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電気現象の哲学的課題

1990年(平成2年)に『JHFM』単位系-エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 (2010/12/18) ーを作った。自然現象は『エネルギー』がその根源をなすとの認識である。その時の課題が真空透磁率μo[h/m]と真空誘電率εo[F/m]の『エネルギー』の伝播現象に果たす空間構造の哲学的解釈であった。

伝播定数γ=√(CL)  [s/m] 。それは『エネルギー』の単位長さを伝播するに要する時間。光速度と同じ物理的意味であるが、光速度の逆数で評価するものでもある。記事、空間定数とエネルギー伝播現象 (2019/09/14) が参考になるでしょう。

電線路空間は線路定数によって統一的にその特性を評価できる。その電線路空間を伝播する『エネルギー』の特性を特徴付けるのは電線路単位長当たりの C[F/m] およびL[H/m] そして伝播定数γ[s/m]である。線路定数は分布定数回路空間の世界 (2019/10/14) に示した。

電線路の電気現象についてまとめるにあたって、今も自然の時空構造をどう解釈すれば良いかと疑問のままであるので、最終的課題として提起しておきたい。

何故か?

筆者本人が自分の記事を見ると「フォロー」マークが表示される。自分が別にもう一人居るようで気持ちが悪い。

以下の翻訳機能はいつの間にか回復して頂いた。有難うございました。

もう一点不可解。[Google 翻訳]の機能が検索サイトGoogle で見ると正常に『ウィジェット』が挿入されている。しかし、bingでは翻訳機能が効かない。

Twitter から記事を見ても、翻訳機能が停止されている。これは政治行政機関の仕業ではないか?

Yahoo検索でも翻訳機能は効かない。

電気エネルギーの測定法(電流と電力)

はじめに(2020/4/28)
『オームの法則』によって電気回路現象を誰もが容易に理解できる。『オームの法則』は1826年ドイツの物理学者 ゲオルク・オームによって独自に発見、公表された。(実は1781年ヘンリー・キャベンディッシュが発見したが死後数十年後まで知られずにいた、とある。)その優れた技術法則であるが故に『電流』、『電圧』さらに電力の物理的意味を深く考察する必要もなく今日に至った。ちょうど200年少し前の19世紀の初めに『電流』と言う概念が磁気によって電気導体から離れた、空間にその姿を示すという新しい発見が『アンペアの法則』として捉えられた。その『電流』の単位アンペア[A]が電気現象解析の根本技術概念となって、すべての電気量の基本単位系 [MKSA] の基となっている。しかし、ブログの初期の記事に電流は流れず (2010/12/22) を、さらに去年電子は流れず (2019/6/6) を投稿した。それは『電流』と言う技術概念が自然認識の曖昧さを許す科学理論の根幹をなしている現代的社会問題として捉えた論説でもある。科学理論がその特殊な専門家集団の中で、特に分かり難い理数的表現に特化した形式で醸し出されて、一般の市民の科学認識に如何に曖昧な理解の混乱と弊害を及ぼしてきたかを唱えざるを得なかった。世界には決して『電荷』など実在しないのだ。世界の本源に『エネルギー』が存在していることを分かって欲しいからである。

電流とその測定
電気回路の電線路に電流計を繋げば、その電線の中に如何にも『電流』が流れているが如くに針の振れで示すから、決して誰も『電流』を疑わない。電線導体の中を流れる『電流』を自然現象の真理と考えて疑わない。そこには超電導現象という新たな発見もある。電線導体内を流れる『電荷』があるとして、それが自然の真理と捉えられてきた。電流計で計測しているものは何かを知らなければ、『電流』の意味は分からない。

Ampere meter  電流計の内部は右図のようにその基本計測量は可動コイルと言うコイル内に貯蔵された『エネルギー』の量である。そのコイルに流せる『電流』の最大値は大よそ100[mA]程度という事である。測定電流 I[A] のほとんどはコイルと並列に小さな値のシャント抵抗 r [Ω]に流す。だから電流計で測っているものはその抵抗に掛かる僅かな『電圧』分に相当する『エネルギー』分布を並列のコイルに取り入れて、そのコイル貯蔵『エネルギー』の量を磁気的な力によって測定しているのだ。決して『電荷』が電線の中に流れている『電流』と言う概念の「自然に実在する物理量」がある訳ではなく、コイルの電線周りに貯蔵された空間に実在する(光と同じ)『エネルギー』の回転流を計っているのだ。電気回路の電線はその電線で囲まれた空間を電気と言う『エネルギー』が光速度で流れて負荷に『エネルギー』を供給する役割の、その導きの道路の機能なのだ。だから『電流』の逆向きに『電子』が電線導体内を流れる等と言う解釈もハッキリ言わせてもらえば、それは『嘘』の科学論なのだ。光が何処(何もない空間)を通るかを考えれば、光と同じ速度で伝播する電気の『エネルギー』はやはり電線の中など通れる訳が無いと分かる筈だ。そこに大きな科学理論の混乱が現在の哲学的課題としてすべての地球の人に課せられているのだ。電流計で測っているものが何かを知るには、科学技術の中の姿をきちんと理解すること以外に自然の姿を知る方法は無いのだ。その事は高等数学の式では理解できない、例えば『電荷』の存否を数学の式では説明できないことも知らなければならない。

電流計則の式。電流計が何を計量しているかを式でも考えておこう。電流計の内部合成抵抗 rA からコイル電流 IA は(1)式となる。ただし、負荷電流が I[A] である。その電流計のコイル貯蔵『エネルギー』 WA は(2)式となる。ただし2分の1の係数は省略する。さて、この貯蔵『エネルギー』 WA[J] は負荷電力 P[W] と次の関係にある。

この(4)式から、結局コイルの『エネルギー』WA は電流計の内部定数 KA によって、次の(5)式のように負荷を計測していると見做せる。

(5)式の WA は負荷電力 P[W] と負荷抵抗 R[Ω]の比を計量していると見做せることを示している。次元はKA[H]よりP/R [(J/s)/(H/F)^1/2^]=[J/H]である。

電力の測定

電力測定 P=VI(W)       電気回路の『エネルギー』の測定法。その第一歩が電力測定であろう。それは電気の『エネルギー』を如何にも電気商品のごとくに商品として販売するに欠かせない技術である。しかし、『電圧』と『電流』の積では商品としての『エネルギー』量の計量には成らない。しかし乍らまず第一歩として、『電圧』と『電流』の積が何故負荷の電力値 P[W] となるかを図のコイルの貯蔵『エネルギー』 WA[J] とWV[J] からその意味を算定してみよう。電力測定法で、何故『電圧』と『電流』の積が「電力」になるかの分かり易い解説が見えない。科学技術の優れた英知の結晶を、噛み砕いて理解することの大切さを忘れないで欲しい。

コイルの貯蔵『エネルギー』 Wv を電圧 V として計測している。この意味について、先に電気エネルギーの測定法(電圧)に示した。その電圧値は負荷との関係で、『電流』の測定値の意味(4)式から、次の(9)式の意味を計測していることになる。

電流計の並列内部抵抗値 rA に対して負荷抵抗値 R は大きいから、端子電圧に対する電流計の電圧降下は無視できよう。従って、

負荷電力 P[W] は『電圧』 V と『電流』 I の積となる訳の意味である。以上のすべての解析は『オームの法則』一つによって解釈できた訳である。如何に『オームの法則』が簡便で、優れているかには驚嘆せざるを得ない。結局技術概念の『電流』と『電圧』と言う二つの測量技術が電線路空間を光速度で伝播する空間の『エネルギー』を捉えた手法である事に、如何に現代科学技術社会がその恩恵に預かっているかを知らなければならない。その法則の深い意義を知らなければならない。しかし同時に、電線導体の中には『電荷』など流れていない意味も計測技術を通して知らなければならない。

『エネルギー』の測定法。
電力量計として現在『エネルギー』の取引メーターとして使われているものが積算電力計[kWh]メーターである。どこの家庭にも玄関の外に取り付けられている計量器である。使用電気『エネルギー』量に応じて、アラゴの円盤の回転量で計測する優れた計量法である。電気技術の優れた結晶がこの積算電力計であろう。アルミの回転円盤に使用電気『エネルギー』の量に相当する電磁力を働かせて、円盤の回転回数として『エネルギー』の量を計量する『エネルギー』計量法の電気技術利用の優れた計量器具である。『エネルギー』は人がそれを物理量として決して目に捉えることの出来ない自然の姿であり乍ら、それを見事に計量している。科学技術に乾杯。科学技術のその深い意味を捉えることが、その奥に隠れている自然の姿を理解するに欠かせない筈だ。空間に展開する物理量の『エネルギー』の姿を理解することが自然を知るに欠かせないのだ。『質量』とは何か?『電荷』とは何か?『エネルギー』を知らずには、自然の深い真相を知ることのできない自然科学の道である。マックスウエル電磁場方程式が何を表現した式であるか?スマホの電波も電気『エネルギー』の空間への放射と消費である。直流電気回路も電線路の空間を電気『エネルギー』が伝播する現象である。その直流回路の電気『エネルギー』も線路空間を『光速度』で伝播する『エネルギー』の伝播現象である。図のように電源の負側の導線に沿った空間を負荷まで『エネルギー』がほぼ光速度で伝播するのである。電線内を『電子』などが光速度で流れることなど決してできる訳がない。しかも『電子』には『エネルギー』を伝送する機能・能力など、その物理的定義として付与されてはいない。『電子』のエネルギーは原子周回運動の運動エネルギー論で、質量に依存した概念しか仮想的な付与でしか定義されていない筈だ。その運動エネルギーを負荷に届ける、『電子』の往路と帰路の『エネルギー』の増減論は聞かない。『電子論』には『エネルギー』伝送の論理性が全くないのだ。だから『電子』が電気回路で役立つ論理性などどこにも無いのだ。

おわりに
『エネルギー』の姿の一端でも空間に展開する姿を御理解して頂けるかと述べた。自然の本源が『エネルギー』であることを唱えた。

(関連記事)何度も同じような事を述べた。筆者が論じる科学論は所謂科学常識からかけ離れて、しかも高度な数学的記述でないことから「文学論」だと言われもしたが。しかしITネット空間の解説にはこれが科学論かと思える論理矛盾の内容が満ち溢れている現状は間違っているからである。「電子と電気エネルギー」などと検索すると、少し古い記事で「電圧と電子と電気エネルギーの関係は? 」に当たり前と思える質問がある。それに対する回答者の余りにも陳腐で、何も考えていない姿が観え、悲しい。科学常識のひどさが『電子』に現れている。現代物理学理論に『エネルギー』の空間像の認識が無い点が最大の現代的教育の課題となっている。マックスウエル電磁場方程式の解釈に『エネルギー』の認識が欠けている事が原因かもしれない。

技術概念「電流」とその測定 (2018/9/24) 。電子は流れず (2019/6/6) 。電流は流れず (2010/12/22) 。エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 (2010/12/18) 。また、「電流は流れず」の確信に至った訳を少し述べた、電圧・電流とエネルギーと時空 (2019/8/11) 。

摩擦熱とコンパス (2020/3/22) に『静電界は磁界を伴う』の実験写真を示した。電界と磁界は『エネルギー』から見れば、同じことを知ってほしい。

The magnetic force and energy flow   

『電流』が磁気を発生すると言う。『電流』の流れる回路にコンパスを近付けると、確かにコンパスは力を受けて決まった方向を向く。しかし、『電流』は電線内の『電荷』の流れる時間微分と定義されている。それがアンペア[A]である。同じことが『電子』が電線内を流れると解釈しても、同じように電線近傍の空間に磁気の力が及ぶという。現代物理学理論の論理性として、電線内から離れた線路空間に磁気力を及ぼす原因としての力の真相は何なのかを明確に解説しなければならない筈だ。電線内部の『電荷』の移動が、電線内全体に同一の『電子』密度で分布しながら移動すると、磁気を帯びたコンパスに力を及ぼすことになる訳は何か。『電子』が流れるという論理には、電線導体の負側だけでなく、正側も同じく『電子』が充満して流れる事をも含んでいることになる。『電荷』の分布による『電圧』の原因解釈も、正側電線内のプラス『電荷』と『電子』の負『電荷』との兼ね合いで、どの様にその論理性を解釈できるのか?もう一つ重大な論理矛盾がある。それは力の物理学的解釈では質量に働く以外『慣性』の無い対象に「力」の概念は成り立たない筈だ。力の概念と電気物理 (2019/5/21) 。「クーロン力」の概念適用は根本的に論理に反した『力』の概念矛盾である。さて、『電子』がどの様な力をコンパスの動きに作用力を及ぼすと物理学理論では解釈するのか?筆者がマグネットの近傍空間に観えない『エネルギー』の流れとして確信したその方向は、十数年前にこの図の Energy flow の方向に依って決定した。

『Electrons』の紋所と科学理論

はじめに お読み頂くには恥ずかしいような低次元の科学論である。何処かに落ちこぼれていたモノを繋ぎ合わせたお伽噺とお笑いください。実は、電気回路の計測器で、電圧計と電流計があり、その意味を理解することがとても良い電気現象の解釈例題になるかと思った。その測定回路はコイルの内部空間の自然現象(『空間エネルギー流』)を巧みに利用した、優れた科学技術の結晶なのだ。その測定器の過去の記事を考えながら、纏めようとして、躓いたのが『electrons』と言う「お方」の姿の不可解さであった。何方かが明確な『electrons』の空間像をお示しいただければ幸いと思ったのが以下の記事の切っ掛けです。後から付け足しの前書き。

一本の銅線があった。今でも、その中を『電子』というとても不思議な「お方」が通っているとお偉い方々が仰っている。みんながその通りと、それを信じて疑うこともない。水戸のお殿様のお話、TVドラマに「この紋所が眼に入らぬか!」がある。そう言われれば、平身低頭で御もっとも、御尤もとなる。
 そんな「お方」に肘鉄砲を食らわすように、撥ね除けたら世間から爪弾きされるは必定だ。
 その「お方」は不思議なお供を連れている。一本や二本では表現できない、頭も尾もない閉塞環の『磁束』と言うリング坊主(div B = 0) を連れている。その磁束はどれ程の大勢なのか定かでないが、護衛役よろしく、必ずどの程度かの、付かず離れずの間を取って侍るかのように、兎に角どこにでもお付きになっているようだ。そんな『電子』と『磁束』の関係について、その論理性を考えてみたい。『電流』は流れていないで、『電子』が電気回路を流れると解釈する事が最近の科学理論の常識と見做す風潮にあるようだから。

『electrons』と『磁束』の因果関係?

銅線のコイルに電流が流れるという。本当は『electrons』がその金属の導線の中を通っているのに、『electrons』でなく電流が逆向きに流れると勘違いして決めてしまった。実際は図のように『electrons』が流れているのだと。その『electrons』が流れると磁束がその電線の周りに発生する。『electrons』の電気回路における役割は何だろうか。『electrons』は負の『電荷』と『質量』を兼ね備え持った不思議な「お方」だ。なかなか凡人には、その負の『電荷』と言う具備条件の意味を理解しようと努力してみても、未だに腑に落ちない。矢張り素直に言われる通り御尤もと腹に収めれば、爪弾きされずに済んだのかも知れない。磁束と言うリング坊主は『electrons』のどの様な袖の下から繰り出す代物かと悩んでしまう。ある所には、『電荷』も『質量』も10桁のとても厳密性のある物理的権威を持って御達しが成されている。それを誰も本当ですかと疑うような非難はできない。今日も、ダッシュボードに励磁電流とは (2019/4/14) とご覧いただく記事が載っている。

『磁束』は『electrons』のどの様な機能によって創り出されるのだろうか。『電荷』は『磁束』も身に纏っているのだろうか。まさか『electron』の具備条件の『質量』は『磁束』の発生に関係ないだろう。『電荷』のクーロン[C]と言う物理単位に『磁束』のウエーバー[Wb]と言う物理単位が隠されているのだろうか。そんな付帯条件が『電子』に加味されているとはあまり聞いたことがない。御専門の方々がおられる筈だから、凡人にも分かるように御解説いただければ嬉しく、感謝申し上げたい。『electrons』は遠く離れた空間にも『磁束』を張り巡らす超級の能力をお持ちのように思える。普通は『電流』が『磁束』を作り出すとなっているのだが、『電流』は実際には流れて居なくて、『electrons』が電線の中に隠れて流れていることになっているから、その『electrons』の『磁束』発生の仕組みを皆さんのご理解成される程度に少しは分かりたい。『electrons』はどの程度の距離までその能力を発揮するのかとても興味を覚える。

空間を飛ぶ『electrons』も『磁束』を周りに纏いながら速度を上げるのだろうか。『electrons』の持つ『電荷』が原因でないとしたら、他の何が『磁束』発生の原因となるのだろうか。とこのような疑問を膨らませると益々『electrons』や『電荷』のお姿が、その実在性が信じられなくなるのである。有名な「アンペアの法則」による『磁束』発生の物理学の原理が本当かと疑いの深みにはまってしまったのが、『静電界は磁界を伴う』の『電荷』否定の実験の基になった。新世界への扉 コンデンサの磁界 (2011/2/20) 。

勝手乍ら以下に『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質―と言う過去の発表記事の前書きを載せたい。

1.まえがき 現代物理学の基本概念に電磁界理論がある。その電磁界解析に欠かせないのがマックスウエル電磁場方程式である。しかし、マックスウエル電磁場方程式には時間的に変動しない電磁界いわゆる静電磁界に対してはエネルギー伝播の概念は含まれていない。この解釈から「電荷も電流も時間的に不変である限り電気と磁気とは別々の現象である。」(1)という当然ともいえる結論が得られる。しかし、マックスウエル電磁場方程式をエネルギー伝播と言う観点から考察したとき、筆者は「電界あるいは磁界のみが単独に存在するような場は有り得ない。」と言う結論に到達せざるを得ない。

2.空間瞬時電磁界ベクトル解析式の導出 

がその部分である。それはコンデンサ内の『エネルギー』を実験的に、磁気コンパスで測った内容だ。

まとめ

計測器と『空間エネルギー』。『空間エネルギー』の貯蔵空間の一つがコイルである。その空間の『エネルギー』の織り成す磁気的と解釈する自然現象の技術利用が『電圧計』『電流計』なのである。

津波とそのエネルギー

はじめに(3月20日) 

津波の恐ろしさは海岸に到達した波が陸の奥まで、すべてを押し流して襲い掛かることにある。東日本大震災(2011年3月11日)から9年が過ぎた。その巨大な津波が日常生活を破壊し、多くの命を奪い、忘れ得ぬ悲しみを残した。今回改めて、今まで津波現象の伝播エネルギーの計算をしてきたが、修正しなければ成らないことに気付いた。その点を含めて、過去の記事を確認しながら、改めて計算根拠を含めて提起する。

津波の原因

先日、9年前の津波災害の検証の放送がNHKスペシャルであった。今でも、その東日本大震災における津波の仕組みについての専門家の解釈は変わっていない。当時ツイッターで頻りに、海溝に陥没あるいは亀裂が出来ていないか調査してほしいつぶやいた。予測通り、海洋開発機構の『しんかい6500』が観測結果を提供された。2011/08/16に震源域の深海底に亀裂 『有人潜水調査船 しんかい6500』 でYouTube に調査結果が示されている。その亀裂は2006年の調査時には無かった海底亀裂が新しく出来たものだと言う話である。予測が的中した調査結果である。地震・津波発生の原因 (2014/06/15) にその亀裂を載せさせて頂いた。当時から、地震・津波の専門家の解説は歪解放の陸側の地殻の跳ね上がり現象が原因との話だ。

専門家の津波原因説 専門家の津波の原因としての解釈を図に描いた。全く理解できない疑問を3点挙げた。残念ながら、専門家による組織、政府機関である気象庁のホームページ記事の解説記事は間違っている。それが筆者だけの捉え方なら止むを得ない。

3点目に挙げた事。太平洋側に跳ね上がる事で、何故陸側に津波が到来することになるのか。太平洋側にしか伝播しないように思える。津波の波長は数㎞から数百㎞にも成るらしい。そんな長さの波を跳ね起こし、しかも跳ねた方向と逆向きに巨大津波を発生させるという力の運動力学的論理が全く見えないのだ。数百㎞の津波波長を大陸側の岩盤が跳ねると解釈する論理性が見えないのだ。それほどの長時間跳ね続ける等無理であると思うが、もしそのような事が起きると考えるなら、その論理的な説得力のある理屈を示すべきと思う。

専門家の津波解釈が理解できない根拠

津波前の急激な引き波―専門家に問う― (2019/06/26) がその根拠である。この引き波についても、気象庁の解説は、その事実を間違いとして否定している。2004年12月26日スマトラ沖での津波災害も、遠い海岸での海岸線の津波前引き波で、遠浅の海底が干上がり、魚が跳ねていた。その後に巨大津波が押し寄せたテレビ映像を見た。その津波前の引き波現象を専門家はどのように解釈するのか?その引き波現象について今まで、専門家が説明している事を知らない。

専門家は津波伝播エネルギー量の計算とその根拠を示して欲しい。

筆者の解釈 津波伝播エネルギーとは?

津波の現象について独自に考えた結果を提唱する。津波エネルギーの本質は何か。津波は海水面の上に高い階段状の衝撃波頭を持った長い波尾長の減衰波形で観測される。波尾長の長さが数百㎞に及ぶものもあるという。その津波が沿岸部に到達し、災害の津波として上陸する伝播エネルギーを如何なる現象と捉え、その『エネルギー』をどの様な力学的現象による量と認識するか。どのような理論的根拠を捉え、計算するのか。そのエネルギー量を計算するには、基本的には普通の水面波の波動現象をどの様なエネルギー量で捉えるかに掛かっている。水面波を物理学でエネルギー波と捉えていないところに最大の教育上の問題がある。『エネルギー』なしに波は発生せず、伝播もしない。すべて波は『エネルギー』の縦波であるから。波を観たら、それは『エネルギー』の伝播現象と先ず感覚的に理解しなければならない。その『エネルギー』を認識できるかに掛かっている。その『エネルギー』の水中分布を捉えられるか。津波が海岸部に襲来すると、津波伝播速度が遅くなる。その理由を海水の深さが浅くなるからと解説されている。その訳を式で説明されているが、何故そのような式で解釈できるかの理由が示されていない。その解釈には『エネルギー』の意味が全く考慮されていないから、その式が本質的な自然現象としての認識を伝える意味をなしているとは理解できない。津波の速度が結果的に深さに関係すると見える訳は、海洋伝播時の水の移動しない圧力エネルギー波(ほぼ200[m/s])が、水の流れる運動エネルギー波および水を持ち上げる位置エネルギー波に変わり、地形に従った止むを得ない『エネルギー保存則』によって起きる、エネルギー変換による速度変化の結果なのである。質量の流れない圧力エネルギーが水の質量の流れとしての運動エネルギーおよび位置エネルギーへの『エネルギー保存則』に基づく変換をするから速度が変化するのである。基本的に、津波の速度は深さには関係しない。その『エネルギー』の空間像を認識して、はじめて波の物理的意味が分かる筈だ。その上でその津波の『エネルギー』を数式でどのように表現するかであろう。残念ながら、津波エネルギーの計算根拠が示されていないように思う。

図1.Water pressure

海洋を伝播する津波波形は図のように描けよう。海面には大気圧poが掛かっているが、それをここでは考慮する必要はない。津波波形は波頭で急激に立ち上がり、階段波の長い波尾を引いたものとなろう。津波は図の h(m) の波の高い部分がその物理現象の原因となる。津波の意味を知るには、この部分の水圧が平常の海の水圧に付加されることによって、どの様な『エネルギー』の作用が生じるかを知ることが必要である。また大事な事は、津波は図のような波の水は即ち水の質量は少しも流れないという事である。津波の海洋を伝播する時の『エネルギー』は水の『運動エネルギー』ではないという事を知らなければならない。水圧の『圧力エネルギー』であるという事が普通の水力学での現象と異なることを津波現象の本質と知らなければならない。必ず津波はその波頭部の直前の海水面が低くなる。その意味はその直前の海水を只高く引き上げて、津波の波高値を保つのである。その水は流れないで、高く押し上げられ徐々に波高に従って高さが下がるだけである。この意味は普通の水面に現れる波が流れないで、只水面の上下する現象と同じことで津波を理解すればよい。津波の水も津波の進行方向には流れず、只上下するだけである。海岸で海水が流れ込み、陸に上陸したとき災害になる。それは海洋を伝播する津波の『圧力エネルギー』が海底の深さが浅くなると津波の『圧力エネルギー』を保存できなくなるから、水の『運動エネルギー』と水位の上昇での『位置エネルギー』に変換する現象によって、普通の水力学の状況になるのである。この『エネルギー保存則』の物理学理論を理解していれば、津波が「これ程高い所に来るとは理解できない」などと訝しく思う筈はないのだ。普通の『エネルギー保存則』の物理的変換現象なのである。

図2.伝播エネルギー

この伝播エネルギーの計算法で今までの解釈を修正しなければならない。津波によって生じる圧力エネルギーの災害を生じる『伝播エネルギー』は当然平常時に保有する海底までの圧力エネルギーとは異なる。津波の波高 h[m] の単位面積当たりの水中の圧力エネルギーは上の図の(5) 式となる。その津波波形の圧力は p[N/㎡] (図1.の(1)式)および『エネルギー』は(1/2)ρgh^2^ [J]  (5)式となる。津波に依る水圧増加分 p が海底まで掛かって影響する。結局全水圧の『エネルギー』から津波の無い平常時の圧力『エネルギー』を引いた分が津波の災害を引き起こす『伝播エネルギー』となる。その(6)式の『伝播エネルギー』 Et [J/㎡] が沿岸部に到達して上陸する災害の基となる『エネルギー』量である。単位面積当たりの量であるから、それの波全体に広がった『エネルギー』が伝播する。

図3.津波波動関数

地震震源地点の海底に津波の発生原因がある。その津波を引き起こす地殻のどの様な現象が津波の原因となるかの捉え方が問題である。それは次の問題として、津波が発生した波動を関数式に表現してみた。発生点を座標の原点 O とする。津波の波頭がO点から伝播し、その後の時間 t[s] 経過後の位置 x[m] 点の津波波高値 y=h(t,x) は(9)式で表す。津波の規模はその波頭の高さと波尾長で決まると観てもよかろう。波頭値を H[m] とした。津波速度は海洋では V=200[m/s] の一定値と解釈して良かろう。基本的には津波も水中の圧力波の縦波伝播現象である。関連して、水中の音の伝播速度は1500[m/s]のようだ。空気中の音の伝播速度もほぼ 331[m/s] 程度と言う。音の伝播現象も水中であれ、空気中であれ、それらはすべて圧力密度波『エネルギー』の縦波伝播現象である。ただ津波の圧力伝播速度が音の伝播速度に比して7分の1ほどの速度となる。その訳・理由は分からないが、『謎』として意識しておきたい。津波の伝播速度は一定値Vとして表現した。波長を L[m] とし、波尾長が一定の勾配 α=H/Lで減衰すると仮定した。(10)式は位置座標 x の範囲を示す。津波の規模は海底の発生源の広さ、亀裂の長さとその規模に依ろうが、またその結果が現れる波頭値 H と波尾長 L によって決まろう。

関数式と『伝播エネルギー』。

波頭の最大波高値 H から波尾の各波高値 h(t,x) に対して、図2.の(6)式から海底の深度 D との関係で『伝播エネルギー』は求まる。しかし、この値は実際には少し異なる。『伝播エネルギー』は本当は震源地点の海底深度で『エネルギー』の量は決まる。その『エネルギー』が伝播する途中で、海底深度が変化すれば、その『伝播エネルギー』は『エネルギー保存則』によって位置あるいは速度の『エネルギー』に変換される分が生じる。浅い川で水の流れを見ても、石等の上を流れるとき水面が上下したり早くなる様子が見える筈。飛行機の揚力と空気の流れと似た現象だ。流体は基本的に、圧力と速度の『エネルギー』変換現象の基にある筈だ。大事な事は水や空気の空間に在る『エネルギー』の諸現象をどの様に認識するかに掛かっていよう。物理現象で最も大切な事は空間の『エネルギー』の諸相をどう認識するかではなかろうか。このような解釈は、電気回路現象の中の『エネルギー』の意味の解釈から感覚的に捉える見方であるかも知れない。電気コイルの中の空間にインダクタンスと言う前に、『エネルギー』が存在していると認識することからの解釈であろう。『電流』や『電荷』あるいは『電子』の電気技術概念の前に『エネルギー』が有るのだ。

津波と波源 津波は波源から離れた海岸部に襲い掛かる水の自然現象の一つである。津波は地震に伴って起きる海底の地殻の陥没や亀裂を原因として、深海に掛かる水圧と突発的真空空間出現との関係に伴う水力学的自然現象である。地球の自然的活動の一つの姿でしかない。特に複雑な地殻の狭間にある日本列島は常にその脅威に晒されている運命にある。歪解消の地殻の跳ね上がりで、数百kmの波長の津波が発生するとは考えられない。海底亀裂や陥没による空間の出現とその高水圧との水力学による海水の引き込み現象と、その引き波の周辺海域への波動伝播が広範囲からの海水引き込みを呼び起こし、巨大な海水流入が起きる。それが津波前の引き波現象の原因である。この海水流入が長ければ当然波尾長は幾らでも長くなる。道草問答(5)-津波と真空破壊力-にもその時間との関係を述べた。これらの解釈に至る過程は、すべては水の中に潜って水の慣性や水圧などの感覚的認識が基になっているかも知れない。

東日本大震災時の『しんかい6500』の海底亀裂観測結果について。

しんかい6500によって海底亀裂が報告された。特に亀裂が北の方で、深さ5331mと言えば巨大な水圧であり、地震の震度が5程度であっても此の水圧からすれば、巨大津波になった理由として不思議ではない。NHKのスペシャルを見ての感想。

また、海溝が日本列島に平行に走っているから、亀裂がその海溝に沿って発生すれば津波は太平洋沿岸に平行な波頭の津波として襲い掛かると考えられる。その津波の威力は衰えずに沿岸部まで到達することになる。海底亀裂の恐ろしさである。しかしその亀裂に関する観測結果が津波との関係で捉えられていない点で、とても不思議である。

津波と速度。津波の速度には水が流れる速度と水が流れない『伝播エネルギー』の速度と様々なものがある。津波とその速度 (2020/3/27) にまとめてみた。海洋伝播する『伝播エネルギー』の速度は200[m/s] の高速度で、深さにはほとんど無関係と見做す。

海岸に上陸し、直接災害をもたらす津波の速度は一概に幾らとは決まらない。海洋を伝播してきた『エネルギー』の総量と到達海岸の地形によって『速度』も「到達高さ」も決まるものである。

まとめ

災害を及ぼす津波波動は陸に上陸した海水の流れる波である。その津波の高さと災害の脅威は海洋を伝播する津波波形のただ高さだけでは理解できない。防潮堤の高さがどのような意味を持つかを理解するには海洋の津波の『伝播エネルギー』を理解する必要が有る。海岸部に到来する津波の速度などの計算式は別に考えたい。

関連記事。エネルギーで見る世界―津波― (2011/3/27) 。 大津波の発生原因を探る (2011/4/18)。 津波を(tsunami)解剖する(2012/2/13)。 道草問答(5)津波と真空破壊力 (2012/12/20) 。 道草問答(7)水圧と水頭 (2013/5/6)。津波と圧力水頭 (2018/5/1)。 津波前の急激な引き波―専門家に問う―(2019/6/25)。

津波とその速度

はじめに(2020/3/27)。津波の伝播エネルギーを計算した。その記事を書きながら、「津波の速度」の意味が曖昧に思える。元々津波の物理現象の捉え方が曖昧だからと思う。基本的に津波も、普通の水の水面波と同じく水の移動はない。水は流れず、津波の圧力波が海洋を伝播する現象である。津波は陸に上陸したとき水が流れ込む。その陸上を襲い掛かる津波の速度と海洋を伝播する津波の速度さらに津波波源の状況の速度と、津波の速度という速さにはいろいろある。その意味でまとめておきたい。
巨大津波の原因。
海底亀裂による真空空間の発生。津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13)。で指摘した。その絵図を載せる。

 

海底亀裂の図。大陸側の地殻の跳ね上がりが津波の原因と言うのが専門家の解釈である。しかし「しんかい6500」の2011年8月の海底調査結果は海底に亀裂が新たに発生したことを示している。

 

 

海底亀裂による津波発生のメカニズム。

突然海底の高水圧の処に空間が出来る。それがどのような物理的意味を持つかはだれでも想像できよう。地球の寝返り程度の日常の活動であっても、その空間は人が作り出せる空間ではない。ほぼ真空状態とも思える空間が高圧『エネルギー』の欠損空間として出現するのだ。強烈な海水の吸い込み現象が起きる。水は一体的な慣性体と見做せよう。その吸引力は波動として、その津波源から周辺海域に伝播する。どこまでも海水を引き寄せる波動が伝わる。それが海岸線に現れる、津波前の引き波現象である。津波の波源に寄せる海水が高く競り上がり、その海水が周辺に広がり津波の本体となる。巨大津波の発生原因はあくまでも海水が広い水域から寄せる海水の量で決まると解釈する。その原因が海底亀裂である。【不可解】この絵図は2012年に「メディア」に保存したはずであるが、消えてなくなっていた。何故この図が消えたのか不可解である。ブログに問題があったのか? 津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13) の図。この図の津波の速度 V=200[m/s]は海洋の深さには余り関わりなく、ほぼ一定の伝播速度と解釈する。その訳はチリ地震による津波伝播速度を基に解釈した。チリ地震。1960年(昭和35年5月23日午前4時過ぎ‐日本時間‐)M 9.5 の津波が日本の東海岸に時速750km(秒速208.3m)で到達し、犠牲者142名を出した。その伝播速度は海洋津波伝播速度と解釈して良かろうと考えた。なお2010年2月27日にもチリ中部地震、M8.8が起きた。ペルー・チリ海溝の深さはおよそ8000mにもなる様だ。その海底の単位㎥当たりの『圧力エネルギー』は水圧と単位体積の積で、ボイルの法則により E= ρgD = 78.4 ×10^3^[J]となる。亀裂の体積とその発生時間微分が津波の規模を決めると解釈する。

津波の速度模擬実験。

津波は上陸した災害をもたらす恐ろしい水の流れで意識する。それは確かに水が流れて災害を起こす。だから津波は水の流れる現象と理解する。しかし、津波の本質は海洋を伝播する『圧力エネルギー』が持っている。その海洋を伝播する物理的実体は何か。物理学で、普段の水面波をどのように教えているか?その伝播する物理的実体を何だと解釈しているかである。教科書を開いても、そこには『エネルギー』という意味はどこにも見えない。その波の教育で、津波を理解できる訳がない。津波が恐ろしいのはその伝播して陸に上陸する海洋の『エネルギー』の規模なのである。普通に目にする水面波は水は流れずに、水面が上下するだけの波動で伝播する。その波動の物理的実体は何か?を知らなければ津波の意味は分からない。津波の意味を理解するための実験を思いついた。その試してみたい実験が図の装置によるものである。ダムの水位Hとして、水路の深さをその何(n)倍にすれば良いかは不明だ。

普通の水力学の実験とは全く違う。今までの水力学の実験で行われる水路の水の現象では解明できない津波の現象である。物理学は空間の『エネルギー』の物理的実体を認識しておらず、力学の対象にしていない。津波は深い海水の表面に現れた波の階段波である。深くて長い水路(A)に水の貯水ダム(B)を準備する。突然(B) の扉を跳ね上げる。水路(A)に水が流れ込む。水の上の水はどのような流れとなるか。初めは水路の水の中に流れ込む。水は区別がつかない同じ水になる。しかしその流れ込んだ『エネルギー』は消えない。ダム(B)内の水は水路(A)の水より位置が高いだけ、多い位置の『エネルギー』を保有している。その『エネルギー』は水路に流れ込んでも『エネルギーの保存則』の原理の基に残される。その流れる水の中に保存された『エネルギー』が、どれ程の距離Rを進んで津波の波動となるかは分からない。実験的に確認しなければ分からない。しかし必ず津波の波動となり、水の流れない『圧力エネルギー』の伝播現象となる。水が実際に流れない波は水の質量の『運動エネルギー』とは認識できない。この水の質量の流れを伴わない波を物理学では『エネルギー』の流れと認識しないようだ。水力発電所の『位置エネルギー』の利用と言う概念も、実際に水が流れる事で利用できるものであるから、質量の運動として認識できるものである。しかし、津波の伝播する『エネルギー』は質量に相当する水の流れが無く、物理学の『エネルギー』の概念には馴染まないものであろう。この津波の水の流れない伝播速度 V がここで問題にする『速度』である。

津波の速度。

大まか四つの速度に分けられよう。津波の波源に流れ込む海水流の速度。これは実際に水が流れ込む普通の速度である。それは水の質量が流れ込む。二つ目は、津波源から流入海水が流れだす現象の速度。三つめは所謂津波の速度Vである。この速度Vが海洋を伝播する速度である。ここでの解釈の主眼の速度である。四つ目は海岸に到達し、災害となる、上陸する水の流れる速度である。この速度は『エネルギー』が運動速度の『エネルギー』に変換されて上陸する。その『エネルギー』が流れを塞き止められれば、高く位置の『エネルギー』に変換されて想像以上の恐ろしい高さまで駆け上る津波の水となる。津波の高さという意味は、海洋を伝播する階段波の高さとは全く関係が無いと言ってもよい。災害として防潮堤を乗り越える津波の高さは防潮堤で遮る事が出来ない意味を持った高さだという事を知らなければならない。それは海洋を伝播する『圧力エネルギー』の総『エネルギー』量に掛かっているのだ。津波の波尾長の長さも『エネルギー』量になる。その総量が災害の上陸津波の恐ろしさを持っている。

津波(tsunami)を解剖する (2012/2/13)。エネルギーで見る世界―津波― (2011/3/27)。

Friction heat and Compass

追記(3月23日)。少し説明不足が有った。電気クラゲが浮遊する現象の主張したい点は反発力かと思う。静電気ではクーロンの法則での同じ電荷同士の間に生じる反発力になろう。電気クラゲの浮遊現象はクラゲがマイナスの『電荷』即ち『電子』なら、風船も同じく『電子』でないと反発力の意味には成らない。その点に関して、以下の記事での摩擦による『熱エネルギー』とコンパスの関係は反発力の説明には成っていない。以前から摩擦の熱エネルギーと電気エネルギーは同じものとの解釈に立っていたので、電気クラゲの話についコンパスとの実験を思い立って試みた。しかし電気クラゲの反発力の実験としては説得力がなかった。そこで、少し追記にて説明したい。電気クラゲはビニル片を通して、『熱エネルギー』を放射するであろう。そこに摩擦した風船も『熱エネルギー』を周りの空間に放射すると考える。電気クラゲの放射が強くその反発力と解釈して良かろう。

はじめに 「電気クラゲ」の記事が 新潟日報 (2020/03/21 土曜) に載っていた。楽しく拝見させて頂いた。記事の通り「かぎは静電気」である。それが世界の科学理論・電気磁気学の伝統的科学常識である。今も、「科学革命の構造」トーマス・クーン 中山 茂 訳(みすず書房) の第九章 科学革命の本質と必然性 を少し読みながら、正しくその通りと『パラダイム』の意味を考えさせられて居る。

『エネルギー』の不思議
『エネルギー』は様々な姿で世界に現れる。それをそれぞれ自分好みの観方で捉える。『電気エネルギー』も『光エネルギー』も『熱エネルギー』も質量から解放された独立の単なる空間に存在する『エネルギー』なのである。
『電荷』『磁束』も空間に存在する『エネルギー』を自分好みの捉え方で、自然世界を見る便法でしかないのである。『電荷』や『磁束』が自然界に実在すると考える捉え方が、今まさに問われているのだ。

摩擦と摩擦熱。
物を摩擦すれば、そこには仕事に相当する『熱エネルギー』が発生する。それは触れば熱くなるから、その存在を理解できる。その『熱エネルギー』はより温度の低いところに放射されて、空間分布『エネルギー』の平準化に向かう。所謂放射現象や伝導現象によって熱は流れる。

摩擦熱に磁気コンパスの反応。

動画の投稿が出来ないので残念。ブログでは「セキュリティ上の理由によりこのファイル形式は許可されません。」となる。You Tube でも「無効なソース」の為投稿不可。結局、摩擦エネルギーの意味を示す動画での解説、検証説明ができない。

その実験内容。アクリル系の樹脂の物を指や紙で擦る。理科実験用の方位磁石のコンパスを備える。そのコンパスに摩擦したものを近付ける。コンパスが強く反応して指示方向が回転する。

科学論のパラダイム。伝統的科学論は『電荷』が電気現象の根本にある。『電荷』は、『電子』は『エネルギー』とは観ない。まさか空間の『熱エネルギー』の現象が『電気クラゲ』の姿とは誰も考えないだろう。それは『電気クラゲ』の静電気が伝統的科学理論の世界標準論に基づく解釈であるから。しかし誰でも何か絶縁材料を摩擦して、コンパスに近付けてごらんなさい。コンパスの指示方向が変わりますから。ただし、大事な条件が有ります。コンパスは空間に支持されていなければならない。オリエンテーリング用の油の中の磁針や周辺に閉鎖さた磁針でないことが必要である。空間の光エネルギー流を検出する確認実験であるから。『静電界は磁界を伴う』の電磁界解釈の検証実験結果を発表してから33年経った。

図3.直流電界とマグネットの回転

Above are photographs of the experimental results when DC voltages of +15kV,+30kV and -30kV were applied to the Rogowski electrode.

The schematic diagram of the experimental device is shown on the right. This experimental result is impossible according to the traditional theory of electromagnetism. That is, the concept that “the magnetic field exists in the space of the electrostatic field” should not exist in the theory of electricity. However, the results showed that “the electrostatic field is accompanied by a magnetic field “as based on the theoretical prediction. the basis of the theoretical prediction was that “the magnetic flux should be considered to be generated by voltage-time integration”. That is 33 years ago.

The results of this experimental have completely undermined my understanding of the theory of electromagnetism. Finally,” charge” does not exist in this natural world.  Therefore, “electronic theory” does not hold. I reached the point of that conviction.

上の写真は、直流電圧 +15kV  、+30kV、⁻30kVをそれぞれ平行版の金属電極に掛けたものである。これは電極に伝統的電気磁気学論に依れば『電荷』のプラスとマイナスが金属板に集まる。しかも直流であれば、電荷は一定値で、変動しない。その空間は一定の静電気による静電界の場の筈である。決して磁界は存在しない筈である。図は、円形のコンパスをその空間に吊るした状況である。電圧がゼロの時はコンパスは地磁気の方向を向いている。直流電圧を高くすると、コンパスの向きはその方向を変える。ある角度だけ回転して、地磁気の方向と異なる方向を向いて停止する。さて、『電荷』でどのように解釈するか?の問題である。

追記(2020/3/28)。The geomagnetic direction that is the reference for the compass in the Rogowski electrode is shown.

上のロゴウスキー静電界内の磁気コンパスの方位について基準となる「地磁気」を示す。

 

 

磁気コンパスも示そう。支持はベークライトの円柱棒。マグネットはフェライトコアで、掲示用品に木綿糸の留め支持リングを接着剤で付けた。

 

 

 

 

質量とMassの間に

はじめに(2019/12/22)
文字は心の表現文化だ。世界を知り、その意味を読み解き、その捉えた象形・認識を広く共通理解するための表現手段が文字になる。科学の世界を語ろうとすれば、そこにはその専門用語が揃っている。電気工学から電気磁気学の『エネルギー』概念に思いが移り、その中に見え隠れする自然の神髄に辿り着こうとしても、『エネルギー』からの隔たりに長く戸惑いを覚えてきた。電気と言えば、『エネルギー』より大昔から『電荷』がその中心に居座っていたように思うが、最近はその『電荷』での科学論が虚しくさえ思える。伝統的科学理論を支えて来た基礎概念と用語が余りにも狭い専門領域内でしかその役割を果たせなくなっていると思うようになった。質量も科学論・物理学はじめすべての分野の基礎概念と理解されている。しかしその質量と言う用語で捉える物も、原子、分子あるいは電子から構成されていると言われまたそこから光が放射される現象を考えれば、質量から光のエネルギーが何故放射されるかと考えてしまう。天空にきらめく星の光は何故放たれるのか。質量から放射されるのかと?そんなとりとめもない不思議から質量とMassに思いが移った。

自然と科学概念

自然はそこに表現する姿象が余りにも豊穣で、科学論で語り掛けて近付こうとしても、なかなか寄せ付けてくれない。数式でその意味を表現しようと試みても、きっと巨像の尻尾程度しか理解できないのだろう。

質量(Situryou)とMass 質量と言う日本語訳の原語はMassであろう。日本語と言っても、それは中国文明の恩恵を受けたものである。Massを質量と翻訳した明治時代(?)の先人の叡智には感嘆せざるを得ない。この点について筆者は、この訳語『質量』が元々中国で翻訳されていたのか、あるいは中国では他の訳語が使われているのかどうかも知らない。さて、科学技術文明は基本的には西洋思想の叡智が育んだものであると言えよう。あらゆる科学技術用語もその思想の中から生まれたものである。その西洋世界の文明の姿の基本はやはりその表現用語の文字に在ろう。アルファベットと言う26文字の組み合わせから表現され、構築された概念である。古代中国の生み出した漢字文化とは大きく異なったものである。グローバル化の時代に取り残された筆者には、過去の宝探しに現を抜かせば『質量とMass』の関係性の不思議に思い当たる。やはり漢字の『質量』にその意味を尋ねてみたくなる。そこには東洋思想の匂いがする。物には言葉が付きそう。言葉は人の心を表す。心は人の日常意識の在処である。文字は心の表現手段。中国文明の流れる東洋思想には物の空間における具象認識がその根底に在ると観る。象形で理解する。それは具象性を求める。それに対してMass には具象性に変わって抽象性の心が見える。26文字での表現には、科学技術文明を生み育てた抽象概念構築の途轍もない叡智が感じられる。『エネルギー』の流れる現象を『電圧・電流』と言うとても高度な抽象概念に依って捉える手法を生み出したのだから。

漢字の意味に遊び心を重ねてみよう。古代の隷書体には漢字に込めた中国の哲人の思いが観える。物・世界を見る人の認識の象が表れている。

『質』の字:貝に鉞(マサカリ)が二つ。この隷書体と遊び心を繋げれば、貝塚までもなく、巨大な貝を食料としていた遥か彼方の人類の営みが想像されて来る。とても固くて巨大な貝との格闘が見えてくる。切り開く困難に鉞の字が当てはめられた心が読み取れる。

『量』の字:計る道具の現代のバネ秤の構造に似ている。量るという意味が良く表されている。

『質量』に翻訳した心。『質』と『量』の二文字を組み合わせた『Mass』の訳語をどのように決めたかを考えれば、その先人の文明開化への情熱の高まりまでも読み取れる気がする。道端の石ころ一つにも、その石は初めから石ではなかった。地上の石は遥か昔の太陽の光が創り上げた遺跡ともみられる。どんな変遷を経て石になったか知ることも出来ない。質量と言う用語の如何にも固い形の物の概念を言い表しているかを思えば、そこに有っただろう具象性が心に響く。

鉞。この漢字は鉄金属で出来た比較的新しい(紀元前の話であるが)マサカリ。右の旁(ツクリ)がマサカリの意味だ。「新」の字の偏(ヘン)は多分巨木の梢に立って新たな道を切り開く程度の意味で、その時には必ず「マサカリ」で邪魔な物を切り捨てる必要があり、それが旁の「マサカリ」であるのだろう。そして初めて漢字に込めた「新」の新しい意味となると考えて観たい。「断」の字も複雑に繋がる糸の偏の字を何かやはり「マサカリ」で絶つような意味なのかと考えたい。このように『質量』の用語を考えても、そこに込められた先人の思い、世界に対する心構えを思い描けるような気がする。その思想にはやはり世界観の特徴として「具象性」の際立ちが観える。それに対して『Mass』には「具象性」は見えない。

言語と東西文化。

日本語と西洋言語では同じ対象を表現するとき、当然その意識の根底には幾らかの対象への異なる心象が有るのだろう。西洋思想と文明に際立っていると思えることは、やはり26文字によって世界を理解する言語感覚にあり、その表現能力に抽象的な認識において卓越性が有ると言えよう。そこに観えるものは対象に具体的な漢字一文字を当てて認識する具象的な東洋との違いであろう。具象性より抽象性において優れた象形認識力が強いと考えたい。そこに科学技術による世界の自然開拓・開発の論理構築力が発揮されたのかと思えば、世界認識手法における文字の意味さえ不思議な対象となる。自然科学理論が自然を利用する活用技術の統一的構築に西洋思想の意識の基でこそ初めて成されたのかという思いがする。それに対して、無限の漢字数によって自然世界を具象的に認識する思想の中に『無』とか『道』あるいは『空』の概念で捉える統一的自然認識との意識の融合が東洋思想の特徴かもしれない。自然との一体感に「老子」の自然哲学が大きく影響してきたとも思える。

質量とエネルギー

質量が如何にも固い物に思えても、質量が世界構成の根源でないことはみんな知っていよう。また質量が原子・分子から構成されているという意味も理解し、みんな納得しているだろう。その原子は周期律表にまとめられているように、とても多くの特徴を持ったものに分類されている。原子には核と言う中心領域がその周辺とは異なる存在になっているようでもある。周りが電子で取り囲まれているように言われている。原子の特性は核分裂以外はその周辺の電子が担っているような原子構造論で常識化されているような印象を受けている。そこで、『質量』や『電子』あるいは『電荷』と日本語によって認識する科学基礎概念は西洋思想によって構築された概念であることを再確認したとき、その概念に対峙する対象の捉え方が同じものなのだろうかと考えさせられるものがある。そう思うのは筆者だけなのだろうか。今まで科学概念は世界共通の理解にあった。『電子』や『電荷』の物理概念や物理量が何故具象性によって認識する東洋思想の中にすんなりと受け入れられてきたのか不思議である。それ等の空間像をどのように描くのか。空間に存在するものならば、その空間の占有像が描かれなければ存在するとは認識できないのが東洋的具象意識ではなかったのか。其処に欠けていたのが『エネルギー』だったのではないか。熱も光も『質量』もみんな『エネルギー』の具象像ではないか。『エネルギー』を構成する、それ以上の根源量はない。物理学理論における『エネルギー』が的確に認識されていると思えないところに現代的科学論の課題が有ると思う。水の波を『エネルギー』で理解することが日常生活に根差した理科教育の要である。

 

霰の中に咲くサツキ

今年も師走に入って間もなく暮れる。霰が降る中にサツキが咲く。

このサツキは今咲いてほしくない。狂い咲きだから。植物は地球環境の生命存続の可否を示すバロメーターだから。日本の季節感の四季もなくなり、里山の棚田の日本の風景も消え去る予感が重なってくる。科学技術の経済競争が人をして都市型の過酷な労働環境と生活苦に押しやる。今年の夏に、紅葉の葉が太陽光線で焼け焦げて、枯葉となって哀れな姿をさらしていた。しかし来年の春にはまたその枝先にも新芽の葉が生い茂ることだろう。

振り返れば、今年の夏は猛暑であった。水害被害で生活の危機を認識した。今年は日中も耐えられずにクーラーを使った。去年までは田畑からの風を頼りに、何とか我慢して夕食時ぐらいに使って済ませた。今年は田の稲も酷暑(フェーン現象:水蒸気の水分だけ除いた高温度の熱エネルギーの山越えの風)で実りが悪かったようだ。クーラーは科学技術の賜物と酷暑を避ける電気製品の代表格である。クーラーに関わる『エネルギー』論はほとんど科学者からは発せられない。巨大なビルの中で酷暑の夏を過ごすにはもうクーラーが欠かせない。気温が高まれば、気中の水蒸気量はどんどん増加する。室内から外に水分と熱エネルギーを吐き出し、外気温度を高める。人も熱中症状で危機にさらされる。どんなに貧しくてもクーラーを使わないで過ごす人の生活環境を取り戻すべく、その役割が政治の基本目標でなければならない。雷が水蒸気の保有熱量(それが『エネルギー』だ)によって起きる現象だという科学認識が無ければならない。水蒸気が太陽光線に対して「レンズ効果」を果す。地球環境は命の水が支配している。原子力発電は生存の危機をもたらす人の制御能力を超えた巨大科学技術システムだ。避難訓練を人に強要する科学技術はそれだけで制御不可能を証明している。そんな化け物が生活の場に有ってはならない。そんな科学技術は地震・津波の自然現象とは次元の異なる話だ。

原子力発電の熱の行方 (2011/04/17) 、雷は熱爆発 (2014/05/23) 、フェーン現象の解剖 (2018/06/17)。

燃料はエネルギーに非ず

科学者に『エネルギー』の定義を問う。
『エネルギー』を検索すると、化石燃料や原子力発電所あるいは再生エネルギーなど様々な内容が挙がる。
『エネルギー』の定義を述べてください。
何故燃料がエネルギーなのか?石油も石炭も決して『エネルギー』ではない。それは『エネルギー』を作り出す原料でしかない。

(2020/01/08)追記。『エネルギー』とは物理的に単位はジュール[J]であろう。燃料の単位はキログラム[kg]や体積ガロン[gal]で計量するものであれば、それは『エネルギー』ではない筈だ。あくまでも『エネルギー』を生み出す化石燃料である。ウラン鉱石も同じである。化石燃料を消費して、熱エネルギーを発生させ、その熱エネルギー量で過熱水蒸気の保有エネルギー量に変換して、次に発電機の回転動力源として蒸気タービンの回転エネルギーに変換する。その蒸気タービンで断熱膨張をして仕事をした残りの水蒸気はまだとても多くの熱エネルギーを保有したまま蒸気タービンから放出される。その蒸気タービンを効率よく回すには、タービン出口の水蒸気圧力を低気圧状態にする必要が有る。そのためタービン出口に水蒸気体積を急激に圧縮するための冷却装置が必要である。その冷却装置を『復水器』と呼ぶ。その『復水器』は海水を冷却材として水蒸気の熱エネルギーを吸収しなければならない。その冷却装置の『復水器』が吸収する熱エネルギー量がボイラーで燃料を燃焼して得た熱エネルギー量の半分以上となる。それは結局海を加熱するために無駄に放出しなければならない発電の熱エネルギーサイクルの宿命なのである。結局発電熱効率は40数%にしかならないのである。核ウランや重油、石炭を燃焼して得た熱エネルギー量ジュール[J]の40数%しか有効に利用できないのである。燃焼熱エネルギー量の50%以上は海の加熱エネルギー量となっているのである。水蒸気の熱サイクルの技術的発電機能は電力エネルギーを消費する我々が知っていなければならない基本知識なのである。水蒸気機関による発電システムの宿命なのである。燃料の保有する熱エネルギー量の40数%しか有効な電力エネルギーを作れないことが科学リテラシーとしての現代社会に生きる人の基本的認識に無ければならないことである。地球温暖化に果たす悪い基本的原因が海水温の上昇であることを知らなければ地球温暖化の論議ができない筈である。『エネルギー』の何たるかを知らなければならない。地球温暖化の原因が海を加熱する発電システムにあることを知らなければならない。『エネルギー』は物理的単位がジュール[J]の意味である。またよくエネルギー研究所などと使われているから、それも誤解の原因かもしれない。エネルギー源材料とか資源とかの意味に『エネルギー』と言う用語が使われているのは物理的『エネルギー』の意味が曖昧になっている原因かもしれない。そんなことでエネルギー像(物理学基礎論)も参考にしていただければ。更に追記。丁度発電所蒸気機関の『復水器』の働きは、気象の上空の寒気が地上の水蒸気の熱エネルギーを冷却して、水蒸気体積を減縮させ急激な地上低気圧を発生させ、竜巻や台風を起こす機構と同じ意味で解釈すればよかろう。

(2020/01/23)追記。地球温暖化原因が海水温度にあると考える。関連記事、地球温暖化と海水温 (2015/05/21) および、地球温暖化原因・CO2説は嘘だ (2014/07/29) 。

『エネルギー』の物理的概念がないから世界の認識が曖昧なのだ。
地球温暖化を論議するに、『エネルギー』の物理的定義が無くて、そこにどのような有意義な未来構想を構築することが可能だと言えるのか。
0.04%の二酸化炭素が何故この異常気象の温暖化の原因だなどと言っておられるのか?海水温度の上昇の地球規模の熱エネルギー量・ジュール量を計算してほしい。太陽熱が云々などという非科学的業界論に支配されてはいけない。

『エネルギー』の物理学的定義を明確にすることから始めてください。決して燃料は『エネルギー』ではありません。『エネルギー』の発生源材料でしかありません。