月別アーカイブ: 2022年3月

体温と呼吸

(2022/03/25)。最近思うに、不可解な科学論が多い。特に専門的学術理論についてそんな感覚に囚われる。

体温とエネルギー (2018/01/04)で少し述べた。

自分の体の仕組みについて、余りにも無知な己に呆れ返りながらも考えてしまう。

『膵臓』と体温中枢機能。

『体温』はどの様に保持機能が働いての結果として、ほぼ一定の値に保たれるのか?全くの素人感覚から思う。『膵臓』の機能である。そこに不思議にも思いが向く。

それは人間の生命保持の基本的医学・生理学的機能に因る筈だ。しかも、それは特別高度な医学知識が無くても、誠に生活上の極めて日常的な市民科学常識として知っていなければならない知識に思える。

コロナウイルスによって、今までの平常な生活がいとも簡単に脅かされて、混乱してしまう。手指の消毒が生活の基本となる。マスクによって呼吸の苦しさまで味わう。ウイルスの顕微鏡写真像の突起を見て、なんと不思議な生命現象の仕組みの中で生きているのかと理解しかねる生命現象に戸惑う。街中で、『体温』を調べられる機会も多くなった。『体温』で最近気付く。年齢とともに、『体温』が低下していると。36度5分から最近は36度1分程度になった。それは基礎代謝が低くなった意味でもあると解釈する。高齢化で生命力が低下したのだと考えて納得している。細胞の機能が『エネルギー』の高密度を必要としなくなったからだと認識した。細胞の機能が低下したと。細胞の新陳代謝が低下したのだと。それは基礎代謝の低下となり、『体温』の低下に現れる。

その科学技術的、生命科学理論は高度な専門性の学識が無ければとても理解できる内容ではない。それに比して、『体温』は余りにも基礎的生命現象の話の筈だ。その意味が検索で調べても的確に解説されている記事がないのだ。

『体温』は体の中の『エネルギー』基準を保持する生命機能によって守られている筈の結果だ。その『エネルギー』と言う物理的概念が科学理論の基礎で、認識されていない問題、社会科学的課題だ。

『エネルギー』を物理学の解説で、その定義に:仕事をする能力:等と説明されているものがある。そんな馬鹿な話があってたまるかと苛立つ思いを抱く。空間を流れる、光速度で流れる光の『エネルギー』が観えない、理解できない物理学理論が教育されているからだ。質量に無関係な、空間を流れる『エネルギー』がある事を理解していないからだ。質量が空間の光の『エネルギー』の局所化した姿である事を知らないからだ。

『酸素』は物を燃やして『エネルギー』に変換する元素だとみんな知っている筈だ。『呼吸』はその『酸素』を体の中に取り入れ、ブドウ糖を燃焼し、『エネルギー』に変え、細胞の生命機能を保つための環境保全のための『体温』保持作用の筈だ。コロナウイルスによって世界が混乱した。その恐ろしさは肺機能を破壊し、血中の酸素濃度を低下させる。血液中の『酸素』濃度が低下すると即命の危機状態となる恐ろしさを学習した。しかし、『酸素』がヘモグロビンで何処へ運ばれ、どの様にその『酸素』が生命保持機能に働いているかが解説されていない。電気回路の『電圧』の物理的意味が理解されていないと同じく、『体温』の『エネルギー』としての生命維持機能の本当に基礎的な意味が意識されていないように思える。『電圧』と『体温』の相似性が無機と有機の違いであるが、『エネルギー』の環境保持機能としての重要な意味に在ると考える。『電圧』が決まらなければ、電気回路の機能はない。『体温』が決まらなければ、人の命は保てない。それはその系の必要な『エネルギー』である事を示しているからだ。

膵臓と血糖調節機能。インスリンとグルカゴン。

『膵臓』は十二指腸に接触して、胆のう、肝臓と繋がって居る。その概形を検索から知った。

 

膵臓のβ細胞とα細胞が血液中の糖分の調節に関わっているようだ。糖分が不足すると、α細胞から糖量の増加を促すホルモンが分泌される。逆に血中の糖量が増加すると、インスリンという酵素が直接血液中に放出されるとある。インスリンが放出されると、血中のブドウ糖などの糖の分解を促すか、肝臓などに貯蔵して糖分の抑制機能を果たすようだ。膵臓は丁度胃袋の裏側で、心臓にも近く体の中心部に位置する。それは『体温』の調節機能を担う位置としても良いと思う。

以上の関係を総合的に勘案すると、『酸素』の燃焼機能と血中の糖分濃度制御の関係を調節する結果が『体温』という体全体に分布する『エネルギー』即ち生命活動能力源の制御機能が『膵臓』であるように思う。『体温』は指先の外界との温度差、高温部に触れた時の危険信号発生の信号波の『エネルギー』の縦波の基になる。それが瞬時のエネルギーギャップによる信号波となる。全ての信号発生原の基準が『体温』であると考えるようになった。

ヘモグロビンは何処へ行く (2021/03/04)の答えを自分なりに見つけたようだ。特別何処へ行く訳でもなく、血液中でブドウ糖などの分解という『酸素』原子本来の機能で、炭酸ガスと水に変換するものと解釈した。その酸化作用で発生した熱の『エネルギー』を血液で体全体に行き渡らせると考える。こんな生物の専門的知識もない素人の感覚的解釈は皆様には誠に困った話かもしれません。

論理性の欠落した科学基礎理論

(2022/03/20)。悩みの中で、書き続けた。2010年からブログを書き始めて11年が過ぎた。それまでは日本物理学会に入会させて頂き10年余り発表させて頂いたが、東日本大震災が2011年3月11日に起き、その後事情があって学会発表に参加できなくなったからでもある。

今振り返って初めの頃の記事を見る。大震災の衝撃を受けて、その4月に『電荷』という虚像 (2011/04/10)を書いた。更に津波現象について、専門家の解釈にとても違和感を抱いていた。その意味が同じ月の、大津波の発生原因を探る (2011/04/18)となった。

その記事の前に、2010年に電流計は何を計るか (11/10)、磁界・磁気概念の本質 (11/16)、眼球の光ファイバーと色覚  (11/28) 、エネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系 (12/18) および電流は流れず (12/22)等がある。

また、光の速度と空間特性 (2011/05/22) や同じ2011年1月にファラディー電磁誘導則・アンペア周回積分則の物理学矛盾 等の5個の記事。それらの記事の根底に在るのは『エネルギー』の空間像を求めた道だったかもしれない。

11年間に亘って書き続けて来た訳を今振り返る。その目的は、科学研究を行う職業上の身分への不可解から、混迷の中を彷徨った。しかし、科学基礎理論と言う学術論が余りにも狭い貧相な姿に思え、その原因が科学技術理論と自然学とも言うべき自然現象学の基礎理論との隔たりにあるとの強い苛立ちに突き動かされてきたのかも知れない。『静電界は磁界を伴う』の発表が研究者の身分と科学基礎理論との二つの重大な課題となって彷徨いの姿をさらしてきた。今振り返れば、余りにも無謀で、幼稚な社会性の無知に気付かずに己の思うが儘のブログであったかも知れない。

彷徨いの原因。どうしても頭から離れない原因として、昭和14年12月1日、舞鶴鎮守府への貝野村からの『戸籍転籍』の意味である。更に、昭和19年3月31日、戸籍の置かれた巡洋艦「香取丸」の船籍除籍。昭和20年の敗戦8月15日まで、一体自分は在るべき市民権が何処にあったのか?京都府舞鶴市溝尻海軍住宅に住んで居たが、同地区の舞鶴国民学校への入学者名簿にも無い訳は、市民権が無く入学の通知も無かったからとしか理解できない。その後何処で、どの様な行政手続きによって市民権を取得したのか、あるいはそのままの不明にあるのかが全く理解できない。義務教育から大学卒業までの市民権は?職歴を書き様が無い現在の状況?自分の知らずに来た愚かさを噛み締めながらも、とても理解に苦しむ問題が電気学会に『学会費』を自分が収めた事が無い事実である。

社会的な無知が故に、成し遂げられた科学基礎理論の姿を暴き出せたのかも知れない。多寡が電気回路の基礎現象の解明であっても、その根底に隠されていた真相は、余りにも科学理論の基礎概念が間違っていたかを抉り出した功績ともなろうか。長く科学パラダイムとして、その社会的な科学認識の共通理解の基盤であった『電子』や『電荷』概念の無意味さを曝け出せたことかも知れない。結局科学研究が、当然ではあるが生活に有効な技術開発のために注がれ、経済性を伴わない基礎概念や法則への深い疑念を抱かない、無関心な研究者の意識構造に在るとの結論に至った。それは一面止むを得ないことでもある。研究者は競争によって得た成果が科学界で認められる事に生き甲斐を持つ筈だ。歴史的基礎理論や法則等に関わっていたら、研究成果など望めない。時代の流れに逆らうような竿を指す事はしない。

しかしそれにしても『電子』と『共有結合』❓

原子結合の原理として「共有結合」が基礎科学認識の内容として教育されている。その同じ負の『電荷』の『電子』同士が何故結合の力となるかを誰がどの様に解説できるのか?『電荷』に関するクーロンの法則で反発すると教えながら、どの様な訳で引合う力が生まれると言うのか?誰も疑問に思わないのか。その訳は、こんな問題は科学技術の経済性には全く無意味な研究であるからだろう。今日も教育現場ではクーロンの法則で同じ『電荷』同士は反発すると試験の解答をするように教えている筈だ。兎に角覚えなさいと!『雷』の学術論では同じ『電荷』が集合して空間電荷集団をなすと、専門家は不思議な専門論をお唱えなさる。クーロンの法則を超えた学術論が専門家の学術論では幅を利かす。『共有結合』が幅を利かすところに専門性が生きるようだ。正々堂々と今日も教科書で『共有結合』の非論理性が説かれている。この『共有結合』への愚かな高校生の時の疑問が、今も社会的教育問題として燻り続ける。11年を振り返って。

不可解な学術論-アデノシン三リン酸-

学術理論とはこんなに不可解なものか?

アデノシン三リン酸(厚生労働省の関係解説記事)。そこに『有酸素性エネルギー代謝』の記事が関連付けてある。その解説に、「ヒトが生命を維持するためには、生体内においてエネルギーを創り出すことが必要です。」と納得できる当たり前の解説がある。しかし肝心なアデノシン三リン酸と言う分子について、エネルギー解説されるような役割が全く無意味な内容にしか思えないのだ。その『エネルギー』に意味が見えないのだ。

それは、その・・においてエネルギーを創り出す‥のエネルギーとはどの様なものと考えているのかが分からないのだ。

物理学理論では『エネルギー』を運動エネルギーと位置エネルギーの二つで解釈する曖昧さにある。それは必ず質量に関わった付加的な物理量のジュール[J]と考えているようだ。温度でさえ気体分子運動論で質量の運動エネルギーによって解釈している。エネルギーの計測と物理概念 (2022/01/29) に述べたが、利用料金を払っている『エネルギー』が実際に電気回路を流れていると言う認識が無い。自然世界に実在しない『電子』に縛られて、現代物理学理論と言う奇妙な科学技術論を自然界の眞相と誤解した科学パラダイムの世界に支配されている。電気回路は光と同じ空間を流れる『エネルギー』の縦波なのだ。その『エネルギー』を認識できない科学理論では「体温」の意味も分からない。その事に対する疑問をヘモグロビンは何処へ行く (2021/03/04) や生命活動とエネルギー (2018/12/16)などに記した。

この記事は『酸素』が生命活動に必要な『エネルギー』を体温として、身体の細胞の生命活動環境を整えるに欠かせない元素だと言う解釈に基づいている。

それが日常生活に基づく科学論、日常科学論だ。

電気回路の『電圧』がその『エネルギー』配分を捉えた科学技術概念である。

身体の『体温』が生命活動を全うするための『エネルギー』環境の評価科学技術概念だ。『温度』、『体温』も『エネルギー』の物理学の科学技術評価概念であり、『エネルギー』をどの様に評価したものであるかを明確にすることが大切な基礎研究の目標でなければならない。『酸素』による燃焼が生命活動の『エネルギー』発生の基本と成っている事に論理が向かない科学論は間違っている。アデノシン三リン酸では呼吸の『酸素』の意味が見えない。

身体、生体の外界環境を監視する情報信号源が『体温』と言う『エネルギー』量の評価法だ。前に、体温と身体活動エネルギー・・ (2016/04/08) があった。

火傷をするような高熱への接触時の信号、打撲の痛覚信号あるいは味覚、嗅覚信号、更に視覚信号などすべてが『エネルギー』の縦波なのだ。エネルギー波が神経細胞を誘電体中の近光速度で伝送されていると思う。

学術論の意味が不明で、素人ながらの思いを述べた。

有機と無機

(2022/03/16)。有機と無機に皆さんはどの様な感覚を覚えますか?高等学校の化学の授業で学習する内容であろう。

『炭素』原子はすべて植物の太陽光線変換の質量化生化学現象によって創られている。

(2022/03/18) 追記。以下に記す記事の内容は、現在の科学理論のパラダイムからお笑い草と見做されるものであろう。『炭素原子』が何処から来たかと、其れこそ科学的専門の学術論で宇宙の果てまで夢を伸ばしたお話が検索される。『酸素』が水草によって創り出され、『水』が名もない草の朝露として朝を迎える。そんな身近な自然の世界観は自然科学理論には、お邪魔論であるだろう。しかし、今思う事。『静電界は磁界を伴う』の発表当時の先行きの見えない闇に遠吠えするような気分に似ている。最近は、石炭は何故か科学的見識によって地球環境に対する厄介者のような扱いがされてもいる。それに引き換え、原子力発電による海や河川の水による復水器冷却システムの科学技術原理が理解されずに、春から台風や大洪水の原因となる「海水温度」上昇による災害原因の意味は全く見えない。は余談として、『炭素原子』の塊である石炭は宇宙から来た訳でもなく、古代の地球上での巨大樹木の化石化の姿の筈だ。石油はその植物の繁茂した超古代の植物資源を食料とした巨大動物の地球上に残した命の化石でしかないと。石炭や石油がどの様に地球に生まれたかをお考え頂かなければ、どんな宇宙論の夢の科学論も心に共鳴しないのだ。自然世界に存在もしない『電子』や『電荷』が電気回路のお邪魔虫となった今だからこそ、問いたい。知らない古代世界は謎の宝庫。石の囁き 聞こえますか(2011/07/23) に載せた不思議な古代生物の化石も『炭素』に関わる有機かと。 

(2022/03/22)追記。上の写真の生物が何の化石かは謎である。少し科学的データとしての寸法を示したい。

この石は昭和62年5月妻と柏崎の米山の土産物店で購入したものである。当時の極めて巧妙で、作為的なと最近理解できた人権侵害事件の中で!何年も石の色に惚れて飾っていたのに、歯形のある事を知ったのは2018年頃と思う。それまでは全く気付かなかった。ダイヤモンドがどんな生物の『化石か?』等と巨大な有機体を空想するのも、専門家の学説に支配されない自由の科学論としての夢飾りとしても良かろうか。

今回は、体温(生命体・動植物の有機性)と電圧(電気回路の無機性)の『エネルギー』視点での相似性を考え乍らの途中で辞書を引いたことが切っ掛けである。

初めて知った。有機と無機の意味を炭素原子との関りとして知った。気持ちが動顛する程の驚きを感じた。何気なく国語の辞典を引いた。『有機』とは炭素原子を含む物質を指すとある。物理学や化学の記事でなく、『国語の辞書』で理解した事の意味が大きかった。

『有機』とは。①生活機能をそなえ、生活力を有すること。動植物など。②炭素を主成分とすること。

有機体。①生活機能を持つ組織体。生物体。②各部分が一定の目的のもとに統一的につくられ、部分と全体がつよく結びついて全体を形づくり、部分と全体とが必然的関係をなしているようす。

『無機』とは。炭素を成分として含まないこと。

無機物。生活機能を持たない水、空気、鉱物など。

更に驚いた記述が『無機肥料』に関するもの。鉱物を源とした肥料。または動植物を焼いて有機物としての性質をなくした肥料。炭素を含まない肥料。

自然界での『炭素』原子の神秘である。驚きの起点は『炭素』が動植物に関わるという事。その意味を考えると、地球上で、『炭素』を創りだすものは植物しか無いという事だ。動物は植物を栄養として取り込む。決して動物・人は体内で『炭素』は作らない。

地球の地下深くに眠る化石燃料「石油」、「石炭」等は地球上で太陽光線によって植物が全て創り出した物だという事だ。ダイヤモンドの秘め事-炭素結合の秘め事 (2012/04/15)と題を変えた-がある。ダイヤモンドは炭素原子の結晶体と思う。宝石でありながら、それが地球上で生れるには、その起源は植物しか無いという事だ。

焚火の科学 (2018/05/26) がある。

地球物理学と言う理学部で学習する専門家の学術内容であろう。私は理学部と言う専門的な大学の教育は受けていない。その点では、素人の感覚的認識という事になりそうだ。お陰様で、専門家の学術論に支配されることなく、自由に思いを述べられるような気がする。

C+O2 =CO2 + E

素人感覚と言う怖ろしい解釈。山火事でも焚火でも、あの強烈な火力で燃え盛り、放射する熱と光の『エネルギー』を上の化学方程式で炭素化合物の炭酸ガスと E に成る等と言っては居られないのだ。如何程の炭素原子が、あるいはその変換形態がどの様でかは不明ではあるが⦅質量ーエネルギー変換⦆なしには理解できない。

炭素原子も、酸素原子も少しも mc² [J]の意味も関わりなく、あの『エネルギー』放射が可能の訳など無い!

質量(炭素原子)は『エネルギー(光・熱)』の寝姿だ。燃焼による化石燃料(質量)の『エネルギー』解放でなければ、蒸気タービンによる発電など不可能だ。しかも、質量-熱変換『エネルギー』の半分以上で河川の水・海水を加熱して、生活環境破壊への脅威を生んでさえいる。

磁界はエネルギー流の場

(2022/03/11)。今日歌が流れていた。『思いでボロボロ』と。

マックスウエル電磁場方程式がある。それは1864年頃に唱えられた電磁場伝播現象の解釈理論である。当時は未だ電波の伝播現象については分からなかった。後に、ヘルツの実験によって電波伝播現象が実際に確認されたのだろう。マックスウエルの方程式は空間の電磁場を、『電界』と『磁界』をその基本概念として捉え、その変動を偏微分方程式としてまとめたのであろう。

さて、その『電界』と磁界』と言う概念で評価する空間の電磁現象は、あらゆる電磁場解釈の基礎として現在も、物理学理論の一つの根幹を成しているようだ。しかし、『電界』とはどの様な物理量を評価したものかと問えば、極めて曖昧である。同じく『磁界』とは何かと問えばやはり曖昧である。『電界』も『磁界』も自然世界に存在する物理量ではないのだ。それは電磁現象を人が解釈するために構築した科学技術理論用の一つの解釈概念でしかないのだ。

物理学理論で、それでは『電界』とはどの様な概念かと問えばどのようにお答え頂けるだろうか。

『電荷』がその基に必要になるように思う。しかしその『電荷』こそ自然世界になど決して実在する代物ではないのだ。「科学パラダイム」の根本的過ちは『電荷』を仮想して理論的根拠に組み込んだことに在るのだ。原子構造も決して『電荷』での解釈である限り、それは間違いの原因として将来に引きずる科学的禍根である。

今回は『磁界』とはどの様な自然世界を解釈した概念かを示したい。

『静電界は磁界を伴う』の発表は、遥か昔の昭和62(1987)年4月であった。その発表の真髄は『電界も磁界も空間のエネルギーを解釈する便法でしかない』という意味であった。空間を流れる、しかも光速度で流れる『エネルギー』でしかないと言う解釈を伝えたかったのである。今やっとその事を、簡単な電気回路動作の中での考察で確信に辿り着いた。だから『電荷』を物理量と解釈するような物理学理論は、過去を振り返った時何故こんな過ちに気付かずにいたのかと理論物理学として後悔せざるを得ない筈だ。

磁場の磁束表現。

 

電気磁気学では、上の絵図の線で描いたような『磁束』で磁界の空間像を解釈する。まことに初めに学習するときには感覚的に理解し易い解釈法である。しかしそんな磁束がどの様な意味かと深く理解しようとすれば、全く意味不明な曖昧模糊概念でしかない事に気付く筈だ。しかしそこ迄殆ど考えないまま権威ある学術論として膠着論と成っている。

マグネットの空間エネルギー流。

 

マグネットはN極側から見れば、時計回りに磁極近傍空間を『エネルギー』が流れているのだ。

空間エネルギー流分布と磁界。

 

空間の磁界とは、その空間を流れている『エネルギー』の空間分布密度によって決まるのだ。

上の図の空間エネルギー流分布とは電気回路の『電圧』と同じく、マグネット金属導体近傍の空間に呈する、『エネルギー』の流れる空間密度には基本的に分布勾配が在ると解釈する。上の図では、左から右に密度分布が減少している様子を示した。また、その『エネルギー』の流れる方向が紙面上に向かうか、その逆に紙面に入り込む方向かによって、所謂『磁界』と言う概念の磁極の N S の方向が反転する事に成る。従って、その空間に磁気コンパスを持ち込むと、その指し示す方向で、科学技術概念の磁極の意味に従った意味が分かるという事になる。それが「地磁気」のコンパスが指し示す方向という事である。地球内部が「地磁気」の発生原因ではなく、太陽系全体に対する太陽からの『エネルギー』の放射流が人が解釈する、「地磁気」の方向性を生む原因なのである。

以上の解釈で、極地に発生す「オーロラ」の発生原因も薄々気付くかとも思う。地球の内部に『磁束』が貫通するような解釈は間違いである。地磁気とコンパス (2013/09/13) 。

後は(続き)として書き足す。まずは写真画像での投稿とする。

電磁気現象の真髄は磁極面に在る

(2022/02/28)。

自然世界は純粋無垢である。

科学理論は人が自然利用の視点で創り上げた、特殊な自然解釈言語である。

自然世界の本源は、ただ一つの『エネルギー』に依拠している。決して素粒子などは『エネルギー』以外に存在せず、それは等は仮想的に人が創造した虚飾概念である。

せめて電磁気学の真髄を認識することで、自然世界の純粋さが分かろう。それは磁場空間に在ろう。

マグネット空間とエネルギー
マグネット空間と軸性エネルギー流

円盤状のマグネットのN極面で、中心軸に対称な『エネルギー』の回転流が存在する。と言ってもその『エネルギー』の実在する事を検証することが出来ない。

『エネルギー』の流速度は幾らか。

光の空間伝播速度は毎秒30万キロメートルで、それが『エネルギー』の速度だ。磁極面の流速度は幾らかが分からない。

磁極面の磁場模様。

右に直径6㎝程のマグネット表面の砂鉄模様を示す。マグネット表面は均一な磁場ではない。一般的に均一な磁気的状況と解釈される。しかし、右図の砂鉄模様の様に殆ど周辺部に磁界の強い部分が現れる。何故周辺部で磁場が強くなるか?

軸性エネルギー流。マグネット表面部の空間には、電磁気理論のような磁束など無いのだ。表面の周辺部にN極側は時計回りに『エネルギー』が流れているのだ。その『エネルギー』の特徴を軸性エネルギー流 [Axial energy flow] として解釈する。さてそこで、その『エネルギー』の流れる速度は一体どれ程と解釈すれば良いか?光や電線路での速度は、光速度と言う途轍もない速さである。しかし、鉄心などの表面で面上近傍を流れる速度はどの程度と解釈すれば良いかは全く分からない。マグネット空間とエネルギー

再度右に図を示す。

①図。もし、均一の密度の『エネルギー』が光速度で流れるとすれば、軸に近い程高密度になる。砂鉄模様はそのような状況では無いと示している。殆ど周辺部に集中する流れを示す。実験的にその状況を調べられない。唯一の判断材料は砂鉄模様だ。また、二枚のマグネットを向かい合わせて、間に砂鉄を置き、その間のギャップ長を短くすると、砂鉄は周辺部に移動する。と同時にマグネットの接合力が強まる。磁気に対するクーロンの法則の眞相 のように、感覚的にその力の変化は誰もが認識できる。しかし、その接合力が何故強まるかの理由を説明できない。

磁界分布への疑問と不可解。

図①で、もし仮に同一の密度の『エネルギー』の速度が同じとすれば、結果的に中心軸程高密度分布となる。しかし実際は、砂鉄模様が示すように、中心部には『エネルギー』は何もなく、殆ど周辺部に集中して磁気の強さが現れる。一つの解釈。『エネルギー』流が周辺部に偏れば、微分 rot w(r) [N/m²s]が強まる意味になる。この事に対する明確な回答が得られていない[課題]が残されている。

課題を残しながら、結論として次の記事で、地球地磁気の『エネルギー』流とオーロラの関係について論じたい。決して地球内部が磁束源では無いと。

残念ながら、今日突然何故かスキャナーが出来なくなった。暫く投稿はお休みになるか?

電界に電子一つ

(2022/02/19)。電磁気学に関する基本事項は、その理論の解釈用語の概念が如何なる物理的意義を持っているかを的確に定義できることである。不明確や曖昧さが有っては理論の意義が疑わしくなる。

電子の認知機能は如何?

電子が電界をどの様な機能で認識するかが物理的概念として定義できない。根本的論理矛盾を抱えた電子。この絵図には全く論理性等微塵もない。しかし『電子』の空間的定義の物理概念がとても曖昧だから、やむを得ないかと思いながら疑問の思いを忍ばせたものだ。

電界に電子一つ 電磁気学理論で、電界の中に『電子』が一つ置き去りになったとする。理論では、その時は直ちに『電子』は電界ベクトルと逆向きの方向に力を受けて加速すると解釈して正解と成っている。『何故か?』と問答としたら、その訳を答えられるだろうか。【プラスとマイナス『電荷』の間には引力が働く】では余りにも論理性の欠如した思惑論に成っている。その『電荷』間に働くと言う力の発生原因の訳を『何故か?』と聞いているのである。『電界』と言う空間状況を『電子』はどの様な認知機能でその意味を捉えて力を受けると言うのか。そこに在る状況を『目』「触覚」「味覚」「聴覚」『磁気』あるいは特別な『電荷』認知機能でも持っているのだろうか。そんな思いを『電子』の姿で絵図にした。余りにも生物的な認知機能での解釈図であるが、他に思いつかない。『電子』の知覚機能と科学理論の論理(2022/01/20)もその一つの問答だ。

磁極の軸性エネルギー流。Axial energy flow が磁気現象の根本原因であると分かった。

電界に電子一つ。何かその意味の不明が自分の状況に似ているようだ。『電界』とは何か?『電子』とは何か?と不可解な概念を探り出す作務に思える。

『電界』その物理的意味。

空間に生じる『電界』とはどの様な物理的状況を捉えた意味か。物理的意味を理解するにはその次元を理解することに尽きる。単位は[V/m]である。空間の単位長さ1[m]当たりに掛かる『電圧[V]』の値という事だ。そこに『電圧』の単位ボルト[V]とはどの様な物理的空間状況の事を定義したものか?その電圧とは何かに如何に答えるかである。その意味をどの様に解説できるか❓『エネルギー』との関係で解説できなければ、その自然の本質を理解していないと言わなければならない。科学技術概念『電圧』はその次元が[V=(J/F)^1/2^]である事を理解しているかである。例えば、電気回路空間とエネルギー伝送特性などがその答えである。

『電子』はどの様に周辺の空間の電磁気的状況を何によって認識するかを論理的に示さなければならない筈だ。不可解の原因がこの辺だったかと、最近の記事、クーロンの法則の眞相 (2022/02/23)に気付いた。学術論は一般市民が理解できない概念の物理量を変数として、数学的な式によって表現し、その意味の共通な慣習によって熟練した専門家しか分からない世界感の論理を構築しているものが多い。複雑な『π電子』などと使われても、『電荷』も自然界に存在しない訳だから普通の『電子』に輪をかけた『怪物電子』に意味が有る訳など無いのだ。

『電子』が物理的に意味を持つ科学論を唱えるなら、先ず『電子』はどの様な機能でその周辺の電磁気的状況に反応するかの理屈を示さなければならない。『マイナスの電荷』が空間的にどのような物理的作用を呈するのかを。

一般の市民的感覚に戻って、科学理論の意味を考えた。

風に乗る

風はさまざまに吹く。

昭和最後の年と言っても良かろう、昭和63(1988)年秋、電磁界理論研究会で最後の発表をして、居場所の無い処に居たら筋違いと、止む無く雲隠れした。もう電力技術部門での研究など自分には道が見えなかった。完全に電気物理学の分野への科学理論の根幹を対象として、『静電界は磁界を伴う』の発表(1987年)の研究内容を生かす未来への責任を果たす事しか思っていなかった。どんな行く先か、風に任せた旅立ちでしかなかった。今、電気回路の『エネルギー』伝播現象の結論に到達して、35年前の発表が間違っていなかったと、自己責任を果たした安堵にある。離れて死を覚悟の道でここ迄生きてきた不思議を思う。

昭和61(1986)年10月1日に『電荷』否定の思いを告げた。それまでの長く抱いて、膨らんできた電気磁気学理論の幾つかの具体的な法則等を通して、全体に整合の取れない様相を感覚的に感じていた。その最大の原因が『電荷』に在るとの疑いが強くなっていた。

ただ、一つ全く手の付けようが無かった問題がアインシュタインの「特殊相対性理論」であった。それは余りにも大きな壁で、自分が理解する手段のない途方もない課題だった。決して誰も『電荷』に疑問を呈する事が無かった中で、その『特殊相対性理論』を理解することが欠かせないと、先の道筋の見えない不安があった。右のアインシュタイン選集、全3巻を手に入れ、取り組んだ。[A1] として、運動している物体の電気力学について がある。それが『特殊相対性理論』と言われる論文である。

平成2(1990)年春は、マイケルソン・モーレーの実験の意味を解釈して、アインシュタインがその実験の意味を早とちりしたと確信した。と同時にその頃自然単位系:JHFM単位系を取りまとめた。その年の9月、磁気現象意味を探る。

右がその初めて撮った写真だ。今はその磁場の意味が電気磁気学の真髄を秘めていると知った。磁界・磁気概念の本質 (2010/11/16)。

翌平成3(1991)年1月、光の相対性論を取りまとめた。そこで、アインシュタインの『特殊相対性理論』の間違いを確信した。【光速度一定】の座標の定義が無いから。光の速度を定義する空間座標を人が知る事は出来ない。丁度光の空間分布の『エネルギー』を計れないと通じる。

電圧、電流も自然世界に実在する物理量ではない。全て『エネルギー』の人の技術的解釈法であった。

未来の教育上の子供達への嘘のない道を示す希望の緒に付けた。決して『電荷』や『電子』の自然世界に存在しない仮想概念を使わない物理学の道筋が。

電気磁気学の真髄は磁気現象の意味に隠されている。原子結合が共有結合によるとはどの様な力かを示せない筈だ。『電荷』では力は生まれない。炭素結合の秘め事 (2012/04/15)。