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摩擦熱とコンパス

追記(3月23日)。少し説明不足が有った。電気クラゲが浮遊する現象の主張したい点は反発力かと思う。静電気ではクーロンの法則での同じ電荷同士の間に生じる反発力になろう。電気クラゲの浮遊現象はクラゲがマイナスの『電荷』即ち『電子』なら、風船も同じく『電子』でないと反発力の意味には成らない。その点に関して、以下の記事での摩擦による『熱エネルギー』とコンパスの関係は反発力の説明には成っていない。以前から摩擦の熱エネルギーと電気エネルギーは同じものとの解釈に立っていたので、電気クラゲの話についコンパスとの実験を思い立って試みた。しかし電気クラゲの反発力の実験としては説得力がなかった。そこで、少し追記にて説明したい。電気クラゲはビニル片を通して、『熱エネルギー』を放射するであろう。そこに摩擦した風船も『熱エネルギー』を周りの空間に放射すると考える。電気クラゲの放射が強くその反発力と解釈して良かろう。

はじめに 「電気クラゲ」の記事が 新潟日報 (2020/03/21 土曜) に載っていた。楽しく拝見させて頂いた。記事の通り「かぎは静電気」である。それが世界の科学理論・電気磁気学の伝統的科学常識である。今も、「科学革命の構造」トーマス・クーン 中山 茂 訳(みすず書房) の第九章 科学革命の本質と必然性 を少し読みながら、正しくその通りと『パラダイム』の意味を考えさせられて居る。

『エネルギー』の不思議
『エネルギー』は様々な姿で世界に現れる。それをそれぞれ自分好みの観方で捉える。『電気エネルギー』も『光エネルギー』も『熱エネルギー』も質量から解放された独立の単なる空間に存在する『エネルギー』なのである。
『電荷』『磁束』も空間に存在する『エネルギー』を自分好みの捉え方で、自然世界を見る便法でしかないのである。『電荷』や『磁束』が自然界に実在すると考える捉え方が、今まさに問われているのだ。

摩擦と摩擦熱。
物を摩擦すれば、そこには仕事に相当する『熱エネルギー』が発生する。それは触れば熱くなるから、その存在を理解できる。その『熱エネルギー』はより温度の低いところに放射されて、空間分布『エネルギー』の平準化に向かう。所謂放射現象や伝導現象によって熱は流れる。

摩擦熱に磁気コンパスの反応。

動画の投稿が出来ないので残念。ブログでは「セキュリティ上の理由によりこのファイル形式は許可されません。」となる。You Tube でも「無効なソース」の為投稿不可。結局、摩擦エネルギーの意味を示す動画での解説、検証説明ができない。

その実験内容。アクリル系の樹脂の物を指や紙で擦る。理科実験用の方位磁石のコンパスを備える。そのコンパスに摩擦したものを近付ける。コンパスが強く反応して指示方向が回転する。

科学論のパラダイム。伝統的科学論は『電荷』が電気現象の根本にある。『電荷』は、『電子』は『エネルギー』とは観ない。まさか空間の『熱エネルギー』の現象が『電気クラゲ』の姿とは誰も考えないだろう。それ『電気クラゲ』の静電気が伝統的科学理論の世界標準論に基づく解釈であるから。しかし誰でも何か絶縁材料を摩擦して、コンパスに近付けてごらんなさい。コンパスの指示方向が変わりますから。ただし、大事な条件が有ります。コンパスは空間に支持されていなければならない。オリエンテーリング用の油の中の磁針や周辺に閉鎖さた磁針でないことが必要である。空間の光エネルギー流を検出する確認実験であるから。『静電界は磁界を伴う』の電磁界解釈の検証実験結果を発表してから33年経った。

右の写真は、直流電圧+30kV、⁻30kVを平行版の金属電極に掛けた。これは電極に伝統的電気磁気学論に依れば『電荷』のプラスとマイナスが金属板に集まる。しかも直流であるば、電荷は一定値で、変動しない。その空間は一定の静電気による静電界の場の筈である。決して磁界は存在しない筈である。図は、円形のコンパスをその空間に吊るした状況である。電圧がゼロの時はコンパスは地磁気の方向を向いている。直流電圧を高くすると、コンパスの向きはその方向を変える。ある角度だけ回転して、地磁気の方向と異なる方向を向いて停止する。さて、『電荷』でどのように解釈するか?の問題である。

追記(2020/3/28)。上のロゴウスキー静電界内の磁気コンパスの方位について基準となる「地磁気」を示す。

 

 

磁気コンパスも示そう。

 

 

 

 

共謀罪は法の押しつけ

 

ファイルの中にあった朝日新聞記事。

気付いてみれば、警察などの諜報機関が日々筆者の身辺で監視し、地域住民に情報収集の活動を行っている。気付けばこのことだったのか!あらゆる民間企業施設など公共の立ち入る場所で行っている。「改正組織犯罪処罰法」と全く関係ない筆者を陥れるための監視活動だ。選挙における投票行動、誰に投票したかも捉えている。まさに国家犯罪だ。

 

 

Find more information here.

私は偽物か (2013/10/14)  に昨日コメントがあった。表題のような言葉が載っていた。それはスパムとボードにあった。意味も理解せず削除した。意味を調べたら、「詳細はこちらをご覧ください。」であった。過去の30数年間の身の周りに起きた様々の事柄を総合的に考えれば、日本政府によって常に「亡き者」とする対象として取り扱われてきたとしか思えない。日本国憲法の基本的人権規定に照らして、あり得ないことが『行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律』に私 金澤 喜平がその保護対象として存在していない事である。その「詳細はこちらをご覧ください。」の一部を以下に記す。

気付かずに通り過ごした過去の事柄が突然「あれ?」と疑問となって浮かび上がる。知らずに過ごせば、それは何も学習しなかったと同じ事だ。新潟県教育委員会の教育職員として正式に採用されていなかったなど、採用事務を受けた経験がなければ知らないで過ごす。人として当然の権利を行使する機会から排除され、新潟県の教育公務員としての職員登録に無いなど知る由もない。まさか昭和14年(1939年)12月1日、舞鶴鎮守府へ新潟県中魚沼郡貝野村から戸籍が転籍されていたなど知る由もない。平成5年5月末に舞鶴鎮守府および溝尻海軍住宅の嘗て住処を尋ねたころに、転籍の事を知った。父 金澤 好明(田舎相撲をとっていた。四股名を村の箭放神社から“箭津錦”と採った。)は昭和天皇即位の礼に軍艦代表として参列した。昭和14年10月1日徴兵を避けるため、日本発送電株式会社に入社した。しかし、内務省(貝野村)と軍によって軍籍に戸籍転籍の異常手段を採られた。昭和16年9月召集を令せられた。

貝野村立貝野小学校には、正式に登録されていないと思えるため、義務教育終了の個人情報(総務省、下の1.行政機関の保有する個人情報)が無いとい。)さえ無いとの点で、政府機関での筆者の存在が否定されているとしか考えられない。昭和20年8月終戦後に故郷(新潟県中魚沼郡貝野村甲)に舞鶴鎮守府の京都府舞鶴市溝尻海軍住宅から帰ってきた。舞鶴国民学校1年生のまま学籍転籍の手続きもなしに、その年の9月貝野小学校に行ったと思う。しかし、小学校から、貝野村立貝野中学校の卒業まで、名簿は特別に男子の名簿の最後に付け足しであった。だから正式には削れば削除となる可能性の名簿順だ(下記の1.行政機関の保有する・・)に関係して。地区姿の5名のうち自分だけ除け者扱いであった。高等学校、予備校研数学館および新潟大学での授業料を収めた記憶がない。いくら記憶力が無い筆者と雖も授業料納付を忘れるとは考えられない。今その訳はすべて、戦後処理に掛かっているとしか思えない。敗戦時、父も溝尻海軍住宅に一緒に住んでいたが父は戦後のしばらくは用が有る為帰れないからと、母と3人兄妹で帰京した。父は多分年末まで帰らなかったと思う。何用で遅くなったかは知らない。小中学校時代は生まれ故郷であっても、疎開っぺと嘲られて過ごした。

  1. 行政機関の保有する電子計算機に係る個人情報の保護に関する法律(総務省) 平成1年(1989)10月1日施行(昭和63年(1988)12月16日法律第95号)
  2. 法例(管轄機関?) 明治31年制定。改正 昭和39年(1964) 法100号(池田内閣)。改正 昭和61年(1987) 法94号(中曽根内閣)。改正 平成1年(1989)法27号(竹下内閣)。
  3.  上の2.法例 その第3条[行為能力] 人ノ能力ハ其本国法二依リテ之ヲ定ム②外国人カ(「が」という意味であるが濁点をつけない)本国法二依レハ(バ)無能力者タルへ(べ)キトキト雖モ日本ノ法律二依レハ(バ)能力者タルへ(べ)キトキハ前項ノ規定二拘ハラス(ズ)之ヲ能力者ト看做ス と誠に意味深な法律がある。
  4.  特定秘密の保護に関する法律(内閣官房) 平成25年(2013)12月13日 第108号。

私は偽物か の記事のように、水泳の検定合格の書類作成で、登録しようとすると、すべて『不合格』で受け付けられないとなる。上の1.の『行政機関の保有する電子計算機に関わる個人情報・・(総務省)』の個人情報の中に、筆者の情報が無いと考えざるを得ない。特に、学校教育に関する内容は情報公開の対象から予め除かれている規定がある。特定秘密保護法(内閣官房)との関係付けされたら、情報機関も太刀打ちできない国家秘密として葬り去られる。紹介 にあるような不可解がその訳となろう。今でも、登録時の名前の問題で異常と考える思いをすることが多い。

2.の法例の改定時期が昭和39年(1964年)の池田内閣時および昭和61年(1987)の中曽根内閣時、さらに平成1年(1989)の竹下内閣時と何か筆者の人生の節目に関わっているように不可解な改定である。その法例は内容が3.に記したような人の「能力行為」という極めて異様な人格権に関わる評価の問題に関係している。現在の日本国憲法の新しい民主主義の時代に、なぜこのような明治時代の幽霊法令の様なものが憲法と並んで位置付けられているのか不思議の極みなり。当然新憲法のもとで、他の法律に組み込まれるべきものである。飛行機や花火での脅し、さらに自動販売機での電源遮断(100円投入すると装置を電源遮断され、大金100円を3回も強奪された)。官邸系からの不快メールの御送信。

美空ひばりと臨教審の以下余白

(2020/02/10)追記。小面を打つ

響けよと 打つ小面にその丈を 込めても高が 鑿の画数 空道

昭和から平成に変った年に、やり場のない思いを能のお面『小面』を彫りながら、高が27画のノミ程度と。出来上がったお面は柱に掛けていたが、それも今はない。今も思い出す。昭和63年1月の大学入試の時、何故か監督の出番がなく、待機組になっていた。終了後、菅野学長が機械系の教授と話していた。『これで終わったね』と。どうも自分に関係ありそうな二人の素振りに思えた。全く意味が分からず、只流されるより「道」はなかった。仰る通り、その年の年末には自分の居場所はなかったのだと考え、新たな『道』はないかと旅に出た。小面を刻みながら老子と『空』から『空道』の雅号を付けて過ごした。既に32年が過ぎた。空間ベクトルと回転軸 (2017/09/07) の記事の隣の記事がここに在ったので読み返した。もちろん舞鶴鎮守府のことなど知る由もない。当時の学校町で、狭い前の道に自動車をはみ出し、すべてに反抗して迷惑を掛けながら過ごした。テレビ画面の片隅に新潟NHKの番組で、三角状の青い不気味な符号に踊らされ、郵便ポストに新聞のチラシを投げ込んだり、何かに誘導されてきたようだ。自動車も勝手に警察が処分したようだが持ち主の本人は知らない。あれから30何年過ぎたか。『静電界は磁界を伴う』の実験的科学研究論の物理的意義は十分解釈できたと思う。学術研究の機関に居てはおそらく無理であった筈だ。すべては、宮入先生にお逢いし、研究室で教えて頂いたことが、特に「磁束は電圧時間積分」の解釈からアンペアの法則への疑問につながり、ここまでの道のりを歩いてこれたと感謝です。

実は、小面を打つ」は今年の正月、お世話になりながら失念していた、横山蒼鳳先生を思い出して当時を振り返ることになって詠んだ。長岡駅前での書道教室に、参加させていただき教えを頂いた。本棚に先生の著書「越後・笹神 五頭に抱かれて」を見つけた。中に赤い「振込通知票」が挟まっていた(ご迷惑をお掛けしたことお詫び申し上げます)。著書は平成4(1994)年7月発行とある。記事の中に、平成元年2月13日午後7時10分。七時のNHKニュースが「リクルートの江副逮捕」を・・。とある。そのニュースのことを知らなかった。きっと小面を刻んでいたかもしれない。『長命は 最高の芸術だ』の御筆墨が載っている。添え書きに元県議会議長 角谷久次さんの好んで・・。とある。本当にその通りと思いながら、感謝。思えば平成4年7月の中頃、小出の閉鎖病棟から退出して、娑婆に戻ってきた。戻ってきたが、さて何を目当てに生きればと、様々な経験を積んだ。店の裏方で、天ぷら揚げや巻きずし巻きなど思い出せば、無礼も多かったろうが楽しかった?平成5年5月末には舞鶴鎮守府の旧い講堂を案内しても貰った。その1月下旬には、失礼ながら宮澤内閣に『辞表』を送付させて頂いた。NHKのニュースで宮澤内閣総理大臣と河野官房長官が困惑している様子らしき映像が有った。自筆の「風来坊」の額を掛け乍ら汚泥処理に励んでも見た。飛んでもないお恥かしき仕儀を重ねて、長生きをしてきた。30年以上にわたって、多くの方々に陰から御支援いただきながら、浦島退屈の介よろしくご支援にお応えできずに過ごしてしまった。これからは「無法松」の振る舞いは何とか無いように心がけたく存じますが。今「視界と光の科学」をと考えながら、少し御遠慮しようか思案。以上振り返って追記。

異常な日本の30年を過ごして。

『愛燦々』 テレビの歌謡番組を観るようになったのは昭和が終わり、平成になってからであった様に思う。後から振り返って、あの歌が自分と関係が有りそうだと気付く。特に美空ひばりが歌った歌を何十年もたってから、その歌詞に込められた意味に気付く。始まりは、『愛燦々』昭和61年(1986)秋のようだ。長岡工業高等専門学校で、殺害から逃れる秘策(観世の文言札)で生命を守りながら、『静電界は磁界を伴う』の実験に挑戦していた頃かもしれない。その年の春、久しぶりに電気学会春の全国大会で、561  瞬時ベクトル空間モデルと空間瞬時アドミタンス を発表した。しかし発表者名は自分一人だった。共同研究者名を書くようなゆとりも、長岡技科大との行き来もなく当然他に居なかったと解釈していた。しかも内容が電気磁気学の偏微分式での変梃りんな内容であった事もあり、他に賛同は得れれないだろうと。ただ、その具体的なかたちでまとめたのが文献(1)である。その研究会資料は相当なストレスと緊張の中でまとめたものでありながら、良く出来たと満足できる。電力系統の瞬時監視機能として有用な手法と思った。この資料も一つの評価を得て、ひばりの『愛燦々』の意味となったかと勝手に解釈している。またその昭和61年(1986)4月、電気学会論文誌Bに文献(2)が掲載された。半導体電力変換器の基本動作解析を論じた。その解析手法には自分らしい特徴があったと思う。少し世間が騒がしくなり始めたのがその頃であったのかと、相当年数がたって歌謡番組を観ながら感じ始めた。

『みだれ髪』 この詩は昭和62年(1987)秋の頃を歌ったものと思う。昭和62年春殺害の危険から逃れて、やっと約束の長岡技術科学大学に戻った。しかしそれも独り善がりの世間常識から外れた仕儀であった事を愚かにも何十年も経って初めて気付いた。その『みだれ髪』の意味は今でも分からない。昭和62年春には良かったが、秋にはどうにも成らない結末となってしまった。春3月高専の校長に4月からの転勤について確認した。大学から『割愛』の話が有る。『割愛』の意味も昭和54年(1979)秋と二度目の事だから、結果がどう出るか自分が決める事ではないと予定通りの行動しか取れないと覚悟していた。だから高専の校長の言う事を聞く意思もなかった。3月31日『保険証』を会計課に返して二度と戻らないと4月2日の東北大学での電気学会の発表に向けて高専を去った。『保険証』が身分証明書などと言う事も聞いたことがなかったから知らない無知であった。発表内容は『静電界は磁界を伴う』と言う『電荷』否定の発表であるから、そんなトンデモナイ内容が世間で通用する筈はなかった。科学理論の根幹を否定する内容だから。前の年の電力技術解析理論の話とまるで180度方向転換した内容であれば、世間も相当戸惑っただろうとは推測できる。とんでもない仕儀となり御免なさいでした。一体春丁度良かった帯の長さも秋には余ると。春どう行動すれば良かったのか今でも理解できない。4月自宅に高専の校長から手紙で教官会議に出席するようにと言う要請が有った。それは『転勤』していないと言う意味であったかどうかも分からない。筆者には意味の分からないいろいろの仕掛けが無知の自分に仕掛けられたが、常識知らずには対応しようがなかった。相談する者も一人も居ない。ましてや家族が知る訳もないから相談もできない。自分の立場を説明するべき意味を筆者自身が知らない訳だから。能力なしの『助手』と見られているから。今日現在も、パソコンに向かえば、それを見て何と無駄な人生をと非難されるが、そう思われるのも当たり前と自分で思う。家族に説明できる何の実績も示せずに今日が在るから。昭和62年春に長岡技術科学大学の学長選挙が有った。新聞でも取り上げられた社会的教育問題に成ったようだが、自分に関係しているとは全く理解できなかった。薄々感じたのは、8月に成って、電気学会の秋の『電磁界研究会』への論文を書いている時、なかなか捗らずに提出が遅くなり、9月1日以降の受け付けに成ってしまって、何か急ぐような雰囲気を感じた頃からとても気になりだした。斎藤 進六 学長に迷惑を掛けてしまったのだろうと遣る瀬無さと申し訳なさが残る。電力工学と電磁界理論では研究の畑が違う。転勤もしていなくて、研究分野も変われば、世間でも対応できなかった訳であろうと今は分かる。それが全て『みだれ髪』の意味なのかと。義理のじいちゃんが大学近くの病院へ入院していたので、家族に頼まれ毎日洗濯ものを交換に行く。筆者も家族も無知の中世間の常識に対応出来る術は無かった。病院近くで大学事務局の人がいつも周りについて監視していたようだった。みんなみだれ髪の基だったかもしれない。御免なさい。

『川の流れのように』作詞 秋元康 作曲 見岳章 唄 美空ひばり 1989年(昭和64年、平成元年)1月に歌われた。美空ひばり最晩年の歌だ。既に大学には居場所も無く、己の人生の意味を考える手立てもない中で、謳われた彷徨う自分に向けた歌であったかとも思う。『故郷』にどんな意味が有るかも知らず、二葉百合子さんの『岸壁の母』と繋がる故郷には『舞鶴鎮守府』の父の軍歴が有った。“知らず知らず 歩いて来た 細く長いこの道 振り返れば 遥か遠く 故郷が見える でこぼこ道や 曲がりくねった道 地図さえない それもまた 人生 ああ 川の流れのように ・・” 正にこの歌詞の通り、何も知らずに歩いて来た自分の人生のように聞こえた。今は電気磁気学と電力系統の電気現象を『光』によって統一的に解釈する感覚的な納得を得た。それは過去の電磁界理論とその概念を全く新しい姿で解釈し直さなければならないところに来てしまった事でもある。ただ、電気工学は技術用語で理解できるが、物理学での『電流』や『電荷』が自然界の真理と言うのは頂けない。その辺の混乱を如何に解決するか。

本人は何も知らない 情報化社会と人心操縦の社会問題。世間の動きを筆者は知らない。後から何かあったのかと何となく気付くだけである。本人には知らせず世間が知っているこの不可解な気味悪さが『人権侵害』である。何十年も続く不気味さの中を過ごして来た。近所の小さな消防車が朝の8時前に鐘を鳴らして通り過ぎる日があった。その鐘が鳴る日は悪い日らしい。やっと最近は鳴らなくなった。意味が分からないがどこの誰の指示で鳴らしていたのか、不可解な不気味さであった。昭和63年(1988)以降、初めて経験した事件がある。長岡技術科学大学から、所属身分の無い身を悟り、精神的な過負荷に耐えられず離れた。居場所も無く、長岡市内の釜風呂温泉方面の道の自動販売機で飲み物を飲もうと100円を投入した。途端に自動販売機が電源遮断された。その事件から情報操作が始ったように思う。同じ事がもう一回あった。長野県に新潟県津南町を通って夜辿り着いた。道路脇の自動販売機で、100円硬貨を投入した。途端にそれまで点灯していた街燈も消え町中が停電になった。行き先の無いまま自動車を運転すると、「廻って 廻って 廻れ~・・」と言うラジオの歌で操作される。きっと社会的に処理に困る人間に取る情報社会の手段が存在するのか。現在にも残っている事は飛行機の爆音や飛行機雲の『×印』やヘリコプターの轟音がある。変な『花火』も有る。すべて誰が指示しているかも不明で、執られる不快な人権侵害の所業だ。

中曽根臨教審と人事事件 昭和62年(1987)年末、長岡高専で人事の事件が有ったか?具体的には知らない。昭和63年(1988)正月、春の学会発表の論文を書いている時、突然鼻から異様な鼻汁が出る。早速病院で診察を受け、(鼻空上顎洞炎と歯科で診断され、治療して頂いた)回復。病院で待っている時、周りに高専の先生らしき者が数人いて話しかけて来た。自分に関係する事が事件に成っているらしい事を後から感じ取れるが、それが何かも知り得ず、本人が無視されたまま『何か』が決められていたようだ。本人が知らずにいるその意味を世間は知っていて、いろいろ仕掛け話をして来たのだろう。大学の保険証を使っていた。1月中頃に自宅に高専から『保険証』が送付されて来た。高専では大学に転勤したと言われ、高専から自宅に『保険証』が送付される不可解。昭和60年7月1日履歴が『以下余白』となっている事も2015年(平成27年)1月に初めて知った。高専の事務局に行って尋ねた。後で調べて連絡すると言われたが、後日電話で「少し待って・・(?)」と言われたきりで何もない。何も本人が知らないで、世間が騒ぐ人権侵害。昭和14年(1939)12月1日舞鶴鎮守府への戸籍転籍が存在を無視した諸行無常の30年に亘る人権侵害の意味か。

以下余白の不可解 昭和60年(1985)4月1日 長岡工業高等専門学校 電気工学科講師(校長)。昭和60年(1985)7月1日 同助教授(松永 光 文部大臣)。同日付 以下余白(高橋校長)。昭和60年7月1日から履歴が無しと読める。翌61年(1986)4月の辞令もなく、以降は履歴が消えている。だから4月以降の殺人専門学校の意味が読み取れる。生きていては困る訳だ。様々な工作があり、昭和61年(1986)の電気工学科の雰囲気が異様な空気になった。学科事務室が殆ど使われない幽霊室に思えた。昭和63年(1988)8月1日長岡技術科学大学の身分喪失の意味か、銀行通帳口座が無効になる。昭和39年(1964)4月1日新潟県教育委員会での辞令交付もなかった。

文献

(1) 空間瞬時ベクトル解析と交直変換器への適用 電気学会電力技術研究会資料 PE-86-39  (1986)

(2) 電圧型PWM変換器を用いた瞬時無効電力補償装置の動作解析と設計法 電学論B.106,p.323 (昭61-4)

アッツ桜

アリュウシャン列島のアッツ島も今アッツ桜が咲いているのだろうか。

アッツ桜 1943年(昭和18年)5月19日アッツ島の戦いで日本軍が玉砕した。丁度今頃の季節だった。御冥福を祈る。父も昭和17年5月2日第三特別陸戦隊附同年7月1日第五警備隊、北潜?隊進駐援護作戦に従軍。キスカ島での1年以上に亘る作戦後、昭和18年7月29日キスカ島撤退作戦で帰還した。帰還と言っても父は帰れなかったようだ。シュムシュ(占守島)島に深い因縁があったかもしれない。同年7月29日鳴神島発ー8月1日占守(シュムシュ)島着とあるが、8月5日第51警備隊附天寧派遣の命令により8月17日占守島発(日帝丸)19日天寧着。9月17日天寧発(和光丸)19日室蘭着。20日同発22日舞鶴海兵団入団。この時は既に衰弱し、立つ事も出来ずに実家の父(信策爺さん)に背負われて帰る。父からはキスカ島での戦闘の話や、ネズミを食べて過ごしたなど。また撤退時の雲に隠れての幸運の話等を聞いた。軍歴票は墨で塗られて不明の部分がキスカに関係している。敗戦後の9月2日ミズリー号の後も、その年は暮まで帰られない仕事があったようだ。何時帰ったかも覚えていない。

舞鶴での思い出がある。舞鶴東港は平成5年に訪れた時、兵舎があるようだった。敗戦前にはそこに本館があり、入口の広間には大きな鯉の滝登りの額が掲げられていた。館の正面には飛行機があった。父と偉そうな軍人が居て、その飛行機に乗ることを許されて乗った。席は一つか二つしかなかった。父は帰還後、新兵教育の教班長をしていたようだ。終戦後、舞鶴国民学校から、おそらく貝野小学校に転校の手続きは成されていなかったのではと?すべては昭和24年4月の貝野村役場での中央からの行政官が来られての処理行政に因ってどうなったか?

戸籍転籍の不可解 昭和14年12月1日(1939/12/01)舞鶴鎮守府所管(所管という意味が不可解である。権力による強制的な仕打ちか?その日付で第一国民兵役編入とあるが、戸籍転籍は法律に因らない不法行政?)へ轉籍 父は召集されるのを危惧して、10月1日に日本発送電株式会社へ就職した。それを内務省が計って轉籍にしたと思う。戸籍附票の筆頭者頭の「亡」の字の意味。しかし軍には昭和16年9月2日に、『充員召集ヲ令セラレ』で舞鶴鎮守府から発令されているから、それまでの2年間は日本発送電株式会社の社員として送電線路保守業務にも務めていた筈だ。昭和36年交通事故で亡くなり、東京電力社長 木川田 隆一 氏の弔辞には、昭和14年から一貫して21年間送電線路保守員として働いた云々・・と有り軍歴は無いことになっている。舞鶴鎮守府の前は、大正15年12月13日横須賀海兵団 舞鶴練習部入団。軍艦 『加古』その後『多摩』乗り組み。軍艦多摩乗組員代表で昭和天皇の御大礼に参列。菊の紋入りの大きな勲章が家に在った。軍歴の記載の不可解。第一国民兵役満期 昭和21年9月5日。帰休 26年3月31日。とは?

我が存在 私は偽者か

水泳の検定結果をpcに入力すると、「不合格」と打ち出されて、認定証の作成が出来ない。と作成関係者から説明された。名前が認識されないと言う事は存在が否定されていると同じ意味に思える。昭和14年12月1日以降にどのように舞鶴鎮守府から戸籍が回復したか?(2019/02/12)追記。氏名は漢字をGoogleで翻訳すると必ず[Yoshihira]でなく[Kihei]と翻訳される。

健康保険証は身分証明書か

(2018/10/27)追記。共済組の加入歴が無いようだ。厚労省の役人が造った。公立学校共済組合も文部省(古い機関名)へも加入していないようだ。

自分自身が分からない。残っている健康保険証の番号。

公立新潟 644139 新潟県 (1964/04/01~1980/03/31 の16年間公立学校共済組合に加入の筈が、加入手続きなしであった。)

文部省? 61-01007766 長岡技術科学大学(ここでも文部省共済組合への加入など一切なかった。)

文部省? 58-280    長岡工業高等専門学校(1985年4月1日~文部省共済組合の加入者番号は?)

文部省? 61-01007766 長岡技術科学大学

すべてが信じられない番号だ。特に、58-280?

銀行通帳の変

(2020/01/11)追記。小面を打てばわが身の時雨かな 空道。私は何者でしょう(2)氏名と長岡市政責任」のブログ記事が消えていた。その意味は何か?昭和から平成に霞が関と。

どうしてこうも不可解が身に纏わり付いているのか。科学理論や自然現象の常識的解釈に多くの疑問が湧く。矛盾を感じることが多い。

銀行通帳の不可解 自分が知らない内に銀行通帳を作ったことになっていた。その日時は確かに精神的な混乱に、ストレスが追い打ちを賭けていた頃である。昭和63年8月1日 が銀行通帳を新規に作った日となっている。その通帳開設者の署名と印鑑の字体を見たが、確かに似ているがはっきりとは確認できなかった。通帳を作る必要など無かった。既に給料(?)の受け取り用の通帳があり、それを破棄して新しく作り変えるような事をする訳がない。当時は、「瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義」電気学会電磁界理論研究会(同研究会資料 資料番号EMT-88-145.  昭和63年10月)への投稿論文執筆に忙しく、他の事に関わるような暇はなかった。この論文の内容は、昭和61年秋に長岡工業高等専門学校電気科の高電圧実験設備で撮り留めておいた静電界中の磁界検出実験の写真データが殆どを成すものである。長岡技術科学大学には、高電圧実験設備がなく、実験を続ける事は出来なかった。また、一つ思い当ることがある。その年の7月に大学の図書館で調べ物をしようと、カードを差し込んだら、入館を拒否された。電気系長にその事を話したら、『そんな事をするからだよ』と意味も分からない言葉で笑われた。そのカード事件が身分失効の電算機処理に掛かったのかもしれない。それにしても、新しく銀行通帳を作りかえる必要は何もなかった訳で不可解にして薄気味悪い事件。

初めての銀行との関係 昭和35年夏の事、新潟大学六花寮でアルバイト募集に応募し、大学研究者のお手伝いをした。山下地区の平地広場で、アイソトープに因る地盤調査の研究のようであった。アルバイト代の支給場所が新潟市大畑町に在る日銀新潟支店で、そこで頂いた畏れ多い事があった。日銀のアルバイト代の支給など有り得るのかと?

給与振り込み用銀行通帳 新潟県立新津工業高等学校に16年間いた。しかし銀行通帳への給与(?)振り込みはなかった?だから通帳は持っていなかった。初めて銀行通帳を作ったのは、住宅取得のため、昭和50年頃の年末であった。その通帳への振り込みは長岡技術科学大学、昭和55年であった。その通帳がどこかで切り替えの昭和63年の事件通帳になる。

人権事件だ。

電圧ーその意味と正体ー

電圧とは何か? 電気工学や電気物理に関わる仕事に携わっている人はこんな疑問を抱かないだろう。電圧100ボルトあるいは3ボルトなどと日常用語としてありふれて使っていることだから。常識の言葉だから。こんな常識の科学技術用語を理解できないと言って、その正体をあばこう等と考える事を仕事にするとすればどんな仕事に成るのだろうか。全く経済的な利益を生むどころか、科学技術関係社会に反逆的な伝統破壊の行為と看做される。反発を食う研究である。そんな業務を仕事として受け入れる環境があるのだろうか。科学研究社会は、特に学術研究に属する分野では『客観性』を持って研究を進める事が要求される社会であろう。過去の先人の業績を踏襲してこそ仲間として受け入れられる社会である。それが常識の世界だ。学術研究機関に所属していれば、大いに常識に挑戦する機会もあろうが、最初から所属の無いものには不可能な事であろう。世界で誰も挑戦しない研究、「電圧とは何か?」と問う事も有意義な筈である。学術論文にも成し難い研究ではあるが。自然の本質を明らかにする重要な研究ではある。

総合科学・基礎科学・純粋科学の意義 本質を明らかにすることの意味は、誤ったり誤解した研究や方向性を質す判断基準として、総合的な評価を下すに重要なのである。経済的効果が無いと言うが、間違った高額の投資を避ける意味で経済性は大きい。それが総合科学、基礎科学、純粋科学なのである。科学研究の内容を市民が理解でき、賛同できることで初めて研究費を使う権利が得られるのだと認識すべきである。数式でなく、日常用語で高度な研究内容を説明し納得を得る事が必要になる。そこに、専門家だけの内部了解ではなく、市民社会との関わりが大切になるのだ。その時に科学の基礎概念が誰もが理解でき、疑念の無いもので初めて市民との意思の疎通ができ、健全な科学社会への安全が担保できるのであろう。そこに総合的な広い基礎科学の重要性が狭い専門性を超えて必要になるものと考える。ここでは前の電池電圧と『エネルギーギャップ』を受けて少し電圧の解釈の意味を深めてみようと思っての記事である。

電圧とは何か?電圧とは何か 電圧Eボルトの直流電源がある。銅板と銅線が図のようにつながっている。 

電圧問答電圧問答 

電圧問答 直流電圧源だから、各電圧計の指示値はすぐ分かる。ただ電圧計の繋がる位置が色々だ。電圧計は何を計るかと考えて、その電圧値に成る原因を何に因ると解釈するかを尋ねている。もし『電荷』を原因と考えると、その分布を考えなければならなくなる。さてどう考えるか?こんな問答は禅問答の部に入るようで、科学論の部門では毛嫌いされる問答である。しかし科学理論は論理性を持ってその真価と尊厳を勝ち得ている訳であるから、こんな易しい日常的な質問には朝飯前と答えられる基盤の上に成り立っている筈だ?そこで答を書こうとすれば、学校教育で教えられる教科書の内容から考える事に成ろう。どんな教科書も文科省の『学習指導要領』によって教育内容は決まっており、『電子』あるいは『電荷』による解釈しか許されていないから、その指導要領に従わざるを得ない。そこで『電子』で考えようと試みる。

電子と電圧電子と電圧 回路の一部を取り出して電圧計V1の意味を『電子』に因って考えてみよう。鉛蓄電池や燃料電池の電池機能原理は水素原子の『電子』が陰極端子から外部配線、負荷を流れて陽極に戻り、『エネルギー』供給源としての電池の役割を果たすと専門家の解説に在る。それが負荷への『電流』の電気磁気学理論に基づいた教科書的標準理論である。しかもそれは世界の物理学理論でもある。その時の電気現象の電圧には『プラスの電荷』は電池の外部回路に関与する解釈は無いようだ。すべて『電子』だけで理論的な解釈が成されている。そのような世界標準の電気論に従って、電圧計V1の『電圧』をどのように解釈すべきかを考えてみた。①電荷分布(電子)?と電圧として銅板間にどのような『電荷』分布を描けば良いかと苦心した。『電子』同士は好きではないが、有名な『クーロンの法則』に従えば、お互いが反発しあって、集合するのはいやだ、いやだと纏まらないのではと考えると、『電子』の分布予想も出来ないのでお手上げだ。理論とは不思議なもので、後生大事に守られている『クーロンの法則』があっても、そんな法則などお構いなしに『マイナス電荷』の集団と『プラス電荷』の集団同士が向き合って対峙する構図が理論の伝統的な常識・思想に成っている。しかしこの電池の場合には『プラス電荷』は出る幕が無いのが不思議だ。だから教科書に従って電池電圧を『電荷』で描こうとしたが無理だった。それでも思い直して、マイナス側の銅板に『電子』が分布したとして、電圧計を繋いでみた。それが②電圧計である。電圧計は中味の回路を見れば、単に高抵抗rとコイルlの直列につながっただけの物でしかない。電圧と評価する部分はコイル内に貯蔵されて『エネルギー』を指針の回転に利用しているだけである。特に電圧と言うような感覚的に予想する様なものを計っている訳ではない。陽極側と陰極側の銅板の間に電気回路のrl要素を繋いだ事に成る。もし陰極側の銅板に最初『電子』が集合していて、電圧が掛っていたとする。電圧計を繋ぐ前後で銅板間の電圧にどのような同じ電圧を発生・保持するかの訳を考えられるだろうか。また、図のように電圧計(負荷)を繋いだとしたら、『電子』はどのような力を何によって受けて運動すると考えれば良いだろうか。大まかな概略論でなく、厳密な基礎理論に基づいた合理的で論理的な解釈が求められる。日常用語と基礎的な科学用語での説明なら、誰でもが理解でき納得できると思う。しかしこの『問答』にはなかなか納得できる論理的な解釈が出来ないジレンマに陥るのだ。結論を言えば、『電子』や『電荷』では電池電圧の発生原因を説明できないという事である。宇宙の話や五次元空間の話は話の実体が目の前に無いから高度な数式で論じられると煙に巻かれたような気分でうんともすんとも言えないもどかしさが残る。しかし乾電池や蓄電池の話なら、電磁気学の理論検証には十分分かり易い筈だ。この電池電圧の意味が『電荷』概念では自分が納得出来ないので、『エネルギーギャップ』の電圧発生理由で解釈する様子を示す。

空間のエネルギー分布空間のエネルギー分布 エネルギーにはプラスもマイナスもない。光のエネルギーと同じく、空間に金属導体に因って束縛された状況で分布する。その分布密度を予測して図に描いて示した。その密度分布を実験的に測定する方法を見つけられるかどうかは疑問だ。『電子』の分布を描く場合に似ている結果である。プラス、マイナスと言う金属導体間にそのエネルギーは分布し、マイナスからプラスまでのエネルギー分布密度の線積分がその『電池電圧』となる。エネルギーで観る線路電圧に交流の場合を示したが、直流でも同じ事である。

交流電圧 電圧は直流も交流もその本質は同じである。主に金属導体間に掛かる電気の”何か圧力”のようなものと感覚的に捉えられる。その姿・本性を認識し難い訳は実験的に測定することが出来ない「空間エネルギー」だからである。電気の眞相(2)-電圧とは何かーに述べた。科学技術の電気工学では空間エネルギーなど観測できない物理量であるから、『エネルギー』の利用と言う眼目から、実に優れた計測量として、『電圧』を考えだした訳である。『電圧』と『電流』で電気工学の基礎を創り上げたのだから、その技術的感覚は素晴らしいと先人の業績に感謝しなければならない。交流電圧によって送配電線路が構築され、『エネルギー』利用が可能になった。その交流電圧は発電機と変圧器での発生原理に新たに「磁束」と言う概念を創り上げた事により、理解し易い『電磁誘導則』で誰でもが理解し易くなった事は科学技術の意味を理解する上で大切である。「磁束」で交流電圧を理論付ける技術感覚の意味を理解すべきであろう。さて、科学技術とその基礎概念は自然世界の『真相』と成るかと言う点で改めて考えなければならない歴史的転換点に居ると思う。電気現象の物理学的解釈は自然世界の眞相を捉えるに重要な基本認識と成っている。その自然現象・自然世界を『電圧』、『電荷』、『電流』の科学技術概念で論じようとしたとき、その論理の先には混迷の未来が待ち受けている。同様に『電界』『磁界』も自然世界に実在する『真相』ではなく、科学技術の『エネルギー』利用手段としての便利な構築概念でしかないのだという事を認識することが未来への安全の思考の基盤である。

科学技術と自然世界と教育 先人が築き上げて来た科学技術と自然世界の眞相を混同しないように理解して欲しい。『電荷』など世界には存在しないのだ。今、この事の中に見える複雑な人間意識と科学的競争社会の間に立って、未来への子供達に対する教育を考え、根本から再構築すべき時に立っている。未来への教育問題は教育機関、教育者に課せられた喫緊の課題である。過去を踏襲し、先人の業績を尊重してなどと拘泥している時ではない筈だ。

『電圧』と『エネルギー』その実験的検証 昨年は物理学概念に(『電荷』への)疑念を抱き、旅立って30年程たった時に不思議な実験を手掛けた。これも予測できた訳ではなく、何かに誘われて手掛けたような実験である。変圧器の奇想天外診断で『電圧』の意味を考える切っ掛けを得た。続いて、コイルと電圧とエネルギーおよび天晴れ(コイルと電圧とエネルギー)の実験的検証、そしてまとめとしての電気の眞相(3)-電圧と負荷ーによって『電圧』と『エネルギー』の関係を捉えることが出来たと考える。

波 「理科基礎(仮称)」の題材として

「理科基礎(仮称)」が科学教育の中に望ましいと日本学術会議のある部会の提言として公表された。高等学校の理科の科目の中には、地学、生物、物理および化学の4科目がある。その中身は相当内容がかけ離れたものから構成されているようだ。さて、それらの4科目を統合して、一つの科目「理科基礎」を確定しようとしたとき、誰がどのように取りまとめる事が出来るだろうか。提言が出た以上は、日本学術会議の提言であるから、日本の科学者・教育者の力量が問われることになろう。高等学校の教科書が出来ないなどとは言えない。何年も先では済まない筈だ。教育行政を担う、文部科学省の緊急の対応が問われる筈だ。理科の各科目の中から、基礎として何を選ぶかという考え方では、先ず纏まる可能性は低かろう。文科省の『学習指導要領』がある限りは、その内容からはみ出すことは出来ない硬直化した教育体制であるから。もし一科目としてまとまったとしたとき、その中身は全くつまらない役にも立たない内容の羅列に成らざるを得なかろうから。先ず解決する可能性は、『学習指導要領』の枠を取り外すことに尽きる。しかし、提言の3 高校理科教育に求められるもの の中で、(C)現在までの学習指導要領の変遷の経験を重視 という項目が前提条件として楔を打っている。この(C)がある限りは日本学術会議の折角の提言も絵に描いた御飾り餅にしかならない。以上の思いを踏まえた上での無駄な記事とは思うが、一つ「波」を取上げて論じて見よう。全く過去の理科の基礎とは異なる面から考えてみたい。

葛飾北斎「富嶽三十六景」の一つ「神奈川沖浪裏」に波の象徴的な姿が描かれている。絵画として誇張されて描かれてはいるものの、海岸における波しぶきは如何にも心に響く迫力を持っている。決して正弦波ではないその波形は、ある瞬間を切り取って、写した空間の具象図である。そこには心の美的感性を揺り動かすが、頭を悩ます難しさは微塵もない。さて、波の科学論はと考えると途端に難しくなる。その原因は何であろうかと考えて見た。それは目で観たり、感覚で捉える自然現象を日常生活に馴染み難い抽象的表現で共通理解を計ろうとする手法が科学理論の本質を成しているからであると思う。例えば太鼓の響きは耳だけでなく、腹にも響き気持ちを高揚させもする。その事も太鼓の持つ特性であり、自然現象と人の心身の関係性が造る世界の姿である。その事を科学理論で表現し、説明しなさいと言われても、「チョット待ってください」と言わざるを得ない。こんな事を考えるようじゃ、学校で教える理科教育などの話が出来る訳がないとも思う。

「波」をどう教えるか 子供達が興味を持って授業を受けるかどうかが大事な視点である。それは受ける側の子供の立場に立って考える事が出来るかどうかの行政側の問題である。教える内容やその取り扱いが適切かどうかは行政側の問題だ。子ども・保護者側の意見をくみ取る方策があるだろうか。教える側の論理だけで、教科書内容が過去の手法を伝承するだけの形式に陥っていないだろうか。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の絵図の物理的解釈が題材になったら良かろうと思う。そこには水の持つ「エネルギー」を意識しなければ解決できない基本概念が含まれている。サーフィンの力学エネルギーなら子供達も面白かろうと思う。海底の地形が海水面の波形に影響することが理解できるにはエネルギーの意味を理解しなければ無理であるから。

サーフィンサーフィンと波  この波は波頭が競り上がった波形だ。水が何故先頭で重力に逆らって、上昇するのだろうか。それを考え、理解するのが自然現象を対象とした教科「理科」が学校教育で取り上げられる存在理由である。考える事を、覚えるだけではいけないと解りかけている筈だが、生徒に求めるだけで、教育環境を整備する側の機関・文部科学省が考える事を怠り、過去に拘る現状は誠に見苦しい。何故、水が波頭部で上昇するのか位は子供達が理解できるような教育でなければ価値がない。水の波が横波の解釈では、『学習指導要領』の廃止を考える事からしかまともな理科教育への解決方法は無かろう。

波はすべて縦波 『学習指導要領』は水面波を横波の代表例として指導することに決めている。それは残念ながら間違っている。そこにはエネルギーの意味が全く考慮されていない。波を生み、伝播する原因はエネルギーである。波の本質を理解しない波動論は間違いである。波はすべて「エネルギー」の縦波である。それが波を教える眼目でなければならない。

音声 「オーイ」と呼び声が聞こえる。その声を波形に描いてください!と言われてもそれは無理であろう。日常生活での空間伝播の波の自然現象ではあるが正弦波などで描く訳にはいかない。音声については「学習指導要領」も縦波として教えてはいる。音声の本質は何であろうか。話し声は空気や水の『何か』を伝える媒体(気体、液体)が必要です。真空中を音声は絶対に伝わらない。ラジオやTVなどを通した音声は伝達経路が真空であっても伝わってくる。それは電波と言う波だからだ。同じ波でありながら、電波と音声には本質的に異なる何か、理解できない事が隠されているのだろうか。電波も音声波もどちらもエネルギーの縦波である。理科の教科書では電波を縦波とは教えていない。横波として説明している。それは世界の物理学で、おそらく横波として取り扱っているからでもあろう。それは間違っている。その訳は、エネルギーの縦波と理解しないからであり、エネルギーの存在を認識しないからでありましょう。電波の場合は『電界エネルギー』と『磁界エネルギー』がエネルギーとして同じものとの認識が出来ないからであろう。別の異なる空間のエネルギーなど存在できない筈なのに、別々のエネルギーとして分析しているからである。その原因は空間に、質量の関わりのないエネルギーが存在すると認識しないからであろう。その意味が象徴的に表れるのが『光』である。『光』の半波長でもエネルギーを持っている。振動数、周波数を持ちださなくても光のエネルギーである。

縦波 水の波も音の波も弦の波も電磁波も、みんな波と言う波はすべてエネルギーの縦波である。エネルギーの空間(媒体も含む)の縦の伝播現象である。水面波も水にエネルギーを与えなければ決して波を発生しない。波と言う波はすべてエネルギーが造り出しているのである。過去の波に関する記事を拾い上げておこう。三味線と縦波 糸電話ー力学的解剖ー 津波(tsunami)を解剖する 専門用語『振動数』の解剖 など。

『エネルギーに論及してこそ物理』光の屈折もエネルギーの縦波としての解釈が必要。

哲学の意味?

今年は書き初めの代わりに、哲学の意味を考えた。

写真150哲学 日常に無関係な内容かもしれない。その文字に込められた、偉大な中国文明の漢字の意味を探りたくなった。

現代社会は人類の智慧を確認したくなる様相を示している。グローバルと言う経済競争で世界が利益を求めて混沌の中に彷徨っているようだ。先日、NHKの番組に法隆寺を尋ねる紹介があった。聖徳太子の願いが自然災害、疫病更に権力闘争の災いを無くしたい事にあっての建立であったのだろうと思う。世界は現在も宗教と言う信仰心で、それぞれの人心がまとまる事を願って営まれている筈である。宗教が昔からの智慧の拠り所として尊ばれて来た。しかし,今ますますその宗教が世界の対立の火種になっている。国家間の権力闘争と同じく、己の権力による支配を宗教と言う精神的呪縛力を利用した手段で危険な日常性を作り出している。そこに哲学の意味を重ねて考えて見た。今世界は哲学など、先を競って利益を獲得する為の経済競争の中では何の価値も認められない時代になったようだ。哲学など生活の足しには成らない。それどころか、経済性追求の意識には邪魔者かも知れない。人の幸せ、社会の安全より自己の経済力が社会支配の求める意識になっている。派遣労働による人の生活不安など政治は競争の正当性に隠して、社会的不健全性を広めている。そこには政治の正当性は見えない。格差は人の能力によって生まれても、それが当り前な社会制度と進める。こんな政治は間違っている。社会正義や哲学は意識外に押しやられる。

哲学の文字の意味を自己流で解釈してみた。

写真152文字の意味 勝手な自己流の解釈を付けた。今世界の智慧は宗教でなく、科学者にとって変わられたように見える。科学理論が人の理解を超えた内容になっており、如何にも科学理論が世界の真理を言い当てていると勘違いし易い状況を生み出している。『哲』の字の意味は昔優れた指導者を哲人とも言ったようだ。日常生活で、生活の道具や生活技術の優れた事を「手」の文字で言い当て、仲間を守る統率力を武力の優れた意味を「斤(マサカリ)」に託し、理屈や説得力を「口」の文字で表現したと。現代社会は、科学技術が生活の豊かさを労働の苦役から救った形で社会の基盤になった。生活の安全な有効性の限界を超えてしまった今は、「ドローン」等の危険な手放しの上空輸送まで正当化しようとしている。「ドローン」はひも付きの制御可能な安全性の範囲でしか利用できない筈である。「ドローン」を操縦する者には危険のリスクが無い。それが社会的危険となる。無人爆撃機も科学技術の許される規範を超えている。社会的安全性に歯止めを無くした人間の驕りの精神構造が世界に溢れている。考える事は踏み切れない壁がある事を自覚することでもあろう。考える事が哲学だ。そこに現代哲学の意味がある筈だ。福島原発の悲惨な事故とその後遺症も解決できずに、人の幸福に生きる権利を奪いながらも、政治はその事に対する哲学を忘却している。

科学技術や科学理論と哲学 大学の哲学学科は文学部に属している場合がほとんどであろう。古くは宗教がその担い手であっただろう。しかし哲学は現代の社会に直接かかわる事柄を考える事がその使命であると考える。本当に電気回路の導体に電流が流れると考えるのだろうか。金属導体の中を電子が電荷と質量を背負って移動すると考えるのだろうか。科学理論には論理的矛盾が多過ぎる。欲望と権力支配とが哲学を忘却している。電気回路一つを取上げて考えると、益々理解できない疑問に突き当たる。解った心算でいても、不図気付く疑問が膨らみだすのだ。