が産業・商売に成る機運が生まれた。電球の製造・販売や電力供給が産業に成った。さてどう負荷供給電力を、商売の対価を得るために、計るかとなる。測定技術・測定法および測定器が必要になる。何をどう計るかが研究対象に成った筈だ。1881年パリ電気会議で、電気単位 V (ボルト)、A(アンペア)、 Ω(オーム)、 C(クーロン)および F(ファラッド)が決まった。その基準の電気量がどのように決まったかは知らないが、この頃から電流の単位アンペア[A]の計量が研究されたのであろう。

図3.負荷のエネルギー測定技術 直流回路の負荷の消費電力を計るとなれば電圧計と電流計で計る。電気回路の初歩の理論だ。しかし、19世紀中頃を思えば、この測定法を編み出すにどれ程の智慧を絞ったか。ここに西洋技術革新の先進的な努力が隠されていると思う。負荷電力はP[W]で、1秒間の消費エネルギージュール[J]の値を意味している。そんな物理量をどう測定すれば良いか?ストップウオッチで計る訳ではない。電流と電圧で計れるのだ。その測定法を不思議と思わないですか。科学技術の智慧の結晶なのだ。電気を販売するとすれば、エネルギー量となろう。供給したエネルギーの算定はどのようにすればよいか。エネルギーを直接測る方法は難しいだろう。エネルギーが計れないのに、電圧と電流を計って負荷電力p[J/s]を計る方法を完成した。現在は電力量計(ワットアワーメータ)E[kWh]で各家庭への電気エネルギー量ジュール[J]を計っている。

電流計・電圧形で計るもの

電流・電圧の意味 電流も電圧も負荷の電力と抵抗値を計算した値なのである。誠に不思議なり。だから電圧と電流の積が電力p[W]になる。図3.②等価回路とエネルギー流で、電圧・電流計の計測部のコイルは直流回路では変動が無ければ、電源からのエネルギー流には切り離された状態にある。そのコイルに貯蔵されたエネルギー量はコイルの直列抵抗をrとすれば、

電流計ではW=(1/2)L(rs/(rs+r))^2^P/R [J]

電圧計ではW=(1/2)L(1/r)^2^PR [J]

となる。計器内の回路定数と負荷特性の関係を表示している訳である。

むすび

以上身近な言葉である電流について述べた。ITなどを検索すると、電流の意味について、中学生向けの解説記事にも電荷、電子が電線内を流れているとある。それが科学常識となっている。専門家が論説する科学リテラシーの問題になる科学的理解とは何を目標にすべきか。自然科学の内容が自然を観察し、その観察する機会に因って子供達のそれぞれの感性に任せるべきものが本筋ではないか。科学技術の為の競争を目的にした教育は理科教育と一線を画した科学技術教育なのだ。理科教育という余りにも偏った、決まり切った授業展開法に縛られ過ぎている処に重大な欠陥が在るように思う。電気現象一つを取上げても、本当に電線内を電子(電荷と質量混合体)が流れていると誰が観測できるのか。何故エネルギー流でないと証明できるのか。

大学教育に求められる「電気磁気学」

光は電磁波である。

光とは何かとの問いにそう答えるようだ。

その訳は、光も電磁波も同じ『エネルギーの縦波』であるからだ。

その意味を理解しなければ、電気磁気学の眞髄を教えることは出来ない。

電界や磁界の科学的仮想概念を幾ら論じても求められる大学教育には成らない。

『エネルギー』と電界、磁界の関係をどのように理解しているかが大学教育者に求められていることである。

『電荷』とは何か?と考えることを忘れた大学は歌を忘れたカナリヤと同じだ。

『電荷』無しで、空間を伝播する『エネルギーの波』で電磁波を描いて欲しい。

そうすれば光の意味が観える筈だ。

 

金澤:波はエネルギー流 日本物理学会講演概要集 第66巻2号2分冊、p.310.

金澤:瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義 電気学会、電磁界理論研究会資料 EMT-88-145 (1988-10) 『電荷』の物理概念を問う実験写真データ。