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分布定数回路空間の世界

はじめに

既に分布定数回路と実験に載せた。その発振器を組み立て、最初の試験をした時の写真。

 

 

その分布定数線路の寸法とその特性インピーダンス算定値500Ωとしていた。しかし、少し値が違っていた。当時は計算尺で算出した。そのための誤差であろう。この記事が初めての実験結果報告であった。算定式の係数276(=120π×(2.3026/π) =276.312)の算定根拠もようやく今回の数か月の問答で、理解できた。その中で、電気回路の真の物理現象を捉えることができた。電気回路はすべて、張られた電線によって構成されたその空間を伝送されるエネルギー流であると。光エネルギーが電線路空間を光速度で伝播する現象であると。その波長が長い交流波形であるかあるいは一定値の直流であるかに関わりなく、すべてエネルギーの空間光速度伝播現象であると分かった。結局電線内を電流などと言う電子が流れているという過去の物理学理論の認識は間違っており、捨て去らなければならないという事である。しかも、その空間を流れるエネルギー流を科学的実験によって測定あるいは観測することは不可能であるという事も真理である。光速度で流れる光エネルギーの空間分布波形を観測できる訳はないから。それは哲学の領域であろう。そのことは科学的手法では自然の神髄を捉えることはできない限界があるという事実を示す意味でもある。どんなに科学技術の精度が高く進歩しても無理な限界がある。それが光速度の世界であろう。伝播光の単位の一粒の光の一波長の中のエネルギー分布密度など観測できないから。科学的手法による観測不可能の対象が科学論の論理に認められるかどうかの問題でもあろう。

回路構造係数と電気回路特性

光が真空自由空間を伝播する時の特性と電気回路の電気エネルギーが伝播する特性と異なる点は、その電線路の構造だけある。構造によって決まる自然対数系の構造係数k=(1/π)ln(2D/d)(無次元)を決めると、その導体によって囲まれた空間の構造だけで、回路定数が決まることが分かる。真空自由空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m]および誘電率εo=(1/36π)×10^-9^ [F/m]とする。

構造係数    k=(1/π) ln(2D/d) [1]

インダクタンス La= (μo/2)k [H/m]

キャパシタンス Ca=2εo/k [F/m]

が全ての回路の基本分布定数の基本形となる。

線路構造と回路定数。

平行2線式電線路 

所謂分布定数回路の基本構造である。

 

 

同軸ケーブル

通信用や電力用ケーブルで、絶縁体の誘電率の比誘電率εsとした場合の特性である。

 

 

 

三相送電線路

三相送電線系統の特性は線間距離Dを幾何学平均値で捉える。その線路定数は三相の相電圧を基本とするから、中性点に対する値となる。

 

 

 

 

導波管 

マイクロ波伝送回路に方形の空洞伝送路がある。この場合は普通のインダクタンスやキャパシタンスの意味が捉えにくい構造である。しかし電波信号はこの導体で囲まれた空間内を伝播する。如何にも電波エネルギーが自由空間の光エネルギーと同じく制限空間ではあるが、その空間を伝播すると理解しやすい例であろう。ただ特性インピーダンスZは他の場合のように、統一的な規則での評価はできない式だ。新版 無線工学Ⅰ伝送編 p.138. 宇田新太郎著 (丸善)による。波長比 λg/λ は管内速度の遅れを意味すると解釈する。伝播定数γ[s/m] が大きくなる意味と考える。

特性インピーダンスZ[Ω]のエネルギー伝送に対する物理的意味

電線路空間を伝送するエネルギーは基本的には真空自由空間の光エネルギー伝播現象と同じ特性を示す。光は空間をエネルギー共振現象として伝播すると解釈する。同じく電気回路のエネルギー伝送も、回路特性のインダクタンスL[H/m]と静電容量C[F/m]の間の共振現象として伝播すると解釈する。

電線路の空間エネルギー分布を電圧v[V]と電流i[A]と言う科学技術概念で表現すれば、それぞれのエネルギー空間分布はCv^2^[J/m]  Li^2^[J/m] と評価でき、次のようにエネルギー比で解釈する。

Li^2^/Cv^2^=1

(L/C) = (v/i)^2^            ∴ √(L/C) = v/i = Z [Ω]

という特性インピーダンスZ[Ω]の意味で捉える。

むすび

結論をまとめた。右の図のようになろう。電気回路理論と物理現象の関係を統一的にまとめられた。分布定数回路の問答を終わりにする。

 

誠にお粗末なすべてが隠された不採用の人生であったことを知り、今基礎科学と大学の教育を考えた時、不思議な感慨を覚える。昭和33年夏、人生は故郷での河川土木工事の土方仕事の石の畚(モッコ)担ぎから始まった。東京に出て、人の姿を見て、生活の意味を知り再び浪人生活を親に許してもらった。研数学館での楽しい講義を聴きながら、江古田のあるお方のお宅での下宿生活(ご主人に食事を作っていただいた恩義を重く感謝したい)。同宿のお勤めの方に撮っていただいた当時の写真だ。その旅立ちの頃には思いも及ばなかった長い人生を歩んだ。その当時は、ただ学館と宿の往復だけの1年を過ごした。自慢は1時間の欠席もなしに通い徹したことかも。思い出せば、物理の講義が楽しかった。意味が分からなかったが「ダランベールの定理」という言葉が残っている。現代国語の講義も楽しかった。先生がよく問題を投げかけた。自分も挙手して答えていたことも楽しい思い出。お陰様で大学に入学できた。高等学校での化学の授業で、電子同士の共有結合の意味が理解できず、化学への劣等感を持った。折角大学に入学できたのに、何故か学問への喜びを得られず、無為に過ごしてしまったことを後悔している。高等学校で、生徒に教えることになって初めて、電気工学の勉強をした。その初めての実験がこの分布定数回路の組み立てと生徒実習への取入れだった。担当教科が、電子工学、電力設備(電熱・電灯)、電気機器更に発電工学および送配電工学とほとんどの科目を担当し、お陰様で勉強する機会に恵まれた。実験設備も多くの協力をいただいた。旧い柵(シガラミ)のない新設高校であったからと考えれば感謝しなければとも思う。しかし、新潟県立新津工業高校の教員として、新潟県教育委員会では採用されていない不覚の職歴。大学でも文部省共済組合にも加入していなかったことを知れば、それも影のアルバイト人材だったのか。舞鶴鎮守府の戦後処理にその根本原因があると、政府からの回答を待とう。

ある事情(介護)のためこの9年間、自由な行動ができずに来た。学術機関誌での科学論文を発表する訳でもなく、一人壁に向かって、ひたすら己の感覚と向き合いながらの科学問答をしてきたようだ。筆者の場合はお陰様で、このブログ記事を書きながら見えないお方とのつながりを頼りに自己問答をしてきた。身についた技術感覚を基に、物理学的基礎概念への疑念・疑問を自己問答として納得する答えを求めてきた。面壁達磨の苦行とは違うが、全く人との科学論をすることもなく、また学術研究論文もほとんど見ることもない、科学研究者の雰囲気もない異常な生活であった。ただ日本語での思考による結果であった。

『静電界は磁界を伴う』の全く分野の違う物理学理論の根幹への思考研究を始めて、身分の消された中で考えてきた。日本雨蛙石の囁き聞こえますかなど身近な自然世界の深さに触れ、さらに光の空間エネルギー分布の光量子像プランク定数の概念を自然の深さとしてとらえ、それらの自然現象から見る科学技術の基礎概念用語(電圧・電流)の意味も繰り返しの問答によって、常識の科学論と異なる新感覚で、それを理解できる心境になった。その中での核心として『電荷』は自然界には決して存在し得ないと確信できた。常識論とは異なる自然科学的心境でもある。今こそ科学理論はその電荷否定から改めて始めなければならない筈だ。科学と哲学の問題として。自然の単純性と深遠性。『エネルギー』への道のり。そこに新しい教育を通した子供達への夢をも与え得る道が開ける。

電気回路のエネルギー問答

はじめに(この記事は、早や一か月以上前の8月5日に書き始めた。今9月17日でまだ投稿できていない。次々と新たな課題が生まれる。その単体問題として幾つかまとめた。電圧・電流とエネルギーと時空 (2019/08/11)、光エネルギーと速度と時空 (2019/08/23)、電流1[A]の論理性‐考える理科教育への科学者の社会的責任‐ (2019/09/07)、空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14)。)

遥かなる呼び声がする。何度も関わってきた筈のことであるのに、未だに未練がましく電気回路に呼び止められているようだ。『瞬時電力』の物理的意味 (2018/03/15) に疑問を呈した。エネルギーの物理量を理解しているかと自問した。実験的検証の技術と人の自然認識の関係を自然と科学理論の架け橋はいずこに(2019/05/13) にも述べた。極めきれない概念量にエネルギーがある。

エネルギー量の単位 1[J] とは? その量は小さいが、世界を知る基本単位として大きな意味を含んでいる。それは1[g]の純水の温度を0.24[°C]だけ高めるに要するエネルギー量でしかない。

物理量のエネルギーは空間に実在する量である。

今まで、様々な電気回路の問題を取り上げて考えてきた。もう一度エネルギーの意味を電気回路の中でまとめておきたい。

単相交流回路のエネルギーから、最後は三相交流回路の「瞬時虚電力」の物理的意味をまとめたい。

〈問答1〉電源からのエネルギー送出量を決める要因は何か。

エネルギー流は如何に

電源が直流であろうが交流であろうが、その電源はエネルギーを供給する元である。電気回路論では電圧と電流という電気量で評価し、解釈する。しかし負荷で利用するのはエネルギー量である。図で、スイッチを直流側に投入すれば、伝送路の電圧は負荷まで主に電源電圧Esによって支配される。負荷までの電圧はどのように決まるのか。何がその電圧を決めるのか。

〈問答1-1〉無負荷線路の電圧 短い電線路を電源につないだ。つなぐ前は電線路には何の電気的意味もない。触れても何も感じられない。スイッチが投入されると、今度は電線に触ることは危険になる。何故だろうか。電線路にどのような電気現象が起きたのか。こんな愚問あるいは哲学問題は決して電気回路論では取り扱わない問答である。皆さんはどう答えますか?電源はエネルギーの供給源といいました。当然エネルギー以外ありません。それではどこにエネルギーをどのように送出するのでしょうか。金属の導線を繋いだのです。導線の中の金属原子結合空間でしょうか。決して『電荷』や電子では解釈困難のはずである。答えは電線路が握っているのでしょう。

〈問答1-2〉 電線路の物理的意味。

単相の2本の電線が張られれば、それは電気エネルギーを伝送する空間を規定する電気回路となる。金属導体が挟む空間は電気要素の静電容量という場となる。負荷があるかないかに関わりなく,エネルギー源の電源に繋がれた時点でコンデンサの機能を持つ。ただそのコンデンサに自動的にエネルギーが流れ込むことになる。流れる速度を規制するのが電気要素のインダクタンスである。それは自由空間を伝播する光のエネルギーの関係と基本的には同じ現象である。ただ、光のエネルギーが伝播するのに電線路はなくても、空間自体がエネルギーを伝送する真空誘電率と真空透磁率の伝送特性を備えているのである。電線路は金属導体で伝送空間が局所的に制限される点が異なる。そこに電圧の2乗の意味が働く。電圧・電流とエネルギーと時空 に答えを示した。

〈問答2〉 電気回路の電気量の波形を観測できる。その波形の物理的意味は何か。表現波形にも観測できる波形とできない波形がある。右に(問答2)観測波形の物理的意味。として回路と検出の図を示した。一般的には電圧と電流波形が普通の観測波形となろう。電圧と電流の積をとれば、電力の波形も観測できる。

 

【回路条件】具体的な回路条件で考えよう。

 

 

 

 

〈問答2-1〉電流波形の物理的意味 不可解な電流の物理学的概念について考える。電荷の時間微分 [C/s] を電流アンペア [A] と定義している。いくら不可解だといっても、オッシロスコープで実際に電流波形が観測できる。電圧波形 v と電流波形 i は図のように簡単に観測できる。ただし、図には電流 i を有効分 ia と無効分 ir に分けた波形も記した。電流波形 i は観測できるが、ia や ir は観測できない。ここでは電流 i についてその物理学的意味を考える。実際の観測は、電流も電流計のシャント抵抗と同じく回路の抵抗降下電圧を検出して、電流と解釈しているのだ。だから、本当に電流という電荷の時間微分値を計っている訳ではない。電線の中の電荷の挙動など観測できる訳ではない。電荷量[C(クーロン)]の時間微分[d/dt]値、電流[A=dC/dt]が流れるとはどの様な物理現象か?例えば、電線路の導線のある点に1[A]が流れるとは電荷がどのような状態と解釈するのですか?ここにも、「見えるもの(波形) 見えないもの(意味)」が隠されている。電流が電線の中を流れる電子の逆流等ととても難しい哲学的で抽象的な概念で解説するのが科学論の論理性に適っているとお考えですか。愚直に、科学論の言わんとする概念や内容を自分の心に共感して納得できるかどうかを追究する過程で、納得できない矛盾に突き当たれば、その矛盾を取り除くにいかなる道があるかを探るだけである。その結果が『電荷』には科学論の基礎概念の資格がないとの結論に達してしまった。だから『電流は流れず』などの表現を使ってきた。電気回路現象から否定した電荷概念が科学論全体にいかなる混乱を与えるか、計り知れない恐ろしさを抱く。考えれば、電流が電荷の何々という意味で理解できない訳で、エネルギーとの関係で捉えなければならないものだ。前の記事電圧・電流とエネルギと時空で示した 電流の2乗  i^2^[J/H] から、線路定数 μ[H/m] による電線路のエネルギー流 μi^2^ [J/m] の意味を捉えた科学技術量が電流だと解釈すればよい。

電流 i を有効電流 ia と無効電流 ir の2つの電流に分離して図に示した。それは次のようになる。

i=ia+ir= √2 ×10 sin(ωt-θ) , ia=11.31sin ωt , ir= -8.48cos ωt

ただし、θ=tan^-1^(12/16)=36.87 [°]=0.205π [rad.]で、力率 cosθ=0.8である。

<問答2-2> 電力波形の物理的意味。電線路の各部で、そこの電力は電圧と電流の積で解釈される。電力工学やその技術感覚では電力と言えば、何の躊躇もなく電圧と電流の積で p=vi [W=(J/s)] と捉えて理解する。

電力波形の意味 この電力とその波形の物理的意味は何かとあらためた考え直すと、よく分からないことに気付く。それは時間軸上に描かれる電力波形が,時刻のその瞬時におけるエネルギーの時間微分という物理的不明確な概念をどのように理解できるかという問題である。電圧と電流の積が電力ということが表現する意味は何か?ということだ。「積」の[×]と言う記号の意味は何か。巷の専門的記事の解説は如何にも当たり前のように電力の単位ワット[W]で納得しているようだ。恐らくすべての専門家が疑問にも思わないのだろう。その常識的基礎の電力の意味が分からないと言えば、専門家の中には入れないだろう。専門家とは共通の学術的基礎の基盤の上に立って論議のできる人たちから構成された職業的繋がりの集団であるから。しかし電力という単位の意味が筆者には理解できないのだ。ある時刻における、ある電線路の位置で、その点の電力という『エネルギーの時間微分値』とはどの様なエネルギー像で捉えればよいのか。[W]は[J/s]で、その電線路の位置の1秒間の値など決して電力波形で表現できる筈がない。時間軸上に表現すればそれはその瞬時の値で時間の長さはない筈だ。1マイクロセカンド[μs]の時間での微分値と言ってもそれは瞬時値ではない。しかしながら、誰もが上の図のように電力の波形 p を描いてその意味を解釈する。その波形の物理的意味が明確ではないにも拘らず。このような論法は、科学技術論の専門的仲間同士の論議にはならないのである。しかし時間軸上の瞬時値波形には決して時間での微分値概念は描けないのである。磁束での変圧器の鎖交磁束の論議と同じく専門的な話が進まないのだ。もともと電圧(磁束の時間微分)、電流(電荷の時間微分)も時間微分値の概念であるから、同じことではあるが。この先の論議が本当の自然現象の物理的意味を探る話になるはずだ。それは哲学道場での論議になる。所謂東洋的削ぎ落しの思考の場となる。物理学とは何かを問う話にもなろう。例によって JHFM 単位で考えれば、電力は次のように表現できる。

電圧[(J/F)^1/2^] × 電流[(J/H)^1/2^] = 電力[J/(HF)^1/2^]

この上の式が表す次元と電力の意味を理解しようと考えても、筆者は電圧と電流の積の物理的意味さえ捉えきれていないのではないか。理解できない、分からないあるいは不思議だと感じた時が、それが新しい理解の道の入り口になるのだ。疑問こそ宝玉、道標。疑問に思わなくなったら進歩は途絶える。書いている筆者自身が分かっている訳でなく、これから答えを探す旅。第一歩は、何が分からないのか探る、その道の入口を探すこと。とボーっと過ぎる時間の中で一つ見つけた。光の速度が空間定数で決まる訳を。それが時間の次元[s]が[√(HF)] と同じ意味である訳が見えた。光エネルギーと速度と時空 の記事とする。電力の意味はその後に託す。電力p[J/s]の意味と解析(1)意味 (2019/09/ 16) に回答の一部を示した。

むすび

この記事のはじめに挙げたように、電力の意味を尋ねて、途中でいくつかの問題に結果をまとめた。電力p[J/s]の意味と解析法(1)意味 にようやく一つの納得できる結論に到達した。次に具体的な負荷特性との関係をアドミッタンス解析法としてまとめて、電力の姿を自分が納得できるようにしたい。

 

静電容量算定式と理論

はじめに
電気回路の要素に静電容量がある。それは電気回路の中に含まれるエネルギーの貯蔵要素の一つである。回路素子としてはコンデンサになる。静電容量という用語から、静電エネルギーと繋がりそれは「電荷」によって解釈される。しかし実際の電気回路の中の導線路の静電容量を求めるのは簡単ではない。

静電容量の算定式とその理論的根拠

静電容量の算定 Fig.1.のように、直径d[m] の導線2本が間隔D[m]で平行に張られた電線路の単位長さ当たりの静電容量C[F/m]を算定したい。さて、どのように算定式を求めるか。静電容量の定義は二枚の電極に挟まれた空間の形状で決まるとなっている。極版の面積Aとその間のギャップDと空間の誘電率ε[F/m]で算定される。しかし張られた導線路の導線の面積は計算できない。だから静電容量の定義に基づく理論的計算は本来できないのである。結局電荷分布を想定して、電圧と静電容量の関係から算定することになっている。その手法は参考文献 5.4 静電容量 p.103. 以降にその手法が述べられている。

算定とその論拠 図のFig.2. のように、半径r の導体a、 bが間隔Dで張られている。この電線路の単位長さ1[m]当たりの静電容量C[F/m]を算定する論拠は何か。文献には線路中点Oを電位零点と仮定して、導体aの中点Oに対する静電容量Ca[F/m]が算定されている。さて、この算定論拠はどのような意味か。導体aに電荷q[C/m]、同じくbにーq[C/m]の電荷を仮定。そこで、P点に生じる電界を算出。aによる電界Ea [V/m] 、bによる電界 Eb [V/m]とする。

Ea=q/(2πεoxa×1)=2q×9×10^-9^(1/xa)  [V/m=(J/F)^1/2^/m]

となる。単位長さ1[m]の円筒状の表面積 2πxa×1[㎡] における電界強度として求まる。その電界は当然ベクトル量である。導体a 、bのそれぞれの電界ベクトルは図のようになる。電界ベクトルはその向きに電位が下がることを意味している。今導体aの導体中心に電荷を仮想する。もちろん本質的には「電荷」など実在しないのであるが、教科書の伝統理論に従って考える。しかし電荷に論拠を置いてもFig.2.の静電容量Caの算定式の論理性が見えない。この式は、導体aの表面rから導体bに向かって

電界ベクトル Ea=q/(2πεox)をrからDまで積分して得られる式

va=∫Eadx =2q×9×10^-9^ ln(D/r)

に等しい。故に、va=q/Ca より静電容量は

Ca=q/va=1/{2×9×10^9^ln(D/r)}

=0.02413×10^-9^/log(2D/d) [F/m]

となる。ただし、ln(2D/d)=2.306log(2D/d) 、d=2r である。

また導体bについてもその電荷 -q によってa、b間の電界Ebの積分によって、

Cb=0.0241310^-9^/log(2D/d) [F/m]

と同じ算定式となる。

この結果は、基本的なコンデンサの電極を導体aとbとした時の両電極の正、負電荷分布による電圧と静電容量の関係を表現している。しかし、参考文献の結果は導体間の中点Oに対する静電容量と算定されている。しかもその電線単導体当たりの中性点(アース)Oに対する値としての値が、実際の三相送電線路においてはその結果が適切な値となっているところが誠に不思議なことである。平行2線式電線路の場合も、図のFig.1.に示した通り線路静電容量Cは 算定式の値の半分で、C=Ca/2[F/m] とコンデンサの直列接続の値となって、実際の電線路の特性に合致するのである。

コンデンサと電荷。 電線路の静電容量もコンデンサもエネルギーの貯蔵機能要素である。その機能の理論的解釈になると、電荷が拠り所となり、電荷による電界強度が基になる。そこで改めて、コンデンサと電荷の関係を貯蔵エネルギーWc[J]によって Fig.3.に表した。コンデンサは電極版間の空間構造とその誘電体材料でその静電容量が決まる。電荷によって理論的解釈がなされるが、電極版間の寸法D[m]と電荷量q[C]と電界E[V/m]との関係で決まる。内部空間の電界はこの場合一様と考える。電界や電荷は貯蔵エネルギー量Wc[J]で解釈できる。電荷q= √(2CWc) [(FJ)^1/2^]を意味した概念と言える。このコンデンサの静電容量C[F]の算出に、電線路の静電容量算定手法のような中性点などは考えない。電線路の静電容量の算定手法はとても難しく、理解困難である意味をこの平板コンデンサを例に考えた。しかし、電線路の算定静電容量は電線路の1本当たりの値として実用的に優れた算定式であることも確かなことである。

むすび

この静電容量の算定に関わる理論で、導体周辺のエネルギー分布については全く考慮されない。電線路電圧がv[V]であれば、その分布エネルギーはw=Cv^2^[J/m]となる。その値は電線路周辺空間内の電界分布とは繋がらない。科学技術の応用においてはその概念は極めて有用・有効であるが、理論的に追及すると曖昧なことも多い。自然現象としての理学の問題と科学技術の手法との間には解明されなければならない基礎の問題が取り残されている。そこには『電荷』とは何か?『磁束』とは何か?『電流』とは何か?など科学技術用語の基礎概念の意義を問う哲学的論考が求められるはずだ。

参考文献:電気学会大学講座 送電工学(改訂版)第2編 送電 第5章 線路定数。

電流1[A]の物理的空間  (インダクタンス算定式)

電気回路の構成要素はインダクタンスと静電容量そして抵抗である。その中で電流と直接関係するのがインダクタンスである。電線路の特性は特性インピーダンスが握っているといってもよかろう。その特性インピーダンスの算定式には電線路単位長当たりのインダクタンス[H/m]が欠かせない。平行導線路のインダクタンスL[H/m]の算定は電流概念がその拠り所となっている。そのインダクタンスの算定理論における電流1[A]の物理的概念がいかなる意味を持っているかを確認したい。基本的には電流によって、その周りの空間には磁束が発生するという電気理論が前提になっている。

インダクタンスの算定回路空間。

磁束鎖交数φa=LI[Wb] をインダクタンスL[H]と電流I[A]の積で定義する。電流の比例定数がインダクタンスL[H]である。

次元は電流が[(J/H)^1/2^=A]であるから、磁束量あるいは磁束鎖交数の単位[Wb]は次元で、[Wb=H(J/H)^1/2^=(HJ)^1//2^]となる。

さて、インダクタンスL[H]の算定は電流I[A]が流れている導線周りに発生する磁束量の計算によってなされる。図は平行導線路の場合で、導線aとbの往復線路である。まず、算定法では導線1本について計算される(文末の文献 p.93    5.3 インダクタンス 参照)。a導線の電流I[A]によってa導線の周りに発生する磁束を計算する。図1.に電線路単位長当たりのa導線の自己インダクタンスが示されている。その第1項の2分の1は導線内部電流による磁束計算量である。しかし実際は導線内部に電流など流れていない訳であるから、少なくともその項は無意味と考える。第2項は導線半径rと線路離隔距離Dによる自然対数である。その計算結果の訳は次の示す。

a導線からxの位置に、その電流I[A]によって生じる磁束は、その磁界Hx=I/2πx[A/m]にその空間の透磁率μo=4π×10^-7^[H/m]を掛けて、磁束密度Bx=μo×Hx[Wb/㎡]と算定される。電線表面rからDまで、単位長さ1[m]当たりの面積1×dx[㎡]で積分すると、 2I∫(1/x)dx 10^-7^[Wb/m] =2I×10^-7^ln(d/r) =LI [(HJ)^1/2^/m=Wb/m]と、自然対数式となる。

上の算定に関する質疑。

  1. b導体の電流は考慮しない。それは何故か?コイルの場合の鎖交磁束は全体の一周電流分で考える。
  2. 磁束は図のΦaのように導体aを周回していると考えるのか?コイルの場合は、コイルの外側には磁束はない筈だから。
  3. もし導体を磁束が周回していると考えるなら、物理学理論では、磁界Hx[A/m]の場には(1/2)μoHx^2^[J/㎥]のエネルギー密度がある筈。理論的には、そのエネルギーが導線の周り全体にある筈だ。しかし、そのエネルギー量はほとんど計算には意味を持たないことになっている。更に、そこに磁束の電流との鎖交数という意味にも特別論理性があるようには見えない。円周の長さ2πx[m]を計算の基に考慮しているが、実際の計算にはrからDまでの積分として周回の意味は特にないようだ。
  4. 電線内部磁束鎖交数による 2分の1は必要ないと考える。

以上の質疑があるが、算定式の第2項は実際の利用で、有効性を示す。さらに、平行2線式電線路の単位長当たりの自己インダクタンスL[H/m]は何故か導線1本当たりで計算する。その訳を次のように解釈した。以下の解釈は削除させていただきました。上の質疑1.のb導体の電流分を平行2線式電線路で考慮しない理由の解釈に、削除した記事が間違っていたかと考えた。

むすび

インダクタンス算定式(電線路単位長さ当たり)

L=0.4605log(2D/d) [mH/km]=0.4605×10^-6^log(2D/d)[H/m]

と得られる。ただし、d=2r であり、自然対数と常用対数の間に ln x =2.3026log x の関係がある。

このインダクタンス値ともう一つの静電容量算定式により、電線路の特性インピーダンスおよび伝播定数が決まる。その特性値により、高周波分布定数回路から、同軸ケーブル(この場合は少し考慮必要)および三相送電線路の特性まですべて統一的に決まる。

電流1[A]の空間の意味をインダクタンス算定式に関する観点から考察した。厳密な意味ではその電流概念の論理性が保証されているとは言い難い面がある。しかし技術的な算定式ではとてもよく実際の応用で適合している。科学技術と自然現象との関係の捉え方には慎重な解釈が必要と考える。

(参考文献) 電気学会大学講座 送電工学(改訂版) 電気学会 15版(昭和49年)

分布定数回路と実験

はじめに

遥か昔の報告記事がある。1964年(昭和39年、新潟地震6月と日本でのオリンピック10月があった年)から、工業高等学校での初めての担当科目が電子工学であった。電子工学を担当するように告げられていたので、大学を卒業するまでに、電子工学の基礎Ⅰ,Ⅱ W.G.ダウ 著 森田清他訳 (共立出版)を購入し、勉強して何とか間に合わせた。当時を思い出すと、真空管の空間電荷効果2分の3乗則について話したことを覚えている。まだ半導体の話は教科書ではそれほど扱われていなかったと思う。特に分かりにくい内容と思ったのが分布定数回路の現象であった。教えるにも自分がよく分からない。それで、回路を組んで分布定数回路実験を生徒実習に取り入れた。その内容を、「分布定数線路実習に対する一考察」として、新潟県工業教育紀要、第3号、昭和42年(1967)に投稿した。初めて書いた記事である。内容は実験データなどあまり他にはない資料で、貴重と思うので、ここに掲載させてもらう。今、直流回路のエネルギー伝送特性 を書いている中で、分布定数の話を載せる関係から、良い参考資料と思った。

この発振回路は、双3極管2B29を使った回路である。筆者の作れる回路でなく、ある事業所の払い下げ通信機を手に入れ、その心臓部である発振回路を使わせて頂いた。

 

 

 

 

発振回路の陽極部に、実験用分布定数回路を結合する部分を作った。図4.のように実習室の端から端まで平行分布定数線路を張った。

この分布定数の構造は屋内配線用の軟導線1.6mmΦを線間間隔52.2mmとして、特性インピーダンス500Ωとした。

 

 

 

定在波の電圧、電流測定装置を第5図及び第6図として示してある。新版 無線工学 Ⅰ(伝送編) 宇田新太郎著 (丸善) を全面的に参考にさせていただいた。測定原理はp.85.に示されてある。しかし具体的な実験に取り入れた回路方式についてはどの様な理解のもとで決めたかは今は覚えがない。

 

定在波測定内容と実験結果。色々の測定結果のデータが示してある。実際の実験結果であるから、その意味では貴重な資料となろう。

 

 

 

 

【Ⅶ】検討 実験結果に対する検討結果が記してある。専門的には幼稚なものかも知れないが、結構真剣に取り組んでいたと感心する。

 

 

 

 

 

検討の続き。

 

 

 

 

 

以上の6ページ。

むすび

実験では、発振周波数が160MHz程度であった。その中でとても興味ある経験をした。この分布定数線路に直管蛍光灯40Wを挿入した。蛍光灯の発光原理は水銀ガスの励起波長数千Åの筈である。160MHzで蛍光灯が発光するとは信じられない。「量子力学」とは何か?と疑問が浮かんだ。

昔、1980年割愛人事と言われて、長岡技術科学大学に転勤するつもりでいたが、その春4月辞令をいただいた時には辞令の「前職欄」が空欄であった。その意味が分かった時には、正規の職業に採用された事がなかった労働基本法から外れた道であったと理解した。大学には研究実績と研究能力がなければならず、筆者のような者はまだ未熟と解釈して我慢してきた。今も、新潟県から転勤した履歴はない。退職金は転勤したから支払ったと大学事務局から言われても、労働基準法に抵触しないかと理解できずに心配で身動きできずに、急に昔を思い出して。どう解釈しても、1939年12月01日生まれた翌年舞鶴鎮守府への戸籍転籍とその後の戦後の1949年4月戸籍戦後隠蔽処理(原戸籍抹消糊付け改竄)が根本原因であろう。年金証書の氏名がカタカナ表示など政府機関に氏名が無い。だから、私は偽物か などの事件となる。

光エネルギーと速度と時空

光の速度は何故決まる?

光は空間のエネルギー分布密度波の縦波である。その速度が何故、秒速30万キロメートルなのか?それも『疑問』の宝物。空間には空間定数という真空透磁率と真空誘電率の二つが定義されている。

単位系・JHFM自然系 も光と空間定数の関係から導き出したものである。光速度 c[m/s] は

c=(μo εo)^-1/2^ [m/s]

と真空透磁率μo[H/m]と真空誘電率εo[F/m]の空間定数との関係で捉えられる。そこに時間の次元秒[s]とヘンリー[H]とファラッド[F]の関係が生まれる。[(HF)^1/2^] = [s] と関係付けられる。その訳が理解できた。

人はモノの速度を目で追うことで感覚的に理解する。それが視覚感覚の機能でもあるのだろう。同じ現象でも、1[m] を通過する時間何[s]という捉え方はしない。しない訳ではない。100mの競争で10秒切るかどうかが注目される。それでも1mの距離の通過時間を気にかけることは普段はない。

エネルギーの伝播実験 光速度を超える信号伝送手段はないから、伝送速度を計ることは困難なため無理ではあるが。(次の実験で、電源スイッチを投入した時刻を負荷端で瞬時に知ることは無理であるから。)

エネルギー伝播 電気回路のエネルギー伝播現象を考えてみよう。電気回路の伝送路は基本的にインダクタンスと静電容量の分布定数回路になっている。その様子を図に示した。実際には2本の電線が張ってあるだけで、外見的にはそこにインダクタンスやコンデンサがつながっている訳ではない。図では単位長さ当たりL[H/m](一区間に上下二つのLが有るが、等価的には一つのLと考えてほしい)とC[F/m]の分布定数回路となっている。実験的にエネルギー伝送現象を確認するには、実際にある値の LやCを変化させた分布回路として、原理的には可能であろう。負荷終端には電線路の特性インピーダンスと等価な抵抗負荷とする。負荷で到来波のエネルギーを消費し、反射波を防ぐための条件である。電源は十分大きなエネルギー量を貯蔵したコンデンサとする。スイッチSをオンする。瞬時にエネルギーは伝送路に流れ込む。そのエネルギー波が負荷に到達する、その波形を電圧vで観測する。恐らくその波形は雷の衝撃波形に似たものになろう。負荷端のエネルギーは電圧vの2乗で波形を理解できる。その電源からのエネルギー伝送現象は回路定数を大きくすれば、エネルギー伝送時間は長くかかる。定数が小さければ伝送速度は速くなる。その意味は誰もが理解できよう。電線路の静電容量やインダクタンスが大きければ、エネルギーが静電容量に貯蔵される余裕が大きく、インダクタンスが大きければ、そこを通過するのを阻止する反発が強くなる。だから分布定数が大きい程エネルギーの伝送に長い時間がかかることになる。即ち回路定数によって、エネルギーの伝播速度、光エネルギーの速度が変化する訳である。この辺の現象は電力系統の管理技術者には当たり前の感覚的認識になっていることであろう。電気エネルギーはエネルギーの空間分布波としてみれば、光のエネルギー分布波と同じ訳で、光の真空空間の伝播速度即ち光速度がその空間定数で決まるのが当たり前と理解できよう。空間の長さ1m当たりの静電容量とインダクタンスがその空間を通過する光エネルギーの「時間」を規定する訳である。だから、JHFM自然単位系で、時間の秒[s]が空間定数の[√(HF)]になる訳である。ここには速度という見方と逆の、1mを通過する時間は幾らかという [s/m]の見方になっている。それも速度と意味は同じである。

エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系

不思議の極み 空間定数の「真空透磁率」を誰が何時決めたかが分からない。μo=4π×10^-7^ [H/m] はあらゆる計量単位の基準として定められた筈だ。誠に不思議な数値である。4πは球の全立体角 ステラジアン [㏛]と解釈する。すべての実用計量単位MKSAがこの空間定数の真空透磁率μo[H/m] が基準になった事によって決まる。そこに選ばれた単位が電気回路のコイルが持つ電気的空間構造の特性機能の評価量を表す意味のインダクタンスの単位ヘンリー[H]である。この定数を決めた時点で、真空空間が持つ空間のエネルギーに対する誘導性という物理的定数だという認識の下で決めたのだろうか。空間が誘導性のインダクタンスの機能を備えていると認識して確定したのだろうか。この基準を決めたことに因って、空間にはもう一つの真空誘電率εoという定数が確定されたと考える。その単位もやはり電気回路の静電容量という機能要素の物理的評価量の単位ファラッド[F] で示される。それがεo[F/m] である。この意味もまことに不思議な単位である。決めた時点で、空間が電気回路の静電容量の次元を持っていると認識して決定したのだろうか。それなら誠にその確定については慧眼の至りと驚かざるを得ない。しかし、それらの空間定数が何処で、どのような機関又は人に決められたかが分からない。しかしその空間定数があった事のお陰で、現在幸運であったと確信して使っている、自然単位系JHFMを闇の中で、1990年春に見つけた。

その夏7月に何の説明もなしに、大学職員が大勢で我が家に御出でになられて、玄関で白紙に拇印を押させてお帰りになられた。後でそれは筆者に対する分限免職の承認と見做す捺印のようだった。その拇印も誠に不鮮明であったようで、後には他の機会の、たぶん庶務課での茶碗から採取の鮮明なものに変わっていたようだ。誠に国家公務員の人事行政の意味も知らない筆者の無知のために、多くの皆さまに御迷惑をお掛けし、それが原因で招いた当時の過ぎてしまいましたが、失礼をお詫びいたします。と言っても今でも全く理解不可のまま、無知の上塗りでぼーっと日々が過ぎ、流され続けております。

真空誘電率 εo=(1/36π)×10^-9^[F/m] とこれまた誠に気持ち良い数値である。そこに自然空間における光のエネルギーの伝播速度が決め手となっていることが、これまた自然の美を意識せざるを得ない。

光速度をc[m/s]とすれば、

c^2^μoεo=1

である。不思議は美しさでもあるのか。

「高電圧」のエネルギ-像

電気技術概念「電圧」の物理的描像をどのように認識するか。それは電気工学でも理論物理学でも、普通に脳裏に浮かぶ像は多分「電荷」との関係であろう。超高圧送電系統によってエネルギー供給網が張り巡らされている。大電力送電には高電圧は欠かせない。それらの送電線路の高電圧は変圧器によって構成される。変圧器の電圧発生原理を「電荷」で解釈する意味で関連付けることには無理があろう。変圧器の巻き線で電荷を分離するなど考えないだろう。それではその伝線路の高電圧は何によってその電圧値が決まるのか。変圧器の電圧はファラディーの法則で理論づけられる。変圧器から離れた遠い線路の電線間に生じる電圧は『電荷』が原因でないとしたら何が造るものか。もう電子の流れなどでは電圧の物理的意味を説明できないと思う。電線導体の間の空間に何かが存在するからと解釈しなければならない筈だ。その何かがエネルギーだ。

高電圧工学とエネルギー

高電圧工学の研究対象は電力送電系統の保守管理がその大きな主題になっていたと思う。その一つは雷からの保護対策であった。送電線路の鉄塔の天頂には雷撃から守るため、アース線が張られている。高電圧試験は衝撃電圧発生装置によって絶縁碍子の絶縁性能の向上などが図られる。その雷の原因はやはり『電荷』によって発生するとの理論的解釈が専門的科学常識となっている。高電圧による火花放電は雷の稲妻のように激しい閃光を伴う。その火花は『電荷』のプラスとマイナスの間の現象で発生すると解釈される。しかしプラスとマイナスの電荷が衝突すると、何が光に変換するのかの物理的明快な認識はない筈だ。電荷は消え去るのか、何処かに隠れるのかも分からないはずだ。『電荷』の物理的像が誰も示せないのではないか。物理的実在性が示せないで、なぜその現象に論理性があるといえるのだろうか。高電圧工学では、平板電極と針電極がその試験に使われる。火花放電やコロナ特性が調べられる。その電極間の電界が『電荷』によって決まると認識されているが、それは空間のエネルギー流によるのだと解釈するべき現象なのだ。その様子を図で示したい。

電極間とエネルギー流 この様子はすでに前に図に示してあった。極性とエネルギ―流。ハミルトンの風車からエネルギーを観る (2017/11/09) の記事での図である。負極性のハミルトンの風車は正極性のものより力強く回転する。先端から強いエネルギ―が放射されるからである。その意味を高電圧工学では、『電荷』による高電界での空気絶縁破壊現象として、それをコロナという。コロナは余り流れるという感覚では捉えないだろう。しかしエネルギーの流れとなれば、見方を変えなければならない。高電圧工学の実験で、針電極対平板電極あるいは平板電極対平板電極などの空間構造でその場の電界と放電の関係などを試験する。その空間に磁界が存在するとは全く考えていなかった。『静電界は磁界を伴う』という実験報告で示したように、電磁場はエネルギーの流れであったのだ。上の図に示したように、負極性の針電極や平板電極近傍空間はエネルギーの流れがあり、その流れにコンパスを近づけると、そのエネルギー流に対してコンパス自身も空間エネルギー流に包まれているから、その間のエネルギー流同士の近接作用力でコンパスの指示方向に影響を受ける。決して『電荷』概念では理解できない現象を呈する。また『エネルギー』の物理学的定義に、仕事をする能力という意味がある。その意味のエネルギーとは質量が持つ運動エネルギーか位置エネルギーかを想定している定義であろう。光のように空間に占めるエネルギーに対しては無意味な定義に思える。光や電気エネルギーのエネルギーという概念が十分認識されていないように思う。質量に無関係の、空間に実在する『エネルギー』の認識が欠けている。

高圧送電線路の空間エネルギー

電線路導体近傍空間にエネルギ-が分布している。決して電子や電荷が電線導体の中に存在する訳ではない。そのエネルギーがどのように分布しているかを測定することは不可能であろう。空間に流れるエネルギーを計測する計測器はなかろうから。しかし、その存在を確認できるかもしれない。2本の平行に張った導線に直流の高電圧をかける。その時導線間の空間にはエネルギーが分布している。一つの推定で、そのエネルギー模様を表現したのが右の図である。このエネルギー分布の存在を確かめることができるかも知れない。コンパスによる磁気の検出法である。コンパスは裸のものでなければならない。もともとコンパスは地磁気の方向を向く。平行導線を北と南の方向に揃える。その時マイナス側の導線近傍に図のようなエネルギー流が存在すると考えた。プラス側の導線近傍にはほとんどエネルギー分布は無かろう。マイナス側のエネルギー流には軸性エネルギー流の磁気性がある。東側は地磁気と逆で、西側が地磁気を強める方向にあろう。東と西でコンパスの指示方向に差が出るかどうか。『電荷』否定の結論が導く意味がここに在ろう。線間距離10㎝程度に3万ボルトの印加電圧でどのようになるか。こっそり実験をしてみたい。送電線路は交流電圧で交互にエネルギー分布が光速度で変化する。そのエネルギー分布流は無負荷であっても電線路間で複雑な流れとなろう。(2019/07/17)以下に少し追記。しかし、三相交流回路は不思議にも単相回路に1本の導線を加えるだけで、エネルギー変動のない安定回路となる。無負荷時の系統はコンデンサ回路となり、三相交流回路の負荷と無効電力に示したように、線間エネルギー分布はその位置で相間を循環するだけとなる。系統のエネルギー流はとても安定したものである。このような物理的電気現象を科学技術として確立した電圧、電流の計測法がいかに優れているかに驚嘆せざるを得ない。

結び 『電荷』と光の間の論理性を問う。光が雷によって発生する。もし雷がプラスとマイナスの『電荷』の間の引力によって引き起こされる現象だと言うなら、その結果の光エネルギーは『エネルギー保存則』から考えて、何が変換されてエネルギーになったのかを明確に説明しなければならない筈だ。その時電荷はどこに行くのか。電荷が光に変換されるのか。そこが物理学の要であろう。光の振動数とは何がどのように振動しているのか。光も電気もその根底には『エネルギー』でつながっている筈だ。

エネルギー変換物語(炭火とエジソン電球)

はじめに  火は人類の生活基盤を成す。人類の文明の始まりにも関わる生活科学であろう。炭火や囲炉裏火は生活そのものであった昔に思いを馳せる。それはエネルギーと科学論の懸け橋にもなる深い意味を含んでいる。そんな日常生活の古い姿を振り返って、誰もが思い描ける生活の中にとても深い科学の視点が残されていることを拾い上げてみたい。難しい数式も要らない、しかし現代物理学理論が疎かにしてきた『エネルギー変換論』を展開しようと思う。物理学理論が『エネルギー』の意味を認識していない事を考えてみたいと。

炭と光熱 木炭がいつ頃、何処で使われたかははっきりしなかろう。木を燃やし、残り火を灰で覆えば炭が残る。火の扱いは生きる技術として必須の知識であった筈だ。図1.炭と光熱 科学の知識や科学理論を知らなくても、生活の中心に在った囲炉裏の火や火鉢の炭火が人の繋がりに欠かせない居場所を作っていた。ただ燃える火の揺らめきが心にぬくもりを与えてくれた。ゆっくりとした人の生業が穏やかで、効率で監視される現代の心の歪みなど有りようがなかった。寒い雪国には、行火(アンカ)が有った。夜の就寝時に布団の中に入れる個人用移動炬燵である。朝までに炭はすべて灰に成り、熱源としてのエネルギー変換作用を応用した生活道具であった。図2.行火がそれである。

炭火や焚火にはとても不思議な意味が隠されているように思える。今までも、その不思議に誘われて幾つか記して来た。焚き火と蝋燭 (2013/02/01) 、焚火の科学 (2018/05/26) など。しかし、それでもまだ肝心なことに気付かずにいた。それは炭や炭素原子のエネルギー変換作用についてである。それは不図した気付きでしかないがとても大きな意味に思える。最近は年の所為か夜中に目が覚めて、詰まらぬことを思い巡らす。なぜ炭素や抵抗体は熱エネルギーに変換する機能を持っているのかと、不図思い付く。それが記事の基だ。

図3.mc^2とエネルギー変換 図に①電池エネルギーと②燃焼エネルギーの場合を取上げた。①の電池エネルギーで電池のエネルギーとはどのようなエネルギーなのかと不図疑問が浮かんだ。すでに電子は破棄してしまったから、科学論を展開しようとすれば、電池に蓄えられているエネルギーとは何かを明らかにしなければならないことに成った。たとえ電子論を展開するとしても、電池の陰極側の化学物質に電子を負荷に供給するだけの電子が蓄えられていることを前提にしなければならないとなろう。その電子論では電子は負荷を通って電池の正極に戻ることに成っているようだから、電池内から供給したエネルギーはどのようなものと解釈すれば良いのだろうか。電池の質量が減少する理屈にはなっていないようだ。エネルギーと言うものが電池内に蓄えられていて、それが負荷で消費されると考えるのだが、電子論ではそのエネルギーをどのような理屈で消費すると解釈するのか。図①で表現した電池の陰極側からのエネルギーが電線路空間にどのように分布するかの見極めがまだ付いている訳でなく、疑問符?を書き込まなければならない不明は残る。ただ、電線路空間に表れる電圧とは空間のエネルギー分布によって生じる電気技術量・概念であることだけは間違いのないことである。だから如何なるエネルギー分布かを明らかにすることも自然現象の解明の学問として物理学の究める研究対象である筈だ。ランプから放射される光や輻射熱は紛れもないエネルギーである。『エネルギー保存則』とはどのような意味と解釈するのか。電池にエネルギーが有ったからそれがランプを通して高熱のエネルギーに変換されて放射されたと考えなければ、『エネルギー保存則』の意味までも曖昧になってしまうだろう。これはエジソンが工夫した木綿糸のフィラメントにどんな思い入れで取り組んだかにもつながろう。

①エネルギー変換原理は?   エネルギーとは誠に不思議なものである。ランプ・白熱電球は抵抗体の中で元々電池などの冷たいエネルギーを高温度の熱エネルギーに変換する機能が有っての結果に因って利用できる現象である。電線路空間に分布するエネルギーの大きさは電線路電力送電量の規模を規定する電気技術量・電圧の大きさで認識、評価できる。その電線路の負荷端に抵抗体が繋がった時、その負荷端子空間には光と同じ冷たい電気エネルギーが分布しているだけである。光も光速度伝播するエネルギー密度分布波では何も熱くはない。皮膚や吸収体で受け止めたとき熱エネルギーに変換されて熱くなる。光の速度が零に成る現象と看做せる。電気負荷抵抗の物理的機能は光エネルギーを吸収し、抵抗体の構造格子の中にエネルギーを速度ゼロの状態にして、吸収する熱化現象とも見做せよう。その詳細な物理機構は炭素などの結合格子構造に原因が有ると観なければならなかろう。マグネットの磁極近傍空間に在る軸性エネルギー回転流もおそらく電磁現象としての速度流で有り、光速度に近いと見做せれば、そのエネルギーも冷たいエネルギーである。それらの光的エネルギーは熱はないが抵抗体内に吸収された時、エネルギーの熱化現象が起き、新たな光エネルギー化に因る生まれ変わりの輪廻転生の一コマを演じることと見られよう。物理学として極めなければならないことは、抵抗体内で何故冷たいエネルギー・光エネルギーが熱い熱エネルギーに変換するかのその訳を解くことであろう。それには光エネルギーの正体を空間エネルギー分布として捉えない限り困難であろう。なかなか電子の逆流では解けそうもない事だろう。

②化学式の意味は? 炭火の話に成るが、炭素の炭と空気が混ざっても火は起きない。煙草の吸いがらでも、マッチ一本の火でもある条件が整えば、発火・燃焼に成る。化学式では炭素記号Cと酸素分子記号O2が有れば炭酸ガスCO2と熱・光エネルギーに成る様な意味で表現される。先ずこの両辺を結ぶ等号はどのような意味を結び付けているのか。勿論エネルギーのジュールでもないし、質量でもない。化学式に使われる原子、分子に込めた意味は何か?図3.のように炭には炭素だけでなく燃え残る残差物も含まれていて、燃焼後に灰が残る。その燃焼で発生する熱と光エネルギーは『無』からは生じない筈だ。それでは何がその光熱エネルギーに成ったのか。等号はその何がを意識に含んだ意味でなければ自然科学論としては肝心要が抜けているように思う。光熱エネルギーを含むからには、科学論としての等号にはエネルギーの次元で成り立つ意味でなければならないだろう。何が言いたいかと言えば、質量とエネルギーはその本質で等価であると言うことである。両辺の炭素原子記号と酸素原子記号の持つ意味で、質量が同じではない筈だ。炭素原子と酸素原子が結合して炭酸ガスに成ったとすれば、その原子質量が両辺で等しいならば光熱エネルギーなど発生する訳がない。無からエネルギーは発生しない事ぐらいは、高度な科学理論を学ぶまでもなく分かる筈だ。そんな日常生活上で感覚的に感じる科学常識を身につける為の理科教育でなければならないと思う。如何でしょうか?教育専門家の皆さん。塾の教育関係者もどのようにお考えですか。mc^2=E[J]と言う式をどのような意味で捉えていますか。特別素粒子など無くても質量とエネルギーは相互変換を通して等価なのです。

mc^2^から物理学を問う (2019/04/29) でも述べた。その意味を具体例として、独楽の心 (2019/01/05) や 熱の物理 (2019/02/07) でも考えた。

エネルギーとは何か

科学論としては『エネルギー論』が核となっている。ようやくその意味の全体像が捉えられるような心境に在る。そこで、改めて『エネルギーとは何か』と検索してみた。とても有益なエネルギー論考に出会った。少し古い(2009年)が、とても論理的で、よく考えられた記事の小人さんの妄想である。今まで、エネルギー(ENERUGY)とは? (2011/09/07) などをはじめとして電磁気現象の自然世界を『エネルギー』一つによって捉える論理的世界を捉えたかと思いたい心境に在る。それでも、『エネルギーとは何か』に答える助けになれればと論考を重ねる。(2019/06/15追記)また、EMANの物理学・力学・エネルギーとは何かと言う記事が有る。136万件の検索のトップに在る。この記事は所謂物理学教科書の解説に成っている標準的内容であろう。「エネルギーとは仕事をする能力」と言う定義に因って、「力×移動距離=仕事(エネルギー)」の解説に成っている。しかし、ここで考える内容はその解釈では通らないものに成っている。重力場(加速度g[m/s^2])での持ち上げる力も必ずしもf=mg[N] とは限らない。

小人さんの妄想の論考に応えたい。位置エネルギーを主題にして、重力加速度g[m/s^2]と力の関係を論じている。そこで論じられていることはその通りである。考える拠り所として、図に表した。m[kg]の質量が有る。基準からh[m]の高い位置に有れば、その物は位置エネルギー E=mgh[J] を保有していると解釈する。小人さんが論じていることは、物体を持ち上げる時重力 f1 と 持ち上げる力f2 の間に力が釣り合っていて、物体に掛る力は常にゼロではないか。それなら位置エネルギーは増加しないだろうと言うことの論理的矛盾を問うものと理解する。しかしそこのところは少し違うだろう。物 m[kg] に掛る力 f [N] はその物に生じる加速度によって捉えることが力学論の定義であろう。もし加速度  α[m/s^2^] で運動するなら、それが力の意味になる。その時は力 f [N] はゼロではない。だからと言って、小人さんが指摘した力の関係の問題に納得出来る訳ではなかろう。そこで更に問題となることが図の(※)の場合だろう。上昇速度が一定なら加速度はゼロである。従って、加速度ゼロなら力の定義からやはり力はゼロとなる。エレベーターを一定速度で上昇させた時、加速度ゼロだから力学論の定義によれば、エレベーターに掛る力はゼロとなる。力と距離の積で解釈するエネルギー即ち位置エネルギーはゼロと言うことになる。幾らなんでも、それは理屈に合わない。エレベーターを上昇させれば運転動力を使いエネルギーを消費する。エレベーターが高く上がれば、それだけエレベータは位置エネルギーを増加して保有することになる。少し付け加えて置くが、エレベーターの場合は平衡重りが掛けれれているので、重力あるいは位置エネルギー量には注意しなければならないことが有る。 それにしても加速度ゼロでの運転では、位置エネルギーの問題は小人さんの仰る通り、運動力学の理屈に合わないことは事実である。それを『力と位置エネルギーのパラドックス〈理屈と実際の間の矛盾〉問題』としておこう。

力と位置エネルギーのパラドックス問題。この問題の解釈の仕方について筆者の考え方を述べよう。地上から高くなれば、そこに在る物体は地上に落ちる時そのエネルギーを利用できることは間違いない。その物理現象は十分エネルギーの意味を説明するに役立ち、正しい。それが力学理論の『エネルギー』とは仕事をする能力として定義したことに対応した正にその意味でもある。しかし、重力に基づく位置エネルギーの増加の意味の力の概念は一般的力学理論による解釈に因る理屈で素直に受け入れられない矛盾が残る。

追加されるパラドックス。人が重い荷物をじっと持ち上げて居るとする。荷物を動かさないで、静止状態とする。それは仕事をしていることに成るのか?運動力学の問題になるか。力学が人の日常生活に結びついた、生きた学問となるにはどうしても『エネルギー』に視点を置いて納得できるものでなければならない筈だ。子供を負んぶしているだけで、人はエネルギーを消費し、仕事をしていることに成る。力と移動距離の積が零でもエネルギーのジュール[J]の消費に成る。この場合の力は、速度ゼロであるが、正しく重力に等しい値だ。エレベーターで、モーターに電源を繋いで回転停止の途中階で静止した状態の運転に等しかろう。モーターをロックしていないから重力に平衡した上向きの力で、運転エネルギーは消費している。法則は解釈の手法としては便利である。科学的な一律の解釈法が実際の世界の真理を示しているとは限らないことも有ると言う事を意識の片隅に認識しておくべきであろう。

結論と解答。 以上、小人さんの妄想の論考に応えたい で考えを述べた。しかし何も答えに成っていない。如何にも尤もらしい解釈をしたが、加速度と力の関係で間違いが有った。多分気付かれた方も多いと思う。何が間違っていたかの問題としてそのまま残しておく。図で再び訂正する。それは『加速度とは何か』の問題であった。重力場で、上昇力ベクトル fo  の加速度ベクトル αo [m/s^2] とする。今、質量m[kg]が地表面に対する加速度α [m/s^2] で上昇しているとする。その場の重力加速度 g [m/s^2] が高さに関係なく一定と仮定すれば、上昇力 fo [N] の加速度 αoα と更に重力加速度 g の合成加速度となる。静止した質量mを支えるだけで、重力加速度に対抗した力を掛けることに成る。その時位置エネルギーは増加しないが、力を掛けるだけでエネルギーは消費する可能性がある。mを荷台に乗せたとする、その時は荷台がエネルギーを消費するとは考えない。エレベータのモーターを機械的にロックしておけばエネルギーは消費しない。さて、速度が如何なる値でも、加速度α=0 ならfo=mg[N]で上昇するから、その力 fo と上昇距離との積の分だけ位置エネルギーは増加することに成る。従って、位置エネルギーは E= mgh [J] となる解釈に矛盾はなかった。しかし、α≠0 の時にE=mgh が成り立つかは分からない。そこには、位置エネルギーと言う概念が規準面からの高さh [m] だけで決まり、過程の状況には無関係に決まると言う意味にみえる。一つ簡単な例で確認してみよう。質量 1 [kg] の物体を1秒間だけ加速度α=0.2{m/s^2] で上昇したとする。その時の力の加速度はαo=10[m/s^2] となるから、力はfo=10[N]となる。この1秒間の上昇距離⊿hは0.1[m] だから、力との積は10[N]×0.1[m]=1[J] となる。しかし、位置エネルギーの算定は E=mg⊿h=0.98[J]となる。これは 1≠0.98[J] で等しくないから、力と距離の積に因るエネルギー量[J]の関係は成立しないことが検証される。そこに、位置エネルギーの高さ h[m] とは何か?と言う意味が持ち上がる。暗中模索式導水路。暗中模索さんに水力発電所の導水路の設計をお願いした。誠に穿った設計をなさった。途中の水流速度が複雑に変化する。速度v1の位置は水流が加速度の有る状態で、速度v2の位置では低速度の定常流に成る。ベルヌーイの定理で解釈するが、位置エネルギーはすべて規準面からの高さ h[m] だけで捉える。水の加速度や速度が如何なるかには関わりなく、ただ高さのみで位置エネルギーだけは決まることに成っている。速度エネルギーや圧力エネルギーのような相互間の変換は考慮されていない。位置エネルギーと言う物理概念も、考えればその論理性で単なる科学技術概念でしかないのかも知れないと。規準面を何処の位置とすればよいかは論理的に厳密ではない筈だ。地上5mの高さに10kgの重りのハンマーを設置し、地表から100mの深い穴に楔を打ち込むハンマーに利用する。利用するエネルギーは幾らか?しかしそのハンマーを地表面に戻すにはエネルギーがいる。差引科学技術利用エネルギーはやはり地表面を基準とした解釈に成る。さて、自然現象としての位置エネルギーを物理学理論として定義付けるには、本質的な意味で納得出来るかと言う疑問が残る。地表面に居るだけで、我々は地球の自転・公転の運動エネルギーの支配する自然環境に居ることに違いはない。折角回転運動エネルギーの意味を物理学で学んでいながら、地上高さがその回転運動エネルギーとは関わりのないものだとは解釈出来なかろう。位置エネルギーの『位置』と言う意味は、エネルギー利用技術からの量と看做したい。結論としては、地表面での重力加速度概念の場での位置エネルギーは、上昇力や消費エネルギーがどの様であろうと、過程には関わりなく、ただ高さ h[m] に在る質量 m[kg] の地表面で利用できるエネルギーは E=mgh [J] であると言う科学技術概念でしかないのだ。

 

リサジュー図形と技術

リサジュー図形は技術評価の観測手段として有用である。オッシロスコープで3次元(時間と平面)図形として観測できる技術手法である。先日、記事整流回路とリサジュー図形が見られていた。そこに図5.スイッチングとリサジュー図形(e.i)がある。電流ベクトルiの描くリサジュー図形は6角形の頂点の6点を示す断続のリサジュー波形となる。その直流側の負荷は平滑リアクトルLが在るため、直流電流は一定値となる。三相交流電流波形は方形波である。その為電流のリサジュー図形が6点のみになり、6角形の辺は見えない筈だ。瞬時に6点にジャンプ移動する筈だから。今回リサジュー図形の意味を理解するのに参考になるかと少し追加して置きたい。この三相全波整流回路で、負荷がリアクトルL=0で、抵抗のみの場合は電源側の電流も波を打つ

変動波形となる。この場合の瞬時空間ベクトルのリサジュー図形で、電流ベクトルi に変化が現れる。その時のリサジュー図形を示す。a、bおよびc相の電流瞬時値ia、ibおよびicの値から図のように6角形の頂点に臍のような軌跡が現れる。

 

 

 

 

 

 

この電流ベクトルリサジュー図形に似た波形が在る。pq理論のリサジュー波形を見つけて (2014/11/21)の写真②に似た波形が在る。この写真波形は、後に空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用 (2011/10/30)と言う研究会資料になった基である。この研究会資料のp.77~p.79 の3次元軌跡図はリサジュー図形である。電力系統監視システムとして有効な手法と考えた。電力系統の状態を瞬時監視手法として生かされる筈だ。系統の瞬時アドミッタンス値と言う捉え方は余りなかった手法と思う。しかし、諸般の事情によりもっと大事な『静電界は磁界を伴う』の物理学基礎概念への方向転換になり、大学の講座性も工業高校と同じような気分で意識なく、研究能力の欠落かと、人権侵害の中に居るとは知らず、非常識の立ち位置から居場所も無く頓挫した。昭和62年、63年に電磁界理論研究会で、 電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察(EMT-87-106) と 瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義 (EMT-88-145) を発表した。それはパワーエレクトロニクスの電力部門の講座に所属する内容ではなかった事を後で理解したが、無我夢中の夢の中のこと。 考えてみれば、昭和39年から、新潟県教育委員会はじめ、採用説明会と事務の取り扱いを一度も受けた経験が無かった。共済組合の加入手続きも書類に記載し印鑑の捺印など、一切した事も無かった。しかしそんな中で30年、50年以上の思考で、不可解な電荷の物理学の本質に辿りついた。研究者の端くれとしての責任と社会への貢献の一部は果たせたかと。

電気工学とリサジュー図形としてはピタゴラスの定理とオイラーの公式そして電気ベクトル (2017/01/15) 、ソーヤータワー回路の謎 (2016/07/19) さらに励磁電流とは? (2019/04/14) および変圧器-物理学解剖論- (2011/09/13)などを過去の記事から拾っておく。

pq理論と瞬時空間ベクトル。そのリサジュー図形を理解するには少し専門的な意味を理解する必要があろう。三相交流瞬時空間ベクトル (2017/04/07)  および単相瞬時空間ベクトルと瞬時値 (2017/03/04) が参考になるか。三相交流に瞬時虚電力qのベクトルを導入したことで、電気ベクトル空間座標が時間と合わせて4次元座標となった。