化学反応式の物理的不可解

化学反応式の物理的不可解とは何かと思われるだろう。

化学方程式として表現される式の意味が分からないから、疑問を拾い上げて、科学理論としての論理的な意味不明を考えたい。こんな基礎的な事迄分からないでと自分の社会の共通の科学常識に同調できずに、反論し続ける世間常識的無能に情けなく思う。情けないのは、社会常識、人との関係に余りにも疎い自分を今更ながら思い知らされている。

この頃思い知った。小学校から、大学まで、入学式及び卒業式、また成人式など有とあらゆる人生の『式典』のお祝いを受けた記憶が全くない。人としての存在が否定されていたのかと恐ろしくも思う。

何時までも人生の意味も無いままかと惑いながら、どうすれば社会的存在感を得られるか?何も分からない家族にも申し訳なし。

事の始まりは1970年頃にある。トランジスタインバーターの半導体制御技術に驚嘆したのが切っ掛けとなった。電気理論の中の基礎中の基礎の「アンペアーの法則」の怪しさに気付いた。磁束は電流によって発生するのではないと。そこから、具体的な電気回路動作を確認しながら、伝統的な科学理論が決して自然の真理を唱えるものでは無いと深く認識するようになった。電気回路の具体的な現象解析を自分の得意分野と認識するにつれ、科学理論全体との葛藤が始まった。様々の不可解に遭遇し、その後は科学理論の虚飾に満ちた姿に辟易し乍ら、『静電界は磁界を伴う』の原点の認識を生かすべく。儚い奮闘努力を重ねて来た。最近漸く、光の空間像認識 (2022/04/17) 等にも纏めた。その基は偉大なるアルバート・アインシュタインの『特殊相対性理論』の間違いに気づいた事に在る。自分に居場所がない事に気付き、過去の人生の不可解を探しながら、研究を続けてきた。『特殊相対性理論』の間違いを確信したのは、「病窓に 満月迎え 除夜の鐘」の歌に悲しみを込めた、1990年12月、新潟県から処置入院と統合失調症と言うお墨付きを頂いた年の明けたお正月の1,2週間に纏めた光の全てが『特殊性』等どこにも無く、全て『相対性』で観測されるという結論にある。『忘れるべくして、忘れきれない不可解』(2022/05/‥  )と共に。

今は電気技術概念での『電圧』や『電流』の基本的意味さえ、自然科学理論の基礎となるべき物理学理論で、その真相、自然現象との関係が分かっていない事を理解した。『電荷』や『電子』が、自然世界に存在しないものであったという驚くべき真相に辿り着いた。

世界は科学理論の姿をどの様に、未来に向けて認識すべきかが問われる。小生も何か役に立ちたいとは思いつつ、観えぬ先行き❓

それにしても現実を考えてしまう。

大学の専門的学術の教育に果たす意義を考えてしまう。『エネルギー』を、[J]の意味を基礎とした日常生活に根差した自然科学意識を子供たちに教えて欲しい。それが『基礎理科』の筈だ。生徒も、理科の「勉強が好きだ」が少しは増えると‥。IT検索で化学反応式の解説を見るにつけ、燃焼熱、生成熱の意味はこうだから覚えて置きなさい、と自然現象の不思議な意味を『何故?』と考える訳でもなく、味気ない過去の解釈法の伝達解説に終わっている。気分は最高に『嫌気』が射すような解説だ。子供たちへの勉強が好きですか?に対する調査結果が10数%もアリナント!若い貴重な精神構造に、嫌気を植え付けて平然と居られる社会意識構造日本を思うと、将来が危ぶまれる。

本題。

化学式の物理的意味?

良く知られた3つの化学方程式を取り上げる。3つとも酸化現象とも見られよう。

C + O₂ = CO₂ + E(C)                                                   (1)

H₂ + (1/2)O₂ = H₂O + E(H)                                     (2)

C₆H₁₂O₆ + 6O₂ = 6H₂O + 6CO₂ + E(糖)           (3)

ここで、各式の化学反応の式の『=記号』後に記した E(X) は酸化反応によって発生した『エネルギー』の量ジュール [J] を表したものである。他に表現のしようが無かった。元素記号はそれぞれ、1モル等の規定の原子量[kg]とすればよいのだろう。

(1)焚火の反応式。その反応式が (1)式だ。

焚火等の燃料である薪あるいは燈油等の化学反応の燃料の主成分は炭素 C で良かろう。

(2)燃料電池の反応式。この反応式は (2)式だ。

燃料電池式自動車の燃料は高圧ボンベに詰めた水素ガス H₂ のようである。

(3)呼吸燃焼反応。この場合はどの様な式で表せばよいか、余り示されていない。自己流の感覚で解釈して表したのが(3)式だ。主な燃料は血液中の『ブドウ糖』としても良かろうと思って E(糖) と表現した。身体の『エネルギー』供給源は血液中の呼気の酸素との酸化現象と単純な感覚的脳で思う。科学実験では予想も付かない血液と言う溶液中の酸化反応は⦅ヘモグロビン⦆の持つ不思議な酵素機能に因るかとも‥。

自分が生きていられる化学反応式を呼吸作用で考えた。

〈疑問1〉『エネルギー』と元素記号の混合式で、その式の『等号』の意味をどの様に解釈すれば良いか。

子供達もこんな疑問を考えるのが自然科学の教育の意義と思うのではなかろうか。元素記号で表現した意味は具体的にどのようなものと解釈すれば良いのか。

『質量』か?あるいは原子の空間構造か?

焚火の科学 (2018/05/26) で炭素の酸化を考えた。

統合解釈例。考える科学論の姿を求めて一つの解釈例を提示したい。

冒頭の絵図に対して、化学方程式の意味を表現してみた。炭素原子と酸素原子を加え合わせても『等号』で表現するような意味には成らない。単に炭素と酸素が結合して燃焼の光熱『エネルギー』を発生する訳の解釈を表しているとは思えない。化学方程式の表現法は、そこには多くの解釈上の条件があって、それをすべて理解した上で、伝統的な科学論理の手法に習熟した解釈法でしかないのだ。巷の解説も、教科書の解説もその社会的な科学常識を覚えて、社会組織の同一認識軍団に所属しなさい。と強要している様な気がする。

質量とエネルギーの等価性(追記)。

質量 m[kg] が『エネルギー』と等価である。という意味を、皆さんはどの様に解釈するのか。

E = mc² [J] は

m= E/c² [kg] とどちらの式でも解釈できるという意味である。

あのものを燃やすときの火力を、熱の強さを肌身に感じて、炭素Cも酸素原子O₂も何もその質量が変らずに、炭酸ガスと『エネルギー』が発生するというなら、『無』から『エネルギー』が発生するという可笑しな魔術原理の科学論となる。

炭素が酸素と化合するには炭素のガス化が必要だ。炭素がガス化すると何故酸素と化学反応が起きやすくなるのか?そんな単純な疑問が、一つの考える意味と方向付けをしてくれる。それが「考える」という事の大切な意味であり、理科教育で自然の中で起きる現象を楽しく学ぶ姿勢であるべきと思う。工学的な意識で、炭素の燃焼を解釈すれば、炭素のガス化にはその種火が必要だ。燃焼熱の『フィードバック』が化学方程式に組込まれていなければ、燃焼の連続的現象は起きない。そんな意味で「考える」という事を表現してみた。覚えるだけの教室授業では、少しも理科の楽しさには成りません。

ここでは(1)の炭素の燃焼だけで終わる。(3)の呼吸の意味などになると、「考える」ことの楽しみがとても多くあるように思う。医学生理学の基礎知識もないが、液体の血液中での酸化現象が『体温』維持機能の人の基礎と思う。さて❓❓

みんな科学常識から逸脱したような内容で、伝統的な集団統一化の社会組織には誠に不都合かもしれない。そこにこそ『学問の自由』の意義があるのだ。ユネスコの憲章の精神を思って。『電荷』概念の否定を真髄として。

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