カテゴリー別アーカイブ: 政治・行政

言葉とその意味(日本国憲法に観る)

日本国憲法前文。

日本国民は・・・。・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

とその前文に在る。とても崇高な現代精神がうたわれている。

戦後75年を振り返り、今ある大切な日本を思う時。日々思い感じる事どもに、何か深い悲しみを覚える。この日本国憲法は、昭和22(1947)年5月3日に発布され、新しい民主主義の国として出発したことを祝い、憲法発布記念日として、その5月3日が祝日に指定されている。2000年代に行政改革の名のもとに、行政を監視する「行政管理庁」も現在の総務省内にお隠れになった。政府提出の法律が憲法違反でないかを監視する役割は内閣法制局ではないのか。憲法前文の精神はどのように法律に反映されるのか。

戦後多くの苦しみと屈辱を受けてきた法制度がある。優生保護法による人権侵害が何処に憲法精神の意味を具現していると言えるのか。法律は憲法精神によって、それに反することは許されない筈だ。時効が20年とは、憲法前文に反した違法の法律に正当な意味が有るのか。この度の最高裁の判決(泉佐野市の故郷納税訴訟問題)では、誠にその通りと理解できた。

最高法規という意味が理解できないのだ。

第10章 最高法規 第98条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部または一部は、その効力を有しない。 ② 日本国が締結した条約・・。

人権保障の日本国憲法の精神は日本にはないのか。最高法規という意味に理解が出来ない。

裁判官には、憲法の精神を肝に銘じて裁判を行う権威と義務が課せられていると思う。

第3章 国民の権利及び義務

第10条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。と言う法律とは何か?

この国民たる要件はどの様な法律で定めるのか。具体的に誰でも分かり易い事が求められる。

その亡霊の如き「法例(明治31年)」が憲法を支配しているようだ。昭和39(1964)年改正(池田勇人内閣)。昭和61(1986)年改正(中曽根康弘内閣)。平成元(1989)年改正(竹下登内閣)。これらの改正の意味は何か。

法例第3条[行為能力] 人ノ能力ㇵ其本国法二依リテ之ヲ定ム②外国人カ日本二於テ法律行為ヲ為シタル場合二・・・。

この「人ノ能力」とは日本国憲法の基本的人権を明治時代の「法例」が規定する異常な日本の法律体系に思える。

聞こえてくるのだ。昔の声が。「アジャパー」とか「無茶苦茶で御座りまする」などと仕組みを嘆く声が。

日本国憲法は日本の手本 (2015/06/03)  、日本語に愛を―憲法と日本人― (2015/07/31) 。

戦後75年間の不可解?

わが身に起きた愚かさの思いと戦争と政治の現実を伝えたくて。行政とは何か?

人権と政治行政の関係。人が人として平等に生きる社会でありたい。行政が人の個人としての情報をどのように取り扱っているかを教えることが民主主義の教育の基本の筈である。三権の意味や日常の生活で誰もが意識して居なければならないことがある筈。戸籍の意味。住所届の必要性と意味。労働契約の意味。知らないでは済まないことをすべて教える義務が教育機関・行政に課されている筈だ。それが民主主義と言う社会制度における義務教育に課された役割である。隠して、不平等は許されない事だ。筆者のような無知による愚かさを生きないで済むように。

日本国憲法。労働基準法。教育公務員特例法。その法律の存在する意義は何か?人権とは?

今から56年前の昭和39年6月16日。新潟地震が発生した。その時、新潟県立新津工業高等学校の電気科実習室に居た。遠く蒲原平野の先には新潟コンビナートの石油基地がある。その燃える黒い煙が遠くに見渡せる場所だ。揺れる中で、危険も顧みず大きなボール盤を倒れないように抑えていたことを思い出す。帰りは列車もなく、兎に角帰ろうと徒歩で帰途に就いた。途中でバスに乗ることが出来、乗り継ぎながら長岡までたどり着いた。その年の春4月から、そこで教育と研究の仕事で16年間過ごした。今日こんな写真を見つけた。忘れていた。昭和39(1964)年の7月とある。秋には東京オリンピックが10月10日開会式での祭典があり、その初年度に参加していた。申し訳なくも最前列で写って居た。主催:全国工業高等学校長協会。後援:島田理化工業(株)、三菱電機(株)。90名ほどの参加者。

しかし、新潟県教育委員会と言う教員の採用機関に採用されていなかった。教員は『公立学校共済組合』に登録して、正式な教員と認定され、正規の処遇が成されるようだ。愚かにも筆者は新潟県教育委員会での採用事務説明を受けたことも、その採用に関わる諸手続きをしたことも無かった。新潟県教育委員会に出向くことが全くなかった。しかし、愚かにも少しも採用されていないなどとは気付かなかった。

不可解と疑いの関係事項

1.学級担任。

2年目(1965)4月から、学級担任を任された。電気科2年生、翌年続いて同3年生で卒業させた。その年(1965)の夏休み中には、教育委員会の指導課からの要請で工業科教員の研修講習会に参加した。茨城県の日立製作所の各工場、最後は本社研究棟で1週間程の研修を受けた。各県からの指導的中堅(筆者を除き)の参加教員での構成(7人程)であった。

続いて4年目(1967) から再び2年間、電気科2年生、同3年生の担任をした。そして卒業させた。4年続けて学級担任をした。その訳は何故か?昭和50年度も電気科2年生、翌年3年生と続けての学級担任。アルバイトでの学級担任とは子供達に対して許されない筈だ。

2.半年間の内地留学

昭和44年(1969)、丁度大学紛争で荒れていた頃であったが、希望して東京工業大学の電気工学科の研究室に内地留学をさせて頂いた。秋の10月1日から翌年3月31日までの6月間であった。確かに今になって考えれば、その内地留学申請書を正式に提出した覚えがない。その時は高野校長であった。どの様な手続きであったか不明だ。それ程世間知らずで居たかとお恥かしい。その内地留学で、最新の研究室の魅力を経験し、パワーエレクトロニクスの技術の高さとその魅力に取りつかれた。学校に戻ってからは、実験室に閉じ籠り、新しい半導体制御技術を生徒実習に取り入れようと実験装置作りと自己研修に深入りした。電力用半導体制御回路、ワードレオナード等を生徒実習に取り入れる等は指導要領の逸脱であったかも知れないが、全国的にもおそらく無かっただろう。電動機の始動法などには意義が見えなかったから。

最大の不可解

3.新潟県教育委員会の任命状および委嘱状。「知事部局」からの手紙。

昭和53(1978年)母が亡くなり、長岡市役所で何かの手続きをしていた。急に呼び出しの管内放送が掛かった。電話だと言うので出ると、新津工業高校の八子校長であった。内容は⦅県からの引き受けて欲しいという話がある。承知した方が良いが、どうするか?⦆と言われた。「分かりました」と答えた。今は、その事の意味が悪意に満ちた「策略」以外に何も思えない。新潟県教育委員会に採用されていない、全く新潟県教育委員会には教員としての管理台帳もない筈だから。

それは昭和53(1978)年4月28日。任命状 発令者は新潟県教育委員会教育長。

 

 

 

 

 

 

 

この、工業「電気工学1」の専門調査員に任命する。㊙の文書である。筆者は「電気工学1」(電気理論)の授業担当をしたこともなく、専ら電力系(電気機器、発変電、送配電など)の授業しかしていない。この指定の日に参加したことは確かである。しかしその一度きりで、内容は3回とあるが他に調査の会合への連絡もなかった。その担当の代表者は長岡工業高等学校の柳町教諭であった。何の意味の㊙任命状か?これが教育を担う教育委員会の事務責任者、行政職の教育長の発令とは如何なものか?教育委員長ではないところに『教育の政治からの中立性』が懸念される。

 

翌昭和54(1979)年6月にはまた委嘱状が来た。

この委嘱の意味は、その年の7月16日から7月21日までの 昭和54年度産業教育指導者養成講座(工業科)ー文部省主催の東京工業大学での養成講座ーでの講座参加の意味であったのか?

 

 

 

 

実はその後に、とんでもないことがあった。夏休みに入ってから、突然自宅に「新潟県知事部局」から極秘の書面が届いた。しかしそれは結局新潟県教育委員会が取り仕切る『県外先進校の視察業務』であった。昭和54(1979)年8月6日~8日の2泊3日の工業科指導主事の指定の高等学校訪問であった。昭和57年度から新しい教育カリキュラムが実施されることになっていた。工業科の教科内容が大幅に変更され、学習能力の或る意味での対策でもあったのかとは思う。当時長岡技術科学大学が開学され、そこで少し研修を受けていた。

その昭和54(1979)年の12月初めに、川上学長の面接を学長室で受けた。「割愛人事」だと言われた。しかしその意味も知らなかった。その後いろいろ不可解な事があったが、翌(1980)年3月7日に、長岡技術科学大学で『宣誓式』があり、行った。電気系の二人の先生と3人一緒であった。その日は工業高校の卒業式であったが、教頭に連絡して欠席した。3月末に教員移動が新聞に掲載される。自分の名前も隅に、「退職」?とあった。新潟県教育委員会の発表として。正式登録も無い者を社会的に体裁を取り繕った行政手法としか思えない。筆者の採用を管理していない訳だから。

その後の長岡技術科学大学での処遇はどう考えても闇の中での取り扱いであった。正規の事務的手続きは全く執り行われていなかったようだ。『文部省共済組合』への登録手続きもしていない。だから教員とは見做されていなかった筈だ。大学に入る時も、去ってからも一切事務手続きに関わったことが無い。それを人権侵害と言わずに何と言えるか。

自己反省。何でここまで愚かな人生を歩いて来たかと呆れるだけだ。すべてが暗闇の中を過ごしてきた。一人の人間としての取り扱いをされていなかったように思う。意味の分からない事ばかりに最近になって初めて気づくのだ。電気学会に加入していなかったように思う。会費を納めていなかったから。新潟県長岡市学校町に古家を購入して住んだ。

以下については、不動産屋が処理していたようだ。当時の話を後で何故かと思ったことがある。原戸籍や除籍簿を要求された。今ならその訳が分かる。

しかし、その不動産登記(?)もなく不動産取得税も請求された覚えがいなかった。銀行通帳が無かったから、銀行の借入金も通帳に記録がない筈だし、給与の振込もないし、記憶にない。全く不可解だ?

新潟県教育委員会(新潟県知事)にお尋ねしている。

先般、正式の教員として採用していない。新津工業高等学校での非正規アルバイトのような仕事であろう。公立学校共済組合員の登録はない。と教えられた。

確かに給与の振込銀行口座も無かった。昭和55年の給料明細書に、共済短期掛金:9110円。共済長期掛金:12908円。は何処に収めたのか?さらに電気科主任手当てが支給されていた。しかし振込先は労働金庫本店口座である。しかも昭和55年4月分として5360円の振込がある事になっている。既に存在しない職務に支払われたのか?何故私の銀行口座が無かったのか?すべて印鑑を押して、手取り額の支払いを受け取っていた。考えれば、内地留学中の給与は受け取っていなかったのかと理解できない?

公立学校共済組合にも登録されていない者が、新潟県の産業教育指導者養成講座への参加要員として選定されるのか?新潟県教育委員会には筆者の教員としての管理台帳もない筈だ。しかも文部省主催の講座である。文部省が正規の教員でないこと位知っていた筈である。上のことについて回答を待っている。

それから、僅か6年後の昭和60(1985)年3月長岡技術科学大学から長岡工業高等専門学校へ邪魔者排除の対策が採られた。其れが中曽根臨時教育審議会である。文部省はすべて承知の上で(舞鶴鎮守府戸籍転籍)の社会的に抹殺する仕組みを執ったとしか思えない。政治には全く無関心のノンポリであったが、その後の数年間で経験した理解できない社会的不条理に身の危険を感じ取り、止む無く昭和63(1988)年身を隠さざるを得なかった。理解しかねる身に降りかかった「不可解な出来事」の意味を解くための長い暗夜行路の旅であった。振り返れば新潟地震のあの災いが56年間の闇の始まりであった。

舞鶴鎮守府と義務教育。

昭和20(1945)年4月、京都府舞鶴市の舞鶴国民学校に新1年生として入学した。8月15日の終戦を迎えた。その後故郷には昭和24年4月まで『戸籍』が無かった。恐らく新潟県中魚沼郡貝野村立貝野小学校には転校手続きもなく、中学を卒業するまで、義務教育の履歴が日本政府機関には無いと思われる。

舞鶴鎮守府の軍の公舎で、その館に入った処の右側に大きな「鯉の滝登り」の絵図が掛けられていたのを覚えている。その館の前広場に、戦闘機か小型の飛行機が据えられてあった。父ともう一人の軍人が飛行機に乗せてくれた。精々2人乗り程度の座席であった。

昭和14年(1939)12月1日。舞鶴鎮守府へ戸籍転籍 貝野村役場 村長。  昭和16(1941)年 9月2日。充員召集 舞鶴鎮守府。   昭和16年12月19日。香取丸へ戸籍移動 香取丸。   昭和20年(1945)9月1日。海軍上等兵曹。(以上、父の軍歴票)。

昭和19年2月7日。香取丸被弾沈没。   同年3月31日。香取丸船籍除籍。

昭和20年4月。舞鶴国民学校へ新1年入学。  昭和20年8月15日終戦。終戦時の住所:京都府舞鶴市字溝尻 海軍住宅。即刻、父(戦後の後片付けがある)を残して汽車を乗り継ぎ故郷に帰る。

昭和20年8月28日。厚木基地にマッカーサー司令官着く。   昭和20年9月2日。ミズリー号甲板で日本代表団、無条件降伏調印式。

昭和22年5月3日。日本国憲法発布。   昭和23年1月1日。民法(戸籍法)改正。

昭和24年4月・・日。父母の子供(三女)の出生届により戸籍編成と戸籍事項。昭和14年からの舞鶴鎮守府の関連期間が記載なしの不明のままだ。

今ようやく専門家(?)として、電気現象の意味を自然界の中の深い『エネルギー』の仕組みとして捉えるところに到達した。しかし、日本社会の中で、得た認識をどう生かせるのかとその社会的活躍の場が見当たらない。余りに己の愚かさを日本社会で弄ばれている様だから。日本が法治国家なのかと理解できない!

Friction heat and Compass

追記(3月23日)。少し説明不足が有った。電気クラゲが浮遊する現象の主張したい点は反発力かと思う。静電気ではクーロンの法則での同じ電荷同士の間に生じる反発力になろう。電気クラゲの浮遊現象はクラゲがマイナスの『電荷』即ち『電子』なら、風船も同じく『電子』でないと反発力の意味には成らない。その点に関して、以下の記事での摩擦による『熱エネルギー』とコンパスの関係は反発力の説明には成っていない。以前から摩擦の熱エネルギーと電気エネルギーは同じものとの解釈に立っていたので、電気クラゲの話についコンパスとの実験を思い立って試みた。しかし電気クラゲの反発力の実験としては説得力がなかった。そこで、少し追記にて説明したい。電気クラゲはビニル片を通して、『熱エネルギー』を放射するであろう。そこに摩擦した風船も『熱エネルギー』を周りの空間に放射すると考える。電気クラゲの放射が強くその反発力と解釈して良かろう。

はじめに 「電気クラゲ」の記事が 新潟日報 (2020/03/21 土曜) に載っていた。楽しく拝見させて頂いた。記事の通り「かぎは静電気」である。それが世界の科学理論・電気磁気学の伝統的科学常識である。今も、「科学革命の構造」トーマス・クーン 中山 茂 訳(みすず書房) の第九章 科学革命の本質と必然性 を少し読みながら、正しくその通りと『パラダイム』の意味を考えさせられて居る。

『エネルギー』の不思議
『エネルギー』は様々な姿で世界に現れる。それをそれぞれ自分好みの観方で捉える。『電気エネルギー』も『光エネルギー』も『熱エネルギー』も質量から解放された独立の単なる空間に存在する『エネルギー』なのである。
『電荷』『磁束』も空間に存在する『エネルギー』を自分好みの捉え方で、自然世界を見る便法でしかないのである。『電荷』や『磁束』が自然界に実在すると考える捉え方が、今まさに問われているのだ。

摩擦と摩擦熱。
物を摩擦すれば、そこには仕事に相当する『熱エネルギー』が発生する。それは触れば熱くなるから、その存在を理解できる。その『熱エネルギー』はより温度の低いところに放射されて、空間分布『エネルギー』の平準化に向かう。所謂放射現象や伝導現象によって熱は流れる。

摩擦熱に磁気コンパスの反応。

動画の投稿が出来ないので残念。ブログでは「セキュリティ上の理由によりこのファイル形式は許可されません。」となる。You Tube でも「無効なソース」の為投稿不可。結局、摩擦エネルギーの意味を示す動画での解説、検証説明ができない。

その実験内容。アクリル系の樹脂の物を指や紙で擦る。理科実験用の方位磁石のコンパスを備える。そのコンパスに摩擦したものを近付ける。コンパスが強く反応して指示方向が回転する。

科学論のパラダイム。伝統的科学論は『電荷』が電気現象の根本にある。『電荷』は、『電子』は『エネルギー』とは観ない。まさか空間の『熱エネルギー』の現象が『電気クラゲ』の姿とは誰も考えないだろう。それは『電気クラゲ』の静電気が伝統的科学理論の世界標準論に基づく解釈であるから。しかし誰でも何か絶縁材料を摩擦して、コンパスに近付けてごらんなさい。コンパスの指示方向が変わりますから。ただし、大事な条件が有ります。コンパスは空間に支持されていなければならない。オリエンテーリング用の油の中の磁針や周辺に閉鎖さた磁針でないことが必要である。空間の光エネルギー流を検出する確認実験であるから。『静電界は磁界を伴う』の電磁界解釈の検証実験結果を発表してから33年経った。

図3.直流電界とマグネットの回転

Above are photographs of the experimental results when DC voltages of +15kV,+30kV and -30kV were applied to the Rogowski electrode.

The schematic diagram of the experimental device is shown on the right. This experimental result is impossible according to the traditional theory of electromagnetism.That is,the concept that “the magnetic field exists in the space of the electrostatic field”shoud not exist in the theory of electricity.However,the results showed that “the electrostatic field is accompanied by a magunetic field”as baced on the theoretical prediction.the basis of the theoretical prediction was that “the magnetic flux shoud be considered to be generated by voltage-time integuration”.That is 33 years ago.

The results of this experimental have completely undermined my understanding of the theory of electromagnetism.Finally,”charge”does not exisist in this natural world.Therefore,”electronic theory” does not hold.I reached the point of that conviction.

上の写真は、直流電圧 +15kV  、+30kV、⁻30kVをそれぞれ平行版の金属電極に掛けたものである。これは電極に伝統的電気磁気学論に依れば『電荷』のプラスとマイナスが金属板に集まる。しかも直流であれば、電荷は一定値で、変動しない。その空間は一定の静電気による静電界の場の筈である。決して磁界は存在しない筈である。図は、円形のコンパスをその空間に吊るした状況である。電圧がゼロの時はコンパスは地磁気の方向を向いている。直流電圧を高くすると、コンパスの向きはその方向を変える。ある角度だけ回転して、地磁気の方向と異なる方向を向いて停止する。さて、『電荷』でどのように解釈するか?の問題である。

追記(2020/3/28)。The geomagnetic direction that is the reference for the compass in the Rogowski electrode is shown.

上のロゴウスキー静電界内の磁気コンパスの方位について基準となる「地磁気」を示す。

 

 

磁気コンパスも示そう。

 

 

 

 

霰の中に咲くサツキ

今年も師走に入って間もなく暮れる。霰が降る中にサツキが咲く。

このサツキは今咲いてほしくない。狂い咲きだから。植物は地球環境の生命存続の可否を示すバロメーターだから。日本の季節感の四季もなくなり、里山の棚田の日本の風景も消え去る予感が重なってくる。科学技術の経済競争が人をして都市型の過酷な労働環境と生活苦に押しやる。今年の夏に、紅葉の葉が太陽光線で焼け焦げて、枯葉となって哀れな姿をさらしていた。しかし来年の春にはまたその枝先にも新芽の葉が生い茂ることだろう。

振り返れば、今年の夏は猛暑であった。水害被害で生活の危機を認識した。今年は日中も耐えられずにクーラーを使った。去年までは田畑からの風を頼りに、何とか我慢して夕食時ぐらいに使って済ませた。今年は田の稲も酷暑(フェーン現象:水蒸気の水分だけ除いた高温度の熱エネルギーの山越えの風)で実りが悪かったようだ。クーラーは科学技術の賜物と酷暑を避ける電気製品の代表格である。クーラーに関わる『エネルギー』論はほとんど科学者からは発せられない。巨大なビルの中で酷暑の夏を過ごすにはもうクーラーが欠かせない。気温が高まれば、気中の水蒸気量はどんどん増加する。室内から外に水分と熱エネルギーを吐き出し、外気温度を高める。人も熱中症状で危機にさらされる。どんなに貧しくてもクーラーを使わないで過ごす人の生活環境を取り戻すべく、その役割が政治の基本目標でなければならない。雷が水蒸気の保有熱量(それが『エネルギー』だ)によって起きる現象だという科学認識が無ければならない。水蒸気が太陽光線に対して「レンズ効果」を果す。地球環境は命の水が支配している。原子力発電は生存の危機をもたらす人の制御能力を超えた巨大科学技術システムだ。避難訓練を人に強要する科学技術はそれだけで制御不可能を証明している。そんな化け物が生活の場に有ってはならない。そんな科学技術は地震・津波の自然現象とは次元の異なる話だ。

原子力発電の熱の行方 (2011/04/17) 、雷は熱爆発 (2014/05/23) 、フェーン現象の解剖 (2018/06/17)。

燃料はエネルギーに非ず

科学者に『エネルギー』の定義を問う。
『エネルギー』を検索すると、化石燃料や原子力発電所あるいは再生エネルギーなど様々な内容が挙がる。
『エネルギー』の定義を述べてください。
何故燃料がエネルギーなのか?石油も石炭も決して『エネルギー』ではない。それは『エネルギー』を作り出す原料でしかない。

(2020/01/08)追記。『エネルギー』とは物理的に単位はジュール[J]であろう。燃料の単位はキログラム[kg]や体積ガロン[gal]で計量するものであれば、それは『エネルギー』ではない筈だ。あくまでも『エネルギー』を生み出す化石燃料である。ウラン鉱石も同じである。化石燃料を消費して、熱エネルギーを発生させ、その熱エネルギー量で過熱水蒸気の保有エネルギー量に変換して、次に発電機の回転動力源として蒸気タービンの回転エネルギーに変換する。その蒸気タービンで断熱膨張をして仕事をした残りの水蒸気はまだとても多くの熱エネルギーを保有したまま蒸気タービンから放出される。その蒸気タービンを効率よく回すには、タービン出口の水蒸気圧力を低気圧状態にする必要が有る。そのためタービン出口に水蒸気体積を急激に圧縮するための冷却装置が必要である。その冷却装置を『復水器』と呼ぶ。その『復水器』は海水を冷却材として水蒸気の熱エネルギーを吸収しなければならない。その冷却装置の『復水器』が吸収する熱エネルギー量がボイラーで燃料を燃焼して得た熱エネルギー量の半分以上となる。それは結局海を加熱するために無駄に放出しなければならない発電の熱エネルギーサイクルの宿命なのである。結局発電熱効率は40数%にしかならないのである。核ウランや重油、石炭を燃焼して得た熱エネルギー量ジュール[J]の40数%しか有効に利用できないのである。燃焼熱エネルギー量の50%以上は海の加熱エネルギー量となっているのである。水蒸気の熱サイクルの技術的発電機能は電力エネルギーを消費する我々が知っていなければならない基本知識なのである。水蒸気機関による発電システムの宿命なのである。燃料の保有する熱エネルギー量の40数%しか有効な電力エネルギーを作れないことが科学リテラシーとしての現代社会に生きる人の基本的認識に無ければならないことである。地球温暖化に果たす悪い基本的原因が海水温の上昇であることを知らなければ地球温暖化の論議ができない筈である。『エネルギー』の何たるかを知らなければならない。地球温暖化の原因が海を加熱する発電システムにあることを知らなければならない。『エネルギー』は物理的単位がジュール[J]の意味である。またよくエネルギー研究所などと使われているから、それも誤解の原因かもしれない。エネルギー源材料とか資源とかの意味に『エネルギー』と言う用語が使われているのは物理的『エネルギー』の意味が曖昧になっている原因かもしれない。そんなことでエネルギー像(物理学基礎論)も参考にしていただければ。更に追記。丁度発電所蒸気機関の『復水器』の働きは、気象の上空の寒気が地上の水蒸気の熱エネルギーを冷却して、水蒸気体積を減縮させ急激な地上低気圧を発生させ、竜巻や台風を起こす機構と同じ意味で解釈すればよかろう。

(2020/01/23)追記。地球温暖化原因が海水温度にあると考える。関連記事、地球温暖化と海水温 (2015/05/21) および、地球温暖化原因・CO2説は嘘だ (2014/07/29) 。

『エネルギー』の物理的概念がないから世界の認識が曖昧なのだ。
地球温暖化を論議するに、『エネルギー』の物理的定義が無くて、そこにどのような有意義な未来構想を構築することが可能だと言えるのか。
0.04%の二酸化炭素が何故この異常気象の温暖化の原因だなどと言っておられるのか?海水温度の上昇の地球規模の熱エネルギー量・ジュール量を計算してほしい。太陽熱が云々などという非科学的業界論に支配されてはいけない。

『エネルギー』の物理学的定義を明確にすることから始めてください。決して燃料は『エネルギー』ではありません。『エネルギー』の発生源材料でしかありません。

共謀罪は法の押しつけ

 

ファイルの中にあった朝日新聞記事。

気付いてみれば、警察などの諜報機関が日々筆者の身辺で監視し、地域住民に情報収集の活動を行っている。気付けばこのことだったのか!あらゆる民間企業施設など公共の立ち入る場所で行っている。「改正組織犯罪処罰法」と全く関係ない筆者を陥れるための監視活動だ。選挙における投票行動、誰に投票したかも捉えている。まさに国家犯罪だ。

 

 

Find more information here.

私は偽物か (2013/10/14)  に昨日コメントがあった。表題のような言葉が載っていた。それはスパムとボードにあった。意味も理解せず削除した。意味を調べたら、「詳細はこちらをご覧ください。」であった。過去の30数年間の身の周りに起きた様々の事柄を総合的に考えれば、日本政府によって常に「亡き者」とする対象として取り扱われてきたとしか思えない。日本国憲法の基本的人権規定に照らして、あり得ないことが『行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律』に私 金澤 喜平がその保護対象として存在していない事である。その「詳細はこちらをご覧ください。」の一部を以下に記す。

気付かずに通り過ごした過去の事柄が突然「あれ?」と疑問となって浮かび上がる。知らずに過ごせば、それは何も学習しなかったと同じ事だ。新潟県教育委員会の教育職員として正式に採用されていなかったなど、採用事務を受けた経験がなければ知らないで過ごす。人として当然の権利を行使する機会から排除され、新潟県の教育公務員としての職員登録に無いなど知る由もない。まさか昭和14年(1939年)12月1日、舞鶴鎮守府へ新潟県中魚沼郡貝野村から戸籍が転籍されていたなど知る由もない。平成5年5月末に舞鶴鎮守府および溝尻海軍住宅の嘗て住処を尋ねたころに、転籍の事を知った。父 金澤 好明(田舎相撲をとっていた。四股名を村の箭放神社から“箭津錦”と採った。)は昭和天皇即位の礼に軍艦代表として参列した。昭和14年10月1日徴兵を避けるため、日本発送電株式会社に入社した。しかし、内務省(貝野村)と軍によって軍籍に戸籍転籍の異常手段を採られた。昭和16年9月召集を令せられた。

貝野村立貝野小学校には、正式に登録されていないと思えるため、義務教育終了の個人情報(総務省、下の1.行政機関の保有する個人情報)が無いとい。)さえ無いとの点で、政府機関での筆者の存在が否定されているとしか考えられない。昭和20年8月終戦後に故郷(新潟県中魚沼郡貝野村甲)に舞鶴鎮守府の京都府舞鶴市溝尻海軍住宅から帰ってきた。舞鶴国民学校1年生のまま学籍転籍の手続きもなしに、その年の9月貝野小学校に行ったと思う。しかし、小学校から、貝野村立貝野中学校の卒業まで、名簿は特別に男子の名簿の最後に付け足しであった。だから正式には削れば削除となる可能性の名簿順だ(下記の1.行政機関の保有する・・)に関係して。地区姿の5名のうち自分だけ除け者扱いであった。高等学校、予備校研数学館および新潟大学での授業料を収めた記憶がない。いくら記憶力が無い筆者と雖も授業料納付を忘れるとは考えられない。今その訳はすべて、戦後処理に掛かっているとしか思えない。敗戦時、父も溝尻海軍住宅に一緒に住んでいたが父は戦後のしばらくは用が有る為帰れないからと、母と3人兄妹で帰京した。父は多分年末まで帰らなかったと思う。何用で遅くなったかは知らない。小中学校時代は生まれ故郷であっても、疎開っぺと嘲られて過ごした。

  1. 行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律(総務省) 平成1年(1989)10月1日施行(昭和63年(1988)12月16日法律第95号)
  2. 法例(管轄機関?) 明治31年制定。改正 昭和39年(1964) 法100号(池田内閣)。改正 昭和61年(1987) 法94号(中曽根内閣)。改正 平成1年(1989)法27号(竹下内閣)。
  3.  上の2.法例 その第3条[行為能力] 人ノ能力ハ其本国法二依リテ之ヲ定ム②外国人カ(「が」という意味であるが濁点をつけない)本国法二依レハ(バ)無能力者タルへ(べ)キトキト雖モ日本ノ法律二依レハ(バ)能力者タルへ(べ)キトキハ前項ノ規定二拘ハラス(ズ)之ヲ能力者ト看做ス と誠に意味深な法律がある。
  4.  特定秘密の保護に関する法律(内閣官房) 平成25年(2013)12月13日 第108号。

私は偽物か の記事のように、水泳の検定合格の書類作成で、登録しようとすると、すべて『不合格』で受け付けられないとなる。上の1.の『行政機関の保有する電子計算機に関わる個人情報・・(総務省)』の個人情報の中に、筆者の情報が無いと考えざるを得ない。特に、学校教育に関する内容は情報公開の対象から予め除かれている規定がある。特定秘密保護法(内閣官房)との関係付けされたら、情報機関も太刀打ちできない国家秘密として葬り去られる。紹介 にあるような不可解がその訳となろう。今でも、登録時の名前の問題で異常と考える思いをすることが多い。

2.の法例の改定時期が昭和39年(1964年)の池田内閣時および昭和61年(1987)の中曽根内閣時、さらに平成1年(1989)の竹下内閣時と何か筆者の人生の節目に関わっているように不可解な改定である。その法例は内容が3.に記したような人の「能力行為」という極めて異様な人格権に関わる評価の問題に関係している。現在の日本国憲法の新しい民主主義の時代に、なぜこのような明治時代の幽霊法令の様なものが憲法と並んで位置付けられているのか不思議の極みなり。当然新憲法のもとで、他の法律に組み込まれるべきものである。飛行機や花火での脅し、さらに自動販売機での電源遮断(100円投入すると装置を電源遮断され、大金100円を3回も強奪された)。官邸系からの不快メールの御送信。

リサジュー図形と技術

リサジュー図形は技術評価の観測手段として有用である。オッシロスコープで3次元(時間と平面)図形として観測できる技術手法である。先日、記事整流回路とリサジュー図形が見られていた。そこに図5.スイッチングとリサジュー図形(e.i)がある。電流ベクトルiの描くリサジュー図形は6角形の頂点の6点を示す断続のリサジュー波形となる。その直流側の負荷は平滑リアクトルLが在るため、直流電流は一定値となる。三相交流電流波形は方形波である。その為電流のリサジュー図形が6点のみになり、6角形の辺は見えない筈だ。瞬時に6点にジャンプ移動する筈だから。今回リサジュー図形の意味を理解するのに参考になるかと少し追加して置きたい。この三相全波整流回路で、負荷がリアクトルL=0で、抵抗のみの場合は電源側の電流も波を打つ

変動波形となる。この場合の瞬時空間ベクトルのリサジュー図形で、電流ベクトルi に変化が現れる。その時のリサジュー図形を示す。a、bおよびc相の電流瞬時値ia、ibおよびicの値から図のように6角形の頂点に臍のような軌跡が現れる。

 

 

 

 

 

 

この電流ベクトルリサジュー図形に似た波形が在る。pq理論のリサジュー波形を見つけて (2014/11/21)の写真②に似た波形が在る。この写真波形は、後に空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用 (2011/10/30)と言う研究会資料になった基である。この研究会資料のp.77~p.79 の3次元軌跡図はリサジュー図形である。電力系統監視システムとして有効な手法と考えた。電力系統の状態を瞬時監視手法として生かされる筈だ。系統の瞬時アドミッタンス値と言う捉え方は余りなかった手法と思う。しかし、諸般の事情によりもっと大事な『静電界は磁界を伴う』の物理学基礎概念への方向転換になり、大学の講座性も工業高校と同じような気分で意識なく、研究能力の欠落かと、人権侵害の中に居るとは知らず、非常識の立ち位置から居場所も無く頓挫した。昭和62年、63年に電磁界理論研究会で、 電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察(EMT-87-106) と 瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義 (EMT-88-145) を発表した。それはパワーエレクトロニクスの電力部門の講座に所属する内容ではなかった事を後で理解したが、無我夢中の夢の中のこと。 考えてみれば、昭和39年から、新潟県教育委員会はじめ、採用説明会と事務の取り扱いを一度も受けた経験が無かった。共済組合の加入手続きも書類に記載し印鑑の捺印など、一切した事も無かった。しかしそんな中で30年、50年以上の思考で、不可解な電荷の物理学の本質に辿りついた。研究者の端くれとしての責任と社会への貢献の一部は果たせたかと。

電気工学とリサジュー図形としてはピタゴラスの定理とオイラーの公式そして電気ベクトル (2017/01/15) 、ソーヤータワー回路の謎 (2016/07/19) さらに励磁電流とは? (2019/04/14) および変圧器-物理学解剖論- (2011/09/13)などを過去の記事から拾っておく。

pq理論と瞬時空間ベクトル。そのリサジュー図形を理解するには少し専門的な意味を理解する必要があろう。三相交流瞬時空間ベクトル (2017/04/07)  および単相瞬時空間ベクトルと瞬時値 (2017/03/04) が参考になるか。三相交流に瞬時虚電力qのベクトルを導入したことで、電気ベクトル空間座標が時間と合わせて4次元座標となった。

負の科学技術と未来

負の科学技術 人の歴史を振り返れば、分からない事ばかりであるようだ。人の歴史と言っても、人が猿から枝分かれしたと学説にはある。そんな学説も信じられない。進化することは確かである。では猿が人より劣っているとどのように説明するのか。何処で進化した人と進化しない猿が枝分かれしたのか。その訳は何だと説明するのか。蝶や雨蛙が何故人より劣っていると言えるのか。猿は猿で人は人でそれぞれ異なった進化を遂げて来た筈だ。強いものが優れているとは限らない。海から地上に上がった時の人の姿はどのような形であったと考えるのか。何億、何十億年の地球の生命の歴史など簡単に分かる訳が無い。地球は人の為にあるのではない。すべての生命の生きる地球なのだ。地球も人の生命に関わりなく地球中心核の燃焼の為に地殻をひっくり返して生物に災害をもたらす。地震や地殻変動は地球の生きた活動だ。飛びぬけて地球の自然に逆らってきたのが人である。特に産業革命と言う時節から、科学技術の魅力に人が夢中になって、その恩恵を享受してきた。自然に手を加える術のパンドラの箱を開けてしまった。元素・原子と言う世界を操る途轍もない方法を手に入れた。それが科学技術だ。今最大の困難に人自身が翻弄されている。自分で辿って来た革新と言う世界の未来を夢見て。人が人を権力で殺害する為の兵器、原子爆弾の製造競争から抜け出せない惨めな人間性に翻弄されている。プラスチック塵の処理に悩みながらも、決してその商売の利益競争の戦いからプラスチックスを手放せないジレンマに未来に向けた人間性が問われている。地球温暖化を食い止める手立ての基本は、エネルギー消費量の抑制以外は無いのだ。しかし経済競争の人の欲望には逆らえない性に翻弄される未来が見える。

DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン) 敗戦後の日本の至る所で展開された「シラミ退治」の風景を思い出す。体中にDDTを噴霧してシラミを退治する。古く1873年頃に開発された殺虫剤らしい。現在日本では使用されていない。

PCB(ポリ塩化ビフェニル) 変圧器やコンデンサ等の電気設備機器に大量に使われた。冷却効果と絶縁性に優れた化学物質である。大気汚染、温暖化に影響があり、使用が中止されていると思う。

アスベスト(石綿) 天然の石綿がその繊維は建築材料として優れている為、建築の壁材として多く利用された。しかし現在は人の呼吸で吸い込み、中皮腫等の人体への危険材料として使用中止となっている。廃材の処理に困難もある。

有機水銀(水俣病) 化学処理工場からの排水に有機水銀が含まれていた。魚貝類に広がり、魚を食べて人が神経麻痺を来たし多くの被害者が出た。水銀は体温計などにも多く使われた液体と言う特別な特性の金属元素である。蛍光灯にも発光効率を高める水銀蒸気として使われている。現在徐々に水銀は使用が制限されてはいる。

プラスチック 2018年6月G7 シャルルボワ・サミットで「海洋プラスチック憲章」が採択され、英・仏・独・伊・加・EUが署名した。しかし、残念なことに日本と米国は署名を拒否したと新聞にあった。今日の国会開会に際して、首相演説で海洋プラスチックのごみ対策に取り組むと述べた。また今年の6月日本でG20がある。しきりに海洋プラスチックごみ対策を議題にすると総理大臣は述べている。しかし、何故シャルル・サミットでの憲章に署名しなかったのかとても不思議な事だ。科学の『電荷』の不思議と同じ。

核爆弾 これは一体どのような意味で捉えれば良いか最大の人類の謎である。決しれ世界平和にも世界の進歩にも何の貢献もしない。人類の地球汚染と人間性否定そして疑心暗鬼の恐怖の科学技術である。それが大手を振って世界に君臨している。人殺しの最悪兵器だ。それを推進する国家指導者を選ぶ世界が未来の希望を消している。

原子力発電 地球は制御不能な科学技術設備の巨大システムが原子力制御であることを知っている。人の意識の制御可能な領域を超えたところにあることを既に何度も警告して来た筈だ。それでも欲望には勝てない人の思惑に流されて政治権力が蠢く。

悪口雑言お許し願います。

巡光舟の詩

丙子(ヒノエネ)元旦の書き初めまで 戊辰(ツチノエタツ)1988(昭和63年)秋に行方定まらぬ放浪の旅。庚午(カノエウマ)1990(平成2年)年末処置入院で閉鎖病棟に幽閉される。抵抗の意思のための断食に徹し意識朦朧、転倒怪我、対処出来ずでの転院になる?“病窓に 満月迎え 除夜の鐘” 人生も終わりかと初めての句。辛未(カノトヒツジ)1991(平成3年)ただ飯を食うだけでは暇だ。正月中東での戦争の砲撃の映像を見る。光の相対性の解析を始める。ほぼ半月で完成する。ハロマンスを打たれ、思考困難になる。4月中頃病院上空を轟音を浴びせながら、飛行隊が過ぎて行った。後で丁度その日が電気学会除籍になった日のようだったこと知った。タダ1年半も薬も飲まず、飯を食うだけの病院生活から出所。壬申(ミズノエサル)1992(平成4年)7月。家も消え行方見えない道続く。

巡光船の詩 書き直した。光の不思議に思いを込めた詩のようだ。丙子元旦で飾ってある。その年の夏は長野で野宿の旅1週間ほど。東京電力、佐久間周波数変換所を見学させて頂いた。御迷惑を掛けた事申し訳ない。

秋の語らい

意味の怪しさ額にして 庭にあった泰山木の葉の切り絵。巡光船の詩と共に。

日本物理学会入会と発表

この前年丁丑(ヒノトウシ)1997(平成9年)秋、日本物理学会に入会させて頂く。入会にお助けいただいた先生には、それっきりで御無沙汰のまま本当に申し訳のないままで来てしまった。人との繋がりをきってしまったまま何の状況も知らず今になった。戊寅(ツチノエトラ)1998(平成10)年 4月 2日 物理的概念とその次元 日本物理学会講演概要集 第53巻1-1,p.13. を初めて発表させて頂く。JHFM単位系として、エネルギー一つを自然現象の根幹に据えるべきとの思いを伝えたかった。