基礎科学研究とは

 自然科学と言う分野は医学系はじめ物理学、化学そして工学さらに数学と多くの専門分野に分かれている。その中に、自然哲学とも呼ぶべきか判然としないが、上の自然科学の分野全体を統合して論考するような意味で捉えるような総合科学論が
必要ではないかと考える。それが本当の基礎科学論と言うべき分野ではないかと考える。
 現在の自然科学と言う分野はそれぞれ極めて狭い専門性に特化した分野で、それらの全体を対象として研究する総合科学研究は無いようだ。それに近い研究分野が前出の自然哲学になるかも知れない。
 そこで、『電荷』とは何か?素粒子とは何か?など、自然科学論の基礎概念について論究されれば、それが真の基礎科学研究と言う分野になろう。その基礎科学論と言える分野は見渡しても見えない。科学リテラシーとして世界の科学論と成っている科学常識からはみ出さない限りは真の基礎科学論と言う分野とは言えない。
 一般の現在の自然科学研究の分野では決して『電荷』の否定論は出てこない。真の基礎研究とは経済的利益を目標にした競争的研究には馴染まない分野と心得るべきものだ。それこそ、学術機関、大学内で取り組むべき研究対象の筈だ。先端研究として競争する研究内容に類する分野に成らない、真の基礎研究の分野であれば、企業では決して許されない研究内容だろう。それは決して経済的利益を目標にした研究ではないから。
 『基礎科学』とは何だろう (2010/11/02) もそんな研究の分野になるかも知れない。『我』とは何か❓ (2021/10/14) で関連記事をまとめた。内容は素人の疑問の羅列のようにも思えるかもしれない。己自身の体の生態現象も分からず、呼吸が具体的にどのような機能を果たしているかを知りたいと思った。神経伝達信号は『エネルギー』の波の波形が支配している筈だ。その信号の基は身体に分布した『エネルギー』であり、それが体温であろう。そんな研究対象の分野も基礎科学研究になろうと、呼吸の意味を問う にまとめた。
 脳の働きには多くの『エネルギー』を消費する筈だ。それも電気回路現象と同じで、『エネルギー』の供給源が『電源』と『赤血球』の違いとなっていると考える。決して自然世界に実在しない『電荷』や『電子』が『エネルギー』の供給機能を担えないと同じく、『何とか三リン酸』が担えない筈だ。そんな科学論全体を統合して考えると、科学研究の専門分野化した競争的研究だけでは、科学界は未来に対しての社会的責任を果たし得ないと危惧せざるを得ない。『科学基礎研究』という意味について考えた。

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