紹介

(2019/11/24)追記。ずーと気掛かりであった。すべての原因がこの途方もない日本政府による国家犯罪に在った。共謀罪は法の押しつけ (2019/11/24).

(2019/10/09)追記。 思い出した、ここにもあった忘れて過ごすお恥ずかしい天下御免の不祥事「新潟県道の用地事件」。昭和62年(1987)秋の事。千葉県館山市の国民宿舎で電気学会電磁界理論研究会 (金澤喜平:電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察 資料番号:EMT-87-106.(1987.10) で電荷と電流概念の棄却を発表するため)に参加した。研究会に参加と言っても、電磁界部門などに過去に参加したこともなく、知り合いなど誰もいなかった。覚えている事は、発表会場入り口で、九州大学の青木先生に名刺を渡した。古い長岡技術科学大学 工学部 電気・電子システム助手の名刺。その春の辞令に従っての行動だから。その時の驚いた先生の顔を覚えている。発表部門が全く違い、しかも今考えれば、助手で転勤できる訳がなかったのだと。しかも資料の著者は自分一人の名前だ。そんな混乱の意味の分からない中で、夜の広間での夕食時に、突然館内放送で呼び出しがかかった。家からの電話だった。新潟県の職員が訪ねてきて、印鑑を押して欲しいと言っている。との話であった。何の話か理解できなかったが、困っているようだったので、了解した。しかも突然の食事の最中であった事で驚いて、慌てての早まった失敗でもあった。その件は一切忘れて過ごした。先日、新潟県道の策略と言うタグが出て昔のことを思い出した。大学での訳の分からない中で彷徨いながら、研究だけを頼りに我慢して過ごしていた。大学を離れて、多分平成になってしばらく後に、十日町市の法務支局で、土地台帳の地図を調べた。自己名義の土地が真ん中を分断されて、県道になっていた。一切県の職員と会ったこともない。ましてや契約をした覚えも、土地の用地代金も受け取っていない。思い出せば、1987年10月の館山の夜の電話がその意味だったのかと。その土地に関して、今でも踏み倒された用地上の県道が通っていると思うと人生丸ごと踏み躙られ続けているようだ。何故こうなったのかとても理解に苦しむ。当時の知事が総務省・地方自治省・内務省の関係で抹殺の行政とみる。戸籍(昭和24年4月作成?)の附表戸籍筆頭者(父 金澤好明:横須賀鎮守府(志願兵時)軍艦「多摩」の専任クルー(船長救出の))の頭の『亡』の字は何(ミズリー号無条件降伏日本代表団の送迎ボートクルーと終戦後処理業務についたことで死亡扱いになったのか)を意味するか?新潟県教育行政の過去と未来―犯罪?ー

(2019/07/03) 一応関係登録学会。日本物理学会(正員)。日本サイエンスコミュニケーション協会(正員)。

(2019/07/02)追記。これが自分に対する日本の政府犯罪(長岡警察署)の姿である。実は一昨日の6月30日、長岡駅西口のイ―プラザの駐車場を利用した。100円以上の買い物をすれば、3時間の駐車が無料に成る。駅での用を済ませ、その駐車料対策の為一階の地域特産物の売り場で妙高特産の『かんずり』を買おうかと立ち寄った。すると、一人の男が傍に来た。買わずに離れた。その男はその一階中広場に居る係員であった。自分が所謂『万引き犯人』として監視対象に選ばれていると分かった。その原因は過去に在る事件での警察の関わりにある事に基ずく、『人権侵害捜査処理(アンモニア脳症)』に因る事はハッキリしている。その犯罪の公的機関に対処する方法は何処に在るか?しかし相手が勝手に作り上げた『人権侵害』の顔写真をどのように社会的に『正義』を日本に取り戻すかは、日本政府の問題であろう

過去からの長い政治問題でもあろうと考える。結局本屋さんで、無いだろうから注文しようとしたら店員が探してくれて、『ローソクの科学』岩波版を購入した。これからもずっと顔写真で、日本社会で『万引き対象者』の『人権侵害』状態に在り続けるのか。30年前の『自動販売機』での100円投入に対する、電源遮断事件。2回(1983年秋?長岡市釜風呂近く、1984年頃長野県の県境)ほど、100円が販売機に盗られた。(思いだしたら昨年2018年長岡市美沢のコインランドリーシャボンで同じように電源遮断で100円取られた。)それは大学問題に端緒を持つもの関わるもののようで、すべての行動を監視している、飛行機、ヘリコプターなど卑劣な人権侵害政府機関の所業。

(2019/06/08)追記。毎日が本人の知らない陰で、何を画策しているか薄気味悪い日本闇世界。考えれば愚かな自分。昭和39年以降、新潟県教育委員会、長岡技術科学大学更に長岡工業高等専門学校と職場を渡り歩いたと思っていたが、それも勘違いであったとお恥ずかしい限り。人生も出処進退極まって振り返れば、何処でも採用事務手続きをしたことがなかったことに気付いた。特に昭和39年新潟県の教育委員会あるいは県庁に全く行ったことがない。事務手続きも採用通知も全く無かった。新潟県教育委員会の教職員の管理台帳も管理番号も無い筈だ。結局、労働基準法のよれば、アルバイト勤務だったとしか思えない。学校の教員は『公立学校共済組合』あるいは『文部省共済組合(昭和年間の当時)』に加入するに当って、加入の事務手続きで書面を作り提出する筈だ。それらの手続きも一切した事が無い。年金の手続きもしたことがない。新潟県でも長岡技術科学大学でも、また厚生労働省長岡年金事務所でも、厚労省職員が書類を勝手に記入し、本人はあらゆる事務書類の記入を阻止されてきた。何処に出処進退の道が有るのか。舞鶴鎮守府。京都府舞鶴市字溝尻、海軍住宅(1939/12/01 舞鶴鎮守府へ戸籍転籍) がすべての原因であるとしか考えられない。何時舞鶴鎮守府から戸籍が戻ったかの記録がない。こんな事は日本の人事行政が憲法違反としか言えない。

(2019/05/29)追記。最近闇の声が聞こえる。昭和33年4月長岡赤十字病院に入院した。家で浪人生活し、練炭炬燵で冬を過ごすあいだに多分亜硫酸ガスで中毒症状を来たした。頭痛が酷く止むなく病院に入る。香曾我部先生は若くて素敵な方だった。大変お世話になった。しかし亜硫酸ガスの話はした記憶がないので、先生も原因も分からず、神経衰弱と診断されていたかと思う。大学入学後から仕事に就いてからも頭痛は続いた。煙草で少し紛れた。そんなことが相当意味を持ったようだ。しかし、その入院時に、何故かドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」「罪と罰」あるいはトルストイの「アンナカレーニナ」などの大作を読んだ。それまで小説など読んだことも無かったのに。長岡市のスズラン通りに在った「神保毛糸屋さん?」にはよくお邪魔させて頂いた。

(2019/05/28)追記。消された過去の中の一つ。電話番号 0258-36-6899 は何処へ消えてしまったのか。

(2019/04/18)追記。今日も青空に飛行機雲で『×印』。一体何の意味か薄気味悪い。これもいつもの飛行機(自衛隊機か?)による政府の連絡指示行為か。昔のことで気掛かりが有る。昭和35年の秋。大学の先生のアルバイトをした。新潟市の山下地区で、アイソトープによる地下深くの地質調査の手伝いであった。後日、アルバイト代の支払い通知により、六花寮への通り道の西大畑にある『日銀新潟支店』で受け取った。今でも不可解な『日銀支払い』であった。

(2019/04/16)追記。溝鼠の声がする。ズーット前から聞こえる地名が有る。浦川原村。柏崎。悠久山。柏崎は誰か関係者の住んでいるところかとも思うが不明?悠久山は桜の根性の記事かブランコの絵の話か意味不明。何処の溝鼠か正体不明だ。

(2019/04/03)追記。前からとても気になることがある。日本の行政の全てに。何か竹下内閣で約束があると闇の声がしたが、当該の本人は意味を知らない。それとは別に特に長岡法務局、長岡検察庁さらに裁判所、長岡警察署など法律の番人が裏工作で犯罪機関に思える。考えれば、昭和39年から厳密には無職の旅人であったのだと。やはり舞鶴鎮守府が人生の起点になっていると。法律による踏みにじられた生きざまは過去に帰れない。舞鶴鎮守府と言えば、家族には気違いと罵られる。

(2019/03/26)追記。闇の声がした。「それで主任とはどういう事か?」といぶかる声がした。はて何のことかと思案して、思い付いた。新潟県立新津工業高等学校、電気科主任のことかと。確かに何時からか電気科主任となっていたようだが、県教育委員会から任命書(?)など頂戴したことはない。だから、正式な主任ではなかったことに成るか?当時は教職員組合の力が強く、各科で主任を選ぶ方式で決まっていた。だから形式的であって、県教育委員会が決めたものではなかったかも知れない。然し資料が手元に残っている。自分の最後の三カ月分の給料表と主任手当の表がある。右に主任手当の資料の一部を示す。受領印も無いが、振り込みは労働金庫 本店となっている。自分の給料表は銀行振り込み先が無く、受領印蘭に印鑑が押してあるから現金の受け取りであったと思う。銀行通帳は作っていなかった。もう一つ思い出した。3月の最後に新津の労金支点でこの主任手当を振り込んだ覚えがある。もう一つある、何故4月分まで支給となっているのか。どう言う意味か腑に落ちない。闇の声に答える心算で記した。

(2019/01/28)追記。天か地獄の声(復命書)が数日前に何処からともなく降って聞こえた。こういうものを幻聴・幻覚と世間の常識は言うのだろう。それは精神病患者として精神科医療で判断する根拠である筈だ。それは気掛かりな30年も支配されてきた飛行機、ヘリコプターの脅しなどの、その一つでしかないが。『復命書』とは何じゃと辞書を調べたら、復命とは「授けられた命令を果たして、その始末を上申すること」とある。考えてみたら、一体「出張届け」や命令を受けたという記憶が無い。ましてや『復命書』など出した記憶が無い。記憶にある「命令」は新潟県教育行政の過去と未来-犯罪?-に記したような知事部局の命令(今でも不可解だ。新潟県知事部局から直接自分の自宅に封書で送られてきた。教育委員会の命令でなく知事部局から極秘扱いでの命令だった。勿論表向きは学校長にも秘密と言う今になって見れば如何に教育の独立性を侵した行政介入の犯罪性の高い命令であったかと思う。しかも計画を新潟旧県庁の前の喫茶店で、阿部指導主事から訪問高を具体的に指示されるという命令)は確かにあったがそれは落とし穴工作でしかなかった。その県外高校、5校ほどの決められた訪問実施後の復命書は出していない。ただ、その報告については教育委員会事務局に呼び出され、大西厚生参事と阿部英一指導主事の前に立たされて、質問を受けてお答えしたことは確かに覚えている。お尋ねした県外高校で頂いた名刺を提出するように命令を受けたが、一部は出さなかった。その対応が『復命書』の法的意味なのかと今思う。確かに考えてみれば、昭和44年10月(1月は東大安田講堂の闘争事件があった年)からの半年間の内地留学についても、届けも許可書も復命書も提出した覚えが無い。昭和62年春の『静電界は磁界を伴う』の電気学会全国大会への出張届(長岡工業高等専門学校、しかしすでに前々年、4月に長岡技科大から転入し、7月1日付け助教授の辞令を受けた、その昭和60年(1985)7月に履歴で以下余白と所属が消えていた)も、また長岡技科大でも提出した覚えが無いから勿論『復命書』も知らなかった自分のお粗末の次第である。今でも恥ずかしいような禪と科学の記事がある。前に「影武者」という映画があった。すべてが影の隠された姿で、自分の存在は影武者のように扱われ続けているようだ。これを人権侵害と言う意味かと考える。そんな日本なんだと諦めざるを得ないのか?

(2019/01/15)追記。歌が流れる。誰かがきっと・・シンデレラさ、幼かったと・・と愚かさが謳われているように時間が過ぎてきた。 『特殊相対性理論』は詭弁論などから始まって、昨年はプランク定数の概念(2018/07/17)になった。少しは科学論が出来る場に参画したいと思いつつも、職歴も満足でなく、生活の仕事も無いままではなかなか無理と諦めてきた。ハローワークを尋ねても相手にされない。困ったものだ。(2019/01/16)追記。 『静電界は磁界を伴う』の解説 は30年前の自分でさえ驚きの科学理論の根幹否定の旅立ちの原点を記したものだ。電気磁気学の理論の矛盾を述べた記事が何故か読まれている。ある方が矛盾の科学と指摘された意味もここに通じるかと思う。

(2018/12/22)追記。年月を追うごとに愚かな過去を知る。山の木霊などを書いた。何の経済効果も無く、生活の糧にもならない。政府はそんな研究など意味を認めないだろう。自然界の真理などが何の意味があるのかと自己否定に陥る。それでも、愚かさを曝しながら生きなければならないのか。政府・内閣の『特定秘密保護法』の対象の犠牲なのか?飛行機を飛ばされたり、ヘリコプターで脅されたり。本人の知らない陰で、一体何を政府はやっているのか?最近とても気掛かりのことがある。電気学会の入会と会員資格についてだ。一体何時入会し、何時退会したかを考えるとすべてが幽霊会員で過ごしていたようだ。会費を納めた記憶が無い。会費の請求を受けたことも無かったことに今頃気付いた。もう一つある。昭和63年8月1日に、長岡技術科学大学での給与振り込み銀行通帳が職権により(住所変更で)切り替えられた。過去のつながりが消えたのかその翌月9月にはカードでの引き落としが拒否された。元々昭和55年まで新潟県での給与振込通帳が無かった。昭和39年新潟県から採用通知も、採用事務説明も受けた事が無かった。その1月中頃、新津工業高等学校(田中敏夫校長)に前以って請求された『戸籍謄本』を持って説明を受けに行った。そこで『電子工学』の授業をするように話があった。それきり新潟県から何の採用事務連絡も無かった。無知のまま4月1日に長岡駅始発5時55分発の電車で学校に行った。全く県からの採用辞令も採用連絡も無しにだ。これ程愚かな自分だ。学校では義務教育で、公民としての個人の人権と政府権力機関との関係や、戸籍の意味などさえ教育を受けた覚えが無いから、労働基準法も採用事務関係も何も知らずで人生が終わりになる。日本政府の裏の意味が見えたのが『中曽根臨時教育審議会』の抹殺対象であった事を、ズート後で知り、舞鶴鎮守府への戸籍転籍(昭和14年12月1日)、その後に帰還記録なしの戦後処理が大本にあったことである。この人権侵害状況をどうすれば消せるのか?思考の万引き日本。

(2017/07/19)追記。ここ2,3年少し電気回路の問題を取上げて来た。電気工学問題であるが『電荷』概念棄却の上に立つ解釈の問題であれば、新しい電気工学の世界かもしれない。昔所属していた電気学会も己の未熟な社会性から疾うに除籍され(平成3年4月の幽閉された中で「光相対速度」の確信を得た頃-『特殊相対性理論』の詭弁性を確信した頃ー)ることになった。本当にご迷惑を掛けてしまった。次に日本物理学会に入会させて頂き、御迷惑を掛けながら発表させて頂いた。しかし今日まで何の実績も上げたとは言えずにいる。具体的な生活能力も示せず、社会的半端者の姿を曝している。何の進むべき手掛かりも(書ける職歴も)ないから。ただこの30年間の思いは自然科学全般に対する自分なりの成果を上げたと胸に秘めてはいる。その新しい自然世界を語りかけるネットでなく、人との対話が望みだ。しかし、社会的な実績がない身であり、家族には科学が理解できない世界だから、科学に関係する場に出かける説得力が無い。

昔の研究者番号(?)が二つある。金澤 喜平:ID900….15と金沢 喜平:ID9000…91。その番号が何故あるかも、その意味も知らなかった。

土地登記簿台帳も金沢とある。法務省の管理である。個人情報、人事記録は戸籍名とする事に決まっている筈だが。「サトウキビバタケ」にあるようにザワ(沢)ワ、ザワ(沢)ワと歌にもある戦場に倒れて死亡した意味か。

(2013/09/15)追記。文末前の段に義務教育に関する日本政府の違法処理の実態があると解釈した記事追記。内閣はどんな対応をするのだろう?昭和63年12月16日法律第95号 行政機関の保有する電子計算機処理に関わる個人情報の保護に関する法律 が成立。総務省管轄下の法律であろう。この法律に基づく個人情報で、私こと金澤喜平に関する記録が存在しないと観なければならない。日本政府犯罪のまま現在の至っている。内閣、新潟県行政機関の県庁、新潟県警察本部、長岡警察署、長岡検察庁、長岡市役所など全てが犯罪行政の中にある。私の個人情報として守るべき情報が政府機関の根幹に何も無いように見える。(2014/09/11)追記。人生の不可解を背負って旅立ったのが昭和63年秋の事であった。アジア太平洋戦争の敗戦とともに、父が昭和20年9月2日ミズーリ号への無条件降伏調印式日本代表団送迎ボートクルーの任務と共に、抹消戦後処理の日本政府犯罪(日本国憲法下での昭和24年4月戸籍処理・人権侵害)。ここに不可解の原因の存在を(平成5,6年頃に)知って、旅立ちに心に決めた「科学革命」への思いを公開して来た。固定ページの帆掛船ー面舵取舵梶の跡ーに公開内容をまとめた。

時代に取り残されて、帆掛け船で『科学漫遊の旅』を続けている。旅の一駒一駒に万感の思いを残して。最終学歴、新潟大学工学部電気工学科1960年入学、「六花寮」で1年過ごす。1964年卒業。(2015/04/02追記。新潟県教育委員会に採用されたと誤解していた。採用事務に関する一切の手続きも無かったことに気付いたのがすでに還暦を過ぎてからであった。)東京工業大学電気工学科『宮入研究室』で宮入庄太先生に、大学紛争の頃、半年間『内地留学(新潟県教育委員会の闇処理で文部省無関与)(半年間所属機関から離れていたのだから、履歴に記載されている筈ではないか?全く記録が無い。宮入先生から、研究補助も無いと言うことだったのか尋ねられた記憶がある。)』でお世話になった。#(2015/07/07)追記:思い出せば愚かな己だ。その時の半年間の住所移動の届けもしていなかったようだ。元もと戸籍とか住民票とかの行政事務手続き等の『市民権』の意味を学習した覚えがなかった。要するに行政と市民の関係も何も知らなかったお恥ずかしい限り#その偶然がパワーエレクトロニクスの世界に目覚めさせてもらった。その後、電力技術、特に静止電力変換技術を研究分野として過ごした。新潟県立新津工業高等学校16年間の電気科幽霊(新潟県教育委員会の採用辞令無し)教員。

(2013/01/31 追記)新潟県は私の無知をいいことにして、退職金の支払いも無し。頂戴していない(2019/01/28追記)2017年7月頃、長岡技術科学大学の電気科事務室を尋ねた。庶務課の職員から退職金は支払ってあると告げられた。家に帰って受け取った履歴を確認したら確かに1000万円程の退職金支払いと記されていた。誰がどのような訳で文科省事務処理をしたのか理解に苦しむ。(2016/o7/14)追記、転勤でなく『願いにより職を免ずる』《新潟県教育委員会あてに『長岡技術科学大学に転勤したいので辞職(退職と辞職の用語の意味の違いも知らない)を願います』に対して》となっている。ところが長岡技術科学大学では、繋がりの無い関係の中で全て退職金は支払われた事になっていると言う。私は一切関係した覚えがない。『どうしたもんじゃろかの?』こんな恥は書きたくなかった。教育委員会か、新潟県行政教育長か分からないが、自分の愚かさに呆れる。退職当時は、君知事、金子清副知事(長岡技科大の参与兼務、自治省天下り)。この辺に人事問題(職歴、人事記録がどこの行政機関にも無い。厚生労働省にも記録が無い。みんな舞鶴鎮守府が原因のように思う)の原因が有ろう。新潟県教育行政の過去と未来ー犯罪?-『以下余白』の不覺(追記)。(2015/07/07)追記。以下余白の意味が少し分かったようにも思う。自分が教育職としての常識に欠けていたから、最初から資格無しと判断されたかもしれない事に気付いた。高専で授業を担当したのに、『閻魔帳(成績記録簿)』も作っていなかった。授業に『出席簿』も持って行かず、出欠席もとらなかった。それを最近気付いた。誰も注意しなかったから意識していなかった。高等学校での方法はすでに忘れていた。恐ろしい無能資格を曝していた。規則規則の法律から外れていたようだ。しかし、それは舞鶴鎮守府への戸籍転籍(軍歴表による。昭和14年12月1日阿部信行内閣、貝野村南雲村長時に)から戸籍の帰還がされていない(昭和24年4月下旬吉田内閣時、軍歴部分が全て戸籍上から抹消、戸籍糊付の偽装戦後処理)。日本政府の日本国憲法から観た戦後の事実抹消処理の違法人権侵害に比べれば、それ程の問題でもなかろう。眞實・真理に関わる基本の原点が自己認識の混乱の基になっている。もう一つ不可解な不思議を記そう。丁度20年前の平成7年7月8日(月)、霞が関の外務省にお邪魔した。受付簿に名前を記して、外務事務次官に逢いたいと告げた。しばらく待つと、どうぞ4階に行ってくださいと言われた。初めての事ながら驚きつつも、案内も無しに一人で4階の事務次官室らしい部屋に入る。ひっそりとして誰も居ないようだった。一人タナベと言う人が話を聞く対応をした。しかし事務次官に逢うという話も忘れて、何か準備して持って行った文書を渡して話をしたが、何を話したかも忘れた。まさか5階に行けなどと言われるとは考えていなかったので、びっくりして意味もない訪問で終わった。しかし,なぜそんな対応を外務省が採ったのか勘ぐれば、『ミズリー号への日本代表団の送迎ボートクルー事件』と戦後処理事件が原因か。

長岡技術科学大学および長岡工業高等専門学校(文部省管轄の国立)での『魑魅魍魎の教育環境現場』(禪と科学)を経験して、地獄の中で会得した世界を公開投稿している。技術屋が性分に合っている。殆どペンチ、鋸、ドリル盤を通した日常作業から身に付いた感覚から世界を観る思考が基本に成っている。第2種電気主任技術者免許(1970)。論文 金澤他:電圧形PWM変換器を用いた瞬時無効電力補償装置の動作解析と設計法 電気学会論文誌B 106.323 (昭和61-4)等。技術感覚から見る『物理学』の世界に矛盾の多いのに驚く。(2011.08.04 追記)  今思う。研究分野の電力技術から全く専門外の『電気磁気学』の授業を高等専門学校の電気科4,5年生に教える破目になった。その中曽根臨時教育審議会の抹殺対象人事に選ばれた理由を調べ上げるに10年程の歳月を要した。電磁気学の授業を通して『現代物理学』の根本的矛盾を悟り、その意味を広く世界に届けなければと重い覚悟をした。己の存在の意味、自己確認で辿りついたら「太平洋戦争の傷跡」であった。軍歴表が暴露するー日本の日本人に対する戦争犯罪ー なんで自分の誕生日が軍歴表に記載されなければならないのか?軍歴表は政府機関の公式記録である。(1943.12月-1945.8月京都府舞鶴市字溝尻海軍住宅に住む。1944.2.7. 戸籍船 巡洋艦香取丸被弾沈没、1944.3.31.船籍除籍)の隠蔽偽装に隠されていた戦後処理の闇事件を知り、無知の恐ろしさを覚えた。恥の人生を日本物理学会での講演発表に曝しながら来た。電荷概念の棄却、電流概念の矛盾を『現代物理学理論』の大矛盾として考察を多面的に公開している。追記:生れは新潟県中魚沼郡貝野村姿。その後、長野県下水内郡栄村柳在家および新潟県中魚沼郡鹿渡の日本発送電株の社宅住い。平成5年5月末に舞鶴の足跡を尋ねた。①が丁度住居の海軍住宅で、その取り壊しの最中であった。前以って、自衛隊に届けてから行ったので、急遽証拠隠滅の作業だったのだろう。溝尻海軍下士官住宅

その近くに防空壕があった。小さな川の橋を渡って、終戦間際は毎夜の如く警戒警報のサイレンで、防空壕に入った。尋ねた時にはすでに防空壕の跡は無くなっていた。橋と防空壕その山が②である。

舞鶴国民学校入学から貝野村立貝野中学校卒業の義務教育に関して 昭和20年4月、(?)舞鶴国民学校入学。東舞鶴国民学校の便所④がその入学した国民学校のグラウンドである。当時のままの屋外便所が残っていた。傍に小川が流れており、治療をしてもらった矢野歯医者さんがあった。尋ねたら、奥さんが居られたが、歯医者はやめていた。

舞鶴溝尻海軍下士官(塀なし)住宅と足跡(既に削除) に当時の思い出を辿った記事(2012/09/ 追記)。昭和20年8月に帰郷した。帰郷途中は混乱の列車で、窓から乗り降りする様であった。敦賀で列車の乗り継ぎとなり、満天の星空に見える光景は街が全て、焼け野が原の惨憺たる夜景であった。父が戦後処理に携わることで、帰郷できず軍の関係で仕事があると言われていた。父の居ないまま学校にどのような手続きで行く事になったかは不明だ。貝野小学校。貝野中学校卒業(羽鳥隆二学級担当は、小学校3、4年(?)時も、中学校卒業時も共に担任である)。新潟県立十日町高等学校卒業(卒業アルバムも無い学校だった。自分だけなかったのかもしれない)。

(2012/11/10) 追記。長い旅は「科学漫遊の旅」と『自己確認』のそれである。自分の人生の意味を知る事がこんなに困難であるとは知らなかった。11月8日にパスポートを受け取る。自己確認が目的であった。しかし、政府や市役所さらに新潟県等で保有する個人情報の内容(何も無い事実も、隠蔽・偽装処理も)をその本人が知り得ない事が多過ぎ、勝手に工作・処理されている恐ろしさを知る。私は何者でしょう(2)氏名と長岡市政責任 私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府 に固執する自己の精神の安定をどう解決するかが宿題として残る。

雨蛙ーその謎ー 日本雨蛙 。雨蛙に支えられても来たようだ。物理学矛盾だけが自然科学の問題ではなかった。こんな自然の生命「雨蛙」の日常の生態さえ、誤った認識が自然科学の実態である。専門家が間違っている

スマートガバメントとマイナンバー制度(2015/04/02)追記 今年(2015)10月国民すべてに12ケタの番号が通知されるらしい。国勢調査(舞鶴鎮守府問題を知ってから提出を拒否している。どうなっているのか?)も秋に有る筈だ(この時初めてインターネットで応じた)。民主主義国家であれば、国民一人一人が制度の意味を理解し、その個人情報に対して行政機関の保有する内容と自己の知る内容との整合性を確認する権利が最大限保障されなければならない。自分の過去に対して、不可解のままでは制度の正当性は無い筈だ。職歴に関する記録を書けない『以下余白』の不覚をスマートガバメントにどう整合させるか。

(2018/06/26)公立学校共済組合および文部省共済組合の加入歴が無い。はじめから教員の職歴が無かったように思える。貝野中学校卒業前の3年生の秋頃と思う、教室で駐在所の警察官と担任が居て、全員の両手の『指紋』を採取された。そんな憲法の意味も無く、戦前の国家統制の意識のままの遠い過去の時代であった。(2018/11/24)健康保険証は身分証明書か

紹介」に4件のコメントがあります

  1. トモタカ 様
    コメント有難うございます。
    保坂村長は知りません。戦後も誰かは調べていません。ー南雲―保坂―?-吉楽ーですかね?

  2. 『この地球に山や森は存在しない』はこれまで思いもよらななった視点ですが、大変説得力があります。YouTubeで知ってから諸々調べているうちにこちらにたどり着きました。こちらの論考はまだいくつか拝見しただけですが、折を見て勉強させていただきたいと思います。

    ところで貝野村の戦中の村長は保坂という人だったことを覚えておられますか。

  3. 板谷 直樹様
    とても貴重な資料をお届けいただき本当に有難うございました。このビデオの関係から 石の囁き 聞こえますか の記事も多く見られております。ご返事もしないで長く過ぎてしまいました。有難うございました。

  4. はじめまして。「柱状節理とは何か」興味深く読ませていただきました。デビルズタワーなどは巨木が化石化したものと唱えているロシア人がいます。時間がなければ後編からご覧になってみてください。

    『この地球に山や森は存在しない』 (前編)

    『この地球に山や森は存在しない』(後編)

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