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日本雨蛙―遊歩道で―

忘れられない事、その一つに「日本雨蛙」がある。

『電荷』と同じく、専門家の学識、解釈を否定するようなことが多くて、『日本雨蛙』の「オタマジャクシ説」の否定まで、誠に申し訳なく遺憾に思いながら!

2006年6月26日。雨上りの昼頃、遊歩道上でやっと撮った。日本雨蛙の産まれ立ての姿。長く、日の出前の散歩で、小さな雨蛙を見てきた。産まれ立てでも、逃げ足は素早く近寄りがたいのだ。まして、メジャーで寸法を計るのはとても困難だ。1.5㎝に満たない寸法で、スマートな形だ。日本雨蛙は産まれ立てでも、既に雄と雌に違いが有るように思う。この写真は雄のようだ。

この写真は、「雨蛙 その謎」2006年7月20日発行文集の裏表紙にも使った。その2006年7月24日頃の、NHK朝7時のニュースで文集を『ニセ科学』の集まりで取り上げられている様子を見たと記憶している。勿論、雨蛙の専門家は「オタマジャクシ説」であり、小生の日本雨蛙は産まれて、人の目に付く時には決して尻尾は見せない等の解釈は『ニセモノ論』となるようだ。奇跡の遭遇 (2021/10/25) にも関連して。

この日の遊歩道で、幾つかの写真を撮った。その前日から梅雨の終りの相当の雨で、土が柔らくなって、深夜に「日本雨蛙」が生まれるに適している筈と、予測して写真を撮る心算で出掛けたのだ。予想が的中して、多くの産まれ立ての姿に出会えた。

上と下の写真は両方雄か。上は傍に葉草がある。遊歩道の敷石の大きさと雨蛙の寸法が比較できる。

 

これも追掛けて、やっと撮った。雌雨蛙かと思う。

この写真は側溝を見たら、十数匹の産まれ立ての雨蛙が居た。

下の写真も同じ傍のものだ。

みんな産まれ立ての雨蛙で、決して水中のオタマジャクシからの生態の『尻尾』等は人の目には付かないのだ。土から這い出した時は既に『尻尾』は無いのが『日本雨蛙』の特徴だ。

だから、ITの検索結果を見ると、オタマジャクシを田圃から採取して、育てて大きな尻尾を示す蛙を雨蛙と称する記事が多い。

専門家と言うお方の『二ホンアマガエル』と小生の認識とは『尻尾』の違いで区別できる。最近、漸くWikipedia の記事から「オタマジャクシ」の解釈が消えている。また以前ほど、オタマジャクシ説が多くはなくなったと感じる。