カテゴリー別アーカイブ: 憲法

『我』とは何か❓

突然のTwitterの変乱に驚いて。

私は私でないのか?

驚いて、振り返った。

『エネルギー』が自然界を支配している物理量だ。質量や分子は顕微鏡などによってその実像を観測できるようだ。しかし『エネルギー』は目の前の自然界の空間に実在しても、その像が見えない為に物理学の概念量として認識されない。光が在る事は分かっても、その光の『エネルギー』の実像を認識できないが故の驚くべき、認識矛盾の現代物理学理論だ。止む無く自然界に存在もしない『電荷』や『電子』が仮想的な理論的論拠概念として代用される事になった原因だ。

生命現象を司る生体の情報統合はその『エネルギー』による以外困難である。分子の流れる伝達速度は遅く、神経情報の伝達には間に合わない筈だ。心・精神と言う人が生きる根幹を支配する、その『エネルギー』への思いを記事にしてきたように思う。生理現象や医学には全くの無知ではあるが、自身の『我』という存在を心の働きの視点から内省しながら、思いを綴ってきた。電気回路の電磁伝播現象も身体の分子生物・医学的分野以外の生理現象も、情報伝達現象としては『エネルギー』から統一的なものと見做せるだろう。

はじめは2010年の

1.基礎科学とは何だろう から始まり、

2014年に自身の生物学への無知を改めて意識し、少し基礎を考えた。その年は特別に多くの関連記事を投稿していた。

2.脳と生体制御の謎 (2014/03/21)

3.生命の本質 (C.H.ウォディントン著)を読んで (2014/04/06)

4.細胞分裂の意味を問う (1014/04/18)

5.染色体と遺伝の仕組み (2014/05/08)

6.生命の始まりと脳 (2014/05/11)

7.脳の機能と個性 (2014/09/05)

8.アミノ酸(amino acid)を追って (2014/11/06)

9.ニューロン(Neuron)を尋ねて (2014/11/13)

10.細胞とその機能 (2014/11/18)

11.人の色覚と三原色 (2014/12/11)

12.意識とは何か (2015)。

13.生体電流と生体制御 (2017)。

14.生命活動とエネルギー (2018)

15.ヘモグロビンは何処へ行く (2021)

どういう訳か、考える基点とその方向が科学的常識と違うようだ。生きるための、憲法で保障された、文化的でと言う条件も最初(1939年12月1日:舞鶴鎮守府への戸籍転籍【内務省?】をされ、戻った記録の痕跡が無い)から無かったのかと煩悶しながら、科学基礎概念の『電荷否定』と『エネルギー一筋』の道を追い求めて、今は確信に至った。その反科学常識の自分の生理的思考の軌跡をまとめておきたかった。

日本国憲法 第53条 日本語の意味

今朝の新聞(新潟日報)記事。

国会召集放置は「違憲」 元最高裁判事、異例の意見書。

と言う記事を見た。

問題の憲法の条文は次のようだ。

第四章 国会

(第四章 国会 に関して、第四十一条 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。から、第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判・・。の24か条からなる。)

第53条 内閣は国会の臨時会の招集を決定することが出来る。いづれの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

その内の、その条文の太字の部分に関する解釈の問題である。

今日の新聞記事に驚いた。

憲法は、その日本語としての文章はとても易しい表現で、誰もが理解し易いものだ。

今回の事件は、三権分立のとても具体的な、間違いようの無い筈の解釈が、実際の政治の問題として、内閣の読解力に疑問を抱かざるを得ない事案となっている。

問題は、臨時会を要求したのに、結果的に内閣は臨時会を招集しない事に成った。その事に対して、加藤勝信官房長官は今月一日の記者会見で、「内閣に委ねられている」と述べた。

と言うのだ。更に過去の、安倍内閣時代(17年6月)の同じ臨時会の要求に対する、訴訟に対する東京、岡山、那覇の3地裁の問題も指摘された事の内容の記事。

易しい日本語の読解力の問題でしかない筈だ。

「・・の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と言う文章の何処に、「内閣に委ねられている」という意味が有るのか。

ここ迄「日本国憲法」の読解力が曖昧では、政府、内閣の政治的機能を信用できない。己の日本語の読み方、読解力も小学校の入学(舞鶴❓ーどこに入学したかの日本に記録が無い)からやり直さなければならないかと不安と不可解に悩む

 

1945年9月2日の不可解

1945年9月2日は忘れてはいけない、日本の第2次世界大戦・太平洋戦争の意味を考える特別の日だ。

とても不可解に思う事がある。

その時期は立春から数えて210日前後に当たる。その日は昔から台風が押し寄せる災害の特別の日として注目されていた。(最近の豪雨災害など自然災害の時期は全く時期的には違ってしまったのが事実ですが。)

今でも特別な意味で、テレビの映像で目に焼き付いている光景がある。未だ昭和30年前後と思うが、家にはテレビがあったように思う(?)。多分その頃見たものと思うが、時期はもっと相当後(1970年頃)であったかも知れない。横須賀沖に、アメリカ海軍の『ミズーリ号』が停泊し、その艦上での無条件降伏の調印式の様子の写真が教科書にも載っていた。その日、1945年9月2日のテレビ映像が印象的に脳裏に焼き付いている。

ミズーリ号艦船の側壁で、波打つ海上に浮かぶ比較的大きな『ゴムボート』があった。その海上の『ゴムボート』から縄梯子を昇る日本代表団の姿があった。日本代表団は重光外相以下数名であったと学習して、記憶している。この事を或る日外務省にお尋ねした。驚いたことに、アメリカの『ラウスダンカン号』が日本から『ミズーリ号』までの送迎をしたとの回答であった。そんな話は嘘としか信じられない。

今検索すると、全く『ゴムボート』の話はどこにも無く搔き消されている。『無条件降伏』の調印式に連合国の代表たるアメリカが、敗戦国統治をこれからしようとする日本の代表団の送迎のお手伝いをするなど、外交の手続きであり得る訳が無い。まだ何も始まっていない戦後処理の最初の調印式前に。

過去の歴史の真実を捻じ曲げたり、隠したりしては、その未来は大変危うい事を知らなければならない。それでなくても、戦争を知らない世代が殆どに成った今だから。政治を司る政府、政治家もほとんどが戦争を知らない。それでなくても、過去の汚点は隠したいのが人の思いだろうから。

歴史の真実は、横須賀沖に停泊した艦船『ミズーリ号』に、台風の時期の波に揺れる『ゴムボート』で船壁に辿り着き、縄梯子を昇って代表団が『無条件降伏調印式』に臨んだのだ。そのテレビ映像が何処かに隠されている筈だ。

8月28日、厚木基地にマッカーサー元帥が初めて日本に降り立った。その5日後の事だ。

ヴァイツゼッカ―元ドイツ大統領に思う (2015/02/15)。とても感銘を受けた方の話でもあった。

その訳は?新潟県議会

今日の新潟日報、新聞記事を見た。

新潟県議会の定例議会の様子の記事だ。その記事の意味が分からない?

新潟日報新聞記事(2021年6月22日)

日本国憲法

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他の一切の表現の自由は、これを保障する。

② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

関連して。

第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国または公共団体に、その賠償を求めることが出来る。

第十八条 何人も、如何なる奴隷的拘束も受けない。また、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

筆者のブログ記事が最近本人の知らないところで、勝手に削除される。記事の内容が見えなくなる。インターネット上の表現の自由は国境の意味との関係で、各国の憲法の意義はどのように保証されるのか。記事を削除するものはどのような権利で、削除・改竄の権限が与えられるのか?

憲法第十七条によって、すべて裁判で受けた損害は勝ち取らなければならないのか?

今朝の新聞記事を見て、驚いた。県民の選挙で選ばれた県議会議員が定例の県議会で、正規の議会発言が自由にできない意味が理解できない。「無所属の会」と発言者が発言したら、その発言は『憲法』によって自由に発言することが保障されるような新潟県議会でなければならない筈だ。直ちにその場で、「無所属の会」として発言する権利が行使できる議会運営でなければならない筈だ。県議会規則か何か分からないが『憲法』で保障された自由の権利を遮る機会運営は『日本国憲法』の存在を意識していない対応と思う。いちいち裁判で争わなければならなとは『憲法』で保障された意味をどの様に解釈すれば良いのか?

舞鶴草

(2021/06/13) 。この日の誕生日の花が舞鶴草だ。

『給料の支払いが無い』という意味を考えた。目から鱗・をぶり返すようで心苦しい。昭和46(1971)年4月末に、A型急性肝炎で3か月間入院した。その3か月間も手渡し給料方式だから、給料は配達もされなく、受け取っていない。昭和44年10月から翌45年3月までの住所は何処で、職業身分は?と合わせて❓給料の受取が無い。長岡市行政当局として、住民税はどのような取扱いになっていたのか?新潟県民税はどのようになっていたのか?財務省(大蔵省)の所得税はどのようになったいたのか。日本政府への疑問だらけは??ーみんな舞鶴鎮守府への戸籍転籍(家族3人)昭和14年12月1日 (1939/12/01):新潟県中魚沼郡貝野村、南雲村長。および昭和16(1941)年12月19日:香取丸(巡洋艦)へ戸籍(家族4人)移動、舞鶴鎮守府発令。昭和19年2月7日:香取丸被弾沈没。昭和19年3月31日:香取丸船籍除籍。新潟県中魚沼郡貝野村への帰還記録なしーが原因か?

時と歩んだ世界 の末尾記事:貝野村事件の元か?

目から鱗(1969年ひと冬の経験)

(2021/06/04)。50年以上も前の事。今分かって思えば、長くボーっと過ごしてきたとお恥かしい限りだ。分かって書けば、躊躇もするが、それも人生と記して置きたい。昭和44年の2月、間借りの家に帰り着くと、月刊誌の「電気計算」が配達されていた。ペラペラとページをめくる。そこに「パワーエレクトロニクス」と言う電力制御の特集記事が載っていた。見た途端に、これが求める研修内容だと即断。30歳過ぎで、内地研修に行ける制度があると聞いていた。春4月に、ある先生にお願いして、東工大との繋がりをお世話して頂き、研修の準備をした。しかしそれっきりで、10月まで何の手続きもしていなかった。勿論新潟県教育委員会に研修願いもせず、学校長にも許可も得なかった。本当に申し訳の無いことと、当時の御迷惑を掛けた皆さんに謝らなければならない。そのまま10月から半年間、東京工業大学の電気工学科の宮入・片岡研究室で研修をさせて頂いた。住処も東工大の方にお世話いただき、大学の大岡山駅の近くに確保して頂いた。全く人任せで生きてきたようで感謝と🙇。勿論住所変更届の手続きもして居ない。長岡の住所のままか?それも行政上は問題ではないようだ。??給料も無い扱いだから??それは全くの独り善がりの、無責任な無断研修であったと今は分かった。その間「給与」の支給も無かった。だから何処の労働者の分類にも入らない事に成るか?1970年4月再び何の意識も無く、新潟県立新津工業高等学校に戻っていた。この事に対して、新潟県教育委員会からは何の御咎めも無かった。後で知ったが、校長は勇退という事で辞められたか?新潟県教育委員会の管理課から新しい校長が赴任してきた。筆者に処分辞令が無いという事は、新潟県教育委員会で採用した訳でもなく、日本国憲法に基づく行政法上の管理下の教員では無かったのかと考えざるを得ない。振り返れば、やはりそれは人生の暗い『ひと冬の経験』という事になるか。所謂存在が否定された『幽霊教員』のようだ。筆者の責任なのか日本政府の責任に帰するのか分からない(当時の内閣。第3次佐藤栄作内閣。第4次佐藤栄作内閣であった)。

電気回路技術と理論。

そのひと冬の経験であっても、電気技術については『目から鱗が落ちる』経験をした。それが現在までの長い電気回路現象の解析を推し進める原動力となった。その内容は、『トランジスターインバーター』の動作原理である。

電気理論と言えば、電源電圧は直流か正弦波しか知らなかった。教科書が学校の教育内容の基本的指針である。教科書編集者は教科書編集の過去からの伝統を守る、その事に対する専門家である。電気現象の原理を研究するような人は教科書を殆ど執筆などしないのかと。伝統的電気理論を学習してその意味を伝承する専門家が教科書を書く。だから新しい現象など殆ど知らない。その例が半導体による電力制御技術と言えよう。その中身は従来の電気理論では解釈できない現象がその技術の基礎となっている。今も不思議に思う事。それはその電力技術の専門家も決して『アンペアの法則』に疑問を唱える事などしない事実である。筆者が最初に感じたことは、これは電気理論が嘘という事か?であった。目から鱗と言う事件だった。今でもマクスウエル電磁場方程式を御教示成される大学物理学の専門家は、このトランジスタ制御の回路技術を学習することが必要ではないか。技術を知らない理論家は間違いを教育していることを自覚する必要があろう。僭越ながら申し上げる。それがトランジスタなどで自由に電圧波形を制御できるなど、正しく『目から鱗が落ちる』驚嘆の制御技術であった。その制御回路の一つがこのインバーター回路である。「**」 この回路動作には     ファラディーの法則 と アンペアの法則の理論の意味を吟味するべき基本的問題が含まれている。注目すべき問題は、変圧器に直流電圧を印加する点である。そこに励磁電流と磁束の関係が問題として浮かび上がる。

「**」印で改行するとここに飛んでしまう。何故か訳が分からない??

止む無くここから続ける。上の回路図はブログの初めの頃の記事のものだ。ファラディ電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾 (2011/01/30)。この矛盾を抱えて、遭遇したのが長岡高専電気科での電磁気学の講義であった。電気磁気学など教えた経験もない。学生には誠に指導力のない講義であったと謝らなければならない。その1年間で益々疑問が膨らみ、それが結局『静電界は磁界を伴う』(1987年春)の実験結果の発表に繋がった。過去の不可解を背負って、其の後の訳も分からぬ道を歩み、今漸く初期の果たすべき役割を電気回路現象の『エネルギー』での統一的姿を捉えたかと思う処に居る。この10年間は障子戸に向かって、ブログ記事を通しての疑問との格闘であったようだ。正常でない、異常な毎日、家族の者には精神病の気違いと今でも罵られる始末。意味が分からない者にはそう取られて当然だ。何とか娑婆で少しは電気現象の話を取り上げて話したい。『電荷』否定の論拠を話したい。『電子』概念の間違いを話したい。そんな社会常識を覆すような話を取り上げて貰えるか?

特記事項。一体どのような職業人として、次のような研究をしたことになるのか?意味が分からなければ社会的な活動の場にどう関われば良いか、動きようがない。二年ほど前に大学に出向いてお尋ねしたら、退職していると言われた。本人は何も長岡技術科学大学での事務手続き等していない筈だが、どう解釈すれば良いか思案投げ首のまま?本当の原因が何かが分からない。矢張り新潟県教育委員会との関りか?

トランジスタインバーターによる単相誘導電動機の速度制御 昭和47年産業高等学校教員の産業教育に関する特別研究成果、第8集(当時は別冊)。財団法人 産業振興中央会。この研究が電気理論に疑問を抱いた決定的な事件となった。この報告を当時の学校長が読んで、私に校長室で尋ねた事があった。校長も電気が専門だったから、磁束が励磁電流でなく、電圧時間積分と言う科学技術理論に疑問を持って尋ねたのだろう。不思議に思っての確認だったようだ。それは当然で、電気理論で解釈できない事だから。

しかし今でも電気理論の教科書は変圧器動作は励磁電流による磁束がその基礎となっているだろう。今日、ファラディー電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学的矛盾の記事を見たら、二つのファイルが見れなくなっている。間違っているからかと確認したが正しかった。教科書の解釈を間違いと指摘したことがファイル削除の訳かも知れない。

 

の2図である。確かに教育現場としては大変な事件となろう。しかし自然現象として、『磁束』等『電荷』と同じく存在しないのである。電気技術として『磁束』を解釈手段に利用するのは一つの方便として有効である。しかし、自然界の原理を扱う「理科教育」ではそれは良くない教育法だ。そこの兼ね合いをどうするかが教育現場の課題なのだ。磁束概念は磁石などのマグネットの指向性でその存在を捉えたいのだろうが、『磁界』そのものの概念が電磁エネルギー流に対する直交の方向を解釈し易い方便として定義した仮の解釈概念でしかないのだ。マグネットや地磁気の方向性は電磁エネルギー流の空間現象を捉えた便利な解釈でしかないのだ。磁束が空間に存在すると物理的にその実在性を証明することが出来ますか。『磁束』を見れますか?それは『エネルギー』の空間の姿を見れないのと同じことではあるが、より多くの電磁気現象を総合的に評価することにおいて、それこそ俯瞰的に、より統合性が採れているかの判断が必要と考える。筆者もその電磁気現象の解説をしたかったが、職場が無ければ30年以上も役割を果たせなかった。ブログを通してようやく自信をもって述べることが出来る、所期の目的に到達できたが、教育にその意味を生かす手立てが不明だ。

 

 

 

原子力発電への技術過信

(2021/03/07)。2011年3月11日のあの忌まわしい原子力発電所崩壊事故から10年を迎える。原子力発電と住民の覚悟 (2021/02/04) にも関係して。

2月の新潟日報の新聞報道で知った。

右がその記事の一部だ。地下2階に高圧代替注水系ポンプが設置されている。地上1階に核燃料の核分裂による原子力発電の心臓部である原子炉が据えられているのかと思う。

この注水系ポンプの配管貫通部の止水工事の未施行の問題のようだ。この注水ポンプは原子炉の重大事故時の注水の非常代替え設備だ。気掛かりは福島第一原発事故では、地下の非常電源設備が津波で水没して機能を発揮できずに、原子炉溶解・メルトダウンで水素爆発での致命的な放射性元素の拡散を起こした。近隣住民の生活を奪い、街とその市民コミュニテーを崩壊させたのだ。その重大な過失への反省があるとは思えない今回の問題だ。床を突き抜ける注水配管が激震に対して安全と言えるのだろうか。それは最後の非常用の設備と思えば、絶対浸水しないという安全志向の気休め設備でなければと思う。

地震と津波災害が起きないという前提での安易な、安全志向から少しも抜けていない東京電力首脳の意識、そして政府の原子力依存の電力政策が相も変わらずの危険感覚の欠如が起こす結果の姿だ。

原子力発電設備は人が非常時に的確に対応できるほど単純な科学技術の機能ではない筈だ。地下に非常設備を据えることは津波による水没など意識しない安全神話をそのまま踏襲しているとしか考えられない。高度な制御機能を備える事はどれ程の制御ケーブル、電源配線等が複雑に張り巡らされるか想像もできない筈だ。地震で配電盤の接続端子と配線ケーブルの間に起きる力学的加速度による断裂応力など想像だに難しい筈だ。重いケーブルの束に加速度でどれ程の応力が掛かるか、地震の揺れの加速度方向によっても全く力の強さは異なり、何処で断裂するかは予想などできなかろう。平常時での安全設計ではなく、非常時での安全率がどれ程かは知らないが、今回の未施工問題がある事から推察して、決して原子力発電の放射性物質放出の危険を回避できる安全設計などできる訳が無いのだ。運良く非常事態にならずに済むことを神頼みとしての運転しか保障などされない複雑怪奇な制御システムの筈だ。経営責任者にそんな危機意識が持てるほど単純な設備ではない筈だ。技術を何も知らない経営責任者でしかなかろう。経営責任者が安全運転に責任持てない知識で、原子力発電設備の運転など放射性物質放出の阻止の責任をどこに求められるか。原子力規制委員会の姿勢も気掛かりになって来た。

福島第1原子力発電所の崩壊の原因。以下の制御棒の問題は筆者の間違いであった。原子炉は制御棒投入で無事停止していた。停止と言う意味は、核燃料の核分裂が停止したという意味ではない。核分裂による熱エネルギーは運転に近い発生であろう。制御系統が正常に機能することが必須の条件だ。運よく呈しなければという危険が拭えない。

以下が間違い「津波襲来以前に既に制御機能を失っていたのではと思える。地震から津波到達までに時間があった筈だ。あれだけの激震があれば、発電所停止に向かって安全処置が執られる筈と思う。制御棒が核分裂停止のために何故投入できなかったが大きな疑問だ。もし大きな震度で自動的に停止動作に入る制御が組まれていなかったとは考えたくないが、何故制御棒が入らなかったのか。激震時の原子炉停止制御が組まれていたとしたら、津波到達前に既に制御信号系が機能不全の状態になっていたかとも思われる。制御ケーブルなどの基本の仕組みが既に激震で破断していたのではと危惧される。

それは本質的に、原子力と言う核分裂制御の科学技術が余りにも複雑な要因に覆われた設備である為、人が対応できない『化け物』なのだという事を突き付けられていると考える。人は技術を過信するべからず。と肝に銘じたい。

貯金通帳の不可解

(2021/02/15)。

銀行通帳についての無知を恥じる。何も知らずに来た、まるで社会常識に自信が持てないから、『電荷』否定の科学論など意味が無いのかとさえ。

過去のデータが分からない。残ったデータが何を意味するかも分からない。何処にも既に給与の振込は見えない。二つの通帳のデータが僅かに残っている。

通帳①。

最初に作った通帳と思う。

昭和55年に、初めて給与の振込用に使った筈だ。古いデータが何も残っていない。平成2年の最後の年の分しかない。

 と印をつけた。何故か22,590円が長岡技大に抜き取られたのか。5月、6月、7月に技大が通帳から引き抜いたとしか思えない。何故か不可解でもあり、不愉快だ。誰にどの様な権限で、本人が知らない内に、勝手に人の銀行口座の中身を扱うことが許されるのか?

6月29日に 431,400円が振り込まれている。何故か不可解。

その7月には免職処分にされた。それらの関係との意味が不可解だ。

平成2年の年末、12月26日。ここで通帳①は解約されている。【ご使用済 今後もよろしく‥】と。

丁度年末で、私は措置入院と言う強制的な処置により、閉鎖病棟に閉じ込められたときだ。絶食による抵抗で、意識不明になった為、他の病院へ転院された頃か?。

この 3,810,002 円の意味は全て原因が分かり、了解。兎に角本人の知り得ない処理での公共料金支払いなどの通帳解約だ。人権は無い事に成るのか?

通帳②。

誰がどの様な訳で新規に作ったか全く不可解。

昭和63(1988)年8月1日。(新規)。ヨキンキから誰が振り込んだのか?最初の振込が、「十日町土木事務所」と言う得体の知れない者が使っている。何かそれらの者が作ったように思える。

新潟県道の用地の新潟県用地買収費用の振込通帳は?

そうこうしている内に、平成2年に入る。

長岡税務署 差し押さえ」として、金 8,010 円が抜き取られている。訳が分からない不可解だ。

平成2年12月27日。*02-12-27BT ナガオカギジュツカガクダイガ 技科大  87,368円 の振込?

平成3年1月31日。*03-01-31BT ナガオカギダイ  387,750円の振込?

の二つの振込機関の間の関係は何だ。長岡技術科学大学で、二つの別の銀行振込口座を使い分ける訳は?

「ナガオカギダイ」()の振込は特別の架空闇振込口座と判断せざるを得ない。昭和55(1980)年の最初から闇金を振り込まれていたと解釈すれば、辻褄も会う。

平成3(1991)年3月5日。 *03-03-05BT コクゼイカンプキン 国税 2,390,100円の振込?すべて私本人の与り知らぬ処で、不可解な処理が成されている。私が分かるように質して頂きたい。何方にお尋ねすればよいかお助けください。社会的に幼稚な私は知らされないで済むのか、不可解だ。

1988(昭和63)年9月下旬、①の通帳で、琵琶湖の電磁界理論研究会に研究発表の為に行くため、大学へ無届だったから、通帳から旅費をカードで引き出そうとしたら、無効の通知で下ろせなかった。窓口で下ろし直した。そんな時期に、新しく通帳を作る訳が無い。新規通帳が何故出来たか?誠に不可解。

授業料等の非納付の訳?

自分はそんなに記憶力が無かったのか?まさか、父の給与(東京電力KK)から天引きされた訳ではなかろう。一切、納付した記憶がない!

新潟県立十日町高等学校。東京の予備校の研数学館。新潟大学(最近年額9000円とある方から教えてもらって知った)すべてに『授業料』を納付した覚えがない。新潟大学1年生時、新潟六花寮で1年間過ごしたが、寮費を収めた記憶がない。全て無しで過ごして、その訳を今も分からずに居る。

「電気学会会員資格?」 長く加入してお世話になったと思っていた「電気学会」の会費納入の痕跡がどこにも無い。自分が無知であったことは確かで誠に申し訳ない。1970年3月(新潟県立新津工業高等学校所属かアルバイトか?)の電気学会全国大会で発表するための予稿は提出した。会費未納で、発表しなかったのかも知れない。その後、長岡技術科学大学でも、入会手続きを改めてした覚えもない。一体どう解釈すれば良いか誠に理解困難。電気学会に、一度お尋ねしたことがあった(平成8年10月)。

入会年月日:昭和44年10月1日。送本:電気学会誌、論文誌A,B,D 平成元年4月、会費など代金未入金により送本停止。平成2年7月(免職処分時)、会費請求書が戻る。 平成3年4月、除籍(入院病棟屋上をヘリコプター(?)が轟音を立てて通過したのはこの関係だったのかも知れない)。

との御回答を頂き、本当にご迷惑を掛け、お許し頂きたい。なお、電気学会誌も昭和55年3月までは送本されていなかった筈。しかし、誰が会費を納入して下さったのか全く理解できない。

銀行通帳の不可解と通じているようで、薄気味悪い。

事件  1956年(昭和31年) 9月30日 新潟県中魚沼郡貝野村 廃止。   村域を二分割し、中魚沼郡水沢村と中魚沼郡中里村に編入され貝野村は消滅。

中里地区。有名な景勝地⦅清津峡⦆の柱状節理どんと迎える。如何にも古代の巨木に思いを馳せるに充分である。

原子力発電と住民の覚悟

2011年3月11日 東日本大災害が発生した。それは地球の自然活動によっておこる人が制御出来ない、避けることの出来ない災害だ。特に海底を源として起きる津波は想像を絶する災害をもたらす。人は地球の命の上に生き、その恩恵の上にしか生きられない。海の幸が人を豊かにし、喜びの糧を与えてもくれる。海と共に生きる、それが生活でもある。

海は恐ろしい牙をむくこともある。避けることの出来ない津波災害が起きる。それでもそれは地球の自然の姿と、覚悟を持って海と共に生きなければならない。

福島第一原子力発電所の崩壊事故に遭遇した。決して有ってはならない人間が起こした悲惨な災害である。想定外と言う責任逃れの人間の起こした災害であり、許されない事件である。人は自然災害に合う事は有りうる。しかし原子力発電所の事故は、人が住む権利を奪う人権の否定を前提とした事件である。

柏崎刈羽原発は世界最大容量の発電だ。『避難訓練』と言う許されない事件を想定した行為が如何にも当然のごとくに執り行われる不可解な集団訓練。そんな避難をしなければならない危険な科学技術が人の権利を奪う町中にある事が許される筈はないのだ。傍の住人は原発事故で、そこの生活を奪われても良いと覚悟をして避難訓練を受け入れるのか。その覚悟を住人は持って原子力発電所の運転を認めているのか。一人一人にその覚悟を聞きたい。

原子力発電所は人が制御して、安全に運転できる保証などどこにも無いことを知るべきだ。本当にちょっとした過ちがとんでもない原発崩壊事故につながる可能性を含んでいる。次の事故が何処に起きるか全くわからず、一瞬の偶然が原子力発電崩壊の原因となるのだ。その事を認めたうえで、原子力発電所の稼働を許容するのか?

福島第一原発事故の事後処理の目途も立たない現実に目をつむって、またその避けられない危険を住民は受け入れるのか。『カーボンニュートラル』と言う政策で、地球温暖化は決して防げない。原子力発電や火力発電での海水加熱による水蒸気冷却システム、その仕組み『復水器』の科学技術の本質を理解することが皆に課せられた事だ。事故による街崩壊への住民の覚悟が問われる。熱効率40%以下の発電システムだ。60%の熱は海水の加熱で、発電可能な方式だ。それが海水水蒸気蒸発に因る気象の風水災害の基に成っている。

 

理解の限界を超え

記事『理解の限界』が削除されて思う。

新潟県教育委員会の管理外に居て。

1980年3月31日「願いにより職を免ずる」新潟県教育委員会「辞令」がある事に成っている。

限界超えの意味。上の給与表の写しは、新潟県立新津工業高等学校のものだ。私は1980年4月何処に所属していたのか。上の表に因れば、名前(カナザワ ヨシヒラ)だけであっても、主任手当てが4月に支給されている事に成っている。長らく気になっていたので昨年、新潟県知事様宛にその意味を尋ねました。しかしその回答は頂けませんでした。新潟県教育委員会の関りで、その給与は支払われたものと推察する。『免職処分』後に何故予算が執行されるのか?その訳は余りにも当然の事であるが、それを御回答頂けないかと今も念じている。私は1964年4月から勤務したのだが、採用事務に関して新潟県教育委員会との関りは一切今までなかった。何故、許可願などの事務手続きもなしに、『県外内地留学』6月間の文部省との関りがあるべき研修が出来たのか。東京工業大学の研究室でご指導を受けさせて頂いた。その経費は何らかのところから研究室に支払われると思う。先生からその事らしい意味で尋ねられたことを覚えている。しかしよくお聞きしないで話の意味を理解せず過ごした。多分何も経費が支払われなかったのだ。と今は理解できた。その研修の実績も新潟県立新津工業高等学校に尋ねたが何も無いと回答された。幽霊人材以外の解釈のしようがない。

採用事務手続きを受けていない者が何故どの様な仕組みによって、新潟県教育委員会の管理教職員に成るのか理解できない。しかも、昭和54年の夏文部省の『工業科教員指導者講習会』に一週間も参加する意味が理解できない。『公立学校共済組合』にも登録されていない私が!!?

下の記事が削除された訳も怪しく不可解。

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