日別アーカイブ: 2022年5月28日

太古から人は朝を待ち焦がれていたのだろう。

中国大陸に開いた漢字文化には、その人の叡智が凝縮している。

『朝』の古い字は上のような意味らしい。旁は船の文字と見る。

その文字形に表現した意味を絵図にして観た。

暗闇の中で、光の世界となる『朝』がどんなに待ち遠しかったかを思う。そんな心の象形を景色に描けばこんな絵図かと。

『電気エネルギー』の現代社会性に重ねて思った。

発電技術とエネルギー伝送空間

今日の生活を支えているものは『電気エネルギー』である。それがライフラインとして欠かせない基盤をなしている。

火力発電所あるいは汽力発電所。『熱エネルギー』と『水』がその技術の根幹を成している。『水』とは誠に不思議な物質である。その自然世界の物質・水が織り成す世界を物理学理論でも意識して欲しい思いの意味も込めて取り上げたい。

科学技術が生活の豊かさを支えている。その中には、水道水と火力エネルギーが基本と成っている。今は火力と言っても都市ガスもあるが、電気釜や電気こん炉(induction range)の他、熱変換器のクーラー、冷蔵庫、電気温水器がある。更には電話機、PC等の情報機器、テレビそして作業機器の電気洗濯機がある。

日々の生活で当然のごとく無意識で生活しているが、『電灯』が如何なるものかを考えればそれも不思議に思える。蝋燭やランプが近代生活以前の日常の生活であった。朝日をどんな思いで人は待ったかと。火を起こすにも、70年前には、マッチが欠かせなかった。杉の枯葉や硫黄の付け板を使っていた。毎日、竈(カマド)で米を炊き、盥(タライ)と洗濯波板での、固形石鹼を使って洗濯に長い作業時間を使っていた。学生時代には、洗濯で指の皮が傷付く程だった。そんな昔の暮らしぶりを知る人も少なくなった。全ては電線路を通して供給される「電気エネルギー」が無意識の中で生活を支える基盤となった。

その現代生活を支える科学技術の身近な設備が発電所であろう。

汽力発電所。それは熱源(石炭、石油そして原子力)の『エネルギー』を、『水』を介して電気の『エネルギー』に変換する科学技術設備である。蒸気機関が産業革命の象徴であり、蒸気機関車がその雄姿を印象付けていた時代は消えた。

その『エネルギー』は何処でどのように変換され、どの空間を生活者まで届けられるかを意識してみてはどうか。それが考えて欲しい物理学の『エネルギー』の概念である。『エネルギー』はすべて空間の媒体を通して『空間』を流れるという意味を。しかし、その空間を流れていながら、その『エネルギー』の量ジュール[J]を科学的な計測法で測れないという自然世界と科学技術理論との間に横たわる『不思議』という意味が有るのだ。その中で、水蒸気はその流れとして『エネルギー』が観える。機械的動力の伝達となるタービンから発電器への軸回転動力 T= ωτ [J/s]  も軸内の断面積空間を流れる『エネルギー』として捉えられる。しかし、空間を『エネルギー』の伝送と言う物理的意味が理解されないのが電気回路の現象である。

発電機は『同期発電機』で磁界 N S 極を回転させて、固定子側の巻き線に『電気エネルギー』を発生させる機能設備だ。回転子と固定子側の間は空間ギャップで隔てられている。その空間を『エネルギー』が伝送されない限り発電機から『電気エネルギー』を電線路側に伝送する事は出来ないのだ。

この『エネルギー』の空間伝送の現象が電気設備においては、その意味が認識できていないのだ。そこに物理学理論と科学技術理論との間に横たわる論理的な概念の断裂が在るのだ。

電気理論では『電圧』と『電流』という科学技術概念を定義して、電気科学技術用の特有の理論を完成したのだ。しかし、自然世界の中に『電圧』や『電流』という物理量は存在しないのだ。自然世界は『エネルギー』という『光』の姿で見える空間を流れる物理量・ジュール[J] しか存在しないのだ。

極めて巧妙な技術論として、『ファラディーの電磁誘導則』が創造された。それに依って空間を直接『エネルギー』が流れるという物理現象で、自然の中の電気現象を解釈しなくても、巧みに完成した『電圧』の誘導現象で解釈出来る方法に完成したのだ。

それは発電機だけでなく、基に成った変圧器の離れた巻き線間での『エネルギー』の伝送の解釈を可能にしたのだ。

この電気磁気学理論の『電圧』と『磁束』そして『電流』という巧みな解釈概念を構築した事によって、誰もが納得して理解し易い電気理論が完成したのだ。

その電気理論の完成度が抜群であったが故に、その『電圧』や『電流』の物理的真相を、それらの自然世界での実相を考える必要もなく今日まで問題が無かったのだ。しかし、結局『電荷』や『電子』を導入しなければ、厳密な論理性が保障されていないと思わざるを得なくなったのであろう。だからその弊害が、今でも検索情報の中では『電子』の逆流と言う解釈によって『電流』の意味を説明しなければならない状況を生み出しているのだ。やはり論理的矛盾を取り除けないままで、『電子』によって誤魔化しているのが現状である。送電線路の『電気エネルギー』伝送も三相電線路で囲まれた電線路の空間内を流れているのであるが、『電子』では空間の『エネルギー』伝送の解釈は不可能というジレンマにある筈だ。

冒頭に掲げた『汽力発電系統図』に番号①、②・・と付けた各部分の『エネルギー』の空間伝送の物理的意味を具体的に各論としてを考えてみよう。