月別アーカイブ: 2022年6月

マグネット (エネルギー保持機能)

(2022/06/24)。電気理論の解釈概念には『電界』と『磁界』が在る。その中でも、日常生活で誰もが感覚的に認識できるものが『磁界』あるいは『磁気』であろう。メモの留めに使う『マグネット』が有るから。この記事を書きながら、先にN極 S極がある訳じゃないを投稿した。少し気抜けした記事になったかも知れない。

しかし、その『マグネット』の自然現象を理解するとなると、一筋縄では困難である。理論物理学でも困難であろう。その訳は『磁束』という物理量は自然世界には存在しないから。ファラディーの電磁誘導則という基本法則がその『磁束』という科学技術概念に因った解釈法を採っている。その電磁誘導則によって誰もがその現象をよく理解でき、その『磁束』に因った極めて有用な科学技術論と成っている。その『磁束』が自然世界に存在しない等と言ったら、科学論の世界からは無視されるかも知れない。然し乍ら、それは本当の事なんだ。

そこに『マグネット』の誠に不思議な機能・特性がある。『磁石』は幾ら使っても、その機能・磁力が衰えない。その訳は何故だろうか?(訂正:マグネット製造現場では磁気の減磁問題が重要な技術対策問題になってはいる。温度や磁場環境での減磁が在るのも確かだ。)しかし、ここでは普通の日常でのマグネットについて、その磁気という意味の強さが変らないと言う意味での事として置こう。

〈疑問〉を抱く事こそが科学論の始まりである。

『磁束』が流れてもいない『電流』によって発生するという「アンペア―の法則」あるいは変圧器の『励磁電流』は基本的に矛盾を内蔵した技術概念だ。もし『電流』と『磁束』の関係性を空間的に離れた遠隔作用としての論理的な繋がりを考えるなら、そこには矛盾があると気付く筈だ。-この問題は次の記事:自由電子と磁束の相関性の論理:で取り挙げたい-

『磁界』という技術概念も『エネルギー』の流れを基にした概念で捉えて評価した人間的解釈概念でしかないのだ。その『磁界』は『電界』以上に抽象的仮想概念と言うべきものである。

変圧器がある。それは磁性材料の『鉄心』の『磁気特性』によって可能となった科学技術設備である。一次巻線に印加する電圧によって、その鉄心の磁気特性と鉄心断面積が変圧器機能を発揮するに極めて重要な意味を持っている。断面積はそこに入射する電源からの『エネルギー』の受け入れ能力を決めると言う意味で、技術的な評価が生まれた訳と解釈する。もし空芯なら、直ぐに磁気飽和と言う用語の意味によって、電源短絡事故となる。そこに鉄心材料の機能の不思議な秘密が隠されている筈だ。人が『エネルギー』という自然世界の実在物理量に気付かないだけで、科学的認識に違いが生まれるのだと理解する。あくまでも『磁束』ではなくコイル近傍空間を通して鉄心に入射する『エネルギー』の物理的現象によると解釈する。コイルの一次、二次巻き線に対して『エネルギー』の作用は空間的に同じ意味で機能する。それが巻き線比と電圧値の関係だ。

マグネットの砂鉄模様。

道草問答(4)マグネットの砂鉄模様 (2012/11/24)に載せた模様だ。

鉄心の機能と『エネルギー』。どの様に鉄心材料の中で『エネルギー』がその特徴を示すか。そこが問題だ。それは『マグネット』の機能にもつながる基本現象の筈だ。ただ変圧器鉄心とマグネット材料には大きな特性差がある。マグネットの『エネルギー』の貯蔵機能の不可思議が特徴的である。

マグネットとエネルギー流。 上の砂鉄模様から、マグネットの表面に現れる『磁気』の本質は『エネルギー』の流れと捉えた。何故『エネルギー』の流れと解釈するかは上の写真の砂鉄模様の意味を解釈する結果に因る。写真のように、砂鉄の軸が繋がって線状に半径方向を向く訳は何か。

コンパスの磁界。

地磁気とコンパス (2012/09/13) に記したコンパスの『エネルギー』の流れの意味が右図だ。

磁気に関する基本的認識の間違い。磁気には、N極とS極という二つがあると成っている。磁石はどんなに切っても、必ずNとS極が両端に現れる。地球にも磁極がある。しかしそれは地球の表面に『エネルギー』が西方向に流れて居るだけなのだ。コンパスもその軸に対してN極側から見て、時計回りにコンパスの周りに『エネルギー』の回転流があるだけなのだ。S極側から見れば、反時計回りに『エネルギー』が流れて居る事に成る。その時計向きか、反時計向きかを磁極のN極、S極と見做しているに過ぎないのだ。『電流』で磁気が発生している訳ではないのだ。その意味が前の記事、 N極 S極がある訳じゃない の解説だ。

砂鉄模様を『エネルギー』の流れとしてみれば、

上の図のような、砂鉄模様に垂直な『エネルギー』の流れの意味である。

〈疑問〉 今でも砂鉄模様に対して、明確な解釈を下せない疑問がある。マグネットの磁界は中心部には無く、周辺部に集合した還流の『エネルギー』と成って機能することである。この意味が変圧器の鉄心の機能の物理的な解釈に繋がる筈だ。変圧器の『磁束』による解釈は技術的解釈法で、空間を流れる『エネルギー』を捉えた物理的現象解釈に他ならない。変圧器の一次巻線から入射する『エネルギー』の空間伝播現象で捉えなければ、電磁現象の真相には届かない。以上の『疑問』の未解決が残されたまま、この記事の目的は中断とする。それは鉄心断面積の意味を解く鍵でもある。鉄心中心部の鉄原子の磁気的特性までもが全て鉄心周辺での『エネルギー』の流れとしての機能を発揮すると解釈する論理性を説明できない不甲斐なさを抱えている為である。その意味付けの問題でもある。

この自然の心

(2022/06/29)。庭に展開される自然という営みをどの様に解釈すれば良いかと、己の想いは自然の心に届かないのかと、自然に脱帽だ。

昨日食べたスイカの皮(?)を地面に置いた。今朝のその姿だ。何時も予想しては居るがこの表面を土や砂で被う意味。

 

これは2日前のスイカの皮だ。

 

 

 

これは1週間ほど前のメロンの食べ後の姿だ。

 

 

 

 

必ず表面が土などで被われる。ダンゴ虫や蛞蝓が必死に食べている。初めに遣って来るのは小さな蟻だ。何処からともなく無数の蟻が表面を覆い尽くす。いつの間にか蟻は消える。その後が土等で被われる。その後、蟻は消える。翌日に成るとご覧のように覆われている。

その訳に思案する。蟻は何の為に膨大な作業をするのか。自然の世界を理解することは物理学理論の誤りを解く以上に難しい。『電荷』など存在しないのに、物理学理論ではその存在に基礎をおいて構築されている誤りを思いながら。物理学での光の波長とは具体的にどのような意味で捉えているかが誠に不可解と思いながら。

そんな、自然の今朝の営みに思う。

N極 S極がある訳じゃない

(2022/06/27)。磁気とは誠に不思議な事よ。

マグネット (エネルギー保持機能)を書き乍ら気付いた。昔から物理学理論でも磁束の発生源となる『磁気』があるとは見做していない筈だ。しかし、電磁気学の基礎概念で『磁界』無しでは理論が成り立たない。電磁誘導現象の『磁束』は欠かせない。自然世界に実在する訳でもないのに、物理学理論を唱えるには『磁束』を否定できないという誠に不思議なジレンマに陥る。

地磁気とコンパス (2012/09/13)にコンパスの『エネルギー』の流れを示した。それが右図だ。

 

 

コンパスと砂鉄の心 (2015/12/03) で間違いを犯した。それに今気付いた。誠にお恥かしきことなり。コンパスの解釈は上の図の Compass の通りで良かった。

磁極が無いという意味はコンパスの周りを還流している『エネルギー』があるだけだからだ。N極、 S極という意味は 『エネルギー』の流れをどちらの端側から見るかで、ただ一つの『エネルギー』の流れでしかないものを、右回りか左回りかで、異なるものがあるように解釈していただけなのだ。

砂鉄模様を見れば、その鉄粉の描く流れに沿って『磁束』が有ると解釈するのは人の感覚的な捉え方として当たり前の事である。普通は見えるもので現象を解釈するより外にないから。しかし空間に流れる、空間を光速度で伝播する光の『エネルギー』を人は感覚的に認識しづらいのも当たり前である。物理学理論では空間の『エネルギー』を理論の基礎概念に捉えていないのがその実際の意味でもあると解釈できよう。

空間の『エネルギー』の流れに対して砂鉄の描く線描は直角になる。砂鉄模様に対して直角に『エネルギー』が流れて居るのだ。

地球にも特別の磁極、N極やS極がある訳ではないのだ。地球の中心に『ダイナモ電流』が流れて居るという解説も間違いである。そもそも『電流』が異なる物理量の『磁束』を遠隔の場所に造るという解釈その物が不可解な解釈であろう。

原子・分子の結合原理は❓

(2022/06/23)。とうとうこんな人里離れた世界に迷い込んでしまったか?陰で多くの方に応援を頂きながら、期待に応えられずにいる事が残念だ。

自然世界には、決して『電荷』や『電子』など存在しないという事を伝えたいが、その役割を果たせないで御免なさい。

電気工学から物理学理論の真髄を批判するなど❓❓正気の沙汰で無いことは重々承知していた筈だが。

決して現代物理学理論で、原子の結合、分子結合の真相に迫る事など出来ない筈だ。『電荷』という自然世界に存在しない仮想概念で論理的な科学論が解説できる訳はない。

過去に辿ったブログ記事を拾ってみた。その足跡を見ても、決して『電荷』で物理学理論には成らないと確信するのみだ。理科教育という未来に向けた子供達への責任はと考えてしまう。

原子の解剖 (2014/06/06)。等、2014年頃から原子構造に疑問が膨らんだようだ。

他に、ベンゼンの空間分子構造 (2014/04/03)。生命の本質(C.H.ウオディントン著)を読んで (2014/04/06)。おにやんまの飛翔の極意 (2014/04/13) や最近の原子構造と8面磁極 (2020/09/17)や『エネルギー』の意味に定在波の発生原理 (2020/09/23) ―この記事は前の記事電磁場方程式の真相の理解にも役立つかと思うー等も参考に成ろう。

まとめ。『電荷』による解釈に論理性は無い。空間の『エネルギー』の存在に気付いてほしい。そこから新しい物理学理論が始まる。目の前の景色を観て欲しい。光や熱の『エネルギー』が充満しているにも拘らず、無色透明で風景を妨げない。その日常的生活の中の自然の姿に科学理論の真髄がある事を知って欲しい。その上で科学論の研究に入って欲しい。光がどんな空間的存在かを考えて欲しい。未来の原子構造論に向けて。

電磁場方程式の真相

(2022/06/20)。とても悲しいのだ。こんな電磁場の科学理論が無意味だなどという事を書かなければならないことが。数学的表現の論理性を問わなければならないことが。

マックスウエル電磁場方程式は1864年に提唱された電気磁気現象を解釈する基本解析式と成っている。偏微分という数学的空間解析手法を使った学術理論の基礎でもあろう。大学の理・工学部はじめ、物理学での電気磁気学の基礎理論と成っていよう。また、それはアインシュタインの『特殊相対性理論』の基礎の方程式でもある。しかし、今でも光の『振動数』とは何が振動しているのか?の「問い」にも答えが無い。一つの光子の空間像もそのマックスウエルの方程式では描けないからだろう。

光の空間像を考えると、その方程式が役に立たないものに思える。寧ろ、自然現象の真相を学術理論が誤って、数学的表現の難しさの中に閉じ込めた罪に思える。

電磁波は単に空間を伝送する『エネルギー』の空間密度の縦波でしかないのだ。

自然世界には『電荷』など存在しないのだ。電界に電子一つ (2022/03/04) 。先ずは、『電界』と『電荷』の関係が電磁気学ではどう解釈されているかを示してみよう。

この図は、電気磁気学論の普通の解釈を示したものだ。自然世界に存在しない『電荷』がこの解釈の基礎に成っている。だからこの解釈にはほとんど意味が無いのだ。しかし空間の『エネルギー』を認識しない物理学理論からすれば、理論の構築基礎論拠が『電荷』以外無いから止むを得なかったのだろう。この図を、否定しない科学理論が矛盾そのものなんだ。図は中心に『電荷』Q[C]があるだけで、その取り巻く空間に『電界』がある事になる。電気理論では空間の誘電率εo[F/m]の場に電界 E[V/m]があれば、(1/2)εo E² [J/m³] の『エネルギー』の密度がある事に成っている。それは『電荷』がその取り巻く空間に自身が『エネルギー』として分布して居る事に成る。こんな矛盾がある筈が無い。

この図は『電荷』という虚像 (2011/04/08) の東日本大震災後の記事で取り上げたものだ。この図のように『電荷』の実在が科学理論の根幹と成っている。その『電荷』を否定したら科学論とは見做されない岩盤概念である。その『電荷』を否定せざるを得ない状況に成ったのだ。その意味は結局、光の『振動数』という意味を理解できるかどうかに掛かっているのだ。光には振動する実体は何もないのだ。振動すると言う物が光には無いのだ。光は縦波だから。『エネルギー』の空間伝送現象が光なんだ。

『縦波』という意味を少し補足しておく。波の進行方向に一定の速度で進行するだけである。決して波が縦方向に振動する事は無く、全てが前進するだけである。だからバネの前後に振動するような意味はない。光の『エネルギー』が戻るようなことが無いのと同じ意味の『縦波』である。津波の波も『圧力エネルギー』が同じく前進するだけの縦波である。電磁波もただ波長の『エネルギー』分布の繰返し連続波がただ進行方向に光速度で伝播するだけの縦波である。縦波と横波の縦波の図のような意味とは違い、「戻る」意味は無いのだ。音声波は空気の縦方向の圧力波だ。圧力の粗密波の縦波だ。しかしその圧力の粗密波も決して戻る意味は無いのだ。検索記事には圧力波も何か「ばね」の波のような現象で解釈されているが電磁波の光速度伝播現象には決して戻る意味は無いのだ。

今回は、『電界』や『磁界』という概念が『エネルギー』の光速度伝播現象という事から考えた時、偏微分の高度な数学的手法など無くても分かることを示したい。1987年に唱えた『静電界は磁界を伴う』の論文に記してある意味でしかないが。

『電界』E(r,t)[V/m] も『磁界』H(r,t)[A/m] も自然世界に具体的に在るものではないのだ。空間の『エネルギー』の流れをそのような科学技術的解釈概念を創造して考えたものである。空間の『エネルギー』の流れ、光速度流が光なのだ。電磁エネルギーの空間密度 w(r,t)[J/m³]が光速度で流れる現象が光と同じ現象なのだ。S(r,t) =w(r,t)[J/m²s] がポインティングベクトルという『エネルギー』の流れになる。

この現象を電気回路に見れば、

電気回路内の空間に『電界』と『磁界』をそのベクトルで表現すれば上の図のようになる。空間ベクトルとして、電界ベクトル E[V/m] の方向を回路でどのように捉えるかは悩ましい点でもある。

電源内で解釈すれば、起電力の向きとなる。電池電源の内部では、マイナス側からプラスの向きとなる。(2022/06/23)訂正。この部分はやはり間違いだ。電源内でも、電位の高い方から低い方向に『電界ベクトル』は捉えるべきだった。電池内部も陰極側が『エネルギー』の分布密度が高く、電線路と同じ解釈で捉えるべきである。変圧器巻き線の電磁誘導現象も科学技術理論としての意味であり、自然現象としての真髄を理解するには巻き線間の『エネルギー』分布密度の意味を理解すべき問題である。『導体』内には『電界』等は存在しないのだ。誘導起電力の意味もその真相は単純である。次の記事で、変圧器などを例に『電界』という科学技術概念の物理的意味を明らかにする。(2022/06/23)に以上追記。

しかし回路内のベクトル方向は図のようにプラス側からグランドGを向く下向きとなる。負荷に電流を流す方向と同じ向きだ。その意味をどう認識するか。それは回路電圧の物理的意味の解釈にも関わる。電線路空間内での、『エネルギー』の空間分布を負側電線路近傍で高密度分布になる事を知らなければならない。具体的には、瞬時電力の具象解剖 (2022/02/03) を参照願いたい。この解釈も漸く辿り着いたばかりの事だ。この回路内の『エネルギー』伝送現象も、携帯電話から放射される『電波』も光の空間伝播現象も、その基本的仕組みとしての物理現象は同じものなんだ。

空間を伝送する『エネルギー』があれば、その空間密度分布波やはり空間的に均等ではないと解釈せざるを得ない。

空間に光速度で伝播する『エネルギー』の密度 w[J/m³]があれば、それを『電界』とか『磁界』と解釈するのが電磁場方程式の科学論としての解釈法なのだ。その基本に空間の『エネルギー』分布に一定でない分布勾配があれば、その密度の高い方向に『電界』のベクトルを採っていたのだ。上の図では逆向きの-E の向きとなる。

まとめ。

電磁波は『エネルギー』の空間分布波の光速度伝播現象でしかないのだ。それが光の空間の『エネルギー』伝播現象と同じものだ。それはただ、波の進行方向に空間分布の『エネルギー』波が伝送する現象なのだ。だから縦波なのだ。横に振動する事も無く、ただ進行方向に伝送する『エネルギー』の縦波の筈だ。地表面が丁度図の基準面で、 G となると考えれば良かろう。当然導体や誘電体の空間特性の影響を受けながら伝播する筈だ。

波はエネルギーの縦波だ

(2022/06/18)。理科教育で教える『波』の意味が怪しい。そこに大きな間違いがある。検索で調べると、その波の意味が科学パラダイムとして岩盤の如く社会的に間違って、定着している。それが常識と成っている。波はエネルギー流 (2021/10/08) と筆者如きが唱えても自然の真理は伝わらないと思った。その検索内容の一つの解説記事を知った。やはり物理学理論で、空間を伝送する『エネルギー』という物理量を認識していない事に、その全ての原因があると理解した。『波』の意味を理解するには光の『エネルギー』の空間像を理解することが欠かせないだろう。

縦波と横波として、「・・媒質の振動が波の進行方向に対して平行であるものを縦波といい、垂直であるものを横波という。・・・電磁波(光を含む)は横波である。電磁波が横波であることはマクスウェルの方程式から導かれる。」と解説がある。

この解説で学習すれば、電磁波が縦波だという自然現象の真理は伝わらない。光こそ縦波なのだ。

『静電界は磁界を伴う』 ー昭和62 (1987)年4月、電気学会全国大会でー を発表した原点が決して『電界』や『磁界』という物理量が自然世界に在る訳ではないということを伝えたかったのである。空間を光速度で伝送する『エネルギー』の密度波を認識する事の大切さを発表したのだ。あれから35年ほど経ったけれども。電圧や電流は優れた科学技術によって、そのメータで測定できる。しかし、電磁波の電界や磁界の空間量は決して観測できない。一つの解釈用概念として創造したものである。それは光が空間を伝播する『エネルギー』を測定できないと同じ意味である。

その電磁界論は、空間に伝送する『エネルギー』の粗密波を『電界』と『磁界』という物理学理論の解釈手法で理解する考え方でしかないのだ。『電界』は空間の『電圧』の意味を理解することによってはじめて理解できるのである。然し乍ら、筆者も最近に成ってようやく電線路空間の電磁現象が理解できたが、その意味は未だほとんどの人は知らないだろう。

『電圧』は電線路間の単位長さ当たりの『エネルギー』の分布と『静電容量』に掛かる意味だ。『電荷』など自然世界に存在しないのだ。

科学理論は兎角数学的表現形式での抽象的な解釈理論である。その式の量の意味を設計などに実際に使えない。理論のための理論である。そこへ行くと『電圧』と『電流』、『抵抗値』は『オームの法則』として理論と測定技術量の具体的な融合を成した完璧さが嬉しい。

決して光の物理現象として、光に『振動数』というような横に振動する物理量や実体は決してないのだ。光の正体 (2018/01/25)。

量子力学に齧り付いて

(2022/06/16)。齧(カジ)り付く‐難しい漢字だ‐。

電子のエネルギーの演算子

上式の演算子Hは二つの項から成る。その次元を比べる。

第一項(ℏ/2m)の次元は[JM²]。これに二階の偏微分が加わる。その結果は [J]となる。

第二項 (e²/r)の次元は[FJ/M]。

ただし、『電荷』の単位[C]=[(FJ)^1/2^]である。第二項の次元の[F/M]は空間の誘電率εo[F/M]と見做せる。

上の演算子Hの次元は第一項が[J]であるに対して、第二項[F/M]だけ異なる。

以上の確認をした。

今回改めてもう一度『量子力学』と言う難しくて、全く理解が出来ない、その意味を学ぼうと思った。「量子力学とは」と検索し、コトバンクで調べた。上の式が解説されていた。

解説によると、量子力学の誕生。それは1900年のプランクの放射光の公その後、アインシュタインが光量子説を提唱。ボーアが1913年に光放射のメカニズムを導入。1925年、ハイゼンベルグがボーアを出発点として、量子力学が誕生したとある。原子構造と光放射現象 (2021/04/07)。

上図の、演算子 H がどんな意味かは良く分からない。水素と言う一番単純な原子についての式だ。この式がどれ程具体的な技術開発や設計に役立つとはほとんど期待できない。

量子力学がプランクの放射公式に起源をもつ意味で、ℏ=h/2π  [Js] と言う式が使われている。偏微分の2階で運動量をℏ/2mに因って運動エネルギーを採ったものと思う。

しかしその2項目、₋e²/r がクーロンの法則による力のポテンシャルエネルギーを評価したものに思える。『電子』の『電荷』 e [C] と陽子の『電荷』間の引力を基に計算したものだ。

『電荷』間の力の解釈は、既に論理的に破綻している。『力』はニュートン力学によって評価すれば、そこには『力』の掛かる対象には必ず『質量』[kg]が無ければ論理性が無い。力による加速度と言う運動対象の慣性に因る反抗力が在って初めて『力』となる筈だ。

F = mα [N]

の加速度の意味が『電荷』間には働かない。電荷間の力の矛盾論 (2021/05/11)。

F = eE [N] (=[J/m])

ではあるが。E[V/m] = E [(J/F)^½^/m] 、e[C] = [(FJ)^1/2^] によって。

『電荷』の空間像が如何なるものかを明らかにできなければ、『引力』、『排力』の発生する論理的な理由が示せない。『電子』の知覚機能と科学理論の論理 (2022/01/20) にその意味を述べた。

プランクの放射公式が『光量子』と言う、光の粒子の解釈によって、運動エネルギーとしての光の質量的な解釈によって生まれたものが『量子力学』であろうと解釈する。光は決して『質量』的な評価が出来るものではない。光の『エネルギー』を運動エネルギーとして見做したものが「量子力学」生まれた訳であろう。

そこで、光の『振動数』とは何か?何が振動するのか?と問えば答えられない。電磁界の横波解釈と言う伝統的解釈論に従った意味だけで、具体的な横に振動する実体が無いにも拘らず、伝統にしたがう。『振動数』と言えば、何が振動するのかを明確にしてこそ科学理論の論理性が生きる筈だ。光を質量的な量子として捉えながら。

『振動』の意味が分からないのに、『光量子』と言う粒子的な意味で評価する曖昧さを残した科学理論への『量子力学』の禍根である。数学式による表現での抽象性によって、具体的な意味が分からないのだ。

その根源には、物理学理論の物理量として空間に実在する『エネルギー』を認識していない事から生じる混乱である。

光の空間像を次のように筆者は捉える。

ここで表現した波頭値(空間エネルギー密度)H [J/m³ ]は同じ文字であるが意味は全く異なる。

昔(昭和60(1985)年11月)、購入して学習を試みた本(初版第2刷)が右である。当時は中々理解できないものが多かった。

 

原子と核分裂

(2022/06/13)。筆者は原子核理論に関しては素人である。

原子構造は原子核と電子殻から構成されていると言われる。天然のウラン鉱の0.7%しかないウラン235を3~5%まで濃縮したものを燃料とするらしい。

原子力発電には、そのウラン235の原子が燃料として利用される。

原子番号は92で、電子殻に『電子』が92個回っている事に成っている。原子核は陽子92個、中性子143個から構成されているとある。『電荷』によってその概念が定義される『電子』と『陽子』がそれぞれ92個で、『電荷』に対しては中性の『中性子』が143個からウラン235の原子構造が規定される。『電荷』間に発生する「クーロン力」でその構造が構築されると解釈する。しかしその構築力に関わりの無い『中性子』がウラン原子の質量の大半を担う意味で解釈される。その解釈がウラン原子の原子論としての論理性を説得するとは考えられない。この事から、あらゆる科学論の基本概念としての『電荷』が極めて怪しいものと考えざるを得ない。

原子核と電子殻

原子構造がどの様に成っているかは全く理解できない。一応核の周りに電子が回っていると成っている。その周回軌道の組を電子殻と言うようだ。

何故原子核の周りに『電子』が回っているかの原理が理解できない。原理は+と-の『電荷』間に起こる直線的引力、および同一極性の『電荷』間に働く排力の関係である。原子核は電子殻に比べて、原子中心の微細空間に在る。「クーロンの法則」では距離の逆2乗則で、マイナスの『電子』同士が近接していて排力が極めて大きい筈で、それに対して核と電子間に働く引力は殆ど意味を成さない筈だ。その矛盾に思える力関係も疑問視されない原子論の不思議は独特の専門理論が支配する世界のようだ。

原子核の構成。正の『電荷』の『陽子』92個と『電荷』が中性の『中性子』143個が原子の中心の核を構成している。その空間領域は極端に狭いとも解釈されているようだ。この構成力の原因として湯川 秀樹 博士の『中間子論』が認められている。筆者にはその理論を解釈するような能力は無いので、全く分らない。元々自然界に『電荷』なる物理量が存在するとは理解できないから、『電荷』概念を基にした科学理論そのものに意味が有るとは考えられない。『電荷』の必要性を唱える科学理論に有意義を感じない。

原子核とその分裂。

原子核はプラスの陽子と電荷の無い(?)中性子から構成されていると言う。

核分裂に求めるものは何か。それは単純な『熱エネルギー』だけの筈だ。水(軽水炉型)を沸騰させて、蒸気タービンを回す動力を得るだけだから。

その原子核がもし分裂したら、どの様な状況が起こるかを単純な考えで絵図にした。『電子』などの『電荷』概念の物理量など決して自然世界には実在しないとの認識で、どの様に専門的論理を理解すれば良いかと考えてみた。

核分裂理論で、論じられる内容の基本は、中性子が中心と成っている。核分裂で発生した『中性子』が、その『エネルギー』を減速材で速度低下した『熱中性子』となり、それが新たな原子核に作用し、核分裂させる。その作用が連続的に起これば、核分裂の連鎖反応に成る。中性子を吸収する制御棒により『熱中性子』の数量を制御可能となれば発電電力制御の目的に適う事に成る。

〈疑問1〉 核分裂で、論じられる意味は『中性子』 n に関してが殆どである。何故『エネルギー』が減速材(核分裂の主目的の水を加熱して速度低下させる材料の意味)で減速した熱中性子が核分裂に有効だと言う、その訳が理解できない。原子核理論では、『中性子』の核分裂に関わる量的な意味を『吸収断面積』と言う用語で捉えているようだ。しかしそれも具体的な意味が筆者には分からない。分からない者が論じる事に忸怩たる思いがある。しかし、『電荷』概念が、科学理論の曖昧さの混乱の基と言う思いから、止むを得ないとご勘弁いただきた。さて、原子核で原子構造論の基礎をなすのは『陽子』 p の筈だ。しかし、その『正電荷』の『陽子』 p は全く機能を持たないが如くに存在が、その機能が議論にも上らず、消し去られている。αはヘリュウム原子で、その中に『陽子』が微かに在るだけだ。何故『陽子』が必要か理解できない。そこにも『電荷』の存在機能、その必要性が見えない。

〈疑問2〉 軽水炉型の水を減速材とした、核分裂の発生『エネルギー』はその光と熱がその原子質量からの変換に因った結果として発生したものである。理論は殆ど分裂時の、分裂片・物質(α線、中性子線)の運動エネルギーから得られる如き解釈に思える。γ線(電磁波)以外はβ線(電子)とあるが、電子殻の負の『電荷』の『電子』の機能など全く意味もなさない。

以上二つの〈疑問〉で指摘したかったことは『電荷』が全く論理的意味を持たないという点である。

『エネルギー』。核分裂で発生する物理量は『熱』や「光」の『エネルギー』である。『核分裂』と言う現象は、19世紀末の「原子崩壊」による『放射線』を発見した事に始まる。放射性物質は人体内ではとても危険なものだ。『放射能』と言う用語が使われる。その現象の物理的意味は科学技術論として、詳しく明らかにされている筈だ。平和利用とは別に、軍用としての技術開発が『核兵器』として世界に大量に保持されている危険な状況でもある。そこには『電荷』概念など物理的には全く意味を持たない筈だ。自然世界の物理量は結局『エネルギー』一つしかないのだ。そのたった一つの『エネルギー』が空間に在っても、人はそれを科学的に観測し、計測する手法が無いから、その『エネルギー』の不思議な存在の実体を様々な観方で理解して、多くの解釈が生まれて、『概念』が創られて来たのである。その意味が雷の『電荷』説として人々の解釈に有効な感覚的意識化が為されたのであろう。〈雷〉は誰もが驚き恐れる自然の『熱エネルギー』の空間展開現象の馴染みでもあるから。熱と水に因って引き起こされる天空の自然現象である。〈雷〉は決して『電荷』など全く無関係の物理現象である。みんな『光』や『熱』の『エネルギー』の姿である。原子核分裂も自然現象としては『エネルギー』の現象でしかないのだ。質量も『エネルギー』の寝姿と思える。

 

 

 

色彩に誘われて

(2022/06/09)。

(色彩 それは 鏤めた謎 人との対話を 待っている 光の仕掛)

自然世界は天然色だ。

色彩は、自然が人に安らぎを与える為の心づくしと思う。

色彩の物理的意味を考える等、折角の心づくしにそぐわないかも知れない。

2010年秋から、ブログ投稿を続けた。やはり光に関する物理現象には特別の思い入れがある。光は光速度と言う途轍もない速度で空間を流れる。物理学理論での光の解釈は振動数と言う特性で捉えられる。その振動数と言う物理的空間特性はどの様な意味かを皆さんは理解されている筈だ。しかし、筆者はその『振動数』と言う概念が理解できないのだ。理解出来ないと言うより、そんな空間的に振動するような物理現象を光は持っていないと理解している。その意味で、物理学理論の光の特性の捉え方とは全く異なった解釈をしている。そんな認識から、過去10数年に亘って、光に関する記事が多くなったようだ。光の『色彩』に関するものだけで、拾い出してみたら次のように、14稿ほどある。その中の、4.人の色覚と光の三原色 がダッシュボード に上がっていた。読み返したら、いろいろ気掛かりな文章、訂正すべきかと後悔するような文章が多くあった。

検索で、【色覚理論】色を知覚する『ヤング=ヘルムホルツの三色説』『ヘリンの四原色(反対色)説』そして『段階説』について と言う記事を知った。

そこには、『異化』と『同化』と言う解釈用語が使われている。とても興味を持った。『異化』は→分解とある。『同化』は→合成とある。この意味はとても重要な事に思えた。

光には決して『色』がある訳ではない。色彩はなぜ世界を美しく彩ってみせるのか。自然があらゆる生物との語らいをして、心を癒して欲しいからだと思った。花の色に心が潤う。人間で解釈すれば、人の色覚で世界を何も色の無い光から、色覚の生体機能に因って『色』を感じ取ることが出来る訳だから。その意味を、1.眼球の光ファイバーと色覚 に書いた。光ファイバーは通信技術に使われている。それを生物の視覚・色覚に既に組み込まれていた事を知った驚きの記事だ。しかし、どうも『黄斑』が眼科医学の専門家にはあまり重要視されていないのかとも思って、そこでも専門家の科学論に疑念を持った事案と成った。光のレンズでの屈折の物理現象を考えれば、カメラ式に解釈すれば、網膜の球面に視界の像が結ばれる訳が無い。それが6.眼球の光路とカメラ機能₋?₋の記事に成った。『黄斑』の眼底検査で見える像を、その訳をどの様に専門家は解釈するのかを示す必要があると考える。『黄斑』は『硝子体管』と言う光ファイバーの光伝送路の視神経細胞との結節点の筈だ。網膜は外界が明るいか暗いか程度の判断情報しか感知しない機能しか持っていないと考える。しかしその事が何か無視されているように思う。丁度『電荷』の意味について、専門家・物理学者が論じようとしない事に似ている。『正電荷』と言えば『陽子』かと尋ねても、答えずに無視する。

『黄斑』から視神経に繋がる細胞には「レチノール」と言うビタミンA が関係しているとある方に教えて頂いた。ビタミンAの分子構造の変化が『異化』と『同化』と言う光の波長の保有する空間『エネルギー』の密度波との共振などの『エネルギー』変化が神経信号の波長変化を引き起こす現象と解釈せざるをえなかろう。神経情報は必ず『エネルギー』の分布密度波形の縦波としてしか機能できない筈だから。電気回路現象からの電気信号に対する物理的解釈である。『電子』や『電荷』以外の基礎認識での解釈でなければ真の自然世界の認識には至らない筈だ。空間『エネルギー』の波形の縦波が基礎でなければならない。

  1. 眼球の光ファイバーと色覚
  2. 光束[lm(ルーメン)]と比視感度
  3. 色の世界を尋ねて
  4. 人の色覚と光の三原色
  5. 眼は一筋の光を見る
  6. 眼球の光路とカメラ機能₋?
  7. 世界はなぜ天然色か
  8. 光の屈折と分散
  9. 色が生まれる物理現象
  10. 色それは天然色
  11. 視力とビタミン
  12. 光は何を語るか
  13. 放射光の発生原因の不可解
  14. 天然の色と光

 

アミノ酸と生命

(2022/06/07)。昨日テレビニュースで報じられた。小惑星りゅうぐう探査の砂分析で、有機物のアミノ酸が検出されたと。

新聞記事(右)を読ませて頂いた。その事が、生命誕生の謎を解明する大きな手掛かりとなることが期待される。と言うことらしい。誠に関係者の御期待も大きい事で、慶賀に思います。しかし、筆者にはその意味が全く理解できないのだ。素人の浅学の故かとも思うが、理解しかねる意味を記して置きたく、皆さんのご指導で批判頂ければ、少しは専門家の皆様の仰る意味が分かるかと期待しながら、幾つか述べておきたい。

〈疑問1〉『生命誕生の謎を解明する大きな手掛かり』とはどの様な意味か。今の地球上での生命活動の現状で、そこに必要なアミノ酸が宇宙から届けられたもので賄われているという意味ではなかろう。多分、過去に隕石などに因って地球上の生命活動に必要な『アミノ酸』の原型が届けられ、それを基にして『アミノ酸』の分子が特別の現象によって増加し、有り余る現状の『アミノ酸』を古代に造り貯めたとでも言う意味なのだろうか?その『アミノ酸』は植物や動物で造られるもので無いという意味か?

どうしても、現在この地球上で生命活動が営まれている現状を考えれば、地球外界から『アミノ酸』が送られて来る必要はなく、『必須アミノ酸』も『非必須アミノ酸』も十分自然の営みの中で自給されていると思う。その事が何故過去に地球上での謎と考えるのか、その意味をお教え頂ければ有り難い。地球の大きさも、最初から今程の大きさではなかった。太陽光線で巨大植物が繁茂し、その植物を糧にして、微生物や動物、巨大な恐竜が生きていた姿が想像される。その長い時代を経て、徐々に地球も大きくなった。その地球の成長の過程で、現在の化石燃料として、地下深くに、そこが地球の表面であったかと思える位置に、原油や石炭が貯蔵されたと考えたい。その時代と今の人類が営む生命活動における『アミノ酸』の科学的認識に差がある筈は無いと考える。今地球上で、『アミノ酸』がどの様に作り出されているか?その意味が分かっていない訳では無いと思うが?基本は、植物と太陽光線が基に成っている筈だ。そこに動物性たんぱく質が創られ、人が生命活動出来る自然の仕組みに成っていると感覚的に感じる。地球外界は地球の生命には無関係と思う。それぞれの星、惑星も同じく太陽光線が基に成って、生命活動で大きくなったとしか考えられない。みんな植物のような何かが関わっているのだろうと思いたい。酸素や水の痕跡がどうかはそれこそ『アミノ酸』との関係で謎と成ろう。

〈疑問2〉有機と無機 (2022/03/16) で考えた。炭素原子 [C] が含まれている事で、有機だという意味を学習して驚いた。確かに柱状節理は古代の巨樹の化石と解釈する。植物がその炭素を太陽光を受けて合成する。石炭は有機物であろう。然しダイヤモンドは、専門家によって鉱物と解釈されているようだ。炭素だけが結晶化した高純度の有機体化石と思うが違うのか?オパールもアンモナイトと言う古代生物・有機体の化石だからダイヤモンドとあまり変わらないと思う。化石と硯 (2011/09/30) に載せた硯も古代生物(何虫か分からない?)の化石化だから、有機体化石で無機鉱物ではなかろう。これらの化石を磨り潰して、分析したら『アミノ酸』が検出されるのではないか。

どう考えても、わざわざ地球外から、『アミノ酸』を持ってこなくても良かろう。その辺の土や岩石を成分分析すれば、『アミノ酸』は豊富に満ち溢れていると思う。植物が太陽光線で『アミノ酸』を、また動物がそれを食して、創り出している筈だ。

 

 

 

古代生物の化石体だ。有機化合物だから『アミノ酸』が基に成っているだろう。