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Yoshihira KANAZAWA について

金澤 喜平。昭和20年4月、京都府舞鶴市の溝尻海軍住宅(戸籍は巡洋艦:香取丸?)に住んで居た。舞鶴国民学校に4月、7歳で入学したが、入学者名簿には残っていないと回答を得た。新潟教育委員会での採用事務手続きが一切なし?

2022年(5) その他

2/16 技術開発とエネルギー効率
4/ 7 不可解な国際単位系ー[A]ー何故[J]が無いか?
4/10 単位系MKSAとMKSJ
5/ 9 日本雨蛙ー遊歩道で―
5/15 化学反応式の物理的不可解
5/20 重力に逆らえず
5/28 発電技術とエネルギー伝送空間
5/28 
6/29 この自然の心
7/ 4 小蟻の生態
7/ 6 二ホンカナヘビの生態
7/15 ホームランと縦波
8/ 7 選挙投票権と市民権と闇内地留学と給与
8/18 教育の現代性
10/20 歩んだ道は・・
10/24 WordPress 登録記念日
11/ 9 雷様?
11/11 小中学生不登校の原因は?
11/29 危うい原発運転期間の算定
12/ 1 磁気と物理学理論

2022年(4) 自然と科学論の間に

1/ 2 科学とは
1/11 大学教育とバンド理論
1/19 闇に一筋
1/22 会話の物理現象
2/ 5 滝と水源
3/16 有機と無機
3/20 不可解な学術論-アデノシン三リン酸-
3/22 論理性の欠落した科学基礎理論
3/26 体温と呼吸
4/ 5 あッ!-体温と電圧-
5/31 血液は何故赤い
6/ 2 赤血球が 謎運ぶ
6/ 7 アミノ酸と生命
10/27 翡翠 「新潟の石」へ
11/ 1 何故海溝は深いか?
11/ 8 呼吸の意味を問う
11/10 湯川秀樹 渾沌そして素粒子
11/14 エネルギー その不思議な物理量
11/14 鳥海山の山頂岩石を見て
11/27 『力』の概念
12/ 9 心に映る
12/10 エネルギーの姿・象
12/13 雷と電気回路の相似性
12/18 ありがとう 故郷の大河
12/26  驚嘆 樹木の化石

2022年(3) 光と基礎科学論

4/15 光の速度 
4/17 光の空間像認識
4/20 小部屋の照度とエネルギー
4/23 プリズムと光量子の分散
4/30 放射光の発生原因の不可解?
5/ 2 空はなぜ青い
5/ 5 光子 それは変幻自在のエネルギー
5/ 8 雷に感応して
5/10 天然の光と色
5/18 熱と光と温度
6/ 3 昼光の物理
6/10 色彩に誘われて
7/ 9 絵具の色即是空
8/ 8 落雷とアースの物理現象
9/23 光とエネルギー
9/25 温度計が計る物理量❓
12/23 光の振動数 その意味不明

2022年(2) 電気回路現象論

1/29 エネルギーの計測と物理概念
2/ 3 瞬時電力の具象解剖
2/13 エネルギーと電流
2/16 電気回路空間とエネルギー伝送特性
4/27 法則は思考停止の・・(オームの法則)
7/ 8 『エネルギー』それが物理量
7/28 電池の機能は何か
8/ 2 自転車発電機回路の哲学
8/31 電気回路の新基礎理論に向けて
9/ 1 銅損の物理
9/ 1 新電気回路理論
10/27 1[V]、1[A] の社会問題

2022年(1) 電子・電荷論と電気磁気学

1/4   整流機能要素の原理
1/6   太陽光発電の原理
1/20   『電子』の知覚機能と科学理論の論理
1/28   渦電流とは何か?
2/9   磁気(磁界)の本質
2/23  クーロンの法則の真相
2/25  陰極線とは何だ?
3/1   風に乗る 
3/4  電界に電子一つ
3/8   電磁気現象の真髄は磁極面に在る
3/11   磁界はエネルギー流の場
4/4  ダイオードのエネルギーギャップ
4/13   コンデンサと❓(+電荷)
6/14   原子と核分裂
6/18   量子力学に齧りついて
6/18   波はエネルギーの縦波だ
6/20   電磁場方程式の真相
6/23  原子・分子の結合原理は?
6/27  N極 S極がある訳じゃない
6/29  マグネット(エネルギー保持機能)
7/14  ダイオードのスイッチング機能とエネルギーギャップ(訂正)
7/22  ダイオードのオン・オフと回路条件
7/24  電磁界とは空間エネルギーの場
8/11  アンペアの法則と物理学理論
8/19  電荷 その虚飾性・魔術性
9/14  陰極線の物理学的実体
9/18  静電気とエネルギー
10/4  ダイオードの機能と空間エネルギー
10/9  熱電子と熱エネルギー
11/18 物理学理論(電荷と電圧)の論理性?
11/29 マックスウエル方程式とエネルギー波
12/3  磁気とは何か?
12/7  原子構造論 その虚像
12/8  電荷の定義?
12/20 摩擦電気?
12/27 電圧・電流 その意味不明

物理学理論 その教育上の要

(2023/01/08)。物理学は高等学校で学生に喜ばれているか?
 物理学を学習する目的は何か? 決して教科書の解説内容を覚えることではない筈だ。物理学理論、物理学の教科書の内容が子供達にとって授業で学習することが楽しくなければならない。その内容が適切なものであれば、決して現状のように人気のない授業科目になる筈はない。
 その原因は何だろうか。
物理学と言う教科目の目標は何だろうか。現在の教科書の内容は、物理学理論と言う歴史的発見・法則に込められた伝統的解釈法を理解することを求めているように思える。しかし、物理学と言う教科で学習するべきことは、自然世界の不思議な意味を理解し、その深い真理を日常生活の中に見る場面で、正しく感覚的に納得できる思いに至るように指導し、学習することではないか。


これは薔薇の花を見て、その色や形をどの様に物理的な現象と理解すれば良いか?身の周りの自然世界の色鮮やかな事は見れば分かる。その事をどの様に認識するかは、やはり教育の助けが有って正しく可能になる。それは子供達にも、学習することの大切なことは分かるだろう。光と言う自然世界の現象を、物理学理論で学習するとき、数式や過去の法則による解釈法の授業になれば、その時に既に子供達に学習する意欲を削ぎ、意欲を失わせる。それはおそらく、教育する側に自然現象を理解していない事が基本的に有るからだと思う。光の意味を、例えば振動数で hγ [J]  等と数式で解説されたら、その高等専門教育を受ける心算も無い者には、理解の仕様が無いだろう。
 光とエネルギー。
 光の特徴として、『虹』の色、七色を説明するとしたらどのように教えるだろうか?虹は確かに美しい七色である。しかし、光の物理的本質には、『色』は無いのである。それは人が観た色彩感覚による虹の観察色でしかないのだ。猫や犬、あるいはヒヨドリが虹をどの様な色彩で見るかは分からない。光には本質的に『色』は無いのだ。それは空間を流れる『エネルギー』の密度波でしかないのだ。『エネルギー』に色がある訳はない。『波長』や『振動数』に色がある訳はない。古い昔は、自然現象を見て、その不思議を解き明かすため、その現象の姿を先ず知ることを目的にしていた。『虹』のように誰でも見れれば、その色が七色であると知ることは当たり前だ。そこで、物理学と言う少し学問的にその現象の意味を理解する為に、空間の水分に依っての光の屈折現象の解釈を学習する。それはレンズでの光の屈折として重要な自然現象の学習内容である。波長によっての屈折に差が生まれる現象も物理学として重要な内容である。しかし、それと光の本質で『色』が無いという事を教えることがもっと物理学理論としての大切な指導内容である筈だ。人の色彩における感度も違う。『比視感度曲線』と言う意味が唱えられている。緑色は可視光線のほぼ中央の波長に当たる。人の視感度が厳密にその通りかどうかまでは筆者には確認できない。レンズの曲面で、光は波長によって屈折に差がある事も物理学理論で学習する。その理由を物理学でどのように教えているか。光が『エネルギー』の空間分布密度波だとは教えていない筈だ。光が波長で異なる色に見える訳は『何故か?』にどう答えているか?それは日常生活で、誰もが理解できれば一つの学習する事に意欲が沸くと思う。本質的に光には色が無いのに、どの様な目と脳の色彩感覚で、色を認識するのだろうかと抱く疑問の大切の事を認識して欲しい。眼球の網膜は曲面をしている、そこに像を結ぶ物理学理論の光のレンズでの屈折現象の解釈にどのような学習効果が有ると言うのか?写像曲面(網膜)に像は結べないと物理学理論で学習して居る筈だ。理論が日常生活での自然現象の理解に役立ってこその教育であろう。
 
 薔薇の花弁を見て、その色がどの様な物理現象の結果として、入射光から反射光に波長が変り、人がその色を認識するか?その自然現象の仕組みが考えられるような物理学教育であって欲しい。薔薇の花弁に入射する光は無色の光だ。光に色が無いから対象からの目への入射光の邪魔にはならない。光の『波長』と言う物理学理論での解釈の意味は何か。空間を光速度で伝播する光の、一波長の空間像を『何の波長』、物理的空間の実体の『波長』として解釈しているのか?そんな日常生活上で疑問に思う時の、理解に役立つ物理学理論の教育であって欲しい。
 最近のコメントに、自然と言う世界 (2021/03/29) があった。

基礎科学研究とは

 自然科学と言う分野は医学系はじめ物理学、化学そして工学さらに数学と多くの専門分野に分かれている。その中に、自然哲学とも呼ぶべきか判然としないが、上の自然科学の分野全体を統合して論考するような意味で捉えるような総合科学論が
必要ではないかと考える。それが本当の基礎科学論と言うべき分野ではないかと考える。
 現在の自然科学と言う分野はそれぞれ極めて狭い専門性に特化した分野で、それらの全体を対象として研究する総合科学研究は無いようだ。それに近い研究分野が前出の自然哲学になるかも知れない。
 そこで、『電荷』とは何か?素粒子とは何か?など、自然科学論の基礎概念について論究されれば、それが真の基礎科学研究と言う分野になろう。その基礎科学論と言える分野は見渡しても見えない。科学リテラシーとして世界の科学論と成っている科学常識からはみ出さない限りは真の基礎科学論と言う分野とは言えない。
 一般の現在の自然科学研究の分野では決して『電荷』の否定論は出てこない。真の基礎研究とは経済的利益を目標にした競争的研究には馴染まない分野と心得るべきものだ。それこそ、学術機関、大学内で取り組むべき研究対象の筈だ。先端研究として競争する研究内容に類する分野に成らない、真の基礎研究の分野であれば、企業では決して許されない研究内容だろう。それは決して経済的利益を目標にした研究ではないから。
 『基礎科学』とは何だろう (2010/11/02) もそんな研究の分野になるかも知れない。『我』とは何か❓ (2021/10/14) で関連記事をまとめた。内容は素人の疑問の羅列のようにも思えるかもしれない。己自身の体の生態現象も分からず、呼吸が具体的にどのような機能を果たしているかを知りたいと思った。神経伝達信号は『エネルギー』の波の波形が支配している筈だ。その信号の基は身体に分布した『エネルギー』であり、それが体温であろう。そんな研究対象の分野も基礎科学研究になろうと、呼吸の意味を問う にまとめた。
 脳の働きには多くの『エネルギー』を消費する筈だ。それも電気回路現象と同じで、『エネルギー』の供給源が『電源』と『赤血球』の違いとなっていると考える。決して自然世界に実在しない『電荷』や『電子』が『エネルギー』の供給機能を担えないと同じく、『何とか三リン酸』が担えない筈だ。そんな科学論全体を統合して考えると、科学研究の専門分野化した競争的研究だけでは、科学界は未来に対しての社会的責任を果たし得ないと危惧せざるを得ない。『科学基礎研究』という意味について考えた。

自然と科学理論の狭間で

謹賀新年。
昨年暮れに、光の振動数 その意味不明 や電圧・電流 その意味不明 を投稿した。
 光の振動数 も 電圧・電流 も どちらも、科学論に関われば、誰もがその基礎的用語として良く知っている筈である。しかし、良く知っている筈のその意味がどの様な自然世界の物理量(自然世界の量)を捉えた科学技術用語かを、どれだけ簡明に解説できるだろうか。その説明・解説が、抽象的な、専門学術集団の特殊解釈用語を用いて説かれると、それは専門家の学術理論を鵜呑みにした、理論の本質を自分で検証する訳で無しに、権威ある理論の科学者集団の共通な認識体制に迎合した、受け売り解説でしかない。それが IT の情報として、如何にも科学常識論法としての、科学論の教育者らしき解説が溢れている。確かにそれは科学者が解説した科学論の内容でもあり、教科書の解説内容であるから止むを得ない事であれば、未来に向けて如何ともし難いジレンマに戸惑うのみでもある。
 今日のコメントで、 電気エネルギーの測定法(電流と電力) が挙がっていた。2年以上前の記事である。読むと良く説明してある。『電荷』も『電子』も自然世界には実在しない基本的視点での解説である。
『電界』も物理学理論では、『電荷』が空間に存在することで、その周りに『電気力線』が発生して、その線束のその考察点での通過面密度
 E=Q/4πεor² [V/m]
ただし電荷をQ[C] とする。
ここで、自然世界に『電荷』など実在しないのであるから、その『電荷』Q[C] とは一体自然世界の何をどの様な意味で捉えた概念か?を見極めなければならない事だ。それが物理学理論の担うべき、自然世界の真相を解明する学問としての役割だ。新しい概念を創り出すことは、自然の世界の真相から懸け離れた人間の特殊な解釈を付け加えるだけで、自然世界の統合的認識を困難にする。
 そこには『エネルギー』の光速度流を基本に据えた、単純さ、純粋さの認識が欠かせない。そこで、『電荷』Q[C]とはどの様な物理量・自然量かと言えば、
 Q[C]=Q [√(FJ) ]
である。結局『エネルギー』の次元ジュール [J] の平方を概念化した解釈量となる。それが科学技術概念系のMKSA単位系に対する、自然系のJHFM単位系 となる。
 だから、電圧ボルト [V] は『電荷』に因る概念量ではなく、空間の『エネルギー』量 δ[J/m]がその空間構造の線路長単位長さ当たりの誘電率(静電容量)C[F/m] によって決まる。即ち、
  V =√(δ/C) [V=(J/F)^1/2^]
である。『電流』も電線内部を流れる『電荷』と言う技術概念は、自然世界に無い、従って物理学理論としての眞相とは成り得ない技術概念量であったのだ。だから、電線路で囲まれた空間構造の誘導性特性、インダクタンス L[H/m] とそこを光速度で流れるエネルギー流 δi [J/m] によって決まる解釈概念量を、次式のような意味を定義したものであったのだ。電流は次式の概念量
  I = √(δi/L) [A=(J/H)^1/2^]
である。
 この意味・概念はあらゆる科学理論に繋がった未来の基礎認識となる筈だ。

電圧・電流 その意味不明

光の『振動数』 その意味不明。と記事にした。

突然300件のアクセスがあった。

自然現象としての光の意味が、専門的な解釈では一般の科学リテラシーとしてとてもあやふやなものに思える。

それは自然世界に『電荷』など実在しないにも拘らず、原子理論の『電荷』構造論はじめ、全てで基礎科学論の根本概念となっている。

『電圧』や『電流』の物理学理論ではなく、自然現象論としての認識が、論理的な解説が不明のままである。

科学者の、教育上の社会的責任問題である。高校生が理解できるように『電圧』とはどの様な物理的意味か、また『電流』とはどの様な物理的意味かを御解説いただきたい。