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雨粒と波紋

雨粒と科学

今は梅雨。日本雨蛙も田んぼの畦の柔らかな土の中(水中のオタマジャクシではなく)から深夜に新生児が多く誕生していることだろう。最近は雨も豪雨災害となり、犠牲者も出ることが多くなった。無事過ぎて欲しい。気象災害が地球規模で起きている。その原因を海水の温度上昇と観る。汽力発電所(水蒸気で蒸気タービンを回す発電方式、原子核分裂方式や石炭、重油燃焼方式)では、水蒸気熱サイクル利用の為熱効率は40%程度である。燃焼、発生熱量の50%以上は海水などに放熱しなければ機能しない発電方式である。結果的に、復水器を通して海水を加熱して初めて発電が出来る方式なのである。我々が1[kWh]の電力量を使えば、それ以上の相当エネルギーで海の海水を加熱していることを科学リテラシーの基礎知識としてみんなが認識していなければならない。それもサイエンスコミュニケーションの現代的科学常識として広く知ってもらわなければならない。雨粒一粒は小さい。しかし時間雨量30mmと言えば、土砂降りの雨となる。海の海水温度が高くなれば、広い海水面からの水蒸気の蒸発は増加する。海水温度の上昇は直接蒸発量の増加を来たし、偏西風などに因る高水蒸気密度の気流の流れ込みを生み出す。

水面に踊る水滴と波紋

先日強い雨が降った。バケツに溜った水の面に雨粒が踊っていた。珍しい現象に出会ったと写真に収めた。運良くバケツには水が満杯に張っていて、雨粒に比して水深が深い状態であった。水面に雨粒が白く光っている。同時にその雨粒の水面落下現象の波紋が広がって見える。水と雨粒は同じ物体と思う。両方化学記号で表現すれば H2O の液体であり、水面に落ちた雨粒は溶けて消えると思う。しかし雨粒のままその姿を保持し続けている。立派に一つの雨粒の象を保持しつつ、独立の物体として水面に波を作っている。如何にも水面の水と異なる物体の如くその存在を躍らせている。

雨粒の衝撃

時には小さな雨粒が多数できて、波紋の中に踊って見せる。雨粒の物理現象として解釈を示さなければならないかも知れない。注意して見ると、水面の右上に深い窪みも見える。きっと雨粒が水面に落ちて質量の落下エネルギーの運動理論に基づく最初の衝撃力を示している様子と観てよかろう。以前日本学術会議の提言「理科基礎(仮称)」を読む-エネルギーと波-で少し考えた。その時は落下物体は堅いものを想定した。しかしここでは、水の雨粒であるから、深く底に沈むことなくその形状のまま水面に跳ね返されて、浮き上がって雨粒の姿を見せている。雨粒は一つの塊としてその表面張力の膜で囲まれたものとなっている。水面に落下衝突した時、水面も表面張力で強い膜となっていると見做される。それにしても、複雑に重なり合った波面の乱れにも拘わらず、雨粒と水面が異なる物体同士の如くに、作用し合う姿はまた不思議な物理現象に思える。こんな雨粒の自然現象が起きていることを物性論や水力学の理論で想定できるのかな。なかなか自然現象は理論で捉え切れない魅力に満ちている世界のように思える。雨粒は、その体積に比して、核に塵が含まれ更に落下運動速度エネルギーを表面張力と言う衣で包み込んだ単一の質量体として頑張っている主役の演技舞台の象かもしれない。

波紋とエネルギーの伝播

波紋は互いに重なり合って、その合成波の形は如何にも山岳地帯の山を見る如くに思える。水面で雨粒が一つトランポリン運動をしたら、どんな波紋に成るか。写真の波面を見れば、決して正弦波ではない。やはり波頭値が衝撃波のように中心から円周方向に広がっている様子が見える。波形の半径が広がるにつれて、だんだん正弦波形に近づいては来るだろう。津波の波形は必ずしも円周方向に円形に広がる波形ではなく、殆ど衝撃波状の形を保って伝播して来る。しかし遠方、南米西海岸からとなれば波頭値も衝撃度は少なくなろう。上の雨粒の波紋も徐々に正弦波に近くなって広がる。その波の波形についての物理的解釈を如何に考えるか。何が原因で、そのような波紋を生むか。波は上下する性質を持っているものだ等と解説するのでは物理学・理科教育にはならない。しかも波は半径方向に進む縦波である。雨粒が水面を叩きつけて落ちる。その雨粒は水面に垂直に圧力として衝撃力を加える。水面は圧力により圧縮する。それは圧力波と言う圧力エネルギーに因る水の体積収縮波となる。それは水面に垂直に掛り、水面の下降で水圧の上昇に因る雨粒を押し上げる力が強くなる。その反動力で雨粒は上昇し、しかも雨粒のまま水面との間の力の作用力で次にはまた落下しはじめ、水面を押し下げる。それは水面から離れないが、丁度雨粒が水面との間でのトランポリン運動をしているようなことになると看做せよう。圧力のエネルギーが波面を広がって行くことに成り、円周の長さが広がるにつれ衝撃波形は正弦波形に変わると考える。こんな解釈で自分の感覚とエネルギーの間の繋がりに納得して終わる。殆ど気分の整合性を求めているようだ。

運動エネルギーの概念

運動エネルギーとは 質量が速度を持てばその質量体は運動エネルギーを持つと理解している。その時の速度とはどのような速度の意味であろうか。今手に水1リットル入ったペットボトルを持っている。そのボトルは速度ゼロと理解する。しかしよく考えると地球は運動している。従ってその水1リットルも速度ゼロではない。運動エネルギーについて、自然現象を利用する科学技術として捉えれば、地球の運動などを考えるのは愚かなことに成る。だが、自然現象を理解することと自然を生活に役立てる技術として理解することには、その到達目標が異なる。例えを挙げれば、科学技術の粋とも思える衛星放送がある。その衛星は静止衛星と言っているように地球上で見れば速度ゼロである。相対速度(速度でなく相対距離の間違い)が零なのである。だから衛星の送信周波数と地球上での受信周波数とが同じである(2018/09/24追記 少し考え直す必要が有りそうだ。相対距離と伝播距離が異なるから)。しかし静止衛星と言っても、まさか運動エネルギーゼロとは言わないであろう。我々自身も地球の運動速度の支配下に居るのである。昼より夜のほうが運動エネルギーの多い中で眠っている筈だ。自然を理解するために理科教育は必要なのだろう。必ずしも科学技術の為でない事を認識すべきでなかろうか。

運動エネルギーの算定法 先日ITで検索してみた。加速度一定の特殊な場合についての算定法が示されているのみであった。

運動エネルギー 物体の質量が速度を持つ時、その物体は余分に運動エネルギーを持つ。この「余分に」と言う意味は、質量はそれだけで『エネルギー』なのであるからという意味を込めた。質量がすべて光に変換されれば、膨大なエネルギーなのであるから。それが有名な『質量とエネルギーの等価則 E=mc^2^[J]』の意味なのであるから。その意味には未解決の問題があるので、ここでは論じない。ただ運動エネルギーについては、質量と速度の二乗の積の半分と言う極めて単純な式で表現される。この速度の瞬時値で運動エネルギーは理解できる。しかしその速度の評価基準空間をどのように捉えるかは深い意味を持つであろう。

運動量と運動エネルギー

運動エネルギー算定式 物体の運動は加速度一定とは限らない。速度式v(t)には初速度が必要である。

運動量の意味 物理学の力学で、運動量と言う概念が扱われる。今まで余り重要に思えなかった物理量である。しかし、運動エネルギーの算定で、重要な意味を持っていることを認識した。運動量は運動エネルギーの増分と速度の増分との関係を示す有効な物理量であると認識させられた。運動量が大きいと、僅かな速度変化で大きな運動エネルギーの変化を生む意味である。運動量の積分なら、加速度がどのようでも運動エネルギーは算定できる。次元については、物理的概念とその次元 日本物理学会講演概要集 第53巻1号1分冊13頁。(1998.4.2) で発表した。

電磁力の本質

電気磁気学は電気と磁気の学問である。本当は電気と磁気に分けることに意味は無いのだが、電気工学の伝統的理論で別物として考えるのが常識となっている。今回はその磁気の意味を探ってみよう。(2017/11/15)追記。ここに書いた磁気に対する筆者の考え方とは異なるのが科学学会の常識になっているようだ。地球磁場が逆転すると考えられているようだ。地球の磁極が過去に逆転していると。とすると地磁気の発生原因をやはり地球内部のダイナモ理論が支配しているように思う。物理学の根本概念に関わる問題である。地磁気とコンパスに少し解釈を述べた。(2020/01/25)追記。以下の“筆者は地球の回転が何故偏西風より遅いのか。地球は何故回転するのか。”の部分は削除。地表の空気層は貿易風と偏西風のような地球自転の影響で複雑な流れになると考える。“ ”内の偏西風の意味は間違っていましたので削除します。以上追記。太陽系の惑星は何故同一方向の回転をするのか。など天体運動の根本で論理的に説明のつかない謎で筆者だけなのかも知れないが、捉え切れずに、頭が空回りの状態にある。電気磁気学の電界・磁界の解釈では『エネルギー』の流れとして統一的に捉えたつもりでいるが、地球内部のダイナモ論は受け入れ難い。磁鉄鉱が磁気を持つとはどのような仕組みかを考えれば、地球の回転が逆転しない限りは地磁気が逆転する訳は無いとしか言えない。一言気掛かりで追記した。昨日(11月15日)に続いて追記。地球は偏西風以上の速度での回転力(この回転力とは、地球を回転させている原因としての太陽系全体を回転統一体系として支配している回転エネルギー原理―具体的に示せないが―と観たい)で回転させられているから表面エネルギー流に因る磁気特性が存在する。不図気付いたが、月は地球軸の周りを廻るが、回転しているとは言えない。地球に同じ面を向けている。だからその面の反対側は地球軸に対して弱い回転をしているとも見られる。その地球に面していない月の面は少しはエネルギー流の影響を受けているかも知れない。そのエネルギー流を検知できれば磁気的状態を観測できるかもしれない。地球もエネルギー流の回転の支配下にあるが故に、そのエネルギー流とコンパスの関係で地磁気として観測していると解釈する。ダイナモで磁気が発生している訳ではない。

磁気とは何か? 誠に掴みようのないものに見える。磁石(マグネット)がその意味を単純に示している。必ずN極とS極が対になって磁石の両端に現れる。しかし、N極とS極と言う磁気が有る訳ではない。ましてや磁荷+m[Wb]、-m[Wb]等と言うものが有る訳では決してない。我々が磁気の物理的性質を解釈するために考えた出した解釈手法でしかない。コイルに電流が流れると、そのコイルの両端にも磁石と同じようにN極とS極のような磁気が現れる。コイルの中を見てもそんな磁気が有る訳ではない事は誰もが分かろう。コイルの中味と同じことが磁石の中味である。何も無いのである。何も無いと言うのは間違っていて、何かが在ることには違いない。何か(電気磁気学では磁束)が基で極めて強烈な特性を示すのが磁気の“磁気”と呼ぶ物の本性である。その何も無い(電気磁気学では磁束が有ると解釈している)としか思えない現象・自然の隠された処にこそ力が在る。磁束では説明できない力が在る。直線的な引力・排力で認識する意識以外に、今まで気付かなかった重要な『力』の本源が有りそうな予感に、長い歳月(渦巻銀河の不思議の昭和62年以来)に亘って引き摺られて来た。

磁極NSの意味 地球にも北極(S)と南極(N)がある。地球が磁石になっているとは何と言う事か。磁石の基は何なんじゃ?地球の中心に電流が流れて磁気が出来ると昔は説明されても居た。電流が円形状に流れれば、磁気は電流より外には出来ないことはコイルの電流から分かる筈だ。磁気は電流が作る訳ではなく、磁気と言う物も人が解釈した自然の解釈概念でしかないのだ。

磁極NSの意味NSの意味 電流の流れるコイルとマグネットでは磁極NSの空間的関係が似ている。電流とは電流と反対向きに電線に沿って、エネルギーが流れている現象である。電気エネルギーとも言えば良かろう。あるいは電線に沿った光とも言えるかもしれない。光も見えない電気エネルギーと同じものだ。図のように、磁石(マグネット)とはその周りをエネルギーが流れているもので、磁極の本質はそのエネルギー流の向きを見る観方で決まる極性である。コイルとマグネットの間で少し異なるのは、コイルの磁場はコイルの内側であるが、マグネットの磁場は磁石の外側にエネルギー流が在る。エネルギーの廻る方向に対して、左ねじの進む向きが極性N極方向を指す。科学論の求める実験的検証を示せれば良いのだが、光の流れを測定する方法が見当たらないので困難である。

一つのもの コイルの中に出来る磁気のNSを説明するにはエネルギー流一つしかない。コイルに蓄えられた電磁エネルギーの示す自然現象を磁気と伝統的に解釈して来た。また勝手な我が儘解釈と顰蹙(ヒンシュク)を買いそうなことと知りながらも、電磁現象の本質を秘めた光・電気エネルギー(質量に無関係)の意味を御理解いただきたくて。

磁束φ[Wb]と電磁力の関係 磁気あるいは磁場と言えば、それは磁束φ[Wb]の存在する空間の自然現象の解釈上の捉え方にもなろう。磁束と言う実在量が在る訳ではないにも拘らず、磁気を論じるに磁束にお出まし頂かなければならない自己矛盾の中での展開論を謝らなければならない。しかし磁束では磁界と言う場の本当の意味は説明できない。磁界の意味はどのようにその存在を認識出来るか。それは電磁力(磁力)と言う力が働く場であるかどうかで判断できる。電磁力・磁力は磁気のクーロンの法則と言う数式表現で解説される。教科書の磁力の説明である。ここでも磁気のクーロンの法則を否定して、エネルギー流に因る力を説明しようと言う非常識を説こうと考えるのである。二つのマグネットを向かい合わせてその距離を近付けると、向き合うN極とS極の間の引力が急激に強くなる。ただそんな日常の生活で経験する単純な力の意味をマグネットの空間磁場の中でどう解釈すれば自分が納得できるかを考えるだけのことである。何も難しい理論を考えている訳ではない。電磁現象に深く馴染んだ職人的感覚で統合した解釈でしかない。磁束φ[Wb]と言う概念が表現する物理量が存在するとは考えられない事から到達した結論はエネルギーの回転流である。その関係をまとめたのが砂鉄による磁界分析である。とても残念であるが、磁束量は電気工学の科学技術概念としては誠に便利であり、大切なものでありながら、物理学の概念としては論理的に矛盾に耐える物理量ではないと考える。それ以上に問題と思うのは磁気のクーロンの法則である。磁荷と言う物など存在しないのであるから。それでは磁石の強力な電磁力の原因は何なんだろうか。直線的な距離を変数とする表現式で力が決まると解釈することは無理であろう。磁気の存在する空間に起きる現象はその空間にエネルギーが実在することで起きる。質量の無い空間のエネルギーの存在を認識する必要がある。磁性体、鉄等は磁気に反応し易い。磁気に反応と言うより空間のエネルギーに反応し易いと言った方が良かろう。原子周期律表の中で、鉄などが何故空間エネルギーに反応し易いのかに謎を説く鍵があろう。それは眼で見る訳にはゆかないので、こんなものかと想像するより他に無い。鉄はそれ自身磁気的特徴のエネルギー円環流の空間構造的軸性を備えている元素と観たい。エネルギーの回転流に対する軸性である。その軸性が特に強い元素ではなかろうか。磁気と言う概念も磁束で評価しているが、磁束と言う矢印で表現する意味はエネルギー流と言う謂わば『独楽(エネルギー円環流)』の心棒に当たる中心軸の方向を表現していると考えた方が良かろう。こんな科学論としての普通に求められる実験的検証が出来ないままの想像の話で誠に申し訳ないが、元々質量は光が熱にもなるし、それは質量にも変化するとの譲れない質量観からの解釈であれば、その点お許し願いたい。鉄も変転流転の原子変換途中の一状態でしかないのだから。鉄が初めから鉄で、変化しない等とは考えていないだろう。水素も何処までも水素のままだなどとは考えないとは思うから。光が光のエネルギーのままで変化せずに、行き場もなく消える訳ではなかろうから。光と質量は何も本質に違いが在る訳ではなく、全く等価である。と顰蹙とお叱りをかう後で、電磁力の本質は何かと考える。エネルギー流の空間微分がチラチラと頭に浮かぶ。エネルギー流に直交する力の発生原因を表現する方法にどんなものが有るか?と考える。その電磁力は原子や分子の結合にも働いている筈だ。空間エネルギー流の密度に関係した量の偏微分rotationの計算で捉えるべきであろう。

理科教育と磁気 学習指導要領で、理科教育の内容が決められている。少なくとも磁荷に因るクーロンの法則での磁力解釈は子供達の未来への科学認識に誤った意識を残すだろう。教育内容は主権者である子供達の為の、子供達が何を望むかで決めるべきだろう。

電磁力を取上げた訳 整流回路のリサジュー図形を空間ベクトルでの解釈の仕方を説明しようと思ったら、どうしても発電所の「同期発電機」の構造と力に因るエネルギー伝達の意味を考えなければならないと思った。それには電磁力の本質を捉えなければならなくなった。そこで考えをまとめようと思ったからである。

空間ベクトルと回転軸

世界は何故回る。それは回転(rotation)が世界の構成原理だからだ。その理由を求めても自然(神)は教えてくれない。ただそこに在る姿を素直に受け止めるだけしかできない。何故地球が自転と公転をしているかに答えられるだろうか。太陽系が何故独楽のように惑星質量空間分布の統一体として回転しているか。その質量エネルギー(mc^2^[J])と運動エネルギー(Σ (mv^2^+Iω^2^)[J] 1/2は?)の空間分布構造を計算出来たら回転現象の秘めた原理が観えるかも知れないのだが、それは遠い夢。回転現象の意味は決して万有引力に因っても理解できない。世界が回転で成り立っているから万有引力説が解釈法の一つになっているだけだ。

空間とベクトル 微分演算子にローテーション (rot S )と言うベクトル計算概念がある。空間に『エネルギー流』のベクトルS がある時、その微分演算式が回転流平面に対して垂直の空間ベクトルを表現する計算式だ。それは回転流の半径分布密度に因る空間軸ベクトル量を示す。微分回転演算は電磁気学での偏微分式にも使われるが、軸ベクトルとしての意味は余りないかもしれない。また、子供の頃によく独楽(コマ)を回した。漢字の通り回転体が一人で楽しんでいるような世界に見える。コリオリの力と言う説明があるが、その理解もなかなか難しい。この回転と言う自然現象は世界の根源に在りながら、人が気付き難いものかも知れない。独楽が何故立つかには、その回転『エネルギー流』に自然の秘めた本質があるのだろうと思うが、具体的な数学表現式は見えない。瞬時電力理論も平面(エネルギーの熱平面とも見られる)に垂直な虚軸で定義した処にその有効な意味が隠されていると観たい。瞬時虚電力と名付けた電力概念は系統の電源と負荷間を還流している回転『エネルギー流』の時間微分と看做せる。空間ベクトル解析は虚軸で評価する技術概念の意味を理解することが、電気現象の抽象的解釈概念ではあるが、空間ベクトル解析論への入り口として重要であろう。

虚軸の名称 独楽の心棒はその重要な意味を担っていると見て分かる。しかし、電気現象には従来の伝統的ベクトル解析法での複素平面における『虚数』の概念も同じ事であるが、その物理的意味は見て分かると言うものではない。三次元ベクトル座標の立体空間で考える瞬時電力理論も、平面に垂直な回転軸が感覚的に在ると見える訳ではない。空間ベクトル解析法として有効なベクトル軸でありながら、直接在ると見えるものでないという観点から『虚軸』とした。勿論複素論の虚数( j= √ -1 )の軸と言う意味ではなく、空間ベクトル解析のスカラー積、ベクトル積の演算に因る計算手法がその電磁現象の本質的意味を理解するに極めて有効であるために導入したベクトル概念軸である。

自然現象と回転軸 先に挙げた独楽、災害の竜巻、瀬戸内海の渦潮等も自然の回転現象である。これらの回転現象に共通したものは回転の中心に軸があることだ。台風の目のように、中心軸は空洞のように周りのエネルギー流分布とは異なる特異な空間となっている。何も回転していないような中心軸が想像できる。回転独楽の極真の中心軸が回転していないように。北半球の台風や竜巻の回転方向は必ず上から見て反時計方向(衛星画像の)に廻る回転流になる(下から見れば時計方向)。台風の低気圧は中心軸が天空冷気(空気体積の収縮源即ち低気圧源)と海上面(高温度の高エネルギー“水蒸気高含有空気質量とそのエネルギー保有の”供給源)と繋がった空間構造を成して、その回転現象が安定した一つのエネルギー回転体のような存在を成す。竜巻(地上面の高エネルギー水蒸気膨張空気と上空の冷気に因る水蒸気体積収縮に因る上昇回転気流現象)は下から見れば、時計方向の回転エネルギー流体構造を成す。渦潮は上から見れば、やはり時計方向のエネルギー回転流体構造を成す。エネルギー流の回転が時計方向なら、時計の裏側に向けての軸エネルギー流となっている。右ねじの回転と進行方向の関係に在る。南半球はその逆に成っていると思うが、そうではないとの意見もある。海の潮流や渦にその様子は見える筈だ。その回転の方向性は地球の回転と球面に因るだろうと思うからである。地球を回している力の原因が何かが謎である。地球の上空は地球より早く回っている。謎こそ自然の魅力かもしれない。

回転軸の単位ベクトル 2次元平面座標上で回転運動を記述する時、その平面に垂直な座標軸の回転軸が重要な意味を担う。その三次元空間座標で、回転運動の回転角速度ωをその軸上のベクトルとする。回転軸の単位ベクトルnγ = [ × ]を決める。平面上の回転運動体mには軸ベクトルがある訳ではないが、回転角速度ωをその軸上の空間ベクトル ω = ωとすれば、回転速度vはベクトル積として図のように解釈できる。その単体の質点mの運動には、単に運動エネルギーを持った物の運動と言う点しか見えない。その質点には回転軸方向への運動を産む意味は見えない。しかし、回転円板や独楽などの運動平面上のエネルギー平面分布となると、少し様相が異なって見える。即ち軸方向性の力ベクトルの隠れた意味が見えてくる。

光伝播と空間ベクトル解析 Fig.1.の質点mがもし地球とすれば、その表面から光の短時間パルスを天空に放射した時、その光の軌跡をどのように認識するかを考えた図でもある。光は光源の運動速度には影響されないと認識する。その光が伝播する『光速度一定』と言う伝播空間をどのように認識するかが大きな問題であろう。地球は少なくとも2軸回転運動体と看做される。光の相対速度の意味を考える図にもなろうかと思う。電気現象が光速度伝播現象であることとの関連として意味があろう。

電気現象と回転軸(虚軸)ベクトル 電気現象や電気回路に見える回転軸がある訳ではない。台風などの意味とは異なるが、電気現象解釈に4次元(時間が1次元)空間ベクトルを取り入れると理解し易くなるだろう。しかも従来のベクトル解析での複素平面ベクトルと異なり、『虚数』概念の矛盾( j^2^=-1 に基づく混乱-ピタゴラスの定理ー)は取り除かれる。電力系統の送配電線路網は、その本質がすべて電線路内の空間を伝播する電磁エネルギーの光速度伝播現象である点で極めて効率的エネルギー伝送機能設備である。その『エネルギー』は勿論空間エネルギーで光と同じように金属導体によって制限されてはいるが、空間を伝播するのである。瞬時電力理論での解析手法の『虚電力』と言う概念が電圧・電流ベクトル平面座標に対して、その垂直軸の『虚軸』に定義した処に特異さがある。実際に電気回路に虚電力が在るのかと尋ねられれば、在るとも言えないし、無いとも答えられない。それは各相の無効電力に反映されるもので、各相無効電力発生の原因を『虚軸』の電気ベクトルとして定義した電力概念である。しかしその三相の各相無効電力は、過渡瞬時値でなければ、総和を採れば零となる。三相をまとめて見た時に『虚電力』の意味が分かろう。それを次の図に表現した。

電線路の空間エネルギー 三相電力線路には三つの「空間エネルギー」がある。瞬時電力理論での『実電力』と『虚電力』に関わる『エネルギー』と更に系統の電力規模を示す『電圧』に関わる『エネルギー』である。図では、『実電力』の赤色の流線で表示したエネルギー流と『虚電力』を意味する青色の回転流線で表示したエネルギー回転流の二つの「空間エネルギー流」がある。電気現象の最も基本的な認識として、捉えなければならない事がある。それが『電圧』の物理的原理である。負荷が無い、無負荷での電線路空間のエネルギー分布がどのように成っているかの認識である。無負荷であるから、電流が流れているとは言えない。それでも電線路の遠方終端でも瞬時に受電できる。それは電線路に『エネルギー』が電圧と言う意味の隠れた物理現象として存在するからである。『電荷』や『電流』でない『エネルギー』の電線路空間内での実在認識とその光速度伝播現象での解釈が必要である。図2は『エネルギー』を認識する事に因って、初めて電線路空間内のエネルギーの回転流としての『虚電力』の意味が分かろう。物理的には、決して『電荷』や『電流』での伝統的電気工学の技術概念に因る認識では無理である。電線路空間のエネルギー分布は電源から電線路末端まで、光速度に因る遅れを伴うが、空間エネルギーの供給に因る『電圧』として電力系統保持が成されているのである。その『エネルギー』の分布を図の緑色で示した。図の(2)は電線路の断面空間を示した。三相交流電圧の位相により、「空間エネルギー」の分布は電線路空間内を回るのである。この電圧エネルギー分布がすべてのエネルギー供給現象の基を成していると解釈する。負荷電力もその負荷点での電圧エネルギー分布の「空間エネルギー」を供給源とし、負荷が吸収した事に因るそのエネルギー欠陥を補償すべく次々と分布エネルギーを取り込みながら、その欠陥状態が電源側に光速度で補償しながら伝播するのである。定常負荷状態であれば、安定した赤色のエネルギー流で供給される。負荷変動の過渡状態は、電圧エネルギー分布に大きな欠陥状態が生じ、その光速度補償現象の伝播動作として系統に影響を与える。基本は電線路空間内の『エネルギー』分布が在ることに因って決まると見なければならない。『エネルギー』が光速度伝播と言うことの意味は、(3×10^8^)^-1^ [s]間に伝播する量が電線路の1[m]当たりの分布でしかない事で理解されるだろう。微弱な空間エネルギー分布でも光速度伝播と言うことで、極めて大きな送電電力となり得る。また図の(1)や(2)の電線路空間内の『エネルギー』現象を考えると、電気現象が空間ベクトル(技術概念の電流と電圧)の回転現象として、ベクトル解析手法の合理的な意味が納得できる。空間ベクトル解析ではインピーダンスよりアドミタンスが有効である。アドミタンスベクトルを虚軸上に定義することで、空間ベクトル解析にその意味が生きる。

むすび 瞬時電力理論の空間ベクトル解析の意味を少し広げ(リサジュー図形など)て見ようかと思い、その基本的物理現象を『エネルギー』でまとめた。ここまでの道程の電磁現象に対する解釈を進めて来た精神的な科学認識の支えが次の資料の写真に在る様な実験結果に負っていた。『電界』も『磁界』も『エネルギー』の解釈概念でしかないのだと言う電気現象の認識である。新世界への扉ーコンデンサの磁界ーの意味である。

瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義 電気学会電磁界理論研究会資料 EMT-88-145 (1988-10)

運動力学の解剖

一つの専門分野に集中して研究するのが科学者の姿であろう。本当のところは人並に科学者らしい人生を歩みたかったのであるが、何の因果か自分は何が専門分野かも分からない雑多な自然科学論(?)を論じている内に収拾が付かなく今日まで過ごしてしまった。純粋科学という科学か哲学かも分からない雑念の自然現象の謎の鍵を解きほぐそうと努力を重ねている内に、益々対象が広がってしまう。今年になって、日本学術会議の提言「理科基礎(仮称)」を読む で高等学校の理科教育を考える切っ掛けとなり、運動の速度やエネルギーを改めて考えるようになった。前にエネルギーで見る世界ー津波ーで水圧のエネルギー伝播現象の運動を考えた。電気回路のエネルギー縦波伝播と運動がエネルギー伝播現象という面で共通に見える。残念なことに、現在理科教育の中でも『物理学』はすべて白紙から作り直す必要性に迫られていると思う。過去の知識は未来に繋がらない。それは政府・教育行政機関の課題であろう。

科学技術のエレベーターの運動力学を考えようと取り組んでみたら、自分の能力不足を改めて知ることになった。運動力学など津波の圧力エネルギー伝播現象を取上げた事以外余り考えても見なかった。今回少し考えて、幾つかの疑問点が明らかになったので『問答』として取り上げようと思った。しかし、答が得られた訳でもないが、学校理科教育の運動力学問題としては無視できない課題かと思った。一つはまた三角関数の積分の不可解問題でもある。

速度について 運動と言えば、目の前の空間を動く物の速さ速度を考えるだろう。

%e7%89%a9%e7%90%86%e7%8f%be%e8%b1%a1%e3%81%ae%e9%80%9f%e5%ba%a6速度 運動と速度は切り離せない。しかし運動という現象は物質の速度を思い描くだろうが、自然現象には質量の無い『エネルギー』の速度もある。『エネルギー』は空間・媒体を伝播する縦波であることを理解して欲しい。

運動力学と加速度 ここで取上げる運動はエレベーターの運転特性を考える基本を押さえておこうとするものであるから、質量の運動力学である。そこに加速度が重要な概念となっている。

%e9%81%8b%e5%8b%95%e5%8a%9b%e5%ad%a6%e3%81%a8%e5%8a%a0%e9%80%9f%e5%ba%a6運動力学と加速度 学校で習う運動方程式は上の(1)式が基本である。100メートル競走の加速度は重力加速度を無視しては生まれない。(1)式の加速度が速度の微分として成り立つ場は無重力空間である。

%e9%87%8d%e5%8a%9b%e5%a0%b4%e3%81%ae%e5%8a%a0%e9%80%9f%e5%ba%a6重力場の加速度 『問答』重力に対して角度θ方向に、質量m㎏の物体を加速度αで加速運動をするにはどのような力を掛ければ良いでしょうか。あくまでも思考実験であり、実際に力をひもか何かでつるして引っ張ることは難しいのだが、考え方としては答えられるだろう。力は加速度(実在空間の幾何学的方向の加速度)αの方向に掛けても、加速度αの運動を起こすことは無理である。重力加速度との空間ベクトルの解釈が必要である。従って、(1)式の運動方程式は無重力空間での法則である。地上の法則とするには常に重力加速度を念頭にして理解しなければならない。

重力加速度の無い場 先ず速度と加速度の意味を理解するには無重力空間での考察を基にしなければならない。加速度が速度の時間微分である。速度は加速度の時間積分である。これらの空間的関係を認識するには、無重力場でなければならない。そこでの加速度と速度の関係を考えてみよう。

%e5%8a%a0%e9%80%9f%e5%ba%a6%e3%81%ae%e4%be%8b加速度と速度の例 初期速度(考える時間零の速度)V0としての加速度と速度の変化の例を示した。あくまでも無重力場での話である。この時の空間認識についても厳密には難しい問題を含んでいる。無重力場で静止空間とはどんな空間かと問えば答に窮するのである。厳密な実在空間を認識すことは難しい。地球上で自然現象を理解する解釈法として慣性座標系という概念をとるように思うが、自然世界はそんな単純なものではないとは思う。光の速度が決める空間が自然世界の空間の認識をする原点でなければならなかろうから難しいことになる。

運動解析例 高速エレベーターが超高層ビルの欠かせない科学技術である。そんな場合を考えてなだらかに加速する人への衝撃の無い運転特性が採用されることを念頭に、例題を作った。

%e5%8a%a0%e9%80%9f%e5%ba%a6%e9%81%8b%e5%8b%95%e3%81%ae%e4%be%8b正弦波加速度運転特性 エレベーターを念頭に考えたが、勿論無重力空間での話である。重力場での考察は次の段階になる。加速度を決めて速度および移動距離を計算した結果の図である。加速度を積分すれば速度。速度を積分すれば移動距離。そんな考えで計算した結果である。当然加速度はなだらかに零から徐々に加速することになる。ここで思考が停止した。自分の三角関数の積分計算能力を疑ったのである。そこで前の三角関数の微分・積分の記事になった。何故動く前から位置が10m以上も移動するのか?三角関数の不可解問題である。三角関数とは、その計算に於いて数学の論理性を主張できるのだろうかと疑問が浮かぶ。

重力場の加速度運動 エレベーター運転の運動力学は重力場での方程式で考えることになる。運転加速度(空間的加速度)に常に重力加速度g[m/s^2^]を加味しなければならない。だから運動方程式の、その力の加速度αは空間的加速度とは異なる訳である。この辺の意味を日常生活に関わる物理現象として物理教育に取り入れなければ、無意味な理科教育となる。この運動についてはエレベーターの運動と動力として取り上げたい。物理学教育というより科学技術教育として教科を組むべき内容が多いと思う。それが科学リテラシーに大切であろう。

太陽光発電の強風対策

化石燃料(原子力、重油火力など)発電に対して、自然エネルギー利用発電が環境保全の観点から注目されている。その中でも日本の場合は、太陽光発電が特に有望とみられているようでもある。大規模な太陽光発電が経済的な仕組みに組み込まれつつあるようだ。家庭用の発電設備もあるが、プラントとしての発電設備が建設されている。その設備を垣間見た時、少し心配な気分を味わった。古い書きかけのものを見つけたので、家庭用の太陽光発電の構成設備の参考に載せたい。

%e5%86%99%e7%9c%9f359太陽光発電装置

家庭用の発電設備であるが、大よその回路構成はこんなものであろう。問題は太陽発電パネルが広大な土地に大規模設備として建設される場合である。その平板パネルが並んでいる様子を見て現在の気象災害に遭う危険を考えると、技術的な強度不足が心配だ。発電設備として電力系統に接続し電力需要の一翼を担おうと言う事であろうから、規模が大きくなればなるほど、強風対策については十分な安全率を課されなければならない。設備が故障することは系統全体に電力擾乱を引き起し、とても発電プラントとしての機能が期待できないことになる。強風などの気象災害には万全な設備であることが要求される。

圧力水頭「理科基礎(仮称)」の題材として

理科教育の事など余り考えなかったのだが、先般の日本学術会議の提言を読んで、日本の科学技術との関係での「理科教育」の未来が全く見えない事態にあると考えざるを得ないと思う様になった。余りにも学理。学術と言う権威に支配された実態が日本の教育制度の硬直性を曝していると言わざるを得ない。責任は文部科学省の官僚的支配にある。教育は基本的に「自由」を建前にすべきである。政府支配と専門家的権威支配は教育を荒廃させる。制度ばかり小手先の変更をして朝令暮改の繰り返しに過ぎない。現場に負担を掛ける縛りが文科省の仕事のように見える。中味はもっと現実的な内容にすべきである。理論・法則などを覚るだけでは役には立たない。役に立たないような内容の教育しかしていないからだ。そこで、今回は「圧力水頭」と言う水力技術の問題を取上げて見たい。理科教育は科学技術教育に切り替えるべきだとの意味も含めて。能力不足の者が言うことじゃあまり役に立てないかとも思うが、考える題材として取り上げたい。「水」は地球の生命であれば、その様々な現象は学習するには余りあると思う。原子力発電所の再稼働で心配な日本ではあるが、水力発電所はもう過去の忘れ去られたエネルギー源になってしまった。その水力発電所の科学技術としての水の力学とエネルギーを眺めて見ようと思う。津波の意味を知るには圧力水頭の意味を知ることが重要だから。

フランシス水車の水力発電所

水力発電所の圧力水頭発電所の圧力水頭 貯水ダムの水のエネルギーを利用する発電所。水の水力学はベルヌーイの定理で理解している。結局は水のエネルギー保存の理解の問題である。ただ、圧力水頭と言う概念は運動エネルギーでも位置エネルギーでもないもう一つのエネルギーである事を理解しておくべきだろう。ファイルにしたものを載せる。

運動エネルギー流体の質量

エネルギーと水頭エネルギーと水頭 流体には3つのエネルギーがある。位置のエネルギー、運動エネルギーそして圧力エネルギーである。圧力エネルギーは総水頭から位置エネルギーと運動エネルギーを除いた残りのエネルギーになる。

圧力水頭圧力水頭 現代物理学の分野に気体分子運動論がある。気体の圧力と熱エネルギーの関係の基礎理論である。気体と液体の圧力で、基本的にどのような違いがあるのだろうか?余り物理学理論では、圧力エネルギーの実在性を認識していないのではないか。静止水圧については道草問答(7)水圧と水頭に述べた。この圧力水頭が波 「理科基礎(仮称)」の題材としての葛飾北斎の波の理解に欠かせない意味である。なお水車についてはフランシス水車-水力ドットコム-によく説明されている。

荷電粒子加速と電磁力

自然現象は法則によって理解する事が科学論理の共通認識に極めて重要となる。しかし、哲学としての自然観から見ると法則の公式に纏められる程自然は単純ではない。やはり電磁気現象を取上げて、その電磁気学的解釈を数式で纏められた法則の中味について、少し詳しく考え・吟味してみよう。代表例として、荷電粒子の加速現象を取上げる。荷電粒子を加速するには、電荷と電磁場の電界、磁界の間に発生する力関係が問題になる。電磁力とは何かを理解しておかなければならない。今年の大学入試センター試験の物理の問題に荷電粒子の加速の課題が出題されていた。何となく暗記していれば、考えなくても答えを選びだせるが、物理的な現象として深く考えると、答えられなくなる。決まり切った常識的な答を選び出す感覚を教育に求めるならば、それでも止むを得ないが、考える物理学としては首を傾げざるを得ない。そこで少し自分なりに考えをまとめておきたくなった。物理問題に挑戦して(2015センター試験)。

電磁力電磁力

自然科学と言う学問分野は、自然現象を解釈するのに、先ず分析して様々な現象の中味を分類し、細分化した基本の概念を定義して、誰もが共通理解できる基盤を整える。その上で、解釈法を新規に開拓する事で新たな進展を遂げる。新しい解釈や発見が科学技術の世界を広げて、社会に貢献する喜びが科学者の生き方と成る。科学技術の世界は見違えるほど進化し、人類は豊かさを享受して来た。その推進力が科学理論であるとみんなが理解して来た。科学理論即ち基礎概念と。その中で、自然科学の基礎概念の矛盾を唱える事は、世界常識を覆すことにもなる訳であるから、専門的科学界からは理解され難い。そこに哲学と言う深く考える意味が生まれて来ると思う。上に挙げたファイルの電磁力の中味を解剖してみようと思う。

電磁界 電気の現象が生じる空間場を電磁場あるいは電磁界と言う。電気磁気の場とも言うように、電気と磁気の二つがそれぞれ独立して、あるいは両方が巧みに絡み合った関係で存在する場(マックスウエル電磁場方程式)として捉える。ところが、詳しく分析してみれば、電界や磁界と言うその場の状況さえ余り厳密に定義されている訳ではない事に戸惑わざるを得なくなってしまう。だから、その電磁場での荷電粒子の加速現象も、良く意味が分からなくなってしまうのである。そこで、荷電粒子の電磁場での加速現象を、電磁力と言う式の意味から解剖してみようと思う。

力ベクトル力ベクトル

荷電粒子の運動方程式は電磁場の空間のベクトル計算で解釈される。電界ベクトルE(物理的な定義が判然としない。電荷からの電気力線の太さ的な強さとでも考えるか?)と磁界ベクトルB(磁束密度:単位面積を通る磁束線量か)の二つの電磁界供給源に因る電磁場が空間に造られたとする。それぞれのベクトル方向は独立して存在する。その電磁場にプラス電荷q[C]の粒子が速度v[m/s]で入射した。その時粒子が受ける電磁力には、磁界と電界の二つの独立した力を受ける。その合成力がf=f_B+f_E である。電界に因る力は電界ベクトルのスカラーq倍で、電界ベクトルと同じ方向ベクトル力となる。磁界Bによる力は、荷電粒子の速度ベクトルvとのベクトル積で決まると成っている。以上の電磁力のベクトルを上に図解した。教科書的法則に因る電磁力の意味を示した。問答はここから始まる。『電荷』が電界や磁界との空間での相互作用で、何故力が生じるのかと疑問を持たないだろうかと言う事である。『力』とは何か。遠隔作用力か近接作用力か、明確に共通認識されているだろうか。等を考えてみたい。

電磁力の意味 先ず磁場による力を考えてみよう。磁場から受ける力は荷電粒子の速度ベクトルと磁束密度ベクトルとのベクトル積で解釈される。[v×B]のベクトル積は、速度ベクトルvから磁気ベクトルBの向きに右ねじを回した時の、ネジの進む方向に力が生じる。vにもBにも垂直の方向に発生する。上の図の場合は、両ベクトル間の間の角度がθであるから、力の大きさはf=qvBsinθとなる。何故そのような力が生じるのだろう。ところが『電荷』が静止している場合は磁場の中でも何も力は発生しない。式の意味からすれば、静止電荷に対して、磁場の強度がどのように変動しようと力は発生しないと言う事になる。それは、『電荷』と言う概念に対して磁界は全く作用性を持たない、不干渉の関係にあると言う事だ。ところが、磁界に対して『電荷』が動くとたちまち力が生じると言う。一様磁場と言う磁界の変化の無い空間で、『電荷』が運動したとしても、磁界との相対的変化は何も生じない。もともと『電荷』には磁界は無いと定義されている。にも拘らず『電荷』が一様磁場で運動するとその速度と磁界の両方に直角の方向の力が生じると言う。この場合の力の発生原因を何に求めれば良いのだろうか。速度に対する電荷のスカラー倍qvの次元はどんな意味か。qv[Cm/s=Am=(J/H)^1/2^m]となる。磁束密度はB[Wb/m^2^=(JH)^1/2^/m^2^]である。その積が力の大きさで、f_B_=qvBsinθ[J/m=N]と確かに次元は問題ない。しかし、速度vやqv[Am]の物理的意味が磁界との間に力を生む原因と考える事に大変抵抗を感じる。それは個人の感覚的なもので、科学の論理に関係ないと言われそうであるが、そのまま済まされない問題と考える。なお次元についてはエネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系をご覧願います。

次に電界に因る力を考えよう。空間に電界があると言うことの物理的意味は何だろうか。電界は真空でも存在する。電気は光と同じであると言う事から考えれば、光は真空こそその本領を発揮できるのだから、電界の正体は光とどんな関係で捉えれば良いのだろうかとなる。電界は空間の単位距離に存在する電圧の大きさと言う単位で理解する。空間に電圧が在るとはどんな意味か。真空空間と違う何かの歪みを含んだ空間であろう。電気力線が密集している空間と考えても、そんな空間歪みでは認識できない。電界ベクトルEに対する『電荷』のスカラー倍の力の大きさf_A=qEの次元は[CV/m=(JF)^1/2^(J/F)^1/2^/m=J/m=N]である。この電界に因る『電荷』に働く力が何故生じるかを理解できない。『電荷』が空間に存在する時、その『電荷』の周辺に自身がその存在をどのような物理的姿によって主張するのだろうか。『電荷』の空間に放射するものは、やはり電気力線と言う仮想概念でしか表現できない。空間の電界強度と言う電気力線と『電荷』の放射する電気力線がどのように結び合うと考えれば良いのだろうか。空間の電界と『電荷』の電界とどのような量的結び合いで、その力を理解すれば良いのだろうか。この場合の『電荷』に働く力はクーロンの法則に因ると解釈する訳でもない。何となく、意味不明な電界強度と言う場では、『電荷』は力を受けるのだと言う専門的常識で説き伏せられるような感じを受ける。反論する側も明確に指摘できない曖昧さを抱えている点が口惜しい。

荷電粒子 不確定性原理と言う表現が在る。粒子の位置と速度(運動量=速度と質量の積)を同時に把握する事が不確実であると言う意味程度で解釈している。荷電粒子の状態を検出する実験的手法はどのように行われているかが知りたい。高速になる程不確実になるだろうと推し量れるが、実際の検出法が分からないと、荷電粒子加速の全体像を理解できない。計測は粒子のエネルギーを必ず検出に取り込む必要がある。その辺の理論的な検証が必要になると、実験手法には必ず伴うと思う。

荷電粒子の描像 『電荷』を否定すれば、荷電粒子を『電荷』概念なしにどう解釈するかに行き着く。全ての素粒子が結局『エネルギー』に集約されると考える。光、熱のエネルギーには質量を考慮しない。質量・エネルギーの等価原理。磁場のエネルギー流空間としての解釈と、荷電粒子のエネルギー回転流体との間の相互作用から『電磁力』を捉えたい。素粒子ーその実相ー

新世界ー科学の要ー  (2017/11/06)追記。新世界ー科学の要ーの記事は訂正し謝らなければならない。平板コンデンサ内のエネルギー流は一つであろうと思う。下部電極からのエネルギー流は無いと思う。科学的検証法がなく誠に申し訳ありません。3月に入って突然忘れていた大事なことに気付き、まとめたのが静電界のエネルギー流である。30年かけた結論でもある。荷電粒子の加速問題は、この静電界の物理学教科書的解釈でない自然界の物理的真理を認識すれば、自ずから取上げた意味が理解されよう。

物理問題に挑戦して(2015センター試験)

久しぶりに大学入試センター試験問題を見た。物理の問題が目に入った。以前からどうしても理解できずに困っていたものに近い問題である。セルンの『ヒッグス粒子』の実験で以前話題にもなった。陽子加速の問題であった。今年の物理の問題を見て、解こうと思った。しかし、理解力の無い頭で考えると、なかなか問題の意味さえ理解できない。そこで、自分の理解できない事をまとめてみた。 センター試験2015物理問題と読み取り 問題文を読み取ることに時間がかかった。なんとか読み取って、不可解な点をまとめた。 電極間と電場電極と電場 電極の材質も一応金属導体と解釈し、高等学校の電気理論でどのように問題の意味を捉えたら良いかと考えた。それが電極と電場の図に示した、図解説になる。電極構造は半円形で無くても、四角の箱状でも良かろう。加速粒子は確かに円形に近い運動をするだろう。更に、向き合った電極面の間が加速の場となるから、それ以外の部分は不要でないかとも思った。

電場 ②粒子加速の電場をどのように解釈すれば良いかが分からない。荷電粒子を加速すると言う教科書的解釈では、『電荷』を解釈の基本に考えると思う。所謂クーロンの法則である。クーロンの法則を斬る を御参考に。『電荷』を加速するのは『電荷』による電気力線の『電界強度』である。それ以外の原理を私は知らない。例え『電荷』が物理的実在量でないとしても、現在の教科書は『電荷』を電気の基礎概念として、そこから理論を考えている。この物理現象・荷電粒子加速の問題も『電荷』抜きには理論構築できない筈だ。電界ベクトルの方向に、プラス電荷が加速される。F=qE=mα[N]の加速度ベクトルα[ms^-2^]を生む電界Eが描けなければ、考える事が出来ない。電圧V[V]で常に加速とは、電気理論上は理解できない。電界をギャップ空間に描く事が先ず考える基になる筈だ。私にはこの問題の電界を描く事が出来ない。『電荷』によれば、③のように電気力線は描かれる。この電気力線では、粒子加速の原理が見えない。問題提出者はどのような電界の描像を描いて解釈したのか、教えて欲しい。

④電界レンズ 実際に荷電粒子が加速されるとしたら、それは電極間の電場・電界が『電荷』による描像以外の原理で描かれると解釈するのであろう。教科書で『電荷』によるクーロン力で荷電粒子加速を説明するなら、当然の事この問題の加速法も『電荷』で説明できなければならない。

『電荷』概念の矛盾を示す物理の問題であると考えて、解けない基本を記した

微分演算子(詩心 第123号)

古い自主文集「詩心 乗せて 観世の 帆掛舟」に独楽の記事がある。その予備資料に微分演算子の意味をまとめた。ファイルを載せたい。写真085

写真086写真087

 

写真088写真089写真090ここにあげた資料は独楽の力学的意味を解釈するときに微分演算子の回転 rotation の計算に参考になればと言う意味である。筆者独自の解釈例も挙げてある。