自然の本源と技術概念

こんなに科学理論に疑念を持って一体どこに行くつもりなんだ。

自分にそう問いたい。

今朝、突然の『はてな?』がやって来た。次の図に表現した。いま、リアクトルの電気現象を纏めながらに『はてな?』が。

纏めてみて、とても気に入った。

自然は余りにも純粋過ぎる。人間が自然を理解するにはその純粋さに心が対応できないんだ。だから複雑な概念を創造して、それが自然世界の物理概念だと勘違いするのだ。

『電圧』と『電流』が自然科学理論、物理学理論の自然現象を取り入れた電気回路の現象を理解する基礎概念だ。自然を応用して、利用するには誠に優れた解釈概念である。しかし、それはあくまでも人間が科学技術利用世界の構築に便利な共通理解の基盤概念でしかない。自然現象の本質を理解しようと、長い歴史的格闘によって獲得してきた文化理論でもある事には間違いない。『電圧』、『電流』は『オームの法則』として電気技術理論の根幹概念であり、それなくして現代科学技術文明も成り立たないのだ。ただそこから、余りにも科学理論が抽象的な頭脳ゲーム論の構築に溺れた結果が現代的物理学理論の矛盾を生み出した原因と見做せよう。自然界に存在しない『電荷』や『電子』が自然科学を理解するに欠かせない実在概念・物理量であるが如くに教育され、その結果不可解な世界を作り上げたのだ。

自然世界は、この広い『空間』とそこに繰り広げられる、『エネルギー』の綾なす舞台なんだ。上の図は、その『空間』と『エネルギー』の間に最低の科学的解釈を取り入れようとした結果、『エネルギー』が収まる空間の容量 C[F/m] と、『エネルギー』の流れる誘導L[H/m]の空間概念だけは取り入れた。『エネルギー』の伝播方向に対して、単位長さ当たりの解釈法で統一した。LCの共振現象で『エネルギー』は空間を伝播する。それが『エネルギー』の象徴たる『光』の縦波伝送現象の姿だ。

複雑を嫌う『禪』的な自然に溶け込む思いが先の図になったのかも知れない。

数学の『√ 記号』が魔法の衣に思えた。『エネルギー』は実在の物理量だ。しかし、それを平方(√)に開いたら、どう考えても自然世界に存在する物理量と思うには余りにも違和感で、その概念を心が受け付けない。『電圧』、『電流』が科学技術概念と捉えて利用する限りにおいては何の違和感もない。有り難い優れた概念である。しかし『電荷』で『電圧』を解釈する物理学理論はハッキリ言って自然界に存在しない、誤った間違い論である。教育で教えるべき概念ではない。

この事を科学者それぞれが考えて、意見を表明しない限り、未来の子供達への道標を示せない筈だ。『教育』の荒廃が続き、『学問の自由』が業界圧力によって踏み躙られてしまう。それは、みんなの生活の自由の根源ともなる事柄である。

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