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赤血球が謎運ぶ

(2022/06/01)。誠に恐縮ではありますが、現代物理学理論の本質がとても論理性の欠落した基礎概念に縛られたものに思える。何かとても遠く離れた別世界の高度な理数的、特殊な専門家特有の観測技術に基づく科学的知見によって提示される意味が、日常生活空間で受ける自然現象の印象に基づいて、自分の思う科学論としての市民感覚の理解から程遠すぎて、それは専門家的独断解釈の別世界像でしかないと思ってしまうのだ。筆者は極めて狭い、身近な電気工学の基礎的現象から観たものでしかないが、それでも長い電気回路現象を通して、自然現象の真髄に寄り添う事で、その曖昧さや疑念を掘り下げて、自然の真相を理解しようと努めて来た。その結果、自然世界には決して『電荷』概念の物理量など存在しないとの確信に至ってしまった。『電荷』や『電子』等を基礎に据えた物理学が、今や社会的・文化的混乱を招いていると考えざるを得ない。

この基礎理論の混迷の中、実際の科学技術が現在の市民生活の基盤となり、あらゆる経済的社会制度を支えている。特に医学・生理学の学問分野はウイルス、細胞、医療技術、医薬品開発など、想像もできない高度な知見で社会的基盤と成って市民生活を支えている。この同じ自然科学論と言う学術分野で、理解し難い断裂が存在する意味をどう解釈すれば良いのか。本当の基礎科学論が、経済性に関わりが無い独特の『理論』と言う社会的世界の中で、その矛盾を引き摺ったままで、ただ伝統的法則を鵜吞みにして来た結果の現在であろう。本当の基礎理論など経済的利益に繋がらないが故に、だれも異論を唱えず、高等教育機関で真摯に自然と向き合わずに来た結果ではなかろうか。集団的、合同研究体制にどこに『独創性』等の研究が生まれようか。広く、多くの研究すべき対象があるにも拘らず、同一集団志向の研究体制が支配している。『独創性』の『独』とは決して集団研究体制で出来るものではなかろう。文化的、基礎研究が経済的利益に群がる人間の本質による避けがたい宿命に因っているとは言うものの、残念ながら科学論の現在が危機を含んでいる状況と言わなければならない。教育に待つものだという基本が蔑ろになっている。

そんな危機感を抱きながら、筆者の最も科学的知識の欠落した分野である、医学生理学の基礎と思う内容について、自己の身体に思いを致して思う疑問を問わずに居られない。それが『赤血球』の機能は何か?である。

自分の身体的な生命現象になると、高校生にも劣る知識しか修得していない。ただ感覚的に、自分の考える思考方向や疑問に感じる事などを振り返って解釈し直す時に、学術論とは全くかけ離れたような、誠に不届きと非難されそうな、我儘論が頭の中の疑問に対する答えとして浮かび上がってくる。

『赤血球』の話に入る前段として述べておく。科学理論で、最初の第一歩が50年前、当時はとても信じられない驚きを持って、電気理論の「アンペア―の法則」が正しくない、間違い論の法則だと気付いた事である。その気付きが確信と成った訳は、その法則と『ファラディーの電磁誘導則』の間に論理的矛盾がある事を認識されたからである。何故誰も今でも、その意味を理解できないでいるのかと考えてみれば、電気理論の専門家が科学技術の実際の現場の回路現象に疎く、知識が特有の専門と言う狭い領域での解釈論に縛られているからと思う。それが実情を考えれば当然とも思える事でも在るのだが、分かろうとしない専門家の特殊性で、不思議な現代的社会現象にも思えてしまう。

今は、『電子』の流れで、その電気回路導体の外に『磁束』を創るという論理的矛盾の罷り通る科学論が批判されない事実が『科学基礎論』の全ての状況を明らかに示している思える。『電荷』や『電子』の概念の間違いが、現代物理学理論の根本的偽装論の根幹を成しているとの認識に在る。科学技術の隆盛した現在の実状との違和感としても。

素人的な感覚論ではあるが、『赤血球』にいっぱいの不思議が積み重なってしまった。

赤血球に『謎』の古代文字を載せた。

体温と呼吸 (2022/03/26) でも取り上げた。

『謎』の数々。数日前に、ヘモグロビンが赤血球の中に在ると知った。それまではヘモグロビンがそれぞれ単独で、血液中を流れていると理解していた。こんなお粗末な知識で、本当に恥ずかしいが、疑問だけは増え続ける。初めて『赤血球』から千島学説の意味も少し分かった。筆者が思う疑問はそれ程学術的などではなく、単なる日常感覚科学論である。大学の理学部には、多くの生物学科などに研究者がいると思う。物理学でも、呼吸の意味など同じことで、学科には関係なく疑問に思う機会は多いと??。みんな疑問など無く、学説が理解できるのだろうか。其処が不思議なのだ。研究の自由と『創造性』に思いを致せば。

『赤血球』の機能と疑問。

機能。それは5つあるという。1酸素を運ぶ。2栄養の運搬。3ホルモンの運搬。4老廃物の排泄。5体温維持。と示している検索記事もある。

しかし、そこには具体的な解説はほとんどない。代表的な学術解説がある。とても筆者には頓珍漢で理解できない。初めに違和感を感じた、不可解な学術論―アデノシン三リン酸― (2022/03/20)  を挙げておく。ヘモグロビンは何処へ行く (2021/03/04) も。数日前まで、恥かしくもヘモグロビンが血液中に流れて、赤血球とは別に単独で酸素を運ぶと思っていた。しかし、赤血球の中にあるヘモグロビンと成れば、また多くの疑問が起きる。

疑問1.ヘモグロビンが赤血球中で酸素を運ぶ。しかし、その酸素は何処でどのように何と化学反応を起こすのか、最も基礎的な意味が見えない。酸素は何の為にヘモグロビンが何処に運ぶのか?コロナウイルスで、肺と酸欠の問題が浮上して、呼吸の意味が再認識されたとは思うが。

疑問2. 栄養の運搬とは一体どこで、その栄養を赤血球中に取り込むのか。そんな基礎的な意味さえ示されていない不可解。取り込んだ栄養とはどの様な成分か。それは何処に運び何の役に立つのか。全く大事な意味が示されていない。

疑問3. ホルモンとは何だ?焼き肉店に関係するような勘違いを起こす。

疑問4. 老廃物の排泄。呼吸で酸素に変わって炭酸ガスを肺から排出する。それ位は理解できるが、こんな生命維持にとって基本中のの基本の科学理論であれば、せめて赤血球の中でヘモグロビンの分子結合の酸素と炭酸ガスの切り替わりの物理的現象位は考究する学術であって欲しい。経済的利益度外視の学者魂があって欲しい?

疑問5. 体温維持。珍しく、アデノシン三隣亡のような話でなく、極めて大切な、在るべき視点が指摘されている。

しかし、残念ながら全くどの様な意味で『体温維持』と言う意味を載せたのかの何の機能説明もない。

この『体温維持』と言う機能がどの様な意味かを、恐らく理解していないと思う。そう考える訳は、物理学理論で空間の『エネルギー』を認識した科学論に成っていない現状であれば、光の『エネルギー』と熱の『エネルギー』が同じ空間的物理量であるとの認識になければ、『体温維持』の意味には繋がらない筈だから。『体温』の物理的解釈が無い筈だ。『温度』が気体分子運動論の物理的認識に在る現状では。『電圧』が電線路空間の『エネルギー』分布の意味だとは理解されてはいないだろうから。電気回路の『電圧』と身体の『体温』とがとても似た概念であると理解出来ているとは考えられない。

具体的に『体温』をどの様な意味で捉えているのか。身体の組織全体に細胞の生命機能維持に欠かせない基盤が『体温』と言う『エネルギー』の分布機能に掛かっている筈だ。神経の伝達情報も『エネルギー』の縦波の電気信号と同じものである筈だ。隈なく全身に配分された『エネルギー』があればこそ、全ての外部検知情報が神経伝達回路を通して情報統合機関の『脳』に素早く届くものと理解している。以上『体温維持』と言う機能について、その解説の意味で記した。身体的活動を支えるものも、『体温』と言う全身に在る『エネルギー』がその基に成っている筈だ。

生物学に疎い素人的な感覚的認識であるかも知れないが。光の本質が『エネルギー』空間分布像で捉えるべきとの科学的知見に基づいた解釈である。

『赤血球』が果たす身体の生命活動機能は頗る大きい筈だ。『赤血球』が体温保持の基本機能を司っているのは間違いない。色彩の色は物資の放射する光の波長の組み合わせで現れる現象である。光に本来、本質的な意味で色は無い。光の空間に展開する『エネルギー』の分布密度波の形状が色を人の感覚で認識させるだけである。赤血球が赤いのは何故か?と先に記事-血液は何故赤い-に曖昧論を書いた。血液が赤いのは『赤血球』が赤いからだというのは間違いない。しかしヘモグロビンの鉄が『赤血球』の赤色の原因だという解釈には必ずしも信憑性があるとは思えない。そこには『赤血球』の最も大切な基本的機能が『体温維持』だという解釈に在る。『赤血球』がその内部で酸化作用によるブドウ糖などの栄養素の燃焼現象であるという解釈である。『赤血球』内部で燃焼熱を発生し、その放射『エネルギー』が波長の赤色で有るからだと解釈する。赤色は注意を喚起する危険を示す意味とも取れる。恐らく、酸化現象が活発であれば、生命力の強い血液状態にある筈だ。その時は赤が際立つと解釈する。赤色が見えると言うことは、『赤血球』の表面から放射される光、その『エネルギー』分布形状が人が認識する赤と見えるのだ。体温維持のための酸化現象で放射する『エネルギー』の状態を示しているのだ。パルスオキシメーターもその『赤血球』内部の活性度を計測していると解釈する。当然酸素量に比例した意味が現れると思う。

視床下部が体温中枢の機能を担っているらしい。その意味が生かされるには、そこに到達する赤血球の温度が検知され、その結果が全身の体温制御に赤血球にどう働くかは分からない疑問だ。視床下部と『赤血球』の間に在る謎になるか?結果的には、全身を回りながら、赤血球自身に体温制御の役割が与えられているではとの予測がある。『赤血球』自身でブドウ糖分解等で発熱して、その部分の体温保持をするのであろうと。

全身の細胞創生のための養分供給の機能は何が担うか?赤血球ならどこで受け取り、どの様に届けるか。それはとても基本的で、これだけ科学技術が進んだ現在、分からないで済むほど難しい問題ではないように思うが、今でも明確な解説が無いとはとても不思議に思う。やはり経済的利益と『独創性』の孤立回避意識の集団体制の安全志向が基の問題だろうか。『肝臓』と『肺』と『心臓』の間の血液循環にその『謎』が隠されているようにも思う。常に『赤血球』はブドウ糖などの取り込みと酸素と炭酸ガスの入替えが、血液循環の機能の基本的仕組みに成っているだろうから。

自分の今日、明日の意味さえ不可解のまま。もし出来るなら、過去に辿った『道』が研究者としての『共済組合員』の人並みの人格が認められた歩みとして、明日へ繋がればと。笑はれないで済む共済組合員番号を以って。狂った過去の番号では繋がらない筈だ。舞鶴鎮守府戸籍転籍も妄想によると見做される悲しみ。眞實が知りたい。健康保険証は身分証明書か (2017/02/15) 。