(2022/09/17)。自然現象は全て『エネルギー』の千変万化の実相なのだ。『エネルギー』を『電荷』とも『光』とも『熱』とも科学的専門解釈で捉えるのだ。
科学論で使う用語は数限りなくある。その中でも、比較的誰もが知っている用語に『静電気』と『エネルギー』を挙げて良かろう。
『静電気』とは何か?『電気』とは何か?
殆ど誰も、答えられないだろう。それはこの自然世界に『静電気』等と言う物理量は存在しないからだ。その『静』の対称用語を考えれば、『動電気』とでもなろうか。日本語の『静』と言う感じの意味は「静かで、動かない」程度の意味だ。『静電気』の意味は、乾電池にコンデンサを繋いだ時、そのコンデンサの二枚の向き合った金属板に、プラス側には『正電荷』がマイナス側の金属板には『負電荷』が貯まり、その『電荷』が静かに向き合って金属板間には何も無い程の静かな空間となる程度の意味から、感覚的な意味で『静電気』と名付けたものと解釈したい。
しかし、その『電荷』と言う物はとても恐ろしい危害を人に及ぼすと考えられている。〈雷〉がその代表例に挙げられよう。また、熟練の電気技術者でさえ、高電圧配電線の作業中に、誤って恐ろしい感電事故を起こす事もある。しかし、そんな恐ろしい物でありながら、その『電気』と言う物を、その正体を誰も見た事が無いのだ。昔から、誰も疑わずに、恐ろしい「電気」が現実に何処にでもあると信じて来たのだ。
『電気』と言う用語が指し示す対象の実体が何かを明らかに示すことが、本来の物理学の役割の筈である。しかし、『正電荷』と『負電荷』と言う二つの対称的物理概念で表現した事によって、『+』と『-』と言う数学的な相反する意味の概念で捉える事の感覚的な納得し易さに依存した解釈法だったのであろう。
電気現象で、目にするのは〈雷〉の強烈な稲妻の『光』である。高電圧回路の「アーク放電」の『光』である。電気回路の電灯の『光』である。電気回路に繋いだアイロンの『熱』である。電気ヒーターの赤く光放射される『熱』である。クーラーの熱交換機から放出される『熱風』である。特別な電気現象で、人が感電して、心臓が心室細動現象を起こし、命の危険にさらされる。この現象は光でも熱でもない、意味の分かり難い事ではあり、そこにより『電気』の見えない恐ろしさが、特別の不可解ながらの『存在』を意識化させるのだろう。
『エネルギー』とは何か?
この用語の意味も、中々的確に答えられる人も少ない部類になろう。自然世界は、殆どこの『エネルギー』で構成されていると考えれば、それが正解であろう。検索の解説記事には、しかも物理学の解説として、その定義として「仕事をする能力」という意味で示されている。確かに、電燈の放射エネルギーは人の生活空間を明るくする意味で仕事をすることになるだろう。クーラーで冷房による生活環境を制御する仕事と言えば、それも確かだ。電気の『エネルギー』で薪の代わりに炊飯の仕事をもする。だから『エネルギー』の物理的定義概念として、仕事をする能力などと、とても滑稽な意味付がなされるのだろう。
『熱』、『光』など日常生活で消費するものが『エネルギー』そのものである。『エネルギー』が『光』や『熱』の形から変換・局所化して『質量』にもなる。
『摩擦電気』と『静電気』。
物を摩擦すると、『静電気』が発生すると「バンデグラフ発電機」を持ち出すまでもなく、それらしき実験でその科学的検証が示される。静電気クラゲなどが浮遊する現象で示される。決して『正』や『負』の『電荷』がこの自然世界に存在しなくても、科学パラダイムの専門的検証実験で、如何にも論理的らしき解釈理論が完成する。その『静電気クラゲ』の問題も、『摩擦電気』と言う不思議な現象も、『熱エネルギー』の問題でしかないのだ。摩擦熱とコンパス (2020/03/22)。
乾電池は何故陰極側に『エネルギー』が分布するか?陽極側と陰極側の間の空間に『エネルギー』の不均等分布(エネルギーギャップ)が生じる訳は何か?その空間の『エネルギー』の分布勾配を電気磁気学では『電界』と解釈した。
物質を摩擦すれば、その組み合わせの物質により、片方により『エネルギー』が多く分布する現象が一般的な自然現象なのだ。『熱エネルギー』が片側に多く偏る特性を、一般的な物質の空間構造の機能として保有していると解釈する。乾電池が何故『エネルギー』源の機能を発揮するかは、その内部の化学物質の組み合わせにより、その特性が決まるからである。物質の組み合わせの発見で新たな『エネルギー』源の電池となる筈だ。
下敷きを擦れば、頭の髪を引き寄せる現象が起きても不思議ではないのだ。物質には、片側に『エネルギー』が偏る性質が一般的にある筈なのだ。その一つの化学的特性が、『イオン化傾向』であろう。