カテゴリー別アーカイブ: エネルギー論

『力』の概念

『力』という概念は物理学理論でも、その根本を成す重要なものであろう。

『力』には、遠隔作用力と近接作用力の二つがあることになっている。

近接作用力。

その例には、人や機械が仕事で『力』を発揮するような場合が挙げられよう。物を持ち上げる。最近は自動車が運ぶから、重量物を人が運ぶことも少ないが。暴風の風圧に飛ばされる。川の合流点での水流間の加圧力。摩擦力。津波の水圧。ロケットの打ち上げ推力。電気洗濯機の攪拌力。蒸気発電所のタービン駆動力等限りなくある。『力』を発生する原因と、『力』を受ける対象が明確だ。一般的に日常生活に関係深く認識可能なものが多い。この『力』は科学技術力としての具体的研究対象として重要な意味を持っているようだ。この近接作用力は学校理科教育での対象として、余り取り上げない。飛行機の揚力。これは理科教育でも重要な近接作用力として取り上げられる。

遠隔作用力。

物理学理論での対象となり、学校理科教育の学習対象となる様だ。重力運動。クーロン力。万有引力。

運動方程式で、質量m[kg]が加速度α[m/s²]を受ければ、その質量に『力』 f=mα [N]  が掛かることになる。質量は速度が変化しないように慣性を以って抵抗する機能を持っている。だから、質量のない物理概念体には『力』は掛からない。

〈クーロンの法則〉はその意味で、『電荷』間には『力』は生じない。それがクーロンの法則の矛盾点だ。質量のない物理概念体に、もし『力』が掛かれば、速度の変化を妨げる慣性が無いから、直ちに加速度概念のない、論理矛盾のままに無限速度となってしまう非現実世界の物理学理論となる。

〈万有引力〉はニュートンがリンゴの落下と関係付けて発見したとのお話で語られてもいる。それは余りにも有名な『力』の概念の物理法則である。〈万有引力〉の法則は、『力』の原因が、力による速度の変化に抵抗する慣性体の質量同士間だという意味だ。『力』による速度の変化を妨げる慣性の機能体である質量が、逆に遠隔作用の引力の発生源であると言う誠に奇妙な力学理論である。質量と言う慣性体間に『力』が発生すると言う、そんな事があり得るのかと疑問に思う。確かに、日常感覚として地球上で落下運動の加速度現象を解釈するには〈万有引力則〉は感覚的に納得し易く、深く考えないならば、現象の解釈論として分かり易い。しかしその解釈に、力学理論としての論理性があるかとの疑問を打ち消すだけの論拠が観えない。

『磁力』。

『力』という概念で、身近に経験する『磁力』を取り挙げなければならない。その『磁力』にはとても深い『力』についての自然現象の意味が含まれているのだ。

この『磁力』は近接作用力か、あるいは遠隔作用力かと考えてみる。さてどの作用力と解釈しますか?

『磁力』は誰もが実際の生活上実感できる筈だ。しかし、その『力』の物理的原理、あるいは解釈法をどの様になさいますか?『磁力』はマグネットに現れる力であるから誰でも知っていよう。しかし、その物理的空間の状況をどの様に解釈しているだろうか。先ず、『磁界』とは何か?更にその空間に現れる『磁束』の物理的意味をどの様に解釈するか。そんな基本的な事から考えなければならない筈だ。初めに結論を述べれば、元々電流と言う電磁気概念さえ自然世界にある訳ではなかったのだ。それは電気現象を人が利用するに便利だからという捉え方で、定義した科学技術用概念でしかなかったのだ。だから、『磁束』も自然世界に、この空間に存在する物ではないのだ。然し人類の自然利用解釈の知恵で、優れた解釈法として編み出した叡智の賜物でもある。だからと言って。『磁束』が実在する自然界の物理量では決してない事を理解すべきなのだ。その上で、科学技術概念として如何なるものかを知らなければならない。

磁界ベクトル Hとは何か?

磁界と言う物理的空間の状況をどの様に説明するか。磁界の単位・次元は物理学では [A/m] とする。[A]は電流の単位で、その電流の流れる導体の中心から垂直の離隔距離の空間点に発生すると解釈する空間の状況を磁界 H [A/m] (= I[r/r]/(2πr²)と定義する。磁界に対して、その点で磁束が空間に生じるとする。その磁束密度をB =μoH[Wb/m²]とする。ただしμo[H/m] はその空間の透磁率として定義する。

以上の磁界の概念を理解した上で、『磁力』の物理的現象をどの様に解釈するか?という事になる。

『磁力』の強さとその状況。

マグネットを向き合わせれば、強い『力』が働く。N極と S極の二つの磁極で、同極同士を向き合わせれば、強く反発して突合せられない。異なる磁極同士を向き合わせて近付ければ、その距離が小さい程強烈に引き付けられる。

マグネット間の『磁力』の状況を『磁束』で説明できるだろうか。マグネットを近付ければ、『磁力』が急激に強くなる。その物理的原理は何だろうか?『磁束』で説明が付くだろうか。マグネットを近付けた時『磁束』がどの様に変化して『磁力』が変化すると解釈できるか❓その『何故か?』という疑問に真剣の向き合う事が物理学の在るべき姿勢だ。

『磁力』は軸性回転エネルギー流がその本源である。

  • コンパスは何故北を向くか。
  • ハリケーン、台風は何故回転するか。
  • 太陽系は何故軸性回転流か。
  • 渦潮の物理現象。
  • 地磁気は地球表面のエネルギー流が原因だ。
  • 独楽は軸性エネルギー流の姿だ。

『力』は近接作用力に在る。

熱電子と熱エネルギー

歩んだ道は・・」教育に生かせない道だったか?

  • (2022/10/07)。このブログ記事で公開することが、御迷惑になるのかとの心配で公開を止めていた。
  • 現代の情報化社会の原点は、その科学理論としての『電子論』に在るのだろう。現在の半導体による電子工学、電子回路の基は真空管回路にあったと思う。その意味が『エジソン効果』と言う実験の解釈に有ったことを知った。エジソンの白熱電球の現象であった。白熱電球の放射熱エネルギーを『熱電子』と解釈したと言う事だった。白熱電球の放射現象を『熱電子』の放射などと考えるだろうか。真空管は基本的には、白熱電球のフィルメントが陰極と成った真空ガラス管と同じであると気付いた。

真空管、それは白熱電球にその起源があった。

『エジソン効果』

1884年にエジソンが白熱電球についてとても面白い実験をしていたことを知った。それが上の②図である。どの様な意図で白熱電球の中に、別にフィラメントを覆うような電極を付けたのか、その発想の尋常でない事に驚く。その意味が真空管の誕生に繋がっていたようだ。その20年後に2極真空管が発明された。末尾に参考年表。

『電子』、『自由電子』が白熱電球からの歴史に関わっている事を知った。『電子』が負の『電荷』と言う現代物理学理論の歴史の発端に白熱電球があったと理解した。

とても心苦しい事ではあるが、この自然世界に『電荷』は存在しないと言わなければならない。その事を物理学理論の根源に置かなければ、子供達への未来の教育とはならない事を伝えたい。その意味で、もう一度『電子』の物理的意味、概念を白熱電球のフィラメントの『熱エネルギー』との関係で考察して置きたい。決して『熱電子』などと言う負の『電荷』量子が空間電荷効果の基になっていた訳ではない。

筆者が論じる内容は、とても学術論文になるような内容には見えない筈だ。実験室の中からでなく、日常接する自然の風景に感応しながらの感覚的思いからの日常生活論とでも成ろうものである。

しかし、ただ一つの科学理論への革命的実験結果がある。それは、ロゴウスキー電極空間に3万ボルトの直流の高電圧を掛け、その中のコンパスの指し示す方向を探ると、印加する電圧の値に依ってコンパスが指し示す方向が変るのだ。その意味は、電気磁気学理論の『電気(電界)』と『磁気(磁界)』は異なると言う解釈の間違いを示しているのだ。『電界』も『磁界』も空間に在る『エネルギー』を解釈する人の解釈論に因る事で、自然世界の純粋さは『エネルギー』一つの世界であることを示しているのだ。その実験結果が、全ての科学理論の『電荷』概念に基づく解釈の見直しを迫る筈だ。

その意味を説く例として、『エジソン効果』を取り上げる。

LEDに白熱電燈が取って代わられる。何時の日か、白熱電球とは何ですか?と時代遅れを笑われそうな思いにある。高輝度のLEDランプの自動車前照灯に目が眩む怖ろしさも、安全運転に注意しようと‥。

エジソンが追加して実験した電極が、2極真空管の陽極Pであったのだ。白熱電球のエネルギー変換の物理現象は、身近で誰もが目で観察できる日常生活科学論の代表的観察例題である。量子力学を学ぶ前に、自然の姿を直接感覚に落とし込む、光と熱の『エネルギー』の意味を身に感じて欲しい。光や輻射熱は、最近は禁じられるが焚火の炎の『熱』も『光』も傍で体に感じれば、温かく仄かな灯りに、揺らめく灯に心も静かに穏やかに揺らめく筈だ。その焚火の放射の物理実体も、白熱電球から放射される輻射物理実体も何も違いのないものだ。光に違いはない。熱に違いはない。その光や熱が空間を伝播してくるものを、人が受け止めるのだ。その空間を伝播するものを、どの様な物理的実体と理解するかが大切なんだ。それが空間を伝播する『エネルギー』なのだ。その『エネルギー』と言う最も大切な自然世界の物理的実体を、どれだけ科学理論の中に認識しているかが、とても曖昧に思えるのだ。電球から放射される『エネルギー』を認識しているだろうか?

白熱電球から放射される『エネルギー』を真空管では『熱電子』と言ったのだ。決して『電荷』など持たない熱を『熱電子』として、真空管の『空間電荷効果』と言う理論で、電子工学の基礎理論となって来たのだ。筆者も初めて、工業高等学校で(身分は?)授業担当が『電子工学』の真空管のお話から始まった。勿論空間電荷効果は『熱電子』の理論に因って理解し、解釈し、教えさせてもらった。学習させて頂いた参考書が右の本だ。「電子工学の基礎 ⅠおよびⅡ 」 W.G.ダウ 著、森田清 他訳 共立全書。である。 豊富な図解でとても詳しく、勉強できた。もう一冊は「無線工学Ⅰ 伝送編 新版 宇田新太郎著 丸善」である。分布定数回路の学習で、とても良く解説されていて、参考になった。

その当時(1964年)の電子工学は真空管回路がまだ基本になっていた。しかし、その年の秋10月10日は、日本でのオリンピック開会日であった。テレビジョン放送もカラー放送であったと記憶している。だから、TVも既にトランジスタ回路だったかもしれない。

その後、『発変電』、『送配電』そして『電気機器』その他『電力設備』等の電力系が主な担当科目となった。ただ「電気理論」は工業高等専門学校での全くの未経験科目として『電気磁気学』の担当経験をさせて貰った。結果として、その『電気磁気学』の授業担当の経験が『電荷』の物理的概念への疑念の始まりとなった。

そんな過去の担当教科科目を経験した事から、今、理論物理学という科学理論の基礎科目である現状を考えた時、決して『電荷』や『電子』が基礎概念とされている現状は、未来の教育内容として、その概念の矛盾が耐え難く、科学理論もその点で学問の自由という意味がどの様な事であるかを考える視点ともなるかと思う。特別専門的知識が無くても理解できるような内容でと易しい言葉で述べた心算だ。その意味で、誰にも参考になる形式の科学論であると思う。このブログ記事は、その意味で十分役立てると思う。

ただ、『電荷』や『電子』の否定と成れば、基本的な視点が現代科学理論の、解釈の基礎概念、教科書の解説と異なる事が多くなる。それは社会的な意味で問題ではあろう。

真空管の制御電圧 vg (グリッド電圧)が真空管内の内部空間の『熱エネルギー』の分布状況を制御するのであった。その『エネルギー』の分布を『空間電荷効果』と解釈して、『熱電子』の制御と解釈したのである。その『熱電子』の意味がトランジスタ理論での『電子』制御論に引き継がれたのだ。

電子工学の始まりが真空管であった。その解釈が半導体に引き継がれた。『電子』概念が生まれた意味がそこにあった。白熱電球の『熱エネルギー』を『熱電子』と解釈した。

乾電池 1.5[V] の哲学

乾電池の電圧が 1.5[V] の理由を問う。

おそらく現代物理学理論では答えられない筈だ。だから哲学になるかと。

そんな事がある筈はないと誰もが思うだろう。この科学技術に支配されている現代社会で、その基礎理論と成っている理論物理学で解釈を示せないが筈はないと!

以前大学の教育の水準を保つ為に、『電気・電子工学』の基礎としての『参照基準』として『物理学』が欠かせない学習内容だと。それなら、乾電池の電圧 1.5 [V] の物理的意味位は答えられて当然の筈だ。しかし理論物理学は余り科学技術の具体的な内容に関心が無い精か、抽象理論に偏り、具体的で統合的な面で欠けているようだ。

その精か、現代理論物理学では解答できないのだ。

可笑しいと思いませんか。

その訳は簡単です。自然世界に存在もしない『電荷』や『電子』を科学理論の基礎概念として創造して、それに依存した理論を構築してきたからである。

自然界に実在しない物理概念『電子』や『正孔』等で抽象的な理論を構築してきたからである。理由・訳は極めて単純なのだ。

自然世界を支配している空間の『エネルギー』を認識していない欠陥理論だからだ。光や電磁波が『エネルギー』の縦波との理解が出来ていないからだ。ただ進行方向に光速度で伝播するだけの空間に分布した『エネルギー』の密度波だと理解していないからだ。

乾電池も交流発電機も、配線を通してその空間を伝送する『エネルギー』の供給源でしかないのだ。空間分布の『エネルギー』を認識する事が乾電池の、電圧 1.5[V] の意味を解釈できる基礎になる。それが大学の教育に欠かせないものとしての『エネルギー』が参照基準の筈だ。

クーロンの法則の眞相

大変だ。クーロンの法則と言えば無意識に『電荷』に関する法則と思う。それは、『電荷』の単位が「クーロン[C]」であり、フランス人のクーロン (Charles Augustine De Coulomb  1736-1806)の業績を讃えて採用した『電荷』の単位と思い、その関係からの意識によって。

実は、『電圧』の概念がどの様に構築されたか気になって、『電圧概念の起源』として検索して確認した。ボルタの電池の発明の頃の関係としてどの様に測定と概念が採られたか?を調べた。その検索結果の中に、電気の歴史年表と言う記事に出会った。

その記事に、「クーロンは磁石には2つの異なった極があり、同じ極は反発しあい、異なる極は引合う。力は距離の2乗に反比例する。」があった。

その当時は未だ『電荷』の意味がそれ程はっきりと意識されていなかったのではないかと思った。『電荷』に対して『磁気』なら磁石で感覚的にも分かり易い経験的意味で意識できたと思った。

おそらく、20世紀に入ってから、『電荷』の単位「クーロン [C] 」から、誤って磁気に関する法則を『電荷』に関するものと物理学教科書などで解説した事が始まりであった結果ではないかと思った。

クーロンの法則を斬る (2013/01/06)の旧い記事であるが、その中で・・斬る 等と記したが、それはあくまでも『電荷』に対する意味に対してであった。

『電荷』など決して、自然世界に実在する物理量ではない。改めてあらゆる自然世界観を基礎から作り直さなければならない所に立って居る筈だ。物理学理論の根幹から作り直す時代に居るのだ。原子構造の認識も『電荷』では矛盾論のままだから。

電気回路空間とエネルギー伝送特性

(2022/02/14)。今日のダッシュボードに記事、特性インピーダンスから見る空間の電気特性 (2013/11/29) が一つだけ挙がっていた。丁度述べようとする内容に関係するものだ。

電気回路が、漸くどの様に『エネルギー』を伝送するかの物理的特性が掴めてきた。もう曖昧で不明確な科学技術概念に因る電気回路現象を無理して、自然界に実在しない『電荷』などで取り繕った解釈法を採らなくて良いところに到達した。ただ、『電子』によって電気回路の『エネルギー』の伝送現象が論理的に解説できれば、『電子』の価値もあるのだが決してそれは不可能の筈だから。運動エネルギーや位置エネルギーあるいは熱エネルギーを『電子』に背負わせての伝送などお伽噺にも成らないし。物理学理論で『エネルギー』を忘れてはそれは自然世界から目を離した科学技術理論だ。

前の記事、エネルギーと電流(2022/02/13)で述べた内容をもう一度まとめる。

前の記事より、回路のスイッチSでの短絡位置を変えた。意識的に、回路空間が『エネルギー』伝送特性を決めるという意味を強調したかった。電線路抵抗でそこを流れる『電流』によって決まると言う『オームの法則』では、電気現象の物理的特性を本当の意味で理解できないのだ。その違いを示したかったから再び取り上げた。電線導体内など『電流』は流れていない。勿論『電子』などこの自然世界に存在しない。電気回路現象はその電線で囲まれた空間を流れ、伝送される『エネルギー』によると言う眞實が理解されなければならない。電線路空間の特性は、その線路定数C[F/m] L[H/m]によって決まってしまう。特性インピーダンスZo がその伝送特性の基本を決める。それに対して負荷が幾らかで伝送電力が決まる。負荷抵抗Rを

R= αZo    α=R/Zo

と捉える。αは単なる係数である。

要するに、二本の電気配線で構成される空間がどの様なものかで、伝送特性が決まるのだ。電源電圧と言う技術概念量はとても優れた特性解釈概念量である。それが何を表現したかが分からなければならない。検索情報などには、丁度水の水圧のような意味だ等と出ている。そんな頓珍漢な意味を述べる程厳密に納得しようとすれば曖昧模糊とした解釈論が飛び出す事に成った。『電流』は回路を回り流れて、閉じた還流概念であるから、水圧で元に戻る意味など表現しようが無いにも拘らず、そんな解説まで飛び出す。恐ろしい、全く論理性等微塵もない珍科学論だ。バンド理論の『正孔』も同じようなものかも知れない。新たな目新しい構築概念で、人の意識に混乱を積み重ね、結局総合的に矛盾の重層構造を創り上げてしまった。そんな科学理論全体を統合して論理性を論考するなど、全く経済的利益にも成らない事は誰もしない。専門業界に嫌われるだけだ。だから科学理論は矛盾の病に侵されてしまった。1987年4月(今から35年前)に『静電界は磁界を伴う』と言う電気磁気学理論の根本的矛盾を問う実験結果を発表した。誰もが実験してみれば現在の物理学理論で理解できない事実に気付く筈だ。しかし矛盾が理論の社会的仕組みを破壊するようなことは許したくない意識が科学者の最優先事項となる。アンペアの法則の矛盾など気付きもしない。

それらの意味を考えて、上の図は電線路空間がスイッチの位置で変わり、回路特性も変わるという意味を単純な電気回路を通して、理論の具体的思考問題例として示したものだ。

伝送特性を一応式にまとめた。

 

コイルの貯蔵エネルギーE[J]は『電流』によって発生するものでなく、電線路空間を通してコイル導体間の隙間から『エネルギー』が流れ込むのだ。その『エネルギー』はコイルに印加される電圧Vl「V]の時間積分に関係したものとして流れ込む。

E=(∫Vl dt)²/L [J]

電圧の時間積分の2乗が漸く『エネルギー』の次元[JH]に繋がる。次元で、『エネルギー』の単位[J]が現れなければ、それは自然現象を利用した技術用の解釈概念だと見做して間違いない。自然空間に実在し、展開する現象は必ず『エネルギー』をその本質として保持して現れる。どの様に科学技術が進展しても、その『エネルギー』の空間像を捉えることは不可能であろう。光の空間像(『エネルギー』の分布空間像)を見る事は出来ないから。コイルの内部空間に貯蔵された『エネルギー』を科学技術計測法で測定する事は不可能である。その技術的に計測する手法として技術概念、『電圧』や『電流』を創り出した事に人の優れた智慧が生かされたのである。

この回路でのコイルに印加される電圧は抵抗との関係で、指数関数での表式となる。その時間積分で算定される。計算をお願いしたい。

電気回路現象で、観測不可能な自然の実在物理量『エネルギー』は電線で構成された空間の形状によってその伝播状況は変化する。その自然現象を数学的に厳密に捉えて、理解しようとしてもそれは無理であろう。指数関数式(ε^-αt^)でも、過渡現象は無限時間でも収束(零にならない)しない矛盾が残る。

リアクトル負荷の電気回路現象

送配電線路は電気エネルギーを必要とする需要家に、その『エネルギー』を供給する電気設備だ。需要家は高炉、製造工場、高速鉄道(リニア新幹線が未来の悔恨とならないか気掛かりだ。技術開発に懸命なご努力をなさる方々には済まないのですが。需要電力が原子力発電一機分に近いため、温暖化と生活環境破壊の原因となる虞がある。トンネル風圧がリニアの利点を消し去るから。新技術開発の社会的合意の問題が取り残されていないだろうか。)あるいは高層ビルの照明・電熱など多岐にわたる負荷が対象になる。

負荷の形態はその『エネルギー』の受給によって、電線路の回路現象にその影響が現れる。半導体回路などが増え、そのスイッチング特性によっても様々な悪影響が現れる。

電動機などもその『エネルギー』の消費にリアクトルの特性、『エネルギー』の貯蔵・放出が関わり、電気回路特性に僅かな影響を及ぼしている。それは実際にはベクトル解析手法の中での電気理論として分かってはいる。

電気回路現象の特性を理解するには、『電圧』『電流』による解釈ではその物理現象としての真相を理解することはできない。それらの概念は電線路をほぼ光速度で伝送する『エネルギー』を電気技術評価量として評価した概念であるから。電気現象の物理現象としての理解はその『エネルギー』がどの様に電気回路内で振舞うかを捉えなければ不可能である。負荷にリアクトルの誘導性が含まれる場合が、その電気回路内の物理現象を理解するにとても良い例題となる。それはリアクトルの『エネルギー』貯蔵が電源電圧の位相との関係で、回路内への『エネルギー』供給源としての働きが丁度電源と似た機能を発揮するからである。その意味を理解すれば、『電子』が回路を流れる等と言う間違った物理学理論は消し去られる筈だ。『電子』が負荷にどのように『エネルギー』を供給するかの論理的解釈が示されれば、考え様も有るかも知れないが、それは無理である。要するに物理学理論の欠陥は『エネルギー』の空間像で認識できていない点である。

誘導性負荷時の電圧。初めに電源と電線路電圧の物理的現象を述べておこう。

負荷が誘導性の場合は、その負荷には幾分かの電線路側に戻す『エネルギー』の原因となる e(ωt) [J]を保有している。電源はその端子電圧 vs(ωt)[V]のみしか制御できない。電線路内全体の電圧など全く監視・制御できない。ただその『エネルギー』供給端の電圧を制御するだけで、自動的にその端子の回路定数 C[F/m] が電線路に必要な『エネルギー』の分布量を電源側に放出させるのである。電線路全体で、電源の制御電圧値に対して欠損あるいは余剰が生じれば、自動的にその差分を補うべく、電源から『エネルギー』が供給されて、電線路全体が規定の電圧に保持されるように修正されるのである。更に負荷が誘導性の場合は、負荷も電源と同じような『エネルギー』の電線路内への放出機能を持つ。

『エネルギー』の光速度伝播現象。電線路はその構造によって回路定数が決まる。しかし、『エネルギー』伝播空間媒体が空気であれば、その伝送速度は光速度 co=(μoεo)^-1/2^[m/s]になる。絶縁媒体なら速度は落ちる。『エネルギー』は電線路導体内など流れないから。この『エネルギー』の伝送速度が電源電圧制御指令に従いながら、電線路内の電圧分布を基本的に支配する。

線路内電圧vx(ωt)が電源からの距離xとすれば、同一時刻tであっても、その位置の『エネルギー』分布は電圧波形の遅れとして、厳密には電源より⊿t = x/co [s] だけ位相が遅れる。しかし、光速度はその遅れを考慮する必要が無い程の瞬時伝播の速さである。それでも『エネルギー』の伝播が現象の基本になっている。さらに、そこにリアクトル負荷の『エネルギー』の回生現象が加われば、複雑な位相の状況を呈する。以上の現象を基本的に認識しながら、電気回路現象を電気理論の電圧、電流で解釈する場合も、常に『エネルギー』の意味を意識する事が大事だ。

vx(ωt) = √(δx/C) [V]

のように表される、電線路の『エネルギー』分布密度が電圧値の電気技術概念なのだ。

純リアクトル負荷の回路現象。

厳密には、電圧値は負荷まで同じ電圧値ではない。電源より必ず位相が遅れる。その訳は光速度による『エネルギー』分布の伝播遅れが必然的に起こるから。

(2021/12/19)。ここまで来て、何故電力が『エネルギー』の流れ δi[J/m]でなく電圧分δv[J/m]との積に因るかに疑念が沸いた。それが  電力 その禅問答 (2021/12/14)になった。

その疑念の前に、考察の回路があった。

右図はリアクトルのエネルギー e(ωt)[J]が端子電圧の時間積分で決まることを示す。本来、電線路空間を通して、伝送される『エネルギー』は電圧の規模・大きさの2乗の意味で、その物理量が認識される筈だ。それを自然の本源と技術概念で指摘した。その事を理解すると右図に示す電力 p(ωt)=de(ωt)/dt で解釈すれば、電圧値 vr(ωt)の2乗δv(ωt)/C [V]によるとの解釈が可能かもしれない。そこに電線路電圧規模が『エネルギー』伝送機能の意味に因るとの合理的な解決の糸口が有るかも知れない。

自然の真相と科学技術の間にかける橋の美しくあって欲しい。電線路伝送の『エネルギー』の捉え方の未だ結論に到達して居ないが、ここでひとまず休憩とする。

科学実験の世界

とても面白く、貴重だ。世界を変えた20の科学実験

表紙の写真はマイケルソンとモーリーの光の相対速度検出実験に関するものであろう。

実験で光の相対速度が検出されなかったという結果をアインシュタインが『特殊相対性理論』の根拠にしたと理解している。

しかしそれは、レーマーが木星の衛星観測から『光の速度』の相対性を実験的に証明している筈だから、光の速度は何処で観測しても、観測者に対して「一定だ」と言うのはアインシュタインが間違っていると思う。

アインシュタインの「特殊相対性理論」が物理学理論に大きな影響を与えた。そのころから量子力学など理解困難な理論が華やかに唱えられてきたようだ。

マイケルソンとモーリーの実験は光の相対速度検出実験が成功しなかったが、その実験結果への試みが間違っていた訳ではない。光は『エネルギー』の縦波伝播であるから、観測者との間には必ず『相対速度』がある。ドップラー効果と言う現象が存在する事は、それが光の観測者に対する相対性の証拠である。

『静電界は磁界を伴う』は『電荷』概念否定の実験結果でもある。一つの新しい科学論への認識を喚起すると思う。ロゴウスキー電極空間の磁界 (2020/06/18)。

 

 

電力 その禪問答

『電力』と言う用語の意味位は分かって当たり前だ。それは電気『エネルギー』を利用して、社会経済活動の根幹を成す仕組みを支える用語であろう。

ところがだ、その意味が理解できないのだ。電気回路現象をその物理的本源から問い直すと、『はてな?』が考えろと促すのだ。不思議な事に、分からない疑問が増えるのだ。

基本回路で考えてみよう。

p(ωt)=v(ωt)i(ωt) ?

 

我乍ら驚いた。正しく禅問答だ。電圧と電流の積が何故電力になるか?その物理的意味が分からないのだ。

『はてな?』の意味。少しその前提を述べておく。『電圧』は電線路空間の『エネルギー』分布密度で解釈する。

v(ωt)=√(δv/C) [(J/F)^1/2^=V] 。

のように電線路単位長さ当たりの『エネルギー』密度分布δv(ωt)[J/m]がその電圧の技術概念の基になっている。同様に、『電流』も

i(ωt)=√(δi/L) [(J/H)^1/2^=A]

のように、『エネルギー』分布密度δi(ωt)[J/m]の流れとして解釈する。

この意味で電圧、電流を捉えれば、それは如何にもその時刻における瞬時値と解釈できる。電線路の1メートル当たりの分布『エネルギー』密度と言う瞬時値と見做せようから。しかし、電圧と電流の積として、電力 p[W=J/s]を考えるとそれは瞬時値とは言えない。1秒間、1[s]当たりの『エネルギー』量を意味する事に成る。電圧、電流及び電力の波形を描けば、次のように表現する事に成っている。

この波形を見ても今まであまり違和感を持たないでも済んだ。科学技術理論と言う学術論は殆どその専門家の解釈理論で、専門家と言う慣用学術論組織内では立派に通用する。然し乍ら、図の電力p(ωt)の次元は[J/s]の1[s]間の『エネルギー』量を示す瞬時値である。

禅問答という意味。実はもっと不可解な迷路に迷い込むのだ。

p(ωt)=v(ωt)i(ωt)=√(δv(ωt)δi(ωt)/LC)=co√(δv(ωt)δi(ωt)) [W]

ただし、光速度co=√(1/LC)[m/s] である。

上の式は光速度の30万キロメートル分の『エネルギー』量を積算した意味で捉えれば、何とか辻褄合わせは出来るようだ。電力はやはり1秒間の積分量を評価する意味だと。だから波形の意味は論理的な瞬時値概念を表現しているとは言い難いのだ。 しかし、電力が電圧と電流の積と言う算定値に依って技術評価することの意義は極めて高いのだ。

負荷が電力設備系統に要求するものは『エネルギー』しかないのだ。『電子』や『電荷』など全く必要としていない。だから電線路空間を通して『エネルギー』の流れが物理現象として捉えるべき対象の筈である。そこで、『エネルギー』の流れなら δi(ωt)[J/m]だけで解釈出来るのではないかと思うが、そうでは無いのだ。必ず、電圧との積でなければ『エネルギー』の供給の評価が出来ないのだ。

電力系統は送電電圧値に依って、同じ電流でも送電容量が、そのレベルが違うのだ。『電圧「と『電流』の積でなければ送電『エネルギー』の評価が出来ないのだ。

一体『電圧』の意味は伝送『エネルギー』に対して、どの様な物理的概念を持つと言うのか?それが不可解の『禪問答』たる意味である。自己撞着とはこの事か?

分かろうと藻掻いて、分からなさが増大する。❓❓

電流計とエネルギー流

電流計は何を計るか(2)  の結論を印す。

上の回路(2)の電流計は回路のエネルギー流に対してどの様な意味を持つか。

結論。

(2022/08/29)追記、訂正。上の回路で、電力 p が

p=δp/√(LC) とした。この条件は、負荷が電線路の特性インピーダンスに等しい場合である。瞬時電力の具象解剖 (2022/02/03) を参照。

回路のプラス側に電流計A を繋いだ。その回路の回路定数をまとめた。回路定数は単位電線路長当たりの値とする。L[H/m] 、C[F/m] 等の電線路に電流計が接続されれば、負側電線路近傍を伝送される『エネルギー』δp[J/m]が負荷の特性で決まる。そこに電流計が挿入される訳だから、その伝送エネルギー流は乱れる。『エネルギー』はその値や波形を科学的実験で測定できない。電気理論は電圧計や電流計で、その回路現象を捉える。しかし『エネルギー』は観測できない。電流計のコイルに貯蔵される『エネルギー』の量をδa[J]とする。Laa[H]が回路に挿入された時、回路定数をどの様に解釈するか、それを平行二線式回路の定数について に述べた。電線路電圧は電流計の電圧降下分を無視すれば(コイルに平行に抵抗値ゼロと見做せるシャント抵抗SHで回路電流Iを流す)、回路電圧V一定と考える。ただ、電流計接続回路部だけの回路に『エネルギー』分布に変化が起きる。電流計がプラス側に繋がれているから、そのコイル分の『エネルギー』が電圧のエネルギーギャップ条件を乱す事に成る。その『エネルギー』分は負側で保障して、電圧一定条件の『エネルギーギャップ』を保持する事に成る。電流計部の『エネルギー』の伝送速度が遅くなる。その事で、電線路全体の伝送電力p[W]は何処も一定に保たれることになる。負側電線路近傍空間の伝送『エネルギー』密度δA[J/m]および電流計コイルエネルギーδa[J=(J/m)と等価]の間に

δa=(Laa/L)δp

の関係がある。

以上が結論である。『エネルギー』量が計測できない科学的検証の限界が在る。それは文学、哲学と言われるかも知れない。ただ一つ重要な実験結果として、変圧器の奇想天外診断 (2015/06/02) および天晴れ(コイルと電圧とエネルギー)に示した意味が電線路の『エネルギー』伝送の電磁現象の原理を示していると言えよう。

電流計は何を計るか(2)

初めの頃の記事、電流計は何を計るか (2010/11/10) で、少し長い記事だが磁気の関係を論じた。

電気回路について前の記事で漸く、電線路の回路特性 (2021/08/10) の認識に辿り着いた。線路空間を伝送する『エネルギー』が電気回路の機能の眞相であった。それでは電線路に繋ぐ電流計は何を計るのかと、新たな疑問が浮かぶ。

この記事(下書きは、8月28日で止まっていた。)を書くために、その準備が必要であった。平行二線式回路の定数について がそれだ。

 

図は電灯回路だ。電源は電池の直流電圧だ。

図(1)はプラス側の電線路にコイルLaaが付加されている。このコイルはどんな働きをするのだろうか。直流回路でコイルはどのような機能を持つと考えるか。さらに、プラス側の電線路には『エネルギー』は分布しないと今まで解説してきた。図(2)の電流計の接続との関係も含めて考えてみよう。電流計接続はプラス、マイナス側のどちらでもほとんど変わりなく、同じ値の計測値を示す筈だから。

このような簡単な回路で、電気現象を考えることに科学理論としての価値をどの様に観るだろうか。

その検証は学術理論の専門家の科学論の世界に入って論じても、無理である。『電子』否定の科学論が愚直に、真剣に考えて頂けて意味を持つのは、このような中学生にも解る単純な電気現象にこそ、そのカギが隠されている。今もって、電気回路で『電子』が『エネルギー』を如何に負荷に伝送するかの機能を高度な物理学理論を研究なさる専門家は誰も説明しない。それは論理的に理論が矛盾に満ちているから、『エネルギー』を負荷に伝送するための、どの様な『電子』の具体的機能によって『エネルギー』の保有を担うかの合理的解釈が出来ないからである。

(1)の回路。直流では、定常状態でコイルはインダクタンスとしては機能しない。周波数が無いから、ω=0 であり、ωL=0 である。電源電圧 V「V] とすれば、電流は

式   I=V÷R [A]

となり、コイルのインダクタンスLaa[H]は式には現れず、負荷に影響を与える意味は無く、『エネルギー』伝送に何の意味も持たない解釈となる。

コイル内の『エネルギー』を考えてみよう。電流の式にはコイルの意味は現れない。しかし電気回路内の現象で、コイルが全く存在しないと同じかと言えば、そうではない。コイル内には必ず『エネルギー』が貯蔵される。その『エネルギー』をどの様な物理量と認識するか、それは科学理論での『エネルギー』の概念とは何を指すのかの問題でもある。市民が学校教育で受けるべき科学リテラシーの基礎的素養としての内容に関わる問題でもある。コイル内の空間に実在すると考えるか、数式上の抽象的な意味で考えるかの問答である。

答えは空間には『エネルギー』が実在するだ。それが自然世界の物理的(物理学理論的ではない)実像である。しかし、ここ迄科学技術が進展し、ドローン空撮、極超音速ミサイル、自動運転自動車等空恐ろしい程の、予測し難い未来社会に突入しようとしている。技術は進展すれど、自然認識の基礎となるべき現代物理学理論が余りにも前時代的な認識の誤りの中を彷徨う現状を恐ろしいと思う。

『エネルギー』が空間に実在する物理量だと見做せない意識の中に、基礎理論としての役割を果たしていない科学常識の過ちの中に居る。

そんな自然哲学、社会科学の課題を多寡が電気回路の電磁現象の中からではあるが、明らかにしなければならない未解決の問題の中に居る。『電子』が電気回路で、何の役にも立たない概念である事を長く指摘してきた。電流計のコイル内の『エネルギー』の実像を考えれば、そこに『電子』がどの様な役割を果たすと理解しているかを個々人が考えれば、上の意味が分かる筈と思う。

そんな科学理論の基礎の危うさ、矛盾の困難の中を、皆が泳がされているのだ。科学技術の経済的競争の中で、経済的利益に無関係の基礎概念など、誰も研究対象として取り組まない。電流は『電子』の逆流だ等と逃げているようだ。狭い専門性の細分化された研究体制は哲学を忘れたカナリヤ科学論になる。

『エネルギー』一つの意味を認識して欲しい。波はエネルギー流 (2021/10/08) など誰もが観測できる『エネルギー』の物理現象だ。『エネルギー』を忘れてはカナリヤ科学論から脱却しなければならない。

今までの物理学理論では、光についても『エネルギー』の空間の流れとは認識していないようだから。振動数では空間の『エネルギー』が認識できない。

直流回路の電流計が電気回路内で、どの様な『エネルギー』を計測しているのだろうか。回路定数C[F/m] およびL[H/m]との関係を含めて考えてみよう。

結論。記事 電流計とエネルギー流 (2021/10/ 23 )にまとめた。