自然と科学理論の狭間で

謹賀新年。
昨年暮れに、光の振動数 その意味不明 や電圧・電流 その意味不明 を投稿した。
 光の振動数 も 電圧・電流 も どちらも、科学論に関われば、誰もがその基礎的用語として良く知っている筈である。しかし、良く知っている筈のその意味がどの様な自然世界の物理量(自然世界の量)を捉えた科学技術用語かを、どれだけ簡明に解説できるだろうか。その説明・解説が、抽象的な、専門学術集団の特殊解釈用語を用いて説かれると、それは専門家の学術理論を鵜呑みにした、理論の本質を自分で検証する訳で無しに、権威ある理論の科学者集団の共通な認識体制に迎合した、受け売り解説でしかない。それが IT の情報として、如何にも科学常識論法としての、科学論の教育者らしき解説が溢れている。確かにそれは科学者が解説した科学論の内容でもあり、教科書の解説内容であるから止むを得ない事であれば、未来に向けて如何ともし難いジレンマに戸惑うのみでもある。
 今日のコメントで、 電気エネルギーの測定法(電流と電力) が挙がっていた。2年以上前の記事である。読むと良く説明してある。『電荷』も『電子』も自然世界には実在しない基本的視点での解説である。
『電界』も物理学理論では、『電荷』が空間に存在することで、その周りに『電気力線』が発生して、その線束のその考察点での通過面密度
 E=Q/4πεor² [V/m]
ただし電荷をQ[C] とする。
ここで、自然世界に『電荷』など実在しないのであるから、その『電荷』Q[C] とは一体自然世界の何をどの様な意味で捉えた概念か?を見極めなければならない事だ。それが物理学理論の担うべき、自然世界の真相を解明する学問としての役割だ。新しい概念を創り出すことは、自然の世界の真相から懸け離れた人間の特殊な解釈を付け加えるだけで、自然世界の統合的認識を困難にする。
 そこには『エネルギー』の光速度流を基本に据えた、単純さ、純粋さの認識が欠かせない。そこで、『電荷』Q[C]とはどの様な物理量・自然量かと言えば、
 Q[C]=Q [√(FJ) ]
である。結局『エネルギー』の次元ジュール [J] の平方を概念化した解釈量となる。それが科学技術概念系のMKSA単位系に対する、自然系のJHFM単位系 となる。
 だから、電圧ボルト [V] は『電荷』に因る概念量ではなく、空間の『エネルギー』量 δ[J/m]がその空間構造の線路長単位長さ当たりの誘電率(静電容量)C[F/m] によって決まる。即ち、
  V =√(δ/C) [V=(J/F)^1/2^]
である。『電流』も電線内部を流れる『電荷』と言う技術概念は、自然世界に無い、従って物理学理論としての眞相とは成り得ない技術概念量であったのだ。だから、電線路で囲まれた空間構造の誘導性特性、インダクタンス L[H/m] とそこを光速度で流れるエネルギー流 δi [J/m] によって決まる解釈概念量を、次式のような意味を定義したものであったのだ。電流は次式の概念量
  I = √(δi/L) [A=(J/H)^1/2^]
である。
 この意味・概念はあらゆる科学理論に繋がった未来の基礎認識となる筈だ。

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